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2014年5月2日金曜日

書評『「科学者の楽園」をつくった男 ー 大河内正敏と理化学研究所』(宮田親平、河出文庫、2014)ー 理研はかつて「科学者の楽園」と呼ばれていたのだが・・


現在の問題を考えるには、その前史ともいうべき歴史的経緯を知らなくてはならない。

現状分析を行うだけでなく、その前史を知り、現在に受け継がれているもの、変容してしまったものをきちんと整理することだ。言い換えれば、連続と断絶という2つのアスペクトで考えるということである。

組織問題を考えるにあたっても同様だ。さらにいえば、組織の名前(=固有名)と実体とのあいだに存在するズレに着目することである。これはブランドと実体と言い換えてもいい。

そういう問題関心から読んでみたのが『「科学者の楽園」をつくった男-大河内正敏と理化学研究所-』(宮田親平、日経ビジネス人文庫、2001)だ。出版後にすぐ購入したのは、政治家の田中角栄が大河内正敏と深い関係があったということがアタマの片隅にあったからだ。読もうと思いながら12年もたってしまっていた。

「STAP細胞事件」(2014年)をキッカケに理研が国民全般の問題関心の対象となったこの機会に読み出したら、ものすごく面白い読み物であることがわかった。


理研が設立されたのは1917年(大正6年)だが、それは第一次大戦中のことであった。産業立国の基礎は科学技術による自主開発にありという信念が、華族出身の大河内正敏子爵をして「国民科学研究所」設立に奔走させたのであった。大河内正敏自身が科学者であった。

分野にとらわれず、自由に研究するという姿勢が多くの科学者を引き寄せ、そのなかから独創的な研究成果が輩出されたのである。それが「科学者の楽園」という別名を生んだゆえんだ。

たとえば、うまみ成分がグルタミン酸ナトリウムであることを発見した池田菊苗ビタミンAを発明した鈴木梅太郎。前者は味の素になった。後者は理研ビタミンとして理研の財政を支えた。また、リコーもまた理研の研究成果の商業化から生まれた会社である。

「科学者の楽園」という表現は、ノーベル賞を受賞した物理学者の朝永振一郎も使っているようだ。戦時中は仁科芳雄博士を中心とした原子爆弾の研究も理研で行われた。だがアメリカに先を越されたことは周知のとおり。

「科学者の楽園」を実現したのは、研究成果を「発明」として終わらせるだけでなく、「製品」として「商業化」したことにある。理研ビタミンなど「理研ブランド」が財政的に自由な研究を支えたのであった。理研は、研究成果を商業化して資金を回収する、ベンチャービジネス的な研究所、研究開発型企業でもあったわけだ。

戦前は「理研コンツェルン」として、科学研究を核にした企業グループを形成するに至る。この頃、新潟県の柏崎に工場を建設したことが、田中角栄との縁をつくることになる。田中角栄は理研の土建関係で財をなし、大河内正敏のことは一生感謝し続けたという。

戦後は、アメリカ占領軍によって「財閥解体」の対象とされ、理研コンテルンは解体された。商業部門はスピンオフされ、理研ビタミンやリコーとして現在に至る。

その後、紆余曲折を経て、国の予算で運営される研究機関となったわけだ。組織の名前(=固有名)は連続しているが、実体とのあいだに大きなズレが存在するわけである。そのズレが制御不能なまなでに大きくなっているのが文部科学省の息のかかった現在の理研と考えていいのだろう。

こういった経緯だけなら、wikipedia の記述でも読めば十分だろう。あるいは理研じしんの広報資料である「理研八十八年史」を読めばいい。

だが、『「科学者の楽園」をつくった男』という本が面白いのは、組織の創立者である大河内正敏という殿様科学者の強烈な個性だけでなく、草創期の科学者たちや戦前・戦中の科学者たちの人物エピソード中心の歴史ノンフィクション作品となっているからだ。

現在、日経ビジネス人文庫版は品切れだが、理研がニュースのネタになってからは引き合いも多いのだろう。河出文庫から2014年5月8日に「復刊」されるというのは「朗報」だ。

