「アタマの引き出し」は「雑学」ときわめて近い・・日本マクドナルド創業者・藤田田(ふじた・でん)に学ぶものとは?

◆「アタマの引き出し」つくりは "掛け算" だ : 「引き出し」 = Σ 「仕事」 × 「遊び」
◆酒は飲んでも飲まれるな! 本は読んでも読まれるな!◆ 
◆一に体験、二に読書、その体験を書いてみる、しゃべってみる!◆
◆「好きこそものの上手なれ!」◆

<旅先や出張先で本を読む。人を読む、モノを読む、自然を読む>
トについてのブログ
●「内向きバンザイ!」-「この国」日本こそ、もっとよく知ろう!●

■■ 「むかし富士山八号目の山小屋で働いていた」全5回 ■■
 総目次はここをクリック!
■■ 「成田山新勝寺 断食参籠(さんろう)修行(三泊四日)体験記 」全7回 ■■ 
 総目次はここをクリック!
■■ 「庄内平野と出羽三山への旅」 全12回+α - 「山伏修行体験塾」(二泊三日)を中心に ■■
 総目次はここをクリック!


「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!

「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!
ビジネス寄りでマネジメント関連の記事はこちら。その他の活動報告も。最新投稿は画像をクリック!



ご意見・ご感想・ご質問は ken@kensatoken.com にどうぞ。
お手数ですが、コピー&ペーストでお願いします。

© 2009~2026 禁無断転載!



ラベル 公益性 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 公益性 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2014年12月21日日曜日

新旧2つの『渋沢百訓』を読む ― 渋沢栄一の『渋沢百訓』(1912年)と100年後の5代目子孫による『渋沢栄一 100の訓言』(2010年)



 『渋沢百訓』という本がある。日本資本主義の父と呼ばれる渋沢栄一が、後進の経営者を中心とした次世代の経済人に向けて「100の訓言」をまとめた修養本である。現代風にいえば自己啓発書である。

 『渋沢百訓-論語・人生・経営-』(渋沢栄一、角川ソフィア文庫、2010)として文庫化されたこの本は、もともと1912年(明治45年)に出版された『青淵百話』から57話を選んで再編集したものだ。青淵(せいえん)とは渋沢栄一の雅号である。

『渋沢栄一 100の訓言』 (渋澤健、日経ビジネス人文庫、2010)という本がある。渋沢栄一の孫の孫の投資アドバイザーが書いた本だ。『論語と算盤』や『青淵百話』をはじめとした渋沢栄一の講演や訓話などから100の訓言を選んで現代人のために解説した本だ。『青淵百話』の出版から、じつに100年後(!)に書かれたものだ。


渋沢栄一の基本的思想は、『論語と算盤』で展開された「義利一致」というフレーズに集約される。

儒教の徳目である「義」と商売人にとって重要な「利」の一致である。「義」(=理想主義)と商売人にとって重要な「利」(=現実主義)の一致させることを説いたものだ。道徳なき商業における拝金主義を否定し、利益追求を蔑視した道徳をともに否定するのは、実業界で財界リーダーであった渋沢栄一ならではの教えといえるだろう。

 『渋沢百訓』(・・原題は『青淵百訓』)は、『論語と算盤』と重なる話も多いが、主義、覚悟、立志、修養、処世について、人生観と社会観、さらには国家観を踏まえた自分の思想を、さらに具体的な体験談やエピソードをまじえたものになっている。

経営者向けの会社経営にかんする具体的指南から、次世代を担う若者への人生論的アドバイスまで、惜しみなく自分の考えを語り尽くしたものである。労使対立など、当時のアクチュアルな問題にも踏み込んでいるのは、つねに現実に対処しなくてはならない企業経営者ならではのものである。

戦後では松下幸之助翁、現在では稲盛和夫氏など経営者が事業経営のワクを越えて語ったものは多いが、渋沢栄一の『渋沢百訓』はそのはしりといってよいものだろう。いずれも日本人経営者による、日本人向けの訓話だが、日本人のワクを越えた普遍的な内容をもっている。

