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2023年12月27日水曜日

書評『言語の本質 ― ことばはどう生まれ、進化したか』(今井むつみ/秋田喜美、中公新書、2023)― 「言語の本質」にかんする知的刺激に満ちた探求が「オノマトペの幸(さきわ)う日本語世界」からでてきたことを言祝(ことほ)ぎたい

 


認知科学と発達心理学、心理言語学を専門とする2人の研究者による実験と観察、そして両者の対話の成果である。じつに面白い。知的刺激を受けることは間違いない。

日本語を母語にする話者にとって、豊富にあってごくごく親しいオノマトペ(擬音語で擬態語)から始まった疑問が、最終的に「言語の本質」とはなにかを探求する道へとつながっていく。

そして進化のプロセスのなかで分岐した、ヒトとチンパンジーをわけるもの、さらにヒトが生み出した AI とヒトとの違いも考察に入ってくる。

「言語」こそ、ヒトとその他の動物をわけるものであり、「言語の本質」にこそ、AIとの違いがある。


(通常のカバーのうえに、さらに特別カバー。包み紙好きなのは日本的?)


オノマトペとは、「もっちり」感があるとか、「もふもふ」としているとか、感覚を表現するのに最適なことばだ。日本語にはきわめて多いが(とはいっても語彙全体の 1% だという)、その他の言語にもなんらかの形で存在する。

副題にあるように、「ことばはどう生まれ、進化したか」の旅路の最初に、赤ちゃんがつかうオノマトペがある。

人間としての成長と発達のプロセスのなかで、いかにことばを覚えて、それをつかえるようになっていくか、その学習のプロセスに「言語の本質」があると著者たちはみている。




この本は、結果ありきという本ではない。結論に至るまでのプロセスを楽しむべき本だ。読んでいるとじつに面白いが、一気読みをさせないという力も働く。内容を充分に咀嚼したうえで、つぎのプロセスに進んでいくことが、暗黙のうちに求められるからだ。

「言語習得とは、推論によって知識を増やしながら、同時に「学習の仕方」自体も学習し、洗練させていく、自律的に成長し続けるプロセスなのである」(P.204)というフレーズが、太字ゴチックで記されている。「ブートストラッピング・サイクル」である。




オノマトペから始まった探求は、赤ちゃんの「言語習得」のステージに入っていくと、がぜん面白さが増していく。赤ちゃんは、上記のような「言語習得」のプロセスを無意識のうちに実行しているのである。

まずは、身体性によって習得したオノマトペから始まるのである。直観的に理解できるからだ。オノマトペから始まった言語習得は、発達とともに複雑化し、具体的な事物から離れた抽象概念を理解して、つかうことができるようになっていく。

そこで行われる「推論」は、まずは「統計的推論」であり、「アブダクション」(=仮説推論)と「帰納法」(=インダクション in-duction)も駆使している。驚きではないか! 赤ちゃんは、いずれも無意識のうちに実行しているのだ。

アブダクション(=仮説推論)とは、結果から「たぶんこうだろう」と推測する推論方法のことだ。いわゆる「●●だと、あたりをつける」という推論方法のことである。否定的に語られがちな「当て推量」もその1つである。

アブダクション(ab-duction)は英語の一般語としては「誘拐」を意味するが、ここでは専門用語として使用されている。19世紀米国の哲学者パースがはじめて提唱した概念だ。なじみがないカタカナ語かもしれないが、アブダクションは、日常的に行われているものだ。

ただし、アブダクションによる推論はあくまでも「仮説」であって、仮説であるという認識をもつことと、それがただしいかどうかは検証しなくてはならない。学者や研究者でなくても、それはおなじである。赤ちゃんや子どもですら日常的に行っているのだから。

仮説検証という作業を怠るのは、子どもではなく大人である。思い込みが固定観念を生み出すことが増えている。AI時代に必要なことは「仮説検証能力」であろう。「ちょっと違うのではないか」という疑問をもち、一呼吸おくことが大事なのだ。

AIの能力はさらに進化していくが、生身の肉体をもった人間の身体性がゼロになるわけではない。「記号接地問題」こそ重要なのである。AIはデータがなければなにもできない。ゼロからものを生み出すことはできないのだ。それができるのは身体性をもった人間だけである。

あくまでも身体性から生まれることばが、身体をもった人間に使用され、データ蓄積がAIによってあらたな組み合わせが生成され、その生成物を人間が使用し、ふたたびデータとして取り込まれる。

身体性をもった人間とAIとの「双方向性の相互作用」とその循環プロセス」がつづいていくのではないだろうかと、わたしは考えている。楽観的に過ぎるかもしれないが、技術と人間の関係というものは、有史以来おなじパタンを繰り返してきた。

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言語をもち、言語を習得できること
が、ヒトとヒトにもっとも近い類人猿であるチンパンジーをわけている。こういった進化人類学の観点から研究も、今後は大いに期待したいところだ。

もちろん、進化という観点からみたら、チンパンジーと AI にはさまれているのがヒトである。ヒトじたいもAIの進化に応じて変化していく可能性は高い。

言語を軸にした本質にかかわる考察は、人間の根本にかかわる問題である。そんな探求が、「オノマトペの幸(さきわ)う日本語世界」からでてきたことを言祝(ことほ)ぐべきだろう。

『言語の本質 ー ことばはどう生まれ、進化したか』のような、オリジナルな研究をもとにした、新書本にしてはきわめて内容の濃い本がベストセラーになるという現在の日本。すばらしいことではないか!



