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2025年2月14日金曜日

「陽明学」の安岡正篤もエマソン愛読者だった。「旧制高校」出身で「大正教養主義」の申し子であった安岡正篤における「教養」と「修養」について考える

 


在野の東洋思想研究者で、陽明学者として政財界に多大な影響をあたえたのが安岡正篤(やすおか・まさひろ)であった。

「歴代首相の指南役」といったフレーズや、「平成」という元号の選定者であり、また「終戦の詔勅」を添削した人であった。そんな話を聞いたことがあるかもしれない。 

安岡正篤といえば陽明学、つまり漢学者というイメージがあるので、おそらく「エマソン愛読者」というイメージは、なかなか出てこないのではないだろうか。 


■陽明学の安岡正篤もエマソン愛読者だった 

大阪に生まれた安岡正篤(1898~1983)は、「一高・東大」という超学歴エリートコースを歩み、東京帝大法学部出身でありながら官界での出世には早々と見切りをつけ、生涯を在野の思想家として貫いた人物だ。エマソンに出会ったのは旧制一高時代のことである。

安岡氏の世界訪問録である『新編 世界の旅』(エモーチオ21、1994 初版1942)には、欧州を歴訪したあと米国に渡航し、エマソンの旧宅をコンコードに訪ね、墓を探し出して墓参りしたことが書かれている。  

安岡氏の文章の引用は拙著『エマソン 自分を信じる言葉』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2025)の「特別付録」として用意したものの、残念ながらページ数の関係から『エマソン 自分を信じる言葉』には収録できなかった。一部をここに採録しておこう。  

私も高等学校生の時代、彼の論文集を愛読したばかりではなく、その一部は教科書となって、厭な試験の種にまでなった。・・(上掲書 P.172 「コンコード」) 

ここにいう「論文集」とは『エッセイズ』のことで、その「第一部」には、かの有名な「自己信頼」(セルフ・リライアンス)が収録されている。時代はまさに「大正教養主義」のまっただ中であり、「教養主義」時代のエマソンの位置づけがわかろうというものだ。漢学者とし身を立てた安岡氏は、英語のみならずドイツ語も読みこなしていた。


(旧制高校を知るのに最適の本)


 『対比列伝 戦後人物像を再構築する』(粕谷一希、新潮社、1982)に収録された「知の形態について 安岡正篤と林達夫」を読むと、バリバリの西欧派であった林達夫と東洋哲学の安岡正篤は、じつは一高で同級生だったことがわかる。「大正教養主義」の時代は、すでに明治時代ほどではなかったものの、いまだ「和漢洋」教養が血肉となっていた時代であった。  




安岡氏の「世界旅行」が行われたのは、1938年のことである。ムッソリーニ政権下のイタリアやヒトラーが政権獲得後のドイツだけでなく、英仏をはじめとする欧州先進国を歴訪している。 

ここで『世界の旅』の初版の出版年が、1942年(昭和17年)4月ということに注目したい。 

すでに前年の12月8日に対米英戦争に踏み切り、「鬼畜米英」が叫ばれていた時代である。米国訪問と米国人礼賛の内容をふくんだ著書の出版に対して、当局から検閲が強いられたものの、その大半をはねのけて出版にこぎつけたらしい。エマソン愛読者の面目躍如たるものがある。 


■エマソンは陽明学的である。

さて、拙著『エマソン 自分を信じる言葉』では、あえて「知行合一」という表現をつかうことにした。英語で表現すれば、knowing is doing となる。「知ることは行うこと」。アメリカのビジネス界では強調されるフレーズである。 この両者のギャップ(knowing-doing -gap)を以下にミニマムにするかが問われるのである。

「知行合一」とは、言うまでもなく陽明学の基本用語であるが、「知識は行動に移さなくてはならない」と説くエマソンは、ある意味では陽明学的といえるかもしれない。プラグマティズムが社会に浸透しているアメリカ社会は、あえてエマソンに言及することなく当たり前のマインドセットとしているのだ。

昌平坂学問所の儒官となっていた晩年の佐藤一斎の弟子に、中村敬宇(正直)がいる。というよりも、明治時代のベストセラー『西国立志編』(原著セルフ・ヘルプ)の訳者というべきかもしれない。 

