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2015年5月3日日曜日

「戦後70年」のことし2015年は「日本国憲法」発布から68年になる(2015年5月3日)



本日(5月3日)は憲法記念日。毎年この日のニュースは「護憲」か「改憲」かという決まり切ったものが多いが、ここ数年は「憲法改正」に向けてのニュースが増えてきているので、憲法記念日の当日ではなくても国民の関心がだんだん高まりつつあるのを感じる。
  
冒頭に掲載した写真は、東京・竹橋の国立公文書館で公開された「日本国憲法」の「原本」。この時点ですでに華族は男爵・幣原喜重郎外務大臣ただ一人になっている点に注目しておきたい。欽定憲法である「大日本帝国憲法」とのきわめて大きな違いである。

1925年(大正14年)に実現した「普通選挙法」によって、すでに国会議員の大半は平民が中心になっていたのである。民主主義は、敗戦の結果アメリカ占領軍によって与えられたというのは左派による歴史の歪曲である。

制約条件がきわめて大きかったものの、日本は戦時下においても二院制による議会制民主主義であった。戦時下が暗黒時代になったのは、「普通選挙法」と抱き合わせで施行された「治安維持法」が、1941年(昭和16年)に全部改正によって改悪されたためである。
    
「日本国憲法」はアメリカが作ったものだという主張もあるが、これはかならずしも正しくはない。明治時代前期の「自由民権運動」の流れも入っているのである。自由民権運動の歴史は、自国の日本近代史のきわめて重要な事項として、きちんと踏まえておかねばならない。なにもないところに日本国憲法と民主主義が生まれたのではない。
  
ことし2015年は「戦後70年」であるが、1947年(昭和22年)に「日本国憲法」が施行されてからことしで68年もたっている。憲法は法律である以上デジューレ(de jure)であるが、すでに68年間も大多数の日本国民が受け入れてきたのであるから、たとえそれがアメリカ占領軍の支配下に制定されたものであっても、デファクト(de facto)であるともいってよいだろう。
   
とはいえ、「改正」とまでは言わなくても、どう考えても「チューニング」は必要だろう。日本国をめぐる国際情勢は劇的に変化しているし、日本国内の社会情勢も大きく変化しているからだ。「護憲」か「改憲」かという議論は不毛である。
     
ただし、主権在民(=国民主権)という大原則と、憲法は政府の暴走を防ぐために国民がつくるものという原則をまげることなく、改正を実現したいものだ。
  
そのためには、国民的議論が必要である。まだまだ国民的議論が足りないので、憲法改正に拙速は禁物だ。だが、議論は活発化する必要はある。憲法に関心をもつことは国民の義務であると強調しておきたい。

わたしは基本的に「憲法改正」に賛成である。現行憲法を時代の変化にあわせてチューニングするという意味において。もちろん、そのなかには憲法9条改正も含まれる。




<関連サイト>

日本国憲法(日本語全文) (法務省)

THE CONSTITUTION OF JAPAN (首相官邸)


<ブログ内関連記事>

「主権在民」!-日本国憲法発布から64年目にあたる本日(2011年5月3日)に思うこと・・民権>国権か、民権<国権か、この議論は明治時代に近代化が始まって以来の争点である

書評 『自民党憲法改正草案にダメ出し食らわす!』(小林節+伊藤真、合同出版、2013)-「主権在民」という理念を無視した自民党憲法草案に断固NOを! ・・「赤ペン先生」による「自民党草案」(第二次草案)の徹底添削!

書評 『憲法改正のオモテとウラ』(舛添要一、講談社現代新書、2014)-「立憲主義」の立場から復古主義者たちによる「第二次自民党憲法案」を斬る

「五箇条の御誓文」(明治元年)がエンカレッジする「自由な議論」(オープン・ディスカッション)

聖徳太子の「十七条憲法」-憲法記念日に日本最古の憲法についてふれてみよう!

書評 『増補改訂版 なぜ欧米人は平気でルールを変えるのか-ルールメーキング論入門-』(青木高夫、ディスカヴァー携書、2013)-ルールは「つくる側」に回るべし!

(2015年5月5日 情報追加)


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2014年5月5日月曜日

書評 『集団的自衛権の行使』(里永尚太郎、内外出版、2013)-「推進派」の立場からするバランスのとれた記述


ニュース番組で耳にしない日はないほどホットイッシューになっているのが「集団的自衛権」。

だが、「集団的自衛権」について語るのは反対派と推進派のみ。しかも、反対派は反対意見のみ、推進派は賛成意見のみ。冷静に事実を踏まえた議論が思いのほか少ないことに気がつく。

そもそも「集団的自衛権」とはなにか、なぜそれほど論争の的になるのか? おそらく推進派ですらその内容も、なぜそれが必要なのか理解しているわけではないだろう。

本書は推進派の立場からよるものだが、バランスのとれた記述であり、事実関係の整理にはよい。これまで日本国憲法のもとで積み上げられてきた議論が時系列で整理されているからだ。目次をみればそれがわかるだろう。

第1章 戦後日本の安全保障の法的基盤の原点
第2章 日本国憲法第9条と自衛権(自衛隊)の関係(その1)
第3章 日本国憲法第9条と自衛権(自衛隊)の関係(その2)
第4章 冷戦後日本の安全保障政策の経緯
第5章 第一次安倍内閣の集団的自衛権の行使への挑戦
第6章 集団的自衛権の行使を可能とするために
第7章 自民党・国家安全保障基本法案(立法措置論の立場から)
第8章 国際情勢の激変

いずれも事実(ファクト)ベースの記述がつづくので、正直いってそんなに面白い内容というわけではない。だが国会の場で議論が積み重ねられてきたという事実を知ることに意味はある。それを確認することにも意味がある。

わたしがいちばん興味深く読んだのは、「集団的自衛権」の行使を可能とするための3つのアプローチを「推進派」を代表する論客にインタビューし、ナマの声を紹介している第6章だ。

3つのアプローチとは、① 憲法改正論、② 解釈改憲論、③ 立法措置 である。

① 憲法改正論者の立場: 山崎拓氏(元自民党副総裁)
② 解釈改憲論者の立場: 岡崎久彦氏(外交評論家・元駐タイ大使)
③ 立法措置の立場: 谷内正太郎氏(内閣官房参与・元外務事務次官)


個人的には、「自衛権は自然権である」とする岡崎氏の見解が国際派の立場からいっても興味深い。

「自然権」(natural rights)とは人間が固有にもっている権利のことであり、正当防衛もその一つである。「西欧近代」に発生した概念であるが、「自然人」(natural person)だけでなく、「主権国家」(sovereign state)にも「自然権」があるという法思想は「社会契約説」に基づくものである。

「自然権」として「自衛権」があると考えれば、日本国憲法で規定するしないにかかわらず国家は自衛権をもつわけであり、実務的な観点からいえば、まずは解釈を変更すればよいということになる。そのうえで憲法改正に踏み込めばいいというのが「解釈改憲派」の発想である。現実的なアプローチといってよいだろう。