目 次 
はじめに
第1章 オノマトペとは何か
第2章 アイコン性―形式と意味の類似性
第3章 オノマトペは言語か
第4章 子どもの言語習得1 ー オノマトペ篇
第5章 言語の進化
第6章 子どもの言語習得2 ー アブダクション推論篇
第7章 ヒトと動物を分かつもの ー 推論と思考バイアス
終章 言語の本質 
あとがき
参考文献

共著者プロフィール
今井むつみ(いまい・むつみ)
1989年慶應義塾大学大学院博士課程単位取得退学。1994年ノースウェスタン大学心理学部Ph.D取得。慶應義塾大学環境情報学部教授。専門は認知科学、言語心理学、発達心理学。
著書に『英語独習法』(岩波新書)、『学びとは何か』(岩波新書)、『算数文章題が解けない子どもたち ― ことば、思考の力と学力不振』(岩波書店、共著)、『ことばと思考』(岩波新書)、『ことばの発達の謎を解く』(ちくまプリマー新書)、『親子で育てることば力と思考力』(筑摩書房)、『言葉をおぼえるしくみ ― 母語から外国語まで』(ちくま学芸文庫、共著)など多数。

秋田喜美(あきた・きよみ)
2009年神戸大学大学院文化学研究科修了。博士(学術)取得。大阪大学大学院言語文化研究科講師を経て、名古屋大学大学院人文学研究科准教授。専門は認知・心理言語学。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)


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・・「ひんひん」もオノマトペ。現代なら「ひひ~ん」ではあるが


・・チンパンジーの生態について




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2016年11月9日水曜日

米国大統領選でドナルド・トランプ氏が劇的な逆転勝利(2016年11月9日)-米国はきょうこの日、ついに「ルビコン」を渡った

(NHKの報道番組より 勝利宣言するトランプ氏)

「ありえないこと」が起こる時代だ。いや、「ありえないこと」が何度もつづけて起こる一年だというべきだろうか。

英国が国民投票で、ありえないはずのEU離脱を選択したのはことし2016年の6月24日のことだった。そして、米国で、ありえないはずのトランプ大統領が誕生することになったのは、本日(2016年11月9日)のことだ。接戦の末の、まさかの逆転勝利であった。

全米の選挙人の獲得数は、ヒラリー・クリントン氏が218であるのに対し、ドナルド・トランプ氏は276と、過半数を超えての勝利である。米国の選挙制度では、国民投票と州ごとの選挙人獲得という二段構えなっているので、単純に総得票数だけで勝敗が決まるわけではない。州ごとに割り当てられた選挙人で勝敗が決まるのだが、州単位での勝利によってその州の選挙人が「総取り」できるという制度になっているのだ。だが、基本的に国民投票だといって差し支えない。

ことし2016年の2月、ある出版社の編集者との雑談で、大統領候補に名乗り出たドナルド・トランプのことが話題になったことがあった。編集者は「専門家はありえないと言っている」と語ったのに対し、私は「専門家は想定外の事象にかんしては、おうおうにして間違えるものだ。可能性がゼロとはいえない。なぜなら、浮き沈みは激しいがトランプ氏の知名度はすくなくとも米国では抜群だからだ」と答えたのであった。

そう答えたわたしでさえ、最終的にトランプ氏は勝てないだろうと踏んでいた最後の最後でアメリカの有権者は、さすがに良識的でバランスのとれた判断を下すだろうと推察していたからだ。

だが、アメリカの有権者は、トランプ氏を選んだこれは「民意」である。たとえポピュリズム(=大衆迎合政治)と誹謗されようが、それが「民意」であることに違いはない。それほどポリティカル・コレクトネスや、ヒラリー・クリントン氏が体現していた、平気でウソをつくワシントンの政治エリートやエスタブリッシュメントに、多くの有権者はウンザリしていたのだろう。

現時点では、投票行動そのものの詳細はわからないが、民主党のオバマ政権の8年にアメリカの有権者が NO をつきつけたことは間違いない。共和党と民主党という二大政党以外の「第3党」に投票した有権者も少なくなかったようだ。アメリカの有権者は、国際関係よりも国内問題としてトランプ氏を選択したのであろうが、それにしても日本国民としては複雑な気持ちをもつのも不思議ではない。

今回の米国大統領選のトランプ氏の「ありえない」劇的な逆転勝利、アメリカの有権者の過半数以上はトランプ氏に「賽を投げ」、トランプ氏とともに「ルビコンを渡って」しまったのだ。

 「賽(さい)は投げられた」というのは、古代の共和制ローマの軍人政治家カエサルの名言である。 「ルビコンを渡った」というフレーズも、同じくカエサルのものだ。意を決して、あらたなステージに踏み込んだときの決意を語ったものだ。

本日この日をもって、アメリカも世界も「ポイント・オブ・ノーリターン」を超えてしまったのだ。はたして、今後アメリカはどうなるのか、世界情勢はどうなるのか、いやアメリカの影響をもろにかぶる日本はどうなるのか・・・・?