朱子学を中心に陽明学まで修めていた中村敬宇は、幕府から派遣されて英国に留学、儒教の究極としてキリスト教徒になっている。儒教の「天」と類似する概念をそこに見いだしたのであろう。西郷隆盛のモットーとして有名な「敬天愛人」というフレーズの作成者である。

中村敬宇は、翻訳こそ出さなかったが、エマソンの愛読者でもあった。とくに『エッセイズ 第一集』に収録されている「償い」(コンペンセーション)を愛読しており、そこに『易経』の「陰陽二元論」を見ていたようだ。

相補性原理である「陰陽二元論」は自然界の法則であり、宇宙の法則である。地球が自転しているから昼と夜があり、満月になれば月は欠けていく。

エマソン自身は、若い頃から自分でこの「償い」というテーマを考察していたと本人自身が書いている。佐藤一斎がもっとも集中して研究していたのが『易経』であった。どうりで佐藤一斎とエマソンが似ているのは当然ではないか! 

このように東洋思想とはきわめて親和性の高いエマソンである。明治時代の先人たち、そしてかれらにつづく世代の人たちがエマソンを愛読した理由が、どこにあったかわかるのではないだろうか。 

ちなみに安岡正篤は、『易學入門』(明徳出版社、1960)の「易の根本思想」でつぎのように書いている。

易は宇宙人生を渾然として全きもの、現代知識人の理解を容易にするため、西洋的思惟・表現を仮るならば "the complete whole" として見る。それは無内容なものではなく、万有の遍満 plenitude であり、万有は偉大な連鎖 The Great Chain of Being である。(・・・後略・・・)*

そして、この一節に注をつけている。

*これらの解説については、1933年、ハーバード大学で行はれた A.O. Lovejoy 氏の連続講演 The Great Chain of Being に得る所があつた。

まさか、安岡正篤の書き物にラヴジョイの『存在の偉大なる連鎖』(ちくま学芸文庫、2013)が登場するとは思いもしなかった。この大著は、前近代の西洋思想における「天」の概念をプラトンから18世紀にいたるまで論述した「観念史」(history of ideas)の古典的名著である。

畏るべし安岡正篤! まさか山口昌男的であり、その師匠格の林達夫的なラブジョイまで目を通していたとは! 和漢洋の「教養」は「修養」の前提となっていたのである。

学問を実際に活かすとは、こういうことを指しているのである。


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<参考1> 『新編 世界の旅』(安岡正篤、エモーチオ21、1994 初版 1942)について

昭和17年(1942年)出版。1938年の欧州と米国横断旅行を4年後に出版。中国古典以外ではほぼ唯一の西欧関連のものだろうか。

「大正教養主義」の横溢する内容は、安岡正篤像を「異化」するために読む意味はある。時局的な内容ゆえに、かえって歴史的な興味もひくことだろう。

読めばこの時代の旧制高校出身者の「教養」の中身を知ることができる。理科はさておき、文科の教養の中身は、東洋古典の研究で名をなした安岡正篤にとっても、英語とドイツ語を介したものであったことがよくわかる。

それとともに、「大正教養主義」の時代においても、「教養」イコール「修養」であったことも納得させられる。

「目次」を紹介しておこう。

新序(昭和56年)
序(昭和17年)
航海
埃及とクレオパトラ
ナポリとポンペイの廃墟
羅馬-ムッソリーニとファッショ
フィレンツェ-ダンテと世界國家
ヴェネチャとガルダ-ダヌンチオの荘園
スウィス-國際連盟を弔ふ
パリ・ラ・フランス-ノートルダームの怪物
マルメゾーン-ナポレオンを憶ふ
ドーヴァー詩興
エーヴォン河畔-シェークスピーアの故蹟
ボーンマウスにて
ロンドン-英國及び英國人
ワイマール-ゲーテを憶ふ
ニュルンベルヒとミュンヘン-ナチスの起り
ベルヒテスガーデン
ダニューブに沿ひて
嗚呼ヘス
ウォシントンにて-アメリカ精神の問題
コンコード
 (一) エマーソンとホーソーン
 (二) 世界を旅して
西洋と日本
太平洋上-国家百年の計をを憶ふ
世界漫遊詩録
歴訪経路
あとがき(林繁之)



