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2025年11月17日月曜日

書評『柔術狂 ― 20世紀初頭アメリカにおける柔術ブームとその周辺』(藪 耕太郎、朝日選書、2021)― 日露戦争前後の数年間、アメリカで大衆的なブームになった「柔術」をめぐるスポーツ文化史

 

 黒船による「開国」で始まった日米関係。建国から100年に日本を「開国」させたアメリカ、「開国」によって国際社会への登場を強いられた日本。 

当時は日米ともに「新興国」であり、「近代文明」の先輩格であるアメリカと、「近代化」でキャッチアップを図ることになった日本の関係は良好なものであった。 

日米関係の分水嶺になったのは日露戦争(1904~1905)である。

開戦当初は、大国ロシアと戦う小国日本に同情的だった米国世論であったが、日本の優勢が目立ち始めると世論が劇的に変化が始まる。そのころから「黄禍論」が台頭するようになり、「排日移民法」の成立などにより日本国内の世論も硬化、最終的に日米戦争にいたった歴史はよく知られていることだ。

日露戦争の前後にアメリカで大流行したのが「柔術」(jiu-jitsu)であった。具体的にいえば1900年にブームが始まり、1906年にはブームが終焉している。柔術ブームは、大衆消費社会に出現した現象であったのだ。 

『柔術狂  ―  20世紀初頭アメリカにおける柔術ブームとその周辺』(藪 耕太郎、朝日選書、2021)は、そんな知られざる歴史を、具体的な人物に即して掘り起こし、アメリカの新聞メディアに登場した言説を丹念に読み解くことで解明したスポーツ文化史の労作である。 

「柔術」といえば、現在ではグレーシー一家の「ブラジリアン柔術」を連想することが一般的であろう。「日本固有の伝統文化」としてアメリカで喧伝された「柔術」だが、アメリカで受け入れられたのは武術としてよりも、健康法の一環としてであったようだ。

アメリカでは大衆文化としてもてはやされた「柔術」ハイブラウな文化として参入をはかった「柔道」。後者の柔道は明治時代になってから生まれたものであり、前者の柔術は前近代からのもじょとはいえアメリカで変容している。 したがって、両者ともに「日本固有の伝統文化」とは言い難い。

とくに「柔道」にかんしては、日本のナショナリズムの確立と同時の「創られた伝統」であったことをを知っておかなくてはならないだろう。「近代武道」という表現は、まさにそのことを示している。 

セオドア・ルーズベルト大統領が「柔道」を稽古していることを公表したのは、中国政策をめぐって日本に好意的な世論をつくるための政権の広報戦略の一環であったという指摘が興味深い。日露戦争を語る際には留意しておきたいことだ。金子堅太郎の話ばかり持ち出すと間違いかねない。

日米関係は、近代文明の先輩格である超大国アメリカと日本の非対称的な関係である。とはいえ、日本人が一方的にアメリカナイズされているわけでもない。この200年の歴史においては、紆余曲折があるとはいえ、相互浸透していることもまた事実である。 

日米文化交流史の一側面として、本書はじつに面白い内容であったが、博士論文をベースにしたものであるためだろう、ややディテールにこだわりすぎているのが難点かもしれないが、詳細な註も参考資料として有用だ。 


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目 次
序論
第1章 熱狂のとば口  ― ジョン・オブライエンと20世紀初頭のアメリカ 
 補論1 世界大戦と柔術  ―  リッシャー・ソーンベリーを追って 
第2章 柔術教本の秘密  ―  アーヴィング・ハンコックと「身体文化」 
 補論2 立身出世と虚弱の克服  ―「身体文化」からみた嘉納治五郎 
第3章 柔術家は雄弁家  ―  東勝熊と異種格闘技試合を巡る物語 
 補論3 私は柔術狂! ―  ベル・エポック期パリの柔術ブーム 
第4章 柔道のファンタジーと日露戦争のリアリズム  ―  山下義韶と富田常次郎の奮戦
 補論4 日本発祥か中国由来か  ― 「日本伝」柔道を巡って 
第5章 「破戒」なくして創造なし  ―  前田光世と大野秋太郎の挑戦 
 補論5 「大将」と柔術・「決闘狂」と柔道  ―  南米アルゼンチンにおける柔術や柔道の受容 あとがき 
註/史料・文献/図版出典一覧

