「アタマの引き出し」は「雑学」ときわめて近い・・日本マクドナルド創業者・藤田田(ふじた・でん)に学ぶものとは?

◆「アタマの引き出し」つくりは "掛け算" だ : 「引き出し」 = Σ 「仕事」 × 「遊び」
◆酒は飲んでも飲まれるな! 本は読んでも読まれるな!◆ 
◆一に体験、二に読書、その体験を書いてみる、しゃべってみる!◆
◆「好きこそものの上手なれ!」◆

<旅先や出張先で本を読む。人を読む、モノを読む、自然を読む>
トについてのブログ
●「内向きバンザイ!」-「この国」日本こそ、もっとよく知ろう!●

■■ 「むかし富士山八号目の山小屋で働いていた」全5回 ■■
 総目次はここをクリック!
■■ 「成田山新勝寺 断食参籠(さんろう)修行(三泊四日)体験記 」全7回 ■■ 
 総目次はここをクリック!
■■ 「庄内平野と出羽三山への旅」 全12回+α - 「山伏修行体験塾」(二泊三日)を中心に ■■
 総目次はここをクリック!


「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!

「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!
ビジネス寄りでマネジメント関連の記事はこちら。その他の活動報告も。最新投稿は画像をクリック!



ご意見・ご感想・ご質問 ken@kensatoken.com にどうぞ。
お手数ですが、コピー&ペーストでお願いします。

© 2009~2026 禁無断転載!



ラベル スコットランド の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル スコットランド の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2023年6月5日月曜日

近代経済学の両巨頭はおなじ6月5日に生まれていた!ー 本日(2023年6月5日)はアダム・スミス生誕300年、ケインズは生誕140年

 (wikipedia掲載の画像から作成 左がアダム・スミス、右はケインズ)


近代経済学の巨頭であるアダム・スミスとケインズの誕生日が同じだとは知らなかったな。本日6月5日はアダム・スミス生誕300年、ケインズは生誕140年だそうだ。

岩波書店の tweet ではじめて知った。以下にそれを再録しておこう。


今日はスコットランド生まれの経済学者アダム・スミスの生誕300年。『国富論』と『道徳感情論』が二大著作とされます。スミスといえば「見えざる手」という言葉が有名ですが、実は『国富論』には一度しか登場しないのだとか。



今日はイギリスの経済学者ケインズの生誕140年。通貨金融問題の権威。有効需要理論・乗数理論・流動性選好理論を柱とする主著などにより、ケインズ革命と呼ばれる独創的な経済理論を形成しました。
       https://twitter.com/Iwanamishoten/status/1665538991129755649



たまたまの偶然だが、たしかに wikipedia を検索してみると、それぞれ以下のようにある。

まずは、アダム・スミスから。

アダム・スミス(Adam Smith、1723年6月5日[注釈 1] - 1790年7月17日[1])は、イギリスの哲学者、倫理学者、経済学者である。「経済学の父」と呼ばれる[1]。スコットランド生まれ。主著に倫理学書『道徳感情論』(1759年)と経済学書『国富論』(1776年)[2][注釈 2]などがある。

つぎにケインズ。 

ジョン・メイナード・ケインズ(英: John Maynard Keynes、1883年6月5日 - 1946年4月21日)は、イギリスの経済学者、ジャーナリスト、投資家[2]。一代貴族[注釈 1]、バス勲章受章、イギリス学士院フェロー。イングランド、ケンブリッジ出身。20世紀における最重要人物の一人であり、経済学者の代表的存在である。


経済学史では、アダム・スミスは「古典派経済学」、ケインズは古典派に対する「ケインズ主義」とされる。この近代経済学の両巨頭がおなじ日に生まれていたとはまったく知らなかった。

生年は意識しても、誕生日まで意識することは、ふだんあまりない。たまたま偶然とはいえ、そんなトリビアな事実を知るのは面白いことだ。

ただし、アダム・スミスのほんとうの生誕日はわからないようだ。wikipedia で Adam Smith を検索したら、以下のような注釈が見つかった。

Adam Smith's exact date of birth is unknown, but he was baptised on 5 June 1723.
(私訳:アダム・スミスの正確な生誕日はわからないが、1723年6月5日に洗礼を受けている)

