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2021年11月21日日曜日

映画『家へ帰ろう』(2017年、スペイン/アルゼンチン)-アルゼンチンからポーランドへの「人生最後の旅」

 

アルゼンチンというと「母を訪ねて三千里」のマルコ少年を想起するが(・・19世紀イタリアの児童文学者デ・アミーチスの『クオーレ』に挿入された物語)、現在のフランシスコ教皇や「神の手」のマラドーナなどイタリア系移民が多いのは確かなことだ。 

だが、アルゼンチンに移民したのはイタリア系だけではない。日系移民もいるが、意外と多いのがユダヤ系である。しかも中東欧からの移民が多かったのが特徴だ。首都ブエノスアイレスは、世界で7番目にユダヤ系人口の多い都市である。 

そんなアルゼンチンで仕立屋(テーラー)として職業人生をまっとうしてリタイアした主人公が、88歳にして人生最後の旅に出る。それがこの映画『家に帰ろう』(2017年、スペイン/アルゼンチン)である。ユダヤ系移民は北米もそうだがアパレル関係に多い。

スペイン語の原題は La Ultimo Viaje(最後の旅)。マルコ少年とは反対に、アルゼンチンから70年ぶりに欧州に戻る最後の旅だ。 目的地は生まれ故郷のポーランドの地方都市ウッツ。



なぜポーランドなのか? ポーランドにはアウシュビッツなど強制収容所があったことは周知のとおり。ポーランド生まれの主人公の老人もまた、ポーランド内の強制収容所から命からがら脱出してきたが、最愛の家族を失った人たちの一人である。 

シェイクスピアの『リア王』からモチーフをとったという、娘たちからの冷たい仕打ちに嫌気がさして家出した主人公。

ブエノスアイレスからマドリードに飛び、マドリードからは陸路で鉄道の旅。ポーランドに向かう。だが、難問がある。ドイツを通らないでポーランドに行くのは可能か、ということだ。ドイツに一歩でも足を踏み入れたくない理由はいうまでもない。 

欧州横断鉄道の旅を描いたロードムービーであり、ヒューマンドラマでもある。足に障害を抱えた老人は、旅先で出会った人たちの支えを受けながら、ついにポーランドにたどりつき、生まれ故郷のウッツに向かうことになる。70年前に分かれた友人との約束を果たすために・・。 

コメディタッチで進んで行く内容が、ラストには大きな感動がまっている。すばらしい映画だった。




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2017年11月20日月曜日

書評『ハプスブルク帝国、最後の皇太子 ― 激動の20世紀欧州を生き抜いたオットー大公の生涯』(エーリッヒ・ファイグル、北村佳子訳、 朝日選書、2016)― 第一次世界大戦後から冷戦構造崩壊までのヨーロッパ現代史



 『ハプスブルク帝国、最後の皇太子-激動の20世紀欧州を生き抜いたオットー大公の生涯-』(エーリッヒ・ファイグル、北村佳子訳、 朝日選書、2016)という本を読んだ。 ヨーロッパ現代史の知られざる裏面を明らかにした生き証人の記録だ。

第一次世界大戦の原因となったハプスブルク帝国(=オーストリア=ハンガリー二重帝国)は、敗戦の結果として崩壊し中欧の大国は解体された。6歳のオットー・フォン・ハプスブルク=ロートリンゲンは「ハプスブルク帝国最後の皇太子」となり、以後2011年に亡くなるまで激動のヨーロッパの一世紀を生き抜くことになる。

日本人でオットー大公と交友関係があったのが、意外な組み合わせのように思えるかもしれないが、実業家で国士であった田中清玄氏であった。わたしは『田中清玄自伝』で、オットー大公のことを知ってから20年たつ。この二人は、じつは反共で伝統主義者であることが共通していた。

オットー大公の生涯は、この本に収録された1992年のインタビューで本人が語っているように、まさに「ヒトラーと共産主義との戦いの生涯」であった。 亡命生活のなか、オットー大公は米国のルーズヴェルト大統領を動かし、英国のチャーチル首相を動かすことで、第二次世界大戦後の欧州でのオーストリア再興に尽くす。まさに「ノーブレス・オブリージュ」の発揮である。この間のスリリングな状況は、まるでドラマのようだ。

いわゆる「ハル・ノート」という無理難題を記した事実上の「最後通牒」で日本を対米開戦に追い込んだ米国の国務長官コーデル・ハルは、オットー大公による「オーストリア再興」の邪魔をした人物として本書に何度も登場する。オーストリアはナチス・ドイツに「併合」されたが、大戦後の「再興」のためにオットー大公は奔走していたのだ。この事実は本書で初めて知った。ハルっていうのは、そういうヤツだったのか、と不快感と怒りを新たにする。ここに特記しておきたい。

日本は第一次大戦ではオーストリア(=ハプスブルク帝国)の敵国、第二次世界大戦ではドイツと同盟国になったために、ナチスを敵に回したオットー大公とは反対側に立つことになったのであるが、昭和天皇に拝謁した際には、オットー大公はどのような話をされたのだろうか? 交友関係のあった田中清玄氏とは、はたして国務長官ハルのことは話題にしたことがあったのだろうか? そんな想像をしてみたくなる。


(ドイツ語原書 1992年刊)


第2次大戦後に「オーストリア再興」というミッションを見届けた後は、欧州議会の議員としてEU統合のために身を尽くすことになる。交友関係があったリヒャルト・クーデンホーフ=カレルギー伯爵の「汎ヨーロッパ主義」に共鳴していたオットー大公もまた、同じような志向をもっていたのである。ちなみにクーデンホーフ=カレルギー伯爵の母親は日本人である。

「ベルリンの壁崩壊」(1989年)につながったのが「汎ヨーロッパ・ピクニック」というイベントだが、このイベントを思いつき主催したオットー大公は、ヨーロッパでの冷戦構造崩壊の功労者なのである。オーストリアとハンガリーの国境が開放され、東ドイツ人を含む東側の人たちが大量に西側に脱出した「事件」である。

オーストリア=ハンガリー二重帝国ゆえに、ハプスブルク家はハンガリーの君主でもあった。オットー大公が関与していた件は、ずいぶんと前のことだが「NHKスペシャル」で取り上げていた記憶がある。



■歴史を深く知ることで、未来への「先見性」が磨かれる

インタビューで語られるオットー大公の発言には、深い洞察と教養にもとづいた金言のようなフレーズがちりばめられている。さすが欧州で650年つづいた帝国のハプスブルク家は違うなあ、という感慨を抱くのである。

オットー大公は、1992年のインタビューで次のように語っている。

「私が長い政治家としての人生から何かを学んだとしたら、それは政治の世界には二つの言葉、「決して(し)ない」という言葉と、「恒久的な(永遠に)」という言葉は見当たらないということです。「恒久的」なのは神であり、歴史を少しでも知る人であればおわかりでしょうが、その根本法則は変化です。この根本的なことはどれほど強調してもしすぎることはありません」(P.366 太字ゴチックは引用者=さとう)

歴史を深く知ることで、未来への先見性が磨かれるのである。それを体現してたのがオットー大公であった。深い関わりをもったチャーチル英首相も、EU構想の父であるクーデンホーフ=カレルギー伯爵もまた、歴史の素養の深い「教養人」であった。

オットー大公の判断の軸となっていたのがキリスト教であり、しかもカトリック信仰であったことは、カトリックの保護者であるハプスブルク家ならではといえるだろう。

ハプスブルク帝国(=オーストリア=ハンガリー二重帝国)が1918年11月11日に崩壊してから今年で100年になる。それは、第一次世界大戦後から第2次世界大戦を経て、冷戦構造の成立から崩壊後まで含んだ激動の一世紀である。

1912年11月20日に生まれて、2011年7月4日に98歳で亡くなったオットー大公は、まさにこの激動の一世紀を体現した人物であった。本日(2017年11月20日)は、奇しくもオットー大公の生誕105年に当たる。


(画像をクリック!)


