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2014年10月4日土曜日

書評『有法子(ユーファーズ)  十河信二自伝』(十河信二、ウェッジ文庫、2010 単行本初版 1959)―「新幹線の父」と呼ばれる前の満洲時代を中心とした貴重な証言



十河信二(そごう・しんじ)といっても歴史の教科書にでてくる人ではないので、一般的な知名度は高くないかもしれない。しかも「有法子」(ユーファーズ)といってもまったくピンとこないだろう。

たまたま「理科少年」」で「鉄道大好き人間」のわたしは、小学生の頃から「新幹線の父」としての十河信二の名前は知っていた。その人の『自伝』ということであれば満鉄の「特急あじあ号」の話も書かれているのだろう、、どんな人なのか知ってみたいという思いからこの『有法子(ユーファーズ)ー 十河信二自伝』を購入した。

本書『有法子(ユーファーズ)  十河信二自伝』(十河信二、ウェッジ文庫、2010)は1959年に財団法人交通協力会から出版された単行本を、東海道新幹線を運営するJR東海が発行するウェッジという新幹線の車内雑誌の出版社から復刊されたものである。そうでなければ、なかなか日の目を見なかったのではないだろうか。

1961年に執筆された「序」 (昭和34年4月)によれば、国鉄総裁としての激務のなか、国鉄総裁就任までの仕事人生を、関係する雑誌に連載した一回読み切りの文章をまとめたものだ。著者は当時すでに70代であった。

大風呂敷と呼ばれていた後藤新平との出会いで国鉄に入社して経理でキャリアを築いた、型破りの経営者の回想録であるが、なんといっても面白いのは国鉄退社後の満洲時代の回想である。

一年間の米国留学を体験して悟ったのは、日米関係においてきわめて重要なのが中国問題。この思いから満洲に深くコミットし、満鉄総裁の松岡洋右というくせ者政治家や関東軍との激しいやりとりなども体験しながら、天津の電力問題を解決し、興中公司社長などを歴任しながら日中の経済関係強化に貢献する。十河信二という人は、一言居士の明治人であった。

ここで「有法子」という聞き慣れないコトバが意味をもってくるのである。「有法子」と書いて「ユーファーズ」と読ませるが、一般には「没法子」(メイファーズ」というコトバのほうが有名だ。現代中国語でも「没」は、「ない」という否定表現の「没有」(メイヨウ)とつかわれるが、「仕方ない」という意味の「没法子」(メイファーズ)は戦前の中国ではよくつかわれた表現である。

「有法子」という言葉は、古くから「没法子」と並んで、中国で盛んに用いられた言葉でありますが、中国では、いつの間にか、まだ方法はある、もっと努力しようという意味の「有法子」という言葉が棄てられて、手段が尽きた、仕方がないという意味の「没法子」という言葉だけが残ったのであります。これが中国をして悲惨な運命をたどらしめるに至った根本原因であると、私の友人の中国人が嘆いていましたが・・(後略)・・

だからこそ敗戦後の日本の若者には、「まだ方法はある、もっと努力しようという意味の「有法子」(ユーファーズ)」というコトバを伝えたいというのが著者の願いであり、タイトルに採用したのであろう。

残念ながらこの「自伝」には、「新幹線の父」と呼ばれるに至った国鉄総裁時代の回想はまったく書かれていない。国鉄総裁としての自分を国鉄関係者にもっとよく知ってほしいという観点から、総裁就任以前の人生について語っているからだ。

だが、満洲を中心に据えた昭和史の証言はじつに興味深い。満洲を媒介にした戦前と戦後のつながりが「高度成長」を実現したことはすでに常識といってよいだろう。その意味でも、半官半民の国鉄出身で日中の経済界にも大きな役割を果たした著者の証言は、満洲に深くコミットした政治家や満州国官僚の回想録とともに読むに値する。

キャリアの出発点を公益性の高い鉄道事業から開始し、営利を目的としながらも公的なるものに奉仕するという姿勢を持ち続けたひとであるだけに、「社会事業と営利事業は両立という発言は大きな説得力をもっている。

日米中の平和的関係の重要性を心底から理解し、最後は国鉄総裁として新幹線開業にむけて尽力した経済人の回想録として面白い一冊である。


(画像をクリック!)


