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2026年8月1日土曜日

美術展「大英博物館日本美術コレクション 百花繚乱 海を越えた江戸絵画」(東京都美術館)に行ってきた(2026年7月31日)― 大英博物館は江戸美術の名品をこれほど多く収集していたのか!

 

昨日(2026年7月31日)のことだが、「大英博物館日本美術コレクション 百花繚乱-海を越えた江戸絵画」(東京都美術館)に行ってきた。美術館の場所は上野公園内で、上野動物園のとなりにある。 

東京都美術館の開館100周年(!)を記念する企画だという。ふだんは西洋美術の企画展の多い東京都美術館だが、日本美術の企画展とはめずらしい。

 展示内容は、江戸時代前期の狩野派や土佐派の絵師による絵画作品から始まって、目玉となる狩野派の絵師による襖絵(ふすまえ)、江戸時代後期を代表する京都派の円山応挙まで。


(日米英に分散していた襖絵の再会 筆者撮影)


とくに目玉となるのは、日米英に分散して所有されていた3つの襖絵が一連のものだと判明、なんと150年ぶりに再会という快挙が実現したことだ。 




ところがこれで終わりではなく、2階から3階にかけては、鈴木春信から鳥居清長、そして喜多川歌麿の美人浮世絵、東洲斎写楽に葛飾北斎、それから歌川広重に歌川國芳と、ポピュラーカルチャーの浮世絵のオンパレード!

誰もが知っている浮世絵の名品が、これでもかこれでもかと登場する。この充実した内容はすごすぎる。正直お腹いっぱいになってくる。 


(チラシの裏)


それにしても、「大英博物館」(ブリティッシュ・ミュージアム: British Museum)は、よくぞここまで日本美術の名品を収集したものだと感心する。 

海外の美術館で日本美術の宝庫といえば、米国のボストン美術館がまず想起されるが、大英博物館もここまですばらしい作品を所有していたとは知らなかった。大英博物館はずいぶん前に訪れたことがあるが、日本美術には目が向いていなかったからかもしれない。 

日本が「開国」したのは、大英帝国の全盛期でもあった。幕末から明治維新にかけての激動期には「大名家の没落」と「廃仏毀釈」が原因となって、日本の美術品や工芸品が大量に海外に流出している。 

とはいえ、実質的には略奪行為としかいいようがない中東やインドなどにおける発掘品とは異なり、日本美術の名品は正当な商取引によって入手されたものである。ジャポニズム全盛時代の英国にも、日本美術の目利きたちがいたのである。展示会場に入ると、まずかれらのことが紹介されているが、日本ではまったく無名の英国人たちである。

美術展の会場についてだが、平日の午後の時間帯であったにもかかわらず、来場者の多くが女性であり、想定以上に混雑していた。夏休みということもあるのだろうか、若い女性たちが多かった。

そのためかどうか知らないが、ミュージアムショップの混雑ぶりは、それこそバーゲン会場のよう(!)で驚かされた。めぼしいものがなかったので、マグネットは購入しなかった。マグネット愛好家としては残念である。

とはいうものの、江戸美術の展示で、ここまで名品をそろえた美術展はめったにあるものではない。日本人の日本美術への関心の深まりには心強いものを感じている。会期はことし2026年の10月18日まで。ぜひ一度足を運んでみることを勧めたい。


(図録のカバーは、円山応挙の「虎の子渡し図屏風」より)
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・・明治時代の日本美術発見者であるフェノロサとビゲローによる収集品は、その大半がボストン美術館に収蔵されている

・・「大英博物館で日英交流400年を記念して2013年に開催された SHUNGA の里帰り巡回展である。大英博物館ででは4ヶ月の会期中に来場者が9万人あったという。」