つまり、洗礼日をもって生誕日としているのである。したがって、アダム・スミスとケインズが、まったく同じ日に生まれたのかどうかは定かではないというのが、ほんとうのところなのだ。

だが、まあいいではないか。近代経済学の両巨頭はおなじ6月5日に生まれていた、としておこう。そのほうが話としては面白い。有効需要ではないが、有効としていおこう。


<ブログ内関連記事>






(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどう
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!







end

2022年9月19日月曜日

エリザベス女王の国葬をBBCのLIVE中継で視聴(2022年9月19日)― 厳かに行われた国葬。だが、ユニオンジャックはいつまで見ることができるのだろうか・・・

 

エリザベス女王が逝去された。2022年9月9日のことである。ついに一つの時代が終わったのだ。

ここのところ、稲盛和夫氏(享年91歳)、ミハイル・ゴルバチョフ氏(享年91歳)とつぢていた。エリザベス女王(享年96歳)は、そのなかでも最高齢である。

エリザベス女王の国葬をBBCのLIVE中継(2022年9月19日)で視聴した。在位70年が今年のことだったのに、あっという間の崩御である。

たいへん厳かな国葬であった。1時間強のウェストミンスター寺院におけるキリスト教(・・この場合は「イングランド国教会」。女王自身が国教会の首長であった。このポジションもチャールズ3世に継承)の壮麗さと荘厳さもさることながら、葬儀につづく1時間強の葬列もまた見所が多かった。 

考えてみれば、昭和天皇の「大喪の礼」以来かもしれない。在位70年のエリザベス女王、在位60年の昭和天皇。あまりにも在位期間が長いと、残された国民にとっての喪失感は大きい。


(ユニオンジャックが美しい。LIVE中継映像からスクリーンショットしたもの)


それにしても、英国(=UK:連合王国)の国旗である「ユニオンジャック」が色彩的にもデザイン的にも素晴らしい。ユニオンジャックに飾られた道路に展開する光景には、BBCのアナウンサーも magnificent ! と声に出していたほどだ。 

だが、はたして「ユニオンジャック」は、いつまで見ることができるのだろうか? というのも、スコットランドの分離独立の可能性が高いからだ。スコットランドが連合王国から離脱すると、国旗のデザインも変更となるのは、現在の国旗はイングランドとスコットランドとアイルランドの組み合わせでだからである。 

大英帝国が終わったのは、エリザベス女王が即位してから4年後の1956年のことだが、連合王国である英国はさらに小さくなって、最終的にはイングランドだけになるのかもしれない。 そんなことを、葬列を見ながら考えていた。  


(霊柩車はジャガー。写真は、LIVE中継映像からスクリーンショットしたもの


<関連記事>



(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどう
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!







end

2012年12月23日日曜日

『自助論』(Self Help)の著者サミュエル・スマイルズ生誕200年!(2012年12月23日)ー いまから140年前の明治4年(1872年)に『西国立志編』として出版された自己啓発書の大ベストセラー


本日(2012年12月23日)は、『自助論』(Self Help)の著者サミュエル・スマイルズ生誕200年にあたる日だ。この本は、いまから140年前の明治4年(1872年)、日本では 『西国立志編』として出版された

現在の日本ではおびただしく出版される自己啓発書の原点が、まさにこの『西国立志編』である。明治年間に100万部を売った大ベストセラーの自己啓発書だ。

福澤諭吉の『学問のすゝめ』と並んで、「成功の時代」といわれた明治の青少年をどれだけ鼓舞してきたことか。

『自助論』によって、明治の日本人は他人頼みではなく自分で自分の運命を切り拓いていったのである。いまでは想像もしにくいことだが、サミュエル・スマイルズ生誕200年を機会にいろいろ考えてみたい。


著者のサミュエル・スマイルズはスコットランド人

日本版の wikipedia の記述によれば、サミュエル・スマイルズ(1812年12月23日~1904年4月16日)は、「英国の作家、医者。スコットランド・ハディントン生まれ。はじめエディンバラで医者を開業したが、のち著述に専念するようになった。1858年にジョン・マレー社から出版された「自助論」を出版」、とある。

(Samuel Smiles のポートレート wikipedia英語版より転載)

日本版の wikipedia の記述があまりにも短いので、英語版を参照してみよう。「Samuel Smiles (23 December 1812 – 16 April 1904), was a Scottish author and reformer.」 とある。スマイルズがスコットランド人であったことはきわめて重要だ。

