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2024年12月29日日曜日

書評『朝鮮民衆の社会史 ― 現代韓国の源流を知る』(趙景達、岩波新書、2024)― 朝鮮史の「全体像」は上からの「政治史」だけを見ていてもわからない。下からの視線である「社会史」が必要だ



先日(2024年12月3日)に韓国で起こった「大統領による上からのクーデター」。 クーデターじたいは、あっという間に短時間で収束し、失敗に終わっているが、大統領や代行していた首相の弾劾など、その後に動きを見ていると、まさに李朝時代の「党争」の現代版としか思えない。 

その点にかんしては、『朝鮮半島の歴史 政争と外患の600年』(新城道彦、新潮選書、2023)という本を読んで大いに納得したわけだが、いかんせんこの本は「政治史」が中心で、つまり支配者についての記述が中心なので、朝鮮半島の全体像を知るには欠けるものがある。 

そのため、さらに『朝鮮民衆の社会史 ー 現代韓国の源流を知る』(趙景達、岩波新書、2024)を読むことにした。下からの視線である「民衆史」を中心とした、「社会史」でみた朝鮮半島600年の歴史である。 

李朝以来の朝鮮半島600年は、基本的に「朱子学原理主義国家」のような体制であり、仏教は山に追いやられていったが、女性を中心とした被支配層においてはシャマニズムが濃厚に息づいてきたというのが、基本的にわたし自身の理解であった。 

だが、本書を読むと、民衆世界ではシャマニズムにとどまらない豊穣な世界があったことを知ることになる。 

著者の記述にしたがえば、朱子学は支配層が奉じる「ヘゲモニー教学」であり、「一君万民」や「儒教的民本主義」が理念としてて掲げられていた。支配者層が上からの「教化」によって民衆レベルまで朱子学を徹底しようとしたものの、かならずしも徹底していたわけではない。
  
もちろん、支配者層のあいだでは、朱子学の解釈をめぐって政治的な党派争いが「党争」となっていた。「科挙」に合格すると官僚としての出世につながるので、一族郎党がむらがってくる結果、金銭的な腐敗が進む。朱子学と科挙のもたらす弊害である。 

朱子学の「正統性」を際立たせるために、朱子学以外の仏教や道教、シャマニズムの存在まで否定していなかったこと、朱子学そのものも本家本元の中国とは違って、朝鮮独自の運用が行われていた。 

その最たる例が、極端なまでの「男尊女卑」である。女性の地位の低さには、あらためて驚くばかりであり、だからこそ女性たちは仏教やシャマニズムに救いを求めていたのである。 

本書が面白いのは、同時代の江戸時代の日本との比較が随所に見られることだ。「兵農分離」が徹底していて「村」が完結的な独立単位として機能していた江戸時代の近世日本と違って、朝鮮社会においては、早い段階から流動性がきわめて高い社会だった。この違いはきわめて大きい。日本と違って、18世紀の早い段階ですでに流動化が活発化しているのである。 

多面的に民衆世界を描いている本書が、著者の専門だけあって「第5章 民衆運動の政治文化」は読み応えがある。スタティックな記述から、一気にダイナミックな記述に変化していくからだ。 

新書本だが、ひじょうに濃厚な内容なので、このテーマに関心のある人でなければ読み通すのは苦労するだろうが、韓流ドラマや韓国映画で描かれたフィクションとは異なる、リアルな民衆世界を知るために読むべき本であると言っていいだろう。 

