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2024年12月29日日曜日

書評『朝鮮民衆の社会史 ― 現代韓国の源流を知る』(趙景達、岩波新書、2024)― 朝鮮史の「全体像」は上からの「政治史」だけを見ていてもわからない。下からの視線である「社会史」が必要だ



先日(2024年12月3日)に韓国で起こった「大統領による上からのクーデター」。 クーデターじたいは、あっという間に短時間で収束し、失敗に終わっているが、大統領や代行していた首相の弾劾など、その後に動きを見ていると、まさに李朝時代の「党争」の現代版としか思えない。 

その点にかんしては、『朝鮮半島の歴史 政争と外患の600年』(新城道彦、新潮選書、2023)という本を読んで大いに納得したわけだが、いかんせんこの本は「政治史」が中心で、つまり支配者についての記述が中心なので、朝鮮半島の全体像を知るには欠けるものがある。 

そのため、さらに『朝鮮民衆の社会史 ー 現代韓国の源流を知る』(趙景達、岩波新書、2024)を読むことにした。下からの視線である「民衆史」を中心とした、「社会史」でみた朝鮮半島600年の歴史である。 

李朝以来の朝鮮半島600年は、基本的に「朱子学原理主義国家」のような体制であり、仏教は山に追いやられていったが、女性を中心とした被支配層においてはシャマニズムが濃厚に息づいてきたというのが、基本的にわたし自身の理解であった。 

だが、本書を読むと、民衆世界ではシャマニズムにとどまらない豊穣な世界があったことを知ることになる。 

著者の記述にしたがえば、朱子学は支配層が奉じる「ヘゲモニー教学」であり、「一君万民」や「儒教的民本主義」が理念としてて掲げられていた。支配者層が上からの「教化」によって民衆レベルまで朱子学を徹底しようとしたものの、かならずしも徹底していたわけではない。
  
もちろん、支配者層のあいだでは、朱子学の解釈をめぐって政治的な党派争いが「党争」となっていた。「科挙」に合格すると官僚としての出世につながるので、一族郎党がむらがってくる結果、金銭的な腐敗が進む。朱子学と科挙のもたらす弊害である。 

朱子学の「正統性」を際立たせるために、朱子学以外の仏教や道教、シャマニズムの存在まで否定していなかったこと、朱子学そのものも本家本元の中国とは違って、朝鮮独自の運用が行われていた。 

その最たる例が、極端なまでの「男尊女卑」である。女性の地位の低さには、あらためて驚くばかりであり、だからこそ女性たちは仏教やシャマニズムに救いを求めていたのである。 

本書が面白いのは、同時代の江戸時代の日本との比較が随所に見られることだ。「兵農分離」が徹底していて「村」が完結的な独立単位として機能していた江戸時代の近世日本と違って、朝鮮社会においては、早い段階から流動性がきわめて高い社会だった。この違いはきわめて大きい。日本と違って、18世紀の早い段階ですでに流動化が活発化しているのである。 

多面的に民衆世界を描いている本書が、著者の専門だけあって「第5章 民衆運動の政治文化」は読み応えがある。スタティックな記述から、一気にダイナミックな記述に変化していくからだ。 

新書本だが、ひじょうに濃厚な内容なので、このテーマに関心のある人でなければ読み通すのは苦労するだろうが、韓流ドラマや韓国映画で描かれたフィクションとは異なる、リアルな民衆世界を知るために読むべき本であると言っていいだろう。 

