「アタマの引き出し」は「雑学」ときわめて近い・・日本マクドナルド創業者・藤田田(ふじた・でん)に学ぶものとは?

◆「アタマの引き出し」つくりは "掛け算" だ : 「引き出し」 = Σ 「仕事」 × 「遊び」
◆酒は飲んでも飲まれるな! 本は読んでも読まれるな!◆ 
◆一に体験、二に読書、その体験を書いてみる、しゃべってみる!◆
◆「好きこそものの上手なれ!」◆

<旅先や出張先で本を読む。人を読む、モノを読む、自然を読む>
トについてのブログ
●「内向きバンザイ!」-「この国」日本こそ、もっとよく知ろう!●

■■ 「むかし富士山八号目の山小屋で働いていた」全5回 ■■
 総目次はここをクリック!
■■ 「成田山新勝寺 断食参籠(さんろう)修行(三泊四日)体験記 」全7回 ■■ 
 総目次はここをクリック!
■■ 「庄内平野と出羽三山への旅」 全12回+α - 「山伏修行体験塾」(二泊三日)を中心に ■■
 総目次はここをクリック!


「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!

「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!
ビジネス寄りでマネジメント関連の記事はこちら。その他の活動報告も。最新投稿は画像をクリック!



ご意見・ご感想・ご質問 ken@kensatoken.com にどうぞ。
お手数ですが、コピー&ペーストでお願いします。

© 2009~2026 禁無断転載!



ラベル タイ映画 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル タイ映画 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2014年1月19日日曜日

かつてバンコクは「東洋のベニス」と呼ばれていた・・・

(バンコク市内の水上バス)

「東洋のベニス」というフレーズがある。いまではすっかりイタリア風にヴェネツィアというのがあたりまえになっているが、かつては英語のヴェニスを日本人はベニスと表記していたのである。

ヴェネツィアはイタリア北部のアドリア海に面した「海洋国家」で、マルコポーロ以来、「東洋への窓口」として生きてきた。「ヴェネツィア映画祭」で日本をはじめとするアジア人監督の作品の受賞が多いのは、そうしたヴェネツィアの歴史によって形成されてきた風土があるからだろう。

ヴェネツィアが、水と共生してきた都市国家の長い歴史を有していることは、塩野七生の名作 『海の都の物語』で日本人にも親しいものとなってきた。また、須賀敦子の『ヴェネツィアの宿』など、日本でもヴェネツィアを舞台にした作品は多い。

ヴェネツィアは「水の都」と呼ばれることも多い。ロシア帝国の首都であったサンクト・ペテルブルクは「北のベニス」と言われてきた。オランダのアムステルダムをモデルの設計されたペテルブルクもまた、運河の多い美しい港町である。


(これが本家本元のベニス=ヴェネツィア 筆者撮影)


「●●という町は▲▲のベニスと言われてきた」という記述は多いのだが、逆に「▲▲のベニスと言われてきたのは●●である」という記述が意外に少ない。

では「東洋のベニス」とはどこを指しているのか? 

まずは、日本でもファンの多い中国は江南の蘇州であろう。蘇州は、わたしはまだ訪れたことがないのがじつに残念なのだが、写真や映像で見る限り、日本人好みの漢詩的な風景がいまでも保存されている、たいへん風情のある観光名所だ。

縦横に張り巡らされた水路が旅情を誘う蘇州だが、日本でいえば福岡県の柳川や佐賀県の佐賀市の「クリーク」(creek)ようなものか。江南の地の水路はかつては日本でもクリークと呼ばれていたようだ。ノスタルジックで風情ある、まさに絵になる風景である。

かつてバンコクもまた、「東洋のベニス」と呼ばれていたことがあるのをご存じだろうか。19世紀の頃だ。西欧人がそう命名したのである。

バンコクはいまでは水路が埋め立てられて、そのほとんどが道路となってしまっているが、かつては縦横に水路が張り巡らされた文字通りの「水の都」だったようだ。これは東京も同じようなものだろう。


(お茶の水 神田川にかかる聖橋 筆者撮影)


