「アタマの引き出し」は「雑学」ときわめて近い・・日本マクドナルド創業者・藤田田(ふじた・でん)に学ぶものとは?

◆「アタマの引き出し」つくりは "掛け算" だ : 「引き出し」 = Σ 「仕事」 × 「遊び」
◆酒は飲んでも飲まれるな! 本は読んでも読まれるな!◆ 
◆一に体験、二に読書、その体験を書いてみる、しゃべってみる!◆
◆「好きこそものの上手なれ!」◆

<旅先や出張先で本を読む。人を読む、モノを読む、自然を読む>
トについてのブログ
●「内向きバンザイ!」-「この国」日本こそ、もっとよく知ろう!●

■■ 「むかし富士山八号目の山小屋で働いていた」全5回 ■■
 総目次はここをクリック!
■■ 「成田山新勝寺 断食参籠(さんろう)修行(三泊四日)体験記 」全7回 ■■ 
 総目次はここをクリック!
■■ 「庄内平野と出羽三山への旅」 全12回+α - 「山伏修行体験塾」(二泊三日)を中心に ■■
 総目次はここをクリック!


「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!

「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!
ビジネス寄りでマネジメント関連の記事はこちら。その他の活動報告も。最新投稿は画像をクリック!



ご意見・ご感想・ご質問は ken@kensatoken.com にどうぞ。
お手数ですが、コピー&ペーストでお願いします。

© 2009~2026 禁無断転載!



ラベル プロテスタント神学 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル プロテスタント神学 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2017年11月29日水曜日

書評『なぜ私たちは生きているのか ― シュタイナー人智学とキリスト教神学の対話』(平凡社新書、2017)― 人間存在の「個別性」と「一回性」という観点に立ち「見えないもの」を見る感受性を研ぎ澄ます



2017年11月の新刊 『なぜ私たちは生きているのか-シュタイナー人智学とキリスト教神学の対話-』(平凡社新書、2017)という本を読んでみた。

副題にあるとおり、シュタイナー人智学の日本での第一人者である高橋巌氏とキリスト教神学(・・より正確にいえばプロテスタント神学)の佐藤優氏との3回の対話である。この組み合わせが面白いと思って読んだのだが、自分にとっての主たる関心はシュタイナーであって、キリスト教神学の方は副次的なものだ。

年齢からいったらはるかに先輩にあたる高橋巌氏が、同時代人として読書をつうじて親しみを感じてきたという佐藤優氏に教えを請うようなスタイルになっている。ホストが主催するセミナーにゲストを呼んで対話を行った記録を編集したこともあるのだろうが、やや違和感を感じないではない。

逆にいえば、高橋氏の謙虚な姿勢の現れといえるだろうが、本来的にグノーシス的な傾向のあるシュタイナー人智学への佐藤優の歩み寄りによって対話が成り立っている、という面もあるように思われた。

正直いって、この本を読んでも本書のタイトルである「なぜ私たちは生きているのか」という問いに対する直接的な答えは得られないだろう。そのためには、「見えないもの」に対する感受性を研ぎ澄まさなければならないことが両者に共通する結論であろうか。

「見えないもの」は「神」と呼んでもいいし、それ以外の表現でもいい。ただし、「なぜ私たちは生きているのか」という能動態の問いではなく、「なぜ生かされているのか」という受動態の問いの方が日本人にはしっくりくるような気がする。タイトルは編集者がつけるものだから対話者の意向かどうかはわからないが。

人間存在の、時間と空間における「個別性」と「一回性」という観点に立つ点は両者に共通している。また、ともに「道の途上」にあるという求道者性も共通している。

ともに抽象的な議論はしないという点には共感を感じる。これはキリスト教であろうが、シュタイナー人智学であろうが、仏教であろうが、その他の宗教であれ重要なことだ。

わたくし個人の感想としては、本書で論じられている「国家・資本・宗教」のうち、「宗教」は面白いと思ったが、「国家」と「資本」に関しては、違和感を感じる内容もあったと正直に書いておく。この両者はともに「経済人」ではないからだろう。とくに佐藤優氏の発言は牽強附会なものが多いのは相変わらずだ。