どんな歴史もそうだが、上からの視線である「政治史」だけでなく、下からの視線である「社会史」をあわせて見ないと全体像は見えてこないのである。 


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目 次
まえがき 
第1章 朝鮮社会の儒教化 
 1 儒教国家の誕生とその理念 
 2 儒教社会の現実と両班 
第2章 民衆の生活と文化 
 1 村と食の文化 
 2 村の賑わい 
 3 民衆の精神世界 
第3章 周縁的民衆の世界 
 1 賤民社会の諸相 
 2 最下賤民白丁(ペクチョン)の悲哀 
 3 褓負商(ポブサン)の社会 
第4章 女性のフォークロア 
 1 宮女と妓生(キーセン) 
 2 女性と婚姻 
 3 女性の自由と宗教 
第5章 民衆運動の政治文化 
 1 不穏の時代 
 2 民乱の時代 
 3 民衆反乱のフォークロア 
第6章 近代化と民衆 
 1 甲午改革と民衆 
 2 新しい政治文化の誕生と民衆運動 
 3 民衆の迷走と覚醒 
第7章 周縁的民衆の覚醒 
 1 義賊の時代 
 2 褓負商(ポブサン)の近代 
 3 白丁(ペクチョン)の近代 
 4 近代化と女性 
第8章 民衆の行方と現代 
 1 三・一運動と民衆 
 2 儒教国家の過去と現在(儒教国家の現実 這い上がりと分かち合いの社会/現代韓国の政治文化)
あとがき 
主要参考文献

 

著者プロフィール
趙景達(ちょ・きょんだる)
1954年生まれ。中央大学文学部卒業、東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程中退。同大人文学部助手を経て、千葉大学文学部助教授・教授となり、2020年3月退職。著書に『異端の民衆反乱 ー 東学と甲午農民戦争』など多数。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)



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2024年12月28日土曜日

書評『朝鮮半島の歴史 ― 政争と外患の600年』(新城道彦、新潮選書、2023)― 韓国の現在を理解するためには、遠回りだが歴史を見よ

 

 先日(2024年12月3日)のことだが、韓国で44年ぶりに実施された「戒厳令」、これは実質的に「大統領による上からのクーデター」であったが、あっけなく6時間で収束し、結果として失敗に終わった。だが、この後遺症は長く尾を引きそうだ。 

「クーデター」の是非は脇に置いておくが、短時間で収束した件にかんして、韓国の民主主義がすばらしいなど、この日本でも礼賛する声があがっている。だが、笑止千万と言わざるを得ない。現在の韓国の状況は、李朝時代の「党争」の現代版としかいいようがないからだ。 

経済学用語に「経路依存性」(path dependency)というものがある。歴史的に形成された民族の個性は、政治のあり方にも発揮されることを指しているが、朝鮮史の600年を振り返れば、朝鮮半島の現在も手に取るようにわかるというものだ。 

そこで、『朝鮮半島の歴史 ー 政争と外患の600年』(新城道彦、新潮選書、2023)を読むことにした。昨日、読了した。  

ようやくこのような、まともな朝鮮史が書かれるようになったか、というのが正直な感想だ。「政争と外患」という切り口で描いた朝鮮史は、朝鮮半島を理解するために、きわめて有用なものの見方である。 

本書は、李朝誕生の前後から、日本による侵略という「朝鮮の役」と「日韓併合」による植民地時代を経て、「分断」という形で<独立>を回復して以降の600年を通史として描いている。

このカッコ書きの<独立>というのがミソである。なぜなら、明朝から清朝にかけて中国の「冊封体制」のなかにあって「属国」でありつづけた朝鮮(半島)は、真に「独立」していたといえるのは、「冊封体制」から解放され「大韓帝国」を名乗った1897年から「日韓併合」(1910年)までの短期間に過ぎないからだ。

朝鮮史を通史として読むと、正直いって面白い時代と、まったくもってつまらない時代で構成されていると言わざるを得ない。中国や日本など周辺諸国が「外患」としてダイレクトにからんだ時代は面白いが、後者の「外患」はないものの、政治的な党派党争に患わされた時代は読んでいてつまらないし、くだらない「党争」は読んでいてバカバカしくなってくる。 

