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2017年7月18日火曜日

JBPress連載第4回目のタイトルは、 「トランプ陣営「2人の将軍」の知られざる共通点-マティス国防長官の座右の書は古代ローマの古典」(2017年7月18日)



本日’2017年7月18日)よりウェブメディアJBPressの連載コラム第4回の公開です。今回も前回に引き続き米国です。

 「トランプ陣営「2人の将軍」の知られざる共通点-マティス国防長官の座右の書は古代ローマの古典」  *クリック ⇒ http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/50528 

「二人の将軍」とは、海兵隊退役大将のマティス国防長官と現役の陸軍中将マクマスター大統領補佐官のこと。この二人の共通点は、軍人であることは言うまでもありませんが・・・

それは「歴史学」なのです。

詳細はぜひ本文を読んでいただきたく思います。

それにしても、マティス国防長官の「教養人」ぶりを知れば、「某国の幼稚でお粗末な防衛大臣」(・・誰のことを際しているか言わずもがな、ですね)とは何という違いであることかと慨嘆するのではないでしょうか。

軍人にとっての「戦史」は、ビジネスパーソンにとっっては「ケーススタディ」。マティス長官の座右の書は、哲人皇帝マルクス・アウレリウスの『自省録』なのです。

「現在」の本質を知るためには「逆回し」で歴史を遡ってみることが必要ですが、アメリカ合衆国の設計図ともいうべき「アメリカ合衆国憲法」についても新刊『ビジネスパーソンのための近現代史の読み方』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2017)の最終章で触れています。ぜひご一読ください。

JBpressの連載は隔週の予定です。次回もまた、乞うご期待!










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本日よりネットメディアの「JBPress」で「連載」開始です(2017年6月6日)

ついに英国が国民投票で EU からの「離脱」を選択-歴史が大きく動いた(2016年6月24日)

JBPress連載第2回目のタイトルは、「怒れる若者たち」の反乱-選挙敗北でメイ首相が苦境に、目を離せない英国の動向」(2017年6月20日)


■アメリカ独立記念日(=インデペンデンス・デイ)

本日(2013年7月4日)はアメリカ独立=建国から237年。いや、たった237年しかたってない「実験国家」アメリカ

本日(2011年7月4日) は「アメリカ独立記念日」(Independence Day)-独立から 235年のアメリカは、もはや若くない!?

早いもので米国留学に出発してから20年!-それは、アメリカ独立記念日(7月4日)の少し前のことだった(2010年7月4日)

アメリカ独立記念日(7月4日)




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2017年7月17日月曜日

「アルチンボルド展」(国立西洋美術館・上野)にいってきた(2017年7月7日)-16世紀「マニエリスム」の時代を知的探検する


「アルチンボルド展」(国立西洋美術館・上野)にいってきた(2017年7月7日)。16世紀マニエリスムの時代を知的探検する美術展だ。国立西洋美術博物館らしい好企画である。

16世紀の美術史上の「マニエリスム」を代表する画家で万能人の鬼才ジュゼッペ・アルチンボルドの日本ではじめての本格的紹介である。

主催者の国立西洋美術館による紹介文を紹介しておこう。

本展は、世界各地の主要美術館が所蔵するアルチンボルドの油彩約10点のほか、素描などおよそ100点により、この画家のイメージ世界の生成の秘密に迫り、同時代の文脈の中に彼の芸術を位置づけ直す試みです。日本で初めて、アルチンボルドのユーモアある知略の芸術を本格的にご紹介するこの機会を、どうかご期待ください。

「マニエリスム」とは美術史の用語で、後期ルネサンスとバロックの移行期の時代のことをさしている。ルネサンス的要素を濃厚にもちながらも、一方では「近代的」でもある。いや、「超近代」というべきだろか。カトリック側の「近代」であるバロック時代の到来で、マニエリスムは2世紀近くも葬り去られていたからだ。

今回の美術展の最大の目玉は、なんといっても、世界各地の美術館にバラバラに所蔵されている連作の「春夏秋冬」4作品、「四大元素」4作品が一同に並べて展示されていること! これは快挙としかいいいようがない!










