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2023年1月31日火曜日

書評『秋月悌次郎 ― 老日本の面影(決定版)』(松本健一、中公文庫、2013)―「 明治を耐えて生きた」会津人の後半生に静かな、そして深い感動を覚える

 


NHKの大河ドラマ「八重の桜」が放送された際に文庫化され購入したのであったが、あっという間に10年たってしまった。 

原本の出版は1987年とのことだが、不思議なことに読んでいて古さをまったく感じさせない。扱っている素材そのものが、そもそも昔の話であり、しかも時代を越えた存在である。だから、そう思わせるのであろう。 


(ラフカディオ・ハーンの『東の国から』)


熊本の旧制五校で同僚だった英語教師のラフカディオ・ハーン(=小泉八雲)『東の国から』(Out of the East, 1895)で「神のような人」と讃えた人。豊かなあごひげが白かったからだけではない。その前半生は、会津藩士として激動の幕末を生き抜いた人であった。その古武士のような存在に、ハーンは感嘆していたのである。 


(秋月悌次郎 Wikipediaより)


戊辰戦争においては、主戦派として会津藩の軍事奉行添役(副奉行)として奥羽列藩同盟の外交交渉に奔走敗戦に際しては白旗を掲げて降伏の申し役を努めることになった人。それが秋月悌次郎(1824~1900)である。明治維新を境にした後半生は、32年に及んだ。 

藩命によって学んだ幕府の昌平黌では、11年間にわたって学び、寮長として学生たちを教えた人。学識深い漢学者で漢詩人であった。資質と性行の異なる長岡藩の河井継之助との交流も興味ぶかい。はじめての出会いは山田方谷を訪ねた備中松山藩でのことであり、その後に西遊中の二人は長崎で深い交わりを結ぶ。

京都守護職となった藩主のもと、薩摩藩との同盟に大きな功労があった。 尊王的傾向ゆえ公武合体派に近く、会津藩内ではうとまれて左遷され蝦夷地に赴任。ふたたび京都に戻されたもののの、状況は激変していた。薩摩藩による裏切りは、会津藩をして徹底抗戦の途を余儀ないものとしたのであった。 


(戊辰戦争後の集合写真 長州藩士で戊辰戦争では敵味方の関係になったが、漢詩をつうじて心友であった奥平謙輔も一緒に)


戊辰戦争の敗戦後は、敗軍の将として終身刑の判決を受けるが、3年あまりで恩赦がでて、新政府の役人として出仕することになる。

3年あまりで官を辞したのは、生活のためとはいえ、敗者としてそんな生き方には恥ずかしさを覚え、心中では耐えがたいものがあったのであろう。すでに50歳となっていた。 

しかしながら、旧会津藩士の多くがそうであったような薩摩への復讐感情はもたず、極端な途を選ぶことなく保守主義者として人生をまっとうする。朱子学を深く学び、『中庸』の精神そのままを生きた人なのであった。 


(右から二番目の白鬚の老人が秋月悌次郎。真横を向いているのがハーン。真ん中は五校校長の嘉納治五郎)


漢学と倫理の教師として熊本の旧制五校の教壇に立っていたのは、明治23年(1890年)から28年までの5年間。65歳から70歳までの晩年のことである。 

各界で日本を率いていくべきリーダー育成にはたした役割は、「伝説の教師」として、ハーンや漱石と並んで、長きにわたって五校生のあいだで語り継がれていたらしい。 

存在そのものが、人間の生き方の見本となるようだった人。消えゆく旧世界そのものだったような人。そうであるにもかかわらず、学生たちにあたえた感化が大きかったのである。背中で教えたのである。人格そのものが感化したのである。 

著者の松本健一氏は秋月悌次郎のことを「懐かしい人」としているが、まさにその通りの感懐を読者に抱かせる。

70歳で五校生を引率した鹿児島修学旅行の帰途、「加久藤越え」の際のエピソードなど、目に浮かぶようだ。 
  
20歳前後の学生たちの先頭に立って、「エイ、エイ」とかけ声をかけながら気合いをいれて下山する老人。それはぬかるみ道ですべらないよう、枯れ草をまきながらのことであった。学生たちは、まさに背中で学んだのである。

ああ、そんな人がいたのだ。そんな世界がかつてあったのだ。静かな、そして深い感動を覚えるのである。  


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目 次
Ⅰ 秋月悌次郎 老日本の面影 
 第1章 神のような人
 第2章 法と道 
 第3章 詩と志
 第4章 永遠に守るべきもの
Ⅱ 非命の詩人 奥平謙輔
 第1章 「戦争」の会津
 第2章 「政治」の佐渡
 第3章 「革命」の萩 
Ⅲ 「老日本の面影」前後 
 秋月悌次郎 ― 維新の激動を越えて 
 加久藤ごえ紀行 
 司馬遼太郎と私 
増補・新版 あとがき
文庫版 あとがき