秀吉による「朝鮮の役」による国土の荒廃、さらに女真族(=満洲族)が建てた清朝への屈服を経て、朝鮮半島は平衡状態に落ち着くことになる。 

だが、18世紀の朝鮮史は「日本の古代史」のようだ。19世紀後半になって、国王の外戚が政治を支配するようになるが、それでは王朝時代の「平安時代」と変わらない。18世紀半ばは、日本では徳川時代は吉宗の時代だ。「近代化」への道が始まった日本との差はあまりにも大きい。 

朝鮮半島がやっかいなのは、「外患」にわずらわされた時代にも「政争」が複雑にからんでいることにある。これは「半島」という地政学的な立ち位置からくるものだが、それにくわえて朱子学内の分派党争が政争を生み出しているからである。

さらに18世紀末以降は北京から入ってきた天主教(=カトリック)が絡んでくる。この点は、キリシタンが弾圧されていた日本との違いである。

朝鮮半島を中心に、東アジアの近代史を専攻する著者の本を読むのはこれがはじめてだ。朝鮮史をテーマにした本は多いが、そのなかでは、かなりまともな本である。 

偏ったイデオロギーに左右されることなく、日本人の立場から、あくまでも史実をベースに公平に朝鮮史を見ようとしている点に好感を感じる。朝鮮史は、北であれ南であれ、イデオロギーに左右される度合いがあまりにも大きすぎるからだ。 

それだけに、この本の執筆はなかなか大変だったのではないかと推測している。帯には推薦文が掲載されているが、読者からの反応としては、好意的なものだけでなく、批判も多いのではないかな、と。 

繰り返すが、「党争」にあけくれた朝鮮半島の18世紀は、まったくつまらないので、読んでいて苦痛以外のなにものでもない。だが、それ以外は面白い。

もちろん、日本人が読んで面白い時代というのは、当事者である朝鮮半島の住民にとっては、苦難以外のなにものでもなかったことは重々承知のうえでの感想であるが・・・ 


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目 次
はじめに 
第1章 朝鮮王朝の建国(王氏から李氏への易姓革命/支配基盤の整備/揺らぐ王権/熾烈な派閥争い) 
第2章 華夷秩序の崩壊と朝鮮の危機(日本の侵略/迫りくる女真族の脅威/清の侵略と朝鮮の属国化) 
第3章 終わりなき政争と沈みゆく王朝(蕩平策の功罪/勢道政治と相次ぐ民乱/大院君と閔氏の争い/朝鮮を開いた日本の挑発と清の勧告) 
第4章 清・日本・ロシアの狭間で(親日と親露の角逐/大韓帝国の成立/日本による韓国併合/抗日独立運動の諸相) 
第5章 朝鮮半島の分断(戦後の主導権争い/遠のく独立/国家樹立の理想と現実/朝鮮戦争の帰結) 
おわりに
あとがき
参考文献

著者プロフィール
新城道彦(しんじょう・みちひこ)
1978年、愛知県生まれ。九州大学大学院比較社会文化学府博士後期課程単位取得退学。博士(比較社会文化)。長崎県立大学非常勤講師、九州大学韓国研究センター助教、新潟大学大学院現代社会文化研究科助教などを経て、フェリス女学院大学国際交流学部教授。専攻は東アジア近代史。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)



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2024年4月30日火曜日

書評『ねじ曲げられた桜 ― 美意識と軍国主義 上・下』(大貫恵美子、岩波現代文庫、2022)― 象徴人類学の手法で描いた桜をめぐる日本人の美意識の歴史と明治新政府の制度設計者たちの誤算

 

『ねじ曲げられた桜 ー 美意識と軍国主義  上下』(大貫恵美子、岩波現代文庫、2022)という本を読んだ。もともとは英語で出版された学術書の、著者本人による日本語版(2003年)の文庫化である。

「象徴人類学」の手法で描いた、桜をめぐる日本人の「美意識」の重層的な歴史と、明治新政府の制度設計者たちの誤算と結びついて悲劇的な結末を招くことなった桜の「美意識」。ごくごく短く要約してしまえば、そんなことになるだろうか。