目 次

序 (昭和34年4月)
生涯の職場鉄道に入る
愛と和の精神を強調
無二の親友、故種田虎雄君
独断調印の素人外交官
アメリカへ留学の時代
関東大震災後、復興院に入る
寃罪で未決監に収容さる
仙石総裁の熱意から満鉄へ
少壮軍人を刺激した「戦跡案内」
内田総裁と関東軍首脳との会談
流産となった満鉄改組案
感慨深い周作民氏との因縁
中国鉄道の国有民営を建言
華南開発の日中合弁銀行案
興中公司発足までの裏話
中国人に真の友人を作れ
天津の電力事業に新風
水泡に帰した華北開発構想
林内閣の組閣参謀長となる
学生義勇軍同志会の活動
愛媛県西条市市長となる
社会事業と営利事業は両立
戦後の経済復興に力を注ぐ
信念の国手、真鍋嘉一郎氏
大八車で夜逃げのあと始末
ネール首相にほめられた国鉄
コールさんと旧情を温める
五十年来問題の髯(ひげ)
若人の日常語に「有法子」(ユーファーズ)
宗教を通じての民族融和
中国問題から森恪(もり・いたる)君と結縁
スチール・ハンドになれ
華南戦線に散った森中尉
保守党の偉材、砂田重政君
風格の人、佐田弘治郎君
握手のまま永別の妻
母-そのひろき愛に 解説にかえて 加賀山由子


著者プロフィール

十河信二(そごう・しんじ)
 1884年(明治17)愛媛県生まれ。1909年、東京帝国大学法科大学を卒業。1912年、鉄道院に入省。26年退職後、満州鉄道理事、興中公司社長を歴任。戦後、1945年(昭和20)に愛媛県西条市市長に就任、翌年、辞任。鉄道弘済会会長をへて、1955年(昭和30)71歳で第4代日本国有鉄道(国鉄)総裁に就任した。63年退任。在任中、東海道新幹線の実現に尽力し、「新幹線の父」と呼ばれる。1981年(昭和56)没 (本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<ブログ内関連記事>

書評 『「夢の超特急」、走る!-新幹線を作った男たち-』(碇 義朗、文春文庫、2007 単行本初版 1993)-新幹線開発という巨大プロジェクトの全体像を人物中心に描いた傑作ノンフィクション

祝 新幹線開通から50年!-わが少年時代の愛読書 『スピード物語-夢をひらく技術-(ちくま少年図書館7)』(石山光秋、筑摩書房、1970)を紹介

書評 『「くにたち大学町」の誕生-後藤新平・佐野善作・堤康次郎との関わりから-』(長内敏之、けやき出版、2013)-一橋大学を中核にした「大学町」誕生の秘密をさぐる
・・満洲開発と戦前・戦後の日本

書評 『高度成長-日本を変えた6000日-』(吉川洋、中公文庫、2012 初版単行本 1997)-1960年代の「高度成長」を境に日本は根底から変化した
・・戦後日本の「高度成長」と満洲での実験の遺産

沢木耕太郎の傑作ノンフィクション 『テロルの決算』 と 『危機の宰相』 で「1960年」という転換点を読む
・・「『危機の宰相』 のもう一つのテーマは満洲国の存在と戦後日本における意味である。 満洲国建設に人生を賭けた官僚・田村敏男は、日本の敗戦による満洲国解体後にはシベリア抑留も体験しているが、人生の意味を喪失して虚脱状態となっていた。戦後の黒子としての縁の下の活躍は、戦後日本復興と高度成長を、挫折に終わった満洲国建設の再現と考えていたのではないかと思わせるものがある。」


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2014年4月22日火曜日

『「経済人」の終わり』(ドラッカー、原著 1939)は、「近代」の行き詰まりが生み出した「全体主義の起源」を「社会生態学」の立場から分析した社会科学の古典



『「経済人」の終わり ー 全体主義の起源』(The End of Economic Man: The Origins of Totalitarianism, 1939年)は、"社会生態学者"(socio-ecologist) ピーター・ドラッカーの実質的な処女作である。

「近代」の行き詰まりを欧州で体験し、深い教養をベースに社会研究の立場から分析した名著である。ドラッカー自身が出版から45年後(!)の「1994年版序文」で書いているように、リアルタイムに進行する社会問題を社会学的に分析したものだといえる。

その意味ではドラッカー自身が書いているように、ドイツの社会学者マックス・ウェーバーや、イタリアの経済学者で社会学者のヴィルフレッド・パレート(・・「パレート分析」のパレート!)、それに同郷のウィーン出身で父親の友人でもあった理論経済学者で社会学者シュンペーターの系譜につらなるものだ。

「あの経営学者ドラッカーの原点」という読み方ではなく、社会科学の一古典として読むべきではないだろうか。ドラッカーが「経営学者」となるのは、戦後アメリカにおいてである。

そろそろドラッカーからは「経営学者」という肩書きをはずしてあげようではないか! 虚心坦懐にテキストそのものを読んでみようではないか!