東京には数寄屋「橋」や京「橋」、それに日本「橋」といった地名が現在も残っているが、そこには水路も橋も存在しない。数寄屋橋が水路のままだったら、どれだけ風情のあることだろうか。バンコクもまた同じである。


(東京・月島付近 隅田川ウォーターフロント)


厳密には東京都内ではないが、東京ディズニーランドが立地する東京湾岸の千葉県浦安市は、「3-11」の大地震の際に大規模な液状化が発生したことが記憶にあたらしい。

バンコクもまた、ヴェネツィアと同様に地盤沈下という問題を抱えている。かつてのような美しさはすでに失われているが、水辺の弱い地盤という地質学的な状態にかんしては、現在でも「東洋のベニス」であることは確かなのである。


クロンというタイの水路

バンコクの水路はタイ語でクロン(klong)という。水路はすべてが埋め立てられたわけではなく、市街地のなかに生き残っている。

水路を生活に利用しているバンコクの姿は、Klongs - Thai Waterways and Reflections of Her People (Pamela Hamburger, 2008)というカラーの写真集がおすすめだ。バンコクで出版されたこの写真集は現在は電子書籍化されて Kindle で見ることができる。外交官の妻であるアメリカ人アーチストによるものだ。


(バンコクの水路をテーマにした写真集)


タイ人自身によるものとしてはスラット・オスタヌグラフ氏(1930~2007)の『グッバイ・バンコク Goodbye Bangkok』(バンコク、2003)というモノクロの写真集がじつに味わい深い。たまたまバンコク市内の洋書店でみかけて、気に入ったので購入したものだ。


(「消えゆくバンコク」を写したタイ人写真家の写真集)


スラット氏はリタイア後に本格的に写真をはじめた人らしいが、1999年から2001年にかけて撮影されたモノクロ写真の数々を見ていると、写真家が水辺で暮らす人々の日常生活に抱いている古き良きバンコクを愛惜する気持ちが伝わってくる。Vanishing Bangkok (消えゆくバンコク)という写真展(2002年)のサイトをみてみるといいだろう。

この記事の冒頭に掲載した写真は、ジム・トンプソンハウスの裏にある水路。ヴェネツィアのヴァポレット(Vaporetto)と同様、現在でもバンコクでは水上バスが現役である。

道路の混雑ぶりは、BTS(高架鉄道) ができても MRT(地下鉄)ができてもいっこうに改善される見込みがないが、水上バスは混雑とは無縁のようだ。

ただし、バンコクの水路には生活排水が流れ込み、ゴミも不法投棄されていて汚染されている。悪臭を放つドブのようなものも多い。

水上バスの乗客は、水路の汚染水の水しぶきを浴びないように気をつける必要がある。水上バスにはビニールシートが貼ってあるが、十分ではない。


「東洋のベニス」だった頃の前近代のバンコク

バンコクの水路が「東洋のベニス」と呼ばれていた頃はどんなものだったのか想像してみるには、観光スポットになっている水上マーケット(floating market)を訪れてみればいい。
あるいは隣国ミャンマーのインレー湖を訪ねてみるといいだろう。生活のほぼすべてがモーターボートや小舟の利用によっている。三度目のミャンマー、三度目の正直 (2) インレー湖は「東洋のベニス」だ!(インレー湖 ①)というブログ記事を参照されたい。

前近代のタイの水路を想像するのは、『ナン・ナーク』(1999年)のようなタイ映画をみるとよいだろう。


(タイ映画 『ナン・ナーク』 予告編より)


『ナン・ナーク』(Nang Nak)は、19世紀の実話に基づいた定番の怪奇映画で、1999年製作の最新版が映像とゆったりした時間の流れがいかにもノスタルジックなものを感じさせる映画のなかではバンコクと近郊の農村を水路をつかって舟で縦横に移動するシーンがたくさんでてくる。

『ナン・ナーク』の舞台プラカノーンは現在はバンコク市内になっているが、水路は現在でも現役である。『ナン・ナーク』については、書評 『怪奇映画天国アジア』(四方田犬彦、白水社、2009)-タイのあれこれ 番外編-で触れている。