著者のそもそもの出発点は、教養あるエリート青年たちを「特攻」に「志願」させ死に追いやったのは誰か? なぜかれらは死ななけければならなかったのか? そういう根源的な疑問と激しい怒りである。

米国の詩人で哲学者であったエマソンの名言 "Hitch your wagon to a star" (=君のワゴンを星につなげ)をモットーに掲げ、高みを目指した「理想主義」のもと、内外にわたるきわめて広範囲におよぶ読書と思索を行っていた「教養主義」時代のエリート青年たち。

けっして無駄死にとは言いたくないが、「散華」(さんげ)と表現されたかれらの死は、あまりにも残酷であり、日本が失ったものの代償は計り知れない。たとえ、あらかじめ決められた死を運命として受け取り、苦悶しながらも、その意味を深く考え抜いた記録が日記として残されたとしても。


直訳すれば、『カミカゼ、桜花、そしてナショナリズム ー 日本史における美学の軍事化』となる。いかにも学術書らしいタイトルである。日本語版の「ねじ曲げらた枝」は、哲学者カントに由来する政治思想家アイザイア・バーリンの表現 The Crooked Timber of Humanity を援用したものだ。




「軍国主義」が徹底的に批判され、忌避されてきたのが敗戦後の日本だが、それにもかかわらず桜の花だけは、かつて「見事に散りゆく花」として特攻のシンボルとなっていたことなど想起されることもなく、毎年のように繰り返し楽しまれてきた。

それは各種の SNS への投稿をみたら一目瞭然だろう。日本人にとって花といえば桜をさしているが、咲いている期間のきわめて短い桜の開花を喜び、一分咲き、二分咲きと咲いていくプロセスを楽しみ、そして満開の桜を心の底から楽しむ。

しかしながら、散りゆく桜のことを惜しんでも、特攻隊のことが想起されることなどほとんどない。

なぜなら、「桜をめぐる日本人の美意識」は平安時代以降、千年をこえる長い歴史をつうじて重層的に形成されており、たかだか150年に過ぎない「近代日本」など、その一部分に過ぎないからだ。けっして健忘症がその理由ではないだろう。

だが、わたしたちは、明治新政府の制度設計者たちの誤算が招いた悲劇について自覚しなくてはならないのである。


■シンボルによるコミュニケーションで発生する「相互誤認」

言語には依存しない、桜の花というビジュアルなシンボルであるからこそ、満開に咲いて、そして(いさぎよく)散る桜の花は、政府にとってはシンボルとして大きな成功を収めたのである。

「発信する側」と「受け取る側」でシンボルにかんする解釈の違いがあるにもかかわらず、誤解しながらもコミュニケーションが成立していたのである。

そこにあったのは「相互誤認」である。著者がキーワードとして使用する、フランス語由来の「メコネサンス」(méconnaissance)である。よく言われるように、「コミュニケーションはディスコミュニケーション」なのだ。

怒濤のように押し寄せる西洋諸国家に対抗すべく、近代化のプロセスを加速した明治政府は、本来の日本文化にそぐわない「父性的な天皇」を、キリスト教的な「パストラル・モデル」にのっとり、朱子学によって補強して構築した。そして、大元帥としての天皇をいただく近代軍隊のシンボルに桜花を採用したのである。

愛国心の涵養とネーション(=民族、国民)は、天皇への忠誠という形をとって、モデルとした近代西洋をはるかに超える存在となった。著者が注意喚起しているように "pro patria mori" と "pro rege et patria mori" が区別されることなく一体化したのが「近代日本」であった。

"pro patria mori" は、古代ローマの詩人オウィディウスの詩句に由来するラテン語の表現だが、その意味は「国(くに)のために死ぬ」という意味だ。

 "pro rege et patria mori" は、その詩句をもじったもので「王と国のために死ぬ」という意味になる(下線に注意!)。おなじ「愛国心」といっても、忠誠の対象が「国(くに)という抽象的な共同体」であるか、国王という「生身の身体をもった人間」に対するものも含まれるのかという違いがある。そして、この違いは大きい。