著者プロフィール
藪 耕太郎(やぶ・こうたろう) 
1979年兵庫県生まれ。仙台大学体育学部准教授。2002年、立命館大学文学部文学科(英米文学専攻)卒業。2011年、立命館大学大学院社会学研究科(応用社会学専攻)博士後期課程修了。博士(社会学)。専門は体育・スポーツ史。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)



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2022年5月9日月曜日

書評『プーチンの実像 ー 孤高の「皇帝(ツァーリ)」も知られざる真実』(朝日新聞国際報道部 駒木明義/吉田美智子/梅原季哉、朝日文庫、2019)ー 期待は裏切らることのない、読むに値する面白いノンフィクション

 
 

いまさらプーチンでもあるまい、そう思っていたが、書店の店頭で平積みになっていたので、ふと気になって手にとってパラパラめくってみると、1枚の写真が目に入った(下記の写真「プーチンの靴」)写真資料からも迫るアナリシスも行っていたのか! これは読むべきだな、と。 


購入してさっそく読み始めたが、期待は裏切られることはなかたった。読むに値する、じつに面白いノンフィクションであった。 

2014年の「クリミア侵攻」を機に、国際的な孤立状態となって、内向き状況となっていったロシアとプーチンについての分析なのだが、2022年の現時点から振り返ってみると、なるほど、プーチンのさまざまな特徴というものが、的確にあぶり出されていることに気がつく。

 とくに、プーチンが大統領になった初期段階で親しくなった日本人関係者とのやりとりの証言が興味深い。それは柔道の山下泰裕氏と、森元首相だ。プーチンの「人たらし」ぶりは、演技だと言い切ってしまうのは、難しいような印象を受ける。どこまでが演技か、心情か。

朝日新聞に連載された企画連載を単行本化のようだが(単行本は2015年刊、2019年の文庫版は、さらに加筆)、朝日新聞は読んでいないので知らなかった。いわゆる新聞文体ではないので読みやすい。珍しいことである。

ここのところ、ウクライナ戦争関連の解説者としてTVやネットに登場することの多い駒木氏の、国際ジャーナリストとしてのすぐれた力量がうかがわれる。駒木氏は、北方領土返還交渉がらみで、かの有名な「引き分け」発言がでたときに現場に居合わせた当事者でもあることも、本書を読んでわかった。そういった臨場感も読みどころだ。 

もちろん、文庫版も2019年の出版なので、それ以後の状況を踏まえたものではない。だが、読んでいると「プーチン後」のロシアには、「混沌」しかないのではないかと思わざるをえない。 

それほど、すくなくとも2010年代までは、プーチンによってロシア社会の安定が確保されていたのだ。だが、かつて見せていた「冴え」は、もはや69歳のプーチンから失われてしまったようだ。しかも、民主的選出システムをもったロシアではあるが、民主主義の制度を欠いた中国共産党とくらべてさえ、権力継承の仕組みが不透明である。 

1917年のロシア革命後にロシアは内戦状態となった。日本を含んだ外国勢力の介入も招いた。幸いなことに、1991年のソ連崩壊後には旧ソ連諸国の独立を認めたことで、内戦は回避することができた。 

だが、2022年以降ロシアはどうなるのか、きわめて不透明だとしかいいようがない。 




目 次
はじめに プロローグ 
第1部 KGBの影
 第1章 ドレスデンの夜
 第2章 国家崩壊のトラウマ
 第3章 KGBとプーチン
 第4章 人たらし
第2部 権力の階段 
 第5章 初めての訪日
 第6章 改革派市長の腹心
 第7章 権力の階段
 第8章 インタビュー
第3部 孤高の「皇帝」 
 第9章 コソボとクリミアをつなぐ線
 第10章 G8への愛憎
 第11章 権力の独占
 第12章 欧州が見たプーチン
 第13章 「皇帝」の孤独
 第14章 プーチンはどこへ向かう
第4部 大統領復帰後のプーチンと日本
 第15章「引き分け」の舞台裏
 第16章 日本首相、10年ぶりの公式訪ロ
 第17章 プーチン訪日への模索
エピローグ


