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2021年5月10日月曜日

書評『未来は決まっており、自分の意志など存在しない ― 心理学的決定論』(妹尾武治、光文社新書、2021)― 21世紀の「AI時代」に還ってきた「予定説」



『未来は決まっており、自分の意志など存在しない-心理学的決定論』(妹尾武治、光文社新書、2021)という本をたまたま知って、さっそく注文して読んでみたが、これがじつに面白かった。 

知覚心理学を専門とする心理学者が、自分の思想を心理学の知見だけでなく、科学論や哲学、AI、仏教の唯識論、脳科学やアート作品、サブカルなど総動員して論証しようとしたのがその内容。 

「未来は決まっており、自分の意志など存在しない」というのは、いわゆる「自由意志」(free will)なるものは存在しない、という立場である。自分の意志で未来を切り開いているというのは「錯覚」であって、あらかじめ決められた生きているに過ぎないのだ、と。 

「自由意志」など存在しないことは、刺激と反応で人間行動を説明する「行動科学」(behavior science)に慣れ親しんでいる人なら「常識」だと思うが、そうでない人にはショッキングなものかもしれないし、受け入れがたいとして頭ごなしに否定したくなる内容かもしれない。 

著者は冒頭から「トンデモ系」だと予防線を張っているが、著者のいうことのすべてに納得しなくても(・・当然のことながら、私もすべてに納得しているわけではない)、だいたいその線だろうなと思う人も少なくないと思う。情報量が増大すれば、未知の部分が減少していくのは当然であり、したがって未来もかなりの確率で見えてくるのも当然。 

著者はまったく言及していないが、わたしはこの内容に「宗教改革」時代に現れたカルヴァンの「予定説」を想起した。 

その内容は、基本的に「未来は決まっており、自分の意志など存在しない」というものである。人間にとっては「未来」にあたる「死後」に救済されるかどうかは、あらかじめ「神」によって決められているので人間が介在する余地はない、とするものだ。 

である以上、人間は自分の努力の範囲内で精一杯生きていくことが求められるわけだ。自分の運命を呪ったりしても意味のないことだ。なぜなら、最初から決まっているのだから、悩んでも仕方ないことなのだ。とはいえ、一回限りの人生なのだから悔いのない人生にはしたいものだ。

若い人たちに「君たちには無限の可能性ある」なんて言うのは無責任でしかない。「できる範囲内で努力したらいいんだよ」と言ってあげる、そんな根拠になることだろう。

16世紀に生まれた「予定説」と、21世紀に顕在化してきた「自由意志否定論」は、よく似た思想であるように私には思われる。16世紀西欧の「神」を21世紀の「AI」に置き換えてみれば、その意味はわかるだろう。

それにしても、「未来は決まっており、自分の意志など存在しない」という思想が蘇ってきたのは興味深い。 

いわゆる500年近く続いてきた「近代」が終わって、あらたな時代の入り口にいることを端的に示しているのではないだろうか。すくなくとも、「自由意志」を前面に打ち出した「18世紀啓蒙主義」の終焉は明かだ。 

テクノロジーの発展がもたらしたあらたな「神」と「予定説」について、そんな風に思うのである。 もちろん、21世紀以降がどのような世界になるのか、現時点ではわからないが。


(画像をクリック!)



目 次
第1章 自由意志と決定論と
第2章 暴走する脳は自分の意志では止められない
第3章 AI
第4章 そもそも人間の知っている世界とは?-知覚について
第5章 何が現実か? 唯識、夢、VR、二次元
第6章 量子論
第7章 意識の科学の歴史
第8章 意識の正体
第9章 ベルクソン哲学にヒントが!
第10章 ベクションと心理学的決定論
第11章 マルクス・ガブリエルの新実在論
第12章 アートによる試み(妹尾の場合)
第13章 Cutting Edge な時代に生きる
まとめ
謝辞
エピローグ
引用および参考文献


著者プロフィール
妹尾武治(せのお・たけはる)
九州大学大学院芸術工学研究院准教授。東京大 学IML特任研究員、日本学術振興会特別研究 員(SPD)、オーストラリア・ウーロンゴン 大学客員研究員を経て、現職。東京大学大学院 人文社会系研究科(心理学研究室)修了。心理 学博士。専門は知覚心理学だが、これまで心理 学全般について研究及び授業を行ってきた。筋 金入りのプロレスマニア。著書に『脳がシビれ る心理学』(実業之日本社)、『おどろきの心理 学』(光文社新書)、『売れる広告 7つの法則』 (共著、光文社新書)、『脳は、なぜあなたをだ ますのか』(ちくま新書)、『ベクションとは何 だ!?』(共著、共立出版)などがある。


