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2017年10月24日火曜日

JBPress連載第11回目のタイトルは、「これだけ事件が起きても米国で銃規制が進まない理由-特殊すぎる国、米国は今も「中世」を生きている」(2017年10月24日)


連載第11回目のタイトルは、「これだけ事件が起きても米国で銃規制が進まない理由-特殊すぎる国、米国は今も「中世」を生きている」。
⇒ http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/51375

2017年10月1日、ラスベガスで58人が射殺され500人近くが負傷するという米国史上最悪の乱射事件が発生した。64歳の白人男性が、野外コンサート会場に集まった観客に向けて、近接するホテルの32階の部屋から6分間にわたって半自動火器を無差別に乱射したのである。

「銃規制」はオバマ前大統領が積極的に取り組んだテーマであったが、実現するどころか、むしろ後退さえしていたのが事件前の状況であった。だが、ラスベガスの乱射事件をきっかけに、再びさまざまな銃規制対策の提案が持ち上がっている。銃規制反対の急先鋒で、全米最大のロビー団体でもある「全米ライフル協会」(NRA)ですら、連射可能な「バンプストック」販売禁止規制という提案を出してきたほどだ(・・上掲の写真が「バンプストック」)

そんな状況のなか、銃規制をめぐって、首都ワシントンで議会工作を行うロビー会社同士の激しい攻防戦を描いたハリウッド映画『女神の見えざる手』(2016年、フランス・アメリカ合作)が10月20日に日本で公開された。 濃密で濃厚に作り込まれた非常に面白い社会派サスペンスで、時間が経つのを忘れるくらいにのめり込んで見てしまった。ぜひ皆さんにも見ることをお薦めしたい。

米国の銃規制問題を考えるにあたって、これ以上ないほど時宜を得た映画といってよい。 今回は、銃規制問題からみた米国社会の特質についてあらためて考えてみたい。米国がいかに異質で特殊な価値観をもった国であるか理解できるはずだ。

(つづきは本文で)


今回のコラムの趣旨は「アメリカ特殊論」。そのキモは「米国は中世である!」ということ。阿部謹也先生のもとで、大学学部に西洋中世史を専攻した私ならではのものだと思います。

ぜひご一読ください。

次回のコラムは、11月7日公開予定です。お楽しみに!


(拙著『ビジネスパーソンのための近現代史の読み方』第5章より)





<関連サイト>

私が6歳の娘に銃を教えた理由-“射撃女子”を巡る銃所有のリアル(日経ビジネス、2018年3月19日)

(2018年3月19日 項目新設)


<ブログ内関連記事>

映画 『女神の見えざる手』(2016年、フランス・米国)を試写会で見てきた(2017年10月4日)-「銃規制」をめぐって米国社会を二分するテーマをロビイストを主人公にして描いた社会派サスペンス

書評 『鉄砲を手放さなかった百姓たち-刀狩りから幕末まで-』(武井弘一、朝日選書、2010)-江戸時代の農民は獣駆除のため武士よりも鉄砲を多く所有していた!

『歴史のなかの鉄炮伝来-種子島から戊辰戦争まで-』(国立歴史民俗学博物館、2006)は、鉄砲伝来以降の歴史を知るうえでじつに貴重なレファレンス資料集である

書評 『傭兵の二千年史』(菊池良生、講談社現代新書、2002)-近代世界の終焉と「傭兵」の復活について考える ③
・・近代ヨーロッパ史とは銃器発達の歴史でもある

自動小銃AK47の発明者カラシニコフ死す-「ソ連史」そのもののような開発者の人生と「製品」、そしてその「拡散」がもたらした負の側面





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2017年9月18日月曜日

写真集 『妖怪の棲む杜 国立市 一橋大学』(伊藤龍也、現代書館、2016)で、ロマネスク風建築にちりばめられた建築家・伊東忠太の「かわいい怪物たち」を楽しむ

(一橋大学の国立キャンパス)


建築家・伊東忠太の代表作といえば、東京は築地本願寺のインド風の寺院建築物ということになうだろう。

ずいぶん昔のことになるが、はじめて築地本願寺を見たとき、ほんとうに不思議な感じがしたものである。浄土真宗のお寺なのに、ぜんぜん日本風ではないからだ。あまりにもエキゾチックな仏教寺院。