『渋沢栄一 100の訓言』 (渋澤健、日経ビジネス人文庫、2010)は、そんな渋沢栄一の訓言を100項目抽出して、解説を加えたものだ。ブログ記事を編集して一冊にしたこの本は、さらっと読めてしまうが、渋沢栄一自身の訓言とその解説を読んでいると、現代においてもまったく色あせないものがあるばかりか、おおいに反省をしなくてはならないことに気がつかされるはずだ。

一つだけ引用しておこう。ギクリとする内容ではないだろうか。

63 株主に委託された会社を自分のもののように扱うのは悪徳経営者である
現代における事業界の傾向を見るに、まま悪徳重役なる者が出でて、多数株主より委託された資金を、あたかも自己専有のもののごとく心得・・・・【『論語と算盤』 算盤と権利】

渋沢栄一の訓言が100年の時空を越えても説得力があるのは、借り物の思想ではなく、みずからが体験して会得したものを、みずからのコトバで語っているからである。

『論語と算盤』とあわせて新旧二つの『渋沢百訓』も読んでみる価値はあるはずだ。




●『渋沢百訓-論語・人生・経営-』(渋沢栄一、角川ソフィア文庫、2010)

目 次 
主義
 天命論
 人生観
 国家
 社会
 道理
 余が処世主義
 公生涯と私生涯
 天の使命
 清濁併せ呑まざるの弁
 論語と算盤
 論語主義と権利思想
覚悟
 米櫃演説
 商業の真意義
 日本の商業道徳
 武士道と実業
 新時代の実業家に望む
 事業経営に対する理想
 企業家の心得
 成功論
 成敗を意とする勿れ
 事業家と国家的観念
 富貴栄達と道徳
 危険思想の発生と実業家の覚悟
 当来の労働問題
 社会に対する富豪の義務
立志
 就職難善後策
 地方繁栄策
 立志の工夫
 功名心
 現代学生気質
 頽廃せし師弟の情誼
 初めて世に立つ青年の心得
 役に立つ青年
 余が好む青年の性格
 会社銀行員の必要的資格
 衣食住
修養
 貯蓄と貯蓄機関
 交際の心得
 人格の修養
 精神修養と陽明学
 常識の修養法
 習慣性について
 大事と小事
 意志の鍛錬
 克己心養成法
 元気振興の急務
 勇気の養い方
 健康維持策
処世
 服従と反抗
 独立自営
 悲観と楽観
 逆境処世法
 傭者被傭者の心得
 過失の責め方
 激務処理法
 貧乏暇無しの説
 読書法
解説 井上潤


著者プロフィール

渋沢栄一(しぶさわ・えいいち)
1840年、深谷市生まれ。幕臣。維新後、1869年明治新政府に仕官。民部省、大蔵省に属した。辞任後は、第一国立銀行をはじめ500社前後の企業の創立・発展に貢献した。また商工業の発展に尽力、経済団体を組織し商業学校を創設するなど実業界の社会的向上に努めた。(amazonより)

 



●『渋沢栄一 100の訓言』 (渋澤健、日経ビジネス人文庫、2010)

目 次

まえがき
はじめに なぜ、いま、渋沢栄一なのか
第1章 心にも富を貯えるための教え
第2章 行いを研ぎすますための教え
第3章 規律を学ぶための教え
第4章 運のつかみ方を知るための教え
第5章 教育の理想を説いた教え
第6章 家族と幸せになるための教え
第7章 人と人の関係を楽しくする教え
第8章 会社の本質を見抜く教え
第9章 社会を元気にする教え
第10章 世界とともに生きるための教え
第11章 お金儲けの哲学が光る教え
おわりに 未来に生きる渋沢栄一の「黄金の知恵」
参考資料について


著者プロフィール

渋澤健(しぶさわ・けん)
コモンズ投信会長。1961年、渋沢栄一の玄孫として生まれる。1983年テキサス大学化学工学部卒。1987年UCLA大学でMBA取得。米系投資銀行で外債や為替などの運用に携わった後、1996年に米大手ヘッジファンドに入社。2001年に独立し、シブサワ・アンド・カンパニー設立。2008年コモンズ投信を立ち上げ、会長に就任(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)



PS この投稿でこのブログの1,500本目の記事となる。一つの節目だが、まだまだ書き続けますよ!(2014年12月22日 記す)


