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2022年7月6日水曜日

書評『ガリツィアのユダヤ人ーポーランド人とウクライナ人のはざまで』(野村真理、人文書院、2008)-複雑な歴史をもつウクライナ西部をユダヤ人を軸に見る


 
『ガリツィアのユダヤ人ーポーランド人とウクライナ人のはざまで』(野村真理、人文書院、2008)読了。テーマへの関心から読むつもりで購入してから14年もたってしまった。  

2022年2月24日に始まったウクライナ戦争で、ウクライナ西部の都市「リヴィウ」の名前が日本でもよく言及されるようになった。

だが、ウクライナ語の「リヴィウ」は、かつてポーランド語で「ルヴフ」ソ連時代にはロシア語で「リヴォフ」と呼ばれていたのである。複雑な歴史を背負っているのである。 

そんなウクライナ西部の都市リヴィウを舞台にして、ウクライナ人の視点でも、ポーランド人の視点でもなく、いまはほぼ消滅してしまったユダヤ人を軸に歴史をみていくことで、ポーランド人とウクライナ人の一筋縄ではいかない複雑な関係を知ることができる。中東欧のユダヤ史をテーマに研究してきた著者ならではといえよう。


■「ウクライナ西部」はかつて「東ガリツィア」であった 

ウクライナという国は、大きくわけて西部と中央部と東部の3つにわけることができる。 

2014年以来、戦闘地域となっており、いままさに激戦状態がつづいているのがロシアと国境を接している東部である。そしてドニプロ川(=ドニエプル川)流域の中央部、そしてポーランドやベラルーシと国境を接しているのが西部である。 

18世紀以降に話を限定すれば、現在のウクライナ西部は、かつては「東ガリツィア」と呼ばれていた。この地域はハプスブルク帝国(=オーストリア帝国)のあらたな支配地域として組み入れられた土地であった。 

(ハプスブルク帝国時代。黄色で塗りつぶされた地域が東ガリツィア、斜線は西ガリツィア Wikipediaより)

この地域の住民は、大きくわけてマジョリティではあったが農民が大半のウクライナ人(・・当時はルテニア人と呼ばれていた)で、行政を担い都市部に集中してた少数のポーランド人、そして中世以来のミドルマンとして都市と農村との仲介者の役割をになっていたユダヤ人であった。異なる民族が混在して共存していた地域なのである。 

「民族問題」が激化したのは、ハプスブルク帝国が崩壊した1918年である。第1次世界大戦後に、中東欧は激変の渦に巻き込まれることになる。 

ウクライナ人は独立を実現したが、すぐにポーランドによって占領され独立は潰える。ロシア革命後の「ロシア内戦」のなか、ボルシェヴィキの赤軍に占領され、ロシア化が進むことになった。

独ソ戦においては、ウクライナの民族主義者はドイツ側について独立を回復しようとしたが、ドイツによって占領され、ドイツが敗退するとふたたびソ連の支配下に戻ることに。だが、ソ連の枠組みのなかでウクライナ共和国となる。

第2次世界大戦が終結した時点で、ポーランドとウクライナの国境線は変更され、ポーランド内のウクライナ人はウクライナへ、ウクライナ内のポーランド人は移動することになる。いわゆる「住民交換」である。

「住民交換」といえば、ギリシア独立後のギリシアとトルコ英国の植民地状態から分離独立した際のインドとパキスタンがなどが知られている。ウクライナとポーランドにかんしては、比較的スムーズに行われた前者のケースに類似しているとよさそうだ。


(第2次世界大戦後に線引きされたポーランド領。灰色部分がソ連に編入された現在のウクライナ西部 Wikipediaより)



