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2021年10月23日土曜日

書評『暁の宇品 ー 陸軍船舶司令官たちのヒロシマ』(堀川惠子、講談社、2021)ー 日本近現代史の欠落部分を埋める歴史ノンフィクションの傑作

 

『暁の宇品-陸軍船舶司令官たちのヒロシマ』(堀川惠子、講談社、2021)を昨日読了した。日本近現代史の欠落部分を埋める貴重な歴史ノンフィクションだ。さまざまテーマにまたがる、じつに読みごたえある1冊であった。  

現在は「広島国際フェリーポート」として、近隣の島々や対岸の松山などにいくフェリー便の出発点となっているが、かつて宇品は軍港であった。しかも、陸軍の軍港! 帝国海軍の鎮守府があった広島県の呉(くれ)とは別に、帝国陸軍の(!)軍港が広島市の宇品に存在したのである。 

(現在の宇品港は路面電車の終点 筆者撮影)

大陸や周辺諸国(台湾や朝鮮半島)への「外征軍」として位置づけられた帝国陸軍だが、兵員と軍事物資はすべて海上輸送にたよる必要があった。日本は、海に囲まれた島国なのである。

では、なぜ瀬戸内海の宇品なのか? なぜ海軍ではなく陸軍なのか? この問いに対する答えは、本書の前半の内容そのものといっていい。

(瀬戸内海を結ぶフェリーのハブ港としての宇品港)
 
諸外国と違って、海軍が海上輸送をまかないきれなかった「持たざる国・日本」の後進性、大型船舶の建造が禁止されていた「鎖国」の後遺症のせいである。だが、それだけにはとどまらない、複雑な事情があったことが詳述されている。 

(海から見た宇品港 筆者撮影)

序章と終章あわせて全体で13章で構成されている本書は、知られざる陸軍の海上輸送を3人の司令官の生涯と、その任務を中心に描いている。日清戦争と日露戦争から大東亜戦争の敗戦、それも広島への原爆投下という形で終わった日本近代史そのものといっていい。 

日露戦争の時点では、きわめて重要な位置づけを与えられていた兵站(ロジスティクス)が、なぜ日露戦争後は軽視されるようになったのか。きわめて重要な機能であるにもかかわらず、日の当たる存在ではなくなっていった兵站部門。ここに帝国陸軍の大きな問題が存在したことは周知の通りだろう。 

とはいえ、当時の世界の軍事大国であった英米に先んじて本格的な上陸作戦を「第1次上海事変」(1932年)で成功させた立役者が、陸軍の海上輸送部隊であったことは、特筆すべきであろう。海軍陸戦隊だけでなく、陸軍も大規模な上陸作戦を実行したのだ。

「尖閣問題」がらみで、占領された島嶼を奪回するための「上陸作戦」が近年クローズアップされてきているが、日本人の先見性は評価すべきであろう。

だが、残念なことに対米戦であった「太平洋戦争」においては、ガダルカナルをはじめ、ことごとく失敗に終わったことも否定できない事実である。

現在でも米海兵隊(USMC)の独壇場ともいうべき上陸作戦だが、帝国陸軍が先鞭をつけたものの、猛烈な勢いで「学習」した米国にお株を奪われてしまったのである。ここにも日本の弱点がある。

成功体験をノウハウ化してマニュアル化し、組織全体に普及させることができずに終わってしまう日本。しかも、米海兵隊の上陸作戦すら、太平洋戦争や朝鮮戦争時代とは異なり、21世紀の現在はあらたなステージに入っていることは、読者は認識しておくべきだ。

「知られざる存在」となっていた陸軍の海上輸送。歴史に名の残るような司令官たちがかかわっていたわけではない。帝国陸軍という巨大官僚組織の組織人として生きなくてはならなかった矜持と悲哀。歴史をつくっているのは、有名人だけでない、名前が残ることもない無数の人たちなのである。 

そんな陸軍の海上輸送という未解明の分野に果敢に挑んで、その全体像を解明した、広島に生まれ育った著者の執念と力量には賛辞を送りたい。

細部に至るまでおろそかにしない、じつに綿密な仕事でありながら、大局観を見失わない全体像をみわたす視線の両立。これは、なかなかできることではない。 

敗戦から75年以上もたった現在、すでに生存者はほとんど存在しない時代になってしまった。そんな時代の歴史ノンフィクションのあり方についても、価値ある試みといっていいだろう。ぜひ読むことを薦めたい。 

わたしもまた友人のノンフィクション作家から薦められて読んだのだが、それはまことにもって正解であった。 


 (画像をクリック!)



目 次
序章 
第1章 「船舶の神」の手記
第2章 陸軍が船を持った
第3章 上陸戦に備えよ
第4章 七了口(しちりょうこう)奇襲戦
第5章 国家の命運
第6章 不審火
第7章 「ナントカナル」の戦争計画
第8章 砂上の楼閣
第9章 船乗りたちの挽歌
第10章 輸送から特攻へ
第11章 爆心
終章

