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2026年1月17日土曜日

書評『国家の生贄』(福田ますみ、飛鳥新社、2025)― 公平な立場から「不都合な真実」を暴き「宗教弾圧」の実態に迫ったノンフィクション

 

『国家の生贄』(福田ますみ、飛鳥新社、2025)というノンフィクション作品を読了。500ページ以上の大冊であり、読み応えがあった。この本の存在は X(旧twitter)で知った。 自分が購入した時点ですでに第3刷であったが、すでに第4刷になっているという。

旧統一教会問題にかんして疑問を抱いたノンフィクション作家の著者が、誹謗中傷を受けながらも、執念ともいうべき粘り強い執拗な取材によって書き上げた、まさに迫真の一冊である。

「国家ぐるみのでっちあげ!/スパイ防止法潰し、拉致監禁、テロリストの願望を叶えた真犯人の正体/旧統一教会問題の不都合な真実/メディア報道と180度違う」と帯にある。 帯に使用されているフレーズを使用すれば、「旧統一教会問題の不都合な真実」という副題をつけたほうがよかったかもしれない。 




旧統一教会問題が再燃したのは、3年前の「安倍晋三元首相暗殺事件」からである。殺人犯は「宗教二世」で旧統一教会の被害者だ、そんな言説が拡散されたことがテロリストへの同情心を生み、旧統一教会バッシングが復活するキッカケとなった。 

かつてメディアで大々的に取り上げられ、世間から激しいバッシングを誘発した「霊感商法」の悪評が蘇り、さらに1995年の「オウム事件」というテロ事件の悪夢が重なることで、旧統一教会バッシングが燃えさかったのである。 

だが、本書を読んでいくうちにわかってくるが、どうやら旧統一教会においては、内部改革によって自浄作用が行われ、かつてのような行き過ぎた行動はすでに存在しないようだ。いまでは純粋な信仰集団となっているらしい。 




では、なぜ執拗な旧統一教会バッシングが止まないのか? 

その理由を解き明かしたのが本書のメインテーマである。 

それは、1978年の京都府庁選で「革新陣営」が敗退したことから始まった。日本共産党による「聖なる戦い」がその出発点にある。日本共産党の宿敵である「反共」を掲げる集団を撲滅せよという、悪魔的な「聖戦」なのである。 

共産党員やそのシンパ、左翼思想に染まった弁護士たち、それとは別個に統一教会をキリスト教異端とみなし、徹底的に叩くことに執念を燃やしたプロテスタント系の牧師たちと合流することで反統一教会活動のネットワークができあがり、「被害者救済」を名目にした「正体を隠し」の活動が行われてきたのだ。

なんといっても、おぞましいのは「脱洗脳」(ディプログラミング:deprogramming)を名目にした拉致監禁である。子どもたちを統一教会から取り戻そうとする親たちに取り入った活動だ。関与する牧師たちにとっても、弁護士たちにとっても、うまみのあるビジネスと貸していた事実。

拉致監禁という人権侵害の「被害者」は、1966年から2014年までの約半世紀で、なんと4,300人以上ときわめて多数に及ぶが、なかに信仰放棄を拒否して、なんと12年5ヶ月にわたって監禁されていた人もいるというのだ! (・・監禁から解放後の口絵写真を見よ!)

著者によって拉致監禁を主導した人物や弁護士、ジャーナリストの実名があげられ、かれらによる、それはもうおぞましいまでの悪行が、これでもか、これでもかと掘り起こされる。まさに、かれらこそ日本国憲法に記された「思想及び良心の自由」と「信教の自由」を踏みにじる、人権無視のカルト集団というべきだと言わざるをえない。 

さらに、左派リベラル系が牛耳る「オールドメディア」によって拡散され、それによって形成された国民世論にあらがえない政治家たち、その支配下にある公安、文科省。まさに国家ぐるみの犯罪というべきであろう。 