財政破綻の結果、18世紀のはじめイングランド王国と合併したスコットランド王国は、多大な血を流しながらも「連合王国」(UK:United Kingdom)のなかで地歩を築くことに成功してきたが、 現在でも
独立運動が存在することからわかるように、もともとイングランドとは別個の王国である。スコットランド人は、先住民であるケルト系の人たちである。

日本の近代化にあたって英国の影響は大きかったが、スコットランド出身者のエンジニアたちが大きな影響を与えたことはアタマのなかに入れておきたい。たとえば、作家スティーブンソンのおじさんは、日本に灯台の技術移転を行った人である。

『自助論』のサミュエルズはエンジニアではないが、翻訳書をつうじて、日本の近代化をマインド面から間接的に改革したといえるだろう。


■Heaven Helps Those Who Help Themselves.(天は自ら助くる者を助く)

『自助論』(Self-Help)は、1859年にロンドンで出版された。内容は文字どおり「自助の精神」の重要性を、300人以上の人物について、具体的で豊富な実例でもって示したエピソード集のような本である。

日本語訳は『西国立志編』となったが、翻訳をおこなったのは、儒者として身を立て、英国留学の機会を得たのちにキリスト教徒となった中村正直(1832~1891)である。またの名を中村敬宇という。

儒教でいう「修身斉家治国平天下」(しゅうしん せいか ちこく へいてんか)は、何よりも「自分」のセルフマネジメント(=自己管理)を軸において、マネジメントの範囲を同心円状に広げていくという発想だ。この儒教の精神に「自助の精神」が重なるものがあると中村正直は感じたのかもしれない。

目次を英語原文と日本語訳で対照させてみよう。日本語訳文はまさにきびきびとした剛毅な文体である。しかも、なかなか味のある訳語をあてていることがわかる。


Self-Help Contents to the second edition

Preface
Introduction to the First Edition
Descriptive Contents
I. Self-Help — National and Individual
II. Leaders of Industry — Inventors and Producers
III. Three Great Potters — Palissy, Böttgher, Wedgwood
IV. Application and Perseverance
V. Helps and Opportunities — Scientific Pursuits
VI. Workers in Art
VII. Industry and the Peerage
VIII. Energy and Courage
IX. Men of Business
X. Money — Its Use and Abuse
XI. Self-Culture — Facilities and Difficulties
XII. Example — Models
XIII. Character — the True Gentleman


自助論第一版序(スマイルズ)

序論原序
第1編 邦国および人民のみずから助くることを論ず
第2編 新械器を発明創造する人を論ず
第3編 陶工三大家、すなわちパリッシー、ベットガー、ウェッジウッド
第4編 勤勉して心を用うること、および恒久に耐えて業をなすことを論ず
第5編 幇助、すなわち機会を論ず、ならびに芸業を勉修することを論ず
第6編 芸業を勉修する人を論ず
第7編 貴爵の家を創めたる人を論ず
第8編 剛毅を論ず
第9編 職事を務むる人を論ず
第10編 金銭の当然の用、およびその妄用を論ず
第11編 みずから修むることを論ず、ならびに難易を論ず
第12編 儀範(また典型という)を論ず
第13編 品行を論ず、すなわち真正の君子を論ず


中村正直訳で「みずから助くるの精神」を引用しておこう。文体は古いが読んでみてほしい。明治の青少年はこの文章に鼓舞されて、自らの道を切り開いていったのである。

この本の冒頭に、かの有名な 「Heaven Helps Those Who Help Themselves.」(天は自ら助くる者を助く)というフレーズがこの本に登場するのである。

一 みずから助くるの精神

「天はみずから助くるものを助く」(Heaven helps those who help themselves.)といえることわざは、確然(かくぜん)経験したる格言なり。わずかに一句の中に、あまねく人事成敗の実験を包蔵せり。みずから助くということは、よく自主自立して、他人の力によらざることなり。みずから助くるの精神は、およそ人たるものの才智の由(よ)りて生ずるところの根元なり。推(お)してこれを言えば、みずから助くる人民多ければ、その邦国必ず元気充実し、精神強盛なることなり。他人より助けを受けて成就せるものは、その後、必ず衰うることあり。
しかるに、内(うち)みずから助けてなすところのことは、必ず生長してふせぐべからざるの勢いあり。けだしわれもし他人のために助けを多くなさんには、必ずその人をして自己励み勉むるの心を減ぜしむることなり。このゆえに師傅(しふ(かしずく人)の過厳なるものは、その子弟の自立の志を妨ぐることにして、政法の群下を圧抑(あつよく)するものは、人民をして扶助を失い、勢力に乏しからしむることなり。