 「ありえない」とはいえ、起きてしまったことは起きてしまったのだ。事実は事実であり、選挙結果がひっくり返ることこそ「ありえない」以上、選挙結果に過度の落胆や過剰な期待も抱かず、「事実」を「事実」として受け取ることが必要だ。

16年前に共和党のジョージ・ブッシュ氏が、最有力候補の民主党のアル・ゴア氏に競り勝った際のように、選挙不正が介在する余地のないほどの勝利である。トランプ氏が勝利宣言をする前に、ヒラリー・クリントン氏から敗北を認める電話が入ったことを披露していた。

「事実」を冷静に受け止めること、これがまず第一にしなくてはならない課題ではないか? 正直いって「まさか」の結果であったことは否定しないが、確率的にはゼロではなかったのであるから。

衰えつつあるとはいえ、いまだ超大国のアメリカである。その影響範囲は想像以上に広く大きい。もちろん、同盟関係にある日本は言うまでもない。ダイレクトに影響を被ることになる。しかしながら、日本国民にはアメリカ大統領選の投票権はない。だから、コントロール不能要因で撹乱されることになるのが、日本国民に不安感を引き起こすのだ。

とはいえ、2017年1月の就任までまだ2ヶ月の猶予時間があるし、就任してから3か月は一般にハネムーン期間であり、さすがにめちゃくちゃなことはしないだろうという期待もないわけではない。

過去の大統領も、例えばビル・クリントン大統領も就任後はリベラル色の強すぎる政策を打ち出して物議を醸したが、大統領職に慣れる従って「学習」していった。トランプ氏も、もともとアタマのいい人間であるから、「学習」能力も十分にある。最初は、ある種の試行錯誤は避けられないだろうが、ある程度まで進めば常識的な線に落ち着いてゆく可能性もなきにしもあらず。

もちろん、トランプ氏に投票した有権者は、そう簡単にワシントンの色に染まってもらいたくはないだろう。でなければ、オバマ大統領とは違う意味の「チェンジ」を求めてトランプ氏に投票した意味がない。トランプ氏が公約を実行するか「監視」が行われることになる。政治は妥協であるから、すべての公約が実行されることはない。しかも、自分の関心のない事項にかんしては、丸投げしてしまうのではないか?

いずれにせよ、アメリカ国民によって「賽は投げられた」のである。アメリカは「ルビコンを渡った」のである。「ポイント・オブ・ノーリターン」を超えたのである。2016年に明確になったあらたな潮流は、今回の大統領選の結果で確かな流れとして確認されることとなった。それはアメリカだけでなく、英国も含めた世界的な潮流である。潮目が変わったのである。

日本国民であるわれわれも、この「事実」を出発点に、「現実的」に行動をしていくことが求められるのである。

まずは落ち着いて、冷静に分析することから始めなくてはならない。トランプ氏は、日本でもすでに有名人なのであるから、次期大統領の虚像と実像を見極めることが課題となろう。わたしも含めて、ほとんどの人はトランプ氏の実像については知らないのである。イメージだけで議論をすることは、もうやめにするべきだ。







<関連サイト>

米大統領選 トランプ氏が勝利 「驚くべき番狂わせ」 (NHK, 2016年11月9日 17時34分)

なぜ「女性蔑視発言」をしてもトランプは支持されるのか (横江公美、プレジデント ウーマン、2016年5月号)

金、酒、女……ビジネスマン・トランプの素顔 (投資銀行家 山口正洋、プレジデント、)
・・トランプ氏はまったく飲まない。三度目の結婚であり二回の離婚経験があるが不倫の形跡はない。緻密なビジネスマン。

「トランプ氏はスシを食べず酒も飲まない」次期大統領の素顔知るヒロ・ニシダ氏の証言 (日経ビジネスオンライン、2016年11月16日)
「・・トランプ氏は、なにしろ仕事好きで、努力家で、すごく真面目で、いつも没頭していました。とにかく、マーケティング能力が非常に高い。どうやって、周囲の人とコミュニケーションを深め、引きつけるか。その能力にたけていると思います。ビジネスの交渉を通して感じたことは、トランプ氏は、過去のしきたりなど一切気にしないということです。アンフェアなことには、はっきりとノーと言う。逆に言えば、フェアで、お互いにウィン-ウィンの関係を築けるのなら、ドラスティックな変化を厭わない。」

貴族だったトランプがアジテーターに転向した理由 (町山智浩、ウェッジ、2016年11月10日)

今さらだけど、なぜトランプが勝利したか、しっかり検証していく(冷泉彰彦、Mag2News、2016年11月11日)。

Exit America’s Old Elite Insiders will be swept away unless they submit or change their games. (BloombergBusinessWeek, November 10, 2016)
・・Not since Andrew Jackson in 1828 has there been a president-elect who harnessed the public’s anger toward the Establishment the way Donald Trump has.(=エリートに対する大衆の怒りを結集したドナルド・トランプ大統領当選者は、1828年のアンドリュー・ジャクソン以来いない)。いわゆる「ジャクソニアン・デモクラシー」を振り返る必要があろう

日本人が知らない「トランプ支持者」の正体 米国人が「実業家大統領」に希望を託した理由 (脇坂 あゆみ :翻訳家、東洋経済オンライン、2016年11月11日)
・・「トランプがこだわるのは性別や人種、宗教ではなく、個人の能力と勝負への執念であり、『アプレンティス』ではむしろ性別、学歴といった一般常識にもあえて切り込み、最高の人材を発掘するという設定だった。」 起業家のピーター・ティールがトランプに巨額献金した理由もそこになるのか?

