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2026年7月8日水曜日

書評『ピーター・ドラッカー 「マネジメントの父」の実像』(井坂康志、岩波新書、2024)― 学問分野横断型の総合知性の人であったドラッカーの全体像を把握しようとした試み 

 

ビジネスパーソンでドラッカーの名前を聞いたことがない、そんな人はいないはずだ。 2001年に95歳で亡くなってからすでに22年になる(2026年現在)。

ところが、過去の人になるどころか、繰り返し繰り返しその名が呼び戻される巨大な存在だ。ところが、かえってそのために「マネジメントの父」という評価のみが固定観念と化してしまい、「知の巨人」の知性の拡がりが視界の外に消えてしまったような気がしないでもない。 

そもそも、ドラッカー自身が自分のことを「経営学者」などとは見なしていなかったことを知る必要がある。経営学の世界でも、ドラッカーは経営学者とは見なされてなかったのである。 

わたしが1990年頃にMBA取得のために米国に大学で学んでいたときも、授業でドラッカーのに言及されることなど一度もことはなかった。日本のビジネス界で知らない人がいないほそ絶大な人気のあったドラッカーが、米国の経営学ではまったく話題にのぼることすらないのだ! 

ドラッカーがやっていたことは、狭義の「科学」(サイエンス)ではない。マネジメントという現象に対する「観察」であり、しかも間接的な関与であった。もちろん、その考察内容とアドバイスがきわめてすぐれたものであったことは言うまでもない。

ドラッカー自身は「傍観者」(bystander)と表現している。「当事者」ではない、という意味だ。 知っている人は知っているだろうが、本人は「社会生態学者」であるという認識をもっていた。


本書は、外国メディアとしてドラッカーに最後にインタビューした著者が、いまだ理解されざる「思想家ドラッカー」の全体像を把握しようとする果敢な試みである。新書版でドラッカーの全体像を語り尽くすことなどそもそも不可能であるが、よくそのエッセンスをまとめ上げたものだ感心している。 

ドラッカーを経営学者だと思い込んでいる人は、おそらく聞いたこともないような人名がこれでもか、これでもかと登場してくることにウンザリしてしまうかもしれない。あるいは、ほぼ読み飛ばしてしまうことだろう。だが、わたしのような人間には、ディテールにこそ興味が向かうのであり、最初から最後まで興味が尽きない。 

第一次大戦後のウィーン時代での少年時代から、高校卒業後に職についたドイツのハンブルクとフランクフルト時代、ユダヤ系であることも理由のひとつとしてナチスドイツを離れてロンドンに移動し、さらに「新天地」の米国に移住するまでは、前半生のハイライトであり、ドラッカーの思想をつくりあげる基礎となっている。 

この時代については、ドラッカー自身も『傍観者の時代』などの著書をつうじて語っているが、経営実務家ではない研究者の著者は、「当事者」ではない、それこそ「傍観者」の視点から事実関係とドラッカーによる語りとのズレを視野に入れている。ドラッカーは自分が生きた時代の雰囲気を語るため、どうやらレトリックとして事実の改変も意識的に行っているようなのだ。 

本書でとくに印象に残るのは、ドラッカーの根底にあるのがドイツ時代に熟読したキルケゴールの「実存主義」哲学であること、そして24歳のときロンドンで日本の水墨画に偶然出会ってから95歳で亡くなるまで、コレクターとして日本の水墨画と禅画を愛し続けたこと、である。この2点がドラッカーの生涯を貫く通奏低音となっているのである。その意味を深く考えなくてはならない。両者に共通するのは人間の生死の根底にある「実存」と「自由」にかんする哲学である。

米国移住後にはメディア論のマクルーハンや、発明家で思想家のバックミンスター・フラーと密接な関係があったことなど、本書ではじめて知った。これらの点については、時間の余裕のあるときに深掘りしてみたい。前者はメディアとレトリックについての、後者は人間とテクノロジーに関係についてのディスカッション相手だった。