面白い内容なので、ぜひ読むことを薦めたい。





目 次
ロンドンの邂逅
国民科学研究所を危機
「明治天皇のお膝」
合成酒の匂い
理研の三太郎
ねえ君、不思議とは思いませんか?
理研コンツェルン
科学者の自由な楽園
殿様と少年
ケンカ太郎
ニ号研究カタストロフ
原子力とペニシリン
大輪の花

著者プロフィール
宮田親平(みやた・しんぺい)
1931年、東京生まれ。医・科学ジャーナリスト。東京大学医学部薬学科卒業後、文藝春秋入社。「週刊文春」編集長、編集委員等を経て、フリー。著書に『毒ガス開発の父ハーバー―愛国心を裏切られた科学者』(2008年科学ジャーナリスト大賞受賞)などがある(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)


<関連サイト>

理化学研究所 wikipedia日本語版

「理研八十八年史」 (理化学研究所)

迷走する理研、エリート研究所の危機「科学者の楽園」は何につまずいたのか (週刊東洋経済、2014年5月12日)

ベル研の先例に学べない理研の腐った組織 STAP細胞の正体が明らかになった今、組織防衛は世界の恥さらしに (伊東 乾、JBPress、2014年7月2日)


<ブログ内関連記事>

「史上空前規模の論文捏造事件」(2002年)に科学社会の構造的問題をさぐった 『論文捏造』(村松 秀、中公新書ラクレ、2006)は、「STAP細胞事件」(2014年)について考える手助けになる

書評 『ランド-世界を支配した研究所-』(アレックス・アペラ、牧野洋訳、文藝春秋社、2008)-第二次大戦後の米国を設計したシンクタンクの実態を余すところなく描き切ったノンフィクション
・・米国の国防総省と密接な関係にあるシンクタンク。「付記」として、米国モデルのシンクタンクの日本における展開について概観しておいた

書評 『2045年問題-コンピュータが人間を超える日-』(松田卓也、廣済堂新書、2013)-「特異点」を超えるとコンピュータの行く末を人間が予測できなくなる?
・・現在注目すべきは先端分野に積極的に取り組んでビジネス化を推進しているグーグルの研究所であろう。「科学者の楽園」であるようだ

書評 『グラハム・ベル空白の12日間の謎-今明かされる電話誕生の秘話-』(セス・シュルマン、吉田三知世訳、日経BP社、2010)

書評 『インドの科学者-頭脳大国への道-(岩波科学ライブラリー)』(三上喜貴、岩波書店、2009)-インド人科学者はなぜ優秀なのか?-歴史的経緯とその理由をさぐる

書評 『「科学技術大国」中国の真実』(伊佐進一、講談社現代新書、2010)-中国の科学技術を国家レベルと企業レベルで概観する好レポート


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2013年1月13日日曜日

『蛇儀礼』(アビ・ヴァールブルク、三島憲一訳、岩波文庫、2008)― 北米大陸の原住民が伝える蛇儀礼に歴史の古層をさぐるヒントをつかむ

(写真の左が著者のアビ・ヴァールブルク)


『蛇儀礼』 (アビ・ヴァールブルク、三島憲一訳、岩波文庫、2008)という本があります。岩波文庫で100ページ以内の講演記録に、ドイツ版の解説の翻訳と、翻訳者による解説がつけられた200ページ程度の本です。

講演内容ですので、語り口もやさしい日本語になっており、読むこと自体はさして難しくないでしょう。

著者のアビ・ヴァールブルク(1866~1929)は、北ドイツの国際都市ハンブルクに生まれ、そこで人生の大半を過ごしたユダヤ系ドイツ人の在野の美術史家。ヴァールブルク図書館という私設図書館を後世に残したことで知られています。この図書館は、ナチスから逃れてロンドンに移設することに成功しています。

第一次大戦のドイツの敗北による不安のなか、精神の病をえてスイスの精神病院に入院することを余儀なくされたのですが、病の回復期に病院長であったビンスヴァンガーに頼んで、1923年に病院内で実施させてもらった講演とのこと。病気回復の証拠として企画した講演なのでした。

内容は、みずから30年前に体験した北米での人類学的フィールドワークを回想しながら「蛇儀礼」について報告し、その意味を考えながら、自らがよって立つ西欧文明のなかに、古代的要素を見出すための手掛かりを得たことに触れたものです。