■「経済人」(ホモ・エコノミクス)とは?

『「経済人の終わり』というタイトルだが、「経済人」の終わり(?)といってもすぐにはピンとこないかもしれない。

「経済人」(economic man)とは、ドラッカー自身が第2章で説明しているように、18世紀の経済学の父アダム・スミス以来の「ホモ・エコノミクス」(homo economicus)概念のことだ。

「ホモ・エコノミクス」とは、経済活動において自己の利益の最大化を図ることを目的にした完全に合理的な人間のことを指した経済学の仮説のことである。


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このように絵にかいたような「経済人」(ホモ・エコノミクス)が、じっさいには多数派ではありえないことは、健常な「常識」をもった人にとっては当たり前だろう。

そもそも人間は非合理的な存在であることを前提にした「行動経済学」が近年発達してきたが、それでも主流の経済学においてはまだまだ「ホモ・エコノミクス」仮説が幅をきかせている。

なぜなら、自然現象を厳密に研究する「自然科学」とは異なり、人間が構成する社会そのものを対象とする「社会科学」においては、どうしてもドグマ的な支えを必要とするからだ。ドラッカーのこの指摘は重要だ。

ドラッカーは、「ブルジョワ資本主義」も「共産主義」も、ともに「ホモ・エコノミクス」仮説を前提とした経済モデルであり、その双方に失望した大衆は、「全体主義」に魅力を感じてなびいていったという分析を行っている。

つまり、ドラッカーはすでに1939年の時点で「ホモ・エコノミクス」仮説が現状理解には役立たないモデルであることを示していたのである。21世紀の現在、『「経済人」の終わり』が「古典」であるというのはそういう意味だ。


■若き日のドラッカーによるリアルタイムの「社会分析」

ドラッカー(1909~2005)は、オーストリア=ハンガリー帝国(・・通称ハプスブルク帝国)の首都ウィーンに生まれ育ち、ドイツで学問を修めて法学博士号を取得しジャーナリストとして働いていた。ドラッカーは経済記者としてヒトラーにも取材を行っている。

『「経済人」の終わり』は、ヒトラー率いるナチス党が政権をとった1933年に執筆を開始し、英国を経て米国に渡った1937年には執筆はすでに終えていたという。出版は1939年である。

当時の状況は、1918年に終了した「世界大戦」によって欧州の既存の秩序が大きく崩壊(・・ドラッカーの生まれたハプスブルク帝国も崩壊)、さらにニューヨーク発の「大恐慌」(1929年)で欧州も大打撃をこうむっていた。

10代の好奇心旺盛で多感な時代であったドラッカーにとって、生きた経済と社会の勉強となっていたことであろう。そしてまた欧州の未来には懐疑的であったからこそ、最終的に米国に移民することを決意したのであろう。


(ナチス党が政権を執った1933年当時24歳の若き日のドラッカー)


『「経済人」の終わり』は、リアルタイムで進行する事態を肌感覚で体験しつつ徹底的に観察し、欧州の伝統である「教養」(=リベラルアーツ)をベースに徹底的に分析したものだ。

ナチス党政権の推移をみて内容に確信をもったうえで、やっとのことで出版社をみつけ、アメリカの出版社から英語で出版された。出版後たちまちベストセラーになったという。

ドラッカーは当時の欧州の知的世界では主流であったマルクス主義には立脚せず、エドマンド・バークに代表される英国的「保守主義」の立場に共感を示している。

そういう理由もあるのだろう、本書は英国を救ったチャーチルの座右の書となったとドラッカーは書いている。

では、『「経済人」の終わり』の内容についてみておこう。


■「近代合理主義」の行き詰まりが「全体主義」に大衆を引き寄せた

本書は、「全体主義の起源」という副題に表現されたテーマを探究したものであり、ふつうは序文からはじめて順を追って読んでいくことになろう。

だが、それぞれの章が執筆された順番は異なり、内容的にもよく書けている章とかならずしもそうでない章がある。また全体的に記述が簡潔すぎて、十分な説明がなされていないという印象を受けないでもない。