日本人はマネジメントという側面だけでなく、ドラッカーはなぜ日本の水墨画と禅画を愛したのか、なにをそこに観ていたのか知る必要があるだろう。ドラッカーについて知ることは、日本人が日本についてよりよく知ることにもつながるはずだ。


つねに新たな現実に関心を抱いて思考を行い、学問分野横断型の総合知性として20世紀を生き抜いたドラッカーという思想家。

ドラッカーとは何者だったのか? この問いに対する解答の試みは、まだ始まったばかりである。 


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目 次
はしがき 
第1章 破局 1909~1928 
 第1節 幼少期の環境 
 第2節 時代への目覚め
 「インターミッション①」 憧れ ― オペラ『ファルスタッフ』 
第2章 抵抗 1929~1948 
 第1節 フランクフルトからロンドンへ 
 第2節 新天地アメリカ 
「インターミッション②」 『傍観者の時代』の危うい筆法 ― カール・ポランニー 
第3章 覚醒 1949~1968 
 第1節 ニューヨーク大学時代 
 第2節 初来日(1959年)
 「インターミッション③」 「大工の言葉」の使い手 ― マクルーハン 
第4章 転回 1969~1988 
 第1節 断絶 
 第2節 西海岸移住
 「インターミッション④」 失われた風景 ― 小説『最後の四重奏』 
第5章 回帰 1989~2005 
 第1節 ポスト資本主義 
 第2節 共生の社会へ 
「インターミッション⑤」 信仰生活 
終章 転生 2006~ 
参考文献 
あとがき

著者プロフィール
井坂 康志(いさか やすし) 
1972年生まれ。日本の経営学者・社会情報学者。ものつくり大学教授、NPO法人ドラッカー学会共同代表。東洋経済新報社を経て、現在ものつくり大学教養教育センター教授(ドラッカー経営学研究室)、図書館・メディア情報センター長。(Wikipediaなどから編集)



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・・思想家ドラッカーの前半生の主著

・・ドラッカーの「山荘コレクション」(Sanso Collection)の大半が千葉市美術館によって買い取られて日本に里帰りしている

・・「法話という聴覚に訴えるメディアだけでなく、画賛という絵と文字をあわせた視覚に訴えるメディアも活用したということである。しかも、それを見る者を巻き込む involving media (マクルーハン)すら開発していた白隠」。 ドラッカーは白隠や仙厓の「禅画」に惹きつけられていた。仙厓のコレクターであった出光佐三とは、さぞかし話があったことであろう

・・ドラッカーが愛した日本の水墨画や禅画は、その背景に禅仏教があり、さらに禅仏教はインド生まれの仏教が老荘思想であって中国化したものであり、日本に伝わった禅仏教が室町時代の「東山文化」」という形で花開いたことまで考えるべき。老荘思想のうち荘子は「古代中国の実存主義」だと福永光司氏はいう。ドラッカーが実存主義の元祖キルケゴールに心酔していたことを考え合わせると、たんなる偶然の一致以上のものを感じないわけにはいかない


・・日本ではあまり論じられることのない、非営利組織としてのコミュニティである「メガチャーチ」に対するドラッカーの多大な関心が語られている

・・なぜかこの本は、『ピーター・ドラッカー 「マネジメントの父」の実像』では取り上げられていない。もちろん、保守主義の政治思想は重要だが、ドラッカー思想の全体ではない


・・ブダペスト出身の天才ポランニー兄弟のうち、ドラッカーは兄で経済学者のカールと米国の大学で同僚となり親しく付き合ったが、経営学者の野中郁次郎は弟の化学者で科学思想家のマイケルの「暗黙知」に着目して、「ナレッジ・マネジメント」(知識経営)を理論化した


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2024年4月2日火曜日

書評『シン・日本の経営 ― 悲観バイアスを排す』(ウリケ・シェーデ、渡部典子訳、日経プレミアシリーズ、2024)― 自分自身を虚心坦懐に観察するのが難しい。だからこそ外部の目で見ることが大事

