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2012年6月2日土曜日

詩人・佐藤春夫が、おなじく詩人・永井荷風を描いた評伝 『小説 永井荷風伝』(佐藤春夫、岩波文庫、2009 初版 1960)を読む


『小説永井荷風伝』(佐藤春夫、岩波文庫、2009 初版 1960)は、詩人・佐藤春夫が回想しつつ描いた、詩人・永井荷風の生涯を自由に描いた「小説」である。

永井荷風について語る佐藤春夫もまた、本質において「詩人」なのである。

佐藤春夫の小説はもはや読まれることもあまりないだろうが、佐藤春夫の詩作品は今後も愛唱されるであろう

追憶的に語られる「少年の日」や、卑俗な現実を文語体で歌った「秋刀魚の歌」など、リズム感のある詩は、意外と古さを感じさせないものだ。

そのむかし、はじめて熊野を訪れた際に新宮(しんぐう)で、佐藤春夫の東京の旧居が移築されていることを知り、なかに入ったことがある。佐藤という名字は共通だが、わたしとはまったく関係はない。

紀州の新宮といえば、現在では中上健次の名がでてくるだろうが、同じ風土のなかから出てきた佐藤春夫という文学者のこともアタマのなかに置いておきたいものだ。

中上健次が散文作家であれば、やはり佐藤春夫は詩人というべきであろう。

ここで、佐藤春夫の代表作である「少年の日」を引用しておこう。『殉情詩集』(大正10年=1921年)に「犬吠埼旅情のうた」などとともに収録された名編である。


少年の日

1 春
野ゆき山ゆき海辺ゆき
眞ひるの丘べ花を籍き
つぶら瞳の君ゆゑに
うれひは青し空よりも。

2 夏
蔭おほき林をたどり
夢ふかきみ瞳を戀ひ
なやましき眞晝の丘べ
さしぐまる、赤き花にも。

3 秋
君が瞳はつぶらにて
君が心は知りがたし
君をはなれて唯ひとり
月夜の海に石を投ぐ。

4 冬
君は夜な夜な毛絲あむ
銀の編み棒にあむ絲は
かぐろなる絲あかき絲
そのラムプ敷き誰がものぞ。


佐藤春夫が詩人であるというのは、こういうことだ。

では、つぎに永井荷風が詩人であるということはどういうことかを見ておこう。

彼自身は詩作を行っていないが、『珊瑚集(仏蘭西近代抒情詩選)』(大正2年=1913年)という、フランス詩の訳詩集がある。この訳詩集の岩波文庫版(1938年)には、佐藤春夫が解説を書いている。岩波文庫の新版(1991年)には、フランス語の原詩も併載された。

英独仏詩人の訳詩集である上田敏の『海潮音』(かいちょうおん)や、同じくフランス詩の訳詩集である堀口大学の『月下の一群』ほど現在は有名ではないが、永井荷風を詩人とする理由がそこにあることを知っておきたい。ただし、佐藤春夫の「小説」には、『珊瑚集』への言及はなぜかない。

永井荷風による、ヴェルレーヌの訳詩を一編だけ引用しておこう。

ぴあの

しなやかなる手にふるゝピアノ
おぼろに染まる薄(うす)薔薇色の夕(ゆうべ)に輝く。
かすかなる翼のひゞき力なくして快き
すたれし歌の一節は
たゆたひつゝも恐る恐る
美しき人の移香(うつりか)こめし化粧の間にさまよふ。

あゝゆるやかに我身をゆする眠りの歌、
このやさしき唄の節、何をか我に思へとや。
一節毎に繰返す聞えぬ程の REFRAIN(ルフラン) は
何をかわれに求むるよ。
聴かんとすれば聴く間もなくその歌声は小庭のかたに消えて行く、
細目にあけし窓のすきより。



永井荷風は、佐藤春夫が強調しているように、いいとこの坊っちゃんの生まれであったが、下降願望のつよい人であった。長男であるがゆえに、かえって上流階級の俗物性と窮屈さがいやで仕方がなかったのだろう。しかも、弟は農学者として成功した人でキリスト教徒でもあった。

わたしはフランス流のモラリストとしての荷風は好きで、高校時代に読み始めてからも、表面の描写と作家の本質が異なるように思われたのだが、その理由は佐藤春夫が的確に指摘するとおりなのだろう。荷風は、儒者の家系に生まれた人なのである。

永井荷風の評伝はいくつもあって、わたしも磯田光一のものや紀田順一郎のものを読んだことがある。だが、なんといっても本書の佐藤春夫のように学生時代に直接に私淑し、その謦咳に接しただけでなく、同じ文学者として微妙な関係でもありながら、終生つかず離れずの関係にあった作家が書いた「小説」は、読む価値のあるものだと思った。