米国では当たり前の「自助」(self-help)の思想

明治の青少年に与えた影響については触れたが、英国や英語圏ではどのような受けいれ方をされているか。

ここでは、英国首相をつとめた「鉄の女」の 異名をとったマーガレット・サッチャーについて見ておこう。このブログに書いた記事 映画 『マーガレット・サッチャー-鉄の女の涙-』(The Iron Lady Never Compromise)を見てきた から引用しておこう。

サッチャー夫人の父親は職人の家に生まれた人で、主流の英国国教会ではなく、熱心なメソジスト派であり、まさに刻苦勉励によって自分自身を鍛え上げた人であったようだ。サッッチャー夫人の首相になるまでの回顧録『サッチャー 私の半生』(The Path to Power、1995)には、「両親ともに熱心なメソジストで、父親は牧師のようだった」とある。この記述から考えると、一般的にイメージされる英国人よりも、かなり米国人に近いメンタリティーの持ち主であったのかもしれない。こういう特性が、そっくりそのまま娘に受け継がれたようだ。サッチャー夫人は、自分自身のことを、プラクティカルでまじめで、宗教的だと書いている。

サッチャー女史は、英国的というよりもきわめて米国的だ。プラクティカルでまじめで、宗教的」というのは、標準的な米国人そのものである。

「自助の精神」(self-help)は、英国よりもむしろ米国ではむしろ多数派の思想である。

現在のような社会ではもちろんセーフティ・ネットは絶対に必要だが、「自助の精神」を忘れてはいけない経済的援助もまた自助の精神、自立を支援するものでなければならない

人間というものは、経済的に自立してこそ自律的な人生を送ることができるからだ。それは、『自助論』に説かれているとおりである。

その意味では、『自助論』の思想はけっして古びてはいない。つねに顧みるべき古典なのである。






<ブログ内関連記事>

福澤諭吉の『学問のすゝめ』は、いまから140年前に出版された「自己啓発書」の大ベストセラーだ!

書評 『「ビジネス書と日本人』(川上恒雄、PHP研究所、2012)-高度成長期の日本で一大ジャンルに成長した「ビジネス書」とは何か?

「修身斉家治国平天下」(礼記) と 「知彼知己者百戦不殆」(孫子)-「自分」を軸に据えて思考し行動するということ

映画 『マーガレット・サッチャー-鉄の女の涙-』(The Iron Lady Never Compromise)を見てきた
・・サッチャー女史の基本的思想は『自助論』である

書評 『大英帝国という経験 (興亡の世界史 ⑯)』(井野瀬久美惠、講談社、2007)-知的刺激に満ちた、読ませる「大英帝国史」である・・スコットランドについて考えるガイドにある


「自分」を中心に置くということ

書評 『ヒクソン・グレイシー 無敗の法則』(ヒクソン・グレイシー、ダイヤモンド社、2010)-「地頭」(ぢあたま)の良さは「自分」を強く意識することから生まれてくる

「地頭」(ぢあたま)を鍛えるには、まず「自分」を発見すること。そのためには「履歴書」の更新が役に立つ

自分のなかに歴史を読む」(阿部謹也)-「自分発見」のために「自分史」に取り組む意味とは

(2014年7月21日 情報追加)


(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!








end

2012年6月25日月曜日

書評『紅茶スパイ ― 英国人プラントハンター 中国をゆく』(サラ・ローズ、築地誠子訳、原書房、2011)― お茶の原木を探し求めた英国人の執念のアドベンチャー



お茶の原木を探し求めたプラントハンターの執念のアドベンチャーを描いた歴史ノンフィクション

アメリカ人の女性ジャーナリストが書いた、英国と植民地インドと中国をめぐる歴史ノンフィクションである。

訳者が「あとがき」で書いているように、まさにこの歴史ノンフィクションの主人公である、スコットランド人プラント・ハンターのロバート・フォーチュンは、スピルバーグの娯楽映画超大作の主人公インディー・ジョーンズそのものだ。

ハリソン・フォードが演じるインディー・ジョーンズは考古学者という設定だが、ロバート・フォーチュンのほうはプラント・ハンターは植物学者である。ともに文字通りのフィールドに出て土をいじるという点は共通している。

しかも、インディ-・ジョーンズの第2作『魔宮の伝説』(1984年)は、上海から出発する設定であった。北京原人を発見した古生物学者のフランス人イエズス会司祭テイヤール・ド・シャルダンがモデルなのか、それとも英国の居留地(=租界)のあった上海から出発したロバート・フォーチュンをモデルにしたのだろうか?