ともにドイツ思想の圧倒的影響下にある人たちだ。 プロテスタント神学はドイツ思想、マルクスもドイツ思想である。シュタイナーはドイツロマン派の流れのなかにある。その意味では、対話者はまったく無縁の立場というわけでもない。

シュタイナー人智学やキリスト教神学といったテーマに関心のある人にとっては読む意味のある本だと思うが、内容については是々非々の評価を下せばよい。

現在の日本では佐藤優氏のほうがはるかに知名度が高いので、本書を手に取る人は圧倒的にそちらからのアプローチが多いと思うが、この本で初めて高橋巌氏について知ることになる人にとっては、ある意味では「シュタイナー入門」の「入門」になるかもしれない。





目 次

はじめに(佐藤優)
  
 I 国家-一人ひとりの時間と空間の共同体
 道半ばを歩く者として
 見えるものと見えないもの
 キリスト教はオカルト?
 ぎりぎりのところで神と出会う
 普遍主義では世界宗教になりえない
 ドイツのキリスト教とナチス
 見えない世界を言語化する
 時間と空間は溶けるのか
 人は形而上学から逃れられない
 日米安保と北方領土問題
 個人と国家と社会
 国家における性の二重構造
 社会の力を強化する
 日本の教育と子どもの未来
 フィクションの力で他者を想像する
II 資本-お金と働くこと
 資本主義の男性原理と女性原理
 お金がすべて?
 プロテスタンティズムと資本主義は関係ない
 現象をとらえる宗教学的手法と内在論理をつかむ神学的手法
 日本文化とキリスト教の女性原理
 生活のなかに植え付けられた資本主義
 労働力の商品化
 見えるお金が見えない心を縛る
 不安定な社会だからこそ必要とされるもの
III 宗教-善と悪のはざまで
 現代人は悪に鈍感
 善と悪のはざまで生きる
 悪はどこから入りどこから去っていくのか
 破壊的な悪の力を包むには
 人間の努力を重視するグノーシス
 意志の力を超えて働く縁と召命
 音楽や本との出会いも召命
 悪は人間の言葉から生まれる
 人間関係のなかにいる神と悪
 愛をリアルに感じるためには
 なぜ私たちは生きているのか

おわりに(高橋巖)


著者プロフィール
佐藤優(さとう・まさる)1960年生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年背任と偽計業務妨害容疑で逮捕され、2009年最高裁で執行猶予付有罪が確定し失職。2014年、執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。2005年発表の『国家の罠』(新潮社)で毎日出版文化賞特別賞受賞。著書に『自壊する帝国』(新潮社、大宅壮一ノンフィクション賞)など多数。 (本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)


高橋巖(たかはし・いわお)東京・代々木生まれ。ミュンヘンでドイツ・ロマン派美学を学ぶなか、ルドルフ・シュタイナーの著書と出会う。73年まで慶應義塾大学で美学と西洋美術史を担当。その後シュタイナーとその思想である人智学の研究、翻訳を行う。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)



<ブログ内関連記事>

■シュタイナー関連

「ルドルフ・シュタイナー展 天使の国」(ワタリウム美術館)にいってきた(2014年4月10日)-「黒板絵」と「建築」に表現された「思考するアート」

「生命と食」という切り口から、ルドルフ・シュタイナーについて考えてみる

シュタイナー研究家の西川隆範氏による仏教書は、教団や教派とは関係のないフリーな立場に身を置いた個人ベースのスピリチュアリティ重視の仏教を志向する

子安美知子氏の「シュタイナー教育」関連本をまとめて読んで「シュタイナー教育」について考えてみる


■プロテスタント神学関連

書評 『聖書を語る-宗教は震災後の日本を救えるか-』(中村うさぎ/ 佐藤優、文藝春秋、2011)-キリスト教の立場からみたポスト「3-11」論

『はじめての宗教論 右巻・左巻』(佐藤優、NHK出版、2009・2011)を読む-「見えない世界」をキチンと認識することが絶対に必要


■宗教学関連

書評 『オウム真理教の精神史-ロマン主義・全体主義・原理主義-』(大田俊寛、春秋社、2011)-「近代の闇」は20世紀末の日本でオウム真理教というカルト集団に流れ込んだ