・・「博士論文のテーマは、19世紀後半の英国における日本美術収集にかんするものであり、オックスフォード大学と大英博物館の所蔵品を調べ」ている

・・日本初公開を含む、英国の美術商ゴールドマン氏のコレクション

・・19世紀英国における「ジャパニズム」(Japanism)と「アングロ・ジャパニーズ・スタイル」(Anglo Japanese Style)という日本趣味の美術工芸




■東京都美術館



(2026年8月13日 情報追加)


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2026年5月1日金曜日

書評『スティーブ・ジョブズ1.0の真実』(佐伯健太郎、晶文社、2026)― 自分がつくったアップルから追い出される前のジョブズに深い影響をあたえていた日本文化

 

スティーブ・ジョブズが熱心なコレクターとして日本の版画を収集しているということを知ったのは、NHKで制作され2023年に放送された「日本に憧れ 日本に学ぶ~スティーブ・ジョブズ ものづくりの原点」という番組だった。

ジョブズといえば、ソニー創業者の盛田さんを尊敬し、禅仏教に傾倒していたことなど日本びいきであったことが知られているが、それ以外にも日本がらみの趣味があったのだ。

それが「新版画」であり、日本の焼き物(陶器)である。そもそ「新版画」というカテゴリーじたい、この番組を見るまでまったく知らなかったのだ。橋口五葉のファンはジョブズだけでなく、わたし自身がそうであったにもかかわらず・・・





番組の概要をNHKのサイトから引用しておこう。


アップルの創業者スティーブ・ジョブズ。社運をかけて開発したマッキントッシュコンピューターの発表会で使ったのは「新版画」という日本の木版画だった。彼は信楽焼など日本の陶器の熱心な愛好家でもあり、ソニーに心酔していた。日本の新版画や陶器、そしてソニーの経営哲学はアップルの製品づくりにどう影響していったのか。盟友だった元CEOのジョン・スカリー氏らのインタビューから明らかにしていく。


この番組は、NHKの取材記者による定年までの8年間にわたる執念のたまものである。

取材のきっかけや番組として結晶するまでの経緯と、映像作品としての番組に結晶した知られざるジョブズと日本との密接なかかわりと手探りの取材の経緯が記者本人によって書籍化されていたことを最近知った。


日本橋のデパートで開催された川瀬巴水の企画展を見に行った著者が、水戸支局に勤務して際に川瀬巴水が茨城と大きくかかわっていたこと。NHKの「日曜美術館」のアンコール放送で言及されたジョブズと川瀬巴水のかかわりを知り、1984年に行われたアップルコンピュータのマッキントッシュデモに使用されたモニターに映っていた橋口五葉の「髪梳ける女」(かみすけるおんな)から始まった疑問と違和感・・

そんな小さなキッカケから始まった取材が、アップル追放前の「ジョブズ1.0」の伝記にもなっている。「ジョブズ1.0」とは、アップルにおけるジョブズの原点のことである。

そのときの「盟友」がジョン・スカリー氏であった。ジョブズとスカリーは犬猿の仲になったと思い込んでいたのだが、スカリー氏はそうは思っていなかったというのも驚きである。

番組を視聴してからすでに3年、この本を読み、あらためて知ることになったのが、ジョブズが禅仏教に出会う前から日本文化に深く傾倒し、きわめて大きな影響を受けていただけでなく、その原点が中学生時代の親友宅で見ていた川瀬巴水の「新版画」にあったことを確認した。

美術品としての評価だけでなく、「新版画」におけるイノベーションの意味についても。

そしてその「新版画」は、親友の母親がその父、つまり親友の祖父から受け継いだものであり、祖父は1930年代にシカゴで入手しコレクションしたものだったという。

1905年の日露戦争前後がそのブームの頂点であった「アメリカのジャポニズム」が終焉したあとも、1930年代には「新版画」が米国でブームになっていたという事実。その背景には、新版画は積極的に海外市場を意識して打って出たという側面があったようだ。

日本人にとっては当たり前すぎて、ふだんは深く考えることもない「日本的美意識」であるが、その意味を認識の対象として再確認させてくれた恩人として「新版画」と「日本の焼き物」の熱心なコレクターであったアメリカ人スティーブ・ジョブズの名前は深く記憶されるべきであろう。


(画像をクリック!)