著者プロフィール
松本健一(まつもと・けんいち)
日本の評論家、思想家、作家、歴史家、思想史家。麗澤大学経済学部教授。 中国日本語研修センター教授、麗澤大学経済学部教授、麗澤大学比較文明文化研究センター所長、一般財団法人アジア総合研究機構評議員議長、東日本国際大学客員教授、内閣官房参与(東アジア外交問題担当)などを歴任した。主な著書に『近代アジア精神史の試み』(岩波現代文庫、アジア・太平洋賞受賞)、『日本の近代1 開国・維新』(中公文庫、吉田茂賞)、『評伝北一輝 全五巻』(中公文庫、毎日出版文化賞・司馬遼太郎賞)など多数。2014年没。(本データは『「孟子」の革命思想と日本』2014年が刊行された当時に掲載されていたものに wikipedia 情報で加筆)


PS 秋月悌次郎の生涯は歴史小説家の中村彰彦氏が小説化している

松本健一氏によれば、司馬遼太郎は「小説に書けるような存在ではない」と記していたそうだ。おそらく、松本氏の著書が呼び水となって「敗軍の将」で降伏の申し役となった秋月悌次郎の名誉回復がなされ、中村彰彦氏による歴史小説『落花は枝に還らずとも』(中央公論新社、2004年)につながったのであろう。




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2014年9月14日日曜日

書評 『学校をもっと元気にする47の熟議』(田中博史・柳瀬 泰=企画、工藤克己・ 間嶋哲・中村浩司・土居英一・小松 信哉、東洋館出版社、2013)-小学校教育の「現場」からの「下からの教育改革論」とその実践


最近つねづね思うのだが、すでに大人となってしまっている人間は、そう簡単に変わることはない。こんなことはあたりまえのことであり、もちろん自分としても重々承知していることなのだが、あらためてそう思わざるを得ないことが多すぎるのだ。

大人になる前の教育が大事なのではないか、と痛感しているのだ。

「人間は20歳までの経験ですべてが決まってしまう」といったのは、『長距離ランナーの孤独』が代表作の英国の作家アラン・シリトーらしいが、20歳前とは大学卒業以前であることになる。

高校、中学、小学校、幼稚園とさかのっていけば、いきつくところは生まれる前の胎教ということになってしまうが、それではいくらなんでもさかのぼりすぎだ。ターニングポイントとなる13歳より前、すなわち小学校から中学校の教育が大事なのではないか。現行の教育制度である小学校6年と中学校3年をあわせた9年間である。

いわゆる「K-12」における「小中高連携」が、教育界では大きなテーマとなってきているが(・・K12とは、6+3+3のこと)、問題として表面化してきているのが、小学校での英語教育をキッカケに表面化してきた小学校教育と中学校教育の齟齬(=かみ合わなさ)である。

授業担任制をとっている小学校と、科目ごとの専門担当制をとっている中学校では「文化」が異なり、小学校で英語授業を導入しても、中学校以降の英語教育との接続がうまくいっていないのである。そのため、かえって英語嫌いを作り出しているという批判が現場からでてきているようだ。予想通りの結果である。

早期教育論から導入が始まった小学校の英語教育だが、いわゆる「意図せざる結果」が働いているのだろう。教育もまた社会科学の研究対象であることはいうまでもない。

 『学校をもっと元気にする47の熟議』(東洋館出版、2013)という本がある。教育関連の専門出版社からでている本だが、玉川学園の有識者委員でご一緒させていただいている柳瀬 泰氏よりだいただいた。柳瀬氏も企画者で著者の一人でもあるである。幼稚園から大学院まで一貫教育を行っている玉川学園で有識者委員を、わたしはかれこれ10年ほど務めている。

この本は、「現場」を熟知している「スクールリーダー」の方々の「熟議」を、ナマの声として見える化した、教育現場の現状把握と問題提起の書である。「教育現場」に立脚点をおいた「下からの教育改革論」といってもいいだろう。ここでいう「学校」とは、小学校のことである。算数教育を専門とする有志の方々が蒔いた種が全国に拡がっているのである。

とかく教育論というものは、大上段に振りかぶった議論が多く、しかも参照枠が自分が子ども時代数十年前(?)の古い体験をもとにした話が多いという問題点をもっている。いずれも「現在の現場」を熟知したうえでの議論ではないため、一方的な批判やあるべき論という実現可能性の低い理想論に終始してしまいがちだ。