書評 『現代オカルトの根源-霊性進化論の光と闇-』(大田俊寛、ちくま新書、2013)-宗教と科学とのあいだの亀裂を埋めつづけてきた「妄想の系譜」

「宗教と経済の関係」についての入門書でもある 『金融恐慌とユダヤ・キリスト教』(島田裕巳、文春新書、2009) を読む


(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!)

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!)


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどう
ぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!







end

2015年3月18日水曜日

書評『イスラエルとユダヤ人に関するノート』(佐藤優、ミルトス、2015)― プロテスタント神学 × インテリジェンスという独自のポジションから読み解く



日本人のイスラエルへのアプローチは、ビジネスから宗教や文化までさまざまなものがあるが、「プロテスタント神学 × インテリジェンス」という独自の立ち位置は、まさにこの著者ならではのものといってよい。それは言い換えれば特異な立ち位置ということでもある。

『イスラエルとユダヤ人に関するノート』(佐藤優、ミルトス、2015)の出版元はミルトス。イスラエル関係の書籍を中心に出版活動を行ってきた専門出版社である。ミルトスとは聖書にも登場する地中海原産の花木のことだ。

本書はミルトスが毎月発行している雑誌「みるとす」に連載されたものを内容別に再編集したものである。執筆期間は2007年から2014年まで足かけ7年にわたっているので、この間の国際情勢の変化もまた少なからぬものがある。そのため、現時点からみるとやや古い情報も含まれていることは否めない。

『イスラエルとユダヤ人に関するノート』というタイトルだが、『イスラエル国家とユダヤ民族』としたほうが、本書の内容に即したものとなろう。ホロコースト関連の話題を除いては、イスラエル建国以前のディアスポーラ(=離散)状態のユダヤ人についてはほとんど言及されていないからである。

基本的に、民主主義という価値観を共有するイスラエルを支持すべし、という著者の主張には賛同する。そうでなければ、いわゆる「国策捜査」による逮捕による獄中から解放後に、つぎつぎと発表されたインパクトの強い初期の著作はさておき、とくに佐藤優氏のファンでもないわたしが読むはずもない。

著者の主張で重要なのは、インテリジェンス関連の話題だろう。とくに重要なのは、外務省内の「アラブ・スクール」がらみの問題についての指摘である。

反イスラエルのプロパガンダに「洗脳」されているといっても過言ではない、すくなからぬ数の外務省内のアラビスト(=アラビア語専門家)たち。ここには記さないが、具体的な人名をあげての告発は読者もテイクノートしておくべきだろう。


■プロテスタント神学者の「聖書の大地」への特別な想い

だが、冒頭に記したように、著者の立ち位置が特異なものであることは考慮に入れておいたほうがいい。

それは、聖書の大地である「イスラエルへの特別の思いを語るプロテスタント神学者」であるという立ち位置だ。カトリックとは違ってプロテスタントは、ローマではなくエルサレムを見ているのである。

じっさいわたしがイスラエルにいった際にも、欧州からも米国からの観光客で出会うのは、大半が「聖地巡礼ツアー」に参加している人たちであった。アメリカの原理主義的なキリスト教徒のなかには、信仰を突き詰めていった結果、ユダヤ教の超正統派に改宗してイスラエルに移住する者もいる。

だから、キリスト教徒でも、福音派のプロテスタントでもない一般読者は、その点を意識して読む必要があることは言うまでもない。

どんな立ち位置であれ、いわゆるポジショントークとなるのは当然のことであり、著者のようなキリスト教経由のユダヤ理解もまた、特有のバイアスがかかっていることは、あらかじめ理解しておいたほうがよい。


