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2015年5月29日金曜日

『ドラッカー・コレクション 珠玉の水墨画- 「マネジメントの父」が愛した日本の美-』(千葉市美術館)に行ってきた(2015年5月28日)-水墨画を中心としたコレクションにドラッカーの知的創造の源泉を読む

(雪村周継 「月夜独釣図」 ドラッカー・コレクションより)

『ドラッカー・コレクション珠玉の水墨画- 「マネジメントの父」が愛した日本の美-』(千葉市美術館)に行ってきた(2015年5月28日)。千葉市美術館の「開館20周年記念展」である。会期 2015年5月19日から 6月28日まで。

ドラッカーとは、もちろん「マネジメントの父」といわれた経営学者で社会生態学者のピーター・ドラッカー(1909~2005)。「ドラッカー・コレクション」とは、そのドラッカーが生涯をかけて収集した日本美術のコレクションである。みずから「山荘コレクション」(Sanso Collection)と名付けていた。

しかも、その収集の出発点であり、中心であったのが室町時代の水墨画ドラッカーと水墨画の取り合わせは、ビジネスやマネジメントしか関心のない人にはピンとこないだろうし、逆に日本美術愛好家にはドラッカーといってもピンとこないかもしれない。それくらい一般的には水と油のような関係の組み合わせである。


水墨画のなかに「没入」するドラッカー

「正気を取り戻し、世界への視野を正すために、私は日本画を見る」と、コレクター本人が書いているらしい。

人によってはアウトドア活動であったり、スポーツであったりするが、雑事にまみれた実務の世界などの「アクティブ・ライフ」(Vita activa)から離れて「没入」する対象が、書斎派のドラッカーの場合は掛け軸で水墨画であったということだ。

「没入」は「沈潜」といっていいかもしれない。無意識に始まったものとはいえ、その後に確立された、ある種の瞑想法にも近い自己(再)発見のテクニックではないか、と思われる。

水墨画といえば雪舟くらいしか思い浮かばないのが一般的な日本人の反応だろうが、ドラッカーのコレクションは日本人もまったく知らないような絵師の作品にまで及んでいる。

収集がもっとも活発であった時期は、マネジメントにかんする考察がもっとも活発に行われていたクリエイティブな時期と重なるという。「没入」と「創造性」の関係について示唆的な話である。無意識のうちに集中している状態は、ハンガリー出身の心理学者チクセントミハイの提唱した「フロー」の概念に該当する。

水墨画世界のなかに「没入」することが、ある種の「観想的生」(Vita contemplativa)であったと考えれば、ドラッカーにとって、一点を除いてすべてが掛け軸であった日本美術のコレクションを「観る」ことが一番のストレス解消策であり、インスピレーションの源泉でもあったと考えるべきなのだろう。

経営はアートかサイエンスか、という議論が昔から続いているが、答えは言うまでもなく両方である。ここでいうアートとは「芸」「と「術」の双方を含むものであるが、ドラッカーのマネジメントはより人間重視のアート志向といっていいだろう。ドイツ語圏のウィーン出身で、「教養」のもつ重要性を熟知し、みずから実践していた人である。

しかも、ドラッカーが日本美術に目覚めたのは偶然の出会いからだという。

ナチス支配の強まるドイツを逃れ、ロンドンで証券アナリストをやっていた25歳のとき、1934年6月である。雨宿りのために入った美術館の展示を見て、突然恋に落ちてしまったのだという。ドラッカーの日本とのかかわりは、マネジメント指導を通じた日本企業とのかかわりよりもはるか前に、日本美術との偶然の出会いから始まっていたのである。

その時代に誕生したのが、思想家ドラッカーの出世作でチャーチルにも大きな影響を与えた名著『経済人の終わり』(The End of Economic Man)である。マネジメント概念の確立以前のドラッカーには、思想家としての側面と水墨画愛好家という側面があったわけだ。



30年ぶりの「ドラッカー・コレクション」の企画展

『ドラッカー・コレクション 珠玉の水墨画』を企画したのは、ことしが開館20年目の千葉市美術館。同時に開催されている「歴代館長が選ぶ所蔵名品展」にも現れているように、初代館長の辻惟雄氏、第二代館長の小林忠氏、そして現在は第三代の河合正朝氏はいずれも日本美術史研究の泰斗である。

三代目館長は、室町時代の水墨画研究家の河合正朝氏。まさに『ドラッカー・コレクション 珠玉の水墨画-』のテーマを扱うのにこれほどの適任者がいないというだけでなく、じつは今回の企画展は、河合氏自身が30年前に企画した展覧会をさらに精選し、パワーアップしたものだとのことだ。