目 次

オットー・フォン・ハプスブルク=ロートリンゲンの人生(関口宏道=監訳者)
第1章 幼年時代(1912~1929)
 第1節 オーストリア=ハンガリー帝国
 第2節 レケイティオ
第2章 青年時代(1929~1940)
 第1節 ヒトラーの演説を聞く
 第2節 国家社会主義と対峙
 第3節 シュテーノッケルゼール
第3章 アンシュルス(=ドイツによるオーストリア併合 1938)
 第1節 コードネームは「オットー作戦」
 第2節 極秘文書、ドイツ国防軍司令部発ヒトラーの指示
第4章 パリ(1939~1940)
 第1節 オーストリア再興のために
 第2節 パリへ向かう
 第3節 「オーストリア代表部」「亡命オーストリア人部隊」設立に動く
 第4節 フランスはオーストリア再興の必要性を承認
第5章 挑戦し続けるオットー(1940)
 第1節 最初のアメリカ行き
 第2節 パリ。オットーによる救出作戦
 第3節 「ナーハ ヴェスト」(西へ)
第6章 再びアメリカへ(1940~1944)
 第1節 オーストリア救援に力を尽くす
 第2節 政治力と情報戦
第7章 オーストリア再興のための戦い 
 第1節 アメリカのオットー、ロンドンのローベルト
 第2節 オーストリア大隊編成をめぐる反対勢力の詭弁
第8章 中央ヨーロッパの命運(1943~1944)
 第1節 ケベック会議
 第2節 パン・ヨーロッパへの始動
第9章 モスクワ宣言発効(1944)
 第1節 ロンドンライン
 第2節 アメリカを関与させる
第10章 ハンガリー
 第1節 オットーの尽力
 第2節 ハンガリー、ソ連の最初の犠牲になる
第11章 第二次世界大戦終結後(1945~1991)
 第1節 ヨーロッパへの帰還
 第2章 ヨーロッパの国々の中で
 第3節 統一ヨーロッパへ
 第4節 共産主義崩壊後の世界
 第5節 オリエントへの旅
第10章 東西冷戦終結
 第1節 パン・ヨーロッパ・ピクニックはこうして始まった
 第2節 ハンガリーの「聖シュテファンの王冠」
訳者あとがき
ハプスブルク=ロートリンゲン家略系図
オットー・フォン・ハプスブルク=ロートリンゲン年譜
人名索引

著者プロフィール

エーリッヒ・ファイグル(Erich Feigl)
1931年ウィーン生まれ。テレビドキュメンタリーの映像作家であり著述家でもある。ツィタ皇后とオットー大公に直接インタビューをし、また多くの資料を入手し、ハプスブルク家に関する著作やフィルムを数々作成。その優れた仕事に対して学問と芸術における栄誉賞を授与され、またウィーンの市民として金の栄誉賞も受けている。2007年死去。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)
日本語訳者プロフィール

北村佳子(きたむら・よしこ)

1974年早稲田大学第一文学部ドイツ文学専攻卒業。ゲーテ・インスティテュート東京上級クラス修了。ウェラ化粧品、コメルツ銀行東京支店などに勤務。ドイツ人役員や支店長の秘書として翻訳通訳業務を行う。2001年コメルツ銀行退職。現在はフリーランスとしてドイツ語の翻訳業務に携わる。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)


<ブログ内関連記事>

書評 『身体巡礼-[ドイツ・オーストリア・チェコ編]-』(養老孟司、新潮社、2014)-西欧人の無意識が反映した「文化」をさぐる解剖学者の知的な旅の記録
・・「第1章 ハプスブルク家の心臓埋葬-ヨーロッパの長い歴史は、無数の死者と共にある、 第2章 心臓信仰-日本人には見えない、ヨーロッパの古層 でハプスブルク家の「心臓埋葬」について取り上げられている。オットー大公の心臓もまた同様の扱いとなったようだ

書評 『向う岸からの世界史-一つの四八年革命史論-』(良知力、ちくま学芸文庫、1993 単行本初版 1978)-「社会史」研究における記念碑的名著 ・・失敗に終わった「1848年革命」をウィーンを舞台に描く

「サラエボ事件」(1914年6月28日)から100年-この事件をきっかけに未曾有の「世界大戦」が欧州を激変させることになった

書評 『未来の国ブラジル』(シュテファン・ツヴァイク、宮岡成次訳、河出書房新社、1993)-ハプスブルク神話という「過去」に生きた作家のブラジルという「未来」へのオマージュ

書評 『知の巨人ドラッカー自伝』(ピーター・F.ドラッカー、牧野 洋訳・解説、日経ビジネス人文庫、2009 単行本初版 2005)
・・1909年ウィーンに生まれたドラッカーは、第一次大戦に敗戦し帝国が崩壊した都市ウィーンの状況に嫌気がさして17歳のとき(1926年)、商都ハンブルクに移っている

書評 『西洋史学の先駆者たち』(土肥恒之、中公叢書、2012)-上原専禄という歴史家を知ってますか?
・・歴史家の上原専禄は、ハプスブルク帝国崩壊後の1923年からウィーンに留学している

書評 『ヒトラーのウィーン』(中島義道、新潮社、2012)-独裁者ヒトラーにとっての「ウィーン愛憎」

映画 『悪童日記』(2013年、ハンガリー)を見てきた(2014年11月11日)-過酷で不条理な状況に置かれた双子の少年たちが、特異な方法で心身を鍛え抜きサバイバルしていく成長物語

ハイテク界の巨人逝く(2016年3月21日)-インテル元会長のアンドリュー・グローヴ氏はハンガリー難民であった

オーストリア極右政治家の「国葬」?
・・オーストリア共和国の政治風土の一端について取り上げた

『大アジア燃ゆるまなざし 頭山満と玄洋社』 (読売新聞西部本社編、海鳥社、2001) で、オルタナティブな日本近現代史を知るべし!
・・田中清玄の頭山満にかんする発言を取り上げてある

書評 『レッドブルはなぜ世界で52億本も売れるのか-爆発的な成長を遂げた驚異の逆張り戦略-』(ヴォルフガング・ヒュアヴェーガー、長谷川圭訳、日経BP社、2013)-タイの 「ローカル製品」 を 「グローバルブランド」に育て上げたストーリー ・・レッドブルの本社はオーストリアのザルツブルク近郊にある

JBPress連載コラム13回目は、「31歳のイケメン首相誕生か?オーストリアに注目せよ-「ハプスブルク帝国」崩壊から100年、今も中欧で求心力を発揮」(2017年11月21日)

(2017年11月21日、2018年1月4日 情報追加)


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2016年6月24日金曜日

ついに英国が国民投票で EU からの「離脱」を選択-歴史が大きく動いた(2016年6月24日)

(連合王国のユニオンジャックは構成国の組み合わせである)

英国の国民は、EU(=欧州共同体)からの「離脱」(Leave)を選択した。いわゆる「ブレクジット」(Brexit)である。英国(Britain)と「離脱」(Exit)の合成語であり造語である。

2016年6月23日に実施された国民投票(=レファレンダム)の結果、51.9% 対 48.1%で「離脱」派が過半数を制したのである。まさに今日この日、ついに歴史は大きく動いたのである。「離脱か否か、それが問題だ」(To leave or not, that is the question)と優柔不断なハムレットの心境のような状態が数ヶ月に渡って続いていたが、大方の予想を覆し「離脱」という最終結論が下された。

国民投票には法的拘束力がないとはいえ、議会制民主主義(あるいは代議制)という間接民主制では完全に反映されない「民意」が数字として表明されたのである。悪天候にもかかわらず投票率が72%もあったということが、なによりも雄弁に物語っている。議会制民主主義の本家本元である英国での出来事だけにより注目されるのである。

財政破綻のギリシアですら「離脱」(Grexit)をとどまったのに、主要メンバーである英国が「離脱」を選択したのである。この意味は計り知れない大きさをもつ。「離脱」を選択した英国にとっても、「離脱」によって主要メンバーを失うEUにとっても、今回の「離脱」は EU存続にとってのターニングポイントとなる。ドイツを制御できる大国は EU内に存在しなくなるからだ。

短期的には金融面を中心に、混乱が発生することは避けられない。英国を欧州拠点に戦略展開している日本企業にとっても、頭の痛い問題であろう。しかし、中長期的にみれば、英国国民にとってはよい選択だったと回想されることになるかもしれない。

たしかに、物心ついてからEUに加盟していることが当たり前であった英国の若年層にとってはショッキングなことだろう。それ以外の英国とEUの関係を知らないからだ。彼らはいわゆる「ミレニアム世代」(=新千年紀世代)でもあるが、EUにとどまるという選択は、ある意味で「現状維持」の発想であり、若年層は自分たちが思っている以上に保守的なものかもしれない。

今回の国民投票は、「離脱」支持者が高年齢層に多かったことに示されているように「シルバー民主主義」の問題点が露呈したといえるかもしれない。だが、若年層との顕著な違いは、EU加盟以前の英国を肌身を通じて知っていたという体験の有無である。つまりは歴史を知っているかどうかの違いだ。もちろん英国を抜本的に変身させた「サッチャー改革」をどう評価するかという点にかんする違いもあることだろう。


(投票結果のデモグラフィック分析 BloombergBusinessWeek記事より)

だが、英国は「島国」なのだ。大英帝国の夢よもう一度など郷愁だと解釈する人もいるがそれは当たらない。そうではなくて、「島国」という地政学的特性をもった国家の国民がもつ「見えざる意思」、あるいは本能的なものの発露と受け取るべきではないか。EUを実質的に仕切っているのは「大陸国家」のドイツであり、「島国」の「海洋国家」の英国にとっては不満が強かったことは容易に想像できる。

英国は、共通通貨ユーロには参加せずポンドを使いつづけてきたが、究極の国家主権とされる通貨発行権(=シニョリッジ: seigniorage)を EU に引き渡していなかったことは幸いであった。EUを離脱するに際しても、傷口を小さくすることができるのだ。これはギリシアとの根本的な違いである。

逆にいえば、ユーロを採用していなかったからこそ、英国の「離脱」は可能と考えられたのである。EUに加盟していながらユーロを使用しない国は英国のほかに、スウェーデン・デンマークといった北欧諸国がある。すでにユーロを採用しているオランダやフランスが、仮に国民投票で「離脱」を選択しても、実行には困難をともなうことは明白だ。「離脱ドミノ」はじっさいには置きにくいと考えるべきだろう。

英国国民ではない日本国民にとっても朗報と受け取るべきインプリケーションがあると捉えるべきではないだろうか。というのも、日本は英国と同様に「島国」だからだ。誰が、大陸国家に牛耳られた共同体(あるいは連邦)など望むというのか?