PS2 渋澤健氏による『渋沢栄一 百の訓言』の続編『渋沢栄一 百の金言』が出版された。’2016年1月15日 記す)



<ブログ内関連記事>

■渋沢栄一関連

書評 『渋沢栄一 上下』(鹿島茂、文春文庫、2013 初版単行本 2010)-19世紀フランスというキーワードで "日本資本主義の父" 渋沢栄一を読み解いた評伝

書評 『渋沢栄一-日本を創った実業人-』 (東京商工会議所=編、講談社+α文庫、2008)-日本の「近代化」をビジネス面で支えた財界リーダーとしての渋沢栄一と東京商工会議所について知る

日印交流事業:公開シンポジウム(1)「アジア・ルネサンス-渋沢栄一、J.N. タタ、岡倉天心、タゴールに学ぶ」 に参加してきた

書評 『渋沢栄一-社会企業家の先駆者-』(島田昌和、岩波新書、2011)-事業創出のメカニズムとサステイナブルな社会事業への取り組みから "日本資本主義の父"・渋沢栄一の全体像を描く

『雨夜譚(あまよがたり)-渋沢栄一自伝-』(長幸男校注、岩波文庫、1984)を購入してから30年目に読んでみた-"日本資本主義の父" ・渋沢栄一は現実主義者でありながら本質的に「革命家」であった

『論語と算盤』(渋沢栄一、角川ソフィア文庫、2008 初版単行本 1916)は、タイトルに引きずられずに虚心坦懐に読んでみよう!

書評 『渋沢家三代』(佐野眞一、文春新書、1998)-始まりから完成までの「日本近代化」の歴史を渋沢栄一に始まる三代で描く


■東洋哲学にもとづく「修養」(=自己啓発)を説く経営者の哲学

松下幸之助の 「理念経営」 の原点- 「使命」を知った日のこと
・・天理教の本部を見学した際に霊感を得た松下幸之助

書評 『戦前のラジオ放送と松下幸之助-宗教系ラジオ知識人と日本の実業思想を繫ぐもの-』(坂本慎一、PHP研究所、2011)-仏教系ラジオ知識人の「声の思想」が松下幸之助を形成した!
・・仏教だけでなく広く宗教の影響のつよい松下幸之助

永続事業の条件は、「経営能力」と「経営理念」のかけ算である

書評 『「利他」-人は人のために生きる-』(瀬戸内寂聴・稲盛和夫、小学館文庫、2014 単行本 2012)-智慧に充ち満ちた二人のエルダーによる対談型法話
・・仏教の「利他」の精神を説く稲盛和夫氏は禅宗での出家体験もある

「稲盛哲学」 は 「拝金社会主義中国」を変えることができるか?
・・中国の経営者やビジネスパーソンにも受け入れらレ手射る稲盛和夫氏の経営哲学と人生論

「人間尊重」という理念、そして「士魂商才」-"民族系" 石油会社・出光興産の創業者・出光佐三という日本人
・・「士魂商才」は渋沢栄一の思想

(2014年12月23日 情報追加)


(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!)

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!)


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどう
ぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!







end

2014年12月20日土曜日

『論語と算盤』(渋沢栄一、角川ソフィア文庫、2008 初版単行本 1916)は、タイトルに引きずられずに虚心坦懐に読んでみよう!


「日本本主義の父」とされる渋沢栄一は、いわゆる「論語と算盤」というフレーズに象徴される儒教倫理で近代ビジネスを律した人だ。

だが、その主著である『論語と算盤』は、タイトルに引きずられことなく虚心坦懐に読んでみることが必要だろう。

というのも、儒教や論語は、幕末に教育を受けた豪農出身の渋沢栄一にとっての「教養」であっても、すでに近代化のプロジェクトが完成し、近代以後に生きている日本人にとっては、かならずしもそうではないからだ。

たしかに儒教の教典をそらんじていた人の訓話であるから、読み慣れないむずかしい漢字も多いし、表現も古くさいものがある。だが、内容はきわめて実践的で現代でも十分に通用するものだ。というよりも、現代人にとって十分に自分のものとしなければならないビジネス倫理を説いた内容である。