旧統一教会問題は、「宗教弾圧」だとして国連のみならず、同盟国であるアメリカからも批判されている。英語メディアでの言説はわたしも見てはいたが、ここまで酷いとは考えもしなかった。まことにもって迂闊な話である。ようやく目を覚まされた思いがする。 

ノンフィクション作家の著者は、旧統一教会関係者ではない。もちろん、読者であるわたしもまったく関係ない。公平な立場から行われた調査報道として、ぜひ読むべきだ。 


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目 次
まえがき テロリストの願望が叶う国 
第1章 戦後最悪の人権侵害 ― 拉致監禁 
第2章 全国弁連の正体 
第3章 謎の男 ― 強制改宗請負人 
第4章 「小川さゆり」 
第5章 現役二世信者は訴える 
第6章 「カルトだと負け」 
第7章 畏怖誤信 ― 不当判決の山 
第8章 文科省の言論封殺 
第9章 解散命令請求 ― 高額献金者の胸の内 
第10章 念書裁判の真実 ―「鬼のような長女」 
第11章 公安が仕組んだ冤罪1 新世事件 
第12章 公安が仕組んだ冤罪2 ストーカー規制法違反事件 
第13章 成城教会移転騒動 ― 迷惑集団はどちらか 
第14章 文科省の犯罪 ― 陳述書捏造 
第15章 解散命令 ― 国策裁判 
特別収録1 拉致監禁史 
特別収録2 生還者の肉声 
特別収録3 後藤徹氏の裁判闘争 
特別収録4 国際社会の警告

著者プロフィール
福田ますみ(ふくだ・ますみ) 
1956年、横浜市生まれ。専門誌、編集プロダクションを経てフリーのノンフィクション作家に。犯罪、ロシア、学校現場での冤罪事件などをテーマに取材、執筆を行っている。2007年、『でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相』(新潮社)で第6回新潮ドキュメント賞を受賞。作品は2025年に映画化された。2024年には、宗教に関する優れた記事に与えられる米国のウィルバー賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの) 


<関連記事>

Japan: “Sacrifice to the Nation,” an Extraordinary Book. 1. A Country Where Terrorists’ Wishes Come True (by Bitter Winter | Jan 20, 2026)
・・宗教問題専門サイト Bitter Winter による本書『国家の生贄』(福田ますみ、飛鳥新社、2025)の詳細な紹介とレビュー







オウム事件後の日本における「マインド・コントロール幻想」。宗教学者の太田俊寛氏による国際会議報告


<ブログ内関連記事>


・・アフリカには日本の新宗教だけでなく、統一教会も進出して信者が増えているという事実



■本書で取り上げられ批判されている関係者の著書



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2023年8月14日月曜日

書評『習近平が狙う「米一極から多極化へ」ー 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(遠藤誉、ビジネス社、2023)ー 「第2のCIA]とよばれる「NED」の活動を「見える化」した労作だが・・

 

「第2のCIA]とよばれる「NED」の活動を見える化した労作で読み応えがある。

事実関係の探索にかんしては大いに敬意を示したいが、意見にはかならずしも賛同はしない。その意味ではクリティカルな読み方が必要な本だ。


■「第2のCIA]とされる「NED](全米民主主義基金)

「NED」は、National Endowment for Democracy の略である。日本では「全米民主主義基金」とよばれている。

米国の政策の根幹になっている「他国の民主化を支援」が名目だが、冷戦時代のレーガン政権時代の1983年に設立されたことが示しているように、反共を目的とし、共産主義体制を倒すことをミッションにした基金である。

ソ連崩壊後は、中東欧やアラブ諸国での「カラー革命」を陰で主導し、最後の共産党政権である中国共産党がターゲットに設定されてゆく。

公式には「民間非営利」として設立された基金だが、実際の出資者は米国議会であり、米国の政策を代替しているのである。したがって、米国議会への報告義務があり、会計報告は年次報告で開示される。