あえて憲法改正に踏み込まなくても「集団的自衛権」の行使は可能ということであるが、そうはいっても憲法9条2項の条文と実体とのズレがあまりにも大きすぎるので、こうした不自然な状態を解消するためには憲法改正は行うべきだというわけだ。

「集団的自衛権」の行使ができる状態にしておくことは必要であると、わたしも考えている。実際問題、いまそこに危機があるかどうかにかかわりなく、日米同盟を前提にした安全保障体制のもとにある以上、「立法措置」をとるのが現実的であるというのはわたしも賛成だ。いずれにせよ現実的で冷静な判断が必要である。

「集団的自衛権」は「憲法改正」とかかわりの深い政治的イシューであるが、それとこれは別物として是々非々で論じる必要はあるだろう。もちろん、憲法改正で対応するのがスジである。

冷静な議論のための基礎資料集としても有用な本である。詳細目次で確認していただきたい。





詳細目次

はじめに
序章 戦後の経済的繁栄を経て

第1章 戦後日本の安全保障の法的基盤の原点
 マッカーサー・ノートが原点となった日本国憲法
 サンフランシスコ平和条約による独立回復と旧日米安保条約による日本の安全保障
 岸内閣による日米安保条約改定
 防衛力が整備される原点となった「国防の基本方針」閣議決定

第2章 日本国憲法第9条と自衛権(自衛隊)の関係(その1)
 軍隊の持てない憲法-「吉田・野坂論争」から警察予備隊の発足までの経緯
 憲法第9条に関する2つの立場
 自衛隊保持の合憲性
 自衛隊と憲法第9条第2項で禁止された軍隊及び戦力の関係
 いわゆる「芦田修正」について
 芦田修正と文民条項
 憲法第9条と交戦権
 自衛権発動の三要件
 国際法における自衛隊の取扱い
 自衛権を行使できる地理的範囲
 自衛隊の「海外派兵」と「海外派遣」の違い
 ある国から弾道ミサイルが飛んできた場合、その国を攻撃できるのか、敵基地を叩けるか
 保持し得る自衛力は「必要最小限度」
 「専守防衛」「軍事大国にはならないこと」「非核三原則」
 核兵器保有問題
 文民統制の確保

第3章 日本国憲法第9条と自衛権(自衛隊)の関係(その2)
 集団的自衛権に関する政府の憲法解釈とその安全保障上の問題点
 集団的自衛権の行使の否定の論拠(数量的概念か否かの議論)
 集団的自衛権の保有とその行使をめぐる議論
 弾道ミサイル防衛と集団的自衛権
 集団的安全保障の概念
 集団的安全保障に関する政府の憲法解釈
 国連軍への参加問題
 自衛隊の多国籍軍参加とイラク人道復興支援
 武力行使との一体化論

第4章 冷戦後日本の安全保障政策の経緯
 冷戦終焉後の湾岸戦争と軍事的な国際協力
 危機管理体制の強化と法整備
 日米安保体制の再確認
 「日米防衛協力のための指針(ガイドライン)」見直しと周辺事態安全確保法等の制定
 「9・11」と「9・17」の衝撃と、その後の防衛法制整備の進展
 安全保障政策と憲法改正

第5章 第一次安倍内閣の集団的自衛権の行使への挑戦
 2006自民党総裁選
 第一次安倍内閣の発足
 安保法制懇の設置と4類型
 安保法制懇初会合
 安倍首相は4類型の検討を指示
 その後の安保法制懇の論議と参議院選挙
 安倍自民党の参院選大敗後
 福田、麻生内閣とその後の民主党政権(鳩山、菅、野田内閣)における議論
 野党・自民党として
 有識者にインタビュー

第6章 集団的自衛権の行使を可能とするために
 憲法改正論者の立場から、山崎拓氏(元自民党副総裁)にインタビュー
 解釈改憲論者の立場から、岡崎久彦氏(外交評論家・元駐タイ大使)
 谷内正太郎氏(内閣官房参与・元外務事務次官)にインタビュー

第7章 自民党・国家安全保障基本法案(立法措置論の立場から)
 国家安全保障基本法案の意義
 集団的自衛権の行使と国家安全保障基本法案
 有識者にインタビュー

第8章 国際情勢の激変
 米国の相対的な地位低下、中国の経済的・軍事的台頭と北朝鮮の核開発・ミサイル
 フィリピン外相、日本の集団的自衛権の講師容認検討などを支持
 米国家情報会議、「Global Trends 2030」を発表
 シェール革命
終章 集団的自衛権の行使の議論と憲法改正議論と向き合うことを通じて
おわりに


著者プロフィール

里永尚太郎(さとなが・しょうたろう)
1975年生まれ、兵庫県出身。同志社大学法学部政治学科卒業、同志社大学大学院総合政策科学研究科博士前期課程修了。大学院在学時から、衆議院議員小池百合子氏の秘書を務め、環境大臣就任に伴い、環境大臣秘書官(政務)を務める。その後、同志社大学大学院総合政策科学研究科博士後期課程に進学。その間、慶應義塾大学院法学研究科特別学生、「尾崎行雄・咢堂塾」政治特別講座第1期生として田村重信氏(慶應義塾大学大学院非常勤講師)から憲法・外交安全保障を学ぶ。 現在は、憲法と集団的自衛権をテーマに、博士論文の執筆に取り組んでいる(『集団的自衛権の行使』カバーより)。


<関連サイト>

『集団的自衛権の行使』(里永尚太郎) 
・・出版社の書籍紹介サイト

【論点8】集団的自衛権 “自制”だけで平和国家と胸を張れる時代か? 「集団的自衛権」を議論する前に考えるべきこと -山口 昇・防衛大学校教授 (ダイヤモンドオンライン 2014年1月16日)



<ブログ内関連記事>

書評 『憲法改正のオモテとウラ』(舛添要一、講談社現代新書、2014)-「立憲主義」の立場から復古主義者たちによる「第二次自民党憲法案」を斬る ・・「集団自衛権」は日本国憲法第9条と密接にかかわる問題。憲法改正を考えるために

書評 『語られざる中国の結末』(宮家邦彦、PHP新書、2013)-実務家出身の論客が考え抜いた悲観論でも希望的観測でもない複眼的な「ものの見方」 ・・「いま、そこにある危機」を考えれば「集団的自衛権」が必要なことは火を見るより明らかだ!