(上から「冬」「春」「夏」「秋」)


すこし距離をおいて見ると不思議な肖像画だが、近くによって見ると、じつに精密に野菜や植物、動物や魚介類が描き込まれている不思議さ、奇妙さ「だまし絵」というのは、じつに知的に構築された絵画なのだ。

いろんな楽しみ方があると思うが、大人びた正統派の美術鑑賞よりも、子どもっぽい「ワオ!」精神で楽しんだほうがいいのではという気もする。まさにワンダーランド。

アルチンボルドというと「だまし絵」として知られているが、じつはこの美術展の存在を知るまでは、わたし自身も、それほど深く知っていたわけではない。

今回はマグネットも購入。「司書」と「夏」。いずれも有名な「だまし絵」である。とくに「司書」はむかしから大好きな作品だ。すべて本で構成されている図書館司書の面白さ。


ミュージアムショップでは、画集も販売されているが、それよりも簡潔な説明の「コンセプトブック」を購入するといいだろう。





■ミラノ出身のアルチンボルドとルドルフ2世の宮廷

アルチンボルドが活躍したのは16世紀のハプスブルク家が支配していた神聖ローマ帝国。現在のドイツと地理的に重なる地域である。

この時代は「大航海時代」であり、西欧人にとっては地理上の発見と認識の拡大が実現した時代である。世界各地から珍しい物資が収集され、王侯貴族は競って「驚異の部屋」(=ヴンダーカマー)をつくっていた時代だ。(*「参考」を参照)。博物学の時代の始まりといってもいいだろう。

アルチンボルドが仕えたのが二人の皇帝。ウィーンでマクシミリアン2世、プラハでルドルフ2世。とくに深い関わりがあったのは、プラハのルドルフ2世の宮廷だ。いわゆる「ルネサンス宮廷」の最後期の存在というべきものだ。

マクシミリアン2世は自然科学好き、ルドルフ2世は奇想好き。ミラノ出身のジュゼッペ・アルチンボルド(1527~1593、イタリア・ミラノ出身)は、ただ単にお抱え絵師であっただけでなく、式典の総合プロデューサーでもあり、じつに多彩な才能をもった万能人として寵愛さえていた。


(アルチンボルドの自画像じたいが紙で構成されている!)

「ルドルフ2世の宮廷」に集められたお抱えの知識人の面々は、じつに多岐にわたっている。

膨大な観測結果を残したティコ・ブラーエ(1546~1601、デンマーク)や、その助手でティコのデータを使用して天動説を導き出したヨハンネス・ケプラー(1571~1630、ドイツ・シュヴァーベン地方)といった天文学者も。

錬金術師で占星学者のジョン・ディー(1527~1608、イングランド)。ケプラーも占星術師であった

ジョルダーノ・ブルーノ(1548~1600、イタリア・ナポリ出身)は、哲学者でドメニコ会修道士、地動説を擁護。宇宙の無限を主張し、のち異端として処刑された。思想の自由を守った闘士とみなされてきた。

ルドルフ2世は、ある意味では、後世のバイエルン王国の「狂王」ルートヴィヒ2世に比すべき奇人というべきかもしれない。皇帝でありながら生涯独身を通し、芸術を愛し、学術を愛していた。

実権を弟のマティアスに奪われ、その後、「プラハ城窓外事件」が「三十年戦争」勃発の引き金となる。ボヘミアの宗教戦争が発端となった。「三十年戦争」が終結した1648年以降、神聖ローマ帝国は衰亡の道を歩みつづけることになる。






■アルチンボルドの評価

「マニエリスム復権」をリードした『迷宮としての世界-マニエリスム芸術』(グスタフ・ルネ・ホッケ、種村季弘・矢川澄子訳、岩波文庫、2011)の下巻は、アルチンボルドによる「ルドルフ2世像が表紙カバーとして使用されている(下図)。

すべて野菜で構成されている「だまし絵」だ。こんな画像を製作させていたルドルフ2世という人物への興味を抱かざるを得ないではないか! じつに不思議である。


(アルチンボルドによるルドルフ2世像)


それだけではない。いきなり「19 ルドルフ2世時代のプラーハ」という章から始まり、「20 アルチンボルドとアルチンボルド派」、「21 擬人化された風景と二重の顔」と続く。マニエリスムにおいて、アルチンボルドの存在は、ある意味では別格なのだ。

グスタフ・ルネ・ホッケは、アルチンボルドについて以下のように表現している。簡潔で要を得た説明である。

アルチンボルドはまた、技師で、機械設計家で、仮面や衣装のデザイナーでもあった。ひとびとは彼の「幻想的な衣装のスケッチを、何枚も複写した。それはバロック演劇の舞台装置に影響を与えた。それほど多彩であったので多彩であったので、アルチンボルドは、同時代人の間では、「八宗兼学」(はっしゅうけんがく)の「鬼才」とされ、その点でレオナルドと比較された