(伊東忠太設計になる築地本願寺 筆者撮影)


インド風ということでいえば、千葉県市川市の中山法華経寺にもインド風の建造物があるが、こちらはあまり知られていないようだ。日蓮聖人関連の宝物を収蔵した「聖教殿」である。一般的には、日蓮宗のほうがインド風の建造物は似合っているといえよう。

築地本願寺が浄土真宗でありながらインド風の建築物となったのは、大陸に雄飛した大谷光瑞の趣味も反映しているのであろう。


(伊東忠太設計になる中山法華経寺の「聖教殿」 筆者撮影)


伊東忠太が、法隆寺はギリシアのパルテノン神殿のエンタシスの影響にあるという説を打ち出したのは、みずからの3年におよぶユーラシア大陸横断というフィールドワークで得た知見によるものだ。このように、伊東忠太は建築家であると同時に建築史家であり、スケールの大きさはユーラシア大陸を股にかけた調査旅行から生まれてきたのであった。


■インド風建築だけが伊東忠太の代表作ではない

だが、インド風建築だけが真骨頂ではない。一橋大学(当時は東京商科大学)のキャンパスにある兼松講堂もまた伊東忠太の代表作の一つである。

テレビドラマのロケでよく使用されるので、見たことがある人も少なくないだろう。直近では、土曜日午後6時からNHK総合でやっていた土曜時代ドラマ『悦ちゃん-昭和駄目パパ恋物語-』の最終回(2017年9月16日)で兼松講堂と図書館と池が使用されていた。主人公を演じたユースケ・サンタマリアの後ろにあるのが「兼松講堂」だ。獅子文六の原作は1936年(昭和11年)なので、時代的にもこの建築物はドラマのはふさわしい。


(ドラマ『悦ちゃん』のテレビ画面より筆者がキャプチャ) 


この建築物は、現在では講堂以外にコンサートホールとしても使用されているが、外観は西欧中世のロマネスク風である。バロックが近代であれば、ゴチックは後期中世、それ以前がロマネスクとなる。

ロマネスクとは文字通りの意味ではローマ風ということになるのだが、じっさいはキリスト教と土着信仰の融合的存在ともいうべきものであり、そのため建築物の外装には多数の怪物たちが彫刻されているのである。


■ロマネスク風建築にちりばめられた「怪物たち」は伊東忠太の創作物

写真集『妖怪の棲む杜 国立市 一橋大学』(伊藤龍也、現代書館、2016)は、伊東忠太が愛した「怪物」たち(・・写真家は「妖怪」と表現しているが)に魅せられた写真家による写真集である。

ヨーロッパ中世史を専攻したわたしは、とくに考えることもなく「ガーゴイル」(・・西欧風建築物にある雨樋の上につけられた怪物の彫刻)だろうと思い込んでいたのだが、建築史家の藤森照信氏によれば、伊東忠太が創作した怪物たちも多数混じっているとのことを知った。この点にかんしては、『伊東忠太動物園』(藤森照信=編・文、増田彰久=写真、伊東忠太=絵・文、筑摩書房、1995)を参照するとよい。

ところで、昭和初期の1931年(昭和6年)に来日して、東京商科大学(=一橋大学)の国立キャンパスを訪れた経済学者シュンペーターは、 暖房設備が不備なことをわびた関係者に対して、"University is not a building."(=大学は建物ではない) と英語で語ったという。

大学の学部が市内に散在しているのが当たり前の西欧出身のシュンペーターとしては当たり前の発言であったことだろうが、伊東忠太の建築物のファンからすれば、「いや建築物こそ大学」と言いたいところだ。

建築史という未開の分野を拓いたパイオニアである一方、「化け物」をこよなく愛し、ひたすら妖怪の画を描き続けた伊東忠太。

ひそかに作り込まれた怪物たちは、じっさいに一橋大学の国立キャンパスに足を運んで見るべきだが、この写真集で楽しんでみるのもいいだろう。





<関連サイト>

「怪物の棲む講堂」 - 一橋大学 (藤森照信)
・・建築史家の藤森照信氏による解説は、伊藤忠太への愛に満ちたオマージュ


<ブログ内関連記事>

書評 『「くにたち大学町」の誕生-後藤新平・佐野善作・堤康次郎との関わりから-』(長内敏之、けやき出版、2013)-一橋大学を中核にした「大学町」誕生の秘密をさぐる

