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2014年12月31日水曜日

『禁断のレシピ』(多賀正子・枝元なほみ、NHK出版、2014)は、「大人の絵本」。たまにはカロリー気にせず豪快に食べまくりたい!


『禁断のレシピ』は、2014年に出版されて話題になっているレシピ本である。

「禁断の・・・」というタイトルじたいに「そそる」ものがある。飲食の分野で「禁断」というとさまざまな連想もあろうが、この本に秘められた「禁断」の領域とは、ずばりカロリー制限の彼方を指している。

二人の料理研究家それぞれの「わたしの禁断3か条」というのが面白い。

エダモン(=枝元なほみ)
 1. 炭水化物 LOVE
 2.  深夜のエンドレス
 3. 油使いはケチらない

Mako(=多賀正子)
 1. 肉 LOVE
 2. 大きいことはいいことだ!
 3. 食後のデザートはマスト


「カロリー制限なんて、ぶっとばせ!」、「食べたいものを作って食べよ!」というメッセージ性のきわめて明瞭な、カラー写真満載のレシピ集である。まさに「禁断の大人の絵本」というべきだろう。



「目次」をみると、「ボリューム肉レシピ」「エンドレスレシピ」「VIVA!炭水化物」「魔性のスイーツカタログ」というふうに、コトバでもぐいぐい「禁断」領域を快進撃するのが心地よい。

(でっかティラミス 3060kcal VS 丸ごとバナナのリングシュー 4180kcal)

amazon で公開されているカラー写真をここに掲載しておこう。まずはデザート対決、そしておかず対決。

(じゃがいものダブルとうがらし炒め 1770kcal VS フライドチキン悪魔ソース 1670kcal)


わたし的に旨そうなのは、とくに「肉ずし」。このほか、「フライドビーフ」「スパイシースペアリブ」「フランスパン1本サンドイッチ」、デザートでは「アップルシナモンロールケーキパフェ」「ひやあつココナッツしるこ」

自分で作らなくても、食べなくても、見ているだけでなぜか幸せな気持ちになる。美食を意味するグルメではなく、食いしん坊バンザイのグルマンだ。

ふだんは一日二食の「半日断食」で、カロlリーは目分量で制限しているわたしだが、たまには思う存分食べたい!という欲求に突き動かされることもある。そんなときは、食欲全開もまたよし、だ。

もちろん、毎日食べていてはカラダに良くないのでそんなことはしないのだが、まあ、たまにはいいじゃないか、ということで・・・(笑)

肉もスイーツも大好きだからね~。





著者プロフィール

枝元なほみ(えだもと・なほみ) 
料理研究家。劇団の役者兼料理主任、無国籍レストランのシェフを経て、料理研究家に。食材を組み合わせて新しい味をつくり出すことを得意とし、その親しみやすいキャラクターで幅広いファンに支持されている。農業支援活動団体「チームむかご」の代表理事も務め、被災地支援の活動も精力的に行っている。  (本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。
  
多賀正子(たが・まさこ) 
料理研究家。2005年「NHKきょうの料理大賞」でグランプリを受賞し、その後、家庭料理教室を主宰。3男1女と夫の5人の胃袋を満足させてきた、ボリューム&アイデア満点のつくりやすい家庭料理を得意とする。みんなで集まってつくったり食べたりする喜びとその大切さを伝えることに心を尽くしている。 (本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


<関連サイト>

禁断のレシピ 予告編 (YouTube)
・・二人の著者が自著を紹介するビデオ


<ブログ内関連記事>

書評 『食べてはいけない!(地球のカタチ)』(森枝卓士、白水社、2007)-「食文化」の観点からみた「食べてはいけない!」
・・この本でいう「禁断」とは宗教的な「禁忌」のこと

「半日断食」のすすめ-一年つづけたら健康診断結果がパーフェクトになった!

『聡明な女は料理がうまい』(桐島洋子、文春文庫、1990 単行本初版 1976) は、明確な思想をもった実用書だ

映画 『大統領の料理人』(フランス、2012)をみてきた-ミッテラン大統領のプライベート・シェフになったのは女性料理人

映画 『ジュリー&ジュリア』(2009、アメリカ)は、料理をつくり料理本を出版することで人生を変えていった二人のアメリカ女性たちの物語

「スペイン料理」 の料理本を 3冊紹介

グルマン(食いしん坊)で、「料理する男」であった折口信夫

『檀流クッキング』(檀一雄、中公文庫、1975 単行本初版 1970 現在は文庫が改版で 2002) もまた明確な思想のある料理本だ

邱永漢のグルメ本は戦後日本の古典である-追悼・邱永漢

マンガ 『きのう何食べた? ⑨』(よしなが ふみ、講談社、2014)-平凡な(?)人生にも小さなトラブルはつきもの





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2014年12月30日火曜日

『前田建設ファンタジー営業部』(前田建設工業株式会社、幻冬舎、2004)で、ゼネコンの知られざる仕事内容を知る


「前田建設ファンタジー営業部」というのは、準大手ゼネコンの前田建設工業株式会社(MAEDA CORPORATION)の一部門という設定だが、もちろん架空の部署である。前田建設のウェブサイトにのみ存在するバーチャルな部署である。

大型の建設工事現場そのものは目にすることがあっても、「関係者以外立ち入り禁止」になっているので、たいていの人は中で何が行われているか見たことはないだろう。

しかも、建設工事全般を仕切っているゼネコンの仕事じたい、ある種の固定したイメージ(・・それもかならずしも好ましくないもの)がまとわりついている割には一般人にはあまり知られていないのは現在でも変わらないと思う。

その外からはわかりにくいゼネコンの仕事を、アニメの名作に登場する構造物の予算(=工費)と工期にかんする「見積もり」を行う作業をつうじて、理解してもらおうという趣旨の「プロジェクト」である。ただし、「受注」から先の「工事」そのものまで扱われていないのは、残念ながらじっさいに発注した者がいないからだ。

その第一弾が、ロボットアニメの名作「マジンガーZ」に登場する「地下格納庫」建設の見積もりである。結論は、予算72億円、工期6年5ヶ月(ただし機会獣の襲撃期間を除く)というものだが、この見積もりを作成するまでのプロセスが、じっさいに受注して工事を開始するまでのゼネコンの主要な仕事の一つなのである。

キャラ化されマスコット化された社員たちによる、おもしろおかしい会話をつうじて土木と建設にかんするウンチクが語られるという構成になっている。見積もり完成というゴールにむけてのプロセスが面白いのだ。

(前田建設ファンタジー営業部の公式サイトより)

ファンタジー営業部による「プロジェクト」は好評のため、すでにシリーズ化されて「PROJERCT5」まで進展している。プロジェクトのキックオフ以降の歴史を、ウェブサイトに掲載されている年表を引用してみておこう。

2003年
 2月 Project01 昭和47年作品「マジンガーZ」格納庫検討
 10月 Project02 昭和57年作品「銀河鉄道999」地球発進用高架橋検討
2004年
 11月 書籍Project01(日本語版)出版
 11月 Yahoo! Internet Guide主催「Web of the Year 2004」ノミネート
2005年
 6月 Project03 平成17年作品 PS2「グランツーリスモ4」サーキット検討
 7月 日本SF大賞 星雲賞 ノンフィクション部門 受賞
 7月 書籍Project01(韓国語版)出版
2006年
 6月Project04 「世界初!ロボット救助隊を創ろう」(組織実現概略検討)
2007年
 7月 書籍Project02(日本語版)出版
2009年
 5月書籍 Project02(韓国語版)出版
2010年
 4月Project05 昭和54年作品「機動戦士ガンダム」地球連邦軍基地ジャブロー検討
2012年
 3月Project05 出版



すでに、「マジンガーZ」の地下格納庫、「銀河鉄道999」の高架橋、「機動戦士ガンダム」の巨大基地、のプロジェクトが単行本化され、文庫本化されている。しかも韓国語版も出版されているらしい。



わたし自身は、世代的にはガンダム世代にかかっているものの、子ども時代にもっとも心奪われたロボットアニメが「マジンガーZ」だったので、第一弾となった『前田建設ファンタジー営業部』をここでは取り上げることにしたい。なんせ、「マジンガーZ」も「グレート・マジンガー」も、わたしにとっては、カラオケなしのアカペラで歌えるアニソンである!!