トランプが成し遂げた米国版ブレグジット 国民心理も選挙の展開も瓜二つ、相違点は波紋の大きさ (Financial Times、2016年11月15日)
・・意外なことに(?)英米は歩調を合わせて、あらたな潮流の先頭に立つことになった

「トランプ氏は真実を語っていた」 フランスの人類学者の分析とは(ハフィントンポスト、2016年11月17日)
・・「歴史家として見るなら、起きたのは当然のことです。ここ15年間、米国人の生活水準が下がり、白人の45歳から54歳の層の死亡率が上がりました。で、白人は有権者の4分の3です。 自由貿易と移民が、世界中の働き手を競争に放り込み、不平等と停滞をもたらした、と人々は理解し、その二つを問題にする候補を選んだ。有権者は理にかなったふるまいをしたのです。 奇妙なのはみんなが驚いていること。本当の疑問は「上流階級やメディア、大学人には、なぜ現実が見えていなかったのか」です。(エマニュエル・トッド)

「トランプ王国」を行く(朝日新聞)
・・ニューヨーク駐在記者による全米取材記録

A Message from President-Elect Donald J. Trump (YouTube、2016年11月21日)
・・大統領就任後の「100日プラン」についてトランプ次期大統領本人がベデオメッセージで表明。70歳だが新時代のツールをよく追加こなしている

(2016年11月11日・15日・17日・28日 情報追加)



<ブログ内関連記事>

不動産王ドナルド・トランプがついに共和党の大統領候補に指名(2016年7月21日)-75分間の「指名受諾演説」をリアルタイムで視聴して思ったこと

veni vidi vici -ユーリウス・カエサル(Julius Caesar)

起業家が政治家になる、ということ

書評 『国力とは何か-経済ナショナリズムの理論と政策-』(中野剛史、講談社現代新書、2011)-理路整然と「経済ナショナリズム」と「国家資本主義」の違いを説いた経済思想書


1989年のベルリンの壁崩壊も11月9日

ベルリンの壁崩壊から20年-ドイツにとってこの20年は何であったのか?(2009年11月9日)


マインドセットのあり方

「希望的観測」-「希望」 より 「勇気」 が重要な理由
・・「希望的観測」(wishful thinking)とは、「そうあってほしい」とか「そうだったらいいな」という「希望」に基づいて判断を行うこと。ヒラリー・クリントン勝利の観測が強かったのは「願望」の投影。まさに「希望的観測」の最たるものであったことを戒めとしなくてはならない

「是々非々」(ぜぜひひ)という態度は是(ぜ)か非(ひ)か?-「それとこれとは別問題だ」という冷静な態度をもつ「勇気」が必要だ
・・「「是々非々というのは正しい大人の態度ではない。選挙であれば政策単位で投票するのではなく、一人の候補者に投票するのだから「是々非々」なんてありえないのだ」、と主張する人もいる。「一人の候補者に投票する」というのはただしい。だが、「政策単位で投票」行動を考えるべきである。属人的な意思決定ではなく、あくまでも「期待される成果」を選択基準とするべきではないか?」


■アメリカの政治と社会

書評 『追跡・アメリカの思想家たち』(会田弘継、新潮選書、2008)-アメリカの知られざる「政治思想家」たち
・・米国の政治思想地図が参考になる

書評 『反知性主義-アメリカが生んだ「熱病」の正体-』(森本あんり、新潮選書、2015)-アメリカを健全たらしめている精神の根幹に「反知性主義」がある
・・米国の「反知性主義」は「知性」そのものへのアンチではなく、「知性」が「権力」と結びつくことへの異議申し立てであることに注意!

米国は「熱気」の支配する国か?-「熱気」にかんして一読者の質問をきっかえに考えてみる
・・「オバマケア」をめぐる論争について2009年に考えたこと

映画 『アメリカン・スナイパー』(アメリカ、2014年)を見てきた-「遠い国」で行われた「つい最近の過去」の戦争にアメリカの「いま」を見る

アンクル・サムはニューヨーク州トロイの人であった-トロイよいとこ一度はおいで!・・「アンクル・サム伝説が生まれたのは、1812年の米英戦争(・・第二独立戦争ともいう)がキッカケ」

映画 『正義のゆくえ-I.C.E.特別捜査官-』(アメリカ、2009年)を見てきた
・・不法移民関連の内容

書評 『沈まぬアメリカ-拡散するソフト・パワーとその真価-』(渡辺靖、新潮社、2015)-アメリカの「ソフトパワー」は世界に拡散して浸透、そしてアメリカに逆流する
・・トランプの主張は、アメリカ全体を「ゲーテッド・シティ」に変えるという発想か?