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2020年3月28日土曜日

書評『サピエンス全史 上下 ― 文明の構造と人類の幸福』(ユヴァル・ノア・ハラリ、柴田裕之訳、河出書房新社、2016)― 想像力によって作り出したフィクション(虚構、擬制)が人類をここまで進化させてきたが・・

(期間限定特装版のカバーはゴーガンの有名な絵画)


 『サピエンス全史 上下 ― 文明の構造と人類の幸福』(ユヴァル・ノア・ハラリ、柴田裕之訳、河出書房新社、2016)を読了。出版されてからすでに4年たつ。

日本語版も「ビジネス書大賞2017 大賞受賞」、「ビジネス書グランプリ2017 リベラルアーツ部門 第1位 」に選出され、現在でもロングセラー状態が続いている世界的な超ベストセラーだ。すでに全世界で2000万部売れたという。

英語版タイトルは、Sapiens: A Brief History of Humankind(2015)、直訳すれば「サピエンス-人類の簡潔な歴史」となる。

ビジネスパーソンである以上、世の中で流行っているモノやコトには一応は注意を払うものの、限られた時間のなかでは、やり過ごすことが多い。

しかも、この本がベストセラーが話題沸騰中でベストセラー街道を驀進中だった頃、最終的に『ビジネスパーソンのための近現代史』(2017年5月刊)というタイトルになった本の執筆に専念していたので、見て見ぬふりをしていた。土日のすべてと、平日の早朝の時間帯を調査と執筆にあてていたので、とても読むヒマなどなかったのだ。

面倒なのでそのまま読まないままで済ませようと思っていたのだが、よんどころのない理由の発生で読まざるをえなくなった。昨年10月のことだ。

それからすでに半年近くたってようやく読み始めたわけだが、新型コロナウイルス騒ぎで、少しヒマができた(というよりも余儀なくされている)ので一気に読了。こういう本は、できれば一気に読んでしまいたいものだ。




■想像力によって作り出された「フィクション」(=虚構、擬制)がもたらした進化

なるほど、こういう本がベストセラーになるのだなといいうことは、読み始めてからしばらくして納得した。

日本語の訳文がこなれているからということもあるが、読みやすいからだ。しかも、こういうスタンスで書かれた本があまりないということもその理由だろう。

本書を一貫しているの思想は、想像力によって作り出した「フィクション」(虚構、擬制)が、現在唯一の人類であるホモ・サピエンスをここまで進化させてきた、というものだ。ホモ・サピエンスも動物であるが、フィクションのおかげで生物学的制約を超えることが可能となったのだ。

これが、7万年前に始まった「認知革命」後のホモサピエンスの進化と、地球の覇権確保につながっていく。

神話や伝説、神々や宗教から始まり、企業や法制度、国家や国民、人権や平等、そして自由といった概念もみなフィクションであると著者は言い切っている。 まことにもって明解ではないか! 

そのために人が生き、そのために人が死ぬもの、それは現実に存在するモノそのものではなく、あくまでも概念である。 だが、そのフィクションが「共同主観的」事実として、個々の人間をまとめあげ、集団として行動することを可能にしてきたわけだ。

企業活動に即していえば、著者も冒頭であげているブランドがそうだし、ミッション・ビジョン・バリューなど、まさにフィクションの最たるものだろう。でも、それでいいのだ。
(・・とはいえ、日本語世界では、すでに「共同幻想」という概念が普及しているので、著者の主張はとくに目新しいものではない。社会学の専門用語を使用すれば「社会構成」(social construction)ということになるが、インタビュー記事によれば、著者はあえて日常用語を使用したらしい)。

歴史家である著者は、生物学的な制約条件を脱して、独自の進化が可能になった理由をそこに求めている。だから、この本を最初から最後まで貫いているのは、「生物学」と「歴史学」との相克(コンフリクト)といっていいだろう(・・日本語版では「歴史」となっているが、「歴史学」とすべき箇所がある。biology を生物学と訳すなら、history は歴史ではなく歴史学だ)。