日本に引きつけて考えれば、大陸国家・中国の北京の官僚たちに牛耳られた共同体となる。わたしなら絶対に御免被りたい。前政権のときに浮上した「アジア共同体」なる愚かな政策構想は、今回の「英国離脱」で完全に消えたと思いたい。日本にとって、EUは目指すべきモデルでないことは明らかだろう。

(連合王国とユニオンジャックの秘密 筆者作成)

今後、間違いなく起こってくるのはスコットランド独立運動の再燃だろう。イングランドとウェールズが「離脱」に傾いたのに対し、国際金融と経済の中心であるロンドンだけでなく、スコットランドと北アイルランドは「残留」を望んでいるからだ。スコットランドが独立して連合王国(UK: United Kingdom)から「離脱」となれば、連合王国の「国の形」も変わることになる。ユニオンジャックという国旗の形も変わることになる。もしかすると、本日の国民投票の結果、「連合王国」崩壊の第一歩となった考えるべきかもしれない。

おそらく「英連邦」(=コモンウェルス Commonwealth of Nations: 諸国民の共通の富)という英国にとっての「資産」を、どう経済面で活かすことができるかが大きな焦点になってくる。だが、経済的なパワーが喪失した場合、はたして英連邦も現在のまま推移できるかは不透明である。

また、密接な関係にあるとされる米英関係についてだが、EU離脱した英国が、はたして米国にとって価値あるものであり続けるかうかは不明。ドイツを牽制する役割が英国に期待されていたからだ。

より大きな観点からいえば、「連邦離脱」が流血の事態を招かずに平和裏になされるということは、世界史においても希有な例となる。アメリカ合州国(United States of America)から南部の11州が「離脱」を宣言したとき、「南北戦争」という武力を伴う内戦が1853年から4年間もつづき、なんと60万人(!)も戦死している。

ソビエト「連邦」(=ソ連)もまた「離脱」の危機が迫ったことにより、最終的にソ連邦が解体し、ソ連という国家は地上から消えた。1991年のことだ。そしてその直後からユーゴスラビア「連邦」共和国もスロヴェニアの分離独立宣言が引き金となり解体、その後の凄惨なバルカン戦争へとつながっていった。「エスニック・クレンジング」(=民族浄化)というコトバが作られた戦争のことだ。

現時点ではっきりしていることは、これから2年間のあいだに「離脱」の実務を進めるということである。「離脱」完了のあかつきには、欧州大陸内の空港、たとえば玄関口であるフランクフルト空港のイミグレーションで、英国国民は Non-EU Citizen の列に並ぶことになる。同じ列に並ぶ日本人や米国人と共通の利害関係になるということだ。

英国のEU離脱(Brexit)で、完全に世界の政治経済の「潮目」が変わったのではないか、そんな気がしてならない。いまや、すでに「離脱」の是非を論じる段階ではない。「賽は投げられた」のである。ルビコンを渡ってしまったのである。すでに起こった事実は虚心坦懐に受け止め、それを外部環境変化として「与件」とし、自分の取るべきアクションに反映していかなくてはならないのである。

まだまだ不確実で不確定なことも多いが、世界史的な出来事として捉えるべきなのだ。けっして経済だけで論じるような小さな話ではない。そんな大きな出来事を同時代に体験できたことの意味を十分に理解すべきなのである。





<関連サイト>

Reflections on the Referendum  Analysis(Stratfor, June 26, 2016)
・・「陰のCIA」の異名をもつ米国の民間情報分析機関ストラットフォーがETAとのジョイントによるマクロ経済分析論考。英国のEU離脱は、経済金融の機能不全の「結果」であって、「離脱」が原因となって発生したのではないという主張。Brexit gives it more opportunity for constructive reform and greater flexibility to deal with future regional financial and economic instability and contagion. We also argued, however, that leaving would not cure all of Britain's ills.

英国のEU離脱は、極めて合理的な判断だった 英トップエコノミストが予言していた「崩壊」 (ロジャー・ブートル :エコノミスト、東洋経済オンライン、2016年06月24日)

英国のEU離脱で何が起こるか? (みずほ総合研究所、2016年4月19日) PDfファイル
・・「離脱」決定後のEUとの交渉プロセスについて詳細に解説

英EU離脱で「英連邦」が超巨大経済圏として出現する(上久保誠人、ダイヤモンドオンライン、2016年6月21日)
・・「英国のEU離脱は、おそらく中長期的にみれば、英国にとって不利益ではない。むしろ、英国に抜けられるEUの不利益となるのではないだろうか」 日本人でもこういう見方をする人もいる。

英国の優位性は不変、EU離脱交渉でも主導権を握る(上久保誠人、ダイヤモンドオンライン、2016年7月5日)
・・「国民投票を通じて、英国の分裂が明らかになったといわれるが、筆者には、むしろ残留派と離脱派の歩み寄りが少しずつ始まっているように見える。国民投票がなければ、政府は新自由主義的な政策を継続し、国民はずっと不満を持ち続けることになっただろう。そして、静かに国家の分断は進行し、いつか取り返しのつかないことになったかもしれない。国民投票というプロセスを経て、英国民が学んだことは小さくない」

英国はEU離脱で「のた打ち回る」ことになる 「EU研究第一人者」北大・遠藤教授の現地レポ(東洋経済オンライン、2016年6月27日)
・・「この(イングランドの)主権的な自決意識とナショナリズムの結合は、今回の国民投票を考えるうえでも重要だと思われる。つまり、英国独立党のような、2013年までは周辺的で、その後も決して多数派を掌握できない政党ではなく、何世紀ものあいだ主流を形成してきた保守党とその支持者にも、その2つの結合を経由して欧州懐疑主義が拡がっていった。そのことで初めて、局所的な運動を超えて、それはうねりをなしたのである」

英国が「EUを離脱しない」は本当なのか「EU研究第一人者」北大・遠藤教授が予測(東洋経済オンライン、2016年7月9日)
・・「「主権」的な議会は誰に選ばれているのか。それは国民である。その国民が、形式には諮問的であれ、総意を表明してしまった。それが国民投票である。その直接的な意思表明は、間接的な意思決定である議会の立法や採決に対し、相当な政治的正統性を帯びる。イギリス憲法史の権威でもあるヴァーノン・ボグダノー教授はこう述べた。「国民主権は議会主権より深い」。ほぼ間違いなく、議会は国民の声を尊重し、EU離脱に向かうだろう。

イギリスのEU離脱は経済的に合理的な選択だ(野口悠紀雄、ダイヤモンドオンライン、2016年6月30日)
・・「イギリスは世界的な金融取引の中心になっており、取引先にはオイルマネーなどもある。したがって、こうした取引について金融取引税の負担を免れることができる効果は大きいだろう。・・中略・・ ユーロに参加しなかったイギリスのほうが、概して、ユーロ圏諸国より経済パフォーマンスが良好だったのである。イギリスのEU離脱によって短期的に世界経済が混乱することは避けられない。しかしこのことと、長期的な制度選択の問題を混同してはならない。 今回のイギリス離脱の最大のポイントは、「EUという組織に重大な疑問がつきつけられた」ということなのだ。EU離脱は、イギリスという特殊な一国に限定された問題ではない」

英国の産業構造を知らずにEU離脱問題は語れない (野口悠紀雄、ダイヤモンドオンライン、2016年7月28日)
・・「イギリスの産業構造が高度サービス産業中心になっており、大陸諸国や日本のように製造業の比率がいまだに高い経済とは異なるからである。 日本では、イギリスに関して1980年頃までのイメージを持ち続けている人が多い。つまり、イギリス病から脱却できずに、経済活動が衰退しているというイメージだ。しかしイギリスは、90年代に大きく変貌したのだ。」 この点にかんしては『イギリス近代史講義』(川北稔、講談社現代新書、2010)も参照。また次の指摘も重要。「イギリスは、アメリカと中国に対しては、貿易黒字を計上している。したがって、イギリスが貿易関係をより緊密にしたいと考える相手国は、アメリカと中国であるはずだ。・・中略・・ 日本の場合には、過去の経常収支の黒字によって海外資産が蓄積され、それを受動的に運用しているにすぎない。それに対してイギリスの場合には、積極的に資金調達をして、それを投資に回しているのだ。つまり国際的な資金仲介を行なっているわけだ。」 要は、国際金融立国だということだ。