■経営者向けの「自己啓発」としての講演や訓話

『論語と算盤』は、経営者向けの講演や、竜門会という後進育成を目的とした結社で行った訓話を筆記したものを項目別に編集したものに、儒教を代表する『論語』と商売人にとっては命である「算盤」(そろばん)というキャッチフレーズでまとめあげたものだ。1916年(大正5年)の出版である。

『渋沢栄一』(渋沢秀雄、渋沢青淵記念財団竜門社、1961初版)には、渋沢栄一は後進が事業を計画するときへのアドバイスとして、以下の4項目の「心得」をよく反省した上で事業をはじめなさいと教えていたとある。

1. その事業が道理正しいかどうか
2. 時勢に適しているかどうか
3. 人の和を得ているかどうか
4. 自分の分(ぶん)にふさわしいかどうか

事業開始のタイミング(=時勢)や事業の協力者(=人の和)が重要であることは当然のことながら、「その事業が道理正しいかどうか」という第一の心得は、なんだか稲盛和夫氏の「動機善なりや」を想起させるものがある。

「自分の分(ぶん)にふさわしいかどうか」という教えは、儒教的な古くさい印象を受けながらも、内容的には自分の能力のキャパシティ(=うつわ)を正確に把握せよという教えだ。

幕末の豪農や豪商の「教養」がいかなるものであったかを念頭に読んでみる必要があるだろう。前近代の日本から続いてきた「修養」としての「教養」。

ただし、江戸時代後期の商人たちにきわめて大きな影響を与えた「石門心学」のような通俗商業道徳とは異なるのは、渋沢栄一の父親が藍玉の栽培と販売で成功した新興豪農であり、武士的な「教養」の持ち主であったことも大きいのだろう。息子の渋沢栄一も、実態としては「商」であっても、身分としては「農」の出身であった。しかも、本格的に儒教の古典を精読し読み込んで「教養」を身につけた人であった。

明治時代は「成功時代」といわれているが、新渡戸稲造の「修養主義」的な自己啓発書などとともに、現在からみても内容的には面白い。日本型自己啓発書の発想の源泉は、明治時代以前の「教養=修養」であった漢籍にあったからだ。

『論語と算盤』は現在では現代語版もでているが、「渋沢栄一入門」としてはそれでもいいかもしれない。だが、やはり渋沢栄一自身の語り口こそ味わってみたいものだ。みずからの体験談を交えた具体的で実践的な内容で、読むとじつに面白い。

「目次」でおもしろそうな項目をみたら、その文章だけ拾い読みしてみるのもよい。「この章ではここに注目」という抜粋要約もあるので、それを読むだけでもいい。とはいいながら、読んでいると面白いので、結局はぜんぶ読みたくなってくるのではないかな?

(渋沢栄一 wikipediaより)


■「義利一致」は理想と現実を一致させるためのビジネス倫理

渋沢栄一がいわゆる「論語と算盤」というフレーズで象徴された儒教倫理とは、一言で要約してしまえば「義利一致」というフレーズになる。

儒教の徳目である「義」と商売人にとって重要な「利」の一致である。「義」(=理想主義)と商売人にとって重要な「利」(=現実主義)の一致させることを説いたものだ。道徳なき商業における拝金主義を否定し、利益追求を蔑視した道徳をともに否定するのは、実業界で財界リーダーであった渋沢栄一ならではの教えといえるだろう。

渋沢栄一自身は、『論語と算盤』のなかで「仁義と殖利」、「道義と金銭」という表現を使用しているが、まさにビジネス倫理のエッセンスといえるだろう。これは経営者のみならず、経済活動に従事する者であれば、かならず悩むことになる二律背反的というかダブルバインド的な状況でいかに行動するかを説いたものなのだ。

だが、疑問に思うのは、なぜキリスト教でも仏教でもなく儒教なのか? という点だ。

幕末に公務でフランスに1年半滞在し、業務の関係上フランス語会話もできた「欧化主義者」であった渋沢栄一だが、なぜかキリスト教の影響は受けていない。倫理的規範はあくまでも「実践倫理」としての儒教に求め、明治時代以降に拡がったキリスト教も、前近代から存在する仏教も「宗教」として遠ざけている。非合理的なものを徹底して嫌っていた近代合理主義者の姿勢が生涯をつうじて一貫していたことがわかる。