<参考2> 安岡正篤は「大正教養主義」の申し子。その実像と虚像

『近代日本の右翼思想』(片山杜秀、講談社選書メチエ、2007)の「第2章 右翼と教養主義」安岡正篤が取り上げられている。安岡正篤は基本的に「右派」として分類するべき人物である。

安岡正篤は最晩年の醜聞が週刊誌ネタになったことにより、神話のメッキがはげて落ちた偶像」となってしまったが、影が薄くなったとはいえ、ビジネス界にはいまだに信奉者が存在する。

陽明学をもとにした人間論、指導者論としての人気はつづいているが、戦前の「右翼思想家」としての側面は、意外なことにあまり知られていない

また、安岡正篤が「大正教養主義」の申し子であるという指摘が面白い。

官界でのキャリア地球は早々と捨ててしまったとはいえ、一高・東大の超エリートコースを歩んだ知識階層であり、軍部を含む戦前の国家官僚との親和性や、戦後の保守政治家や大企業経営者との親和性は、逆にいえばエリートと一般民衆との乖離を示している。これは同書に描かれている「血盟団」におけるエピソードに端的にあらわれている。行動主義の血盟団との確執は終生つきまとったようだ。

さて、すでに10年以上前のことになるが、片山氏の著書で取り上げられていた『昭和の教祖 安岡正篤』(塩田潮、文藝春秋、1991)を読んでみた。

これがまた面白い。この評伝は、ある意味で安岡正篤の「脱神格化」ともいうべき内容である。『「昭和の教祖」安岡正篤の真実』と解題さいたうえで、WAC文庫から2006年に再刊されている。この本については後述する。

この本の「第5章 白足袋の運動家」にこの世界旅行のことが書かれており、『世界の旅』(昭和17年)という本の存在を知った。

戦後に復刊されていたことを知り、アマゾンで中古本を購入、さっそく読んでみたらこれが面白い。ネットサーフィンならぬ、本の「はしご」である。

同書にでてくる「教養」について、西洋のものについてのみピックアップしておこう。「大正教養主義」の「教養」の中身が手に取るようにわかる。

プルターク
E.E.カミングスの英詩を暗唱
ムッソリーニのローマ進軍を追う ナポーリからローマへ
「一高時代、ダンテやゲーテに熱中したことを思ひ出して、それが一番懐かしかつた」(P.42)
ダヌンチオ・・三島由紀夫のダヌンツィオ好きは知られているが安岡正篤もまた。
アミエル(の日記) P.57
クルティウスの『フランス文化案内』(ドイツ語)
支那とフランスの比較文化論(P.69~73)
フランスの個人主義・・人口減少 (⇔ ドイツ ユーゲント)
ナポレオン → エマーソン『偉人伝』(英語)
マシュー・アーノルの英詩を暗唱 P.87 批評 P.115
シェイクスピア P.95
ワーズワース P.109
英国の衰退・・人口減少 P.116 (⇔ ドイツ ユーゲント)
ゲーテ P.120 
「イギリスはシェ-クスピーア、ドイツはゲーテであるが・・・近頃やはり彼の偉いところが解せられる」 ワーマールを訪問
 「國民聖地」としてのニュルンベルク
 『我が闘争』 Mein Kampf をミュンヘンで購入(1938年)
ヒトラーに劇作家クライストを読む
 ベルヒテスガーデンを訪問 ヒトラーの別荘地があった・・・
 チェコ併合直後に入る P.146に重要な指摘
ブダペスト 世界に流行した「暗い日曜」
 ヘス副総統と肝胆相照らす
アメリカのフロンティーアとパイオニーア p.163~165 P.170
エマーソンとホーソーン P.171
 「エマーソンにいたっては、カーライルと共に日本の学生に最もお馴染である。私も高等学校生の時代彼の論文集を愛読したばかりでなく、・・・」(P.172)
ホーソーン P.174
ベルリンのシュターツオーパーでワグネルの歌劇 P.203


先に紹介した『昭和の教祖 安岡正篤』(塩田潮)だが、仕官せずに在野でフリーランスで生き抜いた一人の人物として見る視点がよい。「安岡神話」破壊の本である。




南朝うんぬんは真偽の定かではないセルフプロデュースで、「歴代総理の指南役」も世間の虚像をうまく利用したセルフブランディング。実像と虚像、真と偽の「はざま」「あわい」をうまく利用したといえる。処世術。