「水の民」であるタイ人

タイ人は「水の民」だというのは日本のタイ研究の草分けであった石井米雄氏がなんども強調していたことだ。

タイ族は基本的に北から南下してきた民族で、メコン川、チャオプラヤー川などの主要水系によって習俗も異なるという。タイは東西方向のの平面ではなく、南北方向の水系単位で見よ、ということだ。基本的に中国の雲南方面の山岳地帯から南下してきたのがその歴史である。


(バンコク中心部を流れるチャオプラヤー川 平常時でも水かさがある)


エジプトのナイル川ではないが、タイのチョプラヤー川もまた、上流から運ばれてきた肥沃な土壌が稲作に欠かせないものであった。大洪水は大きな問題だがそう頻繁におこるものではない。多少の増水は想定内のものであるし、稲作農業には欠かせないものなのだ。

工業団地の工場の多数が水没(!)するという事態が発生したのだが、水田地帯を埋め立てて工業団地を造成したのである以上、ある意味では避けられないことであったのかもしれない。バンコクは、チャオプラヤー川が大きく蛇行するデルタ地帯の砂州に形成された、地盤のきわめて弱い都市である。

ウィットフォーゲルの『オリエンタル・デスポティズム』(東洋的専制主義)は、水利社会論から中国社会の本質を解明した大作だが、ウィットフォーゲルが政治的支配を生み出す源泉として着目したのは「水の管理」という観点である。

ウィットフォーゲルの区分によれば、「遊牧」、「牧畜」、「天水農法」、「灌漑農法」が区分されるが、「灌漑農法」のもとで巨大官僚制による管理が成立した典型が中国であり、とくに中国北部がそれに該当する。ロシアもまた「東洋的専制主義」そのものであると指摘されている。

タイは日本と同様に「天水農法」に分類される。水にめぐまれた風土では、中国のように人間のチカラで大規模に水利を管理しようという発想が生まれにくい。自然にさからわず、自然のめぐみを享受するという発想だ。ときには自然の猛威に翻弄されることもあるとはいえ・・・。


(欧米人にはタイ人は「水の民」というイメージがある)


水との共生、水とともに生きる人々。この点に日本人が無意識レベルでタイに引かれる側面があるのかもしれない。だが現実には、エンターテインメントや食事など別の要素がタイとバンコクへと日本人をいざなう要因となっている。

いつの日か、バンコクがふたたび「東洋のベニス」と呼ばれていたことが思い起こされるといいのだが・・・。ポストモダン(後近代)の観光資源としては仏教寺院などよりもはるかにリピーターを呼び寄せることのできるものになるはずと思うのだ。

だが、そのためにはまず水路網の再整備と水質浄化が課題となる。まだまだ開発経済の渦中にあるタイとバンコクには、それは期待してもムリな話かもしれないが・・・。


(バンコク市内を蛇行するチャオプラヤ川 『新詳高等地図』(帝国書院)より)


PS 2012年の秋にバンコクも大きな被害を受けた大洪水の際に書き始めたまま放置していた原稿だが、現在は野党になっている「黄色シャツ派」が呼びかけている「バンコク封鎖」(Bangkok Shutdown)にかかわらず、対策として水上バスを使って通勤する人も少なくないことを知って、執筆を再開することにした。もっと文章を練るべきなのだが、いつまでも放置していても仕方ないので、仕上がり具合はあまりよいとは思わないがアップすることにした次第。 (2014年1月19日 記す)。





<参考文献>

『タイの水辺社会-天使の都を中心に-(水と<まち>の物語)』(高村雅彦=編著、法政大学出版局、2011)
『バンコクの高床式住宅-住宅に刻まれた歴史と環境-(ブックレット≪アジアを学ぼう⑨≫』(岩城孝信、風響社、2008)
『東南アジアの自然 講座東南アジア学②』(高谷好一=編集責任、弘文堂、1990) 「第Ⅲ部 世界のなかの東南アジア 7章 稲作と水利」