著者の問題意識は、講演の最初で著者自らが語っている次の文章に表現されているといっていいでしょう。

(・・生きた蛇の舞踊とは)ヨーロッパの異教的古代にも似たような現象があるので、それを瞥見することで、最後に次のような問いを立ててみたいと思います。それは、未開の異教の世界に始まり、古典古代の異教世界を経て近代的人間の世界に発展させていく変化を見る基準を、プエブロ=インディアンのなかでまだ生きているおうした異教的な世界観が、どの程度まで与えてくれるだろうか、という問題です。

西欧人が見たアメリカ原住民の蛇信仰の諸相が語られますが、蛇信仰はじつは世界共通のものだといっていいのです。西欧文明においては、キリスト教がそれを抑圧してきたのですが、それ以外の文明ではかならずしもそうではない。

西欧人でありながらユダヤ人であることに悩みつづけた著者は、ハンブルクの著名な銀行家ヴァールブルク家の長男に生まれながら家督相続を拒否し、さらにはユダヤ教からも遠ざかるのですが、いくら自分の意識のなかでユダヤ性を遠ざけても、自分を見る周囲の目にはユダヤ人でしかないという矛盾を感ぜずにはいられないのでした。こうした自己認識と他者認識のズレが繊細な精神をもつ著者を、最終的に精神の病に追い込んだようです。

ドイツ人という西欧人であるはずの自分のなかに棲むユダヤというオリエント性、それは「魔術からの解放」されたはずの近代人の「合理性」のなかにひそむ古代人の「非合理性」を発見せざるをえないことのキッカケになったのかもしれません。

近代西欧世界に生きてききたユダヤ人の宿命、これは強いられた開国によって近代化=西欧化の世界に生きることになった日本人と共通する問題かもしれません。

しかし、みずからの内なる古代性を発見するのに、日本人の場合は北米のインディアン(=ネイティブ・アメリカン)を見る必要はなかったといっていいでしょう。なぜなら、近代日本においてもそこらじゅうに古代日本が転がっているからです。これは21世紀の現在でも変わりません。

古代日本人の原始蛇信仰については、蛇は古代日本人にとって神であった!-独創的な民俗学者であった吉野裕子の名著 『蛇』 を読んでみよう をご参照いただきたく。

西欧人にとって、みずからの内なる古代性を認識するのは、容易ではなかったようですね。いや、いまでも知識人以外には困難なことかもしれません。


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<附録> 銀行家ヴァールブルクをめぐるあれこれ

書評 『マネーの公理-スイスの銀行家に学ぶ儲けのルール-』(マックス・ギュンター、マックス・ギュンター、林 康史=監訳、石川由美子訳、日経BP社、2005) に書いた文章を再録しておこう。

S.G.ウォーバーグ証券は、英国の老舗マーチャントバンクであったが、スイス銀行に買収されて SBC ウォーバーグとなっていた。「金融ビッグバン」による「ウィンブルドン化」などという表現が一世を風靡していた頃の話である。

SBC ウォーバーグは、さらに長銀と合弁することにより、長銀SBCウォーバーグとなったが、のちに UBS 証券となってウォーバーグの名前も消えてしまった。UBS のサイト(日本語版)に、度重なる合併によって警世された UBS の歴史が掲載されている。

英語読みのウォーバーグ(Warburg)は、ドイツ語ではワールブルクである。ハンブルクのユダヤ系銀行家一族からは、有名な美術史家アビ・ワールブルクがでている。かの有名なワールブルク文庫を残した学者である。

ちなみに、晩年の白洲次郎が S.G.ウォーバーグ証券の「顧問」となっていたことは、『風の男 白洲次郎』(青柳次郎、新潮社、1997)に記されている。S.G.ウォーバーグ証券の創業者ジグムント・ウォーバーグとの個人的友情から引き受けたものらしい。ジャック・アタリが執筆した、S.G.ウォーバーグ証券の創業者ジグムント・ウォーバーグの伝記 Un homme d'influence, 1985 には、白洲次郎の名前が2回でている。白洲次郎が野村證券を紹介した、とある。