著者プロフィール
堀川惠子(ほりかわ・けいこ) 
1969年広島県生まれ。『チンチン電車と女学生』(小笠原信之氏と共著、日本評論社)を皮切りに、ノンフィクション作品を次々と発表。『死刑の基準―「永山裁判」が遺したもの』(日本評論社)で第32回講談社ノンフィクション賞、『裁かれた命―死刑囚から届いた手紙』(講談社)で第10回新潮ドキュメント賞、『永山則夫―封印された鑑定記録』(岩波書店)で第4回いける本大賞、『教誨師』(講談社)で第1回城山三郎賞、『原爆供養塔―忘れられた遺骨の70年』(文藝春秋)で第47回大宅壮一ノンフィクション賞と第15回早稲田ジャーナリズム大賞、『戦禍に生きた演劇人たち―演出家・八田元夫と「桜隊」の悲劇』(講談社)で第23回AICT演劇評論賞、『狼の義―新 犬養木堂伝』 (林新氏と共著、KADOKAWA)で第23回司馬遼太郎賞受賞。(講談社サイトより)


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2015年3月2日月曜日

書評『無人暗殺機ドローンの誕生』(リチャード・ウィッテル、赤根洋子訳、文藝春秋、2015)ー 無人機ドローンもまた米軍の軍事技術の民間転用である


ネット販売のアマゾンが注文品の配送に無人機の使用を検討している、そしてその無人機のことをアメリカではドローンと呼んでいるらしいということを知ったのは2013年のことであった。

一方、オバマ大統領になってからアフガニスタンやイラクで無人機による攻撃や爆撃をエスカレートさせていることが報道されるようになったのも2013年のことだ。『秘密戦争の司令官オバマ』(菅原 出、並木書房、2013)という本も出版されている。

無人機は、正確には UAV(Unmanned aerial vehicle)という。無人航空ビーイクル。通称ドローン(drone)は、蜂がブンブンいう羽音のことらしい。ヘリコプターのローター回転音よりは小さいということか。

いまやドローン(drone)というコトバは、日本でもビジネス界を中心に認知されてきたようだ。法規制の問題は残るが、さまざまな用途での応用が活発に検討されるようになっている。とはいえ、ビジネスにおける民間用途と、軍事作戦における軍事用途が、かならずしもアタマのなかで一致しない人が多いのではないだろうか。

いまではあたり前の情報通信技術のインターネット、衛星をつかって位置を特定する GPS(=Global Positioning System)、これらはみな米軍の軍事技術として誕生し、その後に民間に開放されてきたものだ。無人機ドローンもまたそうであり、しかも先にあげたの2つの軍事技術なくしては誕生しなかったものである。まさに「戦争は発明の母」である。

無人機そのものはハードウェアだが、無人機の運用はインターネットとGPSを統合したシステムなのである。そんなことが可能となったのは、まさに米軍ならではあり、その点においてもアメリカの底力(?)を見るのはわたしだけではないだろう。

本質においてスナイパー(=狙撃手)である無人機による攻撃。地上からは目視できない高度から情報収集と偵察を行い、待ち伏せ攻撃を行う。しかも、地球の反対側にあるオペレーションルームからの遠隔操作が可能であり、無人機が撃墜されてもパイロットが戦死したり捕虜になることは絶対にない。まさに夢の技術であり、SFの夢が現実化したものである。

いまとなっては当たり前に見える技術も、そう簡単に普及したわけではない。「コロンブスの卵」という表現があるが、アイデアから技術が誕生し、それが採用され普及するためには、語られざるストーリーがあるものだ。ドローンにかんしてもそれは同様であった。


『無人暗殺機ドローンの誕生-』(リチャード・ウィッテル、赤根洋子訳、文藝春秋、2015)は、無人機ドローンが「プレデター」という無人暗殺機として完成した21世紀の軍事技術であることを詳細に説き起こした軍事ノンフィクションである。原題は Predator: The Secret Origins of the Drone Revolution、2013 である。直訳すれば、『プレデター-無人機革命の語られざる起源-』となろう。

「プレデター」(predator)はシュワルツネガー主演のSFアクション映画のタイトルにもなっているが、捕食者という意味だ。無人暗殺機のネーミングには、この映画との直接の関係はないというが、言い得て妙とはまさにこのことであろう。

カネに糸目をつけない傾向のある軍事技術開発においても、一つの技術が確立して普及するのは、思ったよりも紆余曲折した複雑な展開があることを本書でつぶさに知ることができる。

無人機ドローンの最初の開発はイラクのバグダッド生まれのイスラエル人のアイデアから生まれたものだ。イスラエル軍での開発に限界を感じたエンジニアは、アメリカに移住してベンチャーを立ち上げて開発をつづけ、アメリカ市民権の取得後は米軍に食い込んでいく。

だが、すんなりと実用化して採用されたわけではない。無人機は時代に翻弄され、もみくちゃにされ、なかなか浮上できなかったのだ。エンジニアや陸海空軍だけでなく、ペンタゴン、情報機関CIA、予算を握る政治家もまた複雑にかかわってくるからだ。

軍においても陸海空軍でそれぞれの覇権をめぐる争いがあり、そもそも軍隊には官僚制の熱い壁がある。しかも、所管となった空軍においては、有人飛行の戦闘機パイロットが花形中の花形であり、無人機などオモチャ扱いだったからだ。人間の意識を変えるのはかくも難しい。

そうこうしているうちにベンチャーは破綻し、特許ごと別の起業家に買い取られて再生する。冷戦終結と軍事予算の大幅削減で、無人機開発はお蔵入りしてしまい、そのまま消えてしまうかに思われた。

無人機ドローンが実戦に投入されたのは冷戦後のボスニア紛争(1992~1995)からである。最終的にドローンが軍事技術として前面開花したのは、2011年9月11日のテロ事件への報復としてアフガニスタンで行われた軍事作戦においてであった。イスラエルでの最初の開発から40年近くもたっていた。