「第4章 右翼の源流」と「第5章 「白足袋」の運動家」がとくに面白い。

『近代日本の右翼思想』(片山杜秀)の「第2章 右翼と教養主義」とあわせて読むと、安岡正篤の真相が見えてくる。「口舌の徒」だけでなく「白足袋の運動家」などといわれていたらしい。

思想としての右翼であっても、しょせん「主知主義」であったということ。責めるわけではないが、「知行合一」を説いた陽明学との距離があることは否定できない。

「歴代総理の指南役」にかんしても、個人的なつなりをもっていたのは吉田茂、岸信介、佐藤栄作、福田赳夫、大平正芳だけ、いずれも官僚出身で保守本流と呼ばれてきた政治家ばかり(P.243)である。田中角栄など、学歴エリートではない実利派との関係はない。

ここに安岡正篤の本質がみてとれる。東京帝国大学法学部卒の安岡正篤との同質性だけでなく、東京商大卒で大蔵官僚であった大平正芳が、なぜ安岡を頼りにしたかがわかる。大平は、漢文の教養不足を感じていた。

漢語の美辞麗句が意味をもたなくなった現在、もはや安岡正篤はあまり意味をもたなくなっている。「平成」とは異なり、あらたな元号の「令和」には、安岡の影すらない。

晩節を汚した占い師女性との一件についても、もはや忘却の彼方に去ったというべきか。

とはいえ、安岡正篤という人物は、「大正教養主義」なるものの本質を逆照射してくれる存在とみなすこともできる。

安岡はドイツ語でフィヒテの『ドイツ国民に告ぐ』を読み、みずから日本語訳までしていたという。訳稿を失ったため出版には至らなかったようだが。

つまるところは「学者」であり、処世術に長けていた人であった。だからといって、無意味だなどというつもりはない。なんといっても影響力が大きかったのだから。

安岡正篤にかんしては、実像と虚像のあわいを意識したうえで、近代日本思想史における位置づけを行うべきであろう。



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2024年5月1日水曜日

書評『アメリカは自己啓発本でできている ― ベストセラーからひもとく』(尾崎俊介、平凡社、2024)― 自己啓発書で読むアメリカと日本の大衆文化

 


著者は、「自己啓発書」という分野に目覚め、その分野を主たる研究テーマにして10年というアメリカ文学の研究者。きわめて奇特な人である。

わたしも著者が執筆した学術論文(!)には、『超訳アンドリュー・カーネギー 大富豪の知恵』『フランクリン 人生を切り拓く言葉』を製作した際には、お世話になっている。 

本書は、そんな著者が一般読者向けに書いた、軽いエッセイ風の読み物である。

自己啓発書好きな人よりも、自己啓発書なんてと思っている人向けの内容だ。とはいえ、著者自身のテイストが全面的に反映している内容なので、違和感を感じる箇所もないわけではない。 



■自己啓発書はアメリカの大衆文化であり、日本の大衆文化でもある

自己啓発書は、まさにアメリカのポピュラー・カルチャー(=大衆文化)そのものだ。そして、日本の大衆文化でもある

自己啓発書が盛んに出版され読まれているのは、アメリカと日本くらいだと著者はいうが、その意味でも日米はよく似た面をもっているといってよい。 

著者は、自己啓発書を大きく分けて2つに分類している。「自助努力系」と「引き寄せ系」である。 

前者の「自助努力系」は、フランクリンの『自伝』以来の正統派の自己啓発書で、アンドリュー・カーネギーの『自伝』もまたそのカテゴリーに分類される。そして、この分野での現時点での集大成とも言うべき存在がコヴィー博士の『7つの習慣』である。 

こちらのカテゴリーは、わたしとしても大いに読むことを薦めたい。人事管理の世界でいう「自己啓発」は、この意味に近い。 

ところが、20世紀になってからの主流は「引き寄せ系」である。これは「スピリチュアル系」とかなりの程度かぶるのだが、「はあ?」という感じのものやトンデモ本も含めてじつに多種多様だ。

「引き寄せ」現象そのものまで否定するつもりはない。というのも、自分自身が経験しているからだ。とはいえ、この手の内容は、まあ話半分で聞き流しておく分には無害というべきかもしもしれない。 