さて、本書の内容だが、アニメに描かれた世界を、その当時にじっさいに視聴していた社員もそうでない社員も、真剣にビデオを解析して検討し、現在の技術(・・マジンガーZのケースでは2003年段階)で対応可能なものを徹底的に検証している。その作業を踏まえて「積算」によってコスト計算を行い、「見積書」が最終的に完成するわけだ。

内容については、「目次」をご覧になっていただくのが手っ取り早いだろう。

目 次

まえがき
プロローグ 架空の建造物を思い描いた、すべての方々へ
PART. 1 ファンタジー営業部颯爽登場
PART. 2 汚水処理場の夕陽に咲くマジンガー
 [COLUMN.1] 地下水と建設工事
PART. 3 兜博士の遺産
PART. 4 グシオスβ3の歌が聞こえる
 [COLUMN.2] 東京湾アクアライン 
PART. 5 立坑の掘り方教えます
 [COLUMN.3] 薬液注入 
PART. 6 掘削法面は立っているか
 [COLUMN.4] マジンガーZが前田建設に配備されたら
 ・建設機械図鑑
 [番外編] この人に聞く①
PART. 7 水槽300t の水圧
 [番外編] この人に聞く②
 [COLUMN.5] 大きかったり小さかったり 
PART. 8 ジャッキアップ超特急
 [番外編] この人に聞く③
 [COLUMN.6] 各場面の実現 
 [COLUMN.7] 転倒防止機能 
PART. 9 積算はいかが
 [COLUMN.8] 切り盛りのバランス 
 [番外編] この人に聞く④
PART. 10 ファイルProject01を提出せよ
エピローグ
附録 「マジンガーZ格納庫・模型」
あとがき

もちろん「受注」できるかどうかは、また別の話。金額は大きいが、見積もり段階で終わってしまうプロジェクトはじつに多い。競争入札であればなおさらだ。

「受注」できて「工事」が始まる際には、さまざまな下請け(=サブコントラクター)や外注先をマネジメントするという仕事が待っている。コスト管理しながら、安全第一で工期までにプロジェクトを完成させるという施工管理の仕事である。これはプロジェクト・マネジメントである。

この本は、土木と建設にかんする技術的なウンチク、機械設計にかんする技術などなど、ゼネコン関連で仕事をする人、これからゼネコンを目指している就活生にも、役に立つ内容になっていると思う。下手な就活本よりも面白くてためになるのではないかな。

シリーズのうち好みの一冊を手元においておけば、ゼネコンの仕事ガイドブックとしても役に立つだろう。






<関連サイト>

前田建設ファンタジー営業部 - 前田建設工業
・・「ファンタジー営業部」は、アニメ、マンガ、ゲームといった空想の世界に存在する特徴ある建造物を当社が本当に受注し、現状の技術および材料で建設するとしたらどうなるかについて、工期、工費を公開するコンテンツです」。



<ブログ内関連記事>

書評 『モリナガ・ヨウの土木現場に行ってみた!』(モリナガ・ヨウ、溝渕利明=監修、アスペクト、2011)-独特の細密イラストによる「関係者以外立ち入り禁止」の「現場」探訪記

「サンダーバード博」(東京・科学未来館)にいってきた(2013年7月17日)

解体工事現場は面白い!-人間が操縦する重機に「人機一体」(=マン・マシン一体)を見る
・・あたらしい構造物の建設の前には解体という作業が待っている

マンガ 『いちえふ-福島第一原子力発電所労働記 ①』(竜田一人、講談社、2014)-廃炉作業の現場を作業員として体験したマンガ家による仕事マンガ
・・原子炉関係の建設も、もちろんゼネコンの仕事

タダノの大型クレーンの商品名ピタゴラス-愛称としてのネーミングについて

『新世紀 エヴァンゲリオン Neon Genesis Evangelion』 を14年目にして、はじめて26話すべて通しで視聴した

書評 『大倉喜八郎の豪快なる生涯 』(砂川幸雄、草思社文庫、2012)-渋沢栄一の盟友であった明治時代の大実業家を悪しき左翼史観から解放する ・・ゼネコン大手の大成建設は大倉組の中核事業にさかのぼることができる

(2015年7月23日 情報追加)




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2014年12月29日月曜日

書評 『鉄道王たちの近現代史』(小川裕夫、イースト新書、2014)-「社会インフラ」としての鉄道は日本近代化」の主導役を担ってきた


「乗り鉄」や「撮り鉄」など、鉄道ファンや鉄道マニアの鉄道へのかかわりかたはさまざまな形があるが、日本の鉄道の歴史はきちんと押さえておきたいものだ。

なぜなら、社会インフラとしての鉄道は、戦後のモータリゼーション時代を迎えるまでは、電気・ガス・水道といったライフラインにかかわる社会インフラの中核をなすものであったからだ。

もちろん現在でも鉄道がきわめて重要な位置を占めているが、歴史を振り返ってみれば、幕末から明治維新後の「日本近代化」の140年の歴史しかないことに気がつくのである。

本書は、現在では当たり前のように張り巡らされた鉄道ネットワークをつくったのが、小林一三、堤康次郎、五島慶太、渋沢栄一など「鉄道王」と呼ばれた民間の実業家たちであったことを、あらためて思い知らせてくれる内容の本である。

近代化に不可欠な鉄道だが、新政府には十分な財源がなく、民間活力をフルに発揮させるしかなかったのだ。

民間主導の鉄道ビジネスに一大変化がもたらされたのは、いまから108年前に成立した「鉄道国有法」である。日清・日露戦争を経て兵員輸送のための鉄道利用という軍事的意味が増大したこともあり、社会主義国家ではなかったのに、鉄道事業の多くが「国有化」された(!)のである。

結果として、統一軌道による全国ネットワークが完成したわけだが、鉄道事業を興した実業家や株主にとっては、事業売却というエクシットによってキャピタルゲインを得ることになったわけだから、かならずしも悪い話ではなかったようだ。

「国有化」される以前の民間主導の鉄道、「国有化」以後に国鉄(・・現在の「民営化」後のJR各社)と棲み分ける形で発展した私鉄の経営者たちと、かれらが展開した鉄道会社のビジネスが、動力源としての「電力」、現在の鉄道ビジネスとは不即不離の「都市計画」・「百貨店」・「リゾート」・「エンタテインメント」・「旅行」といったテーマでまとめられている。鉄道が「主」か、鉄道は「従」か、各社の戦略によってビジネスモデルのあり方は異なるが。

「鉄道王」たちの活躍を人物伝として描いたというよりも、日本の鉄道史にかんする事実を正確にかつ淡々と述べているので、やや無味乾燥のきらいがあるかもしれないが、意外と盲点となっている視点でカバーしている箇所もあり、読んで損はない内容である。

とくに重要だと思われるのは、「第2章 鉄道と原発」である。やや奇をてらったタイトルだが、要は電車は電気で走っているという、当たり前だがふだんはほとんど失念している事実にあらためて喚起していることに意味があるのだ。

電車は電気で走る。その電気のすくなからぬ部分は原子力発電によって担われているのである。本書には、鉄道会社が自社でもつ発電施設から生み出された電力の売電や、発電会社が需要拡大のために鉄道ビジネスに関与したケースなどが記述されている。現在の「9電力会社体制」が確立する以前の姿に、現時点の「常識」でものを考えることの落とし穴に気がつかせてくれるのである。

鉄道ネットワークは「日本近代化」の完成とともに、現在ではすでに確立した「この国のかたち」となっている。「はじめに」で言及されている起業家の孫正義氏は、この上にさらにインターネットという社会インフラの構築に携わったわけである。

日本の鉄道が、社会インフラとして大東亜戦争の敗戦当日(=1945年8月15日)にも動いていた(!)ことを考えれば、たとえ戦争や自然災害によって国土が壊滅的破壊を受けても大きな変化はない。むしろ、高度成長期のモータリゼーションの進展、とくに高速道路ネットワークの完成によって、鉄道の意味合いが縮小したことにこそ注目しなくてはならない。

社会インフラにかかわるビジネスは、歴史の変わり目にしか大規模な新規参入をともなうビジンスチャンスが発生しない事業分野である以上、著者の思いには反するが、日本近代に登場したスケールをもつ「鉄道王」たちが登場することは、もはやないだろう。だが、日本の鉄道を鉄道史というかたちで歴史的に振り返ると、ビジネスパーソンではなくても、いろいろなヒントが見つかることもたしかである。

その意味では、鉄道史を読むという、「読み鉄」という楽しみ方もあっていいのかなと思うのである。





目 次

はじめに
第1章 鉄道王がつくった「この国のかたち」
第2章 鉄道と原発
第3章 鉄道と都市計画
第4章 鉄道と百貨店
第5章 鉄道とリゾート
第6章 鉄道と地方開発
第7章 鉄道とエンタテインメント
第8章 鉄道と旅行ビジネス


著者プロフィール

小川裕夫(おがわ・ひろお)
1977年、静岡市生まれ。行政誌編集者を経てフリーランスライター。取材テーマは地方自治、都市計画、内務省、総務省、鉄道。著書に『踏切天国』(秀和システム)、『全国私鉄特急の旅』(平凡社新書)、『都電跡を歩く』(祥伝社新書)、『封印された鉄道史』『封印された東京の謎』(彩図社)、編著に『日本全国路面電車の旅』(平凡社新書)、監修に『都電が走っていた懐かしの東京』(PHP研究所)がある。



<ブログ内関連記事>

書評 『「鉄学」概論-車窓から眺める日本近現代史-』(原 武史、新潮文庫、2011)-「高度成長期」の 1960年代前後に大きな断絶が生じた
・・「読み鉄」のためのはずせない一冊

書評 『高度成長-日本を変えた6000日-』(吉川洋、中公文庫、2012 初版単行本 1997)-1960年代の「高度成長」を境に日本は根底から変化した

梅棹忠夫の幻の名著 『日本探検』(1960年)が、単行本未収録の作品も含めて 2014年9月 ついに文庫化!
・・高速道路の文明史的意味について名神高速の建設時に指摘

『貨物列車のひみつ』(PHP研究所編、PHP、2013)は、貨物列車好きにはたまらないビジュアル本だ!

書評 『「夢の超特急」、走る!-新幹線を作った男たち-』(碇 義朗、文春文庫、2007 単行本初版 1993)-新幹線開発という巨大プロジェクトの全体像を人物中心に描いた傑作ノンフィクション

祝 新幹線開通から50年!-わが少年時代の愛読書 『スピード物語-夢をひらく技術-(ちくま少年図書館7)』(石山光秋、筑摩書房、1970)を紹介

「私鉄沿線」からアプローチする「日本近現代史」-永江雅和教授による姉妹作 『小田急沿線の近現代史』(2016年)と『京王沿線の近現代史』(2017年)を読む

書評 『京成電鉄-昭和の記憶-』(三好好三、彩流社、2012)-かつて京成には行商専用列車があった!