「公式サイト」の紹介文には、企画展の趣旨が以下のように記されている。

 人口当たりでは最大の読者を持ち、特に影響が大きく深かった日本。しかしこれまでのさまざまな "ドラッカー学" の中でも、美術コレクションが意味したものについての考察は、未開拓の分野であったと言えましょう。 本展は、知られざる存在となりつつあった本コレクションを改めて調査し構成した、初公開作品を含む111点の里帰りとなるものです。コレクションの軌跡をたどり、ドラッカーその人への関心と彼が美術を通じて見た日本という視点を加えながら、新たな切り口で作品の魅力をご紹介いたします。

企画展は8部構成となっている。


序章 日本美術との出会い
第1章 1960年代、初期の収集
第2章 室町水墨画
第3章 水墨の花と鳥 動物画の魅力
第4章 聖なる者のイメージ
第5章 禅画 江戸のカウンターカルチャー
第6章 文人画の威力
終章 書斎に吹く風 クレアモントのドラッカー


それぞれの展示作品につけられたキャプションを読むと、ドラッカーによる日本美術のキーワードは、意匠としてのデザイン、トポロジー、そして統合性と両極性とある。ドラッカーは、日本美術と日本文明の特色は、美術だけではなく経営にも現れているとみているようだ。

今回の企画展は展示品だけでなく、「目録」(2,300円)もじつによくできているので購入することをぜひすすめたいが、目録所収の論文や関係者の回顧録やコラム記事などすべて読み、あらためて展示作品を目録の掲載されている写真で眺めていると、またさまざまな角度から思考を深めることが可能となる。

デザイン性や統合性については、日本美術については比較的よく語られてきたことだが、トポロジーという把握が印象に残る。トポロジーとは位相幾何学のことである。

遠近法の背景にある西欧の幾何学でも、中国の対称性の代数学でもなく、日本美術はトポロジカルというのはドラッカーならではの理解だが、なかなか美術だけをやっている人間から聞くことのない指摘である。トポロジーはギリシア語のトポス(=場)からの派生語だが、「現場」など、なによりも「場」を重視する日本人の志向性を想起させるものがある。

ドラッカーが禅仏教に傾倒したという話は聞かないが、みずから収集した水墨画や禅画のコレクションをつうじてドラッカーは禅的なものに強く影響を受けているようだ。禅画をカウンターカルチャーと位置づけるのは、1970年代のアメリカ、とくに西海岸のトレンドとは無縁ではあるまい。世代は大きく異なるが、禅仏教に傾倒し、日本好きであったスティーブ・ジョブズと同時代を生きていたのである。

青年期まで過ごしたウィーンやフランクフルトなどで接していた、第一次世界大戦と同時代の「ドイツ表現主義」が実現できず終わったことを、すでに江戸時代の日本人が禅画で実現していたというドラッカーの発言もまた興味深い。日本文明の根底の一つを形成している、禅仏教的な知覚による直観的把握について語っているわけだが、西洋美術との比較で禅画を見直してみるのも、一つの鑑賞方法であろう。

ドラッカーは西欧文明の中心地の一つであるウィーンに生まれ育ったユダヤ系の知識階層出身者であり、自分自身が徹底的に教育を受けたデカルト的な分析的知性と日本美術をつうじて学び取った知覚による直観的把握を大事にしてきたようだ。この両者が合わされば、まさに鬼に金棒だろう。西欧人にとっては後者が、日本人にとっては前者を強化することが重要である。

この企画展の英文タイトルは、Masterpieces from the Sanso Collection: Japanese Paintings colleted by Peter F. and Doris Drucker となっている。収集はドラッカー個人によるものではなく、夫婦によるものであったことにも注目しておきたい。

「ドラッカーコレクション」は、基本的に著名な絵師の著名な作品よりも、日本人ですらまったく聞いたことのないような絵師も多く、テーマ性のきわめて明確なコレクションだが、なかにはいま日本でも人気の高い若冲の水墨画もある! 「梅月鶴亀図」(1795年)がそれである。マグネットも販売されていたのが、美術マグネット・コレクターとしてはうれしいかぎりだ。

(伊藤若冲 「梅月鶴亀図」の一部  ドラッカーコレクションより)


この企画展は巡回展で、千葉市美術館のあとは、長野県信濃美術館(2015年7月11日~8月23日)山口県立美術館(2015年10月30日~12月6日)で開催される。東京や大阪など大都市ではなく地方都市の公立美術館での開催だが、価値ある企画展なので、ぜひ足を運んでほしいと思う。

(2015年6月5日 大幅加筆して再構成)





PS 『すでに起こった未来-変化を読む眼-』(ドラッカー、ダイヤモンド社、1994)「第7部 社会および文明としての日本」の「11章 日本画に見る日本」が、ドラッカーの日本美術論である



PS2 『ドラッカー 教養としてのマネジメント』(ジョゼフ・マチャレロ/カレン・リンクレター、日本経済新聞社出版社、2013)の「日本語版序文」(村山はな)に、ドラッカーと日本美術との関係が簡潔に記されている。





<関連サイト>

『ドラッカー・コレクション 珠玉の水墨画- 「マネジメントの父」が愛した日本の美-』 出品リスト

ピーター・ドラッカー 日本美術へのラブレター(NHK日曜美術館、2015年6月7日 放送)


<ブログ内関連記事>

日本美術展

「若冲と蕪村-生誕300年 同い年の天才絵師-」(サントリー美術館)に行ってきた(2015年5月6日)-なるほど二人合わせてジャクソン(=若+村)か!