アフガン戦争を機会に潮目が一気に変わることになる。無人機ドローンは、「空軍の革命的大転換」をもたらし、2015年現在はもはや無人機なしの米軍とCIAなどあり得ないという状態になっていることは冒頭に記したとおりだ。まさに「技術革命」にとどまらない「革命」的変化といってよい。

本書はもっぱら軍事技術としてのドローンについて語っており、その後の民間における応用については、きわめて大きな可能性があるという指摘だけにとどまっている。その点に物足りなさを感じる人も少なくないだろう。

だが、軍事技術の民間転用という観点から、テクノロジーとイノベーションについて考えるうえで、またとないケーススタディを提供してくれているといえよう。米空軍、研究開発、ハイテクベンチャー、イノベーション、軍事技術、テクノロジーといったキーワードをあげることができる。

軍事にアレルギーを感じる人も少なくないだろうが、そもそも技術そのものは価値中立的な存在である。倫理的な問題が発生するのは運用面にかんしてである。

そしてまたアメリカという国家の底知れぬチカラもまた感じることができるはずだ。アメリカ衰退論などという与太話を一蹴する内容である。





目 次

プロローグ 無人暗殺機の創世記
第1章 天才エンジニアが夢見た無人機-模型好き少年の飛翔
第2章 無人機に革命をもたらした男-ブルー兄弟はGPSに目覚めた
第3章 麦わら帽子は必ず冬に買え-投資の黄金律で揺れた武器市場
第4章 ボスニア紛争で脚光-消えかけた「プレデター」の再生
第5章 陸・海・空軍が三つ巴で争奪-進化する無人機に疑念なし
第6章 殺傷兵器としての産声-ワイルド・プレデターの誕生
第7章 リモコン式殺人マシン-「見る」から「撃つ」への転換
第8章 アフガン上空を飛べるか-ヘルファイアの雨が降る
第9章 点滅しつづける赤ランプ-ドイツからは操縦できない
第10章 ならば地球の裏側から撃て-CIAは準備万端
第11章 殺せる位置にて待機せよ-9・11テロで一気に加速
第12章 世界初の大陸間・無人殺人機の成功-悪党どもを殺せ
第13章 醜いアヒルの子 空の王者となる-戦争は発明の母
エピローグ 世界を変えた無人暗殺機
謝辞
著者注記
ソースノート
参考文献
訳者あとがき
解説(佐藤優)


著者プロフィール
リチャード・ウィッテル(Richard Whittle)
ウッドロー・ウィルソン・センターの研究員、国立航空宇宙博物館の研究員(2013~14)を務める。「ダラスモーニングニューズ」のペンタゴン記者を二十二年間務めるなど、三十年にわたって軍事問題の取材を続けてきた。メリーランド州チェビーチェイス在住。本書以外の著作に『ドリーム・マシン-悪名高きV-22オスプレイの知られざる歴史』がある。(単行本より転載)


訳者プロフィール

赤根洋子(あかね。ようこ)
1958年生まれ。早稲田大学大学院修士課程(ドイツ文学)修了。ドイツ語・英語翻訳家。主な訳書に、モイゼス・ベラスケス=マノフの『帰省中なき病』(文藝春秋)、ハンス・ファラダーの『ベルリンに一人死す』(みすず書房)などがある。(単行本より転載)


<関連サイト>

<ブログ内関連記事>

「第1回 国際ドローン展」に行ってきた(2015年5月20日)-百聞は一見にしかず!


■米軍と研究開発

書評 『ランド-世界を支配した研究所-』(アレックス・アペラ、牧野洋訳、文藝春秋、2008)-第二次大戦後の米国を設計したシンクタンクの実態を余すところなく描き切ったノンフィクション
・・1947年に米陸軍からスピンオフして独立した米空軍にとって、1950年代最大の課題は核戦争であった

レンセラー工科大学(RPI : Rensselaer Polytechnic Institute)を卒業して20年 ・・アメリカの工科大学は軍事と密接な関係をもつ。そもそも軍事は工学であり、宇宙開発はNASAだけではなく空軍と密接な関係にある


■21世紀の軍事戦略

映画 『アメリカン・スナイパー』(アメリカ、2014年)を見てきた-「遠い国」で行われた「つい最近の過去」の戦争にアメリカの「いま」を見る
・・無人機ドローンによるソフトターゲットのピンポイント攻撃は、空爆よりも特定のターゲットを狙ったスナイパーによる射撃に近い

映画 『ローン・サバイバー』(2013年、アメリカ)を初日にみてきた(2014年3月21日)-戦争映画の歴史に、またあらたな名作が加わった
・・米海軍特殊部隊ネイビー・シールズが1962年に創設されて以来、最悪の惨事となった「レッド・ウィング作戦」(Operation Redwing)

映画 『ゼロ・ダーク・サーティ』をみてきた-アカデミー賞は残念ながら逃したが、実話に基づいたオリジナルなストーリーがすばらしい
・・パキスタン国土内に潜伏するウサーマ・ビン・ラディン殺害計画に動員されたのは米海軍特殊部隊SEALSであった。だが建物内に潜伏するビン・ラディンを無人機プレデターで暗殺することはできなかった


■アメリカの研究開発

書評 『2045年問題-コンピュータが人間を超える日-』(松田卓也、廣済堂新書、2013)-「特異点」を超えるとコンピュータの行く末を人間が予測できなくなる? ・・人工知能開発が向かうところは? こちらは逆に民生技術の軍事展開もおおいに予想される分野