書評 『日米同盟 v.s. 中国・北朝鮮-アーミテージ・ナイ緊急提言-』(リチャード・アーミテージ / ジョゼフ・ナイ / 春原 剛、文春新書、2010)
・・アメリカの国益を超党派の立場で論じたもの。日本に「集団的自衛権行使」を促してきた論客たち

書評 『「普天間」交渉秘録』(守屋武昌、新潮文庫、2012 単行本初版 2010)-政治家たちのエゴに翻弄され、もてあそばれる国家的イシューの真相を当事者が語る
・・安全保障問題もまた「国益」の観点ではなく、政治家たちの「私益」というエゴに翻弄されるという現実






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2014年5月3日土曜日

書評『憲法改正のオモテとウラ』(舛添要一、講談社現代新書、2014)-「立憲主義」の立場から復古主義者たちによる「第二次自民党憲法案」を斬る



基本的に「憲法改正」の立場から書かれた本である。しかも、「憲法改正の最重要課題は9条2項である」という考えの持ち主であり、基本的にわたしも同じ立場である。

ただし、最新の「自民党憲法草案」(=「第二次」草案)を斬り捨てる姿勢を明確に示している。この点に、わたしは大いに共感を感じるのである。

舛添氏は自民党の参議院議員時代、小泉政権のもとで「新憲法起草委員会」事務局次長として「第一次草案」とりまとめで汗をかいた人である。本書はその「第一次草案」(2005年)の舞台裏をドキュメントとして再現したものだ。政治家としての発言の背後に政治学者としての現状認識が垣間見られるのが興味深い。

強すぎる参議院からの圧力、省庁の縄張り争いと族議員、個人的道徳観や価値観を持ち込もうとする人たち、問題解決を憲法改正で行おうという浅はかな発想、思いつき程度の発言で憲法を論じる代議士たち・・・。

「憲法改正とは「政治」そのものである」という著者の発言にリアリティがある。著者は、憲法改正を実現するためには一定以上の国民の支持が必要だという「現実派」の立場に立つのだが、それは政治の世界に入る前にテレビというマスコミの世界を体験していること、政治の世界でもまれたことも大きく与っているようだ。

(日本国憲法の原本 国立公文書館にて筆者撮影 2014年4月)


「天賦人権説」を否定する「復古主義者」たちとは対極の立ち位置

そもそも舛添氏による本書にはとくに関心はなかったのだが、たまたま書店の店頭で手にとって「はじめに」を読んだことで、よんでみておおいに納得するものがあったのだ。

「はじめに」に著者の憲法観が集約されているが、その最初で「立憲主義」のなんたるかを強調し、「第二次自民党草案」で「天賦人権論」を西欧起源の思想だからという理由で否定した東大法学部卒の自民党議員を徹底批判している。

おそらくK女史もその一人なのであろうが(笑)、「立憲主義」を否定するこの元官僚の女性議員の言動は言語同断であり、舛添氏の発言には大いに意を強くした。思うところはいろいろあるだろうが、個人的怨恨(?)とは関係ないと捉えるべきだろう。

(土佐出身の民権運動家・馬場辰猪による「天賦人権論」 国会図書館蔵)


舛添氏の著書を読むのはほぼ四半世紀ぶりである。フランスに留学して、ミッテラン社会党政権のことを書いた本だったと思うが、新進気鋭の政治学者として颯爽としていた。政治学者を廃業後の舛添氏はもっぱらTVのコメンテーターとしてのみ認識していたが著書を読むことはなかった。

舛添氏に対しては、個人的な好き嫌いの感情、とくに女性の立場からは絶対に許せないという意見も少なくないだろう。だが、そういった個人的感情は「それはそれ、これはこれ」として脇に置き、その主張には虚心坦懐に耳を傾ける意味があるのではないかと思うのである。

わたしは舛添氏は好きでも嫌いでもないし、東京都民ではないが、東京が「一国の首都」である以上、その発言には重みがある。今後も自民党の「復古主義者」には大いに異議申し立ては行っていただきたいものであり、都民だけでなく国民は彼の言動を注視する必要がある。

本書は、都知事選が行われる直前に出版された本だ。都知事選は前知事の猪瀬直樹氏が政治資金問題で辞職をしたあとをうけて急遽行われることになったので、舛添要一氏もまさか都知事になれるとは想定外であっただろう。なりたいという気持ちはあったにせよ、実際になれるかどうかは別である。

だから本書の内容は、都知事になることを前提にしたものではない都知事選に不利になる可能性もありながら躊躇せず出版した点は評価に値する。

自民党を離党した身でありながら、都知事選にあたって自民党の協力をあおいだ舛添氏だが、「価値観多様化という現実」を認めたがらない自民党の「偏狭な復古主義者」たちとは一線を画すことが本書に明言されている。政治家である以前に、自らの信念であることが読み取れるのである。


憲法に価値観や道徳は不要

「家族のことは憲法に書くのではなく、個人の自由にまかせればよい」という舛添氏の発言は、彼自身のライフスタイルを反映したものでもあろう。

だが、一部の「復古主義者」を除けば、おそらく国民の大多数の考えではないだろうか。「基本的人権」はふだんは意識することはなくても、それが侵害されたとき、人ははじめてその意味と価値について目覚めるものだ。

国家からいかに基本的人権を守るかが「立憲主義」である。憲法とは、国民が権力が恣意的になるのを抑制するために制定するものだというのが「立憲主義」である。

国権と民権はバランスが必要だが、民権のほうがはるかに重要である。「人権」は「自然権」であり、たとえその起源が近代西欧であるにしても、すでに人類の普遍的な価値として世界中で共有されているものだ。

「憲法改正」といってもなにをどう改正するのかという点では幅は広い。ただし改正案がいかあなるものであれ、「立憲主義」に立脚したものでなければならないのである。

主権者はあくまでも国民であり、国民主権(=主権在民)の立場は絶対に譲ることはあってはならない。





目 次

はじめに
第1章 参議院への配慮と自民党内の政治力学
 1. 1982年の自民党憲法調査会報告
 2. 2003~2004年の憲法改正プロジェクトチーム
 3. 2004年の憲法改正案起草委員会
 4. 2005年の新憲法起草委員会発足
第2章 どうすれば国民に支持されるかを考える
 1. 前文:歴史観や思想を書き込むのか
 2. 天皇:「お考え」を忖度しながら議論すべき
 3. 安全保障及び非常事態:世界が注目する9条改正
 4. 国民の権利及び義務:「立憲主義」を知らない議員たち
 5. 統治機構:二院制を維持するか一院制にするか
 6. 財政、地方自治、改正:既得権益を巡る省庁・族議員の熾烈な争い
第3章 政治の荒波に翻弄された条文化作業
 1. 独りよがりの案を作っても相手にされない
 2. 憲法改正より政局を優先させた人たち
 3. そして大勲位の私案は却下された
おわりに
現行日本国憲法および自民党「第1次」「第2次」草案対照

著者プロフィール

舛添要一(ますぞえ・よういち)
第19代東京都知事 1948年福岡県北九州市生まれ。1971年東京大学法学部政治学科卒業。東京大学法学部助手、パリ大学現代国際関係史研究所客員研究員、ジュネーブ高等国際政治研究所客員研究員、東京大学教養学部政治学助教授などを経て、1989年舛添政治経済研究所を設立。2001年参議院議員(自民党)に初当選し、厚生労働大臣(安倍内閣、福田内閣、麻生内閣)等を歴任。年金問題、薬害C型肝炎問題などの解決に奔走する。2010年~2013年新党改革代表を務める。2014年2月、東京都知事選で211万票を獲得し、都知事に就任。 著書に『憲法改正のオモテとウラ』『日本政府のメルトダウン』『よくわかる政治』(以上、講談社)、『孫文』(角川書店)、『厚生労働省戦記』(中央公論新社)、『舛添メモ』(小学館)など多数。



PS 舛添都知事がついに辞職(2016年6月15日)
 