旧幕臣の少なからぬ人たちがキリスト教を受け入れているのだが、渋沢栄一は心ならずも幕臣となったとはいえ没落士族ではない。もともとが経営者マインドの強い富裕な豪農の出身であって、旧武士階級出身ではない。武士的なエートスはあくまでも後天的に教育をつうじて身につけたものであったために、武士以上に武士的なメンタリティも身につけたのであった。

もちろん、渋沢栄一も攘夷運動の未遂による挫折や、日本不在中に幕府が崩壊するなど、やる気を喪失した失意の時期を過ごしているが、キリスト教などの宗教に安心立命の境地や救いを求めたりするタイプではなかったようだ。「維新の負け組」ではないから、敗残者意識もなかったのであろう。

東京商工会議所会頭としてアメリカの実業界と深い交際を行うようになった後半生に興味深いエピソードがある。『渋沢栄一』(渋沢秀雄、渋沢青淵記念財団竜門社、1961初版)から引用しておこう。缶詰メーカーの経営者ハインツや腕時計メーカーの経営者ワナメーカーとの交際のなかで交わされた会話である。

栄一も近い将来、東京でひらかれる日曜学校世界大会の後援者だったので、このふたりとその打ち合わせをしたのである。
するとふたりは期せずして、栄一に同じ質問をこころみた。
「いったいあなたは、どうして日曜学校の世界大会にそう熱心なのですか?」・・(中略)・・
そのとき栄一はこう答えている。
「私はキリスト教も仏教も信仰していませんが、人は自己の為にのみ生くべきものではないという信念を東洋哲学で深く感じています。この点キリスト教精神と同一であろうと思います」(P.97~98)

アメリカの慈善行為(=フィランスロピー)は、キリスト教やユダヤ教に基づくものであるが、渋沢栄一は宗教でなくても、儒教に代表される東洋哲学がそれに該当すると語っているのである。

ちなみに、キリスト者の内村鑑三は、 『後世への最大遺物』(1894年)のなかでアメリカの実業家が慈善行為にカネを惜しまないことを絶賛 している。渋沢栄一にかんする言及はないが、日本の実業家たちも慈善にはカネを惜しまずつかっていたことは明記しておきたい。

もう一つエピソードを引用しておこう。『聖書』と『論語』の大きな違いについて、期せずして語っている後妻の述懐である。『渋沢家三代』(佐野眞一、文春新書、1998)から引用しておこう。

一説には、栄一が生涯になした子は二十人近くにのぼるといわれる。後妻の兼子は晩年よくいった。
「大人(たいじん)も論語とはうまいものを見つけなさったよ。あれが聖書だったら、てんで教えが守れっこないものね!」
『論語』には性道徳に関する訓言がほとんどない。だから、「明眸皓歯(めいぼうこうし)に関することを除いては、俯仰天地に恥じない」などと堂々と言えたのであって、性道徳に厳しい『聖書』だったら身が保たなかっただろう、という妻でこそいえる皮肉であった。(P.195~196)

渋沢栄一の『論語』にもとづくビジネス倫理は、下半身とは無縁の教えであったということだ(笑)


■渋沢栄一の『論語』は朱子学的解釈ではない!

渋沢栄一の儒教は朱子学ではない! これはきわめて重要なポイントだ。

主観的で抽象的な観念論に終始する朱子学と違って、渋沢栄一の儒教解釈はきわめて具体的で実践的なものである。幕府の官学とも違う柔軟な解釈によるものであることを、日本を代表する儒教研究の第一人者である加地伸行氏が「日本企業の先駆者の汲めども尽きせぬ知恵」と題した「解説」で指摘している。「士魂商才」という概念など、まさに渋沢栄一ならではのものだ。

幕府は朱子学を官学としており、親藩である水戸藩との人的つながりの強かった渋沢栄一だが、『論語』をはじめとする儒教の教えは、原典そのものを生涯にわたって熟読精読することをつうじて自分のものとしていたのであった。

「大義名分論」という神学論争の果てに、内ゲバによる殺し合いで自滅していった水戸藩の状況を間近で観察してきた渋沢栄一は、政治から完全に身を引いたのち儒教の朱子学的解釈を完全に捨て去ったのかもしれない。この点については推測に過ぎないが、専門家の研究に待ちたいところだ。