その結果、ウクライナもポーランドも、それぞれが「単一民族国家」として固定化されることになった。

そして、ソ連崩壊によってウクライナは1991年にようやく独立を達成したわけである。現在、すでに独立から30年を過ぎている。


■そして「東ガリツィア」のユダヤ人社会は消滅した

こう書いていくだけで、じつに複雑なことがわかるだろう。だが、このプロセスのなかで消えていったのがユダヤ人であることに注目しなくてはならない。 

ポーランド人からも、ウクライナ人の双方から距離をとって、「中立」の立場を取らざるをえなかったユダヤ人だが、互いに対立しあっていたポーランド人とウクライナ人の双方から敵視され、さらには占領者となったナチスドイツによる「絶滅政策」によってその大半が殺戮され、この「東ガリツィア」すなわち現在のウクライナ西部からは消えていったのである(*)。

(*)2022年現在の大統領ゼレンスキー氏はユダヤ系だが、ウクライナ東部の出身で、もともとロシア語が母語の人である。
 
だからこそ、ウクライナ西部の歴史を記述する際には、この本の副題にある「ポーランド人とウクライナ人のはざま」で翻弄された地域であることに注目しなくてはならないのだ。 

ロシアによる軍事侵攻が始まってから、ウクライナからの難民がポーランドで受け入れられているが、そんな複雑な歴史をアタマのなかに入れておく必要がある。だが、本書のメインテーマである「ガリツィアのユダヤ人」は、この地域からは消えてしまった。その意味について考えなくてはならないのである。 

論文を再編集して単行本化されたものだが、歴史研究というものがアクチュアルなものとなりうることを示した好著である。逆にいえば、アクチュアルな状況を意識しない歴史研究に意味はない

もちろん、それは困難なタスクではあるのだが、ただしい歴史認識をもつための不断の努力はつづけていかなくてはならない。ニセ情報に惑わされないために。 





目 次
序 
第1部 ポ・リンーガリツィア・ユダヤ人社会の形成
 第1章 貴族の天国・ユダヤ人の楽園・農民の地獄
 第2章 オーストラリア領ガリツィアの誕生
 第3章 ヨーゼフ改革とガリツィアのユダヤ人
 第4章 ヨーゼフ没後のガリツィアのユダヤ人
第2部 両大戦間期東ガリツィアのポーランド人・ユダヤ人・ウクライナ人
 第1章 1918年ルヴフ
 第2章 ポーランド人とユダヤ人
 第3章 ウクライナ人とユダヤ人
第3部 失われた世界ーガリツィア・ユダヤ人社会の消滅
 第1章 独ソ戦前夜の OUN の戦略(*OUN=ウクライナ民族主義者組織)
 第2章 1941年ルヴフ
 第3章 ルヴフのユダヤ人社会の消滅


著者プロフィール
野村真理(のむら・まり)
1953年生まれ。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程退学。金沢大学名誉教授。一橋大学にて博士(社会学)取得。2003年日本学士院賞受賞。専攻は社会思想史、西洋史(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)


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2022年6月20日月曜日

書評『第三次世界大戦はもう始まっている』(エマニュエル・トッド、大野舞訳、文春新書、2022)ーフランス知識人ならではの悪弊である「反米主義」が全面展開!

 


この戦争は、直接の交戦国であるウクライナとロシアの戦争のように見えながら、じつはNATOの背後で実質的にコントロールしている米国と英国が主導して、ロシアを弱体化させる戦争であるという見立てが貫いている。つまり「代理戦争」なのだ、と。 

そういう解釈はあながち間違いではないが、やや一面的ではあるのではないか? 

もちろん、米国に問題がないなどというつもりはないが、背後になにがあろうとも、先に手を出したほうが負けであることは否定しようがない。
  
挑発はするほうも悪いが、それに乗せられる方の罪は大きい。現在のロシアだけでない。第2次世界大戦で対米戦に踏み切った大日本帝国もまたそうだった。 

以前からロシア寄りの姿勢の目立つトッド氏だが、「中国を牽制させるためのロシア」という前提は、ほとんど崩れ去っているにもかかわらず、トッド氏の「ロシア幻想」は完全に消えていないようだ。

『ドイツ帝国が世界を破滅させる』でのドイツ強大化を警戒するトッド氏の見解には賛同したが、ロシアに甘い姿勢は、フランスのマクロン大統領にも共するものがあるといえようか。 