儒学の徳目である「忠」と「孝」。後者の「孝」は自分の親に対するものであり、前者の「忠」は主君に対するものである。儒学においては本来、「孝」は「忠」に優先するが、江戸時代に発展した日本儒学においては「忠」が「孝」に優先し、「忠孝」という形で一体化した。

明治政府は、この「忠孝」の対象を天皇に一元化すべく、朱子学をフルに活用して制度設計したのである。しかも、大日本帝国憲法の設計段階において、ドイツ人アドバイザーたちの意見を振り切って、ある条項を挿入している。「神聖にして犯すべからず」にして、「万世一系」の天皇という条項である。

中世の政治思想研究者であるエルンスト・カントロヴィッチの名著『王の二つの身体』(King's Two Bodies)は、「生身の身体をもった王」と「制度としての王政」の相克について語ったものだが、明治政府は「大日本帝国憲法」に挿入した「神聖にして犯すべからず天皇、万世一系の天皇」条項によって、「王の二つの身体」を解決したのであった。

そして、日清と日露の対外戦争をつうじて19世紀の終わりまでには「ネーション」の形成に成功する。だが、その結果もたらされたのは、制度設計者が考えもしなかったような破滅的敗戦という悲劇的結末であったのだ。まさに社会科学の重要テーマである「意図せざる結果」がもたらされたのである。

桜の花をシンボルにした日本のナショナリズムは、すでに見てきたように国粋主義のなかから生まれてきたものではない。日本文明と西欧文明が交差するところに形成されたのである。グローバルの媒介なくして、ナショナルなものは成立しえないのだ。

そして特攻隊員として散っていった学徒たちもまた、グローバルとナショナルが交差する場所に身を置いていたのである。





■学術書を一般書として読むために

本書は基本的に学術書なので、議論の進め方や記述にややまどろっこしいものを感じる。

もともと英語読者向けに英語で書かれた本なので、日本語をつかう日本人なら、ある程度まで「常識」として知っていることまで、詳細に説明されるのは、正直いってくどいという感想は否定できない。

だから、そういう記述は飛ばし読みしてもかまわないだろう。重要な事項や指摘にかんしては、繰り返しでてくるので問題はない。学術目的の読書でなかれば、「注」もあえて参照する必要はない。

ただし、「付録 ー 特攻隊員4人の読書リスト」は、戦前の「教養主義」時代のエリート青年たちの読書について知るための貴重な資料である。ぜひその詳細に目を通して欲しい。

著者をしてこの研究に向かわしめた特攻隊員たちの手記にかんしては、全12章のうち1章を占めるに過ぎない。日本語版出版後、日本語読者からの反応は、特攻隊員として散っていたエリート青年学徒たちのことをもっと知りたいという要望であったという。


内容的には重なるものが多いが、『ねじ曲げられた桜』では取り上げられていない手記にかんする紹介と考察があるので、あわせて読むべきであろう。


(画像をクリック!)


目 次 
はじめに
序章
第1部 
 第1章 桜の花と生と再生の美学
 第2章 もののあわれの美的価値―咲く桜から散る桜へ
 第3章 仮想の世界の美と桜―自己と社会の規範を超えて
 第4章 文化的ナショナリズムと桜の花の美的価値
第2部 
 第5章 天皇の二つの身体―主権、神政、軍国主義化
 第6章 桜の花の軍国主義化―桜の花が戦没兵士の生まれ変わりになる過程
 第7章 国土の象徴としての桜の花―民衆の軍国主義化

(以下は文庫版下巻)