過去も現在も未来も、いかにしてホモ・サピエンスが、生物学的条件に束縛されながらも、そこから脱しようとしてきたのが現在に至る軌跡であり、それが未来に向かう道筋である。

著者の主張で重要なのは、ホモ・サピエンスだけが人類ではない、としていることだろう。ホモ・サピエンスが覇権を握る以前は、ネアンデルタール人などさまざまな人類が存在したわけであり、しかも生命操作とAIや機械などによる「人間強化」の行く末には、「異なる人類」が誕生する可能性が高い。「超人類」と言い換えてもいい。ホモ・サピエンスの覇権は終わり、ワンノブゼムになるというわけだ。





■動物であるホモ・サピエンスが、その他の動物を支配して生きてきたことの功罪

このほか、著者自身の価値観が濃厚にできるなと思わされるのが思わされるのが、動物であるホモ・サピエンスが、その他の動物を支配して生きてきたことの功罪についての記述だ。

1万2千年前の「農業革命」によって、狩猟採取生活から農業と牧畜への生活にシフトしていくわけだが、狩猟採取時代の人間と動植物との共生状態は終わることになった。同時に、ホモ・サピエンスは狩猟採取時代の全脳感を失うことになる。不安定な状態のなかで生きるには、脳力を全開にする必要があるからだ。

有用性の観点から人間は小麦を栽培し、ヒツジなどの動物を家畜化していく(・・ここらへんは、イスラエル人の著者に「中東バイアス」を感じてしまう。日本人が書くなら、まずはコメから始めるだろう。いや縄文人が栽培していたクリか?)。

生活は安定するが、人間の幸福感はかえって減退していったのではないか、というのが著者の見解だ。

また、ホモ・サピエンスがその他の動植物を支配するようになった結果、動物の苦しみは続いているのだ。ヒツジも牛も馬も、有用性という観点から、人類に奉仕するようにされてきたが、それが動物たち本来のあり方とは言えないだろう、と。

いわゆる「アニマル・ライツ」(=動物の権利)派の主張がそこにある。 

もちろん、動物を家畜化して生きるようになってから、家畜の感染症が「動物由来感染症」として人類に転移し、パンデミック(=地球規模の感染爆発)となってきたことは、「農業革命」のネガティブな側面といわねばならない。その意味でも著者が言うように、「農業革命」以後は人類の幸福感は低下傾向にあるというべきかもしれない。

いずえにせよ、「種」全体として人類は進化しても、個々人レベルの幸福感が増大したかどうかは別の話なのだ。この点が著者が強調するものであり、「第18章 文明は人間を幸福にしたのか」に集中的に書かれている。


(ハラリのベストセラーと拙著が隣り合わせで平台に)


■「科学革命」後の急速な発展と進化は何をもたらしてきたのか

本書全体にかんしては、「第1部 認知革命」から「第2部 農業革命」、「第3部 人類の統一」までは面白い。

だが、「第4部 科学革命」は、最後の2章を除いては、とくに面白いとは思わなかった。「第4部」は、結局のところ「西洋中心史観」と大差ないからだ。この内容なら類書はいくらでもある。ある意味では、拙著『ビジネスパーソンのための近現代史』も同じ時代を別の観点から取り上げている。

ただ、著者の指摘で重要なのは、15世紀以降の西欧による世界支配は、科学革命による「無知」の発見と肯定にあるとした点だ。

「無知」という自覚があるからこそ、人類は「未知」を探求し、見えないものを見えるもの、すなわち「既知」に変えていく。その繰り返しが「科学革命」の本質である。かつては神が創った世界には「未知」はないとされてきたが、「科学革命」によってその世界観は揺らぐことになった。

そして、科学と帝国、資本主義、産業革命とエネルギー革命、こういったフィクション(=虚構、擬制)の複合的な組み合わせが、人類の急速な発展を実現化させたのは、著者のいう通りだろう。

とはいえ、歴史の専門家が無意識に陥っているバイアスも感じられる。

それは、歴史イコール人類の歴史としている点だ。人間がかかわるものにだけ歴史があると考えていては、ホモサピエンス誕生以前には歴史はないことになってしまう。そこに不満が残る。地球の歴史や宇宙の歴史といった観点は著者にはない。