「週刊文春」でとりあげられた政治資金問題で火がついた舛添都知事。都議会での不誠実な答弁を繰り返した末、全党一致の不信任案を提出される前に、ついにみずから辞職願を提出し受理された。2016年6月15日のことだ。2ヶ月にわたる騒動がついに収束した。

まことにもってお粗末な話である。政治資金を個人流用した件について、たとえそれが法律違反ではないとしても有権者(=納税者)の神経を逆なでするものであることが、最後の最後まで理解できなかったのだろう。法律エリート特有の現実感覚のなさを露呈したというべきか。

憲法観については賛同できる主張をしているのに、政治観としてはまことにもってお粗末な存在であったというべきことだ。もし都知事に選出されなかったら、憲法問題で名をあげることも不可能ではなかったのに・・・。

だが、それもまた身から出た錆。まっとうな主張であっても、それを主張する人物がまっとうでなかれば、説得力はない。

舛添氏は、政治家を引退し、まっとうな憲法論で身を立て直すべきである。それが、最後のご奉公であるというべきだろう。

(2016年6月15日 記す)



<関連サイト>

《発言全文》 安保法案「違憲」とバッサリ、与党推薦の長谷部教授が語った「立憲主義」 (弁護士ドットコム、2015年6月5日)
・・「国会で「安保法制」の審議が行われている最中の6月4日に開かれた衆議院の「憲法審査会」で、自民党、公明党が推薦した憲法学者の長谷部恭男・早稲田大大学院法務研究科教授が、与党の安保法制に「違憲」の評価を突きつける、異例の事態が起きた」(記事冒頭の一文)

(2015年6月6日 項目新設)


日本国憲法(日本語全文) (法務省)

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<ブログ内関連記事>

「主権在民」!-日本国憲法発布から64年目にあたる本日(2011年5月3日)に思うこと

書評 『自民党憲法改正草案にダメ出し食らわす!』(小林節+伊藤真、合同出版、2013)-「主権在民」という理念を無視した自民党憲法草案に断固NOを!
・・「赤ペン先生」による「自民党草案」(第二次草案)の徹底添削!

『足尾から来た女』(2014年1月)のようなドラマは、今後も NHK で製作可能なのだろうか?
・・主権在民の民権運動の歴史は明治時代以降の日本人の歴史でもある

「是々非々」(ぜぜひひ)という態度は是(ぜ)か非(ひ)か?-「それとこれとは別問題だ」という冷静な態度をもつ「勇気」が必要だ
・・価値観多様化は「是々非々」の政治的選択を生む


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2013年10月14日月曜日

書評 『自民党憲法改正草案にダメ出し食らわす!』(小林節+伊藤真、合同出版、2013)-「主権在民」という理念を無視した自民党憲法草案に断固NOを!


本書は立場を異にする二人の憲法論の論客が自民党憲法草案に「赤ペン先生として添削を行い、そのうえで憲法改正をめぐって対談を行ったもの。たいへん読みやすく、論旨明快だ。

わたしは小林節教授の「(護憲的)改憲論」という立ち位置に賛同だ。世代的には、わたしはむしろ司法試験受験界での知名度の高い伊藤真氏に近いのだが、伊藤氏の手放しの「護憲論」には賛成しかねる。したがって、小林教授の赤ペン修正事項に賛成だが、伊藤氏の赤ペン修正事項にはやや違和感を感じる。

(小林教授と伊藤真氏による赤ペン添削の例 憲法前文から真っ赤)


憲法改正というとむかしから憲法9条の交戦権の項目ばかりに目が行くのが問題ではあるのだが、重要な事項であるので簡単にみておこう。

憲法9条について小林教授は、「権力者はやりたい放題、国民の義務ばかりが増える-日本人が知らない自民党憲法改正案の意義とリスク――小林節・慶應義塾大学法学部教授に聞く」 (ダイヤモンドオンライン 2013年7月26日)というインタビューで簡潔に語っているので紹介しておこう。

小林教授は以下のように述べている。

(1)「侵略戦争はしない」、(2)「ただし独立主権国家である以上、侵略を受けたら自衛戦争はする」、(3)「そのために自衛軍を持つ」、(4)「国際国家として国際貢献もするが、それには国連決議の他に事前の国会決議も必要とする」と明記すればいいのではないか。そうすれば、日本を狙っている国に対しては牽制になるし、日本を恐れている国に対しては安心感を与えられます。あらゆる意味において、世界は納得するのです。

小林教授の発言はしごくまっとうなもの。憲法9条の改正は、わたしも全面的に賛成。自衛隊は実質的に軍隊であり、国際的にも国内的にも法的な性格を明確化するのがのぞましい。改正なしの憲法解釈だけでもいいのだが、やはり改正してスッキリすべきだろう。

ただし、小林教授は「第96条改正」というのは姑息な手段だとして斬り捨てておられる。この立場にも大いに賛同。改正は 2/3以上というのは国際標準だからだ。1/2以上で改正OKなど言語道断だ。改憲の前に、まずは最高裁で違憲判決のでている「一票の格差是正」が先決事項である。

「憲法改正を唱えて来たのは復古主義の自民党世襲議員たち」という小林教授の発言は、きわめてただしい認識だ。

わたしは「戦後」にまったく問題がなかったとは言うつもりはないが、現在のさまざまな社会問題の原因が現行憲法にあるというかれらの論法には強い違和感を感じる。そもそも、この両者には時間的な並行関係はあっても、因果関係が成り立つかどうかは大いに疑わしい。だから、現行憲法の改正は慎重に行うべきだと考える。

明治憲法は天皇陛下から臣民に下賜された欽定憲法であったが、現行の日本国憲法がアメリカに押し付けられたというのはあまりにも一面的で、明治時代の「自由民権運動」で前面に打ち出された「主権在民」という絶対に譲れない理念が結晶化されたものだという積極的な側面もあることに注意を喚起しなくてはならない。

「主権在民」という基本理念を捻じ曲げようとする現在の「自民党改正案」にはわたしは断固反対である。「民権」よりも「国権」を上位に置く発想は、根本的に間違っていると言わざるをえない。それは政治家の発想だけでなく、「民」を蔑視する「官」の発想でもある。

そもそも憲法(The Constitution)とは主権者である国民が権力の暴走を防ぐための装置であり、国の構成や成り立ち(constitution)を成文法として規定したものだ。主権は為政者ではなく、あくまでも国民の側にあることを誤解してはいけない。

しかも、現行憲法は施行されてからすでに66年、すでにデファクトな規範として日本国民に共有され定着している。改正すべき点は改正しても、その根幹は残すべきなのだ。

たとえ反対派といえども、あえて対話の機会をもち、その結果として、議論が落ち着くべき所に落ちついていくのがただしい民主主義(デモクラシー)のあり方だという姿勢。これを身をもって体現している小林教授と伊藤氏によるこの共著はぜひ読んでいただきたいと思う次第だ。

「主権在民」という理念を無視した「自民党憲法草案」に断固NOを!