たしかに、中東欧諸国、とくにポーランドやバルト三国、北欧と違って、安全保障上の直接の脅威にさらされたことのないフランスの知識人らしい反応かもしれない。フランスはロシアとは国境を接していないのである。
   
その点は、近代史をつうじてロシアの直接的な脅威と戦ってきた、一般の日本人とも相容れない見解だ。 肌感覚の違いである。その違いは大きい。


■アングロサクソンに失望し「反米主義」に逆戻りしたトッド氏

それにしても、トッド氏の「反米主義」の復活ぶりには、鼻しらむ思いで興ざめだな。すでに70歳を過ぎた「知の巨人」は、ふたたび強烈な「反米主義」に戻ってしまったようだ。 フランス知識人の悪弊が丸出しだな。

アングロサクソン好きを公言していたトッド氏だが、今回の動きで英国にも失望したと吐露している。知識人は、どうしてそうもナイーブなのかねえ。だから、学者や知識人は一般大衆からバカにされるのだよ(笑)

本書をつうじて強烈な「反米主義」が展開されているので、おそらく旧サヨク系の思考傾向をもつ日本人読者からは大歓迎されるだろう。米国の左翼知識人ノーアム・チョムスキーと同様に(笑) 

その意味では、むしろ朝日新聞社出版から出るべき本だと思うが、それをあえて文藝春秋が出すということは面白い。なかなかの商売人でありますなあ、文藝春秋社は(笑)

ただし、「日本は核武装せよ!」などと、極右のような発言もしていることには触れておかなくてはならない。これまたフランス知識人ならではの「反米主義」の現れではある。フランスは核保有国であるがゆえに、米国とは一線を画してきた。

「核シェアリング」はNO、「核武装」はOKとトッド氏は主張する。その心は、直接ご確認いただきたく。


■「ウクライナ分割」はあり得ない話ではない

ただ、1点興味深い指摘があった。それはポーランドの動向への注目である。

ロシアがウクライナ東部をデファクトで押さえた以上、ポーランドがウクライナ西部に色気を示す可能性はゼロではないという指摘だ。ポーランドが誘惑に駆られないという保証はない。ウクライナ西部は、もともとポーランド領だったのだから。 

19世紀は「ポーランド分割」だったが、21世紀は「ウクライナ分割」である、と。

ここらへんはトッド氏の思いつきレベルに過ぎないにせよ、「勢力均衡論」のキッシンジャー氏(当年99歳の現役!)の議論とも重なり合う印象がある。 

EUに加盟しているものの、ポーランドはEU内ではハンガリーとならんでトラブルメーカーであって、安全保障面ではもともと米国頼みの国である。米国政治におけるポーランド系米国人の影響力は、無視できないものがある。フランスなど大陸の西欧諸国とは、そもそも立ち位置が違うのだ。 

ポーランド問題はトッド氏の主張の柱ではないが、ポーランドの動きには注意して見ていきたいと思う。 


     


目 次 
1 第三次世界大戦はもう始まっている
2 「ウクライナ問題」をつくったのはロシアではなくEUだ
3 「ロシア恐怖症」は米国の衰退の現れだ
4 「ウクライナ戦争」の人類学

* 2は、ポーランド人記者のインタビューに答えた2017年のもの 、3は、フランスの雑誌に掲載された2021年の論考。1と4はオリジナル


著者プロフィール
エマニュエル・トッド(Emmanuelle Todd) 
1951年フランス生まれ。歴史人口学者。パリ政治学院修了、ケンブリッジ大学歴史学博士。家族制度や識字率、出生率などにもとづき、現代政治や国際社会を独自の視点から分析、ソ連崩壊やリーマン・ショック、イギリスのEU離脱などを予見したことで広く知られる。(前著に掲載されていたもの)