「八宗兼学」(はっしゅうけんがく)は、イタリア語の「ウニヴェルサーレ・レットラ」(universale lettura)、「鬼才」は、「アクティシモ・インゲーニョ」(acutissimo ingegno)の訳語である。

「八宗兼学」(はっしゅうけんがく)とは、物事を多岐にわたって深く学んで理解しているという意味だが、もともとは日本仏教の8つの宗派の教義をすべて学ぶことを指したことばだ。いかにも奇想好きの種村季弘らしい訳語の選択である。

種村季弘が苦心してひねり出した豪華絢爛な訳語もまたマニエリスム的である、と文庫版の解説者で高山宏氏が書いている。ひいきの引き倒しの館もなくはないが、森鴎外以来の趣味嗜好といえるかもしれない。







■美術史におけるマニエリスム

マニエリスムは、英語表記だと「マンネリ」の「マンネリズム」になる。「様式主義」である。つまり、あまりいい意味を付与されていなかったのだ。

後期ルネサンスと初期バロックへの「移行期」の時代である。ルネサンス的な公共精神が後退し、王侯貴族の趣味的世界のなかに生息しえたのがマニエリスムである。

英文学者の河村錠一郎氏による「美術史」を大学学部時代に受講していたので、ルネサンス後期のミケランジェロからバロックに至る前の「マニエリスム時代」については一通りの知識は得ていたが、アルチンボルドへの言及があったかどうかは記憶にない。もっぱらミケランジェロについて、新プラトン主義とマニエリスムの観点から説明がなされたことは記憶にあるのだが・・・・

河村教授は、『ルネサンス様式の四段階-1400年~1700年における文学・美術の変貌-』(サイファー、河出書房新社、1976)の翻訳を出していることをあとから知った。サイファーに夜この本は、マニエリスム理解を大幅に前進させたとされている。

マニエリスムの時代は、旧秩序崩壊の時代であり、動揺と不安の時代でもあった。過渡期や移行期というものはそういうものだ。16世紀前半からはじまった「宗教改革」の時代は、気候学的にみても厳しい時代だっととされる。

マニエリスムがどういう時代であったのか、その特徴を捉えるために、美術史家の若桑みどり氏の名著 『マニエリスム芸術論』(若桑みどり、ちくま学芸文庫、1994 初版 1980)から、引用しておこう。とくにバロックとの対比で明らかになる。

王のための芸術は、市民のための芸術とはまったくことなっている。また、少数の知的、文化的エリートにむけた宮廷芸術の制作にあたっては、」大衆の一般的理解は不必要であり、かえって芸術家の創意工夫による独自性や変わった個性が珍重された。秘密なことばが喜ばれ、難解さが高級なものとされた。芸術家がこのときほど大衆から「自由」であったことはない。(P.47) 


バロックの本流は、これらの錯綜したアレゴリーを廃棄処分にすることからはじまった。(P.38)


1585年ごろに早くもおそってきたバロック芸術によって、このわずか半世紀ほどの特異な芸術の庭園は、いばらに囲まれるか、梯子をとられるかしてしまった。バロック芸術は、その起こりには、何にもまして大衆化運動をはじめたローマのカトリック教会の文化運動が働いていたので、芸術はたちまちにして大衆的なものとなり、当然、自然発生的でセンチメンタルな表現を占めていった。マニエリスムの生き残れる場所は宮廷にしかなかったが、それも大型化して絶対君主が一国の強権を握るようになるといっせいに大衆化していってしまった。そうして、ごく特殊な言葉で、低く語っていたこの芸術のことばを、読める人間が居なくなってしまったのである。(P.30)


 カトリック教会は信仰と布教における聖画像の有効性を肯定したが、プロテスタントによって批難された官能的、異教的要素を宗教画から排除し、民衆教化にふさわしい新たな宗教表現のプログラムを掲げ、異端審問をさかんにおこなって不適切な宗教表現を告発し、芸術の統制をおこなった。(P.48)