どんな歴史もそうだが、上からの視線である「政治史」だけでなく、下からの視線である「社会史」をあわせて見ないと全体像は見えてこないのである。 


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目 次
まえがき 
第1章 朝鮮社会の儒教化 
 1 儒教国家の誕生とその理念 
 2 儒教社会の現実と両班 
第2章 民衆の生活と文化 
 1 村と食の文化 
 2 村の賑わい 
 3 民衆の精神世界 
第3章 周縁的民衆の世界 
 1 賤民社会の諸相 
 2 最下賤民白丁(ペクチョン)の悲哀 
 3 褓負商(ポブサン)の社会 
第4章 女性のフォークロア 
 1 宮女と妓生(キーセン) 
 2 女性と婚姻 
 3 女性の自由と宗教 
第5章 民衆運動の政治文化 
 1 不穏の時代 
 2 民乱の時代 
 3 民衆反乱のフォークロア 
第6章 近代化と民衆 
 1 甲午改革と民衆 
 2 新しい政治文化の誕生と民衆運動 
 3 民衆の迷走と覚醒 
第7章 周縁的民衆の覚醒 
 1 義賊の時代 
 2 褓負商(ポブサン)の近代 
 3 白丁(ペクチョン)の近代 
 4 近代化と女性 
第8章 民衆の行方と現代 
 1 三・一運動と民衆 
 2 儒教国家の過去と現在(儒教国家の現実 這い上がりと分かち合いの社会/現代韓国の政治文化)
あとがき 
主要参考文献

 

著者プロフィール
趙景達(ちょ・きょんだる)
1954年生まれ。中央大学文学部卒業、東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程中退。同大人文学部助手を経て、千葉大学文学部助教授・教授となり、2020年3月退職。著書に『異端の民衆反乱 ー 東学と甲午農民戦争』など多数。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)



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2023年12月8日金曜日

書評『修行の心理学 ― 修験道、アマゾン・ネオ・シャーマニズム、そしてダンマ』(石川勇一、コスモス・ライブラリー、2016)― 臨床心理学者自身の「一人称の体験」をその本人が「第三者的」に観察して分析する

 



臨床心理学の研究者自身の「一人称の体験」を、研究者本人が「第三者的」に観察して分析した内容の本だ。

その体験とはタイトルにあるように、日本の熊野の修験道アマゾン奥地のネオ・シャマニズム、そしてタイトルには「ダンマ」(仏法)として登場するミャンマーの上座仏教(テーラヴァーダ仏教)である。

ああ、この人はほんとうに「修行体験」が好きなのだなあと思う。おなじく「修行」が大好きなわたしは大いに共感するものを感じる。

修行によって得られる境地そのものはさることながら、人からみたら苦行としかいいようがない修行のプロセスが好きなのだな、と。

わたし自身、18歳から22歳まで集中的に合気道に打ち込んで修行し、フィジカル面だけでなく、メンタル面も、スピリチュアル面でも修行によって得たものが多いという実感をもっているし、成田山の断食道場における断食修行や、出羽三山の修験道の「山伏修行体験塾」にも参加している。

さすがにアマゾン奥地でシャマン体験をしようなどという気持ちも、カネもないが、その意味では著者自身の体験は大いに興味をひくものであった。

修行に限らず体験というものは、あくまでも第一人称的なものである。その本人が五感をつうじて体験したビジュアルなイメージや、精神的な変容といったものを、自分以外の他人に伝えることはきわめてむずかしい。

とはいえ、事例をあつめて第三者的に分析したところで、いわゆる隔靴掻痒(かっかそうよう)である。靴のうえから足を掻くようなものでもどかしい。

その意味でも、研究者本人の第一人称的な直接体験を、時間がたってから冷静に見つめ直し、自分自身の体験を第三者的に、俯瞰的に観察して分析を行うことは、研究方法としても意味のあることなのである。定量的なデータ分析と相補うものとなるはずだ。
 
もちろん、著者自身の直接体験であり、それはまさに一回限りの体験である。おなじ場にいても他人とは異なる体験であるし、自分自身でもおなじ体験が再現できる保証はない。というよりも、まずそれは不可能であろう。だが、似たような体験は、異なる修行によっても訪れることもある。

修行が好きな人、修行に多大な関心をもっている人、修行体験がいかなるものか知りたい人には、読むことを薦めたい本だ。

けっして特定の宗教や、宗派、自己啓発セミナーなどに誘導しようとしている本ではない。あくまでも臨床心理学の研究者としての一線は守っている。その意味では、この『修行の心理学』は、安心して読める本である。



目 次 
プロローグ
第1章 修行体験 
第2章 修験道療法 
第3章 修験道修行の心理と可能性 
第4章 アマゾン・ネオ・シャーマニズムとは何か 
第5章 異次元体験、地獄・天界・瞑想 
第6章 アマゾン・ネオ・シャーマニズムの効果と可能性 
参考文献一覧