そこで、章立ての順番ではなく、順不同に内容を見ていくこととしよう。

「第6章 ファシズム全体主義の脱経済社会」は、全体主義国家の「統制経済」の問題点について検証したものだ。

この分析を読めば、全体主義の「統制経済」がどう考えてもうまくいかないことが経済学的に自明であることが理解できる。これは第7章で分析される全体主義国家における「組織」との関連で理解されることが重要だ。

ドラッカーは、計画性という近代合理主義のワナについて語っているのである。


(画像をクリック!)


「全体主義」は否定のための否定である。アンチとしてのみ存在する主義である。みずからがあたらしい価値を生み出したわけではない。

階級なき脱経済社会実現を妨げる階級闘争を説く共産主義は、全体主義にとっては絶対悪なので全否定された。

だが否定する対象は共産主義だけだったのではない。ブルジョワ資本主義もまた否定の対象とされた。大衆は、平等な社会を実現すると謳った「マルクス主義の失敗」にも、「.資本主義の約束不履行」にも激しく失望していたのだ。

この両者を否定したことによって一般大衆の不満を吸い上げることに成功したのが「全体主義」なのである。

英国やフランスのような先進資本主義国とは異なり、一般大衆に民主主義への愛着がなく、遅れて統一されたイタリアとドイツから全体主義がでてきた理由はそこにある。、

イタリアとドイツの違いはどこにあるかについての分析も読みごたえがある。「第5章 ファシズム全体主義の奇跡-ドイツとイタリア」である。

イタリアのファシズムとは違って、ナチズムを最初から「革命運動」であったとする分析はじつに鋭い。ナチス(NSDAP)とは「ドイツ国家社会主義労働者党」の略称である。「国家社会主義」を標榜していた政党であった。


■なぜユダヤ人が憎悪の対象とされたのか?

ブルジョワ資本主義と密接に結びついていたユダヤ人が憎悪の対象とされたのは、フランス革命のような「ブルジョワ革命」が成功しなかった後進国ドイツの事情がおおきくかかわっている。

ドイツではブルジョワ階級の地位が低く、ユダヤ人の権利獲得とブルジョワ階級の成長が同時進行であった。そのため、ドイツではブルジョワ資本主義の担い手とユダヤ人がおおきく重なっていたのである。

だから、「悪魔との聖戦」としての「ユダヤ人絶滅政策」が全体主義維持のために必須のものと位置づけられたのである。

以上の点について分析した「第7章 奇跡か蜃気楼か」は本書の白眉である。ただし、ドラッカーは共産主義運動の担い手が、ドイツにおいてもユダヤ人が多かったことにはまったく触れていない。

第4章の「キリスト教の失敗」については、全体のなかではちょっと異質な感じのする章である。背景となる文脈はいまひとつ理解しにくいということがある。場合によっては飛ばしても全体の趣旨は追うことはできる。

聞いたことのないような人名が次からつぎへとでてくるが、要は知的エリートたちが「経済人」モデルの問題点を解決するためにキリスト教倫理に戻ってきたのに対し、一般大衆は慣習以上の関心をキリスト教に対しては抱いていなかった、ということが指摘されているのだ。

つまり、キリスト教はすでにヨーロッパにおいて熱情を失っていたのであり、そのために宗教的な熱情をともなう「全体主義」に引き寄せられたという分析だ。この点については、『オウム真理教の精神史-ロマン主義・全体主義・原理主義-』(大田俊寛、春秋社、2011) が詳しいのであわせて読むとよく理解できるだろう。


■「社会科学の古典」としての一つの読み方の提案

以上、わたしなりの観点から『「経済人」の終わり』について簡単に解説したが、ドラッカーをマネジメントという側面からのみ見てきた人にとっては、この本の内容はすこしむずかしいかもしれない。

じっさい、記述が簡潔すぎるので、内容を読みとるのがややむずかしい。だが、さすがドラッカーの全著作を翻訳し、ドラッカーの「伴走者」として実質的なパートナーとして、その思想のすみずみまで理解しつくしている上田惇生氏の翻訳だけあって、日本語訳だけ読んで理解できるものとなっている。