第3部
 第8章 「運命を選ぶ自由」―特攻隊の成り立ち
 第9章 特攻隊員の手記
第4部
 第10章 国家ナショナリズムとその「自然化」の過程
 第11章 グローバルな知的潮流を源泉とする愛国心
 第12章 幹を曲げられた桜
注
引用文献(文庫版では上巻に収録)
付録 ー 特攻隊員4人の読書リスト(下巻に収録)
岩波現代文庫版あとがき
解説(佐藤卓己)
索引

著者プロフィール
大貫恵美子(おおぬき・えみこ )
神戸市生まれ。津田塾大学卒業。1968年、ウィスコンシン大学人類学博士号取得。ウィスコンシン大学ウィリアム F.ヴァイラス研究専任教授。アメリカ学士院正会員。日本語の主な著書に『日本人の病気感』『コメの人類学』『日本文化と猿』などがある。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものに加筆)



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・・特攻隊は海軍の大西中将の発案であった。大西中将は特攻隊として有為の若者たちを死に追いやった責任をとって自決したが、その他の海軍将校たちはのうのうと戦後社会を生き抜いた

・・東京商大で高島善哉の弟子であった著者は、学徒出陣ではなく海軍に志願する



■桜の花




■人類学の実践






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2023年10月15日日曜日

書評『江戸の学びと思想家たち』(辻本雅史、岩波新書、2021)ー 「教育思想史」を「メディア論」で考える。タイトルから想像する以上に斬新な切り口による江戸時代思想史


この本はいい。思っていたより、はるかにすばらしい内容の本だ。

「教育思想史」を「メディア論」で考えた本である。タイトルから想像する以上に、斬新な切り口の江戸時代思想史なのである。  

メディア論から思想史を読む。それも、たんなる思想史ではなく、教育社会史の立場からする思想史だ。その点が、思想的にインパクトを与えた思想家にばかり注目する一般の思想史家とは違うところなのだ。

登場する思想家は、山崎闇斎、伊藤仁斎、荻生徂徠、貝原益軒、石田梅岩、本居宣長、平田篤胤と一流どころがそろっている。これだけ見たら思想史入門にほかならない。

しかしながら、本書はありきたりの思想史の本ではない。

思想家たちが、どのようにして自分の思想を伝えようとしたのか、その伝達の方法とインタラクションについて具体的に語られている。発信側ではない、受信側との双方向のコミュニケーションが重要なのである。教育史ならではの着眼点である。

京都の山崎闇斎は、ワンウェイの一方的な講義(レクチャー)。伊藤仁斎は京都の町人サークルのなかでの独習と会読。江戸時代中期の荻生徂徠は「古文辞学」という独自の方法論を編み出し、書物という形で思想を表明している。中国の古代言語解釈の方法論は、国学や洋学にも大きな影響を与えている。それぞれ古文と蘭語文献の解読である。

現代ではもっぱら『養生訓』の著者としてのみ知られているが、じつは貝原益軒は生涯にわたって100を超えるタイトルで啓蒙書を出版している多作家である。朱子学を学んだ儒者ではあったが、漢文ではなく一般人にも読めるような和文で執筆しているところがえらいのだ。

出版による思想の伝達は、儒者の荻生徂徠や貝原益軒以降、国学の本居宣長や平田篤胤に継承されている。

日本は金属活字ではなく木版であったが、中国や西洋とならんで活字による出版が盛んであったのだ。メディアとしての出版文化の、アカデミズムに対する優位性は、現在に至るまでつづいている日本的特性であるといえよう。

石田梅岩は、「声」の重要性を再発見した人である。儒学を本格的に学んだわけではないので儒者たちからはバカにされていたが、商人出身で実践的知性の持ち主のかれは一般大衆を相手にした講釈を行った。「道話」という方法論は、弟子たちによって発展継承された。

本書は一般書であるが、きわめて重要な指摘の数々がある。そのうちいくつかを引用しておこう。江戸時代後期における朱子学の重要性と、民衆教化における石門心学の社会的位置づけについてである。