(2015年5月30日 情報追加)


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2014年8月7日木曜日

書評『ロボット新世紀』(シリル・フィエヴェ、本多力訳、文庫クセジュ、2003)-ロボット大国ではないフランスのジャーナリストが簡潔にまとめたロボット開発の見取り図


『ロボット新世紀』というタイトルになっているのは、21世紀初頭の2003年に出版されたからだろう。原著は、2002年にフランスで出版された Les robo(レ・ロボ=ロボット) という、じつにそっけないタイトルの本である。

「文庫クセジュ」は、フランスの岩波新書のようなものだ。サイズからいって文庫ではなく新書であるだけでなく、自然・人文・社会の科学全般にわたる百科全書的な知のライブラリーの日本語版である。「クセジュ」は、16世紀のモンテーニュの名言 Que sais je ?(わたしは何を知っているというのか?)という反語的表現からきている。

全般的にその分野の碩学が、簡潔なページ数に学識を詰め込んだかつてのスタイルと異なり、最近のものは読みやすくて理解しやすいものが多くなった印象を受ける。これは翻訳レベルの向上だけでなく、フランス語の本じたいがそういう傾向にあるのだろう。知の軽薄化というよりも、それが本来の「一般読者向け啓蒙書」のあり方ではないか。英語圏の影響だろう。

じつはこの本は、買ってからすでに11年もたっているのだが、ずっと本棚の奥で眠っていたこの本を「再発見」してパラパラと読んでいたら面白いので、あっという間に最後まで読んでしまった。

日進月歩のロボット分野のことだから、原著出版から12年もたてば、もうはるかかなたの昔のような気がしなくもない。だが、押さえるべきところは押さえているので過不足はない。最新事例を入れ替えれば、2014年時点でも読む意味はないとはいえない。

ロボット前史からはじまり、ロボット開発の方向性を分類している。「目次」を見ていただければわかると思うが、現在のロボット開発の方向性はほぼ網羅されている。

フランス人のコンピュータエンジニアでジャーナリストの著者が、フランス人向けにフランス語で書いた本だが、でてくる事例の大半は日本とアメリカである。この両国がロボット分野では世界の二大大国なのである。とはいえ、日本人が書いたのでもアメリカ人が書いたものでもないので、第三者が俯瞰的に見ている公平な視点が感じられる。



読んでいて思うのは、現在でも圧倒的に中心に位置づけられる産業ロボットを除けば、ヒューマノイドという二足歩行の人間型ロボット開発に注力してきたのが日本だが、どうも日本人には「ロボット性善説」があるようだ。人間の生活空間における人間とロボットの共生というテーマである。たしかに著者がいうように、文化的な影響が無意識のうちに働いているのだろう。

だが、アメリカにかんしてはかならずしもそうではない。アメリカは軍事以外でもさまざまな用途のロボット開発が行われてきているが、あくまでも「道具」として位置づけている印象を受ける。いってみれば「ロボット性悪説」とでもいうべきか。ヨーロッパもそうだが、アメリカでも開発者の動機の背後には、哲学や思想が背景にある印象を受ける。人間機械や人造人間である。

本質においてコンピュータであるロボットは、ますます「自律性」を明確にしつつある。コンピュータに自律性とモビリティが加わると自立型のロボットになる。フランス人の目からみると、アメリカのロボット開発にある種の懸念をもっていることがわかる。

「第4章 特殊探査ロボット」では、「自律性」を備えたロボットの出現によって、アシモフのロボット三原則の尊重がますます難しくなるであろう事が指摘されている。

特殊探査ロボットのカテゴリーには、戦争、観測、偵察、探索などの目的が含まれるが、もっとも裾野が広く投資額が膨大であり、目的性や道具性が明確なこの分野では、自律性をもったロボットが制御不能になった場合の What-if (もし~なら)にかんするイマジネーションが必要となってくるはずだ。「性悪説」が不可欠なのである。

人工知能そのものにはページはあまり割いていないが、「ロボットが知能的であるとは?」という問いを最後に行っている。こういう問いは西欧人ならではという気もする。

著者は、人間型ロボットであるヒューマノイドが感情面まで備えたように見えるのは、人間型ロボットだけでなくペットの動物に対しても、人間はどうしても擬人化して感情移入しがちだからだとする。ロボットに知能があるのは、人間がそのように設計しているからだ、と。2002年当時でも、2014年現在でも、この見解はそのとおりだろう。

だが、著者は未来にかんしては断定的な結論は出すことなく、アメリカの発明家で人工知能研究の第一人者カーツワイルの「特異点」にかんするビジョンも含めて、さまざまなロボット開発者や人工知能開発者の議論を紹介している。ここでもその大半がアメリカ人と日本人の見解になるのだが、その違いが興味深い。

先日(2014年6月)、日本のソフトバンクが人間の自然言語を理解する人間型ロボット Pepper を発表したが、プロトタイプはフランスのベンチャー企業 Aldebaran Robotics のものだという。日本企業でもアメリカ企業でもなく、フランス企業と提携したというのが興味深い。個別企業との提携だが、ロボット開発思想にフランス的なものがあるのかどうか。