日米関係

日米関係がいまでは考えられないほど熱い愛憎関係にあった頃・・・(続編)-『マンガ 日本経済入門』の英語版 JAPAN INC.が米国でも出版されていた
・・レーガン大統領時代の日米関係

「フォーリン・アフェアーズ・アンソロジー vol.32 フォーリン・アフェアーズで日本を考える-制度改革か、それとも日本システムからの退出か 1986-2010」(2010年9月)を読んで、この25年間の日米関係について考えてみる

『愛と暴力の戦後とその後』 (赤坂真理、講談社現代新書、2014)を読んで、歴史の「断絶」と「連続」について考えてみる

(2016年11月19日・23日 情報追加)


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2015年7月13日月曜日

書評 『IB教育がやってくる!-「国際バカロレア」が変える教育と日本の未来』(江里口歡人、松柏社、2014)-「国際バカロレア」は生徒一人一人の自発性と内発的動機を重視した「総合的な学習」である


「IB教育」(アイビー教育)について耳にする機会も増えてきたのではないだろうか。文部科学省が「グローバル人材育成」の観点から本腰を入れるようになってからは、注目度も上がってきているようだ。

 IB(アイビー)とは International Baccalaureate の略、日本語では「国際バカロレア」と訳されている。1968年に創設されたスイスのジュネーブに本部をおく財団法人のことで、この民間団体が提供する教育プログラムとディプローマ(=証明書)のことも指している。

大学などでフランス語を学んだことのある人なら、バカロレアについては耳にしたことがあるだろう。バカロレア(Baccalaureate)とは、フランスの入試制度において、大学入学資格とその試験のことをさしたフランス語だ。リセ(lycee)などの中等教育の最終学年に受ける国家試験のことである。これがないと大学には入学できない。ナポレオンによる教育改革の一環として18世紀初頭に制度化された。

ところが、「国際バカロレア」は、フランスのバカロレアとは関係ない国家試験でもない文部科学省のウェブサイトによれば、「チャレンジに満ちた総合的な教育プログラムとして、世界の複雑さを理解して、そのことに対処できる生徒を育成し、生徒に対し、未来へ責任ある行動をとるための態度とスキルを身に付けさせるとともに、国際的に通用する大学入学資格(国際バカロレア資格)を与え、大学進学へのルートを確保することを目的として設置」、とある。定義としては、こんなところだろう。付け加えれば、英語(あるいはフランス語、スペイン語)によって授業が行われる。

だが、これだけでは、日本の現状を国際標準に合わせるという意味合い以上のものは感じられない。国際バカロレア(IB)を実践している学校では、じっさいにどのようなことが行われているのか知るのは、『IB教育がやってくる!-「国際バカロレア」が変える教育と日本の未来』(江里口歡人、松柏社、2014)など読んでみる必要があるだろう。

この本は、この国際バカロレア(IB)に、日本ではきわめて早い段階から取り組んでいる玉川学園の関係者が執筆したものである。玉川学園は「全人教育」というコンセプトを実践してきた「最後の私塾」といわれる。著者によれば、IB教育の理念と実際は、玉川学園が実践してきた「全人教育」と親和性が高いという。だから、IB教育に取り組むことにしたのだ、と。

「自分のアタマで考えて、自分で行動する」人材は、現在の日本の教育では、なかなか育成できない。なぜなら、日本の従来型の教育は、カリキュラムをこなすことが目的となっており、生徒(あるいは学生)の興味や自主性をうまく引き出すタイプの教育ではないからだ。

IB教育が重視する、生徒一人一人の内発的動機を重視する授業は、教師から生徒への一方通行のブロードキャスティング型授業ではまったくない。教師はあくまでもファシリテーターとして、生徒一人一人とのインタラクションを重視する。しかも、教室での学びであるから、「気づき」をつじた、生徒どうしのインタラクションも活性化されるわけである。

授業の進め方は教師に一任され、「総合的な学習」が実現している。きわめて個性的な一回限りの授業が実現するわけだ。すべての授業が英語で行われるわけではなく、日本語による授業も行われるので、英語漬けを目的とした、いわゆるイマージョン教育とは異なる。

日本での取り組みはまだ始まったばかりであり、実績が出だしたばかりという段階のため、どうしても「期待先行」というきらいがなくもない。IB教育実施のためには、クリアすべき問題が多いが、なによりも教員養成の問題は避けて通れないだ。ファシリテーター型の教師像は、日本ではまだまだ主流とは言い難い。「ハーバード白熱教室」で有名になったサンデル教授のようなスタイルが、実行するに当たってはいかにむずかしいか、一度でもじっさいに試みた人なら理解できることだろう。

読んでいて思うのは、IB教育の内容が、拙著『人生を変えるアタマの引き出しの増やし方』と大きく重なるという点だ。身近なものに「なぜ?」という疑問をもち、自分で調べるという姿勢。観察を重視し、仮説検証を繰り返していく姿勢。アウトプット重視でインプットを行うという姿勢が共通しているからだ。

著者も強調しているが、IB教育は、けっしてエリート養成の教育プログラムではない(!)ことに注意しておきたい。結果として真のエリート育成につながるかもしれないが、「全人教育」がそうであるように、エリート教育は「目的」ではないのである。あくまでも「結果」である