歴史を生物学との対比と相克という点から見ている点に、著者の立ち位置のユニークさがあるのだが、それは同時に弱点でもあるように思う。

というのは、著者の立ち位置には「環境」という視点がないからだ。地球科学や地理学という観点が欠落しているのだ。まあ、あえて捨象したのかもしれないが・・。


■『サピエンス全史』には、進化と進歩のもたらした負の側面も視野にある

本書のような「人類史」はいままであまりなかったように思う。ベストセラーとなった理由はそこにある。

進化と進歩のもたらした負の側面にまで視野に入っているのは、1970年代以降のものだからだろう。(・・その意味では、日本ではすでに人類学者の梅棹忠夫やSF作家の小松左京による試みが先行していたことは記しておかねばならない)。

個人的な話だが、この本を読みながら思い起こしたのは、中学生時代に愛読していた『人間の歴史 上下』(岩波書店、初版1971年)という本のことである。 




著者は、ソ連の科学読み物の作家であるイリーンとセガール、ソ連で出版された子ども向けの人類史の本である。いまでこそポピュラー・サイエンスものといえば英語圏の翻訳が中心になっているが、かつてはソ連の科学読み物も多く日本で紹介されていた。

岩波書店による書籍紹介には次のようにある。


人間の祖先は力弱い生きものであったが、手を働かせることを発見し、道具を使い、協力して働くことを覚えて以来、今日のような「巨人」にまで発展してきた。人間の歴史の一大ドラマを若い読者に語る。

「先史時代」(・・この表現も歴史家特有のバイアスがあるが)から始まって、1600年のジョルダーノ・ブルーノの刑死で終わる内容。もともとのタイトルは「人間はいかにして偉大になったか」だっと思うが、基本的に進化と進歩が基調にあり、しかも唯物論で貫かれた内容のユニークな本だ。紆余曲折を経ながらも、人類は偉大な存在になったという内容だ。ロシア語によるソ連の出版物なので、当然のことながらロシア史にかんする記述が多い。

『サピエンス全史』の著者ハラリ氏は、ユダヤ系のイスラエル人。『人間の歴史』の著者イリーンとその配偶者のセガールも、ともにユダヤ系ロシア人であった。イリーンはペンネームで本名はマルシャーク、『森は生きている』で有名なマルシャークの実弟だ。

イスラエルという21世紀前半の資本主義社会(・・ただし、集団農場キブツに代表されるように、もともとイスラエルは社会主義的傾向が強かった)と、ソ連という20世紀の共産主義社会との違いはあるが、人類史という観点で、人類が個別性を喪失しながら一元化の方向に向かうとする歴史を記述する姿勢に、なにか共通するものを感じるのである。

単なる偶然ではないと思う。普遍性志向の強いユダヤ人特有の一元志向だろうか? 両者はともに無神論者のユダヤ人である点は共通している。

違いといえば、『サピエンス全史』の著者は、すでに人類のペシミスティックな未来が見えていることだろうか。

1970年代の「成長の限界」以降に生まれ、しかもテクノロジーの急速な進歩によって「超人類」が誕生し、ホモ・サピエンスが唯一絶対の立場から、再びワンノブゼムの存在に転落しつつあるというペシミズムだ。

この違いは、イスラエルとソ連の違いを超えて、世代観として意外に大きな意味をもっているのかもしれない。

『人間の歴史』がソ連で出版されたのは、ソ連を自壊に追い込むキッカケとなったチェルノブイリ原発事故(1986年)のはるか以前のことであった。科学と技術が輝いていた「科学万能時代」のことである。そこには一片のペシミズムも存在しなかった。

チェルノブイリ原発事故以降、それ以前に存在したユートピア的な科学信仰の空気は、もはやロシアには存在しない。いや、先進国のどこにも存在しないといっていいのではないか。もちろん、2011年の福島原発事故以降の日本も同様だ。



*****


以上ながながと書いてきたが、結論としては、ある種の偶像破壊的な内容であるが、人類史を一気通貫で描く試みとして、読み物としては面白い、ということになる。

ただし、著者特有のバイアスに注意を払いながら読めば、有意義な読書体験となるであろう。こういう本は、シンギュラリティ(=特異点)が来るとされる2045年の時点で読み返して見ると面白いのではないだろうか。


(画像をクリック!)


