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2010年9月1日水曜日

書評『インドの科学者 ー 頭脳大国への道(岩波科学ライブラリー)』(三上喜貴、岩波書店、2009)ー インド人科学者はなぜ優秀なのか?-歴史的経緯とその理由をさぐる






インド人科学者はなぜ優秀なのか?-歴史的経緯とその理由をさぐる

 インドの科学技術の発展を、英国の植民地時代から、独立を経て今日に至るまで歩みを、傑出したインド人科学者の人物と業績を中心に、きわめてコンパクトにまとめあげた本である。

 インドに対する関心が再び高まりつつある現在の日本であるが、関心の中心はビジネスと経済が中心である。

 科学技術にかんしても、科学分野よりも、技術分野のIT(情報科学)、あるいは原子力工学といった分野に話題が限られているのが現状だ。「インドの科学者」を扱った本は残念ながらあまり類書がない

 この本を読むと、インド人科学者とインド人技術者をめぐるさまざまな疑問に、すっきりと統一的に説明で答えてくれるのがありがたい。最近のニュースを見ているだけではわからない、インドの科学技術の本質的な側面を知ることができる。

 インドが古代以来、自然科学を含めた学術上の遺産を多く残してきたのにかかわらず、なぜ西欧近代との接触が始まってから19世紀後半にいたるまで、自然科学方面では大きく遅れをとっていたのか?

 著者は、とくに知識層としてのバラモン階級がヒンドゥー教徒としての「心の内なる規制」が足かせになっていたことを、実例をもって指摘している。

 同時に、宗教上の理由から行われてきた詠唱(チャンティング:chanting)がインド人科学者たちの論理的能力のバックボーンにあることも著者は指摘している。詠唱によって、まとまった長い文章を記憶する訓練。

 そして、サンスクリット語の論理的厳密性が、現在でもインド人科学者たちの論理的思考能力の支えになっていること。またサンスクリットの動詞変化法則に体現された論理構造が、ソフトウェア科学の知識表現法にもつながることも指摘されている。

 これに加えて、微積分を含めた高度な計算能力を鍛えられていることが預かって大きい、と。

 これらが、インド人科学者やインド人技術者の高度な能力の下支えになっているのである。

 このほかさまざまな話題が織り込まれた本書は、中身がきわめて充実した、価値ある内容の本である。

 インドについて、科学技術方面から知ってみた人はぜひすすめたい一冊だ。


<初出情報>

■bk1書評「インド人科学者はなぜ優秀なのか?-歴史的経緯とその理由をさぐる好著」投稿掲載(2010年8月25日)
■amazon書評「インド人科学者はなぜ優秀なのか?-歴史的経緯とその理由をさぐる好著」投稿掲載(2010年8月25日)






目 次

はじめに 本書の主題と構成
第1章 植民地時代のパイオニア達
 1. インド近代科学の父 J・C・ボース
 2. 化学と化学工業の父 ラーイ
 3. 天才数学者 ラマヌジャン
 4. パイオニアを育てた舞台装置と条件
第2章 アジア初のノーベル賞受賞者 ラマン
 1. 若き日々 ヘルムホルツの本との出会い
 2. カルカッタ時代
 3. ラマン効果の発見とノーベル賞受賞
 4. 同時代の科学者 サハとS・N・ボース
第3章 独立インドの主役達
 1. 初代首相ネルーのリーダーシップ
 2. タタ基礎研究所 タタ一族とバーバー
 3. 独自の原子力戦略
 4. ロケット技術の父 アブドゥル・カラーム
第4章 グローバルに活躍するインドの頭脳
 1. 頭脳流出組 チャンドラとセカール
 2. 米国の技術革新を支えたインドの頭脳
 3. 科学技術と国際政治
 4. 持続可能な開発への挑戦
第5章 インドの教育・日本の教育
 1. 論理的表現力
 2. 数学基礎力の訓練
 3. 創造プロセスの追体験
 4. アマルティア・センの指摘
あとがき

著者プロフィール
三上喜貴(みかみ・よしき)1952年生まれ。東京大学工学部卒、通商産業省勤務を経て、現在、長岡技術科学大学技術経営研究科教授。 主著:『ASEANの技術開発戦略』(日本貿易振興会、1998年)、『文字符号の歴史:アジア編』(共立出版、2002年)、『日本の技術革新』(共著、放送大学教育振興会、2008年)