 


「シン~」なんて、なんだか流行り物風のタイトルだが、内容はいたってまともだ。米国の大学のMBAコースで教えているドイツ人研究者によるもの。再興 THE KAISHA』(2022年)の内容を、日本の読者向けに書き直したものだそうだ。 

内容は一言でいえば、副題の「悲観バイアスを排す」にあるといっていいだろう。とかく日本人は悲観論を口にしがちだが、実体はかならずしもそうではない。 

「失われた30年」と日本国内では言い続けられてきた。だが、マクロ経済の状況は別にして、ミクロの個別企業の注目すれば、意外と日本企業は強いのである。 

「グローバルな最先端技術の領域で事業を展開する機敏で賢い数多くの企業」について取り上げた「第4章 優れたシン・日本企業に共通する「7P」がとくに興味深いものがあった。

取り上げられた企業は、上場企業が中心であるが一般にはあまり知られていない企業が大半である。これらの企業について知ることは、日本人にとっては意味あることだといっていい。著者は言及していないが、B2B(=法人向けビジネス)に特化したハイテク企業、いわゆる「京都モデル」の企業と重なるものがある。 

本書のキーワードは、軸足を中心に方向を変える「ピボット」(pivot)である。これはバスケットボール用語を援用して、国際政治の世界でつかわれはじめた概念だが、経営学で言い換えれば、主力事業を深化させながら新規事業の探索を行う「両利きの経営」(ambidexterity)となる。これらの経営概念をつかった説明も明解だ。 

もちろん、言うは易く行うは難し。実行することは容易ではないだろう。企業経営についての議論だが、個人のキャリア戦略にも応用可能だろう。そんな読み方もできるのではないか。 

このほか「ディープテクノロジー」(deep technology)という概念も興味深い。この概念でハイテク分野を分類すると、日本やドイツは、米国やイスラエルとは対照的な存在であることが示されている。後者は「シャローテクノロジー」(shallow technology)となる。「深くて遅い」に対して「浅いが速い」。

つまるところ、ことさら日本を前面に出す必要はないが、日本には日本のやり方があり、みずからの特性にもとづき、強みを活かすべくみずからの道を進むべきであって、シリコンバレーの猿真似などする必要はまったくないということだ。当然といえば当然である。

本書は、日本褒め本ではない。日本人自身が気づいていないが、変化に向けての大きな動きが進行していることを、日本人自身が知ることが大事だと述べている本である。 

自分自身を虚心坦懐に観察することはきわめてむずかしい。だからこそ、他者の目、とくに外部の目をつうじて観察することの意味がある。もちろん、それが絶対にただしいものではなくても、参考にする意味はあるだろう。

ただし、帯に記された「これは21世紀版「ジャパン・アズ・ナンバーワン」だ」という推薦のことばはミスリーディングのような気がする。著者の意図とは異なるのではないか? 

エズラ・ヴォーゲルの『ジャパン・アズ・ナンバーワン』(1979年)が「褒め殺し」本だったことを忘れてはいけない。結果として日本人の増長を招いて自滅を誘発した本だったことを。

むしろ引き合いにだすべきは、アベグレン博士だったのではないか?



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目 次
はじめに 本書のメッセージ 
第1章 再浮上する日本 
第2章 2020年代は変革の絶好の機会である 
第3章 「舞の海戦略」へのピボット 
第4章 優れたシン・日本企業に共通する「7P」 
第5章 「舞の海戦略」の設計 
第6章 日本の「タイト」なカルチャー ― なぜ変化が遅いのか 
第7章 日本の企業カルチャー ― タイトな国でいかに変革を進めるか 
第8章 日本の未来はどうなるのか ― 日本型イノベーション・システムへ 
第9章 結論 「シン・日本の経営」の出現