目 次

はしがき(伊藤 真)
第1部 添削編-自民党憲法改正草案への赤字添削
第2部 対談編-小林節×伊藤真「自民党憲法改正草案はなぜダメなのか」
あとがき(小林 節)
あとがき(伊藤 真)
【巻末資料】 日本憲法改正草案(現行憲法対照)

著者プロフィール

小林 節(こばやし・せつ)
1949年生まれ。元ハーバード大学研究員。憲法学。テレビの討論番組でも改憲派の論客としてお馴染み。自民改憲草案作成プロセスに関わりながら、出てきた草案をみて、あまりの復古主義の強い、立憲主義を逸脱した内容に仰天する。共著に『対論!戦争、軍隊、この国の行方』(青木書店)『「憲法」改正と改悪 憲法が機能していない日本は危ない』(時事通信社)など多数。

伊藤 真(いとう・まこと)
伊藤塾塾長・法学館憲法研究所所長。1958年生まれ。81年東京大学在学中に司法試験合格。現在は塾長として、受験指導を幅広く展開するほか、憲法や立憲主義について、論理的でわかりやすい説明はつとに有名で、全国各地へ講演に奔走している。『高校生からわかる日本国憲法の論点』(トランスビュー)『憲法の力』(集英社新書)『中高生のための憲法教室』(岩波ジュニア新書)など多数。




<関連サイト>

「権力者はやりたい放題、国民の義務ばかりが増える-日本人が知らない自民党憲法改正案の意義とリスク――小林節・慶應義塾大学法学部教授に聞く」 (ダイヤモンドオンライン 2013年7月26日)

「お坊ちゃま改憲論」安倍政権の危険な解釈改憲駐在先の手先になった外交官、稚拙なロビーイングでは中韓に対抗できぬ-小林節氏」 (JBPress 2014年2月28日)

日本国憲法改正草案(自民党公式サイト)



日本国憲法(日本語全文) (法務省)

THE CONSTITUTION OF JAPAN (首相官邸)



NHK、天皇陛下の「お言葉」を恣意的に一部カットして報道~蜜月・安倍政権への“配慮” (Business Journal  2014年1月23日) 
・・「削除された天皇の「お言葉」の該当部分は以下のようなくだりだ。 「戦後、連合国軍の占領下にあった日本は、平和と民主主義を、守るべき大切なものとして、日本国憲法を作り、様々な改革を行って、今日の日本を築きました。戦争で荒廃した国土を立て直し、かつ、改善していくために当時の我が国の人々の払った努力に対し、深い感謝の気持ちを抱いています。また、当時の知日派の米国人の協力も忘れてはならないことと思います」」


(参考) 「天皇陛下お誕生日に際し(平成25年)」 

 「天皇陛下の記者会見」
 会見年月日:平成25年(2013年)12月18日
 会見場所:宮殿 石橋の間

(記者会見をなさる天皇陛下 出所:宮内庁)

(日本語) 
   ⇒ http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/kaiken/kaiken-h25e.html
 (英文) Press Conference on the occasion of His Majesty's Birthday (2013)  ⇒ http://www.kunaicho.go.jp/e-okotoba/01/press/kaiken-h25e.html
 (情報出所:宮内庁)

(宮内記者会代表質問)
(問1) 陛下は傘寿を迎えられ、平成の時代になってまもなく四半世紀が刻まれます。昭和の時代から平成のいままでを顧みると、戦争とその後の復興、多くの災害や厳しい経済情勢などがあり、陛下ご自身の2度の大きな手術もありました。80年の道のりを振り返って特に印象に残っている出来事や、傘寿を迎えられたご感想、そしてこれからの人生をどのように歩もうとされているのかお聞かせ下さい。
【陛下】 80年の道のりを振り返って、特に印象に残っている出来事という質問ですが、やはり最も印象に残っているのは先の戦争のことです。
私が学齢に達した時には中国との戦争が始まっており、その翌年の12月8日から、中国のほかに新たに米国、英国、オランダとの戦争が始まりました。終戦を迎えたのは小学校の最後の年でした。この戦争による日本人の犠牲者は約310万人と言われています。前途に様々な夢を持って生きていた多くの人々が、若くして命を失ったことを思うと、本当に痛ましい限りです。
戦後、連合国軍の占領下にあった日本は、平和と民主主義を、守るべき大切なものとして、日本国憲法を作り、様々な改革を行って、今日の日本を築きました。戦争で荒廃した国土を立て直し、かつ、改善していくために当時の我が国の人々の払った努力に対し、深い感謝の気持ちを抱いています。また、当時の知日派の米国人の協力も忘れてはならないことと思います。
After the war, Japan was occupied by the allied forces, and based on peace and democracy as values to be upheld, established the Constitution of Japan, undertook various reforms and built the foundation of Japan that we know today. I have profound gratitude for the efforts made by the Japanese people at the time who helped reconstruct and improve the country devastated by the war. I also feel that we must not forget the help extended to us in those days by Americans with an understanding of Japan and Japanese culture.
戦後60年を超す歳月を経、今日、日本には東日本大震災のような大きな災害に対しても、人と人との絆を大切にし、冷静に事に対処し、復興に向かって尽力する人々が育っていることを、本当に心強く思っています。 傘寿を迎える私が、これまでに日本を支え、今も各地で様々に我が国の向上、発展に尽くしている人々に日々感謝の気持ちを持って過ごせることを幸せなことと思っています。既に80年の人生を歩み、これからの歩みという問いにやや戸惑っていますが、年齢による制約を受け入れつつ、できる限り役割を果たしていきたいと思っています。
80年にわたる私の人生には、昭和天皇を始めとし、多くの人々とのつながりや出会いがあり、直接間接に、様々な教えを受けました。宮内庁、皇宮警察という組織の世話にもなり、大勢の誠意ある人々がこれまで支えてくれたことに感謝しています。 天皇という立場にあることは、孤独とも思えるものですが、私は結婚により、私が大切にしたいと思うものを共に大切に思ってくれる伴侶を得ました。皇后が常に私の立場を尊重しつつ寄り添ってくれたことに安らぎを覚え、これまで天皇の役割を果たそうと努力できたことを幸せだったと思っています。 これからも日々国民の幸せを祈りつつ、努めていきたいと思います。

(問2) 両陛下が長年続けられてきた「こどもの日」と「敬老の日」にちなむ施設訪問について、来年を最後に若い世代に譲られると宮内庁から発表がありました。こうした公務の引き継ぎは、天皇陛下と皇太子さまや秋篠宮さまとの定期的な話し合いも踏まえて検討されていることと思います。現在のご体調と、こうした公務の引き継ぎについてどのようにお考えかお聞かせ下さい。
【陛下】 「こどもの日」と「敬老の日」にちなんで、平成4年から毎年、子どもや老人の施設を訪問してきましたが、再来年からこの施設訪問を若い世代に譲ることにしました。始めた当時は2人とも50代でしたが、再来年になると、皇后も私も80代になります。子どもとはあまりに年齢差ができてしまいましたし、老人とはほぼ同年配になります。再来年になると皇太子は50代半ばになり、私どもがこの施設訪問を始めた年代に近くなります。したがって再来年からは若い世代に譲ることが望ましいと考えたわけです。この引き継ぎは体調とは関係ありません。 負担の軽減に関する引き継ぎについては、昨年の記者会見でお話ししたように、今のところしばらくはこのままでいきたいと思っています。