バロックがふたたび、社会と現実へと芸術を復帰させた。バロック芸術とは、反宗教改革と絶対主義王政の芸術である。マニエリスムも、その二つの因子をもっていなかったわけではない。だが、バロックは、マニエリスムに生き残っていた夢想的なシンプラトン主義的人文主義を現実的政策によって打ち砕いた。すでに終わりかけていた人文主義とルネサンスの「夜」を、最終的に終わらせ、すべてにわたる現実主義的精神が、この新たな体制づくりに加担した。(P.51)





<参考>


このごった煮のわけのわからん空間は、一つの世界観、あるいは宇宙観といったものを表現した部屋であったのだ。ルネサンス的な万能主義。一切智。大航海時代以降のエキゾチズム礼賛。

それは、子どもが自分の世界を狭い空間のなかに表現するのと同じことだ。理路整然と整理された空間ではなく、すべてが未分離の、分節化されていない混沌としたカオス的空間。そしてそこからなにかが生まれてくるかもしれない予感。

ヴンダーカンマーがどんなものだったかについては、 Google で Wunderkammer とそのままドイツ語で画像検索してみてほしい。じつに多種多様な実例をみることができるはずだ。

ヴンダーカンマーに渦巻いているのは、子どものような「好奇心」とコレクションへの「情熱」である。自分にとって関心のあるものをとにかく集める。これは人間の本性に基づくものだ。わたしなら、雑学を「見える化」したものがヴンダーカマーだと表現したい。

わたしは小学生の頃から家でも学校でも、「机の上が整理されていないヤツはアタマが悪い!」といわれ続けてきたが、いまでも机上はぐちゃぐちゃだ。そんな人も少なくないと思うが、気にすることなかれ! 雑学人間にとって、ヴンダーカンマーはまさにヴンダバールな世界である。

日本にも、そんなヴンダーカンマーの最後のきらめきが痕跡として残されていることをご存じだろうか。東京丸の内の JPタワー学術文化総合ミュージアム インターメディアテクに足を伸ばしてみるといい。東京大学総合研究博物館の分館だ。






<関連サイト>

「アルチンボルド展」 公式サイト (国立西洋美術館)



<ブログ内関連記事>

書評 『愉悦の蒐集 ヴンダーカンマーの謎』(小宮正安、集英社新書ヴィジュアル版、2007)-16世紀から18世紀にかけてヨーロッパで流行した元祖ミュージアム
・・まさにアルチンボルドとルドルフ2世の時代精神そのもの

書評 『猟奇博物館へようこそ-西洋近代の暗部をめぐる旅-』(加賀野井秀一、白水社、2012)-猟奇なオブジェの数々は「近代科学」が切り落としていった痕跡 
・・この本もぜひ。おなじく17世紀から18世紀にかけてのフランスを中心に

書評 『現代世界と人類学-第三のユマニスムを求めて-』(レヴィ=ストロース、川田順造・渡辺公三訳、サイマル出版会、1986)-人類学的思考に現代がかかえる問題を解決するヒントを探る
・・16世紀のルネサンスと大航海時代(=第一次グローバリゼーション時代)のいわゆる「ユマニスム」

「知の風神・学の雷神 脳にいい人文学」(高山宏 『新人文感覚』全2巻完結記念トークイベント)に参加してきた


■アルチンボルドの同時代人

エル・グレコ展(東京都美術館)にいってきた(2013年2月26日)-これほどの規模の回顧展は日本ではしばらく開催されることはないだろう ・・バロック絵画の代表作品を描いたエル・グレコ(1541~1614)が活躍したのは1600年前後、大航海時代である。マニエリストとして、アルチンボルドの同時代人である

『カラヴァッジョ展』(国立西洋美術館)の初日にいってきた(2016年3月1日)-「これぞバロック!」という傑作の数々が東京・上野に集結!
・・・・同時代人だがカラヴァッジョ(1571~1610)より30歳年上のエル・グレコ(1541~1614)

All the world's a stage(世界すべてが舞台)-シェイクスピア生誕450年!
・・シェイクスピア(1564~1616)もまた同時代人

(19世紀江戸時代幕末の浮世絵師・歌川国芳への影響関係は?)

■奇想画

「没後150年 歌川国芳展」(六本木ヒルズ・森アーツセンターギャラリー)にいってきた-KUNIYOSHI はほんとうにスゴイ!