森鴎外、永井荷風、佐藤春夫という近代文学における系譜。これに、佐藤春夫に私淑していた檀一雄を加えれば、わたしの趣味は一貫しているのだなあと感じさせられる。

永井荷風の作品世界のいくばくかでも知っているならば、より興味深く読むことのできる作品であるといってよいであろう。




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2011年11月5日土曜日

『選択の人 法然上人』(横山まさみち=漫画、阿川文正=監修、浄土宗出版、1998)を読んでみた


 「選択」と書いて「せんちゃく」と読む。これは浄土宗の読み方である。

 この『選択の人 法然上人』というマンガは、高校生二年生の男子が、「先人の生き方に学ぶ」を400字で10枚書いてくることという夏休みの宿題のテーマに、法然上人を「選択」したことからはじまるという筋立てだ。

 大学受験を前に進路の「選択」を迫られる20世紀末の高校二年生男子と、12世紀から13世紀の「末法の世」に生きて「南無阿弥陀仏」を「選択」した法然上人の生涯がパラレルに進行するという構成になっている。ハリウッド映画の『リトルブッダ』とよく似た構成である。

 キーワードは、随所にでてくる「選択」高校二年生男子の「選択」と法然上人の「選択」。よくできた構成のマンガだと思う。

 法然上人の主著である『選択本願念仏集』(せんちゃく・ほんがん・ねんぶつしゅう)八百年記念として、1998年(平成10年)に浄土宗から企画出版されたものという。

 監修は大正大学教授の浄土宗学僧、編集は浄土宗宗門学校校長会ということで、オーソドックスな見解から逸脱することのない内容であるといえよう。

 とはいえ、横山まさみちの絵はどうしても、「オットセイ」を思い出してしまう。とくに主人公の高校二年生男子の同級生の女性生徒の顔が・・(笑) 「オットセイ」が何を意味するのかは、中高年男性諸氏は含み笑いで対応いただきたく。

 たまたま浄土宗のウェブサイトを見ていたら、出版目録があってこの本を発見した。だが、たいへん残念なことに「販売終了」とある。ネット古書店でようやくみつけて注文し、入手して一読したという次第だ。

 せっかくだから、「法然上人八百回忌」の今年2011年に復刊すればいいのに。「あの横山まさみちのマンガで法然を学ぼう!」とかキャッチコピーをつけて。今年2011年の10月25日から国立博物館で開催されている「法然と親鸞-ゆかりの名宝」のミュ-ジアムショップで販売すればいいのに。大きな教団というのは、機を見るに敏ではないなあ、図体がでかすぎるのかねえ、と思ってしまう。

 ところで、このマンガに『徒然草』の一節が紹介されていた。念仏にかんして法然上人が質問されたときの回答である。 

第三十九段
或人、法然上人に、「念佛の時、睡におかされて行をおこたり侍る事、いかゞして此のさはりをやめ侍らん」と申しければ、「目のさめたらんほど念佛し給へ」とこたへられたりける、いとたふとかりけり。又、「往生は、一定と思へば一定、不定と思へば不定なり」といはれけり。これもたふとし。又、「うたがひながらも念佛すれば往生す」ともいはれけり。これも又たふとし。

(*太字ゴチックは引用者=私)
(出典)Japanese Text Initiative 所収の「徒然草」(Tsurezuregusa)
Japanese Text Initiative は、バージニア大学図書館エレクトロニック・テキスト・センターとピッツバーグ大学東アジア図書館が行っている共同事業。

 いちおう現代語訳をつけておこう。作家の佐藤春夫(1892~1964年)によるもの。先日はじめて知ったのだが、和歌山県の新宮出身の佐藤春夫は、じつは法然上人をたいへん尊敬しており、その伝記小説まで執筆していたのであった。

 ある人が、法然上人に、「念仏の時に眠くなってしまって行ができませんが、どうしてこの障害を防いだらよろしゅうございましょうか」と言うと、「目が覚めたら念仏をなさい」と答えられた。じつに尊かった。
 また、往生は確実なものと思えば確実、不確かと思えば不確かであるとも仰せられた。これも尊い。また疑いながらでも、念仏をすれば往生するとも仰せられた。これも尊い。

(出典:『現代語訳 徒然草』(吉田兼好作、佐藤春夫訳、河出文庫、2004、原版1976)P.48~49

 佐藤春夫が法然上人好きだと公言していたのは、こんなエピソードを知っていたのもその理由の一つだろう。厳格主義とは無縁の人であった法然上人は、じつに人間的ですばらしい。こんなエピソードを知ると、やたらジョークを飛ばして笑いをさそうダライラマ法王を思い浮かべてしまう。

 ところで、なぜ横山まさみち氏にマンガを書いてもらうことに白羽の矢がたったのか、この本には何も書いてないからわからない。浄土宗サイドの依頼者がスポーツ紙に連載されていた『やる気満々』を読んでいたのだろうか? それとも、横山まさみち氏は浄土宗だったのだろうか?


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善光寺御開帳 2009 体験記
・・7年に一回の善光寺ご開帳に参加した記録。善光寺は、天台宗と浄土宗が中心に管理

「法然セミナー2011 苦楽共生」 に参加してきた-法然上人の精神はいったいどこへ?

「法然と親鸞 ゆかりの名宝-法然上人八百回忌・親鸞聖人七百五十回忌-」にいってきた

味噌を肴に酒を飲む
・・『徒然草』第二百十五段。佐藤春夫の現代語訳をつけておいた


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