(問3) 今年は五輪招致活動をめぐる動きなど皇室の活動と政治との関わりについての論議が多く見られましたが、陛下は皇室の立場と活動について、どのようにお考えかお聞かせ下さい。
【陛下】
日本国憲法には「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない」と規定されています。この条項を順守することを念頭において、私は天皇としての活動を律しています
。 しかし、質問にあった五輪招致活動のように、主旨がはっきりうたってあればともかく、問題によっては、国政に関与するのかどうか、判断の難しい場合もあります。そのような場合はできる限り客観的に、また法律的に、考えられる立場にある宮内庁長官や参与の意見を聴くことにしています。今度の場合、参与も宮内庁長官始め関係者も、この問題が国政に関与するかどうか一生懸命考えてくれました。今後とも憲法を順守する立場に立って、事に当たっていくつもりです。

(関連質問) 質問させていただきます。先日、陛下は皇后さまとインドを訪問され、日印の友好親善を更に深められました。53年ぶりとなったインド公式訪問の御感想をお聞かせ願うとともに、国際友好親善に際して陛下が心掛けていらっしゃることについても併せてお聞かせ下さい。
【陛下】 この度のインドの訪問は、(昨年が)インドとの国交60周年という節目の年に当たっておりましてインドを訪問したわけです。 インドを初めて訪問しましたのは当時のプラサド大統領が日本を国賓として訪問されたことに対する答訪として、昭和天皇の名代として訪問したわけです。当時は、まだ国事行為の臨時代行に関する法律のない時代でしたから、私が天皇の名代として行くことになったわけです。 当時のことを思い起こしますと、まだインドが独立して間もない頃、プラサド大統領は初代の大統領でしたし、これからの国造りに励んでいるところだったと思います。ラダクリシュナン副大統領は後に大統領になられました。それからネルー首相と、世界的に思想家としても知られた人たちでしたし、その時のインドの訪問は振り返っても意義あるものだったと思います。 そして、私にはそれまでヨーロッパと中国の歴史などは割合に本を読んだりしていましたが、その間に横たわる地域の歴史というものは本も少なく、あまり知られないことが多かったわけです。この訪問によって両地域の中間に当たる国々の歴史を知る機会に恵まれたと思います。 今度のインドの訪問は、前の訪問の経験がありますので、ある程度、インドに対しては知識を持っていましたが、一方で、日本への関心など非常に関心や交流が深くなっているということを感じました。 ネルー大学での日本語のディスカッションなど日本語だけで非常に立派なディスカッションだったように思います。また、公園で会ったインドの少年が、地域の環境問題を一生懸命に考えている姿も心に残るものでした。 そういう面で、これからインドとの交流、また、インドそのものの発展というものに大きな期待が持たれるのではないかという感じを受けた旅でした。

以前2006年のことであるが、日本将棋連盟会長で東京都教育委員の米長邦雄氏が日本中の学校で国旗を揚げて、国歌を斉唱させるというのが私の仕事でございます。今、頑張っております」と申し上げたのに対して、 「やはり強制になるということでないことが望ましいと思います」と天皇陛下が御答えになったということを忘れるべきではない。

天皇陛下の御言葉を勝手に削除して報道するような行為は、天皇陛下をないがしろにする、まことにもって「不忠」にして「不敬」なものと言わねばならない。

わたしはいわゆる「護憲派」ではなく「改憲派」であるが、不忠で不敬な行為をつづける自称「保守派」の人たちには、きわめてつよい違和感を感じている。「改憲」は正々堂々と議論して実施に向けて推進するべきだ。

近代日本の出発点は「五箇条の御誓文」である。

「我国未曾有の変革を為さんとし、朕(ちん)躬(み)を以て衆に先(さきん)じ、天地神明に誓ひ、大に斯 (この)国是を定め、万民保全の道を立んとす。衆亦此(この)趣旨に基き協心努力せよ」と述べられた明治天皇の御心をいまいちど想起しなくてはならならない。「五箇条の御誓文」に込められた「理念」がすべて実現してきたわけではないが、自由な議論を圧殺する政治には怒りを感じる。

「主権在民」の日本国憲法の本質をもっとももよく理解しておられるのが今上天皇陛下であろう。わたしも含めた一般国民以上に。

(2014年1月24日 記す)



(参考) 皇后陛下お誕生日に際し(平成25年)

  宮内記者会の質問に対する文書ご回答

(日本語) ⇒ http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/kaiken/gokaito-h25sk.html
(英語) ⇒ http://www.kunaicho.go.jp/e-okotoba/01/press/gokaito-h25sk.html
 (情報出所:宮内庁)