白洲次郎が亡くなったとき、S.G.ウォーバーグ社は「白洲ライブラリー」の名前で、ケンブリッジ大学に日本学関連の膨大な図書を寄贈した、という。


高橋是清の盟友となったユダヤ系米国人の投資銀行家ジェイコブ・シフはなぜ日露戦争で日本を助けたのか?-「坂の上の雲」についての所感 (3) で取り上げたジェイコブ・シフはドイツ系ユダヤ人でアメリカに移住した銀行家。ハンブルクのヴァールブルク家とは姻戚関係を結んでいた。美術史家のアビ・ヴァールブルクが北米を旅行したのは、兄弟の結婚式に参列するためであった。



<ブログ内関連記事>

ヘルメスの杖にからまる二匹の蛇-知恵の象徴としての蛇は西洋世界に生き続けている

書評 『治癒神イエスの誕生』(山形孝夫、ちくま学芸文庫、2010 単行本初版 1981)

『龍と蛇<ナーガ>-権威の象徴と豊かな水の神-』(那谷敏郎、大村次郷=写真、集英社、2000)-龍も蛇もじつは同じナーガである

『ブッダのことば(スッタニパータ)』は「蛇の章」から始まる-蛇は仏教にとっての守り神なのだ

蛇は古代日本人にとって神であった!-独創的な民俗学者であった吉野裕子の名著 『蛇』 を読んでみよう

大神神社(おおみわ・じんじゃ)の「巳(み)さん」信仰-蛇はいまでも信仰の対象である!


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2010年2月10日水曜日

書評『ランド - 世界を支配した研究所』(アレックス・アペラ、牧野洋訳、文藝春秋、2008)ー 第二次大戦後の米国を設計したシンクタンクの実態を余すところなく描き切ったノンフィクション





 第二次大戦の勝利国となった米国が、1940年代から1950年代にかけて世界の覇権国となっていった絶頂期に、その理論的フレームワークをつくりあげたのが、米国空軍のシンクタンクとして出発した民間の非営利組織「ランド・コーポレーション」(RAND Corporation)であった。

 RAND とは、Research ANd Development(研究開発)の頭字語をとったもの。知識産業としてのシンクタンクの原型ともいってよい。

 実質的に国防研究を主要分野として受託研究を行ってきたこのシンクタンクは、理系の研究者にとっては思う存分に研究のできるパラダイスであった。本書『ランド - 世界を支配した研究所』(アレックス・アペラ、牧野洋訳、文藝春秋、2008)には、全米から集まってきた最優秀の頭脳の群像が、これでもか、これでもかと描かれている。

 「ゲーム理論」、「合理的選択論」、「システム分析」いずれも人間行動を数式と方程式で理解しようとした、「合理性の兵士」(Soldiers of Reason)たちの産物であった。彼らは、研究分野における、米国のベスト・アンド・ブライテストたちであったといえよう。

 そして彼らはまた「合理性の使徒」でもあった。20世紀後半の社会科学がこれら米国発の「合理性」理論の圧倒的影響下にあることは、日本についてもいうまでもない。
 
 「ランド」に集まったのは理系研究者だけではない。

 1972年にノーベル経済学賞を受賞した、米国を代表する経済学者ケネス・アローに代表される「合理的選択論」は、経済学だけでなく、戦後アメリカをアメリカたらしめたエッセンスといってもよい。ランド時代のアローの業績は、本書によればいまだに機密解除されていない(!)という。冷戦時代の米国の国防戦略に直接関与していたのである。




 1994年にノーベル経済学賞を受賞した数学者ジョン・ナッシュをモデルにしたハリウッド映画『ビューティフル・マインド』そのものの世界である。

 この映画では、「非協力ゲーム」の研究で知られる数学者として、暗号解読研究に携わることになったナッシュが、次第に妄想の世界に入り込んで精神を病んでいったことが描かれている。核兵器にかんする機密漏洩を懸念して軍関係者に監視されていた、末期がんで死の床にあった天才フォン・ノイマンは例外ではなかったのである。ランドでの研究の性格の一端を示したものといえるだろう。

 米国による世界支配構造の根底にある「合理性」とはいったい何か、それが生まれてきた背景も含めて、さまざまな天才たちの群像をつうじて描く、必読のノンフィクションである。



<初出情報>

■bk1書評「第二次大戦後の米国を設計した「ランド・コーポレーション」の実態を余すところなく描き切ったノンフィクション」投稿掲載(2010年2月3日)

(*再録にあたって字句の一部を修正)