先にもみたように、狭義の自己啓発書はアメリカ生まれの大衆文化というべきだが、日本で受け入れられたのは、もともと日本文化にその素地があるからだろう。

『学問のすすめ』や『自助論』といった形で、明治時代という激動期からその歴史が始まる。 本書でもスポーツ系の自己啓発書として元テニスプレイヤー松岡修造の「日めくり」が取り上げられているが、前近代からの修行や修養の歴史をもつ日本ならではといえるかもしれない。

著者はまったく言及していないが、わたしは「修養書」とされてきた『言志四録』もまた、広義の自己啓発書ととらえて問題ないと考えている。自己修養とスピリチュアルが交差する地点に成立したものだ。



■夢を実現するために「引き寄せ」てしまう力

著者は「あとがきに代えて」で玉川学園の創始者である小原國芳のことを取り上げ、教育者として理想の学園建設という大きな夢を実現させた人物であり、小中学校を玉川学園で過ごした著者はその感化を受けていると述べている。 

なるほど、そういうことか、と。夢を実現するためにさまざまな人を引き寄せてしまう力、それは情熱のもつ力といってもいい。そんな人と直接身近で全人的に接したことがあればこそ、なのだろう。 

一般向け読み物としての性格のためか、「~であろう」という推論にもとづく記述が多いのが気になるものがある。また、スウェーデンボルグがフランクリンに影響を与えている、そんな誤解を与えかねない記述が気にはなる。フランクリンは、むしろフリーメーソン系の自己修養型である。

とはいえ、自己啓発書というカテゴリーが好きな人も、批判的な人も読むとなにかしら得るものがあるのではないだろうか。

少なくとも「教義の自己啓発書」について研究してきた著者の貢献は、少なからぬものがあるといっていいだろう。 


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目 次
はじめに 
1 自己啓発思想の誕生 ― ベンジャミン・フランクリン『自伝』 
2 引き寄せ系自己啓発本の誕生 
3 ポジティブであること 
4 「お金持ちになろう!」アメリカの成功哲学 
5 年長者が人生を説く父から息子への手紙 
6 日めくり式自己啓発本 
7 スポーツ界の自己啓発本 
8 自己啓発本界のトホホな面々 
小原國芳先生のこと ー あとがきに代えて 
年表 
アメリカ・日本の自己啓発本 
参考/引用文献

著者プロフィール
尾崎俊介(おざき・しゅんすけ)
1963年、神奈川県生まれ。愛知教育大学教授。専門はアメリカ文学・アメリカ文化。著書に『ハーレクイン・ロマンス ― 恋愛小説から読むアメリカ』(平凡社新書)、『S先生のこと』(新宿書房、第61回日本エッセイスト・クラブ賞)などがある。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものに加筆)



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・・玉川学園とその創始者・小原國芳のこと


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2023年1月17日火曜日

「稽古・修養・養生」― 教育人間学を専門にしている西平直氏の三部作で江戸時代までの日本人が生み出した豊かな思想について考える

 

 教育人間学を専門にしている西平直氏の三部作を読了。出版順に『稽古の思想』(2019年)、『修養の思想』(2020年)、『養生の思想』(2021年)となる。いずれも出版社は春秋社。 

最初に読んだのは『修養の思想』で、つづけて『養生の思想』を読んだ。昨年末のことだ。


「修養」という古めかしい響きのことばだが、明治時代以降に主流となった「修養」とは違う江戸時代のさまざまな思想家や実践家が、「修行」や「養生」など、さまざまな形で表現しうようとした思想を、ひとつひとつ読みほどいていく。  




「養生」もまた、「修養」と同様に、江戸時代が生み出した豊かな思想の産物である。江戸時代前期の思想家・貝原益軒の『養生訓』は、現代でも読まれている名著である。

明治時代以降の近代医学の導入でことばも概念も消滅したかに見えた「養生」だが、ホリスティック医学や自然治癒力との関連で現代によみがえりつつある。  



最後に『稽古の思想』(2019年)「修養」と「養生」が「養う」という概念を共有しているのに対し、「稽古」には直接的な共通点はないように見える。だから、後回しにしていた。