プラント・ハンターとは、有用な植物が無限の富を生み出していた19世紀という時代に、西洋にはない植物を求めて東洋世界の野山をかけめぐって収集につとめた「植物の狩人」たちのことである。

植物学者として植物分類学につうじて「いるだけでなく、園芸家としてじっさいに植物を栽培する技術をもち、しかもビジネスマンとしての嗅覚も備えた狩人たちであった。

大英帝国と東インド会社にとって、植物が生み出した富ははかりしれないのであった。キニーネもそうだし、この物語の主題のチャノキもまたそうである。つまり、有用な植物とその栽培技術は、知的財産であるというわけだ。

スコットランドに生まれて高学歴をもたないフォーチュンも、苦労のすえに園芸家として、また植物学者として身を立てた人だが、当時は輸出禁止であったチャノキ(=お茶の木)を中国に潜入して発見し、財産をつくりあげた人であった。そのなのとおり、多大な苦労をともなったのではあるがフォーチュン(=運)に恵まれ、しかもフォーチュン(=富)を獲得したというわけだ。

(フォーチュンの 『中国とインドの茶の産地への旅』(1847年)の扉見開き)

フォーチュンが末期の東インド会社から請け負ったミッションは、最高級のチャノキの苗とタネを中国国内でゲットし、内陸部の出身で茶の製法につじた中国人の茶職人を探し出して、これらをそっくりそのまま英国の植民地インドにもっていくというものであった。

英国人にとって必需品となっていたお茶の生産を中国からの輸入に頼るのではなく、植民地インドでの生産に代替させようといいうものであった。まさに、帝国主義的プロジェクトそのものであったといっていい。

多大な苦労というのは、アヘン戦争後に清国政府からは香港を割譲させ、上海に租界をつくった英国であったが、外国人が内地を自由に移動することまでは認められていなかったゆえの苦労である。しかも、太平天国の乱がすでに勃発していたのである。苦労というよりも冒険といったほうがいいのかもしれない。

なんと、フォーチュンはアタマの毛を剃って、かつらの弁髪をつけた変装で中国人のあいだに紛れ込んだというのだ。中国の通訳と荷物運びの苦力(クーリー)の二人をつれて。長身で鼻も高いスコットランド人であったが、なぜか変装はばれなかったという。なぜかについては、ぜひ本文を読んでみてほしい。     

そして重要なのは、ウォードの箱(=テラリウム)という技術イノベーションもあずかって大きなチカラがあったことだ。このイノベーションのおかげで、長い航路の旅にもかかわらず、精細なチャノキという植物を生きたまま枯らすことなく、中国からインドに移動させることに成功したのであった。

プラント・ハンターが大活躍した19世紀の大英帝国とアジアとの関係を知る上でも興味深い内容の歴史ノンフィクションである。大いに楽しんでいただきたいと思う。


画像をクリック!

目 次

プロローグ
第1章 一八四五年 中国のビン江
第2章 一八四八年一月十二日 イギリス東インド会社本社
第3章 一八四八年五月七日 ロンドン、チェルシー薬草園
第4章 一八四八年九月 上海から杭州へ
第5章 一八四八年十月 杭州寄りの浙江省
第6章 一八四八年十月 長江の緑茶工場
第7章 一八四八年十一月 安徽省にあるワンの実家
第8章 一八四九年一月 上海
第9章 一八四九年三月 カルカッタ植物園
第10章 一八四九年六月 インド北西州サハランプル植物園
第11章 一八四九年五月~六月 寧波から武夷山脈へ-大いなる茶の道
第12章 一八四九年七月 武夷山脈
第13章 一八四九年秋 上海
第14章 一八五一年二月 上海
第15章 一八五一年二月 上海
第16章 一八五一年五月 ヒマラヤ山麓
第17章 一八五二年 ロンドン、王立造兵廠
第18章 ヴィクトリア時代の人々にとっての紅茶
第19章 フォーチュン余話
謝辞
参考文献
訳者あとがき