<関連サイト>

スラット・オスタヌグラフ氏のウェブサイト (英語)

スラット氏のfacebookページ (英語)

タイ映画「ナンナーク」 日本版予告編


<ブログ内関連記事>

『龍と蛇<ナーガ>-権威の象徴と豊かな水の神-』(那谷敏郎、大村次郷=写真、集英社、2000)-龍も蛇もじつは同じナーガである


バンコクへの渡航は自粛を!-タイの大洪水と今後の製造業立地の方向性について (2011年10月26日)
・・チャオプラヤー川とバンコクの関係について

ひさびさに隅田川で屋形船を楽しむ-屋形船は東京の夏の楽しみ!

書評 『そのとき、本が生まれた』(アレッサンドロ・マルツォ・マーニョ、清水由貴子訳、柏書房、2013)-出版ビジネスを軸にしたヴェネツィア共和国の歴史

(2014年5月11日 情報追加)


(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!








end

2009年12月2日水曜日

タイのあれこれ (24) DVDで視聴可能なタイの映画-③ 歴史もの

 タイ映画の歴史ものといえば、現チャクリ王朝(=ラタナコーシン王朝)成立以前の王朝を舞台にした、歴史エンターテインメント超大作となります。2000年以降に製作された『王妃スリヨータイ』に『キング・ナレースワン 三部作』です。

 タイの王室を描いた映画といえば、何よりも1950年代に製作されたハリウッドのミュージカル映画『王様と私』(The King and I)ということになるでしょうが、スキンヘッドのユル・ブリンナーが主演したこの映画は、周知のとおり、現在でもタイでは上映禁止です。 

 これは、ラーマ4世モンクット王が招いた英国人家庭教師アンナ・レオノーウェンの回想録をもとに、19世紀後半、近代前夜のタイにおける物語。西洋近代を体現したアンナと、西洋の学問にも精通していながら東洋世界を体現していたモンクット王との出会いと葛藤を通じた、東西文明の相互理解への道を描いたものです。

 この映画は、日本人の私からみても、いわゆる"オリエンタリズム"に充ち満ちた作品で、エキゾチズム全開といった内容ですが、アジア人としては見ていて気持ちのいいものとは思われません。現在でも不敬罪の存在するタイ王国で上映禁止だとしても、とくに違和感を感じません。

 この『王様と私』のリメイク版ともいえるのが、1999年に製作された『アンナと王様』(Anna and the King)です。家庭教師アンナ役のジョディー・フォスターが主役で、香港映画の大物スターであるチョウ・ユンファがモンクット王を演じています。私は個人的にこの二人の俳優がともに好きだし、『王様と私』とは違って、かなりディテールにいたるまでその当時のタイを復元していると思うのですが、同じくこの作品もタイ国内では上映禁止となっています。

 ロケはマレーシアで行われたようですが、タイ政府からはマレーシアに対してロケを認めないようにという圧力がかかったらしいとも聞いていますが、真偽は定かではありません。

 私が見た限りではとくに大きな問題がないと思いますし、この映画をみるとタイの歴史についてたいへん勉強になるのですが、日本でも"不敬罪"の存在した戦前には、たとえば明治天皇を生身の肉体をもった俳優が演じることなど、まず不可能であったであろうことを考えると、この映画も上映禁止なっているのも当然かもしれません。イッセー尾形が昭和天皇役を演じた作品など、タイでは想像すらできないと思います。

 まあ、たいへんやっかいなことなのですがが、ラーマ4世モンクット王は現国王のラーマ9世とも直接血がつながっており、映画の登場人物として演じられること自体が"不敬罪"の対象となるのでしょう。

 これは、「タイのあれこれ(8)」でロイヤル・ドッグのマンガ本について触れた際、国王陛下が白抜きで描かれていることを知っていただければ、納得してもらえることだと思います。
 つまるところ、不敬罪が存在する限り、現王朝の国王がたとえ歴史上の人物となっていたとしても、登場人物とした映画は製作することはない、と断言してよいと思われるわけです。


