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2018年5月3日木曜日

「成田土産」の「ふなの甘露煮」をひさびさに食べた


こないだ成田に行った際に買ってきた「鮒(ふな)の甘露煮」を炊きたてのご飯と一緒に食べた。長さが5cmくらいでずいぶん小さいが、甘く煮付けてあるので、小さな鮒一匹で茶碗一杯は食べられる。鮒を食べるのは久々だ。 

「国産品」とあったので購入したのだが、説明書きを見ると、鮒は「京都府産」とある。たしかに国産ではある。加工は千葉県成田市だから、「成田土産」と名乗っても問題あるまい。 



琵琶湖では外来魚に追いやられて在来種の鮒が激減しているというが大丈夫だろうか?琵琶湖は滋賀県の内部にあって京都府ではないのだが、近隣県でありまったく無縁とは言えない。

琵琶湖の名物の「鮒ずし」も、材料の鮒が捕れなくなってきているから将来が心配だという話聞いたことがある。ちなみに「鮒ずしは、米粒がはっきりと見える粕漬けの鮒のようなもので、にぎり寿司とは似て非なるものだ。平安時代の「すじ」は発酵食品であった。

外来種がはびこる琵琶湖だが、 さすがに琵琶湖では「池の水全部ぜんぶ抜く」(=民放の人気テレビ番組のタイトル)というわけにはいかないが・・・。

ちなみに、「鮒の甘露煮」でネット検索すると、すぐに鮒の甘露煮 - 【郷土料理ものがたり】という栃木県の情報古河市で伝統のフナの甘露煮作り 最盛期(YouTube)といった茨城県古河市の情報がでてくる。前面に打ち出している自治体があるのだろう。

鮒は日本全国どこにでも分布している在来種の川魚だから、どこでも「郷土料理」になるということだろう。






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「成田山開基1080年記念大開帳」の初日に成田山新勝寺に参詣(2018年4月28日)-運の良いことに「お練り行列に遭遇!

「地震とナマズ」-ナマズあれこれ



 
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2018年4月29日日曜日

麻賀多神社の本宮まで行ってきた ― 樹齢1400年の「大杉」のパワーを浴びる(2018年4月28日)

(麻賀多神社の樹齢1400年の「天然記念樹」の「大杉」 筆者撮影) 


「成田山開基1080年」に際して成田詣でをした際、時間に余裕があったので、京成電車の宗吾参道駅で下車して義民・佐倉惣五郎を祀った佐倉霊堂まで行ってみた。じつはいまのいままで行ったことがなかったのだ。 

駅前から続く1.0kmに及ぶ長い参道を歩いてたどりついた宗吾霊堂は、正直なところ、ちょっと拍子抜けというか、思っていたほどではなかった。


(宗吾霊堂の正門前 筆者撮影)


江戸時代初期に生き、農民の苦境を直訴して処刑されたという佐倉惣五郎は、「義民」として庶民信仰の対象として篤く信仰されたが、あまりにも伝説的人物である。 


そこでさらに歩き続けて、麻賀多神社まで行ってみることにしたのだ。

距離にして約1.9km、時間的余裕があったからであり、脚力に余裕があったからでもあるが、なにかに導かれるようにして足が向かったのかもしれない。

宗吾霊堂から西印旛沼に至る「義民ロード」すなわち佐倉惣五郎一行の直訴の道の沿道に麻賀多神社があるのだ。 


(京成電鉄の宗吾参道駅から印旛沼までつづく「義民ロード」)


その筋、つまりスピリチュアル系では有名な「麻賀多神社」。 

「麻賀多」と書いて「まかた」と読む。勾玉(まがたま)の最末尾の「ま」を取って「まかた」としたらしい(*)。印旛沼の東側から南にかけて、つまり千葉県成田市から佐倉市にかけてしか分布していない珍しい名前の神社だ。全部で18社あり、成田市台方の麻賀多神社が本宮となる。 祭神は、ワクムスビ(和久産巣日神)。