EU離脱後も揺らがない、金融立国の牙城 在英28年の作家が見た、英国が世界を揺るがした日 (黒木亮、日経ビジネスオンライン、2016年7月6日)
・・「国際取引契約は英語で作られ、英国法かニューヨーク州法が準拠法で、裁判管轄はロンドンかニューヨークである。これをフランス語や英語で契約書を作り、パリやフランクフルトでの裁判を前提にすることはありえない。 また金融機関の為替取引なら金融機関同士だけでできるが、商取引、プロジェクト、M&Aなどは、法律事務所、会計事務所、保険、商品取引、海運なども関わってくる。ロンドンには多数の法律事務所、会計事務所、巨大なロイズの保険市場、世界最大のLME(ロンドン金属取引所)、バルチック海運取引を中心とする屈指の海運市場などがある。・・中略・・ 英国に来ている外国企業は金融機関に限らず、EUだけでなく、中近東とアフリカをカバーしており、EUを離脱してもこの点の重要性は変わらない。・・中略・・ 英国もEU各国も政治的に成熟した先進国で国際交渉にも慣れており、互いに妥当なところで交渉をまとめ上げるはずだ。英国は国連の常任理事国で、核の保有国でもある。28年間住んで感じるのは、そう簡単には駄目にならない英国独特の強さである。

頼りにしていた英国が!ショックを受けるフランス 英国EU残留を望んでいたフランス、英仏関係はどうなるのか(山口昌子、JBPress、 2016年6月.27日)

「政治家は市民の力を恐れるなかれ」、直接民主制の専門家が指南(スイスの直接民主制)(Swissinfo.ch、2016年6月2日)

統合は死んだ、だがEUは生きている 国家でも単なる国際機関でもない、等身大のEUとは? (遠藤 乾、東洋経済オンライン、2013年6月18日)
・・参加国にとってのメリットは、3つのP:Peace(域内平和), Prosperity(域内繁栄) and Power(域外への対抗力)。「2005年、フランスとオランダというECSC以来の原加盟国が欧州〈憲法〉条約を国民投票で葬り去り、その二年後「憲法概念は放棄」とEU首脳が明示的に合意したとき、そうした「統合」物語もまた放棄されていた」 EUは国家でも連邦でもない宙ぶらりんな存在

英国EU離脱で「欧州と世界」はどう変わるのか (遠藤乾、東洋経済オンライン、2016年7月16日)
・・「いまのドイツは戦間期のアメリカに近く、自身の権力と責任(意識)とが見合っていない状況にある。じつは、いま欧州で必要とされるのは、責任に見合ったより一層のドイツの権力行使であり、正しい権力の使い方なのだが、「ドイツの覇権が復活した(ので警戒せねば)」とだけ述べる多くの言説は、その必要を覆い隠してしまう。こうして中途半端なドイツの権力と責任感の下で、欧州経済社会は窒息する。そのなかで、不満分子は当然増え、反EU機運が盛り上がる。それを担うのは、イギリス同様、グローバル化=EU統合でないがしろにされてきたと感ずる中流以下の層である。・・中略・・ 特に独仏における政党政治が底抜けすると、EUが内破するというのがボトムラインであり、それが当面ありそうにないとすると、今回のイギリス国民投票はEU崩壊・瓦解でなく、再編をもたらすものとなろう。」

「英国国民投票-EUの反応と今後の手続きは?」(2016年6月号 質問コーナー、EUの日本語広報誌『EU MAG』記事)
・・「Q2.国民投票に先立ち、英国政府の要請で英国とEUが交渉した条件についてはどうなるのですか?  A: 2016年2月18日、19日の欧州理事会(EU首脳会議)で合意された「EU内の英国の特別な地位を強化する合意(the UK Settlement)」は、消滅しました」

EUの盟主ドイツで「イギリス離脱」はどう報じられたか-これって「イジメ」じゃない? 結論が出て、ますます混迷深まる (川口マーン惠美、現代ビジネス、2016年7月1日)

英EU離脱の隠れた理由は「宗教」だ (宿輪純一、ダイヤモンドオンライン、2016年7月6日)
・・英国を英国たらしめているのは国教会(=アングリカン・チャーチ)。英国国王は国教会の首長である。英国が大陸と一線を画している理由の背景にあるものに宗教がある

イギリスEU離脱と中国の計算 (遠藤誉、2016年6月26日)
・・「イギリスがEUから離脱しても、イギリスはますます中国への経済依存度を高めるだけで、中国がEUとの距離をメルケル首相を通して強化していれば、中国は漁夫の利を得ることになる。・・中略・・ AIIB加盟に関し、イギリスに率先して手を挙げさせることによって先進7ヵ国(G7)の切り崩しを図ったわけだ。日米を除くG7のAIIB参加に成功した中国は、イギリスのEU離脱の日に備えて、イギリスとは別にEUとの連携を強化し、EUで最大の力を持っていると中国がみなしているドイツをターゲットにした。」

Brexit: The Impact on Business (Bloomberg BusinessWeek, July 29, 2016)

EU離脱もイギリス経済は全然ヤバくなってない-あの懸念は何だったのか 黄信号が灯ったのはむしろユーロ圏 (安達誠司、現代ビジネス、2016年8月25日)
・・「リーマンショック後、イギリスは先進国の中ではもっとも成長率が高い国に分類される・・中略・・ イギリスの国民投票後に、大陸欧州の銀行株が急落したことを考えると、今回の「Brexit」問題は、イギリス経済の問題というよりも、欧州の金融問題の深刻さを炙り出したと言えなくもない。このように考えると、「Brexit」の問題は、経済面でいえば、イギリスというよりも、むしろユーロ圏を中心とした大陸欧州経済の深刻さをあらためて浮き彫りにしたのではなかろうか。」

 【ゼロからわかる】イギリス国民はなぜ「EU離脱」を決めたのか 露わになるグローバル化の「歪み」(笠原敏彦、現代ビジネス、2017年1月8日)

(2016年6月27日・28日・30日、7月3日・9日・24日・29日、8月27日、2017年3月18日 情報追加)



<参考情報>

「ノルウェーはなぜEUに加盟していないのですか」(ノルウェー大使館 公式ウェブサイト よくある質問 FAQ)
・・「1994年に行なわれた国民投票の結果、ノルウェーはEUに加盟しないことを決定しました。主な理由としては、EUに加盟することによって国内および国際的政治政策で、国としての独自性を保つことが難しいことや、貿易・産業の分野でノルウェーの利益を十分に守ることができないことなどがあげられます。ただし、1994年の国民投票の結果をみても反対52%、賛成48%とその差は大変小さく、意見の分かれる難しい問題です。現在でも引き続き議論が行なわれています」


英国のEU離脱の衝撃は何百年と語り継がれるだろう「逆回し」で歴史をさかのぼると見えてくること(佐藤けんいち、JBPress、2017年6月6日)
・・このブログのオーナーであるわたくし自身が執筆したコラム記事。

(2017年8月15日 情報追加)


(追記) なお、2017年5月18日に出版した拙著『ビジネスパーソンのための近現代史の読み方』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2017)では、「想定外」であった英国の「EU離脱」と米国のトランプ大統領誕生を「2016年の衝撃」と捉えて、その衝撃を出発点とした近現代史を描いているので参照していただきたい。(2016年8月15日 記す)





<ブログ内関連記事>

■「近代」以降の英国史

書評 『大英帝国という経験 (興亡の世界史 ⑯)』(井野瀬久美惠、講談社、2007)-知的刺激に満ちた、読ませる「大英帝国史」である
・・本書には、スコットランド併合と北部アイルランド併合の歴史も詳述されている。連合王国(United Kingdom)とは、イングランドによる周辺王国の併合の結果生まれたものだ。歴史的経緯を考えれば解体もあり得る話だとわかる

書評 『大英帝国衰亡史』(中西輝政、PHP文庫、2004 初版単行本 1997)-「下り坂の衰退過程」にある日本をどうマネジメントしていくか「考えるヒント」を与えてくれる本
・・「英国に対する挑戦者としてヨーロッパ大陸から急速に勃興し英国を脅かす存在となったドイツが、何かしら日本に対して挑戦者として急速に勃興してきた中国を想起させるものがあるのだ。 歴史の教訓として、英国はドイツを意識しすぎるあまり、衰退を早めたことが本書では語られている」

映画 『マーガレット・サッチャー-鉄の女の涙-』(The Iron Lady Never Compromise)を見てきた
・・EUに懐疑的であったサッチャー首相