その意味では、本書に収録された6つの「熟議」のいずれもが興味深い。現場のスクールリーダーたちのナマの声で忌憚(きたん)のない議論が交わされている。いずれも建設的な議論である。批判のための批判ではなく、現場からの改善や改革の方向が見えてくるナマの議論である。

本書全体に一貫しているのは、教育の中心となるのは、あくまでも「授業」そのものであって、テストはその「手段」に過ぎないということだ。いくらテストでいい点をとっても、それは習熟における技能にかんする一側面に過ぎないのである。

授業とは、教師と生徒がいっしょに作り上げるものであって、教師による授業設計と周到な準備を前提に、教師と生徒とのインタラクション、生徒どうしのインタラクションによって実現する一回限りの LIVE のようなものだ。だからこそ、教師はプロフェッショナルでなければならないのである。

「熟議」のなかで興味深く感じたのは、活発に生徒に発言させる日本の小学校の授業は、海外からの視察が多いという事実だ。中学校以上は海外の学校とは変わらないが、小学校の授業は日本独自のものがあるからだという。

これは日本の小学校教育の強みである。これをどう「小中連携」につなげていくか、大いに「熟議」する必要があるだろう。日本人は小学校時代は生き生きしているのに、なぜか中学、高校と上がって行くにつれて「つまらない人間」になってしまう。小学校の授業は、いわばワークショップのようなものである。大人の学びの世界ではワークショップ型研修が普及してきている。その中間がどうもいけない。

意欲が乏しいのにかかわらず、国際的に点数が高い日本人。企業社会に蔓延している「やらされ感」は、学校にもある。これは生徒だけでなく、教員もまたそうであるようだ。外発性のモチベーションはやらされ感や面従腹背を招きがちだ。内発性のモチベーションをいかに引き出すかについて、さまざまな取り組みが必要だ。別の言い方をすれば、「当事者意識」をどう持たせるかということである。

小学校は担任制だが、個人事業主の集まりではないという指摘も重要だ。すべての教科を担当する小学校の担任制は、先生自身が生徒と「全人」として対応するうえでは大きな強みをもっているが、欠点としては専門性が弱いということにある。そのために学校としての組織対応が必要であり助け合いも必要だ。学校にもマネジメントも重要になってきているということに、大いに納得するものを覚える。

まず、「塊より始めよ!」である。「上からの改革」という理念ではない、「下からの改革」という実践。借り物ではない自前の取り組み。「現場からの改革」においてこそ、日本人の強みが発揮されるのである。

いま小学校の現場がどうなっているのか、どのような改革の動きがあるのか、マスコミによる皮相な報道とは違う、現場のナマの声を知ることのできる本書は、教育界以外の人も読む価値がある。






目 次

教育の活性化と実効化を目指す具体的提言
「当たり前」の見直しを通して「原点」の確認を  梶田 叡一

Prologue 動き出した全国熟議
 この学校の教師でよかった そう思える学校をつくるために  田中 博史
 実心、実言、実行 次代のスクール・リーダーへのメッセージ  柳瀬 泰

第1章 学校現場の当たり前を見直そう
 Scene-1 提起 手立てとねらいを結びつけて考える習慣をもとう
  1. 行進は必要か?
  2. 学校現場に存在する「当たり前」
 Scene-2 熟議 学校現場の当たり前を見直そう
  1. マンネリ化について
  2. こだわりをもった教師について
  3. 行事とルーティンワークについて
  4. なぜ学校現場のマンネリズムが起こるのか
 Scene-3 展望 「PDCAサイクル」を見直すことで学校は進化する
  1. CHECK を充実させる
  2. PLAN をつくり上げる
 エッセイ 半歩進む努力
 エッセイ 学びの創造と学びの共同体としての学校づくりをめざそう

第2章 教員育成の現状と改善策
 Scene-1 提起 即戦力の教員が求められている。授業力を高める教員育成が急務である
 Scene-2 熟議 教員養成・育成の現状と改善策
  1. 教員養成の現状とこれから大切にしたいこと
  2. 現場教員のための、教員育成について
  3. 復旧・復興へ向かう福島の教育「理数教育の充実」
  4. 復旧・復興へ、目の前の子どもたちのために
 Scene-3 展望 教員養成と教員育成
  1. 大学生時代にぜひ、これだけは……
  2. 教員になったら、子どもと保護者と共に成長できる自分
 エッセイ 子どもの「やる気」と「本気」
 エッセイ 教師のプロ