 前置きがずいぶん長くなりましたが、こういう状況が背景にあることを知っていれば、現王朝以前の歴史上の王や王妃が主人公となった映画がなぜ製作されているのかが、理解されることと思います。

 そしてまた重要なことは、タイは基本的にインド文明圏にあり、中華文明とは異なり歴史意識に乏しいこともあります。このため、比較的最近のよく知られた話よりも、いま生きている人たちの記憶のなかにはない歴史的人物のほうが、エンターテインメントとしてストーリーづくりをやりやすい、といった点もあるのではないか、と思われます。


◆『王妃スリヨータイ』(The Legend of Suriyothai) 2001年製作・公開  監督:チャートリーチャルーム・ユーコン殿下、フランシス・コッポラ編集の142分短縮の米国版もあり 米国版トレーラー

 そうした歴史もののさきがけとなったのが『王妃スリヨータイ』です。

 16世紀半ば、タイの宿敵であったミャンマー(=ビルマ)との戦いに、女性が戦場にでるのは禁止されていたのにもかかわらず、王妃スリヨータイ自らが象にのって出陣、そして交戦中に戦死、その戦いでタイは完敗を喫し、首都アユタヤは焼き討ちされ灰と化したことが映画では描かれています。

 この物語が歴史的な事実かどうか定かではありませんが、王室の全面的バックアップのもと、米国で映画製作を勉強した、王族出身のチャートリーチャルーム殿下が監督し、タイ映画史上最大の制作費を投入、陸海軍兵士を多数エキストラとして使ったといわれています。映画学校で同窓のフランシス・コッポラが海外向けの短縮版を作成しています。

 タイ映画史上、最大の興行収入もあげることにもなりました。


◆『キング・ナレースワン 第一部』(日本公開時のタイトルは、キング・ナレスワン 序章-アユタヤの若き英雄誕生-」) 2007年製作公開  監督:チャートリーチャルーム殿下  167分 タイ版トレーラー 
◆『キング・ナレースワン 第二部』(日本公開時のタイトルは、「キング・ナレスワン-アユタヤの勝利と栄光-」) 年製作公開 監督:チャートリーチャルーム殿下  169分  タイ版トレーラー
◆『キング・ナレースワン 第三部』 2011年3月31日公開(日本公開未定) 監督:チャートリーチャルーム殿下 タイ版トレーラー
◆『キング・ナレースワン 第四部』 2011年8月11日公開予定(日本公開未定) 監督:チャートリーチャルーム殿下 タイ版トレーラー
◆『キング・ナレースワン 第五部』 2011年12月8日公開予定(日本公開未定) 監督:チャートリーチャルーム殿下 タイ版トレーラー

 つづく『キング・ナレースワン 三部作』は、同じくチャートリーチャルーム殿下が製作・監督した大作で、『スリヨータイ』の時代に続く時代を扱っており、少年時代ビルマの人質となっていたものの、つねに独立を夢見ていたナレースワン(1555-1605)が、ついにタイの栄光を回復する救国の英雄として歴史に残る大王となった姿を、かなり理想的な人物として描いた一大エンターテインメントになっています。

 全部で三部作となっており、これも『スリヨータイ』と同じく、タイでは制作費も観客動員にかんしても、史上空前となっています。タイ国民のナショナリズム意識を大いに刺激したことが、その理由といってよいでしょう。

 私はこの映画の第一部と第二部を、東京・六本木で開催された映画祭「タイ式シネマ☆パラダイス」で、日本語字幕つきで上映されたものを見ました。オフィシャル・サイトには、映画の概要が掲載されているので参照していただくとよいと思います。『キング・ナレスワン 序章-アユタヤの若き英雄誕生-』、『キング・ナレスワン-アユタヤの勝利と栄光-』。
 
 なお、『王妃スリヨータイ』は日本未公開ですが、タイではDVDとVCDが販売されており、フランシス・コッポラ編集版には英語字幕もついています。ただしタイはDVDはPAL方式の再生なので、パソコンで再生可能なVCDのほうがおすすめです。