*これは俗説に過ぎないと考えるべきかもしれない。その後知ったことだが、「まかた」は「真潟」らしい。新潟の「潟」(かた)である。『千葉凸凹地図』に研究成果として掲載されている仮説によれば、印旛沼東南にのみ18社が分布している麻賀多神社だが、海水面を5m高くシミュレーションした地図を作成してわかったのだという。印旛沼はもともと内海であり、現在よりもはるかに大きかった。船着き場である「潟」に神社が設置されていたようだ。(2024年4月14日 記す)


佐倉城下にて、はじめて麻賀多神社の存在を知り、初詣をしてきたのは2013年の正月のことであった。佐倉の人間ではないので麻賀多神社の存在そのものを知らず、そもそも読み方すら知らなかったのだ。その後、本宮は成田にあることを知った。 いつかは成田の本宮に行ってみたいと思っていたが、ひょんなことから実現したことになる。 

前後から走ってくる自動車に気を使いながら歩き続けると、うっそうと繁った森のなかに入っていく。しばらくすると朱色の真垣が目に入ってくる。神域に入ってきたのだ。自動車が何台も停車しているスペースが目に入る。そこが麻賀多神社の正門であることを知る。 


(麻賀多神社の正門の鳥居前。鳥居には菊の紋章 筆者撮影)


「大杉」の存在をそこで初めて知った。わたしは事前にあまり情報を入れないで、いきなり対面する行き当たりばったりなタイプの人間なので、現地情報を何よりも重視している。先入見に惑わされずに、現地で驚きたいのだ。 

社殿はえらく新しい檜造り。あとで調べたら、2017年末に完成したばかりの新社殿なのだ。300年ぶりの新造だそうだ。 


(麻賀多神社の新社殿 筆者撮影)


まずは取り急ぎ「大杉」を見に行く。これが麻賀多神社のメインなのだ これほど大きく、樹齢も長い杉の大木に対面するのは、だいぶ前のことだが屋久島で「縄文杉」を仰ぎ見て以来だ。麻賀多神社の大杉は「東日本一大杉」だそうだ。 「天然記念樹」という。




花粉症患者の杉に対する思いは複雑なものがあるが、すでに花粉症の季節も終息しており憂いなし。 

40mもの高さを見上げて感嘆し、9mもある太い幹の周りをぐるりと時計回りに回ってまた感嘆一周するとふたたびしたから下から巨樹を見上げてさらに感嘆する。巨樹・巨木は、神の依代(よりしろ)にしてご神体なのである。聖徳太子までさかのぼるのだという。まさに1400年のパワーを全身に浴びる


(麻賀多神社の「大杉」は幹周り9m 筆者撮影)


麻賀多神社がスピリチュアル系の世界で有名なのは、この神社の境内社の天日津久(あめのひつく)神社で、「日月神示」(ひつきしんじ)なる神示(しんじ)が岡本天明という神道家に示され、自動書記で筆記したからである。大東亜戦争末期の1944年のことだ。 


(2017年末に完成した新社殿 右奥に天日津久神社 筆者撮影)


わたくしは、とりたてて霊感が強くないためか、境内社の「天日津久」(あめのひつく)神社の前では拝礼したものの、とくに感じるものはなかった。写真も撮らなかった。合理主義者であるからかもしれない。

見たいと願っている者には見えるものも、そうではない者には見えてこない。スピリチュアルというのは、そういうものだ。 




正直いって、樹齢1400年の大杉のほうにパワーを感じるのは、わたしの感性のありかの問題であろう。 1400年ものあいだ、山火事や落雷で焼けることもなく、台風にも暴風にも耐え抜いてきた生命力。この生命力そのものが霊力であるのだ。

スピリチュアル系でない人も、麻賀多神社の参詣は大いに薦めたい。なぜなら、そこに「大杉」があるからだ。屋久島までいかなくても、大杉のパワーをいただくことができるのである。

地元の人間とスピリチュアル系の人間にしか知られていないのは残念なこと。もっと広く一般に知られるべき神社だと思う。


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PS 本文への加筆とあらたに写真の挿入を行った。(2024年4月13日 記す)


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市川文学散歩 ①-葛飾八幡宮と千本いちょう、そして晩年の永井荷風


(2024年4月14日 情報追加)


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「成田山開基1080年記念大開帳」の初日に成田山新勝寺に参詣(2018年4月28日)― 運の良いことに「お練り行列に遭遇!