問1  東日本大震災は発生から2年半が過ぎましたが,なお課題は山積です。一方で,皇族が出席されたIOC総会で2020年夏季五輪・パラリンピックの東京開催が決まるなど明るい出来事がありました。皇后さまにとってのこの1年,印象に残った出来事やご感想をお聞かせ下さい。
皇后陛下この10月で,東日本大震災から既に2年7か月以上になりますが,避難者は今も28万人を超えており,被災された方々のその後の日々を案じています。
7月には,福島第一原発原子炉建屋の爆発の折,現場で指揮に当たった吉田元所長が亡くなりました。その死を悼むとともに,今も作業現場で働く人々の安全を祈っています。大震災とその後の日々が,次第に過去として遠ざかっていく中,どこまでも被災した地域の人々に寄り添う気持ちを持ち続けなければと思っています。
今年は10月に入り,ようやく朝夕に涼しさを感じるようになりました。夏が異常に長く,暑く,又,かつてなかった程の激しい豪雨や突風,日本ではこれまで稀な現象であった竜巻等が各地で発生し,時に人命を奪い,人々の生活に予想もしなかった不便や損害をもたらすという悲しい出来事が相次いで起こりました。この回答を準備している今も,台風26号が北上し,伊豆大島に死者,行方不明者多数が出ており,深く案じています。世界の各地でも異常気象による災害が多く,この元にあるといわれている地球温暖化の問題を,今までにも増して強く認識させられた1年でした。
5月の憲法記念日をはさみ,今年は憲法をめぐり,例年に増して盛んな論議が取り交わされていたように感じます。主に新聞紙上でこうした論議に触れながら,かつて,あきる野市の五日市を訪れた時,郷土館で見せて頂いた「五日市憲法草案」のことをしきりに思い出しておりました。明治憲法の公布(明治22年)に先立ち,地域の小学校の教員,地主や農民が,寄り合い,討議を重ねて書き上げた民間の憲法草案で,基本的人権の尊重や教育の自由の保障及び教育を受ける義務,法の下の平等,更に言論の自由,信教の自由など,204条が書かれており,地方自治権等についても記されています。当時これに類する民間の憲法草案が,日本各地の少なくとも40数か所で作られていたと聞きましたが,近代日本の黎明期に生きた人々の,政治参加への強い意欲や,自国の未来にかけた熱い願いに触れ,深い感銘を覚えたことでした。長い鎖国を経た19世紀末の日本で,市井の人々の間に既に育っていた民権意識を記録するものとして,世界でも珍しい文化遺産ではないかと思います。
 It seems to me that this year, before and after the Constitution Memorial Day in May, we saw more active discussion regarding the constitution than in previous years. As I followed the discussion, mainly in the papers, I recalled the Itsukaichi Constitution Draft, which we once saw at the Folk Museum of Itsukaichi during our visit to Itsukaichi in Akiruno City. Many years before the Meiji Constitution was promulgated in 1890, the local elementary school teachers, village heads, farmers, and other common people gathered together, and after much deliberation, drew up a private draft constitution. The constitution contains 204 articles, including those about respect for basic human rights, guarantee of freedom of education, the obligation to receive education, equality under law, as well as freedom of speech and freedom of religion, and it also mentions local autonomy. I was told that similar draft constitutions were drawn up by the people in more than 40 places across Japan at the time. I was deeply impressed by the strong desire for political participation of the people who lived at the dawn of modern Japan and their passionate hopes for the future of our country. As a document of how ordinary citizens in Japan had already developed an awareness of civil rights at the end of the 19th century, in a country which was just opening up after years of closure, I think it is a rare cultural asset in the world.
オリンピック,パラリンピックの東京開催の決定は,当日早朝の中継放送で知りました。関係者の大きな努力が報われ,東京が7年後の開催地と決まった今,その成功を心から願っています。
世界のあちこちで今年も内戦やテロにより,多くの人が生命を失い,又,傷つけられました。取り分けアルジェリアで,武装勢力により「日揮」の関係者が殺害された事件は,大きな衝撃でした。国内では戦後の復興期,成長期に造られた建造物の多くに老朽化が進んでいるということで,事故につながる可能性のあることを非常に心配しています。
この1年も多くの親しい方たちが亡くなりました。阪神淡路大震災の時の日本看護協会会長・見藤隆子さん,暮しの手帖を創刊された大橋鎮子さん,日本における女性の人権の尊重を新憲法に反映させたベアテ・ゴードンさん,映像の世界で大きな貢献をされた高野悦子さん等,私の少し前を歩いておられた方々を失い,改めてその御生涯と,生き抜かれた時代を思っています。
先の大戦中,イタリア戦線で片腕を失い,後,連邦議会上院議員として多くの米国人に敬愛された日系人ダニエル・イノウエさんや,陛下とご一緒に沖縄につき沢山のお教えを頂いた外間守善さん,芸術の世界に大きな業績を残された河竹登志夫さんや三善晃さんともお別れせねばなりませんでした。
この10月には,伊勢神宮で20年ぶりの御遷宮が行われました。何年にもわたる関係者の計り知れぬ努力により,滞りなく遷御せんぎよになり,悦ばしく有り難いことでございました。御高齢にかかわらず,陛下の姉宮でいらっしゃる池田厚子様が,神宮祭主として前回に次ぐ2度目の御奉仕を遊ばし,その許で長女の清子も,臨時祭主としてご一緒に務めさせて頂きました。清子が祭主様をお支えするという,尊く大切なお役を果たすことが出来,今,深く安堵しております。  (以下略)
(2015年8月13日 追加)



憲法学者・竹田恒泰の憲法改正講義(上) 「日本人は愛国心をいかにして取り戻すべきか 96条改正と集団的自衛権の真の論点を語ろう」 (ダイヤモンドオンライン、2014年3月26日)
・・「率直に言って、96条の先行改正には反対です。それは逆に、憲法改正にとって遠回りになると思えるからです」 ⇒ 大いに安心

憲法学者・竹田恒泰の憲法改正講義(下)「象徴天皇や愛国心にまで踏み込んではいけない改憲ありきではなく、守るべきものを議論せよ」  (ダイヤモンドオンライン、2014年4月2日)
・・「(質問者):国体が護持された結果、天皇と日本人の関係は何も変わっていないということですね。天皇については、憲法の条文を変える必要がないと。 (竹田):その通りです」 ⇒ 大いに安心
・・「今必要なのは、まさに「護憲的改憲」の考え方です。す。96条の先行改正を唱えた自民党のように「改憲のための改憲」になってしまってはいけません」 ⇒ 大いに賛同。竹田氏の考えは、基本的に小林教授のものに近いことがわかる

(2014年4月3日 記す)


《発言全文》 安保法案「違憲」とバッサリ、与党推薦の長谷部教授が語った「立憲主義」 (弁護士ドットコム、2015年6月5日)
・・「国会で「安保法制」の審議が行われている最中の6月4日に開かれた衆議院の「憲法審査会」で、自民党、公明党が推薦した憲法学者の長谷部恭男・早稲田大大学院法務研究科教授が、与党の安保法制に「違憲」の評価を突きつける、異例の事態が起きた」(記事冒頭の一文)

(2015年6月6日 情報追加)


<ブログ内関連記事>

『王道楽土の戦争』(吉田司、NHKブックス、2005)二部作で、「戦前・戦中」と「戦後」を連続したものと捉える
・・この本に収録された安倍晋三と石破茂という、1950年代中期生まれの「ポスト団塊世代」の二人の自民党政治家こそ、小林教授のいう「憲法改正を唱えて来たのは復古主義の自民党世襲議員たち」である。政治家としての能力と思想は是々非々で区分しなくてはならない。 「1954年生まれの安倍晋三、1957年生まれの石破茂という「ポスト団塊世代」の政治家二人。奇しくも復活した第二次安倍内閣で総理大臣と自民党幹事長という要職についている二人である。安倍晋三は満洲国で統制経済を主導した「革新官僚」岸信介の孫である。石破茂は大陸や半島に海を挟んで最前線のある島根出身の政治家である。著者は、団塊世代と団塊ジュニアにはさまれた「ポスト団塊世代」に、「戦前・戦中」と「戦後」をつなぐものがあるとみているのだろうか?「戦前・戦中」と「戦後」はいっけん断絶したようにみえて、じつは根底のところでつながっているのである」

「主権在民」!-日本国憲法発布から64年目にあたる本日(2011年5月3日)に思うこと
・・民権>国権か、民権<国権か、この議論は明治時代に近代化が始まって以来の争点である

「五箇条の御誓文」(明治元年)がエンカレッジする「自由な議論」(オープン・ディスカッション)

『大アジア燃ゆるまなざし 頭山満と玄洋社』 (読売新聞西部本社編、海鳥社、2001) で、オルタナティブな日本近現代史を知るべし!
・・国権主義者と目される頭山満であるが、もともとは民権思想家の中江兆民とは親友であり、頭山満の思想とは民権は国権が主導してこそ実現するという趣旨すべしというもので、民権派との違いはバランスの力点の置き方の違いであったことに注意したい

書評 『ナショナリズム-名著でたどる日本思想入門-』(浅羽通明、ちくま文庫、2013 新書版初版 2004)-バランスのとれた「日本ナショナリズム」入門

『足尾から来た女』(2014年1月)のようなドラマは、今後も NHK で製作可能なのだろうか?
・・安部政権の進める公共放送への介入に大いなる懸念を抱く

書評 『憲法改正のオモテとウラ』(舛添要一、講談社現代新書、2014)-「立憲主義」の立場から復古主義者たちによる「第二次自民党憲法案」を斬る

「国境なき記者団」による「報道の自由度2015」にみる日本の自由度の低さに思うこと-いやな「空気」が充満する状況は数値として現れる

(2014年2月3日、2015年8月1日、13日 情報追加)