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2022年3月27日日曜日

巨匠アンジェイ・ワイダ監督の映画『カティンの森』(2007、ポーランド)をようやく視聴 ― 大国のはざまで翻弄されてきたポーランド現代史の悲劇


 
アンジェイ・ワイダ監督の映画『カティンの森』(2007年、ポーランド)をようやく視聴。大国ドイツと大国ソ連のはざまに位置するポーランドが味わった現代史の悲劇を扱った作品だ。123分。 

 重くて深く、かつ暗いテーマを扱った作品だけに、なかなか気軽に見る気持ちにはならない映画だが、いま進行中の「ウクライナへ戦争」に際して、ふたたび最前線となったポーランドについて知る上では避けて通れない内容といえよう。


 

構想50年、製作17年となったのは、まさに「現代史」がテーマであるからだ。現代史は、立ち位置によって語られ方が大きく異なる性格をもつ。なぜなら、現存者が多数いるだけに扱いが難しいからだ。 

1939年9月1日に電撃戦によって、西部からポーランドに侵攻してきたのがドイツ軍であった。東部から侵略してきたのがソ連軍。同年8月に締結されていた「独ソ不可侵条約」にともなう「密約」によって、独立を回復していたポーランドはふたたび分割占領されることになる。

ポーランドは、最終的にソ連軍がドイツ軍を駆逐することによって「解放」されたわけだが、占領が始まった段階で、ポーランド軍の将校1万数千人(!)がソ連の捕虜となり、最終的に虐殺され、カティンの森に埋められるという事件が発生している。それがこの映画のテーマである「カティンの森」事件だ。


 

1943年にドイツ軍がソ連に侵攻した際、カティンの森でポーランド将校たちの虐殺死体を発見、ソ連軍によるものと非難した。1945年にはドイツ軍を追い払ったソ連が、虐殺はドイツ軍によるものであったと宣伝活動を行う。ピンポンのように揺れ動く状況で、ポーランドは翻弄されることになるが、大戦後にソ連圏に入ったポーランドでは事件の真相を語ることは不可能となる。 
 
そんな事情があったから、ソ連崩壊まで「カティンの森」の真相を究明したり、それについて語ることができなかったのだ。だが、犠牲者となったのはソ連軍の捕虜となって虐殺された将校たちだけではない。大学人や知識人たちは、ナチスドイツの犠牲になったことも映画では取り上げられている。




冷戦時代にソ連の支配下で生きることを余儀なくされたポーランド人たちの姿は、米軍占領時代を除いて他国による支配が繰り返されたことのない日本人には、想像を越えたものがあるというべきだろう。 




さすが巨匠アンジェイ・ワイダ監督の作品だけに、緊密な構成と映像美には圧倒される。映像は重厚だが美しい。

映画の舞台は基本的にポーランド南部の古都クラクフ。ワイダ監督の出身地でもある。大規模な蜂起が展開したワルシャワと違って、破壊されることとのなかったクラクフは美しい(・・わたしも一度訪れたことがある。アウシュヴィッツへのアクセス都市でもある)。 




ラストシーンは、ポーランド軍の将校がソ連軍によって処刑されていくシーンとなるが、将校たちが後ろ手に縛られ、至近距離から後頭部を拳銃で打ち抜かれるシーンの連続には、さすがに目を背けたくなる。視聴に際してR15の年齢制限があるのは当然だろう。 

だからこそ、精神状態が良好なときでないと、内容的に見るのがつらい映画であるが、日本と日本人にとって、「ロシアをはさんで隣国」となるポーランドとポーランド人について、より深く知るためには、かならず見なくてはいけない映画だと、あらためて強く感じるのである。





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2021年11月21日日曜日

映画『家へ帰ろう』(2017年、スペイン/アルゼンチン)-アルゼンチンからポーランドへの「人生最後の旅」

 

アルゼンチンというと「母を訪ねて三千里」のマルコ少年を想起するが(・・19世紀イタリアの児童文学者デ・アミーチスの『クオーレ』に挿入された物語)、現在のフランシスコ教皇や「神の手」のマラドーナなどイタリア系移民が多いのは確かなことだ。 