ここにも伊東忠太設計のインド風建築物がある-25年ぶりに中山法華経寺を参詣(2015年1月20日)

「築地本願寺 パイプオルガン ランチタイムコンサート」にはじめていってみた(2014年12月19日)-インド風の寺院の、日本風の本堂のなかで、西洋風のパイプオルガンの演奏を聴くという摩訶不思議な体験 
・・築地本願寺もまた伊東忠太の設計によるインド風建築物


■建築家関係

「信仰と商売の両立」の実践-”建築家” ヴォーリズ
・・メンソレータムの生みの親のヴォーリスは、キリスト教伝道のために日本に来たアメリカ人だが、日本に洋風建築を普及させた人でもある

「ルイス・バラガン邸をたずねる」(ワタリウム美術館)
・・ピンクの色調が特徴のメキシコの建築家

『連戦連敗』(安藤忠雄、東京大学出版会、2001) は、2010年度の「文化勲章」を授与された世界的建築家が、かつて学生たちに向けて語った珠玉のコトバの集成としての一冊でもある

本の紹介 『建築家 安藤忠雄』(安藤忠雄、新潮社、2008)
・・いわずとしれた世界的建築家。ヴォーリズとは対照的に、饒舌な人である

(2017年9月30日 情報追加)


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2016年4月6日水曜日

マンガ『桜の森の満開の下』(近藤ようこ、小学館、2009)ー 坂口安吾の原作をマンガ化したこの作品にからめて桜についてつれづれに



いま関東では満開の桜も、明日(2016年4月7日)の風雨でおおかた散ってしまうだろうという予想がされておりますが、そんなときに想起すべきなのは、このフレーズ。

 「花に嵐のたとえもあるさ さよならだけが人生だ」(井伏鱒二)

もともとは漢詩の一節とのこと。それにしても、見事な日本語訳でありますね。

さて、「桜の森の満開の下」というフレーズは、これもおなじく作家の坂口安吾の短編小説のタイトル。それをマンガ化したのが近藤ようこの『桜の森の満開の下』。

戦後の無頼派の作家の一人であった坂口安吾の短編小説『桜の森の満開の下』は、以下の文章で始まります。

桜の花が咲くと人々は酒をぶらさげたり団子をたべて花の下を歩いて絶景だの春ランマンだのと浮かれて陽気になりますが、これは嘘です。なぜ嘘かと申しますと、桜の花の下へ人がより集って酔っ払ってゲロを吐いて喧嘩けんかして、これは江戸時代からの話で、大昔は桜の花の下は怖しいと思っても、絶景だなどとは誰も思いませんでした。近頃は桜の花の下といえば人間がより集って酒をのんで喧嘩していますから陽気でにぎやかだと思いこんでいますが・・(つづく)

この短編小説が発表されたのは、まさに敗戦後の昭和22年(1947年)でありますが、平成28年(2016年)の現在においても、それほど変わっていないようでありますね。変化したのは花見の時期に来日する外国人観光客が増えたということくらいでしょうか。

この文章は以下のようにつづきます。

桜の花の下から人間を取り去ると怖ろしい景色になりますので、能にも、さる母親が愛児を人さらいにさらわれて子供を探して発狂して桜の花の満開の林の下へ来かかり見渡す花びらの陰に子供の幻を描いて狂い死して花びらに埋まってしまう(このところ小生の蛇足)という話もあり、桜の林の花の下に人の姿がなければ怖しいばかりです。

坂口安吾の『桜の森の満開の下』の物語の舞台は鈴鹿峠、山賊がいたころですから平安時代から室町時代のあいだでしょうか、時代背景は漠然としてわかりません。

昔、鈴鹿峠にも旅人が桜の森の花の下を通らなければならないような道になっていました。花の咲かない頃はよろしいのですが、花の季節になると、旅人はみんな森の花の下で気が変になりました。できるだけ早く花の下から逃げようと思って、青い木や枯れ木のある方へ一目散に走りだしたものです。・・(後略)・・

