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2023年12月27日水曜日

書評『言語の本質 ー ことばはどう生まれ、進化したか』(今井むつみ/秋田喜美、中公新書、2023)ー 「言語の本質」にかんする知的刺激に満ちた探求が「オノマトペの幸(さきわ)う日本語世界」からでてきたことを言祝(ことほ)ぎたい

 


認知科学と発達心理学、心理言語学を専門とする2人の研究者による実験と観察、そして両者の対話の成果である。じつに面白い。知的刺激を受けることは間違いない。

日本語を母語にする話者にとって、豊富にあってごくごく親しいオノマトペ(擬音語で擬態語)から始まった疑問が、最終的に「言語の本質」とはなにかを探求する道へとつながっていく。

そして進化のプロセスのなかで分岐した、ヒトとチンパンジーをわけるもの、さらにヒトが生み出した AI とヒトとの違いも考察に入ってくる。

「言語」こそ、ヒトとその他の動物をわけるものであり、「言語の本質」にこそ、AIとの違いがある。


(通常のカバーのうえに、さらに特別カバー。包み紙好きなのは日本的?)


オノマトペとは、「もっちり」感があるとか、「もふもふ」としているとか、感覚を表現するのに最適なことばだ。日本語にはきわめて多いが(とはいっても語彙全体の 1% だという)、その他の言語にもなんらかの形で存在する。

副題にあるように、「ことばはどう生まれ、進化したか」の旅路の最初に、赤ちゃんがつかうオノマトペがある。

人間としての成長と発達のプロセスのなかで、いかにことばを覚えて、それをつかえるようになっていくか、その学習のプロセスに「言語の本質」があると著者たちはみている。




この本は、結果ありきという本ではない。結論に至るまでのプロセスを楽しむべき本だ。読んでいるとじつに面白いが、一気読みをさせないという力も働く。内容を充分に咀嚼したうえで、つぎのプロセスに進んでいくことが、暗黙のうちに求められるからだ。

「言語習得とは、推論によって知識を増やしながら、同時に「学習の仕方」自体も学習し、洗練させていく、自律的に成長し続けるプロセスなのである」(P.204)というフレーズが、太字ゴチックで記されている。「ブートストラッピング・サイクル」である。




オノマトペから始まった探求は、赤ちゃんの「言語習得」のステージに入っていくと、がぜん面白さが増していく。赤ちゃんは、上記のような「言語習得」のプロセスを無意識のうちに実行しているのである。

まずは、身体性によって習得したオノマトペから始まるのである。直観的に理解できるからだ。オノマトペから始まった言語習得は、発達とともに複雑化し、具体的な事物から離れた抽象概念を理解して、つかうことができるようになっていく。

そこで行われる「推論」は、まずは「統計的推論」であり、「アブダクション」(=仮説推論)と「帰納法」(=インダクション in-duction)も駆使している。驚きではないか! 赤ちゃんは、いずれも無意識のうちに実行しているのだ。

アブダクション(=仮説推論)とは、結果から「たぶんこうだろう」と推測する推論方法のことだ。いわゆる「●●だと、あたりをつける」という推論方法のことである。否定的に語られがちな「当て推量」もその1つである。

アブダクション(ab-duction)は英語の一般語としては「誘拐」を意味するが、ここでは専門用語として使用されている。19世紀米国の哲学者パースがはじめて提唱した概念だ。なじみがないカタカナ語かもしれないが、アブダクションは、日常的に行われているものだ。

ただし、アブダクションによる推論はあくまでも「仮説」であって、仮説であるという認識をもつことと、それがただしいかどうかは検証しなくてはならない。学者や研究者でなくても、それはおなじである。赤ちゃんや子どもですら日常的に行っているのだから。

仮説検証という作業を怠るのは、子どもではなく大人である。思い込みが固定観念を生み出すことが増えている。AI時代に必要なことは「仮説検証能力」であろう。「ちょっと違うのではないか」という疑問をもち、一呼吸おくことが大事なのだ。

AIの能力はさらに進化していくが、生身の肉体をもった人間の身体性がゼロになるわけではない。「記号接地問題」こそ重要なのである。AIはデータがなければなにもできない。ゼロからものを生み出すことはできないのだ。それができるのは身体性をもった人間だけである。

あくまでも身体性から生まれることばが、身体をもった人間に使用され、データ蓄積がAIによってあらたな組み合わせが生成され、その生成物を人間が使用し、ふたたびデータとして取り込まれる。

身体性をもった人間とAIとの「双方向性の相互作用」とその循環プロセス」がつづいていくのではないだろうかと、わたしは考えている。楽観的に過ぎるかもしれないが、技術と人間の関係というものは、有史以来おなじパタンを繰り返してきた。

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言語をもち、言語を習得できること
が、ヒトとヒトにもっとも近い類人猿であるチンパンジーをわけている。こういった進化人類学の観点から研究も、今後は大いに期待したいところだ。

もちろん、進化という観点からみたら、チンパンジーと AI にはさまれているのがヒトである。ヒトじたいもAIの進化に応じて変化していく可能性は高い。

言語を軸にした本質にかかわる考察は、人間の根本にかかわる問題である。そんな探求が、「オノマトペの幸(さきわ)う日本語世界」からでてきたことを言祝(ことほ)ぐべきだろう。

『言語の本質 ー ことばはどう生まれ、進化したか』のような、オリジナルな研究をもとにした、新書本にしてはきわめて内容の濃い本がベストセラーになるという現在の日本。すばらしいことではないか!




目 次 
はじめに
第1章 オノマトペとは何か
第2章 アイコン性―形式と意味の類似性
第3章 オノマトペは言語か
第4章 子どもの言語習得1 ー オノマトペ篇
第5章 言語の進化
第6章 子どもの言語習得2 ー アブダクション推論篇
第7章 ヒトと動物を分かつもの ー 推論と思考バイアス
終章 言語の本質 
あとがき
参考文献

共著者プロフィール
今井むつみ(いまい・むつみ)
1989年慶應義塾大学大学院博士課程単位取得退学。1994年ノースウェスタン大学心理学部Ph.D取得。慶應義塾大学環境情報学部教授。専門は認知科学、言語心理学、発達心理学。
著書に『英語独習法』(岩波新書)、『学びとは何か』(岩波新書)、『算数文章題が解けない子どもたち ― ことば、思考の力と学力不振』(岩波書店、共著)、『ことばと思考』(岩波新書)、『ことばの発達の謎を解く』(ちくまプリマー新書)、『親子で育てることば力と思考力』(筑摩書房)、『言葉をおぼえるしくみ ― 母語から外国語まで』(ちくま学芸文庫、共著)など多数。

秋田喜美(あきた・きよみ)
2009年神戸大学大学院文化学研究科修了。博士(学術)取得。大阪大学大学院言語文化研究科講師を経て、名古屋大学大学院人文学研究科准教授。専門は認知・心理言語学。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)


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