『2010年中流階級消失』(田中勝博、講談社、1998) - 「2010年予測本」を2010年に検証する(その1)
・・「金融ビッグバン」後の英国で、英国の証券会社に日本人として勤務していた著者が体験し、つぶさに観察した実情を「鏡」にして、日本の行く末を考察した内容の本。英国の格差社会化は、日本に先行している

書評 『イギリス近代史講義』(川北 稔、講談社現代新書、2010)-「世界システム論」と「生活史」を融合した、日本人のための大英帝国「興亡史」
・・「サッチャー革命」による金融街シティの変貌が、ジェントルマン資本主義から新自由主義への完全な移行をもたらした・・(中略)・・ 現在のシティは、すでに白洲次郎が語っていたような金融界ではない」

「近代スポーツ」からみた英国と英連邦-スポーツを広い文脈のなかで捉えてみよう!
英国については、2012年にインターネット放送で、「近代スポーツ」からみたイギリスとイギリス連邦」というテーマで語っているのでご参照いただきたい。


■EU(欧州共同体)とドイツ

書評 『ユーロ破綻-そしてドイツだけが残った-』(竹森俊平、日経プレミアシリーズ、2012)-ユーロ存続か崩壊か? すべてはドイツにかかっている
・・「国債とは英語でいえばソブリン・ボンド(Sovereign Bond)のことだ。ソブリンとは主権国家の「主権」を意味する。だが、共通通貨ユーロの加盟国であるギリシアには、究極の国家主権である通貨発行権はいまやない。国家として独自の通貨はもてないのである。 にもかかわらず、ギリシアだけでなくその他のユーロ加盟国も、財政主権など通貨発行権以外の主権を有したままの中途半端な状態になっている。これが、ユーロ設計の問題点なのだ。設計ミスといっていい」

書評 『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる-日本人への警告-』(エマニュエル・トッド、堀茂樹訳、文春新書、2015)-歴史人口学者が大胆な表現と切り口で欧州情勢を斬る
・・すでに経済的にはドイツに従属するフランス。英国が「離脱」したあと、ドイツのさらなる巨大化は避けられないか?


■主権在民というプリンシプルと国家主権の意味

書評 『国家債務危機-ソブリン・クライシスに、いかに対処すべきか?-』(ジャック・アタリ、林昌宏訳、作品社、2011)-公的債務問題による欧州金融危機は対岸の火事ではない!
・・「主権国家」(ソブリン・ステート)という概念と、それを発展させてきた欧州の歴史を見ることで、現在の国民国家(ネーション・ステート)危機が、国民国家の主権者である国民にとっての危機でもある」 欧州共同体のメンバーであるということは、国家主権が制限されることを意味する。

「小国」スイスは「小国」日本のモデルとなりうるか?-スイスについて考えるために

書評 『スイス探訪-したたかなスイス人のしなやかな生き方-』(國松孝次、角川文庫、2006 単行本初版 2003)
・・「国民投票による直接民主制を堅持するスイスには、実はプロの政治家はいっさい存在しない。みな他に職業をもっており、連邦レベルでも政治は奉仕活動」

書評 『大英帝国の異端児たち(日経プレミアシリーズ)』(越智道雄、日本経済新聞出版社、2009)-文化多元主義の多民族国家・英国のダイナミズムのカギは何か? 
・・英国の強みは移民がもたらす多様性にあるのだが、度が過ぎると捉えたのが「離脱」派なのであろう

「主権在民」!-日本国憲法発布から64年目にあたる本日(2011年5月3日)に思うこと


■「脱出」関係

「島国」の人間は「大陸」が嫌いだ!-「島国根性」には正負の両面があり、英国に学ぶべきものは多々ある

欧州に向かう難民は「エクソダス」だという認識をもつ必要がある-TIME誌の特集(2015年10月19日号)を読む

「3-11」後の個人の価値観の変化に組織は対応できていますか?-個人には「組織からの退出」というオプションもある
・・経済学者ハーシュマンの voice/exit (発言/退出)を地で行くような英国の「EU離脱」劇 

(2016年6月27日・28日、7月5日・9日、2017年8月15日 情報追加)


 
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2015年10月28日水曜日

欧州に向かう難民は「エクソダス」だという認識をもつ必要がある 1― TIME誌の特集(2015年10月19日号)を読む



ひさびさに TIME誌の印刷版を購入して読んだ。なぜなら欧州の難民問題が総力をあげて特集されているからだ。

正式なタイトルは、 Special Report  EXODUS : The Epic Migration To Europe & What Lies Ahead (特集エクソダス: 欧州への大規模人口移動とその先にあるもの)。2015年10月19日付け号である。

欧州の難民問題はエクソダス(EXODUS) であるという認識である。エクソダスとはギリシア語で大脱出という意味だ。旧約聖書の『出エジプト記』のことでもある。

今回の100万人規模を越える難民発生は勢いが止まらず、ロシアのポグロムや、ナチスドイツの迫害でユダヤ難民が大量発生した第二次世界大戦以後では最大規模のものとなっている。ちなみに、日本で『栄光への脱出』(1960年)として公開されたポール・ニューマン主演のイスラエル建国を描いた映画は、原題は EXODUS という。


(ユダヤ系のポール・ニューマン主演の『栄光への脱出』)


シリア難民問題のようなテーマについては、日本のジャーナリズムではカバー不可能だろう。たとえ問題の深刻さの認識を理解できたとしても、地理的に遠く、語学力がフルに必要とされる分野で大規模な取材を行うことはコスト的に割が合わないからだ。需要サイドの日本語読者の関心を引くかという問題でもある。

EXODUS という見出しを全面に出しているのは、英国を代表する The Economist も同様だ。現在、シリア難民の多くがドイツを目指しており、ドイツもまた受け入れを表明しているとはいえ、難民問題が欧州全体の問題であるという認識があるためだろう。英米を代表するメディアがともにエクソダスという認識をもっていることは興味深い。




欧州の難民問題にかんしては、英国も含めた欧州は歴史的な経緯を含めて「当事者」であるが、大西洋をはさんで対岸にある米国はかならずしも直接の当事者とはいえない。

だが、難民を含めた移民問題にかんしては、大規模に移民を受け入れ、それが活力を生み出してきた「先進国」としての認識が米国にはある。そういう視点から書かれたのが TIME誌の特集記事である。

中東からのシリア難民は陸伝いにトルコまできて、密航船でトルコから対岸のギリシアに渡り、バルカン半島を北上して陸路でドイツを目指す。アフリカ難民もまた密航船で地中海を渡るが、最短距離のシチリアから入って、イタリアから北上する。

TIME でも The Economist でもそうだが、表紙に使用された写真をみればわかるとおり、関心はもっぱらシリア難民に向かっている。第二次大戦時のユダヤ難民を読者に想起させることを意図しているようだ。

難民認定されたら、シリア難民を労働力不足解消策として活用することを期待している関係者も少なくないようだ。なぜなら、シリア難民は比較的教育程度も高く、スマホを使いこなしている者が少なくないからだ。受け入れコストはかかるが、それに見合った(?)ベネフィットがあると見ているのかもしれない。そういえば、亡きスティーブ・ジョブスの実の父親はシリア系の米国移民であった。

これに対してアフリカ難民にかんしては、難民を乗せた密航船が沈没するとニュースにはなっても、シリア難民ほど大きなニュースにはならない。しかも、単独で脱出してきた未成年者が多く、十分な教育を受ける機会がなかった者が多い。一方的なコスト増加要因になるのではないかと懸念があるようだ。

TMIE誌の特集は、密航ビジネスの実態なども含めた難民問題の現地レポートも読ませるが、全体的にドイツを模範としてみる視線があるような印象を受ける。ユダヤ人虐殺を行ったナチスドイツの轍はぜったに踏まないという決意が生み出した理想主義はすばらしいものがある。だが、ユーロ危機と同様に、そのドイツの姿勢がEU内で不協和音を生み出していることに注意する必要がある。

その意味では、特集のなかにある 「Gゼロ」論のイアン・ブレマー(Ian Bremmer)氏の論文が重要だ。Europe Divided. The migrant crisis tests the limits of E.U.cooperation (分断される欧州:難民危機はEUの協力関係の限界をテストする)は、難民問題をめぐって対立するEU加盟国間の対立が、欧州統合に冷戦崩壊後かってなかった危機的状況をもたらしていると結論している。国境線をなくして移動の自由を確保するという理念そのものが問われているからだ。

そもそも移民受け入れにかんしては、欧州の先進国のあいだでも一枚岩でないことは、内藤正典氏による『ヨーロッパとイスラーム-共生は可能か-』(岩波新書、2004)など読めばわかることだ。いまはウェルカム一色のシリア難民受け入れだが、じっさいに移住先で定着するというフェーズに入っていくと、さまざまな軋轢(あつれき)が生まれてくることだろう。