<書評への付記>

 独立後に初代首相ネルーのもとで科学技術立国を目指し、とくに原子力、宇宙、国防分野に重点的に資源配分を行い、多くの研究所を設立したことが、総合科学化の基礎を整備することになった反面、大学から研究機関への流出をもたらし、ひいてはそのひずみゆえに、多くの科学者や技術者が米国に頭脳流出したことを著者は説明している。

 この著者の指摘は、いろいろなことを示唆している。

 独立後のインドは、人口比でみれば「世界最大の民主主義国家」であるが、一方、独立後に東西パキスタンと分離(・・その後、東パキスタンはバングラデシュとして独立)、中国とはネパールその他の緩衝国家をはさんで直接対峙している。

 つまり、原子力、宇宙、国防に重点的に資源配分を行わざるを得ない状況にあったことは、毛澤東の中国と同じであったわけだ。中国と同様、社会主義を標榜するインドもともに、技術にかかんしてはソ連の圧倒的影響下にあったことは、本書には書かれていないが、知っておくべきことだろう。

 インドが社会主義から180度転換して、開放経済を志向し、外資導入政策を採用するようになった1991年から20年弱、民生技術にかんしては、米国に頭脳流出した科学者や技術者によるIT(情報技術)をまたねばならなかったこと、IT以外の技術にかんしては、外資導入をまたなければ発展しなかった。

 たとえば、民生用の小型自動車の分野では、日本のスズキとの合弁企業マルティ・スズキが大きな枠割りを果たしたことは、周知の事実である。

 現在の活況を呈するインド経済だけをみていては、見落としてしまうことも多々あることに留意したいものである。そのためには、歴史を振り返らなければならない。



PS 読みやすくするために改行を増やした。また<ブログ内関連記事>を項目として新設した。 (2014年5月10日 記す)



<ブログ内関連記事>

日印交流事業:公開シンポジウム(1)「アジア・ルネサンス-渋沢栄一、J.N. タタ、岡倉天心、タゴールに学ぶ」 に参加してきた
・・西欧近代化を突き進む日本大英帝国の植民地下のインドとの経済的・知的交流

「ナマステ・インディア2010」(代々木公園)にいってきた & 東京ジャーミイ(="代々木上原のモスク")見学記

ボリウッド映画 『ロボット』(2010年、インド)の 3時間完全版を見てきた-ハリウッド映画がバカバカしく見えてくる桁外れの快作だ!
・・インド人ロボット工学者が主人公。人間の心をもったロボットが暴走!

アマルティア・セン教授の講演と緒方貞子さんとの対談 「新たな100年に向けて、人間と世界経済、そして日本の使命を考える。」(日立創業100周年記念講演)にいってきた

本の紹介 『ユダヤ感覚を盗め!-世界の中で、どう生き残るか-』(ハルペン・ジャック、徳間書店、1987)
・・「自分でプログラムを組んでいてわかることは、これはまさしくタルムード思考の、例の複雑な論理そのものの現実化ではないか、ということである。ある条件ではこうしてみる、ある条件ではこんなふうにするということが、複雑に関連し合って絡み合うことが、本当にタルムード的なのである」、と著者は言う

書評 『こころを学ぶ-ダライ・ラマ法王 仏教者と科学者の対話-』(ダライ・ラマ法王他、講談社、2013)-日本の科学者たちとの対話で学ぶ仏教と科学

書評 『「科学者の楽園」をつくった男-大河内正敏と理化学研究所-』(宮田親平、河出文庫、2014)-理研はかつて「科学者の楽園」と呼ばれていたのだが・・
・・近代化を急速に進めた日本は、独立後のインドと同様に工学優先で突き進んだが、科学方面においても成果が出始めていた

書評 『「大発見」の思考法-iPS細胞 vs. 素粒子-』(山中伸弥 / 益川敏英、文春新書、2011)

最近ふたたび復活した世界的大数学者・岡潔(おか・きよし)を文庫本で読んで、数学について考えてみる
・・インド人天才数学者 ラマヌジャンにも勝るとも劣らない天才数学者・岡潔


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