だからこそ、『論語と算盤』においては、朱子学とはまったく異なるプラクティカルな解釈にこそ注目すべきだろう。朝鮮や中国でキリスト教が普及したことや、維新の負け組となった旧幕臣たちのなかの少なからぬ者たちがキリスト教徒になったのは、朱子学とキリスト教が親和性が高いからだと、朝鮮をフィールドワークしていた文化人類学者の泉靖一氏が指摘しているとおりである。 

大乗仏教がブッダその人の言行録である『ダンマパダ』とはまったく異なる印象を抱かせるのと同様、朱子学と孔子その人の言行録である『論語』は異なるものである。

わたし自身は、『文明論之概略』において「人間の交際に停滞不流の元素を吸入せしめたるものは、之を儒学の罪と云う可きなり」と儒教を否定的に見る福澤諭吉と同様に儒教嫌いなのだが、それはそれとして、『論語と算盤』はビジネス倫理という観点から絶対にはずせない本であることは否定しない。一度は目を通してみるべき古典である。




目 次

日本企業の先駆者の汲めども尽きせぬ知恵 (加地伸行)
凡例
格言五則 (加地伸行訳注)
処世と信条
立志と学問
常識と習慣
仁義と富貴
理想と迷信
人格と修養
算盤と権利
実業と士道
教育と情詛
成敗と運命
格言五則 (加地伸行訳注)
解題  (加地伸行)

著者プロフィール

渋沢栄一(しぶさわ・えいいち)
1840年、深谷市生まれ。幕臣。維新後、1869年明治新政府に仕官。民部省、大蔵省に属した。辞任後は、第一国立銀行をはじめ500社前後の企業の創立・発展に貢献した。また商工業の発展に尽力、経済団体を組織し商業学校を創設するなど実業界の社会的向上に努めた。(amazonより)



<ブログ内関連記事>

■渋沢栄一関連

書評 『渋沢栄一 上下』(鹿島茂、文春文庫、2013 初版単行本 2010)-19世紀フランスというキーワードで "日本資本主義の父" 渋沢栄一を読み解いた評伝

書評 『渋沢栄一-日本を創った実業人-』 (東京商工会議所=編、講談社+α文庫、2008)-日本の「近代化」をビジネス面で支えた財界リーダーとしての渋沢栄一と東京商工会議所について知る

日印交流事業:公開シンポジウム(1)「アジア・ルネサンス-渋沢栄一、J.N. タタ、岡倉天心、タゴールに学ぶ」 に参加してきた

書評 『渋沢栄一-社会企業家の先駆者-』(島田昌和、岩波新書、2011)-事業創出のメカニズムとサステイナブルな社会事業への取り組みから "日本資本主義の父"・渋沢栄一の全体像を描く

『雨夜譚(あまよがたり)-渋沢栄一自伝-』(長幸男校注、岩波文庫、1984)を購入してから30年目に読んでみた-"日本資本主義の父" ・渋沢栄一は現実主義者でありながら本質的に「革命家」であった

『論語と算盤』(渋沢栄一、角川ソフィア文庫、2008 初版単行本 1916)は、タイトルに引きずられずに虚心坦懐に読んでみよう!

書評 『渋沢家三代』(佐野眞一、文春新書、1998)-始まりから完成までの「日本近代化」の歴史を渋沢栄一に始まる三代で描く


■アメリカ資本主義とビジネス倫理

内村鑑三の 『後世への最大遺物』(1894年)は、キリスト教の立場からする「実学」と「実践」の重要性を説いた名講演である
・・「この講演のなかでは、アメリカ的な慈善(=フィランソロピー)のためにカネを設けるということを美徳として評価もしていることに注目すべき

「信仰と商売の両立」の実践-”建築家” ヴォーリズ
・・アメリカではキリスト教というバックボーンがあったので、このような「両立」が可能であった。ひるがえって日本ではキリスト教に該当するものはなにかと考えたとき、渋沢栄一の脳裏にあったのが論語ということなのだろうか?  孟子とキリスト教に共通性についての指摘が研究者にされている


■論語と儒教などについて

書評 『漢文法基礎-本当にわかる漢文入門-』(二畳庵主人(=加地伸行)、講談社学術文庫、2010) 儒教がそもそもグロテスクなものであることは、古田博司氏の・・・を読んでみればよい。わたしは個人的には、世界的な漢字研究者の白川静博士の『孔子伝』を読んでみるとよいと薦めておきたい。


■「士魂商才」の実践者

「人間尊重」という理念、そして「士魂商才」-"民族系" 石油会社・出光興産の創業者・出光佐三という日本人

(2014年12月23日 情報追加)


(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!)