(沿線の京成電鉄お駅に貼られているポスター)

「成田山開基1080年記念大開帳」の初日に成田山新勝寺に参詣してきた(2018年4月28日)。10年に1回に機会であり、奥之院などが「開帳」されるのだという。


ちょうど28日は「お不動様のご縁日」。その4月28日から「成田山開基1080年」が一ヶ月の期間で始まるのは、意図したものだろう。成田山新勝寺は真言宗豊山派。いうまでもなく不動信仰がその重要な要素である。

そしてまた「1080」という数字も単なる偶然という気がしない。煩悩は108あるといわれるが、とすると1080は煩悩の10倍ということになる。そのことにかんする言及はまったくないが、どうも気になってしまうものだ。

4月28日の11時から「お練り行列」があると成田山のウェブサイトにあったので、すこし早めに入ることにした。


運の良いことに「お練り行列に遭遇!

参道を歩き始めると、旗を持って歩く参拝団の人たちが目に入ってくる。その背中には「南無大師遍昭金剛」の文字が。いうまでもなくお遍路さんで有名なフレーズだ。真言宗は弘法大師空海を祖としている。



ゆっくりとしたペースで参道を歩いている参拝団の人たちを追い越して歩いて行くと、お練り行列が目に入ってきた。山伏姿の修験者が先導している。



烏帽子と水干姿の従者が差しかける色鮮やかな和傘、そして練り歩く高僧たち。いまから1080年前は紀元939年(天慶2年)、平安時代である。

成田山新勝寺は、関東地方で台頭した平将門の乱の鎮圧を祈願して開基された寺院だ。新勝寺というネーミングがそれを物語る。ちなみに遣唐使が廃止されたのは894年のこと。摂関政治の時代である。まだ古代であった。




紫の袈裟姿の高僧、オレンジ色の舞と雅楽風の衣装。まさに平安時代。時代祭のような感じ。その後ろからスマホで写真を撮りながら、お練り行列と平行して歩いて行く。



少し先回りして正門の前に回り込むと、お練り行列が境内に進んでゆく様子を見る。プラカードをもった女子高生が先導、導師は龍を乗せた金の天蓋とともに移動してくる。




その後、式典が行われたが、これについては省略することとしよう。



(「成田山開基1080年」の初日の成田山新勝寺 筆者撮影)


■「特別開帳」で奥之院へ

ひさびさに「奥之院」を参拝する。前回は、断食修行のために滞在していたのがちょうど成田祇園祭りの最中だったので開帳されていた。それ以来のことなので8年ぶりとなる。


(特別開帳の奥之院の入り口 筆者撮影)

奥之院は、天井の低い岩室で、入ったとたん、早速アタマを天井にぶつけてしまった。

一通り境内を回って参拝をすませたあと帰途につく。

参道を歩きながら、米屋総本店に入って土産物を購入。成田といえば米屋の羊羹が定番。ひさびさに羊羹を購入した。このほか、地酒の長命泉の蔵本で日本酒を購入。


(米谷総本店で土産を買う)

この日の成田山は、正月の初詣ほどではなかったが、たいへんな混雑ぶりであった。

午前中にほぼ参拝を済ませてしまったので、いままでいったことがなかった宗吾霊堂に参拝することにして、京成電車で宗吾参道駅に移動した。

つづきは、麻賀多神社の本宮まで行ってきた-樹齢1400年の大杉のパワーを浴びる(2018年4月28日) で。





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深川不動堂(=成田山東京別院)で「お練り歩き」に遭遇(2017年12月15日)-お不動様の御利益か!?


成田山新勝寺の 「柴灯大護摩供(さいとうおおごまく)」に参加し、火渡り修行を体験してきた(2014年9月28日)


成田山新勝寺「断食参籠(さんろう)修行」(三泊四日)体験記 (総目次)


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「1日で巡るお遍路さん in 丸の内」に参加してきた-四国八十八か所霊場ご本尊の77年ぶりの「出開帳」(2013年4月18日)

「秋季雅楽演奏会」(宮内庁式部職楽部)にいってきた(2012年10月19日)


書評 『平安朝の生活と文学』(池田亀鑑、ちくま学芸文庫、2012)-「王朝文化」を知るために


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