「グローバル人材」というはやりコトバから注目されている国際バカロレア(IB)だが、「全人教育」という観点から注目すべきなのではないかと思うのだ。





目 次 

序章 「IB教育がやってきた」
第1章 「もう、詰め込み教育は終わりにしよう」
 1. 教育が行き詰まってきた
 2. 完璧すぎる指導要領
 3. 個性とは何か
 4. 世界市民という考え方
 5. 教育ということばの意味
第2章 「IBの現場」
 1. 先生は授業の司会進行役
 2. 生徒の発言はすべて Good Job !
  3. 日本の英語教育のおかしさ
 4. 答えを出さない授業
 5. 山頂への道はひとつではない
 6. 知識は詰め込むものではなく、使いこなすもの
 7. 日本の学校で優秀な子
第3章 「IBと社会と企業」
 1. 英語コンプレッックスをなくせ
 2. 阿吽の呼吸を説明できますか
 3. 企業が求める新しいタイプの人材
 4. 授業の出席率がいい最近の大学生
 5. クリエイティブが意味するところ
第4章 「生きる力」
 1. 国が示した定義
 2. 学校教育ありきではない
 3. 受験のトラウマ
 4. コミュニケーション英語って何
 5. 学校は生き方を教える場であってほしい
 6. IBの理想的クラスサイズ
 7. 総合的な学習が目指したもの 
第5章 「IBのカリキュラムと実践」
 1. IBへの期待と不安
 2. 大学入試制度を問う
 3. IB導入の認定
 4. 教員養成の問題
 5. 自由に授業を進めても構わない
第6章 「さらば受験の時代」
 1. 我が受験生時代
 2. 東京大学という場
 3. 東大を評価しない人たち
 4. 受験勉強でセルフエスティームは育たない
 5. クオリティ・オブ・ライフ
参考文献


著者プロフィール

江里口歡人(えりぐち・かんど)
1956年、愛媛県松山市に生まれる。1982年東京大学農学部卒業、1985年東京大学教育学部卒業。88年カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)教育学大学院に入学、90年教育修士課程、93年同博士課程修了、95年同大学院より教育学博士号を取得(Ph.D.)。1994年4月より玉川大学学術研究所講師。玉川学園国際教育センター副センター、同学園研修センター副センター長を経て、玉川大学教育学部教育学科准教授。玉川学園での国際バカロレア・プログラム導入に携わり、本年度玉川大学大学院教育学研究科にIB教員養成コースを立ち上げる。文部科学省「国際バカロレアTOKに関する調査研究会議」有識者メンバーなどを歴任。 共著書に『子供の心を強くする本ーセルフ・エスティームの子育て論』(PHP研究所)、『学校教育制度概論』(玉川大学出版部)、 『親から子への幸せの贈りもの』(共訳、玉川大学出版部)がある。 (本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<関連記事>

 「優秀な学生を2倍にする」国際バカロレア、日本への導入は進むのか? (ライフハッカー編集部、2016年2月18日)

(2016年2月19日 項目新設)


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2013年5月6日月曜日

「ロボカップ ジャパンオープン 2013」(会場:玉川大学・玉川学園)の最終日にいってきた(2013年5月6日)


「ロボカップ2013」にいってきた。会場は玉川大学・玉川学園(東京都町田市)である。

正式名称は、ロボカップジャパンオープン2013東京。TVでは放送しているロボカップだが、会場でみるのははじめてだ。ことしで14回目の開催だという。

「自分で考えて動く自律移動型ロボットの競技会」というのがそのコンセプト。「西暦2050年にサッカーの世界チャンピオンチームに勝てるロボットのチームを作る」という分かりやすく夢のある目標にむけてのチャレンジの一環である。

仕事の関係で産業用ロボットは飽きるほど見てきたが、学生がつくる競技用のロボットもたまに見るのも悪くないかもしれない。

ロボット相撲やロボットサッカーがあるが、こういうゲーム性の高いイベントには人が集まりやすい。

(ロボットがサッカーボールを蹴る)

このイベントは競技会だが、毎年ルールのハードルをあげてロボット開発の推進を図っているということだ。

(自律的に動く中型ロボットによるサッカー)

このほかレスキューロボットもあった。社会に貢献するためには、大きな期待が寄せられている分野である。

(ロボットが障害物を登っていく)


ジュニアリーグも開催し、研究だけではなく教育面にも力を入れているという。子どもというものは、基本的に自分で組み立てた機械が動くのを見るのは好きなハズだ。

(小学生の好奇心を大学生が支援)

こういう好奇心をうまく学習につないでいくのが教育の役割である。好奇心から始まる学習(ラーニング:learning)は、強いて勉める勉強ではない。この点においては、『ロボカップジャパンオープン2013東京』に向けて」(玉川学園)の基本姿勢は大いに評価されよう。

ロボット王国日本であるが、やはり人型ロボットは大学生以下には難題であるようだ。企業とは異なり開発コストの問題もあるだろう。教育という観点からいえば、まずなによりも機械工学とソフトウェア工学の観点からロボットの基礎開発に取り組む必要があるからだろう。

その基礎のうえにたって人型ロボットに本格的に取り組めば、脳研究などとの相乗効果もでてくることが期待できる。すでに人工知能(AI)研究はすすんでいるが、人間の脳のような複雑でエネルギー低消費型の知能は存在しない。この面での研究も必要だ。

ロボット工学という機械工学とソフトウェア工学の融合分野が、さらに脳研究を含めた人間研究と人間社会研究につながっていくのであれば、文理融合の重要な分野として位置付けることも可能となってくる。

現在アメリカでは無人化兵器開発の一環として軍事ロボットの研究が急速に進んでいるが、ロボット工学先進国日本としては、アメリカとは異なるアプローチがあってもよい。

そんなことを考えながら、会場を回ってみた。五月晴れのさわやかな一日であった。





<関連サイト

ロボカップ ジャパンオープン2013(玉川学園)