著者は、この NED を公開資料からその活動を一覧表として「見える化」することに成功した。この点は大いに評価すべきだろう。

だが思うのは、そもそも第2次大戦後の米国のやってきたことはそういうものであって、わたしは共産主義体制を倒すという理念には賛成である。まさにレーガン政権時代に高校時代と大学時代を過ごしたわたしは、個人的には現在にいたるまで一貫して反共思想をもっている。

もちろん、その方法論は問題にされるべきであるが、権威主義体制の維持強化に賛成する気にはまったくなれない。

中国共産党によるチベット、ウイグル、南モンゴルなど少数民族への弾圧、香港など漢民族マイノリティへの弾圧など、とうてい容認できるものではない。


■著者の 「グローバルサウス論」には異議あり

中国になびく国が、いわゆる「グローバルサウス」に多いとよく言われる。

南半球のアフリカと南米を中心としたグローバルサウスには、世界人口の85%が居住しているといっても、そのすべてが中国共産党を支持しているわけではない。この点は間違えてはならない。

グローバルサウスの政治指導者たちが中国を支持しているのは、中国共産党の理念に賛同しているからではない。いずれも生き残りのために「自国ファースト」を余儀なくされているからだ。どの国も余裕がなくなっているのだ。

しかも、グローバルサウスに属する多くの国々は、国民生活を犠牲にしてエリート層が富を独占する体制であり、権威主義体制をとる政権にとっては都合がいいからだ。著者はこの点をオミットしているのではないか? 

グローバルサウス諸国を十把一絡げに捉えるべきではない。かつての「第三世界」論の焼き直しのように思えてならないのだ。著者も先祖返りしてしまったようだ。「第三世界」を擁護した論者の多くは「反米主義」者であった。


■「性悪説」の「荀子」を指導原理にしている習近平

習近平が心酔しているという荀子は、毛沢東も心酔していたらしい。習近平は、「性悪説」の「荀子」を指導原理にしているのである。この点は、本書で大いに勉強になる点だ。

荀子のフレーズである「兵不血刃」は、血を流すことなく戦いに勝つという意味だ。孫子の「戦わずして勝つ」に似ているが、より強烈なニュアンスと謀略も辞さない姿勢が際立っている



著者の原体験である「長春チャーズ」は「兵不血刃」の実行例であるとする。この説明は大いに説得力がある。いわば兵糧攻めで一般人を餓死させた中国共産党の作戦である。武器を用いて血を流すことなく、中国国民党を屈服させたのであった。

だが、たとえ習近平が「兵不血刃」にもとづいて、軍事的な「台湾侵略」を実行しないとしても、その内容はきわめて苛烈なものであることを想定すべきだ。ハッキングである。ニセ情報による世論誘導である。兵糧攻めである。

だが、最後の最後の手段であるラストリゾートとしての軍事オプションも想定しておくのは当然だと考えるべきだ。その点は著者には同意しない。


■たとえ「台湾有事を創り出すのは(第2の)CIAだ!」としても、現実的な対応が必要だ

「台湾有事を創り出すのは(第2の)CIAだ!」と著者はいう。そのとおりだろう。あえて否定する必要もない。


現実に台湾への軍事侵攻が実行されたらどうするのだ? われわれは現実的な対応を迫られるのは当然ではないか!

フランス大統領のマクロンの言動は、なんとか米国とは一線を画したいという願望の表れである。それは、ド・ゴール由来の「フランス病」の再発というべきであって、そのような曲芸はとうてい日本が真似すべきものではない。