「クセジュ」は写真も図版もいっさいない、文章だけのそっけないつくりの本だ。日本語版もそうである。フランスの「クセジュ」は、同じタイトルの本を、著者を替えて定期的にアップデートしているが、つぎのエディションではホンダでもソニーでもなく、ソフトバンクの取り組みが全面にでてくるのかもしれない。




目 次

はじめに
第1章 ロボットの歴史
 Ⅰ ロボットという言葉の進化と方向
 Ⅱ 映画とサイエンス・フィクション
 Ⅲ 最初のロボット
第2章 産業用ロボット
 Ⅰ 敏感でダイナミックな市場
 Ⅱ 目的が異なるさまざまなロボット
 Ⅲ 外科手術支援ロボット
第3章 家庭用ロボット
 Ⅰ 純粋に仕事が目的のロボット
 Ⅱ 高級なオモチャ
 Ⅲ アイボ、家庭用ロボット、すべてをこなすパートナー
 Ⅳ ロボット泥棒にご用心
 Ⅴ パーソナルロボットのオペレーションシステム
第4章 特殊探査ロボット
 Ⅰ 戦争と秩序の維持
 Ⅱ 探索ロボット
 Ⅲ 闘争するロボット
第5章 人間型ロボット
 Ⅰ ヒューマノイド型ロボット、なにを目ざすのか?
 Ⅱ 歩くロボット、アシモ
 Ⅲ ソニーの夢ロボット
 Ⅳ HRP、日本の未来のスター
 Ⅵ アメリカのコグが道筋を示す
 Ⅶ 「社会化」する機械、注目されるキズメット
第6章 ロボットの未来
 Ⅰ いくつかの大きな傾向
 Ⅱ 問題の人工知能
 Ⅲ 未来を予測する
おわりに
 Ⅰ 多様性の支配
 Ⅱ 曲がり角
 Ⅲ 意識するロボットか? あるいは一緒に存在するロボットか?
訳者あとがき
参考文献/ウェブリスト



著者プロフィール
シリル・フィエヴェ(Cyril Fiévet)
1967年生まれ。コンピュータエンジニアでジャーナリスト.1991年、トゥールーズの国立電子情報高等学院を卒業。1994年までパリのオルガ・コンセイユというコンサルタント会社に情報システムエンジニアとして勤務したあと独立。現在、ウェブサイトを利用したコンピュータ、ロボット、ナノテクノロジーなどの先端科学技術を専門とするジャーナリスト、フリーランスライターとして活躍。(訳者あとがきより)

訳者プロフィール
本多力( ほんだ・つとむ)
1977年東京工業大学大学院博士課程修了。国内外の大学研究所等をへて現在日本原子力研究所勤務。富士山火山洞窟学研究会理事、日本洞窟学会評議員(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



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書評 『ロボットとは何か-人の心を写す鏡-』(石黒浩、講談社現代新書、2009)-「人間とは何か」、「自分とは何か」という哲学的な問いを考える手引き
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「ロボカップ ジャパンオープン 2013」(会場:玉川大学・玉川学園)の最終日にいってきた(2013年5月6日)
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ボリウッド映画 『ロボット』(2010年、インド)の 3時間完全版を見てきた-ハリウッド映画がバカバカしく見えてくる桁外れの快作だ!
・・「ロボット性悪説」

『新世紀 エヴァンゲリオン Neon Genesis Evangelion』 を14年目にして、はじめて26話すべて通しで視聴した
・・ロボットと一体化する人間と知能の行方

書評 『2045年問題-コンピュータが人間を超える日-』(松田卓也、廣済堂新書、2013)-「特異点」を超えるとコンピュータの行く末を人間が予測できなくなる?
・・カーツワイルの「特異点」(シンギュラリティ)



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2014年5月2日金曜日

書評『「科学者の楽園」をつくった男 ー 大河内正敏と理化学研究所』(宮田親平、河出文庫、2014)ー 理研はかつて「科学者の楽園」と呼ばれていたのだが・・


現在の問題を考えるには、その前史ともいうべき歴史的経緯を知らなくてはならない。

現状分析を行うだけでなく、その前史を知り、現在に受け継がれているもの、変容してしまったものをきちんと整理することだ。言い換えれば、連続と断絶という2つのアスペクトで考えるということである。

組織問題を考えるにあたっても同様だ。さらにいえば、組織の名前(=固有名)と実体とのあいだに存在するズレに着目することである。これはブランドと実体と言い換えてもいい。

そういう問題関心から読んでみたのが『「科学者の楽園」をつくった男-大河内正敏と理化学研究所-』(宮田親平、日経ビジネス人文庫、2001)だ。出版後にすぐ購入したのは、政治家の田中角栄が大河内正敏と深い関係があったということがアタマの片隅にあったからだ。読もうと思いながら12年もたってしまっていた。

「STAP細胞事件」(2014年)をキッカケに理研が国民全般の問題関心の対象となったこの機会に読み出したら、ものすごく面白い読み物であることがわかった。


理研が設立されたのは1917年(大正6年)だが、それは第一次大戦中のことであった。産業立国の基礎は科学技術による自主開発にありという信念が、華族出身の大河内正敏子爵をして「国民科学研究所」設立に奔走させたのであった。大河内正敏自身が科学者であった。

分野にとらわれず、自由に研究するという姿勢が多くの科学者を引き寄せ、そのなかから独創的な研究成果が輩出されたのである。それが「科学者の楽園」という別名を生んだゆえんだ。