“日本ロボット”はどこへ~問われる軍事利用~(NHKクローズアップ現代 2009年4月13日)

アンドロイド“人間らしさ”の追求(NHKクローズアップ現代 2011年1月12日)


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2011年3月15日火曜日

地震、津波、原発事故、そして財政危機。「最悪の事態」を想定しなければならない状態になっているが・・・



 巨大地震、巨大津波、原子力発電所のメルトダウン・・・

 地震と津波でお亡くなりになった方々に哀悼の意を表します。
 行方不明の方々の安否が一人でも明らかになることを心の底から願います。
 救助を求めている孤立した避難者の方々の救出を願っています。

 災害専門家のみなさん、自衛隊のみなさん、医療関係者のみなさん、その他すべてのみなさんに感謝の意を表します。とにかく、水・食糧・燃料の供給が少しでも早く届きますよう!

 今回の「東北関西大震災」は、400年どころか、1000年に一度の大地震と大津波であることが、わかってきました。

 原発事故も、このはるかに想定を越えた事態に対応できるだけのものがあったのかどうか? 

 今回の大地震と大津波は、まさに「想定外」だったのです。イマジネーションの範囲をはるかにこえる事態だったのです。クライシス・マネジメントの不手際を責めたところで後知恵に過ぎません。とにかくいまは走りながら、試行錯誤しながら、「学習」することです。
 
 これは専門家だけではありません。一般国民のわれわれも「学習」しなくてはなりません。それがわれわれすべてにとって、後世のための義務なのです。

 とにかく、ここしばらくは「沈着冷静」に!
 それぞれの「自分の持ち場」で、最善を尽くしてがんばりましょう。

 すでに今回の危機は、日本人だけの問題ではなくなっています。世界中が注視しているのです。国民一人一人の意識を団結し、ともにこの危機を乗り越えていきましょう!

 原発事故の「最悪の事態」発生を阻止すべく懸命にたたかっているみなさん、がんばってください。日本と日本人だからこそ、ここまでがんばれているのです。

 そしてわれわれ国民すべてが「最悪の事態」に至ることも、「覚悟」しなくてはなりません。しかし、パニックに走ることなく「沈着冷静」に!

 もはや、日本人すべてが被爆の可能性をもつ「運命共同体」の一員となっているのです。なんとか「最悪の事態」が阻止されることを!

 この危機を乗り切るため、ともに頑張りましょう!



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I am part of all that I have met (Lord Tennyson) と 「われ以外みな師なり」(吉川英治)




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2010年12月27日月曜日

ファラデー『ロウソクの科学』の 「クリスマス講演」から150年、子どもが科学精神をもつことの重要性について考えてみる




 いまからちょうど150年前の本日、すなわち1860年12月27日から翌年1月8日までの全6回、「クリスマス講演」と題して行われた、英国の化学者マイケル・ファラデーが 69歳の年の『ロウソクの科学』

 これはその翌年、一冊の本としてまとめられ、それ以後、科学教育史上における名著として現在に至るまで読み継がれてきた。
 
 今年2010年9月に、岩波文庫から『ロウソクの科学』の新訳が出版されたので、今回ここでとりあげたいと思う。


新訳『ロウソクの科学』に目を通してみる

 以前の岩波文庫の翻訳が、ドイツ語版からの重訳であったというのは、いくらなんでもひどい話だ。原文は言うまでもなく英語である。原題は、Michael Faraday, A Course of Six Lectures on the Chemical History of a Candle, 1861 である。直訳すれば「ロウソクの化学史の六回の講演コース」。

 新訳は全体的に非常にわかりやすい訳文になっており、これなら中学生でも読めるの文章になっているのではないかと思う。
 燃焼のなんたるかについて、そのメカニズムにかんする知識をもっている、すでに大人である私から見れば、なんだかまどろっこしい説明であるような感じがしなくもないのだが、知識のない子どもに対して、燃焼や化学反応を実験をつうじて一から理解させるためには、このような形で順をおって、無理なくロジカルに説明していく手法が大切なことが理解される。
 おそらく、文字で読むからそう感じるのであって、目の前で実験しながらお話を聞くのであれば、大人でも実に興味深く聞き入るレクチャーなのだと思う。

 とはいえ、大人であっても、たとえばクリーンエネルギーである燃料電池(fuel cell)のメカニズムを知るためには、ファラデーが説明するように、水素と酸素を結合させる際に発生するエネルギーにかんする基本的な原理を知っておくことが不可欠である。これは水を電気分解すると、水素と酸素が得られることの反対にあたる。

 ファラデーのレクチャーは、燃焼を論じて、二酸化炭素排出にかんして、人間と植物の問題にまで及ぶ。化学と電気をつうじて、科学的思考精神を大きく広げてくれる内容になっている。


科学教育(≒理科教育)の重要性は、ただ単に実用知識の習得だけにあるのではない

 ファラデーのように、科学をわかりやすく語る行為は、なによりも現在の日本で求められていることだと痛感している。日本でも米村でんじろう氏のような科学の伝道師が一人でも増えることを願うものである。

 とくに実験をつうじて、目に見える形で科学のもつオドロキに触れることは、センス・オブ・ワンダー(sense of wonder)感覚を養ううえで実に重要だ。日本語には訳しにくいが、自然界の不思議を感じ取る感覚といったらいいのだろうか。
 受験科目にないという理由で、理科から遠ざかっている子どもが少なくないようだが、これはおかしな話である。