PS こういうベストセラーでロングセラーは出版社にとってはドル箱なので、なかなか文庫化されないと覚悟したほうがよさそうだ。

PS2 ところが、2023年11月にはあっけなく文庫化されてしまった。それでも、単行本の出版から7年後のことになる。単行本もひきつづき増刷されつづけているが、文庫版のほうが読みやすいのはたしかだな。(2024年9月8日 記す)



目 次 
歴史年表 
第1部 認知革命 
 第1章 唯一生き延びた人類種 
 第2章 虚構が協力を可能にした 
 第3章 狩猟採集民の豊かな暮らし 
 第4章 史上最も危険な種 
第2部 農業革命 
 第5章 農耕がもたらした繁栄と悲劇 
 第6章 神話による社会の拡大 
 第7章 書記体系の発明 
 第8章 想像上のヒエラルキーと差別 
第3部 人類の統一
 第9章 統一へ向かう世界 
 第10章 最強の征服者、貨幣 
 第11章 グローバル化を進める帝国のビジョン 
 第12章 宗教という超人間的秩序 
 第13章 歴史の必然と謎めいた選択 
   1 後知恵の誤謬 2 盲目のクレイオ 
第4部 科学革命 
 第14章 無知の発見と近代科学の成立 
 第15章 科学と帝国の融合 
 第16章 拡大するパイという資本主義のマジック 
 第17章 産業の推進力 
 第18章 国家と市場経済がもたらした世界平和 
 第19章 文明は人間を幸福にしたのか 
 第20章 超ホモ・サピエンスの時代へ 
あとがき-神になった動物 
謝辞 
訳者あとがき 
原註 
図版出典 
索 引 

著者プロフィール 
ハラリ、ユヴァル・ノア(Harari, Yuval Noah)  
1976年、イスラエルのハイファで生まれた歴史学者。オックスフォード大学で中世史、軍事史を専攻、2002年に博士号を取得。現在、エルサレムのヘブライ大学で歴史学を教えるかたわら、2018年のダボス会議での基調講演など、世界中の聴衆に向けて講義や講演も行なう。オンライン上での無料講義も行ない、多くの受講者を獲得している。著書は、世界的なベストセラーの本書のほか、日本語訳されている『ホモ・デウス』と『21 Lessons:21世紀の人類のための21の思考』はいずれも世界的ベストセラーとなっている。このほか、軍事史や中世騎士文化についての3冊の著書* があるが、いずれも日本語訳はない。(最新刊の略歴に引用者が加筆)。

(*注)タイトルは以下のとおり

Renaissance Military Memoirs: War, History and Identity, 1450–1600 (Woodbridge: Boydell & Brewer, 2004)


The Ultimate Experience: Battlefield Revelations and the Making of Modern War Culture, 1450–2000 (Houndmills: Palgrave-Macmillan, 2008)

(2023年11月13日 情報追加)


<関連サイト>

『サピエンス全史』のユヴァル・ノア・ハラリ氏、 “新型コロナウィルス”についてTIME誌に緊急寄稿!(2020年3月24日 河出書房新社のサイト)
・・基本的にこの人は理想主義的傾向が強いのだが

Yuval Noah Harari’s History of Everyone, Ever His blockbuster “Sapiens” predicted the possible end of humankind. Now what?  By Ian Parker February 10, 2020, New Yorker Magazine
・・最新の密着取材記事。『サピエンス全史』の読者層が20歳代から30歳代の男性が中心で(そうだろうなと納得)、その著者の学問経歴、知的に早熟で、中世史と軍事史を専攻しながらも病気(?)のため兵役は済ませていないこと、交友関係からプライベートの性的傾向(パートナーは男性)、いわゆるヴィーガン(=完全なベジタリアン)であること、オックスフォード大学留学中に始めたヴィッパサナー瞑想法の深い影響(たとえば、仏教の「無常」観が記述に反映? 毎年1回はインドで瞑想のリトリートを行い、その間はいっさい情報機器に触れない情報断食の実践、そもそもスマホはもたない)、現在は無神論など。Wikipedia英語版以上に詳しいプロファイルがよくわかる好記事

(2020年4月15日 項目新設)
(2020年4月18日 情報追加)


<ブログ内関連記事>

書評 『銃・病原菌・鉄-1万3000年にわたる人類史の謎-(上・下)』(ジャレド・ダイアモンド、倉骨彰訳、草思社、2000)-タイトルのうまさに思わず脱帽するロングセラーの文明論
・・「人文社会系の歴史書にはない、動植物の生態も含めた「環境」という切り口からの人類史」