著者プロフィール
ウリケ・シェーデ(Ulrike Schade) 
米カリフォルニア大学サンディエゴ校グローバル政策・戦略大学院教授。日本を対象とした企業戦略、組織論、金融市場、企業再編、起業論などが研究領域。一橋大学経済研究所、日本銀行などで研究員・客員教授を歴任。9年以上の日本在住経験を持つ。著書に The Business Reinvention of Japan (第37回大平正芳記念賞受賞、日本語版:『再興 THE KAISHA』2022年、日本経済新聞出版)など。ドイツ出身。



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2022年4月3日日曜日

書評『永守流 経営とお金の原則』(永守重信、日本経済新聞出版、2022)ー教科書には書いてある「知識」とは次元が異なる「知恵」の書

 
【教科書には書いてある「知識」とは次元が異なる「知恵」の書】 『永守流 経営とお金の原則』(永守重信、日本経済新聞出版、2022)を読んだ。これは「教科書には書いてある「知識」とは次元が異なる「知恵」の書」というべき本だ。  

内容には大いにうなづきながら読了。線引きだらけになるだろうから、線引きはいっさいしない。線引きするくらいなら、二度、三度と繰り返し、繰り返し読むべきだ。 

京都には、京セラやオムロンをはじめとして、島津製作所や堀場製作所など、ハイテク企業の集積地帯となっている。日本電産もその1つであり、「京都はハイテク」というイメージを形作っている重要な存在だ。 

消費財メーカーではないので一般的な知名度は低いだろうが、日本電産は、知る人ぞ知る国際的な生産財メーカーである。2023年には社名を NIDEC に変更し、さらなるグローバル経営を推進するらしい。 

小型モーターを中核にした事業経営を中軸に、内部成長とM&Aによって規模を拡大してきたのが著者の永守重信会長。ことし77歳になる伝説のモーレツ経営者。創業からちょうど50年。 そんな永守氏がカラダを張って体得した「原則」なのだから、面白くないはずがない。

まさに「知恵の塊」といってよい内容であり、「知識」が書かれている教科書とは、次元が異なるのは当然なのだ。 もちろん、教科書は教科書で重要だ。知識がなかれば知恵も生かせない。

自分自身、金融と製造業の両方を「中の人」として体験してきたので、世界的な経営者である永守氏とは次元がまったく違うとはいえ、その発言には大いに納得しながら読んだ。 

技術は大事だが、経営にとっては大事なのはマーケティング。そしてその根幹となるのが財務と資金繰りカネのマネジメントがきちんとできていてこそ、夢の実現に向けて全身全霊でチャレンジできるのである。 

ビジネスパーソンなら、できれば20歳代で、遅くても30歳代までには読み込んでおくくべき本である。  




目 次
まえがき 
序章 お金の戦略が必要だー会社を絶対つぶさないために
第1章 キャッシュこそ企業価値の源泉ーコスト意識を鍛えよう
第2章 会社を成長へ導く財務戦略ー創業期に重視すべき指標とは
第3章 創業時の資金の集め方ーやっぱりお金から始まる
第4章 金融機関とどう付き合うかー「取引は人なり」で活路
第5章 取引先を見極める方法ーその選択が会社の命運を分かつ
第6章 チャレンジと財務バランスー持続的成長へ変化を恐れない
第7章 いざ株式上場 規律の中で鍛えるー問われる発信力
第8章 M&Aをどう活用するかー永守流・勝利の方程式
第9章 海外展開は飛躍のチャンスーリスク管理は分散から
第10章 波乱の時代をどう乗り切るか
あとがき