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!)


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどう
ぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!







end

2014年10月4日土曜日

書評『有法子(ユーファーズ)  十河信二自伝』(十河信二、ウェッジ文庫、2010 単行本初版 1959)―「新幹線の父」と呼ばれる前の満洲時代を中心とした貴重な証言



十河信二(そごう・しんじ)といっても歴史の教科書にでてくる人ではないので、一般的な知名度は高くないかもしれない。しかも「有法子」(ユーファーズ)といってもまったくピンとこないだろう。

たまたま「理科少年」」で「鉄道大好き人間」のわたしは、小学生の頃から「新幹線の父」としての十河信二の名前は知っていた。その人の『自伝』ということであれば満鉄の「特急あじあ号」の話も書かれているのだろう、、どんな人なのか知ってみたいという思いからこの『有法子(ユーファーズ)ー 十河信二自伝』を購入した。

本書『有法子(ユーファーズ)  十河信二自伝』(十河信二、ウェッジ文庫、2010)は1959年に財団法人交通協力会から出版された単行本を、東海道新幹線を運営するJR東海が発行するウェッジという新幹線の車内雑誌の出版社から復刊されたものである。そうでなければ、なかなか日の目を見なかったのではないだろうか。

1961年に執筆された「序」 (昭和34年4月)によれば、国鉄総裁としての激務のなか、国鉄総裁就任までの仕事人生を、関係する雑誌に連載した一回読み切りの文章をまとめたものだ。著者は当時すでに70代であった。

大風呂敷と呼ばれていた後藤新平との出会いで国鉄に入社して経理でキャリアを築いた、型破りの経営者の回想録であるが、なんといっても面白いのは国鉄退社後の満洲時代の回想である。

一年間の米国留学を体験して悟ったのは、日米関係においてきわめて重要なのが中国問題。この思いから満洲に深くコミットし、満鉄総裁の松岡洋右というくせ者政治家や関東軍との激しいやりとりなども体験しながら、天津の電力問題を解決し、興中公司社長などを歴任しながら日中の経済関係強化に貢献する。十河信二という人は、一言居士の明治人であった。

ここで「有法子」という聞き慣れないコトバが意味をもってくるのである。「有法子」と書いて「ユーファーズ」と読ませるが、一般には「没法子」(メイファーズ」というコトバのほうが有名だ。現代中国語でも「没」は、「ない」という否定表現の「没有」(メイヨウ)とつかわれるが、「仕方ない」という意味の「没法子」(メイファーズ)は戦前の中国ではよくつかわれた表現である。

「有法子」という言葉は、古くから「没法子」と並んで、中国で盛んに用いられた言葉でありますが、中国では、いつの間にか、まだ方法はある、もっと努力しようという意味の「有法子」という言葉が棄てられて、手段が尽きた、仕方がないという意味の「没法子」という言葉だけが残ったのであります。これが中国をして悲惨な運命をたどらしめるに至った根本原因であると、私の友人の中国人が嘆いていましたが・・(後略)・・

だからこそ敗戦後の日本の若者には、「まだ方法はある、もっと努力しようという意味の「有法子」(ユーファーズ)」というコトバを伝えたいというのが著者の願いであり、タイトルに採用したのであろう。

残念ながらこの「自伝」には、「新幹線の父」と呼ばれるに至った国鉄総裁時代の回想はまったく書かれていない。国鉄総裁としての自分を国鉄関係者にもっとよく知ってほしいという観点から、総裁就任以前の人生について語っているからだ。

だが、満洲を中心に据えた昭和史の証言はじつに興味深い。満洲を媒介にした戦前と戦後のつながりが「高度成長」を実現したことはすでに常識といってよいだろう。その意味でも、半官半民の国鉄出身で日中の経済界にも大きな役割を果たした著者の証言は、満洲に深くコミットした政治家や満州国官僚の回想録とともに読むに値する。

キャリアの出発点を公益性の高い鉄道事業から開始し、営利を目的としながらも公的なるものに奉仕するという姿勢を持ち続けたひとであるだけに、「社会事業と営利事業は両立という発言は大きな説得力をもっている。

日米中の平和的関係の重要性を心底から理解し、最後は国鉄総裁として新幹線開業にむけて尽力した経済人の回想録として面白い一冊である。


(画像をクリック!)