難民問題は、日本も無関係ではない。人口減少と労働力不足が顕在化している現在、問題解決の手段の一つとして日本も難民受け入れを検討すべきなのではないかと思うのだが・・・。

冷戦崩壊後の秩序崩壊で大量に発生した難民問題の解決を、国連難民高等弁務官として新緑下のが日本人の緒方貞子氏であったことを忘れるべきではない。



PS TIME の印刷版を読むのはひさびさだが、文字がえらく小さくて読みにくいのには閉口した。スマホやタブレットであればスワイプして文字を拡大できるし、PCでも文字サイズは自分で設定できるのだが、印刷版ではそれができないのだ。記事の中身とは直接関係ないが、正直な感想として付記しておく。

PS2 シリア難民のなかにテロリストが紛れこんでいたことが、ついに2015年11月13日(金)にパリで起きた同時多発テロによる無差別殺人という悪夢となってしまった。この事件が、シリア難民の受け入れにいかなる影響を及ぼすか、日本人としても注視しなくてはなるまい。(2015年11月20日 記す)。

PS3 ドイツのケルンで2015年の年末に発生した女性をターゲットにした500件近い暴行と窃盗事件の容疑者の大半が、難民申請を行っていた北アフリカと中近東出身であり、しかも計画的な犯罪行為であったことが、ドイツ国内で難民受け入れに対する反発を引き起こし始めている。この事件がメルケル首相の理想主義に過ぎる政策への逆風となっているのは、当然といえば当然といえよう。理想はつねに現実によって裏切られるものだ。しかし、だからといって難民受け入れそのものに NO というのは短絡的に過ぎるのではないか。冷静な議論が必要だろう。(2016年1月11日 記す)

上記の事件にかんしては、下記の The Economist の記事を参照。中近東の「男」の常識は、欧州では通用しないということだ。まさに正論である。
Migrant men and European women To absorb newcomers peacefully, Europe must insist they respect values such as tolerance and sexual equality (The Economist,  Jan 16th 2016)





<ブログ内関連記事>

『移住・移民の世界地図』(ラッセル・キング、竹沢尚一郎・稲葉奈々子・高畑幸共訳、丸善出版、2011)で、グローバルな「人口移動」を空間的に把握する


■ユダヤ難民

書評 『諜報の天才 杉原千畝』(白石仁章、新潮選書、2011)-インテリジェンス・オフィサーとしての杉原千畝は同盟国ドイツからも危険視されていた! ・・ユダヤ難民

書評 『命のビザを繋いだ男-小辻節三とユダヤ難民-』(山田純大、NHK出版、2013)-忘れられた日本人がいまここに蘇える
・・ユダヤ難民

書評 『命のビザを繋いだ男-小辻節三とユダヤ難民-』(山田純大、NHK出版、2013)-忘れられた日本人がいまここに蘇える
・・ユダヤ難民

映画 『ハンナ・アーレント』(ドイツ他、2012年)を見て考えたこと-ひさびさに岩波ホールで映画を見た
・・ナチスドイツによるユダヤ難民とイスラエル建国

『パリのモスク-ユダヤ人を助けたイスラム教徒-』(文と絵=ルエル+デセイ、池田真理訳、彩流社、2010)で、「ひとりの人間のいのちを救うならば、それは全人類を救ったのと同じ」という教えをかみしめよう
・・ユダヤ難民


■シリアなどのレバント(=東地中海)

書評 『新月の夜も十字架は輝く-中東のキリスト教徒-』(菅瀬晶子、NIHUプログラムイスラーム地域研究=監修、山川出版社、2010)


■その他の難民問題

ハンガリー難民であった、スイスのフランス語作家アゴタ・クリストフのこと
・・1956年のハンガリー革命(=ハンガリー動乱)で亡命を余儀なくされた難民

書評 『香港バリケード-若者はなぜ立ち上がったのか-』(遠藤誉、深尾葉子・安冨歩、明石書房、2015)-79日間の「雨傘革命」は東アジア情勢に決定的な影響を及ぼしつづける
・・「難民的メンタリティ」をもっている香港第一世代との違い

ボリウッド映画 『ミルカ』(インド、2013年)を見てきた-独立後のインド現代史を体現する実在のトップアスリートを主人公にした喜怒哀楽てんこ盛りの感動大作
・・「シク教徒の多いパンジャーブ地方は、インドとパキスタンの国境地帯にあり、現在のパキスタンにあったミルカの一族は立ち退きを拒否して戦うことを選択したために皆殺しにされ、生き残ったミルカとその姉は難民となってインド側に命からがら逃れることになったのである。自分の目の前で家族が惨殺されるという残酷な体験がトラウマとなり、ときにフラッシュバック現象となってミルカの人生を苦しめつづけることになる。」

(2015年11月11日 情報追加)


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2015年6月14日日曜日

書評『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる-日本人への警告-』(エマニュエル・トッド、堀茂樹訳、文春新書、2015)-歴史人口学者が大胆な表現と切り口で欧州情勢を斬る


ここ数年、うすうすと感じてきたことを、かくも大胆に言語化してくれたことに敬意を表したい。そういう感想をまず記しておきたい。

『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる-日本人への警告-』(エマニュエル・トッド、文春新書、2015)は、日本でも著書が多数翻訳されて著名な、フランスを代表する歴史人口学者が大胆な切り口で欧州情勢を斬ったインタビュー集である。著者の申し出がキッカケとなって実現した、日本オリジナル編集版である。初出はいずれもフランスのネットメディア。

日本人読者にとって、なによりも関心が高いのは「ドイツ帝国」という表現とその実態についてであろう。

第一次世界大戦の敗戦でドイツ帝国が崩壊してすでに約1世紀、「第三帝国」の名のもとに世界を混乱に陥れたナチスドイツが崩壊して70年。そして米ソ冷戦体制崩壊から四半世紀以上が立ったいま、ふたたび「ドイツ帝国」が浮上してきたのである。

もちろん、いま浮上してきたドイツ帝国はカッコ書きの「ドイツ帝国」である。ドイツ自身が帝国を名乗っているわけでも、ドイツ人自身が豪語しているわけでもない。むしろ、その逆であろう。だが、ドイツは好むと好まざるにかかわらず、実質的に「帝国」というべき存在になりつつある。すくなくとも欧州の中心がドイツになっているのは、もはや誰も否定できないことだ。

なぜドイツが欧州の中心となり、帝国化しつつあるのか?

まずは地政学的なポジションがある。冷戦崩壊によって再浮上したのが「中欧」という概念である。ドイツ語でミッテルオイローパ(Mitteleuropa)という。このドイツ語のニュアンスは英語でもフランス語でも表現しにくいが、文字通りドイツが欧州の中心に位置するということを意味している。

さらに重要なことは、いまやドイツは欧州経済の中心となったという事実である。欧州共通通貨ユーロ(Euro: ドイツ語ではオイロという)の危機が問題となっているが、危機的状態にあるギリシアを筆頭に南欧経済が閉塞する一方、ドイツ経済の一人勝ち状態がもたらされており、ますます状況が進展しているのである。

共通通貨の最大の受益者であるドイツは圧倒的な経済力をもつに至り、その経済力が実質的な政治力を発生させている。かつてのバブル期の日本を想起させる状況となってきているのである。

再統一前のドイツは東西に分割されており、西側先進国の日本も西ドイツも、アメリカの支配体制のもとにがっちりと組み込まれていたが、日本が経済的な絶頂期に達した1980年代後半は、いまだ米ソ冷戦期であり、衰退過程にあったとはいえ米ソともに軍事的なパワーは圧倒的なものがあった。増大する日本経済のパワーはアメリカをも凌駕する勢いを示し、日米経済戦争といわれる状況であったのだ。

「シュレーダー改革」によって強靱なパワーを確立した2010年代前半のドイツは、1980年代後半の絶頂期の日本とは置かれている環境が異なる。強大化するドイツは、東アジアでいえば台頭する中国のような存在であり、アメリカのパワーが縮小するなかで、相対的にアメリカと対等の存在となりつつあるのだ。

エマニュエル・トッド氏の分析が興味深いのは、人口学の観点から「ドイツ帝国」のパワーを見ている点にある。

ドイツ本国自体は、日本と同様に出生率も低下しているのだが、周辺のドイツ語圏や、ドイツ経済圏に組み込まれている国々の人口を合わせると、人口規模ではアメリカを上回る(!)のである。

ドイツは、冷戦崩壊後に資本主義体制に組み込まれた旧東欧の国々の安い賃金を利用して生産を行い(・・この点は日本よりも有利な立場だ)、ドイツマルクを捨てて導入を決意した共通通貨ユーロがつくりだした広域市場では、為替リスクなしで(!)製品を輸出販売することができるのである。

ドイツ経済にとっては、きわめて都合のよい仕組みができあがったというわけだ。

欧州で一人勝ちしているドイツは、「秩序は人生の半分」(Ordnung is halbe des Leben)という格言をもつドイツ人のオブセッションである財政規律をドイツ以外にも押しつけている。経済の枠を越えて、政治の領域でもドイツがパワーを行使しはじめたのである。その対象は財政破綻状態のギリシアだけではない。その他の南欧諸国に対しても同様である。