だが、アルゼンチンに移民したのはイタリア系だけではない。日系移民もいるが、意外と多いのがユダヤ系である。しかも中東欧からの移民が多かったのが特徴だ。首都ブエノスアイレスは、世界で7番目にユダヤ系人口の多い都市である。 

そんなアルゼンチンで仕立屋(テーラー)として職業人生をまっとうしてリタイアした主人公が、88歳にして人生最後の旅に出る。それがこの映画『家に帰ろう』(2017年、スペイン/アルゼンチン)である。ユダヤ系移民は北米もそうだがアパレル関係に多い。

スペイン語の原題は La Ultimo Viaje(最後の旅)。マルコ少年とは反対に、アルゼンチンから70年ぶりに欧州に戻る最後の旅だ。 目的地は生まれ故郷のポーランドの地方都市ウッツ



なぜポーランドなのか? ポーランドにはアウシュビッツなど強制収容所があったことは周知のとおり。ポーランド生まれの主人公の老人もまた、ポーランド内の強制収容所から命からがら脱出してきたが、最愛の家族を失った人たちの一人である。 

シェイクスピアの『リア王』からモチーフをとったという、娘たちからの冷たい仕打ちに嫌気がさして家出した主人公。

ブエノスアイレスからマドリードに飛びマドリードからは陸路で鉄道の旅。ポーランドに向かう。だが、難問がある。ドイツを通らないでポーランドに行くのは可能か、ということだ。ドイツに一歩でも足を踏み入れたくない理由はいうまでもない。 

欧州横断鉄道の旅を描いたロードムービーであり、ヒューマンドラマでもある。足に障害を抱えた老人は、旅先で出会った人たちの支えを受けながら、ついにポーランドにたどりつき、生まれ故郷のウッツに向かうことになる。70年前に分かれた友人との約束を果たすために・・。 

コメディタッチで進んで行く内容が、ラストには大きな感動がまっている。すばらしい映画だった。




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2015年9月6日日曜日

書評『ポーランドに殉じた禅僧 梅田良忠』(梅原季哉、平凡社、2014)― 日本とポーランド交流史の一角にこんな日本人がいたのだ!

(カバー写真の左が梅田良忠、隣は親友のミホフスキ)


日本とポーランドの知られざる交流史を描いたノンフィクション。こんな日本人がいたのだ(!)という驚きが、最初から最後まで一貫している内容の本だ。

本書『ポーランドに殉じた禅僧 梅田良忠』(梅原季哉、平凡社、2014)の主人公の名は梅田良忠(うめだ・りょうちゅう 1900~1961)。wikipedia でも、日本語版ポーランド語版にしか取り上げられていない人物だ。

6歳で禅寺に預けられ、その後は禅僧として得度して僧名を名乗ることになったが、音楽好きでいつもバイオリンを弾いていたという芸術肌の人。大正デモクラシーの時代に青年時代を迎えた人である。

そんな一人の禅僧が数奇な半生を送ることになったキッカケは、22歳でドイツに留学する機会を得て欧州に旅立ってことにある。

ところが、ドイツに留学するはずだったのが、40日にわたる欧州航路の船中で意気投合して親友となったポーランド人青年との縁でポーランドに進路変更することになる。第一次世界大戦の敗戦で混乱状態にあったドイツではなく、大戦後の1918年に独立回復して国づくりの熱気のなかにあるポーランドに行ったことが、梅田良忠が現地で大活躍する第一歩となった。

日本とポーランドは、じつはソ連(=ロシア)をはさんだ隣国どうし。日露戦争における情報将校・明石大佐が革命家や独立運動家に資金提供した情報工作の話は比較的知られていることだろう。それ以来、インテリジェンスの世界では、日本とポーランドが密接な関係があったことは、意外と知られていないかもしれない。