目 次
はじめに 
まえがき
第1章 「新版画」とジョブズ
第2章 銀座の画廊との20年
第3章 フェルナンデス親子との縁
第4章 ジョブズ in 京都
第5章 アルバカーキまで、必ず連れて行くからな!
第6章 ジョブズの壺
第7章 「角を丸くしてくれないか」
第8章 スティーブ・ジョブズ1.0
第9章 取材の天王山
第10章 旅のフィナーレへ
第11章 「NHK取材ノート」のことなど
第12章 取材は続く
あとがき
スティーブ・ジョブズと日本
スティーブ・ジョブズが購入した新版画48点
スティーブ・ジョブズの京都での主な訪問先
「スティーブ・ジョブズ1.0の真実」取材記録 
番組・制作スタッフ 
ウェブ記事 
主な参考文献


<ブログ内関連記事>





■近代における「日本的美意識」




■アメリカ人コレクターによる「日本美術」

・・明治時代の日本美術発見者であるフェノロサとビゲローによる収集品は、その大半がボストン美術館に収蔵されている

『ドラッカー・コレクション 珠玉の水墨画- 「マネジメントの父」が愛した日本の美-』(千葉市美術館)に行ってきた(2015年5月28日)-水墨画を中心としたコレクションにドラッカーの知的創造の源泉を読む 
・・青年期まで過ごしたウィーンやフランクフルトなどで接していた、第一次世界大戦と同時代の「ドイツ表現主義」が実現できず終わったことを、すでに江戸時代の日本人が禅画で実現していたとドラッカーは言う。「写実」ではなく「写意」として

書評 『若冲になったアメリカ人-ジョー・D・プライス物語-』(ジョー・D・プライス、 山下裕二=インタビュアー、小学館、2007) 
・・テーマ性で収集したジョブズやドラッカーとは異なり、埋もれていた一人の絵師の作品に惚れ込んだアメリカ人コレクターによるコレクション


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2026年1月10日土曜日

映画『天心』(2013年、東映)をDVDで視聴(2026年1月10日)― 岡倉天心になりきった竹中直人の熱演で岡倉天心が生身の肉体をもった存在として甦る

 

映画『天心』(2013年、東映)をDVDで視聴。岡倉天心の後半生を映像化した伝記映画である。
    
岡倉天心は言うまでもなく、明治維新後に消滅の危機にあった日本美術の再興を実現したプロデューサーだ。
     
エリート文部官僚として美術行政全般を主導し、若くして美校校長となって日本画家を育成、野に下っては日本美術院を立ち上げ、晩年はボストン美術館のキューレーターとして日中国・日本美術部門の責任者として功績を残している。
 
『天心』は、その天心の破天荒までの人生を描いた熱い映画である。

主たる舞台は、晩年の天心が気に入って拠点を移した茨城県北部の五浦(いづら)。太平洋に面した絶景の地である。太平洋を挟んだ米国と日本を往復する生活を送りながら、心身を休める場所として選んだのが五浦であった。



 
五浦を舞台にして、天心とその弟子たちとの日々を中心に据え、かれらにかかわる女性たちを描いたヒューマン・ドキュメント映画である。

その意味では『「日本画」の誕生物語―天心と4人の弟子たち」としたほうが映画の内容に即しているのではないか。「4人の弟子たち」とは、「日本画」の大成者である横山大観、菱田春草、下村観山、そして木村武山である。

この映画では、とくに菱田春草が主要な脇役として取り上げられているが、わずか2時間の尺に天心の人生を描くうえでは、よくできた脚本といえるだろう。


(4人の弟子たち 残された写真の映像化 映画よりスクショ)