「世界の英知」をまとめ読み-米国を中心とした世界の英知を 『知の逆転』『知の英断』『知の最先端』『変革の知』に収録されたインタビューで読む

書評 『21世紀の歴史-未来の人類から見た世界-』(ジャック・アタリ、林昌宏訳、作品社、2008)-12世紀からはじまった資本主義の歴史は終わるのか? 歴史を踏まえ未来から洞察する
・・「資本主義と民主主義を人類史の中心テーマと捉え、過去を簡単に振り返って発展のパターンを抽出したうえで、大胆な予測を21世紀の人類史について行ったのが本書の内容(・・中略・・)世界を動かしてきたのは、宗教人・軍人・商人という三つの人間類型であるが、発展の主導力となったのは「商人」であり、商人が主導してきたのが世界史」

書評 『唯脳論』(養老孟司、青土社、1989)-「構造」と「機能」という対比関係にある二つの側面から脳と人間について考える「心身一元論」
・・「養老氏の基本的立場は、すべては脳で考えられたものだ、というもの」

書評 『1492 西欧文明の世界支配 』(ジャック・アタリ、斎藤広信訳、ちくま学芸文庫、2009 原著1991)-「西欧主導のグローバリゼーション」の「最初の500年」を振り返り、未来を考察するために

書評 『ヨーロッパ思想を読み解く-何が近代科学を生んだか-』(古田博司、ちくま新書、2014)-「向こう側の哲学」という「新哲学」

書評 『人間にとって科学とはなにか』(湯川秀樹・梅棹忠夫、中公クラシック、2012 初版 1967)-「問い」そのものに意味がある骨太の科学論
・・「学者と科学者以外の一般人は、それぞれが自分なりに「納得」したいというマインドセットを共有しているにもかかわらず、精神構造が大きく異なるということだ。そもそも科学と科学者という存在が確立したのが19世紀であるから、科学者はある時期までかなり特殊な人間類型であったのである。ところが、科学者が特殊な存在ではなくなり、「職業人」として一般化したことの意味について考える必要もある」

梅棹忠夫の幻の名著 『世界の歴史 25 人類の未来』 (河出書房、未刊) の目次をみながら考える
・・「梅棹忠夫は、「科学や知的探求は、人間の業(ごう)であるから制御できない」という意味の発言を1970年の時点でしていたという。(・・中略・・)思えば、1970年頃は梅棹忠夫のような発言はけっして異様ではなかった。当時でたローマクラブによる暗い未来図など、進歩がうたわれる反面でかなり暗い未来図が提示されていた時代であった」

書評 『梅棹忠夫の「人類の未来」-暗黒の彼方の光明-』(梅棹忠夫、小長谷有紀=編、勉誠出版、2012)-ETV特集を見た方も見逃した方もぜひ
・・「すべてを「地球レベル」というマクロの視点と、具体的な事物というミクロの視点で同時に見ている」

映画『復活の日』(1980年、日本)を初めて見た-生物兵器と核兵器で2度滅亡した人類の「復活の日」

書評 『2045年問題-コンピュータが人間を超える日-』(松田卓也、廣済堂新書、2013)-「特異点」を超えるとコンピュータの行く末を人間が予測できなくなる?
・・「特異点」(シンギュラリティ)が2045年にくるとカーツワイルが予測する。カーツワイルも無神論のユダヤ人

書評 『人類が絶滅する6のシナリオ』(フレッド・グテル、夏目大訳、河出文庫、2017)-人類滅亡シナリオの第1位は「スーパーウイルス」だ!
・・ふたたび「終末論」が語られる時代になってきた

(2020年4月4日、2020年4月27日 情報追加)


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2017年8月13日日曜日

書評『未来の年表 ー 人口減少日本でこれから起きること』(講談社現代新書、2017)ー 人口減少によってもたらされる「静かな有事」は、見たくないが直視しなければならない「未来」


『未来の年表-人口減少日本でこれから起きること-』(河合雅司、講談社現代新書、2017)が、ベストセラーになっている。帯には12万部(!)とある。発売わずか2ヶ月でここまで売れていると言うことは、読者が抱く危機感に訴えるものがきわめて大きいからだろう。