(2012年7月3日発売の拙著です)





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end

2012年12月17日月曜日

「2012年総選挙」結果について ー この3年間はいったい何であったのか? 「一票の格差」の大きな「千葉4区」で考える


「2012年総選挙」結果に、この3年間はいったい何であったのか考えている。

わたしがいま住んでいるのは現職の首相が属している小選挙区である「千葉4区」という激戦区の一つである。「千葉4区」は船橋市全域がそれに該当する。

「千葉4区」の当選者は、現役の首相の野田佳彦氏であった。やはり現役の首相が落選するということはさすがにないようだ。

民主党による政権交代からちょうど二年-三人目の首相となった第95代内閣総理大臣の野田佳彦氏は千葉県立船橋高等学校の出身である という記事で書いたように、野田佳彦氏はわたしの高校の先輩にあたる人だ。いろいろと批判も多かったが、「解散」を決行したことは大いに称賛されるべきことだろう。自民党は野田氏には感謝しなくてはなるまい。

わたしは義理人情をそれほど重視しているわけではないが、小選挙区での選択にあたっては、そうすんなりと結論がでたわけではない。小選挙区においては当選者以外に向かった「清き一票」が「死に票」になってしまう可能性があるからだ。


自民党の大勝は地滑り的であったが・・・

選挙全体の結果は自民党が過半数を獲得、自民党と公明党で議席の 2/3 以上となる 325席を獲得し終わった。英語圏のニュース報道にもあるように、まさに自公による地滑り的勝利(landslide victory)である。

ここ数年の推移をみれば明らかなように、「郵政選挙」による自民圧勝、3年前の民主党圧勝、そして今回の自民圧勝と民主党の崩壊である。 あまりにもジェットコースターのような「政権交代」である。まことにもってめまぐるしい。

中道左派的な色合いのある民主党が政権をとったのは2009年8月30日に実施された総選挙であった。その際にわたしはこのブログで自民党の敗北にかんして 「Be a Good Loser !」という文章を書いた。一部採録しておこう。

個人的には、保守中道の政治路線で、政治理念をめぐって対立する二大政党が、選挙をつうじて政権交代の可能性をもつ、というのがもっとも健全な姿であると考える。

すでに結果が明らかになったいま思うのは、二大政党制は現代日本ではもはや成立不可能であるという事実である。二大政党制は戦後日本では幻想であったようだ。

勝利した自民党は報道によれば「気を引き締めている」ということだが、しかしながら人間というものはどうしても、のど元過ぎれば苦労を忘れて慢心しがちである。

自民党には気を緩めることなく、政権与党としてやるべき仕事を果たしてもらいたいものである。


小選挙区制には大きな問題がある

小党乱立状態は、プロレスでいえばバトルロイヤルのようなものだが、この状態が投票率が60%を切るという低さに現れたようだ。どこに投票したらいいかわからないから、投票をためらったという人も少なくないだろう。

わたしも、自分の一票が「死に票」にならないようにするためにはどうするかが最大の気がかりであった。

3年まえの総選挙が自民党に対する懲罰的な選挙行動の反映であった総選挙結果であることは明白であり、自民党は下野するこいとによって徹底的な改革を行い出直して欲しいと願ってのことであった。

今回、安倍晋三率いる自民党が単独過半数を獲得し、政権に返り咲いた結果となったが、これもまた政権党であった民主党への嫌悪感からでた懲罰的選挙行動であって、積極的な自民党支持とは言い難いのではないだろうか?

総選挙は英語でいえば General Election である。似た表現に General Strike があるが、最近はあまり流行らないゼネストのことだ。 General Election には総選挙という訳語が定着したのに、 General Strike はかつては総罷業という訳語もあったが、いまはまったく聞くこともない。

そもそもゼネストじたい、いまの日本では過去の遺物だが、2009年も2012年も総選挙は、積極的に誰かを支持する行動というよりも、NO をつきつけるゼネストに近い行動であったような気がしないでもないのだ。

しかし、何度も述べていいるように小選挙区制は政党というよりも個人のキャラクターに対する信任投票の意味合いが大きい。たとえ懲罰的行動を投票によって示そうと思っても、懲罰対象の政党に属する議員が当選してしまうと、批判票はすべて「死に票」となってしまう。

これが大きな問題となるのが小選挙区制における「一票の格差問題」である。

今回の総選挙においても、「千葉4区」と「高知3区」の「一票の格差」は、なんと前者が後者の 2.4倍(!)になるという。「千葉4区」の選挙民としてはなんともやるせない気持ちになる。

すでに訴訟も開始されたという。2009年の総選挙結果については、最高裁での違憲判決もでている。今回も間違いなく違憲判決がでるだろう。


復活した安部晋三はどれだけ続くのか?

「日本国内閣総理大臣 安倍晋三」の署名がなされた揮毫は、タイのバンコクでも見ることができる。平成19年(2008年)8月19日の日付である。

(日本の協力でできた泰日工業大学 右下に安倍晋三氏の揮毫 筆者撮影)


じつに短い在任期間の数少ない痕跡として写真に収めたのだが、まさか復活するとは思いもしなかった。

今回の総選挙で議席の 2/3 を確保した自公政権。来夏の参院選で 2/3 をとればいよいよ憲法改正が視野に入ってくることになる。改正手続きを定めた憲法96条がまずはターゲットだ。

憲法改正がひんぱんに行われるのがタイ王国であるが、それにくらべて日本は憲法改正には2/3以上の賛成というしばりがあまりにもつよく、新憲法制定以来いちども憲法改正が行われたことがない。あまりころころ改正されるのは問題だが、あまりにも硬直過ぎるのも問題だ。

まずは景気回復が新政権の至上命題であるが、憲法改正についても、そろそろ日本国民として議論の準備をはじめるべきであろう。

わたしにとって、この3年間の民主党政権時代とはいったいなんであったか? 

そんなことを考えようとおもった矢先、選挙日の昨日16日からウィンドウズが起動せず、そのためPCが立ち上がらないという事態に陥った。万策尽きてウィンドウズの「再インストール」を余儀なくされたのが昨日から本日にかけてのことであった。

ふと思い出したのは「創造的破壊」というコトバ。ウィンドウズの再インストールによってCドライブに保管していた文書がすべて失われたが、「3-11」の大津波ですべてを失った方々にくらべたら、比較にもならない。

このブログをはじめとしてクラウドに保管されていた文書は無傷であった。ブログを始めて3年強。わたしにとっての3年間とはブログの3年間であった。また、40歳代最後の3年間でもあった。

単なる破壊ではなく、新たな創造をともなうものでなくてはならないと思うのである。破壊を一新の機会に、心機一転の機会にするべきだと思うのである。もちろん、復旧は一筋縄にはいかないものであるが。

ピンチはチャンス! そう考えることによって、人間は前進することができるのであるのだから。




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(2012年7月3日発売の拙著です)





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