『新京成電鉄-駅と電車の半世紀-』(白土貞夫=編著、彩流社、2012)で、「戦後史」を振り返る

「企画展 成田へ-江戸の旅・近代の旅-(鉄道歴史展示室 東京・汐留 )にいってみた
・・神社仏閣参詣客の輸送需要に目を付けた鉄道事業者たち

書評 『渋沢栄一 上下』(鹿島茂、文春文庫、2013 初版単行本 2010)-19世紀フランスというキーワードで "日本資本主義の父" 渋沢栄一を読み解いた評伝

西日本に集中している「路面電車の走る城下町」-路面電車関連の新書本を読んで高齢化社会日本の「未来型都市交通」について考える

(2017年8月10日 情報追加)




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2014年12月25日木曜日

500年前のメリー・クリスマス!-ラファエロの『小椅子の聖母』(1514年)制作から500年



イタリア・ルネサンスの画家ラファエロの『小椅子の聖母』(Madonna della Seggiola)。
  
いわゆる「聖母子像」ですね。マドンナ(=聖母マリア)と幼子イエス、そして二人を敬虔な表情で見つめる幼き洗礼者ヨハネとされてます。天使ではありませんよ。
   
ラファエロには『アテネの学堂』という哲学のスーパースターたちが一堂に会した大作もありますが、やはり親しみやすく素晴らしいのは聖母子像の数々。そのなかでもいちばん素晴らしいとわたしが思うのは、この『小椅子の聖母』です。

『小椅子の聖母』は、1514年の制作とされてますので、ちょうど500年前(!)となりますね。

500年前のメリークリスマス!
   
たまには、キリスト教のイエス生誕という、本来のクリスマスにちなんだ名画の鑑賞でもいかが?






<ブログ内関連記事>

「500年単位」で歴史を考える-『クアトロ・ラガッツィ』(若桑みどり)を読む

書評 『1492 西欧文明の世界支配 』(ジャック・アタリ、斎藤広信訳、ちくま学芸文庫、2009 原著1991)

書評 『想いの軌跡 1975-2012』(塩野七生、新潮社、2012)-塩野七生ファンなら必読の単行本未収録エッセイ集
・・ローマ帝国を書く以前はイタリアルネサンスを題材にした作品を多数執筆している塩野七生

『戦場のメリークリスマス』(1983年)の原作は 『影の獄にて』(ローレンス・ヴァン・デル・ポスト)という小説-追悼 大島渚監督

韓国映画 『八月のクリスマス』(1998年)公開から15年




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聖なるイメージ-ルブリョフのイコン「三位一体」、チベットのブッダ布、ブレイクの版画

     
まったくの個人的な趣味趣向から、聖なるイメージの三点を紹介しておきたいと思う。いずれも黄金色に輝くまばゆいばかりのイメージである。

まずはロシア・イコンから。アンドレイ・ルブリョフの『三位一体』。

(アンドレイ・ルブリョフの『三位一体』)

これはギリシアのとある島で購入したイコン(聖画像)の複製からコピーしたもの。よくできた複製イコンである。

アンドレイ・ルブリョフは14世紀から15世紀にかけてのイコン画家。東方正教会のイコンは西欧のカトリックの聖画とは違って、日本人にもなじみやすいのではないだろうか。中学生のときにイリーン・セガールの『人間の歴史』(岩波書店)のカラー口絵で見て以来、大好きなイコンである。モスクワのトレチャコフ美術館でホンモノをみた時には感激したものだ。

ソ連の映画監督アンドレイ・タルコススキーは『アンドレイ・ルブリョフ』という映画を製作している。全編モノクロの映像だが、最後の最期にカラーとなる。イコンの美しさが燦然と輝くという趣向である。


つぎにチベットの布製のブッダ。チベットで購入した、同じブッダ柄を印刷した布を写真で撮影。

(チベットのブッダ柄の布)

チベット仏教はチベット密教とも呼ばれるが、大乗仏教の最終形態とされる。チベット仏教の僧侶は、ブッダ釈尊から上座仏教、大乗仏教を経て密教に至るまでのすべてが学習する。これは祖師信仰のつよい日本の大乗仏教との大きな違いである。

このブッダ像も黄金である。聖なるイメージと黄金は結びつきやすいのか?


そして最後に英国の象徴派詩人ウィリアム・ブレイク(1757~1827)の描いた創造神。黄金体の創造神はコンパスをもってみずから世界を創造している。

(ウィリアム・ブレイクの『創造神』)

ブレイクはダンテの『神曲』やミルトンの『失楽園』などの装画でも知られている。西洋のものであるが、日本人にも親しみやすいものを感じさせるのは、水彩画などのタッチが活かされた版画作品が多いからだろう。


いずれもゴールドがベースになっている「聖なるイメージ」。ロシア、チベット、英国から一枚づつ選んで掲載してみた。これら三者のあいだにとくに関係はないが、聖なるイメージ=黄金というコンセプトで共通しているのではないか、と。

以上、まったくの個人的な趣味嗜好から三つの聖なるイメージを紹介した。





<ブログ内関連記事>

書評 『ろくでなしのロシア-プーチンとロシア正教-』(中村逸郎、講談社、2013)-「聖なるロシア」と「ろくでなしのロシア」は表裏一体の存在である

チベット・スピリチュアル・フェスティバル 2009

「チベット・フェスティバル・トウキョウ 2013」(大本山 護国寺)にいってきた(2013年5月4日)




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2014年12月24日水曜日

歌人・九條武子による「聖夜」という七五調の「(大乗)仏教讃歌」を知ってますか?

(『九條武子 歌集と無憂華』 のばら社版 より)

「聖夜」という「仏教讃歌」がある。もちろん「きよしこの夜」で始まるクリスマス・キャロルが念頭にあるのだろう。英語の「聖夜」(Silent Night)は、Silent Night, Holy Night ・・・で始まる曲である。

「仏教賛歌」の「聖夜」は、歌人で「大正三美人」の一人と呼ばれていた九條武子(1887~1928)の詩に、「シャボン玉」(作詞:野口雨情)などの童謡や「ゴンドラの唄」(作詞:吉井勇)のなどの歌謡曲で知られる中山晋平(1887~1952)が曲をつけたもの。

明治維新に際して吹き荒れた廃仏毀釈の嵐によって大きなダメージを受けた日本仏教は、再建を果たすなかで「近代化=西欧化」のなかでキリスト教の影響を大幅に取り入れている。とくに日本最大の宗派である浄土真宗は、日本仏教界を先導して「仏教近代化」を推進した。

(九條武子 『近代美人伝』(長谷川時雨)より)

九條武子は、浄土真宗の西本願寺の大谷家に生まれ、「大正三美人」のもう一人とされた同じく歌人の柳原白蓮とともに華族の出身者であった。日本の近代化は、エリート層による「上からの近代化」が主導しているが、仏教界においてもエリート主導の西欧化が行われたのである。

この「聖夜」も、布教(=伝道)にあたってキリスト教の影響を大胆に取り入れていたケースの一つとして考えるべきだろう。

浄土真宗は、早い時期から日本人の海外移民に向けての布教にも力を入れており、そういうった経験がフィードバックされてきたのかもしれない。築地本願寺には、1970年に設置されたという立派なパイプオルガンが本堂にあるが、そういった流れのなかにあるのだろう。

ちなみに、浄土宗から登場した近代の聖者・山崎弁栄(やまざき・べんねい 1859~1920)もまた、アコーディオンを引きながら布教に従事していたらしい。アコーディオンにせよオルガンにせよ、本来の仏教音楽ではなく、西洋音楽を演奏するためのものである。

音楽にかんしては、西欧近代化のなかで日本人の感覚そのものも不可逆的な変化を被ったことに触れておかねばならない。日本の唱歌の旋律の多くは、プロテスタントの讃美歌から生まれたものなのである。仏教もまた現代に生きる以上、音楽にかんするこの流れのなかから出ることはもはや不可能である。

「聖夜」(Holy Night)とは、いうまでもなく「きよしこの夜」ではじまるキリスト教クリスマス・キャロル Silent Night からきているのだろう。だが、九條武子の「聖夜」は、キリスト教の「聖夜」とは違って「聖母子」を歌ったものではない。クリスマスとも関係ない

「聖夜」の歌詞を引用しておこう。

聖夜 (九條武子)

星の夜ぞらの うつくしさ
たれかは知るや 天(あめ)のなぞ
無数のひとみ かゞやけば
歓喜になごむ わがこゝろ

ガンジス河の まさごより
あまたおはする ほとけ達
夜(よる)ひる つねにまもらすと
きくに和(なご)める わがこゝろ

「あまたおはする ほとけ達」というフレーズに見られるように、阿弥陀仏を絶対視する浄土真宗の枠を越えた、大乗仏教そのものを歌いあげた「(大乗)仏教賛歌」といえよう。どういう曲なのか聞いたことがないのでわからないのが残念である。

仏教聖歌の「聖夜」は、九條武子歌文集の『無憂華』に収録されている。九條武子が亡くなる一年前に出した歌文集である。

(『九條武子 歌集と無憂華』 のばら社版)


九條武子の兄であった大谷光瑞(おおたに・こうずい)はシルクロードの西域探検をプロモートした人物として有名だが、建築家の伊東忠太にエキゾチックなインド風建築で築地本願寺の設計を依頼している。

東京の築地本願寺の境内の片隅に九條武子の歌碑がある。文字がかすれて読みにくいのだが、幸いなことに歌詞を記した看板が立っているので内容がわかる。きわめて宗教的な内容の歌である。