これ以降はネタバレとなってしまいますので、省略いたします。近藤ようこ氏のマンガ版のカバー装画からご想像いただきたく。


とはいえ、満開の桜がなぜ狂気を誘う存在であるのか、そんなことを散る前の桜に想いをはせながら考えてみるのもよろしいのではないでしょうか。

これまた日本の作家の梶井基次郎(かじい・もとじろう)の短編「桜の樹の下には」の冒頭の文章を想起してみるべきでしょう。これは1927年の作品です。

桜の樹の下には屍体(したい)が埋まっている!
これは信じていいことなんだよ。 何故 ( なぜ ) って、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だった。しかしいま、やっとわかるときが来た。桜の樹の下には屍体が埋まっている。・・(後略)・・

現在の日本の桜の主流は、花が先に満開になるソメイヨシノですが、漢字で書けば染井吉野。花の名所の吉野を再現したというストーリーをもつソメイヨシノは、東京は巣鴨近くの染井から生まれた新品種。染井といえば染井墓地。染井墓地の桜は美しい。 その理由は・・・!?

とりたてて文学趣味をもちあわせないわたくしでありますが、桜についてつれづれと思うところがあり(・・そりゃあ、日本人ですからね!)、書き付けてみた次第。
  
もちろん、近藤ようこ氏のマンガ世界が好きだから『桜の花の満開の下』を取り上げました。


(画像をクリック!)



<関連サイト>

坂口安吾 桜の森の満開の下(青空文庫)
・・著作権切れのため無料で読める
「桜の花の下から人間を取り去ると怖ろしい景色になりますので、能にも、さる母親が愛児を人さらいにさらわれて子供を探して発狂して桜の花の満開の林の下へ来かかり見渡す花びらの陰に子供の幻を描いて狂い死して花びらに埋まってしまう(このところ小生の蛇足だそく)という話もあり、桜の林の花の下に人の姿がなければ怖しいばかりです。」(坂口安吾)

梶井基次郎 桜の樹の下には(青空文庫)
・・著作権切れのため無料で読める
桜の樹の下には屍体したいが埋まっている! これは信じていいことなんだよ。何故なぜって、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だった。しかしいま、やっとわかるときが来た。桜の樹の下には屍体が埋まっている。これは信じていいことだ。



PS 岩波現代文庫より文庫化

マンガ 『桜の森の満開の下』(近藤ようこ)が2017年10月に岩波現代文庫から文庫化された。原作が坂口安吾のものであり、文芸性が高いと評価されているのであろう。(2017年10月26日 記す)





<ブログ内関連記事>

グルマン(食いしん坊)で、「料理する男」であった折口信夫
・・餓鬼阿弥とのからみで小栗判官に触れ、近藤ようこ氏の『説経 小栗判官』について取り上げている


■桜関連



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2015年12月29日火曜日

「リバプール国立美術館所蔵 英国の夢 ラファエル前派展」(Bunkamura)にいってきた(2015年12月27日)― かつて隆盛を誇った産業都市リバプールの同時代の企業家たちが収集した作品の数々

(ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス 「デカメロン」 1916年)


「リバプール国立美術館所蔵 英国の夢 ラファエル前派展」(Bunkamura)にいってきた(2015年12月27日)。かつて産業革命の中心地のひとつで隆盛を誇った産業都市リバプールの企業家たちが、同時代の画家たちの作品として収集した「ラファエル前派」の作品の数々である。

港湾都市リバプールといえばビートルズを生み出した町として有名だが、彼らが生まれた頃はすでに衰退過程にあった。だが、産業都市の担い手であった企業家たちは、大きな遺産をこの町に遺したというわけだ。これこそ実業家の地域貢献の最たるものというべきだろう。かつてバブル期の日本で流行語となったメセナを地で行くものというべきだ。