著者が願望するのは、米国のやり方と一線を画すということだ。だがそのためには、常識的に考えて、それには日米同盟も解消して完全に手を切る覚悟も必要だろう。

その実現可能性は現時点ではきわめて小さいし、現在の日本が置かれている国際状況からいっても無理筋である。

結論としては、「第2のCIA]とよばれる「NED」の活動を見える化した労作として大いに評価するが、わたしとしては著者の結論には賛成しかねるということだ。

読者はそういうつもりで読むべきであろう。批判的な読書法であるクリティカル・リーディングが求められるとはそういう意味だ。




目 次
序章 世界制覇を巡る米CIAと習近平「兵不血刃」の攻防 
第1章 習近平ウクライナ戦争「和平案」は地殻変動のプロローグ
第2章 中国が招いた中東和解外交雪崩が地殻変動を起こす
第3章 「アメリカに追従するな!」― 訪中したマクロン仏大統領の爆弾発言 
第4章 毛沢東と習近平を魅了した荀子哲理「兵不血刃」 
第5章 台湾問題の真相と台湾民意 
第6章 台湾有事はCIAが創り出す! 
終章 「アメリカ脳」から脱出しないと日本は戦争に巻き込まれる 


著者プロフィール
遠藤誉(えんどう・ほまれ)
中国問題グローバル研究所所長。 1941(昭和16)年中国吉林省長春市生まれ。国共内戦を決した「長春包囲戦」を経験し、1953年に帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授(元物理工学系所属)、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。 著書に、『卡子(チャーズ) 中国建国の残火』(以上、朝日新聞出版)、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(新潮新書)、『「中国製造2025」の衝撃-習近平はいま何を目論んでいるのか-』(遠藤誉、PHP、2019)など多数。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものに加筆)




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2021年2月28日日曜日

書評『パステルナーク事件と戦後日本 ―「ドクトル・ジバゴ」の苦難と栄光』(陶山幾朗、恵雅堂出版、2019)― 1958年の日本の知識階層の精神風景を丹念に跡づけた好著

 

 先日のことだが、『パステルナーク事件と戦後日本-「ドクトル・ジバゴ」の苦難と栄光』(陶山幾朗、恵雅堂出版、2019)という本を読んで、たいへん充実した読後感を抱いた。  1958年の「パステルナーク事件」という知られざる事件にまつわる日本の知識階層の精神風景を描いたものだ。 

パステルナークはソ連時代に生きたロシアの詩人。ロシア革命とその後に続いた内戦を舞台にしたヒューマン・ドラマの映画『ドクトル・ジバゴ』(1965年)の原作者である(*現在に至るまで原作を読む機会がないのが残念だ。映画のほうはなんども繰り返し見ているのだが・・)
 



そのパステルナークが心血を注いで完成させたものの、当時のソ連では出版できなかった大河小説『ドクトルジバゴ』が、1957年にイタリアで出版されたことに始まるのが「パステルナーク事件」(1958年)だ。 当時すでに「ハンガリー動乱(あるいは革命)」(1956年)によって、ソ連と共産主義への支持に陰りが見え始めていた時期である。 

1958年度のノーベル文学賞が、パステルナークに授与されることが発表され詩人が受諾したにもかかわらず、わずか1週間で辞退するに至った。ソ連の体制側からの激しい誹謗中傷と圧力がかかったからである。ロシアにとどまりたかった詩人は、受賞を断念することを余儀なくされた。本書の記述を読めば、それはもう、すさまじいの一言に尽きる。これが第3章までの内容だ。 

このうような「パステルナーク事件」について、世界中の文学者たちから「表現の自由」を守れとして大きな非難が起こったのだが、日本のペンクラブではかならずしもそうではなかった。 

日本国内と日本以外では、温度差の違いと要約できるもの以上のものがあったこと、「1958年の日本の知識階層の精神風景」を綿密に描き出したのがこの著作である。 

戦前の挫折した社会主義運動という屈折した前史をもつ、この特殊ともいえる「1958年の日本の知識階層の精神風景」をあぶり出すことになったのが、日本ペンクラブの外国人会員であった米国人の日本文学研究者で『源氏物語』の英訳者である)エドワード・サイデンステッカーによる異議申し立てであり、ちょうどその頃に来日した著作家のアーサー・ケストラーであった。 