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<書評への付記>

シンクタンクについての随想

 私はこの本を一昨年バンコクに持ち込んで読んだ。アメリカについて書かれた本を日本語訳で海外で読む、これもなかなか面白い経験であった。内容は実に面白い。

 読んで損はない本なので、せっかくなので書評に仕立て直して紹介することとした。

 「ランド・コーポレーション」はアメリカ空軍(・・正確にいうと、設立当時は組織として独立する以前の陸軍航空隊であった)の肝いりで設立された研究所であり、基本的に組織として独立した空軍に貢献することを期待して予算がついたのであった。設立をめぐる状況の経緯は本書に書かれているが、なかなか利害関係者間の駆け引きが面白い。

 書評にも書いたとおりシンクタンク(thinktank)の原型である。いまでは知識産業というが、むかしは頭脳集団とか頭脳産業とかいっていたような記憶もある。

 本書にもでてくる、一世を風靡した未来学者ハーマン・カーンの名前を覚えている人もいまやもう少ないだろう。


 日本のシンクタンクの原型は、理系のものとしては戦前、大河内正敏が率いた理化学研究所(理研)があるが、これは研究の成果を商業化して資金を回収する、ベンチャービジネス的な研究所であった。

 社会科学系では、戦前の満洲における植民地経営の中心にあった南満洲鉄道株式会社(満鉄)の、いわゆる満鉄調査部が原型であったといえる。これについては、いずれ戦前のユダヤ研究とのからみで書くことにしたい。ほかには大原社会問題研究所などがあった。


 戦後日本では、本格的なシンクタンクは、野村證券が設立母体となった野村総合研究所(野村総研)が初めてであり、1997年の金融危機で銀行証券が大規模に統廃合されていくまでは、金融機関の付属機関が大半であった。ちなみに私は長銀総研に籍を置いていたことがあるが、野村総研はいまではシンクタンクというよりも、システム会社といったほうが適切である。

 旧財閥系でいえば住友財閥(・・のちに三井財閥と合体)を主体とした日本総研、三菱財閥の三菱総研などが有名である。三菱総研の牧野昇なんていう名前はもう覚えている人は少ないかもしれないが、かつては知的生産といえばスター級の人であった。


 かつて日本のシンクタンクは金融機関のヒモつきで、米国のシンクタンクのように独立系がないのは問題だ、などといわれていたものだが、実態としてはアメリカの場合も、政策研究分野では政党のヒモ付きが当たり前であり、研究して立案した政策を実行に移すことを前提にするのであれば、当然といえば当然の話である。

 経済学者の野口悠紀夫がまだ大蔵省(・・現在の財務省)に在籍しながら博士号取得のためにイェール大学に留学した際の副産物として、『シンクタンク』(東洋経済新報社、1970)という本があって、その当時の米国のシンクタンクについての最新報告として貴重である。とうの昔に絶版ではあるが。


 知識産業というものは、コンサルティングであれ、シンクタンクであれ、会計事務所や法律事務所であれ、基本的に高度サービス業であり、目に見えないものを、顧客(クライアント)から注文を受託してとってソリューションを提供する事業形態である。この点が、大学における研究と違うのだとかつてはいわれたものだが、日本でも米国同様に予算は自分でぶんどってくるもの、ということが常識となってゆくだろう。

 ランド・コーポレーションの場合は、空軍の予算による軍事にかんする受託調査研究が多かったようだが、その副産物としてさまざまな「合理性」理論が生まれてきた。

 顧客(クライント)の存在する研究は、研究成果そのものは守秘義務の関係上、公開はできないのが前提だが、研究の副産物は研究者自身の頭脳に蓄積されるし、抽象的な形でエッセンスを公開することは条件によっては許可されることもある。 

 こうして公開された研究が、ランドを有名にした「合理性」にかんする各種の理論であり、米国だ
けでなく世界中に大きな影響を与えたのである。


 「ゲーム理論」「合理的選択論」「システム分析」といった具体的な理論については、さまざまな本が出版されているので、詳細はそちらにゆずる。

 いずれも戦後の米国を、世界の中心たらしめた理論の数々である。こういった理論がもたらした結果の是非についても、とくにここでは書かないが、ある意味では経済だけでなく、経営学においてもこういった合理性理論が前提となってきたのは否定できない。