今回の美術展は、リバプールにある3つの美術館の所蔵品から、「ラファエル前派」の全体像がわかるような作品が出品されている。

「ラファエル前派」とは、ちょうどいまから500年前のイタリア・ルネサンスを代表する画家ラファエロの前に戻れ(!)という意味の芸術運動である。

大学時代以来、わたしの好みのひとつである19世紀後半の「ラファエル前派」。わたしの個人的な好みは、年代順にジョン・エヴァレット・ミレイ、ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ、エドワード・バーン=ジョーンズ、とくに後者の二人となるのだが、今回の美術展はよく目配りのきいたものとなっている。

今回の美術展は4部構成になっている。


Ⅰ. ヴィクトリア朝のロマン主義者たち
Ⅱ. 古代世界を描いた画家たち

Ⅲ. 戸外の情景

Ⅳ. 19世紀後半の象徴主義者たち


ミレイといえば、テート美術館所蔵の「オフィーリア」がその代表作だが、今回の美術展で出品されている「春 林檎の花咲く頃」(1859年)もすばらしい。


(ジョン・エヴァレット・ミレイ 「春 林檎の花咲く頃」 1859年)


イタリア系英国人ダンテ・ガブリエル・ロセッティもまた「ラファエル前派」を代表する画家で詩人だが、古代の女預言者を描いた 「シビラ・パルミフェラ」(1865~1870年)もすばらしい作品だ。


 (ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ 「シビラ・パルミフェラ」1865~1870年)


「ラファエル前派」の後期を代表するエドワード・バーン=ジョーンズの作品としては、「レバノンの花嫁」(1891年)という大作、 「フラジオレットを吹く天使」(1878年)がすばらしい。


(エドワード・バーン=ジョーンズ 「レバノンの花嫁」 1891年)


(エドワード・バーン=ジョーンズ 「フラジオレットを吹く天使」1878年)


日本でも最近ふたたび「ラファエル前派」の人気が高まっているが、今回はいわゆる定番の作品ではなく、日本ではまだまだ知られていない作品が多く出品されているのが特色というべきだろう。

なんと挿絵画家として著名なケイト・グリーナウェイの作品も1点展示されていることも付記しておこう。

「ラファエル前派」という19世紀後半の英国に始まった美術運動は、500年前のラファエロに始まる「近代」以前の「中世」に戻れという方向性、すなわち「脱近代」という方向性だけでなく、じつは産業社会が生み出した成果を存分に使用するという性格のものであった。復古ではなく、あらたな創造なのである。

だからこそ、同時代の成功した実業家たちが「ラファエル前派」の画家たちの作品を購入したのではないかと思うのである。「ラファエル前派」は、資本主義の先進国であった英国において、当時の最先端をいくものであったのだ。そんな観点から鑑賞してみるのもいいかもしれない。


(画像をクリック!)



<関連サイト>

「リバプール国立美術館所蔵 英国の夢 ラファエル前派展」(Bunkamura)公式サイト


(マイコレクションから D.G. ロセッティによる Be Loved ただし今回の出品ではない)



<ブログ内関連記事>

「ザ・ビューティフル 英国の唯美主義1860~1900」(三菱一号館美術館)に行ってきた(2014年4月15日)-まさに内容と器が合致した希有な美術展
・・ラファエル前派の

500年前のメリー・クリスマス!-ラファエロの『小椅子の聖母』(1514年)制作から500年
・・「ラファエル前派」とはイタリア・ルネサンスを代表する画家ラファエロの前に戻れ(!)という意味の運動である

書評 『大英帝国という経験 (興亡の世界史 ⑯)』(井野瀬久美惠、講談社、2007)-知的刺激に満ちた、読ませる「大英帝国史」である ・・この本はぜひ読むべき本

聖なるイメージ-ルブリョフのイコン「三位一体」、チベットのブッダ布、ブレイクの版画
・・英国の象徴派の画家で詩人のブレイクの作品「創造神」も紹介

「天使のトランペット」は、秋に咲く黄色で下向きのラッパ状の花
・・バーン=ジョーンズの「フラジオレットを吹く天使」のテーマ

「ホイッスラー展」(横浜美術館)に行ってきた(2015年1月24日)-フランス人でもなく英国人でもないアメリカ人ホイッスラーの「唯美主義」と「ジャポニスム」
・・アメリカ生まれで英国とフランスに定住したホイスッラーは・・