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2017年7月15日土曜日

夏風邪はつらく厳しい-のどウィルスとの戦いを振り返る(2017年7月)



夏風邪はつらく厳しい。それはもっぱらウィルスとの戦いであるが、免疫力低下との戦いでもある。

夏風邪を引くそもそもの原因が、なんらかの理由によって免疫力が低下していることにある。だが、完全に治癒するための長期化するための、途中でさらに免疫力が低下していくこともある。

今回、いまだ梅雨時の7月前半、といってもほとんど雨の振らない空梅雨状態なので真夏のような日々が続いているが、不覚にも夏風邪を引いてしまった。生まれてからこの方、こんなに長引いたのは初めてだ。

風邪とはいえ夏風邪はじつにたちが悪い。できれば夏風邪は引きたくない

おなじ失敗を繰り返すのはバカである。今後、二度と夏風邪を引かないよう、覚え書きとして記録を残しておくことにしたい。



■初期診断ミス?

想定外の「夏風邪」にやられた1週間であった。まさか1週間以上も長引くとは想像だにしなかった。
   
のどが痛くなること、カラダの節々が筋肉痛になること。この2つの事象は、それぞれ別個に、これまでも無数といえるほど体験し、その都度、対処してきたからだ。だから、今回も、「来たな」という感じ把握し、対応策をとったのである。

先週の金曜日、タイのバンコク時代の友人が東京勤務になっていたことを知り、都内でひさびさに旧交を温めた。その日は、都内で美術展を見てから待合せ場所に向かい、2時間ほど軽めに飲んで歓談し、そのままお開きとしたのは、相手があまり飲まない人だからだ。酒量というものは相手次第でどうにでもなるものだ。

帰宅したのは夜の10時頃であったが、少し小腹が空いていたのでスーパーで「半額」になっていた穴子寿司とメロンを買って帰り、自宅でだらだらとTVを見ながらリラックスしていた。

ふだんはまったく見ない「金スマ」を見ていると、『ウツヌケ』の話をやっていた。みているうちに、こちらもなんだか軽いうつ状態(?)気分になってきたのは、すでに熱が回り始めていたためだろうか。

翌朝目が覚めると、ものすごくカラダが重い。のどがものすごく痛い。目の奥が痛い。寝違えたからではないようだ。カラダの節々も筋肉痛状態。これはのど風邪だと思い、風邪薬を飲んで寝ることに。結局、そのままそのまま寝込んでしまい、のどにたまった痰をとるために起き上がる以外は寝込むという状態が3日もつづくことになった。

おかげで「睡眠負債」が解消されたような気もする。過去1年間の睡眠不足は、それはひどいものだったから、いまごろいろいろガタがでてきたのかもしれない。



■想定外の長期戦

最初の3日間は、ほとんど寝込んでましたので、何も食べてないに等しい(水分は摂取)。この段階では、猛烈にのどが痛かった。

その後、4日目と5日目は、熱が引いたり上昇したりの繰り返し。たいして食べたくないので小食状態。のどの痛みはだいぶ治るが、ウイルスは気管支に降りた。

体温が平熱並になったと思ったら、また上昇する。のどの炎症は峠を越したがウィルスは気管支に降りたようだ。体温下がったからと安心せずに医者にいくべきだった(-_-)

のど風邪がようやく快方に向かう。まだ完全ではないが、のどの痛みは引いて、熱は下がった。徴候がでてからまる5日間。長い戦いであった。夏風邪は厳しい



■抗生物質による戦い

6日目にして遅きに失したが本日午前に内科を受診。けさ方の咳がひどかったのだ。抗生物質を処方してもらったが、飲んだらまた発熱。ウィルスとの戦いは続く。夏風邪は辛いよ。

抗生物質は、「オーグメンチン配合剤」。ペニシリン系抗生物質である。抗生物質と同時に処方された「アンブロキール塩酸塩錠」と「カルボシステイン錠」も飲む。それえぞえれ、「痰のすべりを良くし痰を出しやすくするクスリ」と「痰を出しやすくするクスリ」である。これを1日3回、食事後に服用。

抗生物質を最初に飲んだとき発熱したが、2回目は発熱は治まっていく。ウィルスとの戦いは山場を越えたのか?



■抗生物質の副作用との戦い

すでに最終局面にあるとはいえ夏風邪になって7日目、まだ咳が止まらないときがあって苦しい。

抗生物質のせいか、何を食べて飲んでもうまいと感じない。さんざんな1週間である。

7日目以降、抗生物質の副作用がでてくる。腹の調子が悪い。よく効く薬はそれだけ危険だということ。抗生物質の服用はやめたが、腹の調子は依然として悪い。咳も止まっていない。 熱は下がったが、意欲がわいてこないのは薬のせいか?