独立を回復したポーランドだが、第二次世界大戦ではふたたびドイツに占領され独立を失ってしまう。だが、そんな時期においても、日本はドイツの同盟国でありながら、ポーランド亡命政権の情報機関とは秘密裏に関係をもっていたのである。リトアニアで情報工作を行っていた外交官の杉原千畝もまたその枠組みのなかにあった。

ポーランドから退去させられたあと、ブルガリアの首都ソフィアで朝日新聞特派員となっていた梅田良忠は、一民間人でありながら、連合国が戦後処理を話し合ったテヘラン会談で、「ドイツが降伏した後、ソ連は3ヶ月以内に対日参戦する」という極秘情報を入手する。

ポーランド語を筆頭に語学の達人であっただけでなく、誰もが振り返るようなポーランド美人が同棲相手であったなど、じつに豊富なポーランド人脈をもっていたから極秘情報が入手できたのである。その詳しい内容が、機密解除された公安情報や外交文書などを解析した著者の手によって丹念に追跡されている。

だが、その極秘情報は日本中枢では活かされることはなかた。ドイツの降伏は1945年5月8日、ソ連が対日戦に踏み切ったのは1945年8月9日。文字通り「ドイツが降伏した後、ソ連は3ヶ月以内に対日参戦する」結果となった。じつに確度の高い極秘情報だったのだ。後の祭りである。

著者が梅田良忠のことを知ったのは、欧州駐在員としてバルカン半島のマケドニアで取材中の偶然のキッカケからだという。偶然がもたらした人との出会いから生まれた縁。その縁をたどり、数奇な半生を送った主人公の存在を知り、その息子がなんと日本人でありながら社会主義時代ポーランドの自主管理労組「連帯」の国際局次長として活躍したことも知る。本書の成立にも大きくかかわっている。

1920年代から1940年代にかけての複雑きわまる中東欧とバルカン半島を舞台に、青春を駆け抜けた梅田良忠という一人の日本人。日本に帰国後の後半生においては、禅寺で住職を務めたのち、東欧史や考古学の分野で大学で教鞭をとった。晩年にはポーランドの国民文学であるシェンキェヴィッチの『クオ・ヴァディス』をポーランド語から翻訳し、人生の最晩年にはカトリックの洗礼を受ける。カトリック国ポーランドへの思いの末の決断だったのだろう。

知られざる日本人の発掘を行った貴重な労作である。ポーランドといえば「連帯」(=ソリダルノスチ)という連想をもっている世代や、中東欧史に関心のある人だけでなく、読むことを薦めたい一冊である。


 (画像をクリック!

 

目 次

序章 謎の人物
第1章 若き禅僧の旅立ち
第2章 ポーランドに溶け込んだ日本人
第3章 ブルガリア公使館付の広報官
第4章 「単なるスパイ」
第5章 ウメダを監視下に置け
第6章 クルロバという女
第7章 グループB-ソフィアのポーランド人地下組織
第8章 特派員としての苦渋-記者として①
第9章 テヘラン会談-記者として②
第10章 錯綜する人脈
第11章 プロメテウス同盟
第12章 地下ポーランド情報機関と日本の協力
第13章 失意の帰国、そして敗戦
第14章 再生と死と
終章 国境を越えた「連帯」
あとがき
参考資料

著者プロフィール
梅原季哉(うめはら・としや)
1964年、東京生まれ。朝日新聞ヨーロッパ総局長(ロンドン特派員)。国際基督教大学(ICU)教養学部卒業。88年、朝日新聞社入社。長崎支局で記者生活をスタートし、西部本社社会部、外報部などを経て、97~98年ヨーロッパ総局ブリュッセル駐在、98~2001年ウィーン支局長、06~09年アメリカ総局員(ワシントン特派員)。帰国後、国際報道部デスク、東京社会部デスクなどを経て、13年9月より現職。1993~94年、米ジョージタウン大学外交学大学院(School of Foreign Service)にFellow in Foreign Serviceとして派遣(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



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2011年12月27日火曜日

書評『諜報の天才 杉原千畝』(白石仁章、新潮選書、2011)― インテリジェンス・オフィサーとしての杉原千畝は同盟国ドイツからも危険視されていた!


