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2012年7月30日月曜日

ETV 「日本人は何を考えてきたのか」 第8回「人間復興の経済学をめざして-河上肇と福田徳三」は見るべき価値のある番組


「日本人は何を考えてきたのか」 第8回「人間復興の経済学をめざして」 が、昨日(2012年7月29日)にNHK・Eテレで放送された。90分間の内容の濃い番組であった。

取り上げられたのは、大正時代の2人の実践派の経済学者、河上肇(1879~1946)と福田徳三(1874~1930)。まずは、放送内容を公式ウェブサイトから引用させていたくとしよう。

大正から昭和の時代、貧困などの社会問題に取り組んだ経済学者がいた。日本のマルクス経済学研究の草分け、河上肇、そして厚生経済学を提唱した福田徳三である。二人は、論争し合いながら、日本に経済学を普及させていった。
河上は、ヨーロッパ留学で資本主義社会の矛盾を目の当たりにし、「貧乏物語」を発表、時代を代表するベストセラーとなる。しかし、同書が批判を受けると、マルクス主義経済学の研究を続け、資本主義経済の枠組みそのものの変革を目指すようになる。河上の思想は日本のみならず、毛沢東、周恩来ら中国にも影響を与えていく。
一方、ドイツで学んだ福田は、生存権、労働権を主張し、社会政策への強い関心を抱いていた。関東大震災の直後に被災地を歩いて、社会調査を行い、「復興経済」を被災民の立場にたって構想した。晩年に厚生経済学を研究し、今日の福祉国家構想の先駆けとなった福田の研究は3-11後、改めて注目を集めている。 

一般的な知名度からいったら、はるかに河上肇のほうが知られているだろう。

わたしも、名著『貧乏物語』は、わたしは社会科学を学び始めた大学一年のときに読んで感銘した思いがある。これぞ、「人間の顔をした経済学だ」、と。これは、その当時よく耳にすることのあった「人間の顔をした社会主義」のもじりである。

大学卒業までには、河上肇の『自叙伝』を全巻読み通した。岩波文庫で全五巻のボリュームのある自伝である。

だが、社会主義からマルクスに至り、さらには非合法の共産党に入党して地下に潜った河上肇の思想に心酔したわけではない。宗教に根ざした、そのきわめて求道的な生き方に共鳴したというわけだ。河上肇は経済学者というよりも、求道者が経済学をもって現実に肉薄したというべきかもしれない。

貧困発生の原因を個人ではなく、社会科学的に捉えようとした河上肇の『貧乏物語』は、格差社会が進行するなか、ふたたび脚光を浴びるようになってきた。あえて説明するまでもなく知名度は高いといっていいだろう。

「日本経済学の父」である福田徳三は、一般的な認知度は低いかもしれない。だが、晩年にたどりついた厚生経済学の観点から、関東大震災後の復興について奔走した人であったことを知っておきたいものだ。



 
(講談社学術文庫から復刊された福田徳三の代表的著作)


放送でも紹介されたように、福田徳三はキリスト教徒であり、聖書を愛読していた人であり、経済学と倫理は切っても切り離せない関係にあった。また、ギリシア語やラテン語までこなす語学の天才でもあった。一橋大学と慶應義塾大学においては、「日本経済学の父」として記憶されているはずだ。

河上肇と福田徳三の二人の経済学者はライバルであり、わたしも大学時代に大きな影響を受けた。わたしは、卒論でこの二人のエピソードを取り上げている。

あるとき、岩波書店からでていた『河上肇全集』を開架式の図書館でパラパラとページをむくっていたら、二人の若き日のエピソードが目にとまった。

福田徳三は、経済学理論だけでなく、経済政策という実践、さらには経済史まで、経済学にかかわるすべてにつうじていた草創期の独創的な学者である。その彼には、「トマーゾ・ダキーノの経済学説」という論文があり、聖トマス・アクィナスの『神学大全』(スンマ・テオロギカ)から経済理論を抽出して論じた文語体の論文がある。

聖トマス・アクィナスは、キリスト教神学をアリストテレス哲学によって体系化したドメニコ会の大学者で、その経済理論も基本的にアリストテレスの「流通の正義」に則っている。

わたしはこの福田徳三の論文を読んで、経済学説史、経済思想史における「利子禁止」説について、広くかつ深く知ることができた。中世ヨーロッパでは高利(usury)は禁止されていたのである。

内容はさておき、この論文を「国家学会雑誌」に掲載するために自宅まで取りに行ったのが、若き日の河上肇なのであった。そのことが河上肇の回想として記述されていたのであった。

福田徳三は、その晩年には、モスクワで開催された国際会議の場で英国代表のケインズと激しくやりあったというエピソードもある。きわめて論争的な人であった。


河上肇も福田徳三も、あくまでも人間を軸において経済を考えていた点が、現在とは大きく違うところかもしれない。

英語の Economics は、もともとの意味が「家政学」であるのに対して、日本語の「経済」は、江戸時代以来の「経世済民」の略であるという点の違いかもしれない。「経世済民」とは、「世を経(おさ)め、民を済(すく)う」という意味である。

アリストテレスやトマス・アクィナスを持ちだすまでもなく、スコットランド出身のアダム・スミス自身が、一般に『国富論』と訳されている『諸国民の富』(The Wealth of Nations)を出版するまえに、『道徳感情論』(The Theory of Moral Sentiments)を出版していたことを知れば、経済と倫理が密接な関係にあることは、本来は自明なことなのだが・・・・。

「経世済民」の略である「経済」というコトバをもつ日本語もまた、そもそも経済とはきわめて倫理的な性格が強かったことを示していることを思いだしたいのである。

とはいえ、こういう番組でふたたび「人間に軸を置いた」経済、すなわち「「人間復興の経済学」に脚光があてられることは、日本の未来のために、たいへん喜ばしいことであるといってよい。

再放送の機会があれば、ぜひ見てほしい番組である。いろんなことを考えさせてくれる番組である。









<関連サイト>

国立の達人:一橋大学:福田徳三 (一橋新聞サイト)


<ブログ内関連記事>

・・一神教の宗教思想と経済との関係について経済思想で考える

「宗教と経済の関係」についての入門書でもある 『金融恐慌とユダヤ・キリスト教』(島田裕巳、文春新書、2009) を読む・・同上。この二つのブログ記事で、一神教の宗教思想と経済思想については、ほぼ書き尽くした


(2012年7月3日発売の拙著です)




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