2007年の新版では、さらに「チャーチルによる書評」など付録が増えたようだが、「人名索引」はあっても、「事項索引」がないのは残念なことだ。

そのかわりではないが、訳者がドラッカーと相談してつけくわえて見出しが内容の要約になっているのでおおいに参考にすべきだ。そのためは、読みだす前にじっくりと「目次」を読みこむことをすすめたい。

いまから約75年前に出版された本であり、その意味ではもはや「社会科学の古典」としての位置付けがなされるべき本であろう。

社会科学専攻の大学生でも気軽に読めるように、できれば岩波文庫や講談社学術文庫あたりで文庫化してくれるといいのだが・・・。だがダイヤモンド社にとってはドル箱のドラッカーを手放すことなどないだろう。

『「経済人の終わり』は、すくなくとも「初期ドラッカー」思想の中核をなすものである。「ドラッカーの思想の原点」かどうかは脇において、虚心坦懐に読むことをすすめたいのである。



目 次 (1997年版)

新版への序文(1994年)
1969年版への序文

第1章 反ファシズム陣営の幻想
 1. ファシズムへの誤解
 2. ファシズムの諸症状
 3. 大衆心理の不思議
 4. 「背理ゆえに信ず」
第2章 大衆の絶望
 1. マルクス主義の失敗
 2. 資本主義の約束不履行
 3. 「経済人」の破綻
 4. 合理の喪失
第3章 魔物たちの再来
 1. 世界大戦と世界恐慌が明らかにしたもの
 2. 魔物たちの追放
 3. 自由の放棄
 4. ファシズムの登場
第4章 キリスト教の失敗
 1. キリスト教の戦果
 2. 知的エリートとキリスト教
 3. 教会の無意味性
 4. ファシズムとキリスト教
第5章 ファシズム全体主義の奇跡-ドイツとイタリア
 1. ドイツ人とイタリア人の国民性
 2. 与えられた民主主義と獲得した民主主義
 3. ムッソリーニとヒトラー
 4. ドイツのナチズムとイタリアのファシズムの違い
第6章 ファシズム全体主義の脱経済社会
 1. 産業社会の脱経済化
 2. 社会有機体説
 3. 軍国主義
 4. 全体主義の経済
 5. 資源の輸入問題
第7章 奇跡か蜃気楼か
 1. 戦争と平和
 2. 聖なる戦い
 3. 反ユダヤ主義の原因
 4. ブルジョワ資本主義の化身としてのユダヤ人
 5. 組織がすべて
 6. 指導者原理
第8章 未来
 1. 独ソ開戦への期待
 2. 独ソの利害
 3. 新しい社会

年表-あの頃の歴史(第一次大戦から第二次大戦へ)
人名索引
訳者あとがき

*2007年新版では、より説明的な見出しに変更されている



<参考書>

ドラッカー思想における『「経済人」の終わり』の位置づけについては、さまざまな書籍や論文を参考にする必要がある。

経営学者によるものとしては、『ドラッカー、その思想-自由・管理・社会-』(三戸公、未来社、1971)をあげてきたい。

このほか、『現代思想 2010 Vol.38-10 特集 ドラッカー-マネジメントの思想』(青土社)に収録された諸論文が参考になる。



<関連サイト>

経済は「利己心」だけで動くのではない アダム・スミスが説く「共感」の哲学(1) (アマルティア・セン)  
・・『諸国民の富』(国富論)以前にアダム・スミズが出版したのは『道徳感情論』。厚生経済学の研究者で経済倫理にくわしいアマルティア・セン博士ならでは。「共感」と「利己心」というキーワード。アダム・スミスは「経済人」(ホモ・エコノミクス)だけを強調したのではない!