たとえば、うまみ成分がグルタミン酸ナトリウムであることを発見した池田菊苗、ビタミンAを発明した鈴木梅太郎。前者は味の素になった。後者は理研ビタミンとして理研の財政を支えた。また、リコーもまた理研の研究成果の商業化から生まれた会社である。

「科学者の楽園」という表現は、ノーベル賞を受賞した物理学者の朝永振一郎も使っているようだ。戦時中は仁科芳雄博士を中心とした原子爆弾の研究も理研で行われた。だがアメリカに先を越されたことは周知のとおり。

「科学者の楽園」を実現したのは、研究成果を「発明」として終わらせるだけでなく、「製品」として「商業化」したことにある。理研ビタミンなど「理研ブランド」が財政的に自由な研究を支えたのであった。理研は、研究成果を商業化して資金を回収する、ベンチャービジネス的な研究所、研究開発型企業でもあったわけだ。

戦前は「理研コンツェルン」として、科学研究を核にした企業グループを形成するに至る。この頃、新潟県の柏崎に工場を建設したことが、田中角栄との縁をつくることになる。田中角栄は理研の土建関係で財をなし、大河内正敏のことは一生感謝し続けたという。

戦後は、アメリカ占領軍によって「財閥解体」の対象とされ、理研コンテルンは解体された。商業部門はスピンオフされ、理研ビタミンやリコーとして現在に至る。

その後、紆余曲折を経て、国の予算で運営される研究機関となったわけだ。組織の名前(=固有名)は連続しているが、実体とのあいだに大きなズレが存在するわけである。そのズレが制御不能なまなでに大きくなっているのが文部科学省の息のかかった現在の理研と考えていいのだろう。

こういった経緯だけなら、wikipedia の記述でも読めば十分だろう。あるいは理研じしんの広報資料である「理研八十八年史」を読めばいい。

だが、『「科学者の楽園」をつくった男』という本が面白いのは、組織の創立者である大河内正敏という殿様科学者の強烈な個性だけでなく、草創期の科学者たちや戦前・戦中の科学者たちの人物エピソード中心の歴史ノンフィクション作品となっているからだ。

現在、日経ビジネス人文庫版は品切れだが、理研がニュースのネタになってからは引き合いも多いのだろう。河出文庫から2014年5月8日に「復刊」されるというのは「朗報」だ。

面白い内容なので、ぜひ読むことを薦めたい。





目 次
ロンドンの邂逅
国民科学研究所を危機
「明治天皇のお膝」
合成酒の匂い
理研の三太郎
ねえ君、不思議とは思いませんか?
理研コンツェルン
科学者の自由な楽園
殿様と少年
ケンカ太郎
ニ号研究カタストロフ
原子力とペニシリン
大輪の花

著者プロフィール
宮田親平(みやた・しんぺい)
1931年、東京生まれ。医・科学ジャーナリスト。東京大学医学部薬学科卒業後、文藝春秋入社。「週刊文春」編集長、編集委員等を経て、フリー。著書に『毒ガス開発の父ハーバー―愛国心を裏切られた科学者』(2008年科学ジャーナリスト大賞受賞)などがある(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)


<関連サイト>

理化学研究所 wikipedia日本語版

「理研八十八年史」 (理化学研究所)

迷走する理研、エリート研究所の危機「科学者の楽園」は何につまずいたのか (週刊東洋経済、2014年5月12日)

ベル研の先例に学べない理研の腐った組織 STAP細胞の正体が明らかになった今、組織防衛は世界の恥さらしに (伊東 乾、JBPress、2014年7月2日)


<ブログ内関連記事>

「史上空前規模の論文捏造事件」(2002年)に科学社会の構造的問題をさぐった 『論文捏造』(村松 秀、中公新書ラクレ、2006)は、「STAP細胞事件」(2014年)について考える手助けになる

書評 『ランド-世界を支配した研究所-』(アレックス・アペラ、牧野洋訳、文藝春秋社、2008)-第二次大戦後の米国を設計したシンクタンクの実態を余すところなく描き切ったノンフィクション
・・米国の国防総省と密接な関係にあるシンクタンク。「付記」として、米国モデルのシンクタンクの日本における展開について概観しておいた

書評 『2045年問題-コンピュータが人間を超える日-』(松田卓也、廣済堂新書、2013)-「特異点」を超えるとコンピュータの行く末を人間が予測できなくなる?
・・現在注目すべきは先端分野に積極的に取り組んでビジネス化を推進しているグーグルの研究所であろう。「科学者の楽園」であるようだ

書評 『グラハム・ベル空白の12日間の謎-今明かされる電話誕生の秘話-』(セス・シュルマン、吉田三知世訳、日経BP社、2010)

書評 『インドの科学者-頭脳大国への道-(岩波科学ライブラリー)』(三上喜貴、岩波書店、2009)-インド人科学者はなぜ優秀なのか?-歴史的経緯とその理由をさぐる

書評 『「科学技術大国」中国の真実』(伊佐進一、講談社現代新書、2010)-中国の科学技術を国家レベルと企業レベルで概観する好レポート


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2013年5月11日土曜日

書評『韓国のグローバル人材育成力 ー 超競争社会の真実』(岩渕秀樹、講談社現代新書、2013)ー キャチアップ型人材育成が中心の韓国は「反面教師」として捉えるべきだ