 
それにしても、天心を演じた竹中直人の熱演ぶりには脱帽する。多摩美大出身ということもあろう、美術界のカリスマであった天心になりきっているのだ。

実際の天心は当時としては長身の大男だったらしいので、その点は割り引く必要がある。とはいえ、すばらしい演技であった。もともと形態模写からTVデビューした人だけに、英語の発音も堂に入っている。


(「3・11」後に再建された「六角堂」 観光いばらきより)

 
天心が五浦につくった「六角堂」は、「3・11」の大津波で流されてしまったが、この映画をつうじて六角堂が再建され、実写されている。


(大津波で流される前に撮影された六角堂が登場)


ときにみずから茶を点て、瞑想の場としていた六角堂から眺める太平洋。240度のパノラマが展開するこのシーンを味わうことができるのも、この映画ならではの醍醐味だ。そ



(六角堂のなかから太平洋を見る)


して、奇妙な印象さえ受ける道服を身につけ、小船を浮かべての海釣りをする天心。


(小船を浮かべての海釣り)

 
「岡倉天心、生誕150年 没後100年記念」として製作された映画である。製作からすでに13年たっているが、このフレーズからわかるのは、天心はわずか50歳で亡くなっていることだ。全力で走り抜いた、太く短い人生であったのだ。


(太平洋の彼方から昇る太陽)


100年以上前に生きた人物であり、すでに歴史上の人物となっている。だが、生身の肉体をもった俳優によって演じられることで、実際に生きていた人物として再現され、視聴する者が実感することができるのである。
 
映像のもつチカラがそこにある。
 
  
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2025年9月14日日曜日

書評 『東洋の至宝を世界に売った美術商 ― ハウス・オブ・ヤマナカ ―』(朽木ゆり子、新潮文庫、2013)― 知られざる日本企業の海外進出サクセス・ストーリーであり、その絶頂期と敵国資産として接収され解体にいたる歴史を描いたノンフィクション

 


面白そうだなと思って買っておいたまま12年。ふと気になって読み始めたら、これがじつに面白い。最後まで飽きることなく、文庫本で450ページ超の大冊を読み通してしまった。 

知られざる在米日本企業の盛衰を描いたノンフィクションである。日本企業の海外進出ストーリーであり、出発点から解体までを扱った歴史ものであるが、主たるテーマは「山中商会」という美術商、つまりアート・ディーラーとその顧客たちの関係を描いたものだ。

19世紀後半から20世紀前半にかけて、欧米の大富豪たちのあいだで東洋美術ブームがあった。欧米各地の美術館に国宝級の日本美術が収蔵されているのは、その名残である。まずは日本美術がブームとなり、その後は中国美術にシフトする。

貴重な美術品が海外に流出した背景には、旺盛な需要だけでなく、ビジネスとして仲介を行ったの美術商たちが存在していたからである。 

本書の主人公は、山中定次郎(やまなか・さだじろう)であるが、大阪の山中一族が主人公といってよい。「ハウス・オブ・ヤマナカ」とは山中商会のことだ。江戸時代後期から幕末の動乱期を乗り切った大阪の古美術商の一族が、明治維新を経て海外に雄飛する道を選ぶ。

浮世絵にかんしては、ジャポニスムの中心地であったパリを本拠に活動していた林忠正が有名だが、山中定次郎は海外進出の出発点をニューヨークに選んだ。日本との関係でいえばボストンが有名だが、ニューヨークには小規模ながらすでに日本美術のアート市場が存在したからだ。 


■知られざる日本企業の海外進出のサクセス・ストーリー

本書は三部構成になっているが、「第1部 古美術商、大阪から世界へ」と「第2部 「世界の山中」の繁栄」は、日本企業の海外進出ストーリーとして読みでがある。

ニューヨークを本拠地にして、ボストンやその他東海岸を中心にした米国各地だけでなく、ロンドンにも進出して王室御用達にもなっていたのだ。 

古美術を扱うアートディーラーは、資金の回転が遅く、しかも大きなカネを動かさなくてはならないので、信用がものをいう世界である。格式がブランド力向上につながり、ビジネスに有利に働くだけことはいうまでもない。