映画 『ターナー、光に愛を求めて』(英国・ドイツ・フランス、2014)を見てきた(2015年7月1日)-英国が生んだ風景画家の巨匠ターナーの知られざる後半生を描いた「動く絵画」
・・英国美術史においてラファエル前派の前の時代を代表する画家ターナー。ラファエル前派は写真的な写実性も追及した


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2015年8月26日水曜日

『アベラールとエロイーズ 愛の往復書簡』(沓掛良彦/横山安由美訳、岩波文庫、2009)― 岩波文庫らしからぬタイトルで新訳された西欧中世の古典を読む



アベラールとエロイーズというのは、男女の名前の組み合わせのことだ。カップルであったが、ある事件のために引裂かれたカップルである。そしてその後、両者のあいだにかわされた往復書簡によって永遠に記憶されることとなった。

『アベラールとエロイーズ 愛の往復書簡』(岩波文庫、2009)は、かつて 『アベラールとエロイーズ 愛と修道の手紙』(畠中尚志訳、岩波文庫、1939)として訳出されていた11通の往復書簡のうち、「愛の手紙」5通を取り出して新訳されたものである。70年ぶりの新訳だけに日本語の訳文も新鮮で読みやすい。

アベラールは高名な神学者で哲学者。知性と美貌を兼ね備えたエロイーズはその弟子で愛人、男子を出産し、のちには妻になった女性。ともに 11世紀フランスの実在の人物である。

『愛の往復書簡』なんていうと、なんだか小説家・渡辺淳一の作品のタイトルのようだ(笑)。とくに第一書簡「厄災の記-アベラールから友人への慰めの手紙」の内容は、設定を現代に変えて、キリスト教神学と哲学の話題を抜いてしまえば、そのまま通用してもおかしくないだろう。

『失楽園』だって不倫小説のタイトルになってしまうぐらいだからね。原作の『失楽園』はミルトン作の17世紀英文学の古典。アダムとイブが主人公の、楽園喪失をテーマにしたキリスト教文学なのだが・・


(『薔薇物語』の手書き本に描かれたアベラールとエロイーズ wiikipediaより)


『アベラールとエロイーズ 愛の往復書簡』の第一書簡「厄災の記」は、端的にいえば、出世街道の真っ只中にあった男、すなわちアベラールが、相手の女性(=エロイーズ)の父親の指示によって寝込みを襲撃され、男性機能を停止させられた事件のことである。一言でいってしまえば、法に頼らずに私的制裁として相手男性の「去勢」が実行された事件ということだ。

だが、これでは現代日本でもつい先日発生したばかりの事件に酷似している、というだけに終わってしまうかもしれない。さすがに岩波文庫から出版されている「古典」であるから、「岩波文庫解説」から内容紹介を引用しておこう。

世にも名高い恋の顛末──アベラールの自伝「厄災の記」が語る神学者の栄光と蹉跌,運命の出会いと去勢事件,修道士への転身と教会の迫害.神に身を献げた男に,出産と秘密結婚をへて今や「神なき修道女」となったエロイーズがなおも綴る想いとは? 中世古典の白眉から名高い手紙を新訳.男の最期を伝える資料を付す.

「不幸で不名誉な事件」が起こったのは、アベラールが38歳頃の壮年で、まさに男として油が乗ってきた頃である。エロイーズとの年齢差は22歳。家庭教師先で先生と生徒の関係であったのだが・・・。

中世のキリスト教神学者は結婚を許されないので、結婚を秘密にし露見しないようにしたのだが、男のずるさを感じないわけではない。だが、じっさいはその逆で、エロイーズのほうが結婚を望まなかったようだ。これは本文を読むとわかる。