 『ナレースワン』は、「THE KING 序章-アユタヤの若き英雄-/-アユタヤの勝利と栄光-」というタイトルで、日本版のDVDが第一部と第二部の二枚組セットで今年の11月に販売されたらしいですね。レンタル店にでているかどうかは確認していないのでわかりませんが。

 タイではDVD版とVCD版が第一部と第二部についてはすでに販売されていますが、タイ語音声のみで字幕はついていません。なお、YouTube に全編アップされていますので視聴することも可能です(・・もちろんタイ語音声のみ)。第一部は全部で17分割してアップ、同じく第二部も17分割してアップされています。タイでも第三部はまだ公開されていないようなので、DVD版も、VCD版も販売されていません。

 先にも書きましたが、そもそも歴史意識に乏しいタイの一般国民に、かなりの脚色と理想化があるとはいえ、歴史上の英雄を主人公としたエンターテインメント大作を提供したことは、ただ単に興行成績が上がったということだけでなく、タイ人のナショナリズム強化に大いに貢献したことは間違いありません。

 タイは多民族国家で移民国家でありながら、東南アジアのなかでは国民意識形成に成功した数少ない国家となっているわけです。この基盤があってこそ、高度経済成長も可能であったというべきでしょう。

 もちろん、タイ国民以外にも十二分に鑑賞可能な、エンターテインメント超大作となっています。とくに『キング・ナレースワン 第二部』には、山田長政も日本人の俳優が日本の甲冑姿で登場しますので、日本人にも親しみのある(?)時代といえるでしょうか。ただしこれは史実とは異なるようですが(笑)。

 あえていえば、巨匠・黒澤明監督の『』や『影武者』のような超大作に、強力な火力を武器にした戦国時代ものといえるでしょう。まあ最近は中国がハリウッド張りの歴史超大作を次から次へと出し続けてますね、たとえば三国志が原作の『レッド・クリフ 赤壁』とか。バンコクでも中国映画は人気があります。

 歴史という観点から考えると、同時代16世紀末の日本は、その後パックス・トクガワーナ(Pax Tokugawana)ともいわれる徳川幕府による天下泰平の時代となってゆきますが、タイの場合は現チャクリ王朝のラーマ1世が即位する18世紀末まで、まだまだ不安定な時代が続きます。

 タイも日本もほぼ同時期の19世紀末に西洋近代化への道をスタートしますが、地政学的に見て島国であった日本の徳川250年の蓄積がいかに大きなものであったかは、その後の両国の展開をみれば、おのずから明らかになっているといってもいい過ぎではないでしょう。

 この点については、まさにナレースワン王の時代にも該当する、"われらが少年使節"の話について私が書いたブログの文章、「500年単位」で歴史を考える-『クアトロ・ラガッツィ』(若桑みどり)を読む を参照していただくとよいかと思います。

 歴史ものの映画をつうじて歴史をしることには、当然のことながら限界があります。歴史そのものと歴史小説は別物だからです。もしタイの歴史をきちんとしりたければ、やはり歴史書を読んでみるべきでしょう。


* タイのあれこれ (25) DVDで視聴可能なタイの映画 ④人生もの=恋愛もの につづく


P.S. 一部最新情報を追補した(2011年9月11日)






<ブログ内関連記事>

タイのあれこれ (23) DVDで視聴可能なタイの映画-① ムエタイもの、② バイオレンス・アクションもの

タイのあれこれ (25) DVDで視聴可能なタイの映画 ④人生もの=恋愛もの

書評 『怪奇映画天国アジア』(四方田犬彦、白水社、2009)-タイのあれこれ 番外編-

タイのあれこれ (19) カトゥーイ(=トランスジェンダー)の存在感
・・カトゥーイものの映画2本を紹介


「タイのあれこれ」 全26回+番外編 (随時増補中)





(2012年7月3日発売の拙著です)









Clip to Evernote 


ケン・マネジメントのウェブサイトは
http://kensatoken.com です。

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!

 

end