スミスを「純粋な資本主義」の擁護者とみなすのは誤り アダム・スミスが説く「共感」の哲学(2)(アマルティア・セン) 

グローバル時代に有効な「中立な観察者」の視点 アダム・スミスが説く「共感」の哲学(3) (アマルティア・セン) (日経ビジネスオンライン、2014年5月7日)
・・「中立的な観察者」を設定するスミス流のアプローチと「超越論的制度」である社会契約アプローチの違い

あらゆる偏見と差別に立ち向かったグローバルな宣言書アダム・スミスが説く「共感」の哲学(4) (アマルティア・セン) (日経ビジネスオンライン、2014年5月14日)
・・「スミスが階級、ジェンダー、人種、国籍の壁を軽々と飛び越えて人間の潜在能力は等しいとみなし、天与の才能や能力に本質的な差異を認めなかったことは注目に値する」  スコットランド人としてのアダム・スミスの立ち位置は「経済人」といった狭いものではない



<ブログ内関連記事>



■「全体主義の起源」

映画 『ハンナ・アーレント』(ドイツ他、2012年)を見て考えたこと-ひさびさに岩波ホールで映画を見た
・・ドラッカーとは異なる「政治思想」という観点から「全体主義の起源」を思想的に解明した哲学者アーレント

書評 『自爆する若者たち-人口学が警告する驚愕の未来-』(グナル・ハインゾーン、猪俣和夫訳、新潮選書、2008)-25歳以下の過剰な男子が生み出す「ユース・バルジ」問題で世界を読み解く
・・「ユース・バルジ」という「人口爆発」による若年層男子の行き場の無さがファシズムにつながったと説く著者の見解は、なによりも「青春」を礼賛したムッソリーニやヒトラーユーゲントとして「若者」を組織化したヒトラーを考えると納得がいく

書評 『オウム真理教の精神史-ロマン主義・全体主義・原理主義-』(大田俊寛、春秋社、2011)-「近代の闇」は20世紀末の日本でオウム真理教というカルト集団に流れ込んだ
・・キリスト教による世界観が衰退した「近代」の行き詰まりを宗教学の立場から跡付けた著作

『はじめての宗教論 右巻・左巻』(佐藤優、NHK出版、2009・2011)を読む-「見えない世界」をキチンと認識することが絶対に必要


■「第一次大戦後」と「第二次大戦後」のドイツ社会

人生の選択肢を考えるために、マックス・ウェーバーの『職業としての学問』と『職業としての政治』は、できれば社会人になる前に読んでおきたい名著
・・第一次大戦の敗戦後のドイツの百家争鳴状況にウェーバーが訴えたかったこと

映画 『バーダー・マインホフ-理想の果てに-』を見て考えたこと
・・第二次大戦後」のドイツ。1968年ドイツ。ドイツ赤軍と極左テロの時代は何だったのか? ヒトラー世代の親たちへの反旗を翻した「若者」たち

書評 『忘却に抵抗するドイツ-歴史教育から「記憶の文化」へ-』(岡 裕人、大月書店、2012)-在独22年の日本人歴史教師によるドイツ現代社会論
・・第二次大戦後」のドイツ。



■ファシズム

書評 『未完のファシズム-「持たざる国」日本の運命-』(片山杜秀、新潮選書、2012)-陸軍軍人たちの合理的思考が行き着いた先の「逆説」とは

書評 『国の死に方』(片山杜秀、新潮新書、2012)-「非常事態に弱い国」日本を関東大震災とその後に重ね合わせながら考える

書評 『アラブ革命はなぜ起きたか-デモグラフィーとデモクラシー-』(エマニュエル・トッド、石崎晴己訳、藤原書店、2011)-宗教でも文化でもなく「デモグラフィー(人口動態)で考えよ!
・・フランス人からみたドイツの指摘が興味深い


■「経営学者」としてのドラッカー

書評 『知の巨人ドラッカー自伝』(ピーター・F.ドラッカー、牧野 洋訳・解説、日経ビジネス人文庫、2009 単行本初版 2005)-ドラッカー自身による「メイキング・オブ・知の巨人ドラッカー」

レビュー 『これを見ればドラッカーが60分で分かるDVD』(アップリンク、2010)
・・「経済よりも社会のほうがはるかに重要だ」というドラッカーの発言がすべてを言い表している。「マネジメントはサイエンスでもアートでもない、プラクティス(実践)である」という発言も

書評 『ドラッカー流最強の勉強法』(中野 明、祥伝社新書、2010)-ドラッカー流「学習法」のエッセンス

NHKのアニメ 『もしドラ』 最終回(5月6日)後に全10回のおさらい-ミッションの重要性と「顧客」は誰か?

ドラッカーは時代遅れ?-物事はときには斜めから見ることも必要
・・ホリエモンの興味深い発言を参照のこと

経営計画の策定と実行は、「自力」と「他力」という仏教の考えをあてはめるとスムーズにいく

(2014年8月14日、2024年2月12日 情報追加)


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