「事件のてんまつ」については、アベラール自身に語ってもらうのがいいだろう。第一書簡「厄災の記-アベラールから友人への慰めの手紙」から該当箇所を引用してみよう。


エロイーズの親族と彼らに近しい人々は、私が彼らをまんまと欺いて、厄介払いをしようとして彼女を修道女にしたものと思ったのでした。そこで彼らは怒り狂って、私に対する復讐を企てました。ある晩のこと、私が自宅の奥まった部屋で静かに眠っておりましたときに、カネを握らせて私の召使の一人を買収し、残酷きわまりない、この上なく恥ずべき復讐を私に加えて、世人を驚愕させたのです。つまりは彼らは、彼らの不満を買った行為を私がなした、私の体の一部を切断したのでした。犯人はただちに逃走しましたが、そのうちの二人は捕らえられて、眼をくりぬかれ、性器を切り取られました。二人のうちの一人は、今申しました召使で、私の身辺に使えていた男ですが、カネに目がくらんで、私を裏切ったのです。(P.39)

キリスト教哲学者の中で最も偉大であったかのオリゲネスも、女性たちにも宗教教育をほどこそうとするにあたって、こういう疑惑を身辺から一掃するために、自分の体に手を下したと、『教会史』第6巻に出ています。
この点に関しましては、神の御慈悲はオリゲネスの場合よりも、私により穏やかなところをお見せになったと思っておりました。オリゲネスのしたことは思慮を欠く行為だと思われていますし、それによって小さからぬ罪を犯したものとされます。私の場合は、それを行った他人が罪をかぶっているのであって、私を同じ罪から解放するためになされたことは、ごく短い時間にとっさになされたので、苦痛も少なかったのです。犯人たちが私に手を下したとき、私は熟睡していましたので、ほとんど苦痛を感じませんでした。・・後略・・ (*太字ゴチックは引用者=さとう (P.81~82)


本文には具体的な描写はないが、訳者注には「睾丸が切り取られたのである」、とある。ブタの去勢を業とする者たちが雇われたそうだ。肉をやわらかくするための去勢は、牧畜文明圏では普通に行われている。「去勢」は西欧中世でも当然のことながら行われていたわけだ。

引用文には、「熟睡中だったので、ほとんど痛みは感じなかった」とあるが、それ以上の具体的な記述はない。もしそうだとすれば、そうとうに深い完全熟睡状態だったということになるが・・・。

わたしはこの新訳を読むまで、アベラールは局部全体を含めた「完全去勢」されたと思い込んでいたが、そうではなかったようだ。初期近代の美声を誇った歌手のカストラートたちと同じである。アベラールは、自分の強い意思でみずから去勢した神学者オリゲネスについて言及しているが、オリゲネスの場合も同様なのだろう。ちなみに『教会史』とは、かの有名なエウセビオスによるものだ。

アベラールについてのエピソードは、中央公論社版『世界の歴史』の別巻の「小辞典」を、たまたま中学生の頃に読んだときに知ったものだ。その猟奇的な事件は、それ以来アタマにこびりついたことはいうまでもない。そもそもエロイーズという女性名に感じるものがあるだけでなく(・・エロイーズのつづりは Heroise でありエロとはまったく関係ない。念のため)、男には去勢恐怖というものがあるからだろう。フロイトだっただろうか? 

そんなこともあって、岩波文庫旧版の『アベラールとエロイーズ 愛と修道の手紙』を、中世史への関心とからめて、30年以上前の大学2年の頃に読んだのだが、正直いって「愛の手紙」はさておき、「修道の手紙」はまったくもってつまらなかった。書簡の内容が、神学論のウェイトが高まるにつれて、面白みがなくなるのは仕方がない。その意味では、「愛の手紙」だけを訳出した今回の新訳は正解である。

なんせ、アベラール(1079~1142)は中世哲学史においては「唯名論」(=ノミナリズム)の創始者である。「オッカムのかみそり」で有名なフランシスコ会士のウィリアム・オッカムはその流れのなかにあり、英米派の哲学は「唯名論」の傾向が強いことを考えれば、アベラールについて知っておくことに損はない。「唯名論」の対概念は「実在論」である。

猟奇的な事件への関心が動機であっても、まったくかまわない。ぜひ 『アベラールとエロイーズ 愛の往復書簡』を読んでみることを薦めたい。

エピソードを中心に、人物について知ってから、その学説について知るというのは、けっして遠回りではない。


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PS アベラールの学説については、『普遍論争-近代の源流としての』(山内志朗、平凡社ライブッラリー、2008)を参照。中世哲学についての入門書として有用。


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