著者プロフィール
石川勇一(いしかわ・ゆういち)
日本トランスパーソナル心理学/精神医学会会長。相模女子大学教授。法喜楽庵・法喜楽堂代表。臨床心理士。行者。専門は臨床心理学。瞑想、修行(初期仏教、修験道)、心身技法、ダンマ(法)を探求。神奈川県生まれ。早稲田大学卒・同大学院卒。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)


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2013年6月15日土曜日

「岡本太郎のシャーマニズム」展にいってきた(2013年6月15日)ー エリアーデの『シャーマニズム』が岡本太郎に与えた影響の大きさを知る企画展


「岡本太郎のシャーマニズム」展にいってきた。

岡本太郎、しかもシャーマンなんてテーマ設定したら、それこそ狂喜乱舞して爆発というイメージを喚起するではないか!

今回の企画展の案内文がまたそれをさらにそそる。

「あるとき、突如彼はシャーマンになる。」岡本は1950年代初めころよりシャーマニズムへの関心を示し始める。今展覧会では、岡本太郎が作品に込めた意図を解明する手がかりとして、岡本の興味をシャーマニズムへと向かわせたと考えられる、ルーマニア出身の宗教学者ミルチャ・エリアーデの著作『シャーマニズム-古代的エクスタシーの技法』(1951)等に着目し、1940年代から晩年までの岡本作品の意図解明を試みる。

「あるとき、突如彼はシャーマンになる。」というのは、岡本敏子さんの発言らしい。

戦前はパリでマルセル・モースに師事して民族学(エスノロジー)を研究し、みずからの素養としてたことは比較的知られるようになってきたといいだろう。

そもそも1970年の大阪万博に企画段階から参加していたのは、芸術家としてシンボル塔の発想にかかわっていただけではなく、民族学者の梅棹忠夫からつよく請われたためでもあるらしい。

フランスで学問を修めた岡本太郎は、戦後は宗教学者のミルチャ・エリアーデの諸著作をフランス語で読み込んでいたことが、今回の企画展で強調されている。2010年の「生誕100年 人間・岡本太郎 展・前期」(川崎市岡本太郎美術館) で、岡本太郎の蔵書の一部が展示されていたふが、そのなかにエリアーデの著作を発見したわたしはなるほど!と思ったものだった。

われわれが思っている以上に、岡本太郎はフランスの民族学や宗教学の影響を受けているようなのだ。この点についての研究がいま進んでいるらしい。その成果を反映したのが今回の企画展だ。

今回の企画展はシャーマニズム。ほんとうはシャマニズムと表記したほうがいい。なぜなら、シャーマンだと英語のように聞こえるが、シャマンは満州語が起源のようだからだ。



企画展 「岡本太郎のシャーマニズム」展について

川崎市の岡本太郎美術館は2年ぶりに訪問したが、向ケ丘遊園駅南口からあるいて20分弱の生田緑地のなかにある。

企画展は常設展示のスペースを通り抜けることになるが、いつきても岡本太郎の作品を目の前にすると、不思議にパワーがチャージされるのを感じる。岡本太郎ほど日本の枠の外に出ながら、日本人を元気にしてくれる存在はない。

常設展から企画展に移動する途中の回廊には、岡本太郎とマルセル・モースの民族学との関係も説明されているので(・・これは常設展示)、はじめての人はじっくりみておいたほうがいい。

企画展は、具体的な絵画作品や彫刻、それに岡本太郎が日本全国をフィールドワークして撮影した写真の展示に、岡本太郎が読み線引きしているエリアーデの引用を解説として加えたもの。シャマニズム関連の映像作品の上映もある。

日本のシャマンといえば、沖縄のノロや恐山のイタコなどがそれに該当する。東北のオシラサマもまた、シャマンの儀礼に使用されるものだ。これは岡本太郎の写真作品ろして見ることができる。

エリアーデに先行する宗教学者たちへの言及も親切である。

たとえば、『聖なるもの』で宗教体験の本質を「ヌミノーゼ」という概念で説明したドイツの宗教学者ルドルフ・オットーはきわめて重要だ。さらにいえば、『金枝篇』(The Golden Bough)のフレーザーもそれに加えるべきだろう。