老中首座松平定信は、多方面にわたる改革のなかでも、とりわけ人びとの内面にかかわる思想や学問のあり方に目を向けた。定信の改革は、政策対象として「民心」を「発見」したことに画期的意味があった。 
「(寛政)異学の禁」(朱子学を正統な学として、幕府の学校での朱子学以外の学問=異学を禁止した政策)は、通常言われるような、たんなる封建反動や思想統制策ではない。朱子学を理念の柱にし、民心も視野に入れた構想力豊かな改革であった。(・・・中略・・・)定信が改革政治の一環として注目したのが、石門心学であった。(P.168)

朱子学者としては山崎闇斎があげられているが、江戸時代の思想家たちは、いずれも朱子学を学んで、それをベースに自分の学問を構築した人たちである。

朱子学はそれ以降は思想としては大きな発展はなかったものの、官学化された江戸時代後期の19世紀以降は、朱子学は武士を中心に「教養」として大いに学ばれることになる。

また、江戸時代の「学びのあり方」が、地球時代の現代においても重要な意味をもっていることは、まとめともいうべき一文に表現されている。「天人合一」思想とその豊かな意味について語ったものだ。


朱子学は、天地自然を一貫する「理」に己がつながることで、本来の自己が回復できると考えた。
仁斎は、天を体現した孔子との一体化に人倫日用の根拠を見いだした。
徂徠は、天にもとづいて文化・文明を創造した聖人(五経)を回路として人間社会のあり方を構想した。
宣長や篤胤の国学は、天照大神のうちに天(天地自然)を読み込んだ。
梅岩も含め、いずれもが天地(大自然)の根源性を認め、そこにつながることで自己を定位していた。とすれば、自己が天地につながる方法、それこそが江戸の<学び>であったといってよいだろう。(P.221)


タイトルからはうかがい知ることができないほど、内容は濃く、しかも読みやすい。長年にわたる著者の教育社会史と教育思想史の総決算ともいうべき本である。

ぜひ一読をすすめたい。




目 次 
序章 知のつくられかた 
第1章 「教育社会」の成立と儒学の学び
 1 文字の普及と文字文化
 2 商業出版の登場
 3 儒学の学び
 4 「教育社会」の成立
第2章 明代朱子学と山崎闇斎 ― 四書学の受容から体認自得へ
 1 四書学の需要 ー 江戸前期の朱子学者たち
 2 山崎闇斎 ー 文字を超えた「講釈」の学
第3章 伊藤仁斎と荻生徂徠 ― 読書・看書・会読
 1 伊藤仁斎 ー 独習と会読
 2 「論語空間」の発見
 3 荻生徂徠 ー 学問の方法について
第4章 貝原益軒のメディア戦略 ― 商業出版と読者 
 1 益軒の学びと学問
 2 「天地につかえる」思想
 3 益軒本の読者
第5章 石田梅岩と石門心学 ― 声の復権 
 1 石田梅岩の学び
 2 開悟からの語り出し 
 3 石門心学の創出
 4 「道話」の発明
 5 石門心学の歴史的位置
第6章 本居宣長と平田篤胤 ― 国学における文字と声
 1 儒学の学問圏からの脱出
 2 声の共同性
 3 宣長の知のメディア 
 4 平田国学における声と文字
 5 講釈講説家・篤胤の登場
終章 江戸の学びとその行方 ― 幕末から明治へ
 1 明六社ー漢学世代の洋学受容
 2 中村敬宇
 3 中江兆民
 4 「型」と自己形成
 5 メディア革命と知の変容
あとがき
主要参考文献

著者プロフィール
辻本雅史(つじもと・まさし)
1949年、愛媛県生まれ。1978年、京都大学大学院教育学研究科博士課程退学。文学博士(大阪大学)。京都大学、国立台湾大学、中部大学の各教授を経て、中部大学フェロー、京都大学名誉教授、中部大学名誉教授。専攻は日本思想史、教育史。著書多数。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)


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(2023年11月7日 情報追加)


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