 こうした合理性一点張りの体系に修正を迫ったのが、1970年代前半におけるベトナム戦争における敗戦であり、1980年代の日本企業による大攻勢による米国経済の苦境であった。とくに後者については、これは1990年から2年間、M.B.A.コースに在籍していた私の実感である。

 検証を行ったわけではないが、生産管理だけでなく、人事管理(HRM)や応用研究を中心とした研究開発(R&D)も、1990年代のはじめに日本を徹底研究した結果、大きく書き換えられた分野であることは確かである。私はその渦中にいたので、こういうことをいうわけである。


 書評にも名前が出てくるノーベル経済学賞受賞のケネス・アローが、1990年代は「複雑系」(complexities)を研究するサンタフェ研究所(Santa Fe Institute)の設立者の一人となったことは、合理性を超える方向を志向していることを示しているといってよいだろう。

 そもそも人間というものは、合理的な存在であろうか? 経済学が前提としてきた合理的な人間モデルはいまや大幅に揺らいでいる。行動経済学など、心理学を踏まえた経済学が主流に来るのも、遠い将来ではないだろう。 

 大学時代、歴史学を専攻した私からみれば、人間行動というものは合理的に振る舞おうとしていながら、結果としてはさまざまな制約条件のなか、非合理な選択をしがちだ、という認識がある。

 まさに人間が行動主体として創り上げられる歴史というものは、必然性の働く世界ではなく、偶然性を負組み込んだ複雑系の世界そのものである、と。



ランド・コーポレーションと「合理性」にかかわる映画作品の紹介


◆数学者ジョン・ナッシュをモデルにした2001年制作のハリウッド映画 『ビューティフル・マインド』(A Beautiful Mind)トレーラーはこちら。主演はラッセル・クロウ、ジェニファー・コネリー。

◆ランド・コーポレーションもそのモデルのひとつといわれる、核戦争をテーマにしたスタンリー・キューブリック監督の1964年の傑作 『博士の異常な愛情』(Dr. Strangelove or How I learned to Stop Worrying and Love the Bomb)トレーラーはこちら。英国の俳優ピーター・セラーズによる一人3役の怪演が記憶に焼き付いている。

◆ベトナム戦争を指導した国防長官ロバート・マクナマラの回想録をもとにした2003年製作のドキュメンタリー映画 『フォッグ・オブ・ウォー マクナマラ元米国国防長官の告白』(The Fog of War: Eleven Lessons from the Life of Robert S. McNamara)トレーラーはこちら。いわゆるベスト・アンド・ブライテストの一人であったボブ・マクナマラは、ハーバード・ビジネススクール(HBS)でM.B.A.を取得、戦時中は陸軍航空隊で日本への戦略爆撃の数値解析に従事、戦後は HBS で統計学の教鞭をとったのち、フォード社長を経て、国防長官としてベトナム戦争を指導した「合理性の使徒」。しかし、ベトナム戦争にける敗戦は「合理性信仰」崩壊の序曲となった。必見の映画。



PS 読みやすくするために改行を増やし、写真も追加し大判にした。あらたに<ブログ内関連記事>を加えた。 (2014年5月2日)



<ブログ内関連記事>

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書評 『「科学者の楽園」をつくった男-大河内正敏と理化学研究所-』(宮田親平、河出文庫、2014)-理研はかつて「科学者の楽園」と呼ばれていたのだが・・

書評 『2045年問題-コンピュータが人間を超える日-』(松田卓也、廣済堂新書、2013)-「特異点」を超えるとコンピュータの行く末を人間が予測できなくなる?
・・現在注目すべきは先端分野に積極的に取り組んでビジネス化を推進しているグーグルの研究所であろう。「科学者の楽園」であるようだ

書評 『原爆と検閲-アメリカ人記者たちが見た広島・長崎-』(繁沢敦子、中公新書、2010)-「軍とメディア」の関係についてのケーススタディ

書評 『原爆を投下するまで日本を降伏させるな-トルーマンとバーンズの陰謀-』(鳥居民、草思社、2005 文庫版 2011)

書評 『「科学技術大国」中国の真実』(伊佐進一、講談社現代新書、2010)-中国の科学技術を国家レベルと企業レベルで概観する好レポート

(2014年5月2日 項目新設)


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