 ビジネスの世界では、何よりも「仮説-検証」感覚といったものが求められるのだが、これは日常生活をただ単に送っているのでは身につかない感覚である。仮説をもとに自分で実験を計画し、実験によってその仮説が正しいかどうかを検証する。
 実験そのものは、あくまでも手技(てわざ)であり、自分のアタマで考え、自分の手を使って実験道具を組み立てて実験を行い、それをまた自分のアタマで判断して、結論を導いていくという一連のプロセスのなかで養われるものだ。
 「仮説-検証」感覚は、勉強本を読んで一朝一夕に身につくマインドセットではない。きちんと中学生と高校生のときに理科を勉強して、知らず識らずのうちに身につくものだ。

 訳者解説に引かれたコトバで、ファラデーは科学教育の目的について次のように言っている。

教育の目的は、心を訓練して、前提から結論を導き、虚偽を見いだし、不適切な一般化を正し、推論に際しての誤りが大きくなるのをくい止められるようにすることです。(P.227)

 小学校や中学校レベルで感じたセンス・オブ・ワンダー感覚、たとえ自然科学を専攻しなくても、この感覚は大人になっても持ち続けたいものである。そしてこれが「仮説-検証」感覚の基礎となる。

 でないと、日本人の将来は実に暗いといわざるを得ない。


ロウソクをつうじたファラデーと日本との縁(ゆかり)

 ところで、1860年12月27日に行われた第1講には、こういうフレーズがでてくる。(*太字ゴチックは引用者=さとう 以下同様)。

また、これは私たちが開国をうながした、はるか遠くの異国、日本からもたらされた物質です。これは一種のワックスで、親切な友達が送ってくださったものです。これもロウソク製造用の新しい材料ですね。(P.25)

 訳者注によれば、以下のものである。

いわゆる「和ロウ」。ハゼノキやウルシなどのウルシ科の実を砕き、蒸し、しぼりとった固体脂肪を原料とした。脂肪、つまり脂肪酸のグリセリンエステルだが、パルミチン酸 CH3(CH2)14COOH が多く含まれている。(P.182)

 「日本のロウソク」は最終日の第6講の冒頭にもでてくる。

光栄にもこの連続講演を聞きに来てくださったご婦人が、私にこの二本のロウソクをくださいました。重ね重ねのご親切に感謝します。このロウソクは日本から来たもので、おそらく前に申し上げた物質からできているのでしょう。・・(中略)・・このロウソクは驚くべき特性を備えています。すなわち中空の芯で、この見事な特性は、アルガンがランプに採用して価値を高めたものです。・・(中略)・・また、日本の鋳型ロウソクは、イギリス製の鋳型ロウソクに比べて、上の部分がより広い円錐形になっています。(P.151~152)

 日本とも見えない糸でつながっていたファラデー発明王エジソンが電球のフィラメントに京都の竹を使用したというエピソードとあわせて、日本人として、その当時のメイド・イン・ジャパンの工芸品のレベルの高さを知るのは、なんだかうれしくなってくるエピソードではないか。

 こんなことからファラデーに親しみを感じるのもいいことだろう。

 ファラデーはもともと製本工から実験助手を経て、自らの意思のチカラでつかみとった幸運を活かしきり、独学で科学者として身を立てた人である。偉大な科学者である前に、手技(てわざ)の人であったのだ。職人のマインドを持ち続けた人であった。

 ファラデーこそまさに「地頭のよい人」であったといえるだろう。


 ファラデー『ロウソクの科学』の新訳にざっと目をとおして、こんなことを考えてみた。


画像をクリック!

目 次

『ロウソクの科学』ができるまで-訳者前書きに代えて-
序文
第1講 ロウソク 炎とそのもと‐構造‐動きやすさ‐明るさ
第2講 ロウソク 炎の明るさ‐燃焼に必要な空気‐水の生成
第3講 生成物 燃焼によって生じる水‐水の性質‐化合物‐水素
第4講 ロウソクの中の水素‐燃えて水になる‐水の他の部分‐酸素
第5講 空気中の酸素‐大気の性質‐ロウソクからの他の生成物‐炭酸とその性質
第6講 炭素つまり木炭‐石炭ガス‐呼吸‐呼吸とロウソクの燃焼との類似‐結論
訳注
ファラデー 人と生涯
文献・資料
訳者後書き


著者プロフィール

マイケル・ファラデー(Michael Faraday)

1791年、ロンドンで鍛冶屋の三男として生まれる。両親とともにロンドンに移住、製本工から実験助手に志願して、独学で夢を叶えて科学者となり、1825年には英国王立研究所の研究所長となる。数々の科学上の特筆すべき業績を残しただけでなく、1826年から「少年少女のためのクリスマス講演」を開始、この講演は現在まで続くものとなった。1860年の『ロウソクの科学』講演の2年後の最後の講演後、研究所を引退、1867年に眠るような大往生を遂げた(訳者解説から作成)。

竹内敬人(たけうち・よしと)

1934年東京生まれ。1960年東京大学教養学部教養学科卒業。理学博士。東京大学名誉教授、神奈川大学名誉教授。専攻は有機化学、化学教育(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



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