著者プロフィール
永守重信(ながもり・しげのぶ)
1944年京都生まれ。職業訓練大学校(現・職業能力開発総合大学校)電気科卒業。1973年、28歳で従業員3名の日本電産株式会社を設立し、代表取締役社長に就任。1980年代から国内外で積極的なM&A戦略を展開し、精密小型から超大型までのあらゆるモータとその周辺機器を網羅する「世界No.1のモーターメーカー」に育て上げた。代表取締役会長兼社長(CEO)、代表取締役会長(CEO)を経て、2021年より代表取締役会長。 2014年、世界のすぐれたモータ研究者の顕彰と研究助成を目的とした公益財団法人永守財団を設立、理事長に就任。また2018年には京都先端科学大学を運営する学校法人永守学園理事長に就任。ブランド主義と偏差値教育に偏った日本の大学教育の変革と、グローバルに通用する即戦力人材の輩出に情熱を燃やしている。 著書に『「人を動かす人」になれ! 』(三笠書房)、『情熱・熱意・執念の経営』(PHP研究所)、『成しとげる力』(サンマーク出版)など。


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2019年4月12日金曜日

書評『ホンダジェット ー 開発リーダーが語る30年の全軌跡』(前間孝則、新潮文庫、2019 初版 2015)ー 技術開発だけでなく、リーダーシップとマネジメントの本としても読みごたえあり!


ホンダジェット-開発リーダーが語る30年の全軌跡-』(前間孝則、新潮文庫、2019 )を読んだ。じつに読みごたえのある本だ。 初版の単行本は、2015年に出版されている。

1986年からゼロスタートした、自動車メーカのホンダによる小型ジェット機開発の全記録である。ホンダジェット(Honda Jet)は、エンジンを内部ではなく双翼の上に立てた画期的なデザインと、燃費性能を武器にして、6人乗り小型ジェット機の分野でトップブランドに躍り出た画期的な小型ジェット機だ。

それは、まったく新たな分野に挑んだイノベーションの記録であり、開発の中心にいた一技術者のリーダーシップと人生の軌跡でもある。 


(ホンダジェットの機首 Wikipediaより)

1986年の開発開始から苦節30年。部品産業を含めて関連産業の裾野が広いとはいえ、それはあくまでもサプライヤーの話。購買者の裾野の広い自動車ビジネスとはまったく異なるのが、購買者が限定される民間航空機ビジネスの世界だ。民間航空機ビジネスは、顧客先にありきの軍用航空機ビジネスとも違う。

民間航空機の開発は、もともと航空機開発への夢をもっていた本田宗一郎が創業した、ホンダのようなイノーベーティブな会社でも、並大抵ではない苦労をともなったものであった。ホンダは日本企業だが、小型ジェット機開発は、最初から「航空機大国アメリカ」で開始されることになる。その理由は、本書に詳述されている。

革新的なアイディアを形にした「試作機」の完成は一つのマイルストーンであったが、それはまたあらたな始まりであったに過ぎない。ビジネスとして事業化すること、量産化するために越えなければならない壁はきわめて高かったのだ。ただ単に技術面だけの話ではない、経営そのものに直結してくるからだ。それほど民間航空機ビジネスは、ハイリスクである。イノーベーションとは、技術だけにかかわる話ではないのである。 


(ホンダジェットの機内 Wikipediaより)

最近のホンダは、正直いって、かつてにくらべると残念ながら勢いがないような印象がある。だが、このホンダジェットの開発は、「パーソナル・モビリティ」を標榜するホンダにとって、二輪と四輪につづく、経営面でのあらたな柱となりうる事業分野の誕生といったことにとどまらず、創業者の本田宗一郎精神のあらたな時代への継承にもつながるストーリーでもある。 

技術ノンフィクション作家の前間孝則氏の本は、何冊も読んでいるが、この本もまた、技術とそれを担う人間のドラマを描いた作品として楽しみながら読んだ。技術開発だけでなく、リーダーシップとマネジメントの本としても、読みごたえがある一冊である。 




目 次

まえがき
序章 ホンダ航空機事業参入の衝撃
第1章 創業者精神の水脈 
第2章 五里霧中の日々 
第3章 ハードウエアで世界を変える 
第4章 飛翔への道程 
終章 グローバル時代の新次元へ 
あとがき 
文庫版あとがき 
主要参考文献