マルセル・モースの叔父である社会学者エミール・デュルケムや、戦前のパリ時代には盟友であったジョルジュ・バタイユなども、岡本太郎の芸術思想を作り上げる上で多大の影響があったようだ。

エリアーデの『シャーマニズム』の副題は「古代的エクスタシーの技法」となっているが、ここでいう「エクスタシー」とは「忘我(状態)」のことを意味している。シャマンにおいては、霊魂が離脱して飛翔した状態をさしている。

(垂直に上方に伸びる生田緑地のメタセコイア 岡本美術館につづく道にある)


絵画作品にみられるのがシャマンの飛翔というテーマ天上への垂直方向への飛翔である。これはエリアーデがとくに取り上げている北方アジアに共通するものである。エリアーデ宗教学の主要テーマである「世界樹」(axis mundi)にも反映されている。

今回の展示では、なんといっても彫刻作品が圧倒的だ。

有名な「ノン」(否)というおちゃめな怪物のような彫刻もいいし、いっけんすると猛牛のような印象を受ける「樹霊」という作品の存在感はじつに圧倒的。樹木の霊(スピリット)を形象化したこの作品は、フレーザーの『金枝篇』にインスパイアされたらしい。じつは美術館のカフェテリアに面した池に設置されている作品と同じであった。

(岡本太郎 「樹霊」)

個々の作品の背後にある岡本太郎の思想現代人にとっての魂の叫びとしての宗教について考え、体感することのできる展示である。人間の根源にあるものについて、つねに思索をつづけ、それを芸術作品としてアウトプットしてきたのが岡本太郎である。

すでに近代は終わり、近代合理主義を相対的にみることができるようになっているからこそ、若い人たちを中心に岡本太郎は圧倒的な人気をもっているのだと思う。その意味では岡本太郎は時代の先駆者であり、こんごもまだまだ大きな影響を与えていく存在であることは間違いない。

岡本太郎好きなら、やや学術的な色彩がつよいという印象を受けるかもしれないが、かならずいくべきだといっておきたい。





<関連サイト>

「岡本太郎のシャーマニズム」展(2013年4月20日(土)~7月7日(日))

川崎市岡本太郎美術館 公式サイト


<ブログ内関連記事>

「生誕100年 人間・岡本太郎 展・前期」(川崎市岡本太郎美術館) にいってきた (2011年6月)

「生誕100年 岡本太郎展」 最終日(2011年5月8日)に駆け込みでいってきた

書評 『日本人は爆発しなければならない-復刻増補 日本列島文化論-』(対話 岡本太郎・泉 靖一、ミュゼ、2000)
・・この本の表紙は「縄文人の彫刻」であある

書評 『ピカソ [ピカソ講義]』(岡本太郎/宗 左近、ちくま学芸文庫、2009 原著 1980)

本の紹介 『アトリエの巨匠に会いに行く-ダリ、ミロ、シャガール・・・』(南川三治郎、朝日新書、2009)

マンガ 『20世紀少年』(浦沢直樹、小学館、2000~2007) 全22巻を一気読み・・大阪万博の太陽の塔を見ることのできた少年たち、見ることのできなかった少年たち

「メキシコ20世紀絵画展」(世田谷美術館)にいってみた
・・パブリック・アートとしてのメキシコの「壁画運動」。岡本太郎もその影響を大きく受けており実作もしている。メキシコで発見され里帰りした壁画は、2008年以降は渋谷駅に展示され、有るべき姿でよみがえった

「宗教と経済の関係」についての入門書でもある 『金融恐慌とユダヤ・キリスト教』(島田裕巳、文春新書、2009) を読む
・・宗教学者エリアーデの『聖と俗』について、ややくわしく言及してある

書評 『井筒俊彦-叡知の哲学-』(若松英輔、慶應義塾大学出版会、2011)-魂の哲学者・井筒俊彦の全体像に迫るはじめての本格的評伝
・・エリアーデとも接点のある哲学者

「ルドルフ・シュタイナー展 天使の国」(ワタリウム美術館)にいってきた(2014年4月10日)-「黒板絵」と「建築」に表現された「思考するアート」

(2014年6月14日 情報追加)


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