1958年は、「反米ナショナリズム」が燃えさかった「60年安保」の前夜であり、当時の日本ではアメリカの大衆文化が圧倒的な影響力をもちながらも、同時に反米意識がかなり強く存在した時代だ。そんな時代に、米国人からの異議申し立てに対して左翼的傾向の強い文学者たちが、どのような反応を示したかというと、現在では想像するのも難しい。 

さらにいえば、もともと熱心な共産党員であったが、その後共産党と縁を切った経験をもつケストラーにとって、日本の文学者たちの姿勢は当然容認できるようなものではなかったのである。ケストラーの『真昼の暗黒』(1940年)は、そんなソ連の体制を徹底批判して世界的ベストセラーになっている。 

冷戦時代のソ連、そして日本。獲得形質は遺伝するとしてソ連で公認されていたルイセンコ学説をめぐる興亡。せっかく著作家ケストラーとルイセンコ学説の双方を別個に取り上げながら、ケストラーの『サンバガエルの謎』(1971年)に触れなかったのは、画竜点睛を欠くというか、ちょっと残念だったような気もする。だが、こんな内容を400ページのボリュームでまとめたこの著作は、じつに充実した内容で読みごたえがあった。 


驚いたことに、著者の陶山幾朗氏は、なんと『パステルナーク事件と戦後日本-「ドクトル・ジバゴ」の苦難と栄光』の出版直前に78歳で急逝されていたらしい。「刊行への経緯」に記されている。だから。この本が文字通りの遺作となったことになる。 

それにしても、素晴らしい内容の著作を残していただいたものである。万人向けの本でないが、このテーマに関心のある人は、読んでけっして損のない本であると言っておきたい。 


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目 次
序章 発端-1958年10月23日
第1章 祝福から迫害へ-1958年10月23日~11月6日
第2章 「事件」前史-1956~58年
第3章 日本語版『ドクトル・ジバゴ』狂騒曲
第4章 糾弾者エドワード・サイデンステッカー
第5章 「文士」と政治-高見順(1)
第6章 「怖れ」と「美化」と-高見順(2)
第7章 「モスクワ芸術座」という事件
第8章 《害虫》のポリティクス
第9章  “ワルプルギスの夜” の闇
第10章 『真昼の暗黒』の来日-アーサー・ケストラー(1)
第11章 「目に見えぬ文字」への道程-アーサー・ケストラー(2)
第12章 “勝利” の儀式?-第3回ソビエト作家大会(1)
第13章 クレムリン宮殿の中野重治-第3回ソビエト作家大会(2)
第14章 「事件」の終わり-かくて人びとは去り…
補遺
わが国メディアに現れた「パステルナーク事件」関連論評(1958~1967)
「パステルナーク事件」関連年表
跋 天上のことばを、地上にあって 工藤正廣
あとがき
刊行までの経緯


著者プロフィール
陶山幾朗(すやま・いくろう)
1940年生まれ。1965年早稲田大学第一文学部卒。著書に『シベリアの思想家ー内村剛介とソルジェニーツィン』(風琳堂)、『内村剛介ロングインタビュー』(恵雅堂出版)、『現代思潮社という閃光』(現代思潮社)、編集『内村剛介著作集』全七巻(恵雅堂出版)。 雑誌『VAV』同人。 2018年11月2日 急逝(78歳)。



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2021年1月18日月曜日

映画『マルクス・エンゲルス』(2016年、ドイツ・フランス・ベルギー)― 若き日のマルクスをエンゲルスとの出会いと盟友関係のなかで描いた「青春映画」?