著者プロフィール

前間孝則(まえの・たかのり)
1946(昭和21)年、佐賀県生まれ。石川島播磨重工業(現IHI)でジエットエンジンの設計に20年余従事する。1988年に同社を退職後、執筆活動に入る。技術ノンフィクション分野の著者多数。代表作に『戦艦大和誕生』『戦艦大和の技術遺産』『マンマシンの昭和伝説』など。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものの加筆)


<関連サイト>

ホンダジェット公式サイト(英語版)

ホンダジェット公式サイト(日本語版)


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鎮魂!戦艦大和- 65年前のきょう4月7日。前野孝則の 『戦艦大和の遺産』 と 『戦艦大和誕生』 を読む

「航空科学博物館」(成田空港)にいってきた(2013年12月)-三里塚という名の土地に刻まれた歴史を知る

鎮魂!「日航機墜落事故」から26年 (2011年8月12日)-関連本三冊であらためて振り返る

海上自衛隊・下総航空基地開設51周年記念行事にいってきた(2010年10月3日)
・・YS11最後のお披露目

"Whole Earth Catalog" -「テクノロジーとリベラルアーツの交差点」を体現していたジョブズとの親和性

最高の「ナンバー2」とは?-もう一人のホンダ創業者・藤沢武夫に学ぶ

(2019年4月16日 情報追加)


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2017年12月21日木曜日

書評『テヘランからきた男 ― 西田厚聰と東芝壊滅』(児玉博、小学館、2017)― 研究者の道を断念してビジネス界に入った辣腕ビジネスマンの成功と失敗の軌跡



『テヘランからきた男-西田厚聰と東芝壊滅-』(児玉博、小学館、2017)というビジネス・ノンフィクションを読んだ。 いわゆる「東芝壊滅」ものを読むのはこれが初めてだ。

事件のあらましは日経ビジネスオンラインなどのウェブメディアを追っていれば、おおよそのところは把握できるので、あえて単行本にまで手を出していなかった。

この本を読みたいと思ったのは、タイトルに尽きる。2000年代前半に社長に東芝の就任し、GEのジャック・ウェルチばりの「選択と集中」というキャッチフレーズのもと大胆な事業構造改革を断行したのが西田厚聰(にしだ・あつとし)氏だったからだ。つい先日、訃報が報じられたばかりである。 享年72歳。

西田氏は、ビジネスキャリアを東芝のイラン現地法人で開始した人だ。しかも28歳という遅いスタートでキャリアを開始している。というのも、大学受験では2浪した上に、大学院に進学して東大で政治学者になるべく研鑽を積んでいたからだ。 西田氏は、指導教官から大きな期待をされていながら学者への道を断ち切り、イラン人留学生と結婚し、ビジネスマンとして生きていくことを決意した。「イラン・イスラーム革命」(1979年)以前の話である。

西田氏の活躍が華々しく報じられていた時から、ビジネスマンとしては特異なバックグラウンドとキャリアがビジネス系メディアではよく取り上げられていた。それ以来、西田氏には多大な関心を個人的にもっていた。大学院生時代にフッサール現象学についての論文を『思想』(岩波書店)に書いた人なのだ。

アカデミックな世界で鍛えられた頭脳、英語やドイツ語も含めた猛烈な読書量、取り組んだ事業に対する執念と忍耐力。最盛期の西田氏は、じつに輝ける存在であった。

名門企業・東芝の迷走と壊滅が始まったのは、2008年のリーマンショック以降のことだが、米国のWH(ウェスティングハウス社)の原子力ビジネスを抱え込んだ時点から、すでにその徴候は出ていたようだ。追い打ちをかけたのは、言うまでもなく2011年の「3・11」である。だが、「3・11」以前は、原発はクリーンエネルギーとして地球温暖化対策の切り札と見なされていたことを忘れてはならない。事業環境が激変したのだ。

リーマンショック後は、強気一点張りの方針がすべて裏目に出て、オセロゲームのようにすべてがひっくり返っていくような印象さえ受ける。学者への道を捨て、辣腕の国際ビジネスマンとして猛烈に生きた西田氏は、そのなかで燃え尽きてしまったのだろうか? 72歳の死は、現代では早すぎるというべきだろう。