目 次

序 (昭和34年4月)
生涯の職場鉄道に入る
愛と和の精神を強調
無二の親友、故種田虎雄君
独断調印の素人外交官
アメリカへ留学の時代
関東大震災後、復興院に入る
寃罪で未決監に収容さる
仙石総裁の熱意から満鉄へ
少壮軍人を刺激した「戦跡案内」
内田総裁と関東軍首脳との会談
流産となった満鉄改組案
感慨深い周作民氏との因縁
中国鉄道の国有民営を建言
華南開発の日中合弁銀行案
興中公司発足までの裏話
中国人に真の友人を作れ
天津の電力事業に新風
水泡に帰した華北開発構想
林内閣の組閣参謀長となる
学生義勇軍同志会の活動
愛媛県西条市市長となる
社会事業と営利事業は両立
戦後の経済復興に力を注ぐ
信念の国手、真鍋嘉一郎氏
大八車で夜逃げのあと始末
ネール首相にほめられた国鉄
コールさんと旧情を温める
五十年来問題の髯(ひげ)
若人の日常語に「有法子」(ユーファーズ)
宗教を通じての民族融和
中国問題から森恪(もり・いたる)君と結縁
スチール・ハンドになれ
華南戦線に散った森中尉
保守党の偉材、砂田重政君
風格の人、佐田弘治郎君
握手のまま永別の妻
母-そのひろき愛に 解説にかえて 加賀山由子


著者プロフィール

十河信二(そごう・しんじ)
 1884年(明治17)愛媛県生まれ。1909年、東京帝国大学法科大学を卒業。1912年、鉄道院に入省。26年退職後、満州鉄道理事、興中公司社長を歴任。戦後、1945年(昭和20)に愛媛県西条市市長に就任、翌年、辞任。鉄道弘済会会長をへて、1955年(昭和30)71歳で第4代日本国有鉄道(国鉄)総裁に就任した。63年退任。在任中、東海道新幹線の実現に尽力し、「新幹線の父」と呼ばれる。1981年(昭和56)没 (本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<ブログ内関連記事>

書評 『「夢の超特急」、走る!-新幹線を作った男たち-』(碇 義朗、文春文庫、2007 単行本初版 1993)-新幹線開発という巨大プロジェクトの全体像を人物中心に描いた傑作ノンフィクション

祝 新幹線開通から50年!-わが少年時代の愛読書 『スピード物語-夢をひらく技術-(ちくま少年図書館7)』(石山光秋、筑摩書房、1970)を紹介

書評 『「くにたち大学町」の誕生-後藤新平・佐野善作・堤康次郎との関わりから-』(長内敏之、けやき出版、2013)-一橋大学を中核にした「大学町」誕生の秘密をさぐる
・・満洲開発と戦前・戦後の日本

書評 『高度成長-日本を変えた6000日-』(吉川洋、中公文庫、2012 初版単行本 1997)-1960年代の「高度成長」を境に日本は根底から変化した
・・戦後日本の「高度成長」と満洲での実験の遺産

沢木耕太郎の傑作ノンフィクション 『テロルの決算』 と 『危機の宰相』 で「1960年」という転換点を読む
・・「『危機の宰相』 のもう一つのテーマは満洲国の存在と戦後日本における意味である。 満洲国建設に人生を賭けた官僚・田村敏男は、日本の敗戦による満洲国解体後にはシベリア抑留も体験しているが、人生の意味を喪失して虚脱状態となっていた。戦後の黒子としての縁の下の活躍は、戦後日本復興と高度成長を、挫折に終わった満洲国建設の再現と考えていたのではないかと思わせるものがある。」


(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!)

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!)


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!








end