山中商会が全盛期を迎えたこの間、顧客の関心は日本美術から中国美術に移っていくが、それは明治維新前後の混乱状況は、すでに収束を始めていたからだ。日本からの美術品の流出に法的な制限がかけられるようになったのである。だが、それだけが理由ではない。

20世紀のはじめには、中国大陸は清朝末期の「義和団事件」から「辛亥革命」にかけての激動期であり、その後もつづいた政治経済から社会全体におよんだ混乱状態のなか、大量の古美術品が手放され、あるいは略奪によって海外に流出したのである。山中商会も大胆な取引によって、中国美術で大いに儲けている。 


■日米関係の悪化と日米戦争によるビジネス接収と解体

ところが、そんな全盛期も終焉を迎えることになる。1929年に始まった「世界大恐慌」の影響があっただけではない。なによりも「日米関係の悪化」がビジネスに悪影響をあたえることになったからだ。 

1941年7月の日本軍の「南部仏印進駐」によって「在米日本資産凍結令」が発令され、12月の「日米開戦」によって資産が接収され、米財務省の管理下に入ることでトドメを刺された。資産売却のための営業がゆるされたが、敵国資産管理人局による清算作業によって3年後に解体された。 

接収から解体にいたるまでのプロセスを描いたのが「第3部 山中商会の「解体」であり、大戦中に接収された在米日本企業の資産が、どのように処分されたのかについての貴重なケーススタディになっている。

米国政府の一次資料を読み込んだ10年かけての労作であり、頭が下がる思いをする。 著者には『フェルメール全点踏破の旅』という著書もあって、その徹底ぶりには以前から感嘆していたが、この本はそれをはるかに上回る徹底した調査によってできあがった作品なのだ。

アート・ディーラーというビジネスをテーマにした日本企業の海外進出ストーリーであり、美術ファンはもちろん、それ以外の人にとっても読む価値のある作品であると、出版から時間がたっているものの、いまさらながら思う次第だ。

 
(画像をクリック!)


目 次 
序章 琳派屏風の謎 
第1部 古美術商、大阪から世界へ
 第1章 「世界の山中」はなぜ消えたか
 第2章 アメリカの美術ブームと日本美術品
 第3章 ニューヨーク進出
 第4章 ニューヨークからボストンへ
第2部 「世界の山中」の繁栄
 第5章 ロンドン支店開設へ
 第6章 フリーアと美術商たち
 第7章 日本美術から中国美術へ
 第8章 ロックフェラー家と五番街進出
 第9章 華やかな20年代、そして世界恐慌へ
 第10章 戦争直前の文化外交と定次郎の死
第3部 山中商会の「解体」
 第11章 関税法違反捜査とロンドン支店の閉鎖
 第12章 日米開戦直前の決定
 第13章 開戦、財務省ライセンス下の営業
 第14章 敵国資産管理人局による清算作業
 第15章 閉店と最後の競売
 第16章 第二次世界大戦後の山中商会
終章 如来座像頭部
あとがき
注
資料と参考文献


著者プロフィール
朽木ゆり子(くちき・ゆりこ)
東京都生れ。国際基督教大学教養学部社会科学科卒。同大学院行政学修士課程修了。コロンビア大学大学院政治学科博士課程に学ぶ。1987年から1992年まで「日本版エスクァイア」誌副編集長。1994年よりニューヨーク在住。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)



<ブログ内関連記事>

・・ボストン美術館の東洋美術部門は岡倉天心が責任者として基礎を固めた

・・アメリカの大富豪が「発見」しコレクションを作り上げたことで、日本でも注目されるようになった伊藤若冲

・・「博士論文のテーマは、19世紀後半の英国における日本美術収集にかんするものであり、オックスフォード大学と大英博物館の所蔵品を調べる」






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