この本は、先日読んだが、基本的に世阿弥の演技理論を中心に解読を行っている。  

芸道や武道ではおなじみのことばであり概念であるが、分析的なアプローチで迫ってみるのも面白い

「稽古」は、近代の教育制度からは抜け落ちているが、きわめて重要なものである。 だが、「学校外」の世界では現在なお生きている。



この三部作に一貫しているのは、「心身相関」よりも深い「心身一如」の考えである。「こころ」と「からだ」を不可分で一体のものとしてとらえる思考と実践。デカルトのような心身二元論の伝統をもたない日本人には、意識しなくても身についている(はずの)思考方法である。 

とはいっても、現代日本人の多くの人にとっては、もはやなじみのあるものではないかもしれない。だが、かつて日本人が実践してきたことであり、意識はしていなくても日常生活のすみずみに浸透していることも、また確かなことだ。 

「稽古」も「修養」も「養生」は、江戸時代までに日本人が考え実践してきた、豊かな蓄積である。これらについて考えることは、日本と日本人の再生について考えるためのヒントをくみ取ることができるかもしれない。 

さまざまな「補助線」を引いて、ことばと概念をひとつひとつ解きほぐして近似値を求めていくような、著者のアプローチはまどろっこしく見えるが、記述そのものは平易であり、読んでいてなかなか面白いものがある。今後も折に触れ、読み返してみたい。 

明治時代より江戸時代のほうが重要だ。 すでに「近代」が終わっている現在、つくづくそう思う。

 



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2014年12月21日日曜日

新旧2つの『渋沢百訓』を読む ― 渋沢栄一の『渋沢百訓』(1912年)と100年後の5代目子孫による『渋沢栄一 100の訓言』(2010年)



 『渋沢百訓』という本がある。日本資本主義の父と呼ばれる渋沢栄一が、後進の経営者を中心とした次世代の経済人に向けて「100の訓言」をまとめた修養本である。現代風にいえば自己啓発書である。

 『渋沢百訓-論語・人生・経営-』(渋沢栄一、角川ソフィア文庫、2010)として文庫化されたこの本は、もともと1912年(明治45年)に出版された『青淵百話』から57話を選んで再編集したものだ。青淵(せいえん)とは渋沢栄一の雅号である。

『渋沢栄一 100の訓言』 (渋澤健、日経ビジネス人文庫、2010)という本がある。渋沢栄一の孫の孫の投資アドバイザーが書いた本だ。『論語と算盤』や『青淵百話』をはじめとした渋沢栄一の講演や訓話などから100の訓言を選んで現代人のために解説した本だ。『青淵百話』の出版から、じつに100年後(!)に書かれたものだ。


渋沢栄一の基本的思想は、『論語と算盤』で展開された「義利一致」というフレーズに集約される。

儒教の徳目である「義」と商売人にとって重要な「利」の一致である。「義」(=理想主義)と商売人にとって重要な「利」(=現実主義)の一致させることを説いたものだ。道徳なき商業における拝金主義を否定し、利益追求を蔑視した道徳をともに否定するのは、実業界で財界リーダーであった渋沢栄一ならではの教えといえるだろう。

 『渋沢百訓』(・・原題は『青淵百訓』)は、『論語と算盤』と重なる話も多いが、主義、覚悟、立志、修養、処世について、人生観と社会観、さらには国家観を踏まえた自分の思想を、さらに具体的な体験談やエピソードをまじえたものになっている。

経営者向けの会社経営にかんする具体的指南から、次世代を担う若者への人生論的アドバイスまで、惜しみなく自分の考えを語り尽くしたものである。労使対立など、当時のアクチュアルな問題にも踏み込んでいるのは、つねに現実に対処しなくてはならない企業経営者ならではのものである。

戦後では松下幸之助翁、現在では稲盛和夫氏など経営者が事業経営のワクを越えて語ったものは多いが、渋沢栄一の『渋沢百訓』はそのはしりといってよいものだろう。いずれも日本人経営者による、日本人向けの訓話だが、日本人のワクを越えた普遍的な内容をもっている。

『渋沢栄一 100の訓言』 (渋澤健、日経ビジネス人文庫、2010)は、そんな渋沢栄一の訓言を100項目抽出して、解説を加えたものだ。ブログ記事を編集して一冊にしたこの本は、さらっと読めてしまうが、渋沢栄一自身の訓言とその解説を読んでいると、現代においてもまったく色あせないものがあるばかりか、おおいに反省をしなくてはならないことに気がつかされるはずだ。