『サピエンス異変-新たな時代「人新世」の衝撃』(ヴァイパー・クリガン=リード、飛鳥新社、2018)という本を読んでいて、19世紀半ばに「産業革命」がもたらした労働災害を描いたエンゲルスの古典的ルポルタージュ『イギリスにおける労働者階級の状態-19世紀のロンドンとマンチェスター』が何度も言及されていたので、ふとこの映画の存在のことを思い出したのだ。公開された際に見に行かなかったのは岩波ホールだから。あそこはタバコ臭いから嫌いだ(笑) 

原題がフランス語で "Le jeune Karl Marx" (英語なら The Young Karl Marx)とあるように、1818年生まれのカール・マルクスが、あの「マルクス」になるまでの、『共産党宣言』(1848年)発表までの若き日の20歳台のマルクスを描いた「青春映画」(?)だ。日本語版のタイトルが「マルクス・エンゲルス」になっているのは、日本ではその方が通りがいいからだろう。 

なかなかよくできた映画だと思う。117分が短く感じられる、エンターテインメントとして面白い作品であった。




舞台は大陸ヨーロッパと英国。19世紀半ばのプロイセン王国ケルンから始まり、フランスの首都パリ、産業革命後のイングランドは工業都市マンチェスターと首都ロンドン、そしてベルギー王国のブリュッセル(・・ベルギーは1830年に独立した新興国)。セリフはマルクスとエンゲルスの母語であるドイツ語、フランス語、英語である。 

大学で哲学を専攻した急進派ジャーナリストで、改宗ユダヤ人の弁護士の息子であったカール・マルクス。経営者の跡取り息子で、マンチェスターにある紡績工場の代理を務めていたブルジョワ階級のフリードリヒ・エンゲルス。生まれも育ちも真逆のような2人であった。

共通しているのはドイツ人であることと、労働問題に多大な関心を持っていたということだったが、この2人がパリで再会し、生涯の盟友となったことで、その後の近現代史のコースができあがってしまったのである。それは、『レ・ミゼラブル』のラストシーンから10数年後のパリだ。 




私自身はもともと「反共」の家に生まれ育ったこともあって、社会主義はまだしも、共産主義には断固反対の立場である。 だが、それはそれとして、マルクスとエンゲルスについては、知っていくべき「常識」である。この映画は、拙著『ビジネスパーソンのための近現代史の読み方』の副教材(?)としてもいいくらいだ。 拙著でもエンゲルスの『イギリスにおける労働者階級の状態』に言及している。

というのは、マルクス本人とマルクス主義は別物だからだ。ブッダとブッダ主義が別物、イエスとキリスト教が別物であるのと同じ事だ。エンターテインメントとして楽しめばいい。いつの時代でも若者が反抗するのは当然だからだ。映画の終わりにボブ・ディランの Blowing in the Wind が流れるのは、製作者の時代観がもろにでている。 

とはいいながら、この映画が、マルクス主義がもたらした人類史上の災難に「免疫」をもたない若者たちへの勧誘として使われることには反対だ。格差問題など解決しなければならない問題が山積しちるが、マルクス主義はすでに失敗しただけでなく、人類に大きな災難をもたらしたことも同時に知らせなくてはならない。

結論としては、基本的にエンターテインメント作品ではあるが、製作者の意図はよく読み込んだ上でエンターテインメント作品として楽しむべきだろう。 

ただ私として残念なのは、おなじくドイツ出身の改宗ユダヤ人の詩人ハインリヒ・ハイネとのパリ時代の交流が描かれていないことだ。 

プルードンやバクーニンなど、高名な社会主義者との交友を中心に据えた脚本の必要上であろうが、たいへん残念なことであった。若きマルクスを知る上で、同郷の先輩ハイネとの交友が欠かせないはずだからだ。

かつてハイネといえば、日本では「愛を語る抒情詩人」という位置づけだったが、ハイネが体制批判を社会風刺の詩や論文で行っていたことが、かならずしも知られていないのも残念なことだ。だからドイツを脱出して、フランスで人生を終えることになったのである。

ハイネが読まれなくなっているのは残念だ。いや、そもそもドイツ文学じたいがもう読まれなくなって久しいのか・・





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