著者プロフィール

サラ・ローズ(Sarah Rose)
ジャーナリスト・作家。シカゴ出身。ハーバード大学とシカゴ大学で学位を取得。数社の新聞社に勤務し、香港、マイアミ、ニューヨークで国際政治、経済、金融、ビジネスなどを担当した。現在は男性向け雑誌 Men's Journal、グルメ雑誌 Bon Appetite などに旅行と料理の記事を寄稿している。North American Travel Jounalists Association (北米旅行記者協会)の Grand Prize in Writing を受賞し、ニューヨーク芸術基金(NYFA)から研究助成金を授与された(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。

築地誠子(つきじ・せいこ)翻訳家。東京都出身。東京外国語大学ロシア語科卒業(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<書評への付記>

アドベンチャー的色彩の濃厚な歴史ノンフィクションにしては、日本語の訳文がやや読みにくいのが難点。訳文にリズム感のある日本語にしてほしかったものだと思う。

経済学の知識が訳者にはあまりなさそうなので、訳語があまり適切でないものも散見される。最初から英語原書で読めばよかったかもしれない。ただし、英語の原書では、おそらく中国の地名や人名などの固有名詞を確定しにくいと思われるので、その意味では日本語訳がいいかもしれない。



紅茶と世界経済の関係にかんしては、『茶の世界史 ― 緑茶の文化と紅茶の社会』(角山栄、中公新書、1980)という経済社会史の名著がすでに日本にはあるので、こちらを読むことをつよくすすめたい。

この本は、前半は、英国に重点をおいた紅茶の世界史で、
後半は開国後の日本の輸出商品であった「緑茶」が世界市場で奮闘したものの紅茶に敗れ去った話。ただし、この本にはアッサムでのチャノキ発見の話はでていても、ロバート・フォーチュンによるチャノキを中国から持ち出した件については、まったく言及がない。

プラントハンターについては、『プラントハンター』(白幡洋三郎、講談社学術文庫、2005 単行本初版 1994)、フォーチュンの日本滞在記は、『幕末日本滞在記』(三宅馨訳、講談社学術文庫、1997 単行本初版 1969)後者は、翻訳がやや古くさいのが難点。

ウォードの箱の発明者キングトン・ウォードの著書も日本語訳されている。『植物巡礼-プラント・ハンターの回想』(塚谷裕一訳、岩波文庫、1999)。横組みで写真も豊富な回想録で、13章ではインドにおける茶の原木の探索の話が回想されている。この本もまた訳文が読みにくいのが難点だ。

また紅茶と砂糖が結びつくことで産業革命が起こった経済史については、書評 『砂糖の世界史』(川北 稔、岩波ジュニア新書、1996)-紅茶と砂糖が出会ったとき、「近代世界システム」が形成された!を参照したいただきたい。


<関連サイト>

・・著者自身が語るビデオも視聴可能

「プロが語る紅茶の世界」(YouTube)
・・原麻里子のグローバル・ビレッジ2012年2月15日放送)で、「ビジネスマンが語るタイ王国のいま」というわたしの話のあとで、一緒に出演した藤井敬子さんが「プロが伝授する紅茶の世界」というテーマで、語っています


(中国・上海にて中国茶の実演販売 筆者撮影)



(インド紅茶の最高級品ダージリン)



(トルコのイスタンブールにてカフェで飲むチャーイ 筆者撮影)


(リプトンのティーバッグで紅茶をロシア風にチャーイとして飲む)




<ブログ内関連記事>

お茶と中国、インド関連、ミャンマーの紅茶

岡倉天心の世界的影響力-人を動かすコトバのチカラについて-

「特別展 ボストン美術館 日本美術の至宝」(東京国立博物館 平成館)にいってきた

タイのあれこれ (15) タイのお茶と中国国民党の残党

お茶は飲むもの、食べるもの-ミャンマーのティーハウスと食べるお茶ラペットウ

書評 『神父と頭蓋骨-北京原人を発見した「異端者」と進化論の発展-』(アミール・アクゼル、林 大訳、早川書房、2010)


大英帝国の興亡






(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!








end