本書は2部構成で、第1部は「人口現象カレンダー」。第2部は「日本を救う10の処方箋-次世代のために、いま取り組むこと」。つまり、確実にやってくることが予想される「未来」の想定から「現在」を逆照射する発想法による内容だ。

第1部は、正直いって「見たくない未来」である。だが、それは「いま、そこにある危機」である。すでにことし2017年、この国は「おばあちゃん大国」に足を踏み出しているのである。

インパクトのある「未来年表」は帯に一部が印刷されているが、ショッキングなのはそれだけではない。すでに予兆が見えているものも多々ある。それぞれの項目に該当する世界や業界では、おそらく周知の事実なのであろう。知らないのは部外者だけなのだ。

だkら、こういう形で一冊にまとめられた意味は大きい。「未来」を俯瞰的に眺め、「未来」から逆算的に「現在」の問題点をあぶり出すことに成功しているからだ。



著者は、人口減少によってもたらされる危機を「静かな有事」と呼んでいる。その意味は、北朝鮮の核問題や中国による尖閣危機などとは性格の異なる「有事」だからだ。しかも「目に見えないところで静かに潜行している危機」だけに、気がつきにくい。

第2部の「対策編」は、実行可能性についてはやや疑問がないとはいえない。そんな感想もなくはない。

だが、とくにビジネス界では当たり前となりつつある言説、たとえば「移民導入」や「AI」などが効果的な対応策だという「通説」にかんしては、著者は疑問を投げかけており、読んでいて考えさせられることも少なくない。

「見たいものを見る」、「見たくないものから目をそらす」というのが、無意識のうちに行っている一般的な人間の態度だ。本書は、「見たくない未来」の最たるものだろう。

流行り物には、かならず一度は触れてみるというマインドセットが、とくにビジネスパーソンには必要だ。 たとえそれが「見たくないもの」であっても。

だからこそ、目をそらさず読むべき本なのだ。





目 次

はじめに

第1部 人口減少カレンダー 
 序 2016年、出生数は100万人を切った
 2017年 「おばあちゃん大国」に変化
 2018年 国立大学が倒産の危機へ
 2019年 IT技術者が不足し始め、技術大国の地位揺らぐ
 2020年 女性の2人に1人が50歳以上に
 2021年 介護離職が大量発生する
 2022年 「ひとり暮らし社会」が本格化する
 2023年 企業の人件費がピークを迎え、経営を苦しめる
 2024年 3人に1人が65歳以上の「超・高齢者大国」へ
 2025年 ついに東京都も人口減少へ
 2026年 認知症患者が700万人規模に
 2027年 輸血用血液が不足する
 2030年 百貨店も銀行も老人ホームも地方から消える
 2033年 全国の住宅の3戸に1戸が空き家になる
 2035年 「未婚大国」が誕生する
 2039年 深刻な火葬場不足に陥る
 2040年 自治体の半数が消滅の危機に
 2042年 高齢者人口が約4000万人とピークに
 2045年 東京都民の3人に1人が高齢者に
 2050年 世界的な食料争奪戦に巻き込まれる
 2065年 外国人が無人の国土を占拠する
   
第2部 日本を救う10の処方箋-次世代のために、いま取り組むこと 
 序 小さくとも輝く国になるための第5の選択肢
 【戦略的に縮む】
  1・「高齢者」を削減
  2・24時間社会からの脱却
  3・非居住エリアを明確化
  4・都道府県を飛び地合併
  5・国際分業の徹底
 【豊かさを維持する】
  6・「匠の技」を活用
  7・国費学生制度で人材育成
 【脱・東京一極集中】
  8・中高年の地方移住推進
  9・セカンド市民制度を創設
 【少子化対策】
  10・第3子以降に1000万円給付
    
おわりに 未来を担う君たちへ
結びにかえて

著者プロフィール

河合雅司(かわい・まさし)
1963年、名古屋市生まれ。産経新聞社論説委員、大正大学客員教授(専門は人口政策、社会保障政策)。中央大学卒業。内閣官房有識者会議委員、厚労省検討会委員、農水省第三者委員会委員、拓殖大学客員教授など歴任。2014年、「ファイザー医学記事賞」大賞を受賞。主な著作に『日本の少子化 百年の迷走』(新潮社)、『地方消滅と東京老化』(共著、ビジネス社)、『中国人国家ニッポンの誕生』(共著、ビジネス社)、『医療百論』(共著、東京法規出版)などがある。 2014年、「ファイザー医学記事賞」大賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