「白隠展 HAKUIN-禅画に込めたメッセージ-」にいってきた(2013年2月16日)
・・仙崖とともにドラッカーが収集していた

「ザ・ビューティフル 英国の唯美主義1860~1900」(三菱一号館美術館)に行ってきた(2014年4月15日)-まさに内容と器が合致した希有な美術展
・・日本の美術や工芸品が世紀末英国美術に与えた決定的影響。 とくにオスカー・ワイルドの日本美術びいきには注目


日本美術コレクション

書評 『若冲になったアメリカ人-ジョー・D・プライス物語-』(ジョー・D・プライス、 山下裕二=インタビュアー、小学館、2007)
・・テーマ性で収集したドラッカーとは異なり、埋もれていた一人の絵師の作品に惚れ込んだアメリカ人コレクターによるコレクション

「特別展 ボストン美術館 日本美術の至宝」(東京国立博物館 平成館)にいってきた(2012年5月18日)
・・岡倉天心がその整理にかかわった日本美術の一大コレクション

「人間尊重」という理念、そして「士魂商才」-"民族系" 石油会社・出光興産の創業者・出光佐三という日本人
・・ドラッカーも好んだ仙崖を中心に収集した個人コレクターとしての出光佐三


「社会生態学者」を自称するドラッカーの原点

『「経済人」の終わり』(ドラッカー、原著 1939)は、「近代」の行き詰まりが生み出した「全体主義の起源」を「社会生態学」の立場から分析した社会科学の古典
・・欧州における「キリスト教の失敗」が一般民衆のファシズムやナチズムへの熱狂を生み出したことを、ヒトラーと同時代人として若き日に指摘したドラッカーは、ユダヤ系だがキリスト教の洗礼を受けて育った同化ユダヤ人である。水墨画への「没入」は、宗教の代替物としての美術という文脈で捉えることも可能かもしれない

書評 『知の巨人ドラッカー自伝』(ピーター・F.ドラッカー、牧野 洋訳・解説、日経ビジネス人文庫、2009 単行本初版 2005)-ドラッカー自身による「メイキング・オブ・知の巨人ドラッカー」


「経営学者」としてのドラッカー

レビュー 『これを見ればドラッカーが60分で分かるDVD』(アップリンク、2010)
・・「経済よりも社会のほうがはるかに重要だ」というドラッカーの発言がすべてを言い表している。「マネジメントはサイエンスでもアートでもない、プラクティス(実践)である」という発言も

書評 『ドラッカー流最強の勉強法』(中野 明、祥伝社新書、2010)-ドラッカー流「学習法」のエッセンス

NHKのアニメ 『もしドラ』 最終回(5月6日)後に全10回のおさらい-ミッションの重要性と「顧客」は誰か?

ドラッカーは時代遅れ?-物事はときには斜めから見ることも必要
・・ホリエモンの興味深い発言を参照のこと

経営計画の策定と実行は、「自力」と「他力」という仏教の考えをあてはめるとスムーズにいく
・・「ゆだねる」という他力の思想


「向こう側」を探索する自己発見のテクニック

書評 『ヨーロッパ思想を読み解く-何が近代科学を生んだか-』(古田博司、ちくま新書、2014)-「向こう側の哲学」という「新哲学」
・・自分の内部という「向こう側」に沈潜して再び戻ってくる「^という自己発見のテクニックは、ドイツ語圏の思想家であるユングやシュタイナーにもみられる

カラダで覚えるということ-「型」の習得は創造プロセスの第一フェーズである
・・イエズス会の創始者ロヨラは『霊操』でイメージトレーニングによる観想方法を確立した。この手法はイメージを消していく禅仏教の方法とは真逆の関係にある


千葉市美術館で開催された日本美術展

『酒井抱一と江戸琳派の全貌』(千葉市美術館)の初日にいってきた-没後最大規模のこの回顧展は絶対に見逃してはいけない!

「蕭白ショック!! 曾我蕭白と京の画家たち」(千葉市美術館)にいってきた

「生誕130年 橋口五葉展」(千葉市美術館) にいってきた
・・千葉市美術館は館長に美術史家の小林忠氏がいるので、じつによい企画が多い。これもその一つ

美術展 「田中一村 新たなる全貌」(千葉市美術館)にいってきた
・・百貨店でよく取り上げられる田中一村だが、きちんと美術館で正当な評価を行ったことはすばらしい

(2015年6月6日 情報追加)




(2012年7月3日発売の拙著です)











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