■著者のイスラエル観はアメリカ経由ではない

この本を読んでいて気づいたことがある。個人的なものだが、わたし自身のイスラエルとユダヤ人観が、なにをつうじて形成されたかについてだ。

世代的なものもあるだろうが、反ソ反共の家に生まれ、マルクス主義の影響をほとんど受けず、キリスト教徒でもないわたしは、著者とは2歳しか違わないのだが、真逆の環境で育ったわけだ。高校時代からアメリカを代表する週刊誌 TIME(タイム)を読んでいた。

TIMEを推奨する「英語道」を提唱し実践する松本道弘氏の書くものに親しんでいるうちに、おのずから親イスラエルになっていたというのが正直なところだ。アメリカにとって中東問題は、冷戦時代においても対ソ戦略上きわめて重要な意味をもっていた。ソ連は中東諸国に肩入れしていた。

本書でも大きく取り上げられるマサダ要塞における「玉砕」は、松本道弘氏の著書をつうじて知った。

著者は「殉教」という表現を使用しているが、松本氏は「マサダ・シンドローム」(Masada Syndrome)という表現を使用していたと記憶している。これは追い詰められ感と背水の陣ともいうべき心理状態のことだ。英語では siege mentality という。だから、その後わたしはイスラエルを訪れた際も、マサダは絶対にはずさなかった。百聞は一見にしかず、だからだ。

ユダヤ教徒でも、キリスト教徒ではない日本人がイスラエルに関心をもつのは、モサドなどの情報機関を中心としたサバイバルというテーマからである。この関心を持っている人は、日本人でも少なくないだろう。

著者のアプローチは、一般的な日本人とは異なり、ドイツ語をつうじた「プロテスタント神学」、そして外務省で特訓によって身につけたロシア語を駆使しての「ロシア経由のイスラエルとユダヤ人へのアプローチ」である。

英語もアメリカ英語ではなくイギリス英語。こういうアプローチはあまり多くないので貴重だといえよう。ソ連崩壊後にイスラエルに移住した、ロシア系ユダヤ人の存在は大きい。


■国益とビジネスの関係は?

国家公務員である外交官であった著者に欠けているのは、ビジネスという実利にもとづく思考である。国益という抽象的なもので語りすぎているのは、外務省出身者であるので、仕方がないといえば仕方がない。

その昔、日本人にとてのイスラエルといえば、映画 『栄光への脱出』であり、社会主義的な農業生産共同体キブツの農業であった。現在ではオランダとならんで、ビジネス的なハイテク農業の世界の中心的存在となっている。

日本人のイスラエルへのアプローチが、最近はビジネス面からも活発になってきたことは喜ばしい。とくにセキュリティ分野を中心としたソフトウェア開発に注目が集まっている。

まずは実利から入る、これが健全なアプローチではなかろうか。その後に文化や宗教に関心をもってゆくのもよいだろう。そして、著者のような問題関心があることもアタマの片隅においておくべきなのだ。

プロテスタント神学にかかわる、きわめて狭い世界における議論がいかなるものであるかを知ることができるとはいえ、わたしのような局外者からみれば、「コップのなかの嵐」のような印象さえ受けるのは正直なところだ。だが、こういう議論もあるという認識は、知識としてもっていて損はないだろう。

イスラエルへの特別な想いを抱いていなくても、民主主義という価値観を共有し、地政学的にみて日本と似たようなポジションにあるイスラエルに注目する必要があることは、繰り返し強調しておく必要がある。

イスラエルについて考えることは、日本について考えることである。これは本書についても同様である。


(画像をクリック!)