科学技術政策を専門とする韓国贔屓の在韓国日本大使館・初代科学技術担当一等書記官が書いた本。フットワークが軽くてよく人に会い、徹底的に調べ回って書いた内容である。

いわゆる「アベノミクス」が開始されてから、「円高=ウォン安」が反転して「円安=ウォン高」となり、韓国企業の競争力に陰りがでてきたと言われているものの、サムソンやLGなどの財閥系のグローバル企業の競争力のつよさには大きな変化はない。

その理由は個別企業グループの人的資源の質と量にあると推察されるが、その背景には韓国企業が置かれているきわめて厳しい状況があることは明らかだ。

日本企業ほどのブランド力もなく、中国企業(・・最近はそうでもなくなりつつあるが)のようなコスト競争力もない韓国企業。国内市場が小さいので輸出依存度が日本やアメリカの比ではない高さ。

生き残りのための徹底的グローバル指向は、幹部の大学院卒以上の比率の高さや、アメリカ留学組が多数いることに表れているし、よく言われるようにTOEIC 900点以上が当たり前。そのため、大学生は GPA という学業成績や、ボランティア活動実績などスコア化可能な「スペック)積み上げ」に必死になっている。そうでなければ他の学生との差別化ができないからだ。

1990年当時においても韓国の学歴社会のゆがみが指摘されていたが、1997年のアジア通貨危機後のIMFショック後の韓国は日本では考えられないような「超競争社会」、「超学歴社会」になっているようだ。

小学生でも夜中まで勉強させる学習塾は後を絶たず、国をあげての英語教育に奔走し、理工系でのほぼ完全な英語による英才教育。だが、わたしには韓国はいまだにキャッチアップ型の人材育成から脱しきれていないという印象しか受けない。これは中国も同じだ。

貧富の差がさらに拡大し、自殺率も高く幸福度の低い韓国人。正直いってぜんぜんうらやましいと感じられない。半島に生まれるということは、なんと不幸なことかと思わず同情してしまう。米国や日本に移民として脱出する韓国人が後を絶たない理由もよくわかる。

韓国の超学歴競争社会の根底には、不安心理、切迫感といった悲壮なまでの状況があることがわかる。対岸からみれば、はっきりいって異様である。

読めば読むほど、著者の熱意と意気込みに反して、日韓両社会の違いが浮き彫りになってくるのだ。価値観の違い、経済構造の違い、実学重視の日本に対して理論重視の韓国・・・・。

事実関係は本書を読んでよくわかったが、著者の主張にはかならずしも賛成しかねるという気持ちになる。


■韓国を「反面教師」にして学ぶべきもの

もちろん、本書で徹底調査された韓国の人材育成から学ぶべきことはある

GPAスコア方式など大学教育の評価方法の導入である。また大学教育におけるプレゼンや論述重視に変わりつつあるようだが、この姿勢は日本の大学も学ぶべきだ。

このほか、SNSがその推進役となっている「スタディグループ」。これは「会社という世間」のしばりがつよすぎる日本としては見習いたい点である。すくなくとも意識の高い若い層のあいだでは日本でも広がりつつあるのは、韓国も日本も同じだろう。

伝統的に朱子学の影響がつよいため、やや観念論的な傾向があって議論好きな韓国人は、どちらかというと日本人よりも国際性が高いという印象は受けることも確かだ。韓国の長所は理論志向がつよい点だが、その反面として弱みは実学的ではない点にある。

韓国を「反面教師」として、その行き過ぎには注意することも重要である。

現在の韓国は、はっきりいって学歴過多である。オーバースペック気味である。労働市場で求められる以上の学歴を身につけても働き口がないのはミスマッチと言わざるをえない。むしろ行き過ぎた超学歴社会のひずみや問題点から反面教師として学ぶべきことは多いと感じる。

いま韓国では労働市場におけるミスマッチ解消のため、技能重視の教育を進めようとしているようだが、これは日本では高専や工業高校などをつうじて長きにわたって取り組み成果を出してきたことなのでなんら新味はない。

本書では、理工系で専門特化した人材を英語で育成するコースが紹介されているが、まさにキャッチアップ型の特徴というべきだろう。すでにキャッチアップ段階を卒業してひさしい日本は、同じ理工系でも創造性を強調すべき段階にある。

日本の官僚というのは、どうしても明治維新以来キャッチアップ型のマインドセットから解放されないようだ。韓国のように国家目標が決まったらひた走る体制への憧れが著者にはあるのだろう。

成熟社会日本は、すでにキャッチアップ段階からは程遠い。周回遅れで先頭に立ってしまっているのだ。だから、キャッチアップではない。独自の道を見つけ切り開いていかなくてはならないのだ。

これは言うは易く行うはきわめて困難な課題であるが、日本人は外にモデルを求めるべきではなく、日本をもっと深掘りするべきなのである。


■学ぶべきは韓国社会全体ではなくサムスンなど特定の韓国企業の人材育成

1997年のIMFショック以降の韓国だが、なぜ同じ通貨危機で経済破綻したタイやインドネシアとかくも違うのかという思いも抱かないわけではない。本書では日韓比較しか行っていないので見えてこない視点である。

東アジアの隣国関係にある日韓両国は、歴史的にみて共通する側面はもちろん多いのだが、現在あまりにも置かれている環境があまりにも違いすぎるので、韓国に学べと言われてもピンとこない人が多いのではないかと思う。

本書に登場する日本の大学生たちのように韓国から「刺激」を受けることに意味があるが、どうせ学ぶならアメリカからダイレクトに学べばいいことではないかという気がしなくもない。