PS シンクロニシティ?-「現在」を起点にした認識の本2冊

「現在」を起点に「未来」へ、「現在」を起点に「過去」へと認識を展開する。方向性は違うが認識のあり方としては同等だ。

百田尚樹氏のベストセラー『今こそ、韓国に謝ろう』 (飛鳥新社、2017)のkindle版 の「この商品を買った人はこんな商品も買っています」で隣り合わせになっていた「未来年表」と「逆回し」。読者もなかなかいいチョイスをしているな、と。

(amazonサイト 2017年8月13日時点)

もちろん、瞬間風速的な偶然なので、『未来の年表』(講談社)と『ビジネスパーソンのための近現代史の読み方』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)は、出版社も違うし、したがって編集者も違うので直接的な関係にはありません。「未来年表」の著者とは面識もありません。

とはいいながら、『正論』(2017年9月号)では「読書の時間」で、ともに「書評」として見開き2ページで取り上げられているので、たんなる偶然とは見なせないかもしれないかな、と思ってみたりもして・・・。出版時期も近いし、まったく無縁とはいえないのかも。まさかそこまで考えて選書はしていないと思いますが。

著者プロフィールをみると、著者の河合雅司氏は1963年生まれとある。1962年生まれのわたしとは同世代ではないか!

こういうのを「シンクロニシティ」というのかな?


(月刊誌『正論』2017年9月号の「読書の時間」 P.326~329)


<関連サイト>

「2042年に最大の危機」 『未来の年表』河合雅司氏に聞く (ブック・アサヒ・コム、2017年7月20日)

(2017年8月21日 項目新設)


<ブログ内関連記事>


「東京オリンピック」(2020年)が、56年前の「東京オリンピック」(1964年)と根本的に異なること
・・2020年が東京のピークになるという現実は、すでにオリンピック開催が決定した2014年には指摘されていた

書評 『東京劣化ー地方以上に劇的な首都の人口問題-』(松谷明彦、PHP新書、2015)-東京オリンピック後がこわい東京。東京脱出のすすめ!?

書評 『なぜローカル経済から日本は甦るのか-GとLの経済成長戦略-』(冨山和彦、PHP新書、2014)-重要なのはグローバルではなくローカルだ!


■人口問題と移民・難民

書評 『自爆する若者たち-人口学が警告する驚愕の未来-』(グナル・ハインゾーン、猪俣和夫訳、新潮選書、2008)-25歳以下の過剰な男子が生み出す「ユース・バルジ」問題で世界を読み解く
・・「1900年まではヨーロッパの人口は総計4億6千万人、すなわち世界人口の 1/4 がヨーロッパ人だった(!)のだが、いまや世界におけるムスリム人口は 2010 年に 16 億 人を超え、2030 年には世界人口の 26% に達すると推計されている。2030年には世界人口の 1/4 がイスラームを信じるムスリムとなるのである! (・・中略・・) いま欧州各地で蔓延する極右も、思想的なものというよりも、労働力過剰による失業率高止まりが原因と考えるべきだろう。「人口増大」はなくても仕事が減れば労働力過剰となる。そう考えれば、日本でも同様の状況にならないという保証もない。」
      
『移住・移民の世界地図』(ラッセル・キング、竹沢尚一郎・稲葉奈々子・高畑幸共訳、丸善出版、2011)で、グローバルな「人口移動」を空間的に把握する
    
欧州に向かう難民は「エクソダス」だという認識をもつ必要がある-TIME誌の特集(2015年10月19日号)を読む

『単一民族神話の起源-「日本人」の自画像の系譜-』(小熊英二、新曜社、1995)は、「偏狭なナショナリズム」が勢いを増しつつあるこんな時代だからこそ読むべき本だ
・・「植民地を抱えていた「戦前」は多民族国家が常識であったのに対し、植民地を失って縮小した「戦後」は単一民族国家が常識となった」


■先を読むにために必要なこと

『大本営参謀の情報戦記-情報なき国家の悲劇-』(堀 栄三、文藝春秋社、1989 文春文庫版 1996)で原爆投下「情報」について確認してみる
・・予兆や徴候からいかに先読みするかについて。元陸軍情報将校の痛切な回想


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