<ブログ内関連記事>

■イスラエル関連

書評 『大使が書いた 日本人とユダヤ人』(エリ・コーヘン、青木偉作訳、中経出版、2006)-空手五段の腕前をもつコーヘン氏の文章は核心を突く指摘に充ち満ちている

Pen (ペン) 2012年 3/1号(阪急コミュニケーションズ)の「特集:エルサレム」は、日本人のための最新のイスラエル入門ガイドになっている

『イスラエル』(臼杵 陽、岩波新書、2009)を中心に、現代イスラエルを解読するための三部作を紹介
・・佐藤優氏とは立ち位置を異にする、パレスチナ支持のイスラーム研究者による異色のイスラエル論

書評 『中東新秩序の形成-「アラブの春」を超えて-』(山内昌之、NHKブックス、2012)-チュニジアにはじまった「革命」の意味を中東世界のなかに位置づける
・・中東地域のメインプレイヤーはサウジアラビア、トルコ、イラン、そしてイスラエル


■ユダヤ人とインテリジェンス関連


書評 『命のビザを繋いだ男-小辻節三とユダヤ難民-』(山田純大、NHK出版、2013)-忘れられた日本人がいまここに蘇える
・・神道の家に生まれ、キリスト教から最終的にユダヤ教に改宗したヘブライ語学者・小辻節三は、杉原ビザをもったユダヤ人難民を救出した重要な人物である

『ユダヤ教の本質』(レオ・ベック、南満州鉄道株式会社調査部特別調査班、大連、1943)-25年前に卒論を書いた際に発見した本から・・・
・・満洲とユダヤ人の関係はじつに面白い。その一部を書いてみた


■国際社会における日本人とユダヤ人のサバイバル

書評 『日本近代史の総括-日本人とユダヤ人、民族の地政学と精神分析-』(湯浅赳男、新評論、2000)-日本と日本人は近代世界をどう生きてきたか、生きていくべきか?
・・日本人とユダヤ人の共通点と相違点

『ユダヤ教の本質』(レオ・ベック、南満州鉄道株式会社調査部特別調査班、大連、1943)-25年前に卒論を書いた際に発見した本から・・・

本の紹介 『ユダヤ感覚を盗め!-世界の中で、どう生き残るか-』(ハルペン・ジャック、徳間書店、1987)
・・日本人とユダヤ人の相違点に注目!


■ビジネスからみたイスラエル

書評 『アップル、グーグル、マイクロソフトはなぜ、イスラエル企業を欲しがるのか?』(ダン・セノール & シャウル・シンゲル、宮本喜一訳、ダイヤモンド社、2012)-イノベーションが生み出される風土とは?
・・日本人とユダヤ系イスラエル人の相違点に注目!

『イスラエルのハイテクベンチャーから学ぶ会』」に参加-まずはビジネスと食事から関心をもつのがイスラエルを知る近道であろう

ユダヤ教の「コーシャー」について-イスラームの「ハラール」最大の問題はアルコールが禁止であることだ
・・キリスト教を抜きに考えたほうが、ユダヤ教とイスラームの共通性を理解しやすい


■佐藤優氏の著作




■キリスト教土着

書評 『メイド・イン・ジャパンのキリスト教』(マーク・マリンズ、高崎恵訳、トランスビュー、2005)-日本への宣教(=キリスト教布教)を「異文化マーケティグ」を考えるヒントに
・・本書で取り上げられている、イスラエルを支持する日本のキリスト教団体である幕屋(まくや)についても「第6章 第二波の土着運動」のなかで「 3. 手島郁郎と原始福音運動」として取り上げられている


(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!)

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!)


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどう
ぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!







end

2013年5月26日日曜日

『はじめての宗教論 右巻・左巻』(佐藤優、NHK出版、2009・2011)を読む ―「見えない世界」をキチンと認識することが絶対に必要




ふとしたキッカケから、買ったままほったらかしにしていた『はじめての宗教論』二部作を思い立って読んでみました。

『はじめての宗教論 右巻-見えない世界の逆襲』(佐藤優、NHK生活人新書、2009)。
『はじめての宗教論 左巻-ナショナリズムと神学』(佐藤優、NHK新書、2011)

結論から先にいえば、『右巻』はじつに面白い。ぜひ読むことを薦めたいと思います。『左巻』も面白いですが、おのずから読者を選ぶ本だといっていいでしょう。

「見えない世界」の認識の重要性を理解し、自己啓発やマルチ販売などの「宗教と名乗らない宗教」への免疫をつけることができるために、『右巻』だけでも読むべきだと思います。