風邪が完治しないまま抗生物質の副作用に悩まされている。間断なく続くゲリラの襲撃。バックパッカーとしてインド巡礼した若き日々を思い出す。夏風邪、いまだ終わず...咳も止まらぬ

気になったのでネットで調べてみると・・・

抗生物質の副作用として善玉菌まで死滅してしまったようだ。そのための弊害に苦しむ。対策として、腸内環境「回復」のための作戦を開始。まずは「ハチミツ・きなこ・ヨーグルト」で乳酸菌を増やす。これからしばらく毎日つづける予定。



■8日目以降

完全に治癒したとはほど遠い。いまだ気管支の底に違和感があり、ときどき咳となって出てくる。喘息性の咳ではなく、痰がからまった咳である。

なんだか年々弱くなってきているような気がする。いままで夏風邪なんか引いたことなかったのに・・・ やはり加齢に伴う衰えか。免疫力が低下していることは間違いない。執筆完了までの1年間の疲れが一気に出てきたのか・・・

年々弱くなっているような気がする。つまり衰えている、衰退しているということだ。否定したいが、否定しきれない「厳然たる事実」ということか。

しかにしれにしても今年の夏は厳しい。空梅雨のため、ほとんど真夏のようだ。そうでなくても体力が失われがちである。

課題としては、とにかく免疫力を上げること。死滅した善玉菌を復活させること。乳酸菌を日々補給すること。

抗生物質を使用するのは、あくまでもラストリゾート。これまでもひどい発熱のときは抗生物質はしようしてきたが、下痢になったことはなかった。熱が引いたら即、使用停止にしなくてはならないということだ。

いずれにせよ、予防に勝るものなし。

夏風邪は冬風邪とはおなじ病気と考えない方がよさそうだ。



PS 夏風邪のため延長していた歯科治療でまた抗生物質!

夏風邪がようやく治ってきたので、その間に中断していた歯科治療を7月18日に再開。ところが、抜歯することになり(・・虫歯の進行で歯根を抜くのに手間取った)、化膿止めのため、抜歯後にはかならず最後まで飲むようにと言い渡されて抗生物質3日間飲む羽目に。

せっかく腸内環境回復作戦を開始したのに、また元の木阿弥か・・・・

ただし、今回は非ペニシリン系でセフェム系の「フロモックス」という抗生物質で、懸念した下痢の症状は発生しなかった。やれやれ・・・と思っていたら頭痛に苦しむ。「まれに副作用として頭痛が・・」という記載をネット上に見つけたが、一難去ってまた一難としかいいようがない。

抗生物質の服用は、必要最低限にとどめたいものだ。

(2017年7月20日 記す)






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2017年7月4日火曜日

JBPress連載第3回目のタイトルは、「米国独立宣言と同じ年に出版されていた歴史的書物-いまこそ立ち返りたいアダム・スミスの主張の真意」(2017年7月4日)


ウェブメディアJBPressに2週間に1回執筆している連載コラムですが、第3回目の記事が公開されました。
   
米国独立宣言と同じ年に出版されていた歴史的書物 今こそ立ち返りたいアダム・スミスの主張の真意  (★クリック⇒ http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/50377 )

本日7月4日は「アメリカ独立記念日」「インデペンデンス・デイ」ともいいますが、「独立宣言」がなされた1776年にまつわる話題です。

いまから241年前の1776年3月19日、英国で『国富論』(=諸国民の富)が出版されています。いうまでもなく、「近代経済学」の原点となった古典です。

『国富論』と「アメリカ独立宣言」、そして世界最大の経済大国アメリカとのかかわりについて振り返ります。ぜひお読みください。

出来事の根底にあるものはなにか、その本質を知るためには「逆回し」で歴史を遡ってみることが必要ですね。一連の歴史的流れについては、新刊『ビジネスパーソンのための近現代史の読み方』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2017)をぜひご一読ください。

JBpressの連載は隔週の予定です。次回もまた、乞うご期待!






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本日よりネットメディアの「JBPress」で「連載」開始です(2017年6月6日)

ついに英国が国民投票で EU からの「離脱」を選択-歴史が大きく動いた(2016年6月24日)

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■アメリカ独立記念日(=インデペンデンス・デイ)

本日(2013年7月4日)はアメリカ独立=建国から237年。いや、たった237年しかたってない「実験国家」アメリカ

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