インテリジェンス・オフィサーとしての杉原千畝は同盟国ドイツからも危険視されていた!■

国際連盟を脱退し、情報収集の機会を大幅に狭められた日本。

そんな状況のなか、優秀なインテリジェンス・オフィサーの活動に期待するところはきわめて大きかった。これが杉原千畝を活躍させた背景である。

「命のビザ」によるユダヤ人救出は、対ソ連戦略の意味合いが濃い。これが本書『諜報の天才 杉原千畝』(白石仁章、新潮選書、2011)を読んだ最大の収穫だ。

「命のビザ」の物語の伏線には、ポーランド亡命政府諜報機関との密接な連携がある。1939年にドイツとソ連によって侵略されたポーランドは亡命政府をパリに樹立、のちフランスがドイツに降伏するとロンドンに移す。

日本とポーランドはソ連(=ロシア)を挟んだ "隣国" の関係にあり、日露戦争時の明石大佐以来、インテリジェンスの分野で密接な関係を築いてきた。 これは知る人ぞ知る二国間関係である。

ロシア語以外にもフランス語その他をよくした語学の達人であった杉原千畝は、ソ連からだけでなく同盟国ドイツからも危険視されていたほど超優秀なインテリジェンス・オフィサーであった。この事実も、一般人の杉原千畝像を書き換えるだけのものがあるだろう。

いわゆる「命のビザ」を発給したリトアニアのカウナス総領事時代のユダヤ人少年との切手を介した友情のエピソードが本書に紹介されているが、これはまさにインテリジェンス・オフィサーの面目躍如といったところだ。小さなピースから大きな絵を再現するための情報収集の一環でもあるのだ。

杉原千畝のインテリジェンス・オフィサーとしての側面が、いままであまり語られてこなかったのは、おそらくこいういう理由からだろう。

それは、たとえ身近な家族であってもすべてを語るわけにはいかないという、職業にともなう守秘義務の感覚である。これは、医者や弁護士、経営コンサルタントなど守秘義務を守る職業には共通することだが、職業倫理は生活習慣化すると第二の本性となるのである。インテリジェンスオフィサーもまた、秘密は墓場までもっていく。そうでないとインテリジェンスのコミュニティからは追放されてしまう。

その意味では、膨大な外交文書からあらたな事実を掘り起こしてくれた著者の仕事には感謝したい。

ただ、あまりにもインテリジェンス活動を狭く捉えすぎているのではないかという気がしないわけではない。これは著者があくまでも研究者であって、外交官や軍人といった実務家出身ではないためだろう。その点は割り引いて読む必要がある。

できれば、インテリジェンス活動にとって不可欠な地図をもっとふんだんに挿入して、理解の助けとしてもらいたかったところだ。インテリジェンスと地図は切っても切れない関係にあるからだ。

「命のビザ」も、善意の行為としてだけで見るのはあまりにも一面的だ。何事であれ、世の中の出来事は複眼的に見なければ本質を見落としてしまう

それでもなお、杉原千畝の行為はすばらしいものであったというべきだろう。動機やキッカケはさておき、結果として(!)多くのユダヤ人の命を救うことになったのだから、ユダヤ人にとってだけでなく、長い目で見れば日本の国益のために働いたと顕彰すべきであろう。

プロフェッショナルの仕事とはどういうものか知る意味でも、ぜひ一読をお奨めしたい。



<初出情報>

■bk1書評「インテリジェンス・オフィサーとしての杉原千畝は同盟国ドイツからも危険視されていた!」投稿掲載(2011年12月2日)
■amazon書評「インテリジェンス・オフィサーとしての杉原千畝は同盟国ドイツからも危険視されていた!」投稿掲載(2011年12月2日)