著者は元外交官でインテリジェンスの専門家。いわゆる「国策捜査」というコトバを一般語にした人ですね。最高裁では結局のところ勝てませんでしたが。


■プロテスタント神学の立場による「見えない世界」へのアプローチ

しかも著者は、同志社大学神学部卒という異色の経歴をもっています。プロテスタントのなかでも、もっとも厳格なカルヴァン派。いわゆる予定説。あらかじめ救済されることがわかっているので、投獄されても苦ではなかったようです。

そんな著者がプロテスタント神学の立場から書いたキリスト教神学入門。宗教学者ではなく神学研究者の立場から書いた本ということに意味があり、差別化されているわけです。

わたしも含めて一般読者は「神学」の本などめったに読むものではありませんので、その意味でも著者の存在は貴重なものがあるといえましょう。

「神学」といえば、高校世界史の授業で耳にしたこともあるでしょう。「哲学は神学の婢(はしため)」トというフレーズに登場する神学です。カトリックが支配的であったヨーロッパ中世の神学者のコトバです。

ここでいう哲学とは狭い意味の哲学ではなく、いわゆるリベラルアーツとして総称される七自由学芸のことをさしています。具体的にいえば、文法学・修辞学・論理学の3学、それから算術・幾何・天文学・音楽の4科のことを指しています。

中世においてはリベラルアーツの基礎のうえに、神学あるいは医学、法学という「実学」が学ばれました。現在でも欧米の総合大学は神学部からはじまったものが少なくありません。

神学といえば「虚学」というイメージがつよいかもしれません。しかし神学は「実学」でもありました。そのわけはキリスト教の聖職者養成のための学問であるからです。

神学は「見えない世界」にアプローチするための学問であり、諸学の頂点に位置づけられていたということにキリスト教世界の構造を知ることができます。

近代化を西洋近代化という形で体験することになった日本は、当然のことながら西洋キリスト教文明の圧倒的な影響のもとにあります。

しかし、著者が述べるように、「コルプス・クリスティアヌム」(Corpus Christianum)、すなわち、「ユダヤ・キリスト教の一神教の伝統 × ギリシア古典哲学 × ローマ法」が混在一体となった西洋のキリスト教共同体から、キリスト教だけを抜いて導入したのが日本近代でありました。

西欧におけてはキリスト教の神が位置するところに、国家神道をもってそれに代替させたのが近代日本です。敗戦後はその国家神道が否定された結果、空洞のまま放置されて現在に至っています。

明治以降の近代日本にはキリスト教的なものは充満していますが、もっぱら風俗として受容されたにとどまり、ましてや神学なる学問が学問の世界で正当な位置づけをもっているのは、神学部をもっているキリスト教系の大学の一部に限定されます。そのため、一般の日本人には神学とは神学論争というフレーズで揶揄する以外につかわれることはありません。

とはいえ、キリスト教の神学的思考法の枠組みくらいはアタマで理解しておいたほうがいいということでしょう。キリスト教神学の枠組みをとおして「見えない世界」を見るというアプローチは重要ですし、キリスト教がバックボーンにある西洋文明を理解しておかないと、ヨーロッパもアメリカも理解することができません。


■『はじめての宗教論 左巻-ナショナリズムと神学』

 『はじめての宗教論 左巻-ナショナリズムと神学』(佐藤優、NHK新書、2011)は、「近代」とは何であったのか、その限界を考えるためには面白い本です。

近代になって前面にでてきたナショナリズムは、キリスト教が後退したことによって優勢となった「宗教」であること、そしてその端緒をつくったのが18世紀ドイツの神学者シュライエルマッハーの思想であることにあります。