一つだけ引用しておこう。ギクリとする内容ではないだろうか。

63 株主に委託された会社を自分のもののように扱うのは悪徳経営者である
現代における事業界の傾向を見るに、まま悪徳重役なる者が出でて、多数株主より委託された資金を、あたかも自己専有のもののごとく心得・・・・【『論語と算盤』 算盤と権利】

渋沢栄一の訓言が100年の時空を越えても説得力があるのは、借り物の思想ではなく、みずからが体験して会得したものを、みずからのコトバで語っているからである。

『論語と算盤』とあわせて新旧二つの『渋沢百訓』も読んでみる価値はあるはずだ。




●『渋沢百訓-論語・人生・経営-』(渋沢栄一、角川ソフィア文庫、2010)

目 次 
主義
 天命論
 人生観
 国家
 社会
 道理
 余が処世主義
 公生涯と私生涯
 天の使命
 清濁併せ呑まざるの弁
 論語と算盤
 論語主義と権利思想
覚悟
 米櫃演説
 商業の真意義
 日本の商業道徳
 武士道と実業
 新時代の実業家に望む
 事業経営に対する理想
 企業家の心得
 成功論
 成敗を意とする勿れ
 事業家と国家的観念
 富貴栄達と道徳
 危険思想の発生と実業家の覚悟
 当来の労働問題
 社会に対する富豪の義務
立志
 就職難善後策
 地方繁栄策
 立志の工夫
 功名心
 現代学生気質
 頽廃せし師弟の情誼
 初めて世に立つ青年の心得
 役に立つ青年
 余が好む青年の性格
 会社銀行員の必要的資格
 衣食住
修養
 貯蓄と貯蓄機関
 交際の心得
 人格の修養
 精神修養と陽明学
 常識の修養法
 習慣性について
 大事と小事
 意志の鍛錬
 克己心養成法
 元気振興の急務
 勇気の養い方
 健康維持策
処世
 服従と反抗
 独立自営
 悲観と楽観
 逆境処世法
 傭者被傭者の心得
 過失の責め方
 激務処理法
 貧乏暇無しの説
 読書法
解説 井上潤


著者プロフィール

渋沢栄一(しぶさわ・えいいち)
1840年、深谷市生まれ。幕臣。維新後、1869年明治新政府に仕官。民部省、大蔵省に属した。辞任後は、第一国立銀行をはじめ500社前後の企業の創立・発展に貢献した。また商工業の発展に尽力、経済団体を組織し商業学校を創設するなど実業界の社会的向上に努めた。(amazonより)

 



●『渋沢栄一 100の訓言』 (渋澤健、日経ビジネス人文庫、2010)

目 次

まえがき
はじめに なぜ、いま、渋沢栄一なのか
第1章 心にも富を貯えるための教え
第2章 行いを研ぎすますための教え
第3章 規律を学ぶための教え
第4章 運のつかみ方を知るための教え
第5章 教育の理想を説いた教え
第6章 家族と幸せになるための教え
第7章 人と人の関係を楽しくする教え
第8章 会社の本質を見抜く教え
第9章 社会を元気にする教え
第10章 世界とともに生きるための教え
第11章 お金儲けの哲学が光る教え
おわりに 未来に生きる渋沢栄一の「黄金の知恵」
参考資料について


著者プロフィール

渋澤健(しぶさわ・けん)
コモンズ投信会長。1961年、渋沢栄一の玄孫として生まれる。1983年テキサス大学化学工学部卒。1987年UCLA大学でMBA取得。米系投資銀行で外債や為替などの運用に携わった後、1996年に米大手ヘッジファンドに入社。2001年に独立し、シブサワ・アンド・カンパニー設立。2008年コモンズ投信を立ち上げ、会長に就任(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)



PS この投稿でこのブログの1,500本目の記事となる。一つの節目だが、まだまだ書き続けますよ!(2014年12月22日 記す)


PS2 渋澤健氏による『渋沢栄一 百の訓言』の続編『渋沢栄一 百の金言』が出版された。’2016年1月15日 記す)



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・・「士魂商才」は渋沢栄一の思想

(2014年12月23日 情報追加)


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