第3章 学力向上に向けてどうしたらいいのか
 Scene-1 提起 テストで学力は上がるか。スーパーティーチャーの役割
  1. 増え続けるテスト
  2. 新潟市のスーパーティーチャー制度
 Scene-2 熟議 学力向上に向けてどうしたらいいのか
  1. 教師に求められる様々な力
  2. 校内研修のあり方
  3. 残念な努力
  4. 授業力をアップさせるための近道
  5. スーパーティーチャー制度と憧れの教師像
 Scene-3 展望 子どもに任せ、憧れをもって授業力をつけよう
  1. テストのための授業から、授業改善のためのテストへ
  2. 子どもに任せてみよう
  3. 憧れの授業者を見つけよう
 エッセイ 組織やシステムづくりのポイント
 エッセイ あなたの学校はどのような子どもを育てたいのですか

第4章 「やってみたい」「やり続けたい」 小・中一貫教育校のつくり方
 Scene-1 提起 小・中一貫教育 「なぜ」つくるのか「どう」つくるのか
  1. 小・中一貫教育校を「なぜ」つくるのか
  2. 小・中一貫教育校を「どう」つくるのか
 Scene-2 熟議 「やってみたい」「やり続けたい」 小・中一貫教育校のつくり方
  1. 似て非なるそれぞれの小・中一貫教育
  2. 地域社会における小・中一貫教育の期待度
  3. .小・中連携を軌道に乗せるためにすべきこと
  4. 中学校の魅力づくりと小・中の連携の施策
  5. 小・中一貫カリキュラムのつくり方
  6. 学校運営の視点
  7. 教員のモチベーションを高める具体策
 Scene-3 展望 地域における小・中一貫教育推進のための七つの知見
  1. それぞれの地域にそれぞれの手段がある
  2. 地域との協働は必須要件
  3. 小五~中一の授業改善を起点に問題解決を図る
  4. 新たな手段も加えて推進する
  5. 小・中一貫カリキュラムは教師の手で
  6. 中期的な視座からの運営力が重要
  7. 九年間の成果を見取るシステムをつくろう
 エッセイ 魅力と活力にあふれ信頼される学校を目指して
 エッセイ 学校教育の良き伝統を発展させ自信を深めよう

第5章 学校現場はなぜ忙しいのか?
 Scene-1 提起 学校現場はなぜ忙しいのか
  1. 忙しくても充実していれば忙しいとは感じない
  2. 充実させるのは、まず授業である。学校全体で授業力の向上を図る
 Scene-2 熟議 学校現場は忙しいのか?
  1. 多忙感を解消するために
  2. やりたい・やってみたいと思う行事に
  3. 憧れのスペシャリストをつくる
  4. やってみたい校内研修にするために
 Scene-3 展望 達成感や充実感が教師の意欲を高める
  1. 憧れのスペシャリストをもつ。そういうスペシャリストを育てる
  2. 研究授業は自分のため、校内研修は自分を高める場
  3. 過去や既成のものを捨てる勇気も必要
 エッセイ 本物の教師に学ぶ
 エッセイ うれしかったことを分かち合うことから始めよう

第6章 教育委員会の施策が有効に機能するために
 Scene-1 提起 教育施策は、学校現場で有効に機能しているのか
  1. 学校現場の受け止め方
  2. 教育委員会の施策も含めて、活用できるものは何でも活用する
 Scene-2 熟議 教育委員会の施策が有効に機能するために
  1. キーワードは「やらされ感」
  2. 数値による評価について
  3. 施策や事業を学校にフィットさせる
  4. 学校の個性に応じた施策とは
  5. 研究指定や事業を学校活性化の原動力に
  6. 見えやすい成果と見えづらい成果
  7. 施策や事業が学校現場で有効に機能するために
 Scene-3 展望 教育施策を、学校現場で有効に機能させるためには
  1. 教育委員会の取り組みは「既製服」
  2. 学校が取捨選択できる「バイキング形式」の施策を
  3. 有効に機能するかどうかの鍵は、管理職の受け止め方

Epilogue 四七の提言


企画・著者プロフィール

田中博史(たなか・ひろし)
1958年山口県生まれ。筑波大学附属小学校教諭・研究企画部長。共愛学園前橋国際大学非常勤講師・全国算数授業研究会理事・基幹学力研究会代表、日本数学教育学会出版部幹事・学校図書教科書監修委員・“教育スクウェア×ICT”(NTTグループ)アドバイザー。またNHK学校放送番組企画委員として「課外授業、ようこそ先輩」「かんじる算数123」などの企画および出演。

柳瀬 泰(やなせ・やすし)
1958年東京都生まれ。1981年より東京都公立小学校教諭、その間、全国算数授業研究会理事、日本数学学会誌編集幹事。玉川学園有識者会議委員。1999年より指導主事・統括指導主事、都公立小学校校長を経て、2008年より目黒区教育委員会指導課長。現在、三鷹の森学園三鷹市立高山小学校校長。





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書評 『梅棹忠夫 語る』(小山修三 聞き手、日経プレミアシリーズ、2010)
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