著者はこう書いています。

初期の著作『宗教論』(1799年)で「宗教の本質は直観と感情である」と定義し、晩年の著作『キリスト教信仰』(1821~22年、第二版1830年)では「宗教の本質は絶対依存の感情である」と定義したのです。その結果、神は天上ではなく、各人の心の中にいることになりました。神を「見えない世界」にうまく隠すことに成功したと言っていいかもしれません。・・(中略)・・自らの心の中に絶対的存在を認めることで、人間の自己絶対化の危険性が生じたわけです。・・(中略)・・近代とはナショナリズムの時代です。ナショナリズムの台頭を背景に、心の中の絶対者の位置にはネイション(民族)が忍び込んでくる。ここに、国家・民族という大義の前に人が身を投げ出す構えができあがってしまいました。(P.13~14) *太字ゴチックは引用者=わたし

近代世界においてはキリスト教から外部絶対者としての神が背景に退き、その結果として強化されたナショナリズムが第一次世界大戦という惨事を招くことになったわけです。第一次大戦後に登場したのがカール・バルトの神学である、と書かれています。

哲学者ニーチェが「神の死亡宣告」をした以降、キリスト教が後退したという理解が一般的ですが、プロテスタント神学の立場からは、それとは異なる観点から説明がなされるのが興味深いですね。

このテーマであれば、『ナショナリズムの起源をシュライエルマッハー神学で解く』とでも題して別個の書籍にしたほうがよかったかもしれません。

ですからキリスト教徒ではない一般読者にとっては、かならずしも問題意識を共有するわけではないので、プロテスタント神学入門である『左巻』はあまり面白くないかもしれません。あくまでもそういうものの見方もあるといったた程度で問題ないでしょう。読むのは『右巻』だけで十分だと思います。

とはいえ、『右巻』と『左巻』は別々に読んでも意味がわかるようにしてあると著者は言っていますが、『右巻』に書いてあることを前提にしないと理解しにくいと思います。


■外部性、すなわち「見えない世界」を認識することが必要だ

「見えない世界」を認識することの重要性、その方法について、プロテスタント神学の立場から考察したものです。

「見える世界」がすべてだと思い込むのは傲岸不遜(ごうがんふそん)であり、「見えない世界」の逆襲を受けてしまうためでありますね。これは「3-11」で日本人が、大津波や原発事故による放射能汚染で痛烈に体験したことであります。

「見える世界」だけで捉えていたのでは足をすくわれます。「見えない世界」を感じ取り、読み解くチカラは絶対に必要なのです。

そのためのアプローチとしてキリスト教神学が役に立つというのが著者の立場です。とはいえ、キリスト教徒ではない一般読者が神学まで勉強する必要はない。神学的思考法の枠組みがわかればそれで十分でしょう。また、その立場には立たない人は、それぞれ異なるアプローチを探求すべきことを示唆してくれている本だといってよいかと思います。

わたしもこの本を読んでアタマのなかがかなり整理できました。きわめて読みやすく、アタマに入りやすい本です。騙されたと思って、ぜひ読んでみるといいでしょう。



『はじめての宗教論 右巻-見えない世界の逆襲』(佐藤優、NHK生活人新書、2009)
目 次

序章 「見える世界」と「見えない世界」-なぜ、宗教について考えるのか?
第1章 宗教と政治-神話はいかに作られるのか?
第2章 聖書の正しい読み方-何のために神学を学ぶのか?
第3章 プネウマとプシュケー-キリスト教は霊魂をどう捉えたのか?
第4章 キリスト教と国家-啓示とは何か?
第5章 人間と原罪-現代人に要請される倫理とは?
第6章 宗教と類型-日本人にとって神学とは何か?
ブックガイド
あとがき


『はじめての宗教論 左巻-ナショナリズムと神学』(佐藤優、NHK新書、2011)
目 次

序章 キリスト教神学は役に立つ-危機の時代を見通す知
第1章 近代とともにキリスト教はどう変わったのか?
第2章 宗教はなぜナショナリズムと結びつくのか?
第3章 キリスト教神学入門(1)-知の全体像をつかむために
第4章 キリスト教神学入門(2)-近代の内在的論理を読みとく
第5章 宗教は「戦争の世紀」にどう対峙したのか?
第6章 神は悪に責任があるのか?- 危機の時代の倫理
ブックガイド
あとがき