おおいなる
もののちからに
ひかれゆく
わがあしあとの
おぼつかなしや



(九條武子夫人歌碑の左隣にある案内板 築地本願寺境内)


九條武子は、文学史に名を残した歌人というよりも、仏教歌人として記憶されるべき存在かもしれない。

そんな九條武子が遺した「聖夜」という七五調の詩を味わってみたいものである。




<関連サイト>

仏教賛歌混声合唱団コール・スカンディ 公式サイト
・・九條武子作詞の「聖夜」の解説がある


<ブログ内関連記事>

「無憂」という事-バンコクの「アソーク」という駅名からインドと仏教を「引き出し」てみる
・・『無憂華』(むゆうげ)という文集を遺した九條武子について詳しく触れておいた

「築地本願寺 パイプオルガン ランチタイムコンサート」にはじめていってみた(2014年12月19日)-インド風の寺院の、日本風の本堂のなかで、西洋風のパイプオルガンの演奏を聴くという摩訶不思議な体験
・・築地本願寺には1970年に設置されたパイプオルガンが本堂に(!)ある

「法然と親鸞 ゆかりの名宝-法然上人八百回忌・親鸞聖人七百五十回忌 特別展」 にいってきた


日本の近代化=西欧化とキリスト教の影響

讃美歌から生まれた日本の唱歌-日本の近代化は西洋音楽導入によって不可逆な流れとして達成された
・・日本人の脳は西洋音楽によって「洗脳」されてしまったのである

書評 『聖書の日本語-翻訳の歴史-』(鈴木範久、岩波書店、2006)
・・キリスト教の聖書の日本語訳は近代の日本語にきわめて大きな影響を与えた

書評 『日本人とキリスト教』(井上章一、角川ソフィア文庫、2013 初版 2001)-「トンデモ」系の「偽史」をとおしてみる日本人のキリスト教観

書評 『「結婚式教会」の誕生』(五十嵐太郎、春秋社、2007)-日本的宗教観念と商業主義が生み出した建築物に映し出された戦後大衆社会のファンタジー
・・キリスト教的なるものという西洋への憧れは依然として日本女性のなかにポジティブなイメージとして健在

書評 『ミッション・スクール-あこがれの園-』(佐藤八寿子、中公新書、2006)-キリスト教的なるものに憧れる日本人の心性とミッションスクールのイメージ

書評 『普通の家族がいちばん怖い-崩壊するお正月、暴走するクリスマス-』(岩村暢子、新潮文庫、2010 単行本初版 2007)-これが国際競争力を失い大きく劣化しつつある日本人がつくられている舞台裏だ
・・クリスマスは「習俗化」しているのである

日本が「近代化」に邁進した明治時代初期、アメリカで教育を受けた元祖「帰国子女」たちが日本帰国後に体験した苦悩と苦闘-津田梅子と大山捨松について
・・「英語・アメリカ・キリスト教」の三位一体が明治時代を主導した

書評 『オーケストラの経営学』(大木裕子、東洋経済新報社、2008)-ビジネス以外の異分野のプロフェッショナル集団からいかに「学ぶ」かについて考えてみる
・・「(フラットな組織である)オーケストラにおいては、個々の演奏者が、いかに他の演奏者とのハーモニーをつくり出すことができるかということであり、別の表現をつかえば、いかにチームワークを作りあげるかということになる。「もともと日本には、教会の響きのなかで賛美歌を歌いながらハーモニー(調和・和声)を創っていくという習慣がない。そのため、お互いの音を聴き合ってハーモニーを創っていくという意識が、どうしても低くなっているようにみえる」(P.157~158)」 日本と西欧との大きな違い。

(2014年12月28日 情報追加)




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2014年12月23日火曜日

書評 『大倉喜八郎の豪快なる生涯 』(砂川幸雄、草思社文庫、2012)-渋沢栄一の盟友であった明治時代の大実業家を悪しき左翼史観から解放する


「死の商人」のレッテルを貼られて汚名を着せられてきた明治時代の富豪・大倉喜八郎(おおくら・きはちうろう 1837~1928)の名誉回復の書である。大倉喜八郎は、ホテルオークラやゼネコンの大成建設など、現在につながる数々の企業を設立した大実業家で大富豪であった。

「死の商人」のレッテルが貼られたのは、現在よりもはるかにひどい「格差社会」だった明治時代、社会主義者たちが金持ちを攻撃するために、たしかな裏付けもなしにウワサ話をもとに誹謗中傷したことに端を発している。

わたし自身、高校時代に父親の書棚にあった岡倉古志郎氏の『死の商人』(岩波新書、1951 現在は新日本新書 2001)を読んで、英国のザハロフやドイツのクルップとならんで日本の大倉喜八郎の名前を知った。このように、「死の商人」というレッテルで記憶している人は少なくないのではないだろうか。ちなみに岡倉古志郎氏は、岡倉天心の孫である。

大倉喜八郎が「死の商人」とされたのは、幕末の戊辰戦争において薩長側にも幕府側にも鉄砲を売ったからである。このほか、日清・日露戦争で石ころの入った缶詰や、不良品の軍靴を戦地に送ったとかいうウワサで誹謗中傷され続けたのであった。

だが、幕府は鉄砲を買っても代金を支払わなかったのに対し、薩長側はきちんと代金を払っていたのである。どちらかを選ぶといえば、商売人としては当然の行為ではないか! また、石の入った缶詰は別の業者の話であり、しかも故意によるものではなかったらしい。まさに濡れ衣である。

じっさいの大倉喜八郎は「死の商人」でもなんでもなく、機を見るに敏で、進取の気性に富んだリスクテーカーであり、次から次へと新たな分野で事業を興したシリアル・アントレプルナーであり、みずからの力量によって大富豪となった人物であっただけでなく、稼いだカネは一代限り(!)として、惜しみなく国家と社会のために費やした豪快な人物であったのだ。

もし大倉喜八郎を誹謗しつづけるのであれば、それは生涯にわたっての「盟友」であった渋沢栄一も否定することになる。それは論理的帰結というものだ。

大倉喜八郎は渋沢栄一とは3歳違いの年上という同世代人で、しかも90歳を越える長寿をまっとうしている。身分制度に対する激しい怒りから18歳で故郷の新発田を出奔したこと、本格的な学問を修めたわけではないが豊かな素養の持ち主であったことなど、大倉喜八郎と渋沢栄一には共通点も多い。ともに裕福な家に生まれ、大倉喜八郎は「商」の出身で男爵になり、渋沢栄一は「農」の出身で子爵になった。

渋沢栄一はいうまでもなく「日本資本主義の父」である。ビジネスをつうじて日本の近代化を推進したプロモーターであり、「官尊民卑」打破のスローガンと「民」主導の社会構築を、「義利一致」の哲学のもとに財界リーダーとして指導しつづけた人である。大倉喜八郎は、そんな渋沢栄一の盟友だったのである。

(大倉喜八郎 wikipediaより)

大倉喜八郎は、渋沢栄一とともに帝国ホテルや帝国劇場など設立しているだけでなく、実業家の地位をあげるために渋沢栄一が東京高商(・・のちの東京商大=一橋大学)の支援者であったのと同様、東京経済大学の前身である大倉商業学校の創設者にもなっている。

たしかに大倉喜八郎は、根っからの商売人であり事業家であった点が渋沢栄一とはやや異なるのは個性の違いというべきだろう。第一銀行を司令塔とした金融中心の事業モデルを実行した渋沢栄一や、親しい友人で銀行を中核とした安田善次郎とは異なり、みずから銀行をもとうとはしなかった大倉喜八郎旺盛な事業欲と大胆な取り組みを行いながらも、「営利第一」「投機せず」「銀行もたず」の用心深さは生涯一貫していた。

また、「腹心の部下」をもたずにさまざまな人材を集めた渋沢栄一とは異なり、学卒者がアタマでっかりなことを批判しながらも、優秀な帝大卒の「ナンバー2」をもった大倉喜八郎は、事業哲学とマネジメントスタイルには違いがあった。

こんな大倉喜八郎という「大人物」は、まさに戦後左翼史観の「犠牲者」であったとしかいいようがない。創立者であるのにかかわらず、東京経済大学でもかつては顕彰されていなかったというからひどい話ではないか。

大倉喜八郎は、いまこそ名誉回復が必要な実業家というべきだ。近代ビジネスを推進した実業家として「民」の立場を貫いた大倉喜八郎は、特定の政治家や軍人と結びついた政商ではなく、御用商人でもなかった。あくまで独立独歩の精神で、行動する際もお供を一人だけ連れて飛び回っていたという。当時の冷え込んだ日中関係のなかにおいて中国と満洲に多大な投資を行い、中国の要人たちから絶大な信頼を受けていた実業家であった。

「豪快なる生涯」とタイトルにはあるが、著者の文体そのものは冷静に事実関係を記述することに徹しており、けっして豪快なものではない。だが、大倉喜八郎自身が14歳から死の直前の90歳まで詠みつづけてきたという狂歌をふんだんに交えた記述は、大倉喜八郎の「人物」を浮かぶ上がらせる格好の素材になっている。