エマニュエル・トッド氏もなんどか指摘しているが、ドイツ人は巨大なパワーを握ったときの、パワー行使の仕方に問題があるという。

ドイツ統一の最大の功労者ビスマルクが作り上げたドイツ帝国を崩壊させたヴィルヘルム二世しかり、第三帝国をつくりあげたが無謀な戦争で崩壊させたヒトラーしかり。大日本帝国を破綻させた日本もそうであったが、ドイツもまた「帝国」をマネジメントする能力には欠けるものがあるようだ。この点は、古代ローマとも、英国とも、アメリカとも異なる点だ。

気がついたら出現していた「ドイツ帝国」。はたしてドイツ人に帝国をマネジメントしていく覚悟と能力があるのか? 「ドイツ帝国」がふたたび世界の混乱要因となるのではないかという著者の懸念と憂慮は、大いに傾聴に値するといえよう。

ユダヤ系フランス人だからドイツ嫌い(?)だという印象を受けるかもしれない。たしかに、ドイツに従属的な無力なフランスの現状に対するいらだちのようなものは感じるのだが、イスラーム世界への偏見をもたない著者であり、とくにドイツ人に対する嫌悪感を抱いているわけではないようだ。
  
基本的に「普遍的人間像」を想定するフランス人の思考の弱点をついている点こそ、歴史人類学者としての立場が鮮明にでており好感がもてる点だ。基本的に左派の立場だが、旧来型の「フランス知識人」とは違って、経済学者のピケティと同様、アングロサクソン的思考法も身につけている人である。もちろん、いい意味のフランス的教養の厚みも兼ね備えてる。

出版元の文春としては、「ドイツ帝国」出現のアナロジーとして、中国台頭に目を向けたいのであろう。そのアナロジーが正しいのであれば、中国共産党もまた同じ道を歩む可能性が高い。現在、「ドイツ帝国」は肥大化しつつあるが、急速に巨大化したがゆえに比較的短期間で崩壊した過去の「ドイツ帝国」を想起する必要があろう。

台頭するドイツと、ふたたび復活しつつあるロシア。欧州大陸の政治経済情勢を左右するのはフランスデも英国でもなく、ふたたびドイツとロシアである。人口学の観点を踏まえた議論をすすめていくと、著者とは異なる立場にあるジョージ・フリードマンの地政学の議論と似てくるのが興味深い。ただし、フランスから見ているトッドと、アメリカから見ているフリードマンとのあいだには、それぞれの国のドイツとの関わりかたの違いに起因するズレはある。

著者はビジネス界の人ではないので言及がないが、本書の議論に重ねて、ドイツ産業界が国を挙げて推進している「インダストリー4.0」を重ねてみれば、世界の政治経済におけるドイツが無視できない強大なパワーとなっていることに気がつくはずだ。

欧州情勢の構造的変化を知ることにより、世界情勢の構造的変化を知ることにつながる好著であるといえよう。




目 次

日本の読者へ
1 ドイツがヨーロッパ大陸を牛耳る(2014.8)
2 ロシアを見くびってはいけない(2014.5)
3 ウクライナと戦争の誘惑(2014.5)
4 ユーロを打ち砕くことができる唯一の国、フランス(2014.6)
5 オランドよ、さらば!-銀行に支配されるフランス国家(2013.5)
6 ドイツとは何か?(2011.12)
7 富裕層に仕える国家(2011.12)
8 ユーロが陥落する日(2011.11)
編集後記

著者プロフィール

エマニュエル・トッド(Emmanuel Todd)
1951年生まれ。フランスの歴史人口学者・家族人類学者。国・地域ごとの家族システムの違いや人口動態に着目する方法論により、『最後の転落』(76年)で「ソ連崩壊」を、『帝国以後』(02年)で「米国発の金融危機」を、『文明の接近』(07年)で「アラブの春」を次々に“予言”。『デモクラシー以後』(08年)では、「自由貿易が民主主義を滅ぼしうる」と指摘。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


訳者プロフィール

堀茂樹(ほり しげき)
1952年生まれ。慶應義塾大学総合政策学部教授(フランス文学・哲学)。翻訳家。アゴタ・クリストフの『悪童日記』をはじめ、フランス文学の名訳者として知られる。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。

<付記>

ジョージ・フリードマンの最新刊 Flashpoints The Emerging Crisis in Europe, 2015 の「第9章 ドイツ問題ふたたび」を参照。トッド氏とは異なる立場にあるジョージ・フリードマンの地政学の議論は重要だ。トッドの著書とあわせて読むべき。日本語訳が出ている。



<関連サイト>

インフラ投資銀、ドイツが第4位の出資国に=資料 (ロイター、2015年6月10日)
・・[ベルリン 9日 ロイター] - 中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)にドイツが 4.1%出資する意向であることが9日、ロイターが入手した財務省の書類草案で明らかになった。 出資比率は中国、インド、ロシアに次ぎ、第4位になる見通しだ。 ドイツ政府は10日、AIIB設立文書に関する採決を行う予定」 西欧諸国のなかで突出した存在のドイツの意味を考えよ

Germany Emerges  Geopolitical Weekly FEBRUARY 10, 2015 (By Gertoge Friedman, STRATFOR)
・・地政学の立場から「ドイツ問題」を考察するジョージ・フリードマンの論考

Beyond the Greek Impasse  Geopolitical Weekly JUNE 30, 2015 (By George Friedman, STRATFOR)
・・同上。「ギリシア問題」は「ドイツ問題」であることを、キプロスと対比させる形で論じている。債務国のギリシアと債権国のドイツは、裏返しの関係にある。ドイツにとってユーロ危機は存在そのものを脅かす脅威である

An Empire Strikes Back: Germany and the Greek Crisis   Geopolitical Weekly JULY 14, 2015 (By George Friedman)
・・上記の記事のつづき。「ギリシア問題」は「ドイツ問題」である!

いま、ドイツと北京を直通列車が走っている 中国とEUつなぐ、習金平の新シルクロード構想(遠藤誉、日経ビジネスオンライン、2014年4月10日)
・・その後、この構想は「一帯一路」として公表されることになる

インダストリー4.0とは何か? ドイツが官民一体で進める「第4の産業革命」(1)  熊谷 徹 (日経ビジネスオンライン、2014年7月22日)

難民問題に臨んでメルケル首相が行なった歴史的決断  「モラルと倫理の政治」は、ドイツと英仏間の格差を歴然とさせた (熊谷 徹、日経ビジネスオンライン、2015年9月10日)
・・EUの盟主としての自覚を発揮するドイツにも注目する必要がある

緊急インタビュー! 仏学者エマニュエル・トッド 「VW事件から見えてくる ドイツ最大のの弱点」 ~やっぱりドイツが世界をダメにする? (現代ビジネス、2015年10月12日)
・・ドイツはギリシア問題、難民問題につづいてフォルクスワーゲンの排ガス規制不正事件など、つぎからつぎへと困難に遭遇中。
「私はさきほど技術的な評判はあまり問題ではないと言いました。なぜかといえば、排ガスをごまかすための装置というものを作れること自体、技術的に妙技であるといえるからです。では、私が真に問題と考えるのはなにか。それは、諸問題を単にテクニカル(技術的)なものとして扱い、モラル(道徳)の面を忘れてしまうという古くからのドイツの傾向です。フォルクスワーゲンのスキャンダルが起きて、世界中の人々はそんなドイツの特質を思い出したでしょう。知っての通り、この種の『中身のない合理性』は、それ自体が危険なのです」

【日本人へ】 なぜ、ドイツ人は嫌われるのか(塩野七生、「文藝春秋」2015年9月号 巻頭エッセイ)
・・イタリア人詐欺団による『300ユーロ紙幣事件』でだまされたドイツ人の話

ドイツも中国に見切り…不要論まで飛び出す強烈な手のひら返し (MAG2ニュース 国際、2016年1月27日)
・・「無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』の著者、北野幸伯氏が中国経済の状況に不安を感じたドイツが中国を見放し始めていることを指摘

ドイツ人教授が、E・トッドらのドイツ脅威論に反論する (フランク・レーヴェカンプ、幻冬舎plus、2016年4月9日)

メルケル首相も王毅外相も見落としている-日本とドイツでは戦後状況が異なる (遠藤誉、2015年3月10日)
・・「ドイツのヨーロッパ近隣諸国における戦後処理と、日本の戦後処理は全く異なり、日本には選択の余地はなかった。アメリカの言う通りに動き、アメリカのご機嫌をうかがいながら、その意向に沿って動く以外になかったのだ。メルケル首相も王毅外相も、その事実を直視していない」 つまり中国とドイツは、事実から目を背けほっかむりしているということだ。