あえていえば、韓国全体が脅威なのではなく、サムスンなど個別企業の競争力が脅威なのだ。ここは間違えてはならない。それは、強烈なライバルとの熾烈な競争に勝ち抜くために個別企業の人材育成について研究する必要があるのだ。

日本人と日本企業にとって必要なことは、国がどうなろうと、自分たちが生き残るために自分のアタマで考えて行動することだ。むしろ異論を恐れないマインドをもって道を切り開く覚悟のほうが求められる。

韓国はつねに韓国語で「早く早く」を意味する「パルリパルリ」で突っ走ってくれるので、海を隔てた対岸の日本からはその状況をコンパクトに結末まで把握することができる。その意味ではじつにありがたい存在だ。

日本はそのあとから、悪路は避けながら歩いていけばよい。韓国社会とは異なる道を切り開くことが求められている。韓国と同じことをやっていたのでは自らの道を切り開いたことにはならない。

そのために本書を読んで韓国がいまなにをやっているのか知る意味はある。





目 次

はじめに
第1章 韓国躍進の鍵を探る!
第2章 韓国の「人材育成力」の現状
第3章 韓国の「人材育成力」の文化的背景
第4章 韓国の「人材育成力」の経済的背景
第5章 韓国・新世代の実像
第6章 韓国の課題―長所は短所
第7章 課題克服のための取り組み
第8章 日本への教訓
おわりに
参考文献

著者プロフィール

岩渕秀樹(いわぶち・ひでき)
神奈川県出身。東京工業大学大学院修了。南デンマーク大学修了(経営学修士)。文部科学省科学技術・学術政策局政策課長補佐、九州大学韓国研究センター学術共同研究員等を務める。


■サムスン電子の人材力と組織力について(補足)-成果主義だけではない!

幸いなことにサムスン電子については、長らくサムスン電子の人事部で実務についていた李炳夏(リ・ビョンハ)氏が日本語で『サムスンの戦略人事-知られざる競争力の真実-』(日本経済新聞出版社、2012)を出版されているので参考になる。

東京大学に提出した博士論文をもとにしたもので、やや読みにくいのが難点だが、1997年のIMFショックでサムスンの人事制度が年功から成果主義に転換したものの、それ以前から変わらずに継続されている労使協調路線があることが証言されている。つまり、成果主義と労使協調路線のせめぎ合いがその本質であるということだ。

「社員を毎年100人以上の規模で海外に一年間派遣することを20年以上続けている」のがサムスン電子である。この蓄積は労使協調路線がなければありえないことだろう。ここに人材力が組織力とイコールになっていることが読みとれる。

もちろん、成果主義によって報酬格差が大きく拡大したことは確かである。だが従業員を大事にする姿勢があることも組織力をつくりあげるうえできわめて重要な要素である。

だからこそ、万難を排してでもサムスンの社員になりたい大学生が多いのだろう。求められるものは厳しいが、自分を成長させてくれる会社であるためだ。

だが、その門をくぐってサムスンに入社するのはきわめて難しい。狭き門なのだ

だから大学生たちが必死にスペック積み上げに奔走しているというのは納得できる話である。



<関連サイト>

韓国人社員との付き合い方-自己主張は最大の保身術-(佐藤 登、日経ビジネスオンライン 2013年9月19日)
・・ホンダ出身でサムスンの役員をつとめた日本人によるサムスン社員についての記事

バレたらクビ!現役サムスン社員・覆面座談会 「週刊ダイヤモンド」 2013年11月16日号特集 【サムスン 日本を追いつめた“二番手商法”の限界】拡大版
・・サムスンで働くフツーの日本人社員たちのホンネが興味深い。「(サムスンは)徹底したトップダウン 上司命令は絶対の軍隊組織」で、「末端の社員レベルでは決断力もないし、リスクテイクもあまりしない」、らしい

STAP細胞に関する画期的研究から考える、日本の官製イノベーション思想の是非 (Huffington Post 日本版 2014年2月2日)
・・日本人研究者の小保方博士が発見した、生物学の常識を塗り替える発見が世界を驚かせた。この記事では発展途上国型のターゲット戦略ではイノベーションは生まれないことを指摘。日本の役人や政治家の発想がいかに古くかつ無意味なものか!



<ブログ内関連記事>

書評 『「科学技術大国」中国の真実』(伊佐進一、講談社現代新書、2010)-中国の科学技術を国家レベルと企業レベルで概観する好レポート

書評 『中国に立ち向かう日本、つき従う韓国』(鈴置高史、日本経済新聞出版社、2013)-「離米従中」する韓国という認識を日本国民は一日も早くもたねばならない

書評 『朝鮮半島201Z年』(鈴置高史、日本経済新聞出版社、2010)-朝鮮半島問題とはつまるところ中国問題なのである!この近未来シミュレーション小説はファクトベースの「思考実験」

書評 『アップル、グーグル、マイクロソフトはなぜ、イスラエル企業を欲しがるのか?』(ダン・セノール & シャウル・シンゲル、宮本喜一訳、ダイヤモンド社、2012)-イノベーションが生み出される風土とは?
・・日本人に必要なのは韓国人的に猛勉強よりも、イスラエル的な議論するチカラではないか?

書評 『失われた場を探して-ロストジェネレーションの社会学-』(メアリー・ブリントン、池村千秋訳、NTT出版、2008)
・・技能教育を受けた高校生には就職先があるという日本は、むしろ韓国にとって学ぶべき対象だろう


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