こんな豪快な「人物」がかつて日本にはいたのだということを、もっともっと多くの日本人は知るべきなのだ。





目 次

まえがき
1. 大倉尾根をはじめ、各地に残る大倉の名-赤石の山のうてなに万歳を
2. 戊辰戦争での命がけの冒険談-命にかけてあやふかりけり
3. 丁稚から独立、乾物屋、そして鉄砲商へ-やがてなりたき男一匹
4. 朝鮮に救援米を運んだ帰りのとんだ遭難-なみなみならぬ玄海の灘
5. 電気、ガス、緑茶からビールまで。四十代の大活躍-四十五十は鼻垂れ小僧
6. マンモス・ゼネコン日本土木会社の設立-世と共に進めや進め
7. 日清・日露の戦争と台湾・朝鮮への一番乗り-大陸の汽車尽くる処此のさとは
8. 石炭、電力から製靴、製油までの事業と北海道の開拓-まめかすとともに絞らむ智恵ぶくろ
9. 向島での大宴会と石ころ缶詰事件に見る喜八郎の人となり-いたづらに幾春秋をむかふしま
10. 福祉事業、学校設立など、巨万の富を社会に還元-松のあるじはけふかはるとも
11. 面目躍如の帝劇経営とライトにまかせた帝国ホテル-光悦の筆は能ある鷹の峯
12. 率先して満洲に興した最初の事業・本渓湖製鉄所-本渓湖燃ゆる石ありくろがねもあり
13. 山陽製鉄所で純銑鉄を あくまで貫いた実業家精神-宮じまの海に鳥居のタチツテト
14. 仕事は良心と一致しなければ役に立たぬ-余生は国へまいら千載
15. 中国の要人との親しい関係はいかに築かれたか-親しみはかくあらまし唐大和
文庫版あとがき
参考文献・引用資料

著者プロフィール
砂川幸雄(すながわ・ゆきお)
1936年、北海道釧路生まれ。東京教育大学文学部卒。コピーライターとして広告代理店に勤務後、建築雑誌を編集し、三十代半ばで独立。フリーの編集者として出版の企画、編集、単行本の執筆などに携わる。2013年没(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものに加筆)。



<関連サイト>

創立者、大倉喜八郎の生涯 (大成建設140周年記念サイト)
・・豊富な情報がビジュアルを駆使してプレゼンされている。このサイトはぜひ見るべき

東京経済大学 ルーツ 大倉喜八郎 (東京経済大学 公式サイト)



<ブログ内関連記事>

渋沢栄一関連

書評 『渋沢栄一 上下』(鹿島茂、文春文庫、2013 初版単行本 2010)-19世紀フランスというキーワードで "日本資本主義の父" 渋沢栄一を読み解いた評伝

書評 『渋沢栄一-日本を創った実業人-』 (東京商工会議所=編、講談社+α文庫、2008)-日本の「近代化」をビジネス面で支えた財界リーダーとしての渋沢栄一と東京商工会議所について知る

書評 『渋沢栄一-社会企業家の先駆者-』(島田昌和、岩波新書、2011)-事業創出のメカニズムとサステイナブルな社会事業への取り組みから "日本資本主義の父"・渋沢栄一の全体像を描く

『雨夜譚(あまよがたり)-渋沢栄一自伝-』(長幸男校注、岩波文庫、1984)を購入してから30年目に読んでみた-"日本資本主義の父" ・渋沢栄一は現実主義者でありながら本質的に「革命家」であった

『論語と算盤』(渋沢栄一、角川ソフィア文庫、2008 初版単行本 1916)は、タイトルに引きずられずに虚心坦懐に読んでみよう!


中国に深くコミットした日本人実業家

特別展「孫文と日本の友人たち-革命を支援した梅屋庄吉たち-」にいってきた-日活の創業者の一人でもあった実業家・梅屋庄吉の「陰徳」を知るべし
・・大倉喜八郎は孫文が大総統に就任した中華民国臨時政府に個人で安田銀行から300万円借金して資金を貸し付けたことは案外と知られていない。『大倉喜八郎の豪快な生涯』(P.272~273)

書評 『有法子(ユーファーズ)-十河信二自伝-』(十河信二、ウェッジ文庫、2010 単行本初版 1959)-「新幹線の父」と呼ばれる前の満洲時代を中心とした貴重な証言
・・「一年間の米国留学を体験して悟ったのは、日米関係においてきわめて重要なのが中国問題。この思いから満洲に深くコミットし、満鉄総裁の松岡洋右というくせ者政治家や関東軍との激しいやりとりなども体験しながら、天津の電力問題を解決し、興中公司社長などを歴任しながら日中の経済関係強化に貢献」したのが十河信二。


財閥形成者と実業家たち

書評 『岩崎彌太郎- 「会社」の創造-』(伊井直行、 講談社現代新書、2010)-"近代人"岩崎彌太郎がひそかに人知れず「会社」において実行した"精神革命"
・・三菱財閥を一代で築き上げた岩崎弥太郎

書評 『恋の華・白蓮事件』(永畑道子、文春文庫、1990)-大正時代を代表する事件の一つ「白蓮事件」の主人公・柳原白蓮を描いたノンフィクション作品 ・・福岡の石炭王・伊藤伝右衛門の妻となった柳原白蓮

書評 『成金炎上-昭和恐慌は警告する-』(山岡 淳一郎、日経BP社、2009)-1920年代の政治経済史を「同時代史」として体感する
・・恐慌で消えていった「財閥」も少なからずある

戦後日本を支配してきた悪しき左翼史観の解剖

書評 『革新幻想の戦後史』(竹内洋、中央公論新社、2011)-教育社会学者が「自分史」として語る「革新幻想」時代の「戦後日本」論

(2014年12月31日、2015年1月4日、2016年8月6日 情報追加)





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2014年12月22日月曜日

書評 『私の体験的ノンフィクション術』(佐野眞一、集英社新書、2001)-著者自身による作品解説とノンフィクションのつくり方


ノンフィクション作家の佐野眞一氏が2001年に書いた「ノンフィクション術」。佐野眞一氏は、そもそもが毀誉褒貶相半ばする作家であり、好き嫌いが大きく分かれる人であったが、2012年の週刊朝日による「橋下徹特集記事問題」でバッシングを受けたことは記憶にあたらしい。

だが、わたしはそれ以前の作品まで全否定すべきではないと考えている。とかく日本人はクロシロをつけたがるが、判断というものは冷静に行いたいものだ。わたしは佐野眞一氏については、作家としての力量はもとより、そのノンフィクション作品の数々を読むことで、大いに得るものがあったと考えている。

本書は、著者自身が解説した、佐野眞一のノンフィクション作品の読み方についての本でもある。ある意味では2001年時点での佐野眞一によるノンフィクションの入門書になっている。

『東電OL事件』など佐野眞一氏のノンフィクションの読者にとっては、舞台裏を知ることができるとともに、読者自身の読みと著者の思いの一致やズレを知ることもできる。なによりも、2014年時点から、ノンフィクションで取り上げられ、切り取られた時代の断面を未来からのぞき込んでいるような不思議な感覚も感じるのは、出版後十数年以上たってから読む者がもつ感想であろう。

宮本常一(1907~1981)という民俗学者の作品と人生にインスパイアされたノンフィクション作品の数々。宮本常一が故郷の周防大島を出る際に父親からさずかったという教えが本書に引用されているが、じつに味わい深いものだ。佐野眞一にとって宮本常一はノンフィクション作品のテーマであるだけでなく、つねにインスパイアされる・・でもあることがよくわかる。『旅する巨人-宮本常一と渋沢敬三-』(文藝春秋、1997)という作品はすばらしいものである。

宮本常一にかんする佐野眞一の記述は、「観察力」のあり方について、拙著 『人生を変えるアタマの引き出しの増やし方』(佐藤けんいち、こう書房、2012)にも要約して引用しておいたので、ぜひ参照していただければと思う。(→ P.97~100)。

戦後日本大衆史を描き続けてきた佐野眞一の「中間報告」として読んでみるのもいいだろう。本書は2001年の出版なので、それ以降に刊行された作品についての言及は当然のことながらない。

もちろん、ノンフィクションの書き方についての入門書としても読めるものになっている。

だが、スキル面に重点を置いたハウツーではなく、自分の問題点を深掘りし、自分だけの「切り口」を見つけるためのマインドセットをどう自分のなかにつくりあげるかについて、自らの経験をもとに書いたものだ。これは、ノンフィクション以外でも応用可能なマインドセットである。

その意味でも読む価値はあると思うのである。


PS amazonレビューとして 2012年3月26日 に投稿した文章に加筆修正(2014年12月22日 記す)








目 次

プロローグ
第1章 あるく調査術、みる記録法
第2章 語り口と体験
第3章 仮説を深める
第4章 取材から構成、執筆へ
第5章 疑問から推理までの道のり
第6章 現代の民俗学をめざして
エピローグ


著者プロフィール

佐野眞一(さの・しんいち)
1947年、東京都生まれ。早稲田大学文学部卒業。出版社勤務などを経てノンフィクション作家に。1997年、『旅する巨人-宮本常一と渋沢敬三-』で第28回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。2009年、『甘粕正彦 乱心の曠野』で第31回講談社ノンフィクション賞を受賞。




<ブログ内関連記事>

佐野眞一氏の著作関連

書評 『津波と原発』(佐野眞一、講談社、2011)-「戦後」は完全に終わったのだ!
・・「3-11」で「戦後」は終わった。リセットされたのだと納得させられる本




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書評 『渋沢家三代』(佐野眞一、文春新書、1998)-始まりから完成までの「日本近代化」の歴史を渋沢栄一に始まる三代で描く


偉大すぎる父をもった二代目の不幸、そして三代目でみずから没落を受け入れた一族の歴史である。

「偉大すぎる父」とは、日本近代化をビジネスの側面から推進した「日本資本主義の父」で子爵となった渋沢栄一である。そして三代目は戦時下の日銀総裁と敗戦後の混乱期に大蔵大臣を歴任した渋沢敬三。そしてその中間にいる「知られざる二代目」は、偉大すぎる父という重圧に耐えきれず遊蕩の世界に惑溺した渋沢篤二。