(2015年7月1日、15日、9月10日、2016年1月2日、27日、5月21日、7月24日・27日 情報追加)



<ブログ内関連記事>

書評 『アラブ革命はなぜ起きたか-デモグラフィーとデモクラシー-』(エマニュエル・トッド、石崎晴己訳、藤原書店、2011)-宗教でも文化でもなく「デモグラフィー(人口動態)で考えよ!
・・「2008年のリーマンショック後にEU域内で強くなる一方の一人勝ち状態のドイツについて、トッドは以下のような発言をしている。「第10章 ドイツ-昨日はナチス、今日はエゴイスト」。

なぜドイツは、いまヨーロッパ内で、完全に利己主義的な経済政策を取っていると、お考えですか? ドイツは、普遍主義的なヨーロッパ的態度を取ることができないのです。・・(中略)・・ 普遍的なヨーロッパ的人間という何らかの観念に導かれて、ドイツがその強大な経済力をもってヨーロッパ全体の面倒を見てやるという気になる、ということがないのです。ドイツと日本は、沈静化した国で、本物の民主主義国です(ただ、日本人の方が、ユーモアのセンスがありますので、優位に立っていますが.......) ・・(以下略)・・  (*太字ゴチックは引用者=さとう)

ドイツの特殊性を論じるトッドだが、彼がフランス人だからというバイアスも感じなくはない。だが、世界情勢を見るにあたって傾聴に値する見解である。日本人の優位性を指摘する( )内の発言は、日本人としてはありがたい発言ではあるが(笑)

ドイツは、本物の政権交代型民主主義国ではありません。ともすると大連立を選ぼうとする傾向があります。それは脅威と言っているのではありません。ドイツは、巨大なドイツ語系スイスのようなものだと、言っているのです。・・(中略)・・ 西洋民主主義とは、その最も狭い意味において、その出発点において、その創設的中核というものは、フランス、イングランド、アメリカ合衆国だからです。つまりはトックヴィルの世界なのです。今日、歴史的な西洋というのが、当初から政治面でドイツを含んでいたなどという考えは、妄想というべきなのです。 (*太字ゴチックは引用者=さとう)


2015年1月から放送されたNHK・Eテレの「パリ白熱教室」は、「格差問題」という旬の話題の研究者であるピケティ教授の連続レクチャーシリーズ
・・ピケティ教授も、いわゆる「伝統的なフランス型知識人」ではない

書評 『歴史入門』 (フェルナン・ブローデル、金塚貞文訳、中公文庫、2009)-「知の巨人」ブローデルが示した世界の読み方
・・20世紀を代表する歴史家フェルナン・ブローデル。アナール派の総帥として「数量史」「時系列史」の先鞭をつけた社会経済史家


■現代ドイツとドイツ人

書評 『ドイツリスク-「夢見る政治」が引き起こす混乱-』(三好範英、光文社新書、2015)-ドイツの国民性であるロマン派的傾向がもたらす問題を日本人の視点で深堀りする
・・トッドとほぼ同時期に出版された本。日本人の著者による日本人向けの本書は、日本人読者にはよピンとくる内容であろう

書評 『ユーロ破綻-そしてドイツだけが残った-』(竹森俊平、日経プレミアシリーズ、2012)-ユーロ存続か崩壊か? すべてはドイツにかかっている
・・「いい意味でも悪い意味でも、いまやドイツは欧州の中核にある。ドイツがいかなる行動をとるかによってユーロの運命は決まるのである」 ユーロ ドイツ一人勝ち アタマの引き出し

ドイツを「欧州の病人」から「欧州の優等生」に変身させた「シュレーダー改革」-「改革」は「成果」がでるまでに時間がかかる
・・大連合によって成立したメルケル政権は「シュレーダー改革」の延長線上にある

ドイツが官民一体で強力に推進する「インダストリー4.0」という「第4次産業革命」は、ビジネスパーソンだけでなく消費者としてのあり方にも変化をもたらす

書評 『なぜメルケルは「転向」したのか-ドイツ原子力40年戦争の真実-』(熊谷 徹、日経BP社、2012)-なぜドイツは「挙国一致」で「脱原発」になだれ込んだのか? 
・・福島第一原発の事故の際、ドイツ人が示した態度につよい違和感を感じたのは、わたしだけではあるまい。ドイツ人の意識あるいは無意識の根底には、ぬぐいがたいアジア人への蔑視があるのではないか?
本書を読むと、先進工業国という共通性をもちながら、およそドイツ人と日本人は似て非なる民族であることが手に取るようにわかる。
ユーラシア大陸の東端にある島国と、大陸の「中欧」国家であるドイツとは地政学的条件もまったく異なるのである。陸続きで何度も国土を蹂躙された経験をもつドイツ人の不安心理は長い歴史経験からくるものであろう。
本書を読んで、日本人とドイツ人のリスクにかんする意識の違いはわかった。もちろん日本人の「根拠なき楽観」は大きな問題だが、といって一概にドイツを礼賛する気にはなれない。なんだかナチスドイツに一斉になびいた戦前のドイツを想起してしまうからだ。

書評 『あっぱれ技術大国ドイツ』(熊谷徹=絵と文、新潮文庫、2011) -「技術大国」ドイツの秘密を解き明かす好著
・・「ドイツを特徴づけている、いわゆるミッテルシュタント(Mittelstand:中規模企業)だという。日本でいえば中堅中小企業がこれに該当するといっっていいだろう。 ドイツ人経営コンサルタントのヘルマン・ジモン(Hermann Simon)のいう「隠れたチャンピオン」(hidden champions)の一つと考えてよいのだろう。ニッチ市場に特化して、世界シェアを占める無名のミッテルシュタント(中規模企業)が活躍しているのがドイツなのである。 ポルシェやディーゼル、ツェッペリンなどの綺羅星のような発明家は本書でも取り上げられているが、世界的な知名度は高くなくても、現在でも多くの起業家を輩出している国がドイツなのである。たとえ、アメリカのソリコンバレーほどの派手さはないとしても。」  「隠れたチャンピオン」についてはトッドも言及

書評 『ブーメラン-欧州から恐慌が返ってくる-』(マイケル・ルイス、東江一紀訳、文藝春秋社、2012)-欧州「メルトダウン・ツアー」で知る「欧州比較国民性論」とその教訓
・・「秩序と規律をこよなく愛すドイツ人は、ギリシアとはまさに正反対にあるこことは言うまでもない。だが、そのドイツにも落とし穴があったことを指摘するルイスはじつに鋭い。「リーマンショック」の際、ドイツの金融機関が無傷であったわけではないのだ。「ルールを偏愛するがゆえの脇の甘さ」という指摘はじつに示唆に富む。・・(中略)・・さらに、「ドイツははたしてヨーロッパ化されたのか」という根源的な疑問が欧州で復活していることも見逃せない。ナチス以後の「ユダヤ人を欠いたドイツ金融界」は、考えてみれば日本と同じである。これは、英米の金融界との大きな違いであることは間違いない。このことが何を意味しているかは、いろいろ考えてみる価値はある。」

書評 『スノーデンファイル-地球上で最も追われている男の真実-』(ルーク・ハーディング、三木俊哉訳、日経BP社、2014)-国家による「監視社会」化をめぐる米英アングロサクソンの共通点と相違点に注目
・・「ドイツのメルケル首相の個人使用の携帯電話が NSA によって盗聴されていた事実。旧東ドイツの秘密警察・情報機関シュタージの盗聴世界のなかで生き抜いてきたメルケル氏にとっては、まさに悪夢の再来ともいうべき事態であったことだろう。 この件が明るみになってドイツの世論に火がついたのだが、東ドイツ時代の秘密警察シュタージによる監視社会を体験しているドイツ人は、ことさら監視についてはナーバスであり、西ドイツ出身者であってもナチズム体制を体験している点においてドイツ人にとっての共通認識であるのかもしれない。」


■ドイツと中国の「野合」?

書評 『日中戦争はドイツが仕組んだ-上海戦とドイツ軍事顧問団のナゾ-』(阿羅健一、小学館、2008)-再び繰り返される「中独合作」の原型は第一次世界大戦後にあった


■「帝国」という統治システムの成功例:大英帝国

書評 『大英帝国衰亡史』(中西輝政、PHP文庫、2004 初版単行本 1997)-「下り坂の衰退過程」にある日本をどうマネジメントしていくか「考えるヒント」を与えてくれる本

書評 『大英帝国という経験 (興亡の世界史 ⑯)』(井野瀬久美惠、講談社、2007)-知的刺激に満ちた、読ませる「大英帝国史」である

書評 『大英帝国の異端児たち(日経プレミアシリーズ)』(越智道雄、日本経済新聞出版社、2009)-文化多元主義の多民族国家・英国のダイナミズムのカギは何か?

(2015年7月7日、10月16日、25日 情報追加)
(2016年1月15日 情報追加)



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