著者プロフィール  
佐藤 優(さとう・まさる)1960年東京都生まれ。作家・元外務省主任分析官。同志社大学大学院神学研究科修了。著書に『国家の罠』(新潮社、毎日出版文化賞特別賞)、『自壊する帝国』(新潮社、新潮ドキュメント賞と大宅壮一ノンフィクション賞)など(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


<ブログ内関連記事>

書評 『聖書を語る-宗教は震災後の日本を救えるか-』(中村うさぎ/ 佐藤優、文藝春秋、2011)-キリスト教の立場からみたポスト「3-11」論
・・こちらを先に読んだほうがいいかもしれない。わたしは結果としてそうなったが、「3-11」は日本人にとてはまさにカイロス的時間の強烈な体験として刻みこまれることになった。以下、該当箇所を再録しておく。

「時間には二種類あるという論点だ。それは、クロノス と カイロス という二種類の時間についてである。ともにギリシア語で時間をあらわすコトバだが、クロノスは一般につかう時間の意味。時系列で連続している物理的な時間のことである。
 一方、カイロスはエピソードによって切断され時間のことである。エピソードとエピソードのなかにつなげられた時間のこと。
 日本人の歴史認識も、その意味ではカイロス的であるといえる。「戦前」と「戦後」といった時代区分は、大東亜戦争というカイロス的時間によって分断されたもの。
 その意味では、「3-11」によって、あらたな時代認識が発生したのは当然のことなわけだ」

本の紹介 『交渉術』(佐藤 優、文藝春秋、2009)


■キリスト教とキリスト教神学

ハーバード・ディヴィニティ・スクールって?-Ari L. Goldman, The Search for God at Harvard, Ballantine Books, 1992
・・ハーバード大学神学大学院について

書評 『なんでもわかるキリスト教大事典』(八木谷涼子、朝日文庫、2012 初版 2001)一家に一冊というよりぜひ手元に置いておきたい文庫版サイズのお値打ちレファレンス本

書評 『メイド・イン・ジャパンのキリスト教』(マーク・マリンズ、高崎恵訳、トランスビュー、2005)-日本への宣教(=キリスト教布教)を「異文化マーケティング」を考えるヒントに


■神なき時代にキリスト教世界に生まれた全体主義

『「経済人」の終わり』(ドラッカー、原著 1939)は、「近代」の行き詰まりが生み出した「全体主義の起源」を「社会生態学」の立場から分析した社会科学の古典
・・「第4章の「キリスト教の失敗」については、全体のなかではちょっと異質な感じのする章である。背景となる文脈はいまひとつ読みにくいということがある。・・(中略)・・知的エリートたちが「経済人」モデルの問題点を解決するためにキリスト教倫理に戻ってきたのに対し、一般大衆は慣習以上の関心をキリスト教に対しては抱いていなかったということが指摘されているのだ。つまり、キリスト教はすでにヨーロッパにおいて熱情を失っていたことであり、そのために宗教的な熱情をともなう「全体主義」に引き寄せられたという分析だ」

書評 『オウム真理教の精神史-ロマン主義・全体主義・原理主義-』(大田俊寛、春秋社、2011)-「近代の闇」は20世紀末の日本でオウム真理教というカルト集団に流れ込んだ
・・日本人の若手宗教学者による必読書


■プネウマ(息・気・霊)

書評 『折口信夫 霊性の思索者』(林浩平、平凡社新書、2009)
・・プネウマ(息、気、霊)について

書評 『「空気」と「世間」』(鴻上尚史、講談社現代新書、2009)-日本人を無意識のうちに支配する「見えざる2つのチカラ」。日本人は 「空気」 と 「世間」 にどう対応して生きるべきか?
・・キリスト教徒・山本七平の「空気」はプネウマの訳語である

(2014年8月14日 情報追加)


(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!)

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!)


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!








end