栄一、篤二、敬三とつづいた「渋沢家三代」の歴史は、名前をつづけると「一二三」となるが、ホップ・ステップ・ジャンプの三段跳びとはいかなかった。敗戦後のGHQ統治下における「財閥解体」を契機に、三代目は「偉大すぎる祖父」の重圧から逃れるため、みずからニコニコと没落を選択する。渋沢家三代は、まさに日本近代そのものであった。

渋沢家三代の当主でもっとも知られているのは、いうまでもなく渋沢栄一である。

渋沢栄一については、「日本資本主義の父」というフレーズで、いまでも語られることのきわめて多い存在である。日本のエスタブリッシュメントといわれる大企業のきわめて多くに渋沢栄一の息がかかっている。

(三代目 渋沢敬三 第17代日銀総裁、民俗学者)

三代目の渋沢敬三は、日銀総裁と大蔵大臣という公人としての側面だけでなく、みずからも民俗学の研究者でありパトロンであったという側面もあった。このことは、本書の著者・佐野眞一氏のノンフィクション作品 『旅する巨人-宮本常一と渋沢敬三-』(文藝春秋、1996)で全面的に取り上げられて以来、ようやく一致して捉えられるようになったが、いまでもまったく相異なる世界であることには変わりない。

柳田國男と折口信夫が日本民俗学の二大巨人であるとすれば、徹底的に日本国内を歩き回った点では折口信夫をしのぐ存在の宮本常一をあげねばなるまい。その宮本常一のパトロン的存在で、かつみずから民俗学者であったのが渋沢敬三であった。 

渋沢敬三が私費を投じたパトロネージのおかげで、民俗学者や人類学だけでなく自然科学から社会科学にいたるまで、かならずしも「実学」ではないが、日本にとって重要な学問が保護育成されたのである。ここには書き記さないが、梅棹忠夫などそうそうたる学者たちの名が239ページに記載されている。渋沢敬三が蒐集した民具のコレクションが、梅棹忠夫が初代館長を歴任した国立民族学博物館(・・通称みんぱく)のコレクションの一部として引き継がれたことは知っておきたいことだ

その意味では、渋沢敬三の存在はきわめて大きなものがあった。江戸時代から昭和にかけての「殿様生物学者」に匹敵する存在であったというべきだろう。

渋沢栄一という希有な存在を持ち得たことは近代国家としての日本にとっては、まことにもって幸いなことであった。だが、プライベートの側面においては、かならずしもそうであったとはいえない。そんな家に生まれてしまったがゆえに受ける精神的重圧。二代目は遊蕩の世界に惑溺したが、三代目は学問の世界で蕩尽した。

著者は、本書の最後を以下のような文言で締めくくっている。

栄一は近代的企業の創設に命を燃やした。篤二は廃嫡すら覚悟して放蕩の世界に惑溺した。そして敬三は学問発展に尽瘁(じんすい)して、ついに家までつぶした。事業にしろ遊芸にしろ、自分の信じる世界にこれほど真摯に没入していさぎよく没落していった一族が、ほかにいただろうか。(*太字ゴチックは引用者=さとう)

「カネは稼ぐより使うほうがむずかしい」とはよくいわれることだが、社会企業家の先駆者ともいえる渋沢栄一だけでなく、渋沢家は三代にわたって見事にカネを使ったといえるのではないだろうか。

『渋沢家三代』の歴史は、日本近代史そのものである。渋沢栄一だけとりあげて礼賛するだけでは、日本近代を全体的に把握することはできないのである。





<補足>

宮本常一にかんする佐野眞一の記述は、「観察力」のあり方について、拙著 『人生を変えるアタマの引き出しの増やし方』(佐藤けんいち、こう書房、2012)にも要約して引用しておうたので、ぜひ参照していただければと思う。「第2章 「引き出しの増やし方②-徹底的に観察する」の「4. 観察する際の視点のあり方」で、佐野眞一氏の本から宮本常一の『民俗学の旅』に記された10か条の人生訓を引用している(→ P.97~100)。




PS 日銀総裁としての渋沢敬三

『歴代日本銀行総裁論-日本金融政策史の研究-』(吉野俊彦、講談社学術文庫、2014 単行本初版 1957)には、第16日銀総裁を歴任した渋沢敬三氏についての記述もある。
   
文人肌で森鷗外についての研究も遺した吉野俊彦氏は、森鷗外と同様に「二足のわらじ」を履いていた日銀調査部長。同じく公人としての務めを果たしながら、学問でも業績を残した渋沢敬三氏への共感を感じることができる内容である。





<関連サイト>

渋沢敬三アーカイブ-生涯、著作、資料- (渋沢敬三記念事業 公式サイト)
・・情報量多し 必見

特別展「渋沢敬三記念事業 屋根裏部屋の博物館 Attic Museum」 (2013年9月9日~12月3日)
・・「みんぱくは屋根裏部屋からはじまった」(キャッチフレーズ)


<ブログ内関連記事>

書評 『日本の血脈』(石井妙子、文春文庫、2013)-「血脈」には明治維新以来の日本近代史が凝縮
・・渋沢家の血脈以外の事例を知るための好著
明治維新以来の日本近現代史が凝縮した本書は、ファミリー・ヒストリー(=家族史)という教科書ではない歴史書

『蛇儀礼』 (アビ・ヴァールブルク、三島憲一訳、岩波文庫、2008)-北米大陸の原住民が伝える蛇儀礼に歴史の古層をさぐるヒントをつかむ
・・ドイツ北部ハンブルクの銀行家の家に生まれたアビ・ワールブルクは、家督を弟に譲り美術史家として生きる道を選択した

「長靴をはいた猫」 は 「ナンバー2」なのだった!-シャルル・ペローの 「大人の童話」 の一つの読み方
・・渋沢家の一員であった澁澤龍彦訳の『長靴をはいたネコ』



渋沢栄一が選択しなかった「世襲」という選択肢

書評 『富の王国 ロスチャイルド』(池内 紀、東洋経済新報社、2008)-エッセイストでドイツ文学者による『物語 ロスチャイルド家の歴史』

「世襲」という 「事業承継」 はけっして容易ではない-それは「権力」をめぐる「覚悟」と「納得」と「信頼」の問題だ!


「殿様生物学」

ひさびさに大阪・千里の「みんぱく」(国立民族学博物館)に行ってきた(2012年8月2日)
・・「このように、「みんぱく」のコレクションには、土方久功や、実業家で民俗学者であった渋沢敬三などの個人が収集したコレクションを土台に、大阪万博の際に太陽の塔のなかで展示するために世界各地から収集したコレクションが展示されている」

本の紹介 『鶏と人-民族生物学の視点から-』(秋篠宮文仁編著、小学館、2000)-ニワトリはいつ、どこで家禽(かきん=家畜化された鳥類)になったのか?


渋沢敬三のパトロネージ

書評 『梅棹忠夫-未知への限りない情熱-』(藍野裕之、山と渓谷社、2011) -登山と探検という軸で描ききった「知の巨人」梅棹忠夫の評伝
・・「とくに忘れてはならないのは、パトロンとしての渋沢敬三の存在である。敗戦後に日銀総裁を務めた渋沢敬三は渋沢栄一の孫であり経済人であったが、私財を投じて民族学と民俗学の発展に尽くしただけでなく本人もまたすぐれた学者であった。渋沢敬三が蒐集した民具のコレクションがみんぱくのコレクションの一部として引き継がれたことは知っておきたいことだ」

ひさびさに大阪・千里の「みんぱく」(国立民族学博物館)に行ってきた(2012年8月2日)


佐野眞一氏のノンフィクション

書評 『私の体験的ノンフィクション術』(佐野眞一、集英社新書、2001)-著者自身による作品解説とノンフィクションのつくり方

書評 『あんぽん 孫正義伝』(佐野眞一、小学館、2012) -孫正義という「異能の経営者」がどういう環境から出てきたのかに迫る大河ドラマ

書評 『津波と原発』(佐野眞一、講談社、2011)-「戦後」は完全に終わったのだ!

「沖縄復帰」から40年-『沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史』(佐野眞一、集英社、2008)を読むべし!

書評 『沖縄戦いまだ終わらず』(佐野眞一、集英社文庫、2015)-「沖縄戦終結」から70年。だが、沖縄にとって「戦後70年」といえるのか?