パソコン事業を立て直し、ラップトップ時代の東芝を作り上げた西田氏が、社長になって以降は権力の亡者となり、財界総理を目指して、晩節を汚していく姿が描かれている。粉飾決算が始まったのは、西田氏が社長になる頃からであったようだ。

ビジネスパーソンに限らず、仕事人の評価というものは、どの時点で評価するかによって印象が大きく異なってくるものだが、インタビューをもとにした本書を読んで西田氏の晩年の姿を知ると、なんとも言えない気にさせられるのは、わたしだけではないだろう。

「終わりよければすべてよし」とならなかったビジネスマンの人生。ビジネスノンフィクションとしては、「教師」と「反面教師」の両面から、さまざまな教訓やヒントを得ることのできる内容だと感じた。とくに西田氏が辣腕を振るった欧州市場戦略については、現在でもヒントを得ることができると思う。

ただ、学者への道を断念した理由については、著者によるロングインタビューにも多くは答えず、墓場まで持って行ってしまったのは残念だ。それほど、本人の人生にとっては語りたくない、語れない事情があったのだと察するより他あるまい。


・・・という趣旨の読後感を、TOSHIBA の代名詞でもあったノートブックPC「Dynabook」で書いてみた(冒頭の写真)。


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(追記) 『「文明論之概略」を読む 下』(丸山真男、岩波新書、1986)の「結び」で言及されているイラン人女子留学生のエピソード

『テヘランからきた男-西田厚聰と東芝壊滅』(児玉博、小学館、2017)の P.125で、『「文明論之概略」を読む 下』(丸山真男、岩波新書、1986)の「結び」で言及されているイラン人女子留学生のエピソードの謎解きができた。

このイラン人女子学生こそ、西田氏の妻となったファルディン・モタメディ氏である。

東大法学部の丸山眞男ゼミで、明治維新後の日本の「近代化」の秘密を知るために、『文明論之概略』をテキストにした学部演習に参加を希望して受け入れられた優秀な学生であったという回想である。


目 次 
序章 戦犯と呼ばれた男
第1章 覇者の経営
第2章 土光敏夫とイラン革命
第3章 雨降る故郷
第4章 パソコン神話
第5章 愚かな争い
第6章 名門陥落はいつ起きたか
第7章 盟主なき帝国
終章 最後の対話
年表

著者プロフィール  
児玉博(こだま・ひろし)
1959年生まれ。早稲田大学卒業後、フリーランスとして取材、執筆活動を行う。月刊「文藝春秋」や「日経ビジネス」で企業のインサイドレポートを発表。著書に大宅壮一ノンフィクション賞(雑誌部門)の受賞作を単行本化した『堤清二 罪と業 最後の「告白」』など。(本データは本書が刊行された当時に掲載されていたもの)



<関連サイト>

東芝 粉飾の原点(「日経ビジネスオンライン」連載のコラム)

両手に山ほど本を持って世界を飛び回った風雲児 西田厚聡氏、逝去-東芝異次元経営者の蹉跌(玉置直司、JBPress、2017年12月12日)

(2017年12月27日 情報追加)


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・・石油メージャーをさしおいてイランから原油を調達した「日章丸事件」(昭和28年 1953年)の主人公が出光佐三。パーレビ体制以前、イランの首相モサデクが主導した反英米ナショナリズムのさなかの快挙であった

本日(2011年2月11日)は「イラン・イスラム革命」(1979年)から32年。そしてまた中東・北アフリカでは再び大激動が始まった
・・世界的なイスラーム哲学研究者で哲学者であった井筒俊彦(1914~1993)は、ホメイニ師を乗せたエールフランス機とはすれ違いで、テヘラン空港から JAL による「最後の救出機」でイランを脱出。「イラン・イスラーム革命」前夜のテヘランについて回想した文章

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