著者プロフィール
駒木明義(こまき・あきよし)
1966年生まれ。1990年東京大学教養学部卒業、朝日新聞社入社。和歌山支局、長野支局、政治部、国際報道部、モスクワ支局長などを経て、2017年9月より論説委員。共著に『検証 日露首脳交渉』。(文庫本カバーより)


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2009年5月20日水曜日

書評『プーチンと柔道の心』(V・プーチン/ V・シェスタコフ/A・レヴィツキー、山下泰裕/小林和男=編、朝日新聞出版、2009)




やっと日本語版がでたか、そういう思いである。もしプーチンが首相という形で最高権力者として残らなかったら、本書出版企画は流れたことであろう。

 「プーチン大統領(当時)が柔道の本を書いた!」、そういう噂は2002年頃、ニュース配信されていたので覚えている。翻訳してほしいものだ、と思っていたがその件はすっかり忘れていた。

 ロシアの大統領が柔道をたしなんでいる、しかしそれは決して不思議なことではない。
 私は、仕事の関係で1998年に仕事で合計3週間ロシアにいったときにさまざまな話を見聞しているが、ロシアでは柔道、剣道のみならず、合気道、空手も広く愛好されている。ただし、空手は危険だというので、ソ連時代は禁止されていたという話をロシア人の空手愛好家から聞いた。

 日本武道を通じて、日本的な礼儀作法とその精神が、日本人が思っている以上に浸透していると考えるべきだろう。日露関係は相思相愛ではないが、もしかするとロシア側の片思いの関係なのかもしれない。エリツィン大統領時代に来日したキリエンコ首相(当時)は、趣味はアメリカンポップスと剣道、合気道、とのことであった。

 それにしてもプーチン首相(前大統領)という国家の最高指導者が、日本の武道を少年時代から本格的にたしなんできたというのは、実にうれしいことではないか。そしてまた、日本の至宝、「世界の山下」とも非常に親しい、これもまたうれしいことだ。

 本書を読むに当たってはまず、山下泰裕氏による解説、元NHKモスクワ支局長の小林和男氏によるプーチン本人と、柔道の師匠へのインタビューを読むことを奨める。その上で、抄訳された本文を読むと、本書が単なる柔道の実技解説本ではないことが実感されるはずだ。柔道の歴史に始り、道着についての解説、礼に始って礼に終わる心など、本格的な柔道入門書になっているのだ。

 過度の競技スポーツ化により、「勝ちさえすればいい」という堕落が目に余る昨今の国際柔道界であるが、本書のような日本武道の精神面にまで踏み込んだ柔道書で指導されたロシア柔道界は、数少ない希望といえるかもない。

 また、であるからこそ、プーチンという政治家は侮れないのである。柔道を通じての人格陶冶、これは決して古臭い考えでも何でもない。プーチンは「大切なことはすべて柔道から学んだ」と述懐している。私自身、合気道を通じて同様な感想を抱いているので大いに共感できるものがある。

 2003年に行われた小林和男氏によるインタビュー後記にこうある。

「報道官はますます私たちを急かす。それもそのはずだった。私の後には中国の胡錦濤総書記が初めてのロシア公式訪問でプーチン大統領と会談する予定になっていたのだ。中国との首脳会談の時間を押してまで柔道の話を続けるプーチン大統領の柔道への思いは・・(以下略)・・」。

 この文章にすべてが言い尽くされているといえよう。




*この書評は下記のインターネット書店サイトに投稿、すでに掲載済みです。

■bk1掲載:「やっと日本語版がでたか・・」(2009/05/19 掲載)
■amazon 掲載: 「やっと日本語版がでたか・・」(2009/05/20 掲載)


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