(2014年12月27日、2015年8月22日 情報追加)





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2014年12月21日日曜日

新旧2つの『渋沢百訓』を読む-渋沢栄一の『渋沢百訓』(1912年)と100年後の5代目子孫による『渋沢栄一 100の訓言』(2010年)


 『渋沢百訓』という本がある。日本資本主義の父と呼ばれる渋沢栄一が、後進の経営者を中心とした次世代の経済人に向けて「100の訓言」をまとめた修養本である。現代風にいえば自己啓発書である。

 『渋沢百訓-論語・人生・経営-』(渋沢栄一、角川ソフィア文庫、2010)として文庫化されたこの本は、もともと1912年(明治45年)に出版された『青淵百話』から57話を選んで再編集したものだ。青淵(せいえん)とは渋沢栄一の雅号である。

『渋沢栄一 100の訓言』 (渋澤健、日経ビジネス人文庫、2010)という本がある。渋沢栄一の孫の孫の投資アドバイザーが書いた本だ。『論語と算盤』や『青淵百話』をはじめとした渋沢栄一の講演や訓話などから100の訓言を選んで現代人のために解説した本だ。『青淵百話』の出版から、じつに100年後(!)に書かれたものだ。


渋沢栄一の基本的思想は、『論語と算盤』で展開された「義利一致」というフレーズに集約される。

儒教の徳目である「義」と商売人にとって重要な「利」の一致である。「義」(=理想主義)と商売人にとって重要な「利」(=現実主義)の一致させることを説いたものだ。道徳なき商業における拝金主義を否定し、利益追求を蔑視した道徳をともに否定するのは、実業界で財界リーダーであった渋沢栄一ならではの教えといえるだろう。

 『渋沢百訓』(・・原題は『青淵百訓』)は、『論語と算盤』と重なる話も多いが、主義、覚悟、立志、修養、処世について、人生観と社会観、さらには国家観を踏まえた自分の思想を、さらに具体的な体験談やエピソードをまじえたものになっている。

経営者向けの会社経営にかんする具体的指南から、次世代を担う若者への人生論的アドバイスまで、惜しみなく自分の考えを語り尽くしたものである。労使対立など、当時のアクチュアルな問題にも踏み込んでいるのは、つねに現実に対処しなくてはならない企業経営者ならではのものである。

戦後では松下幸之助翁、現在では稲盛和夫氏など経営者が事業経営のワクを越えて語ったものは多いが、渋沢栄一の『渋沢百訓』はそのはしりといってよいものだろう。いずれも日本人経営者による、日本人向けの訓話だが、日本人のワクを越えた普遍的な内容をもっている。

『渋沢栄一 100の訓言』 (渋澤健、日経ビジネス人文庫、2010)は、そんな渋沢栄一の訓言を100項目抽出して、解説を加えたものだ。ブログ記事を編集して一冊にしたこの本は、さらっと読めてしまうが、渋沢栄一自身の訓言とその解説を読んでいると、現代においてもまったく色あせないものがあるばかりか、おおいに反省をしなくてはならないことに気がつかされるはずだ。

一つだけ引用しておこう。ギクリとする内容ではないだろうか。

63 株主に委託された会社を自分のもののように扱うのは悪徳経営者である
現代における事業界の傾向を見るに、まま悪徳重役なる者が出でて、多数株主より委託された資金を、あたかも自己専有のもののごとく心得・・・・【『論語と算盤』 算盤と権利】

渋沢栄一の訓言が100年の時空を越えても説得力があるのは、借り物の思想ではなく、みずからが体験して会得したものを、みずからのコトバで語っているからである。

『論語と算盤』とあわせて新旧二つの『渋沢百訓』も読んでみる価値はあるはずだ。






●『渋沢百訓-論語・人生・経営-』(渋沢栄一、角川ソフィア文庫、2010)

目 次 
主義
 天命論
 人生観
 国家
 社会
 道理
 余が処世主義
 公生涯と私生涯
 天の使命
 清濁併せ呑まざるの弁
 論語と算盤
 論語主義と権利思想
覚悟
 米櫃演説
 商業の真意義
 日本の商業道徳
 武士道と実業
 新時代の実業家に望む
 事業経営に対する理想
 企業家の心得
 成功論
 成敗を意とする勿れ
 事業家と国家的観念
 富貴栄達と道徳
 危険思想の発生と実業家の覚悟
 当来の労働問題
 社会に対する富豪の義務
立志
 就職難善後策
 地方繁栄策
 立志の工夫
 功名心
 現代学生気質
 頽廃せし師弟の情誼
 初めて世に立つ青年の心得
 役に立つ青年
 余が好む青年の性格
 会社銀行員の必要的資格
 衣食住
修養
 貯蓄と貯蓄機関
 交際の心得
 人格の修養
 精神修養と陽明学
 常識の修養法
 習慣性について
 大事と小事
 意志の鍛錬
 克己心養成法
 元気振興の急務
 勇気の養い方
 健康維持策
処世
 服従と反抗
 独立自営
 悲観と楽観
 逆境処世法
 傭者被傭者の心得
 過失の責め方
 激務処理法
 貧乏暇無しの説
 読書法
解説 井上潤


著者プロフィール

渋沢栄一(しぶさわ・えいいち)
1840年、深谷市生まれ。幕臣。維新後、1869年明治新政府に仕官。民部省、大蔵省に属した。辞任後は、第一国立銀行をはじめ500社前後の企業の創立・発展に貢献した。また商工業の発展に尽力、経済団体を組織し商業学校を創設するなど実業界の社会的向上に努めた。(amazonより)





●『渋沢栄一 100の訓言』 (渋澤健、日経ビジネス人文庫、2010)

目 次

まえがき
はじめに なぜ、いま、渋沢栄一なのか
第1章 心にも富を貯えるための教え
第2章 行いを研ぎすますための教え
第3章 規律を学ぶための教え
第4章 運のつかみ方を知るための教え
第5章 教育の理想を説いた教え
第6章 家族と幸せになるための教え
第7章 人と人の関係を楽しくする教え
第8章 会社の本質を見抜く教え
第9章 社会を元気にする教え
第10章 世界とともに生きるための教え
第11章 お金儲けの哲学が光る教え
おわりに 未来に生きる渋沢栄一の「黄金の知恵」
参考資料について


著者プロフィール

渋澤健(しぶさわ・けん)
コモンズ投信会長。1961年、渋沢栄一の玄孫として生まれる。1983年テキサス大学化学工学部卒。1987年UCLA大学でMBA取得。米系投資銀行で外債や為替などの運用に携わった後、1996年に米大手ヘッジファンドに入社。2001年に独立し、シブサワ・アンド・カンパニー設立。2008年コモンズ投信を立ち上げ、会長に就任(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)



PS この投稿でこのブログの1,500本目の記事となる。一つの節目だが、まだまだ書き続けますよ!(2014年12月22日 記す)


PS2 渋澤健氏による『渋沢栄一 百の訓言』の続編『渋沢栄一 百の金言』が出版された。’2016年1月15日 記す)





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・・「士魂商才」は渋沢栄一の思想

(2014年12月23日 情報追加)




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2014年12月20日土曜日

『論語と算盤』(渋沢栄一、角川ソフィア文庫、2008 初版単行本 1916)は、タイトルに引きずられずに虚心坦懐に読んでみよう!


「日本本主義の父」とされる渋沢栄一は、いわゆる「論語と算盤」というフレーズに象徴される儒教倫理で近代ビジネスを律した人だ。

だが、その主著である『論語と算盤』は、タイトルに引きずられことなく虚心坦懐に読んでみることが必要だろう。

というのも、儒教や論語は、幕末に教育を受けた豪農出身の渋沢栄一にとっての「教養」であっても、すでに近代化のプロジェクトが完成し、近代以後に生きている日本人にとっては、かならずしもそうではないからだ。

たしかに儒教の教典をそらんじていた人の訓話であるから、読み慣れないむずかしい漢字も多いし、表現も古くさいものがある。だが、内容はきわめて実践的で現代でも十分に通用するものだ。というよりも、現代人にとって十分に自分のものとしなければならないビジネス倫理を説いた内容である。


経営者向けの「自己啓発」としての講演や訓話

『論語と算盤』は、経営者向けの講演や、竜門会という後進育成を目的とした結社で行った訓話を筆記したものを項目別に編集したものに、儒教を代表する『論語』と商売人にとっては命である「算盤」(そろばん)というキャッチフレーズでまとめあげたものだ。1916年(大正5年)の出版である。

『渋沢栄一』(渋沢秀雄、渋沢青淵記念財団竜門社、1961初版)には、渋沢栄一は後進が事業を計画するときへのアドバイスとして、以下の4項目の「心得」をよく反省した上で事業をはじめなさいと教えていたとある。

1. その事業が道理正しいかどうか
2. 時勢に適しているかどうか
3. 人の和を得ているかどうか
4. 自分の分(ぶん)にふさわしいかどうか

事業開始のタイミング(=時勢)や事業の協力者(=人の和)が重要であることは当然のことながら、「その事業が道理正しいかどうか」という第一の心得は、なんだか稲盛和夫氏の「動機善なりや」を想起させるものがある。

「自分の分(ぶん)にふさわしいかどうか」という教えは、儒教的な古くさい印象を受けながらも、内容的には自分の能力のキャパシティ(=うつわ)を正確に把握せよという教えだ。

幕末の豪農や豪商の「教養」がいかなるものであったかを念頭に読んでみる必要があるだろう。前近代の日本から続いてきた「修養」としての「教養」。

ただし、江戸時代後期の商人たちにきわめて大きな影響を与えた「石門心学」のような通俗商業道徳とは異なるのは、渋沢栄一の父親が藍玉の栽培と販売で成功した新興豪農であり、武士的な「教養」の持ち主であったことも大きいのだろう。息子の渋沢栄一も、実態としては「商」であっても、身分としては「農」の出身であった。しかも、本格的に儒教の古典を精読し読み込んで「教養」を身につけた人であった。

明治時代は「成功時代」といわれているが、新渡戸稲造の「修養主義」的な自己啓発書などとともに、現在からみても内容的には面白い。日本型自己啓発書の発想の源泉は、明治時代以前の「教養=修養」であった漢籍にあったからだ。

『論語と算盤』は現在では現代語版もでているが、「渋沢栄一入門」としてはそれでもいいかもしれない。だが、やはり渋沢栄一自身の語り口こそ味わってみたいものだ。みずからの体験談を交えた具体的で実践的な内容で、読むとじつに面白い。

「目次」でおもしろそうな項目をみたら、その文章だけ拾い読みしてみるのもよい。「この章ではここに注目」という抜粋要約もあるので、それを読むだけでもいい。とはいいながら、読んでいると面白いので、結局はぜんぶ読みたくなってくるのではないかな?

(渋沢栄一 wikipediaより)


「義利一致」は理想と現実を一致させるためのビジネス倫理

渋沢栄一がいわゆる「論語と算盤」というフレーズで象徴された儒教倫理とは、一言で要約してしまえば「義利一致」というフレーズになる。

儒教の徳目である「義」と商売人にとって重要な「利」の一致である。「義」(=理想主義)と商売人にとって重要な「利」(=現実主義)の一致させることを説いたものだ。道徳なき商業における拝金主義を否定し、利益追求を蔑視した道徳をともに否定するのは、実業界で財界リーダーであった渋沢栄一ならではの教えといえるだろう。

渋沢栄一自身は、『論語と算盤』のなかで「仁義と殖利」、「道義と金銭」という表現を使用しているが、まさにビジネス倫理のエッセンスといえるだろう。これは経営者のみならず、経済活動に従事する者であれば、かならず悩むことになる二律背反的というかダブルバインド的な状況でいかに行動するかを説いたものなのだ。

だが、疑問に思うのは、なぜキリスト教でも仏教でもなく儒教なのか? という点だ。

幕末に公務でフランスに1年半滞在し、業務の関係上フランス語会話もできた「欧化主義者」であった渋沢栄一だが、なぜかキリスト教の影響は受けていない。倫理的規範はあくまでも「実践倫理」としての儒教に求め、明治時代以降に拡がったキリスト教も、前近代から存在する仏教も「宗教」として遠ざけている。非合理的なものを徹底して嫌っていた近代合理主義者の姿勢が生涯をつうじて一貫していたことがわかる。

旧幕臣の少なからぬ人たちがキリスト教を受け入れているのだが、渋沢栄一は心ならずも幕臣となったとはいえ没落士族ではない。もともとが経営者マインドの強い富裕な豪農の出身であって旧武士階級出身ではない。武士的なエートスはあくまでも後天的に教育をつうじて身につけたものであったために、武士以上に武士的なメンタリティも身につけたのであった。

もちろん、渋沢栄一も攘夷運動の未遂による挫折や、日本不在中に幕府が崩壊するなど、やる気を喪失した失意の時期を過ごしているが、キリスト教などの宗教に安心立命の境地や救いを求めたりするタイプではなかったようだ。「維新の負け組」ではないから、敗残者意識もなかったのであろう

東京商工会議所会頭としてアメリカの実業界と深い交際を行うようになった後半生に興味深いエピソードがある。『渋沢栄一』(渋沢秀雄、渋沢青淵記念財団竜門社、1961初版)から引用しておこう。缶詰メーカーの経営者ハインツや腕時計メーカーの経営者ワナメーカーとの交際のなかで交わされた会話である。

栄一も近い将来、東京でひらかれる日曜学校世界大会の後援者だったので、このふたりとその打ち合わせをしたのである。
するとふたりは期せずして、栄一に同じ質問をこころみた。
「いったいあなたは、どうして日曜学校の世界大会にそう熱心なのですか?」・・(中略)・・
そのとき栄一はこう答えている。
「私はキリスト教も仏教も信仰していませんが、人は自己の為にのみ生くべきものではないという信念を東洋哲学で深く感じています。この点キリスト教精神と同一であろうと思います」(P.97~98)

アメリカの慈善行為(=フィランスロピー)は、キリスト教やユダヤ教に基づくものであるが、渋沢栄一は宗教でなくても、儒教に代表される東洋哲学がそれに該当すると語っているのである。

ちなみに、キリスト者の内村鑑三は、 『後世への最大遺物』(1894年)のなかでアメリカの実業家が慈善行為にカネを惜しまないことを絶賛 している。渋沢栄一にかんする言及はないが、日本の実業家たちも慈善にはカネを惜しまずつかっていたことは明記しておきたい。

もう一つエピソードを引用しておこう。『聖書』と『論語』の大きな違いについて、期せずして語っている後妻の述懐である。『渋沢家三代』(佐野眞一、文春新書、1998)から引用しておこう。

一説には、栄一が生涯になした子は二十人近くにのぼるといわれる。後妻の兼子は晩年よくいった。
「大人(たいじん)も論語とはうまいものを見つけなさったよ。あれが聖書だったら、てんで教えが守れっこないものね!」
『論語』には性道徳に関する訓言がほとんどない。だから、「明眸皓歯(めいぼうこうし)に関することを除いては、俯仰天地に恥じない」などと堂々と言えたのであって、性道徳に厳しい『聖書』だったら身が保たなかっただろう、という妻でこそいえる皮肉であった。(P.195~196)

渋沢栄一の『論語』にもとづくビジネス倫理は、下半身とは無縁の教えであったということだ(笑)


渋沢栄一の『論語』は朱子学的解釈ではない!

渋沢栄一の儒教は朱子学ではない! これはきわめて重要なポイントだ。

主観的で抽象的な観念論に終始する朱子学と違って、渋沢栄一の儒教解釈はきわめて具体的で実践的なものである。幕府の官学とも違う柔軟な解釈によるものであることを、日本を代表する儒教研究の第一人者である加地伸行氏が「日本企業の先駆者の汲めども尽きせぬ知恵」と題した「解説」で指摘している。「士魂商才」という概念など、まさに渋沢栄一ならではのものだ。

幕府は朱子学を官学としており、親藩である水戸藩との人的つながりの強かった渋沢栄一だが、『論語』をはじめとする儒教の教えは、原典そのものを生涯にわたって熟読精読することをつうじて自分のものとしていたのであった。

「大義名分論」という神学論争の果てに内ゲバによる殺し合いで自滅していった水戸藩の状況を間近で観察してきた渋沢栄一は、政治から完全に身を引いたのち儒教の朱子学的解釈を完全に捨て去ったのかもしれない。この点については推測に過ぎないが、専門家の研究に待ちたいところだ。

だからこそ、『論語と算盤』においては、朱子学とはまったく異なるプラクティカルな解釈にこそ注目すべきだろう。朝鮮や中国でキリスト教が普及したことや、維新の負け組となった旧幕臣たちのなかの少なからぬ者たちがキリスト教徒になったのは、朱子学とキリスト教が親和性が高いからだと、朝鮮をフィールドワークしていた文化人類学者の泉靖一氏が指摘しているとおりである。 

大乗仏教がブッダその人の言行録である『ダンマパダ』とはまったく異なる印象を抱かせるのと同様、朱子学と孔子その人の言行録である『論語』は異なるものである。

わたし自身は、『文明論之概略』において「人間の交際に停滞不流の元素を吸入せしめたるものは、之を儒学の罪と云う可きなり」と儒教を否定的に見る福澤諭吉と同様に儒教嫌いなのだが、それはそれとして、『論語と算盤』はビジネス倫理という観点からは絶対にはずせい本であることは否定しない。一度は目を通してみるべき古典である。





目 次

日本企業の先駆者の汲めども尽きせぬ知恵 (加地伸行)
凡例
格言五則 (加地伸行訳注)
処世と信条
立志と学問
常識と習慣
仁義と富貴
理想と迷信
人格と修養
算盤と権利
実業と士道
教育と情詛
成敗と運命
格言五則 (加地伸行訳注)
解題  (加地伸行)

著者プロフィール

渋沢栄一(しぶさわ・えいいち)
1840年、深谷市生まれ。幕臣。維新後、1869年明治新政府に仕官。民部省、大蔵省に属した。辞任後は、第一国立銀行をはじめ500社前後の企業の創立・発展に貢献した。また商工業の発展に尽力、経済団体を組織し商業学校を創設するなど実業界の社会的向上に努めた。(amazonより)





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『雨夜譚(あまよがたり)-渋沢栄一自伝-』(長幸男校注、岩波文庫、1984)を購入してから30年目に読んでみた-"日本資本主義の父" ・渋沢栄一は現実主義者でありながら本質的に「革命家」であった

『論語と算盤』(渋沢栄一、角川ソフィア文庫、2008 初版単行本 1916)は、タイトルに引きずられずに虚心坦懐に読んでみよう!

書評 『渋沢家三代』(佐野眞一、文春新書、1998)-始まりから完成までの「日本近代化」の歴史を渋沢栄一に始まる三代で描く


アメリカ資本主義とビジネス倫理

内村鑑三の 『後世への最大遺物』(1894年)は、キリスト教の立場からする「実学」と「実践」の重要性を説いた名講演である
・・「この講演のなかでは、アメリカ的な慈善(=フィランソロピー)のためにカネを設けるということを美徳として評価もしていることに注目すべき

「信仰と商売の両立」の実践-”建築家” ヴォーリズ
・・アメリカではキリスト教というバックボーンがあったので、このような「両立」が可能であった。ひるがえって日本ではキリスト教に該当するものはなにかと考えたとき、渋沢栄一の脳裏にあったのが論語ということなのだろうか?  孟子とキリスト教に共通性についての指摘が研究者にされている


論語と儒教などについて

書評 『漢文法基礎-本当にわかる漢文入門-』(二畳庵主人(=加地伸行)、講談社学術文庫、2010) 儒教がそもそもグロテスクなものであることは、古田博司氏の・・・を読んでみればよい。わたしは個人的には、世界的な漢字研究者の白川静博士の『孔子伝』を読んでみるとよいと薦めておきたい。


「士魂商才」の実践者

「人間尊重」という理念、そして「士魂商才」-"民族系" 石油会社・出光興産の創業者・出光佐三という日本人

(2014年12月23日 情報追加)




(2012年7月3日発売の拙著です)











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