*再録にあたって大幅に書き換えた。


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目 次

プロローグ 杉原の耳は長かった
第1章 インテリジェンス・オフィサー誕生す
第2章 満洲国外交部と北満鉄道譲渡交渉
第3章 ソ連入国拒否という謎
第4章 バルト海のほとりへ
第5章 リトアニア諜報網
第6章 「命のヴィザ」の謎に迫る
第7章 凄腕外交官の真骨頂
エピローグ インテリジェンス・オフィサーの無念

著者プロフィール    
白石仁章(しらいし・まさあき)
1963年、東京生まれ。上智大学大学院史学専攻博士課程修了。在学中の1989年より、外務省外交史料館に勤務し、現在に至る。東京国際大学および慶應義塾大学大学院で教鞭を執っている。外交史とインテリジェンス・システム論が専門。特に杉原千畝研究は、大学在籍中からのテーマである(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



PS 2015年公開の日本映画 『杉原千畝 スギハラチウネ』にあわせたものだろう、本書『諜報の天才 杉原千畝』が『杉原千畝: 情報に賭けた外交官』改題されて新潮文庫から文庫化された。(2015年12月27日 記す)


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<書評への付記>

ソ連の外部からソ連情報を収集する目的でリトアニア駐在になった外交官の杉原千畝が、ユダヤ人難民にビザを発給したことは独断で行った美談として一般には知られているが、じつはかならずしもそうではなかったようだ。

情報将校とユダヤ人とのかかわりもまた同じ。ユダヤ人を救うのが目的ではなかったが、結果として多くの人命を救出することにつながった。

ただそうはいっても、何事であれ、「結果よければすべてよし」ということべきだろう。

わたしが杉原千畝の名前をはじめて知ったのは、1991年前後のことである。

米国に留学していた際、MBAの授業で「ウォール・ストリート・ジャーナル」を購読するようにつよく勧められて、その通り実行していたのだが、あるとき In memory of Sempo Sugihara とか書かれた顔写真入りの追悼会の広告が掲載されているのを見て、センポ・スギハラとはいったい誰だろう?、と思ったのが最初である。

その後、日本に帰国してから、その当時はじまった「命のビザ」物語のブームで、杉原千畝について知るようになったのである。スギハラ・チウネと読むと知ったのもそれ以降のことだ。その後の杉原千畝の知名度アップについては、あえて書くまでもないと思う。

ところで、「日本のシンドラー」というニックネームはまったくいただけない。ドイツの実業家シンドラー氏とは、動機もキッカケも大きく異なるだけでなく、日本人の行為を外国人になぞらえて説明すること自体が後進国的ではないか。「シンドラーはドイツのスギハラである」くらいのことを言うべきだ。

なお、本書については、著者はいかにも「戦後派」らしく、軍事上の謀略とインテリジェンスを峻別しているが、かならずじもそう言い切れるものではないのではないだろうか。

戦前の日本陸軍による謀略活動が、あまりにも繊細さ欠き、インテリジェンスが不徹底なまま実行したために政治問題を引き起こしたケースが多かったことによるアレルギーが残っているためだろう。

諜報にとどまらず謀略まで行う米国の CIA やイスラエルのモサドのようなインテリジェンス機関の仕事内容を考えてみたらよい。とくに、インテリジェンスをサバイバルの要としているイスラエルの状況を考えてみるとよい。

『シンドラーのリスト』を製作し監督したのがスピルバーグ監督であるが、おなじくユダヤ人の活動をテーマにした映画『ミュンヘン』を思い出していただきたいのだが、今年(2011年)米国が海軍特殊部隊の SEAL に実行させたオサマ・ビン・ラディン暗殺作戦も、じつに綿密なインテリジェンス活動の積み重ねのうえに実行され成功を収めたものだ。

空手のアナロジーで語れば、インテリジェンスのみにとどめるのが「寸止め」だとすれば、謀略まで進めば 「突き」 や 「蹴り」 などの当て技となり、とくに 「回し蹴り」 に該当するというべきだろう。

「ソフトパワー」というコンセプトを作り出した政治学者のジョゼフ・ナイは、軍事力のハードパワーに対して文化力などのソフトパワーの重要性を主張しているが、最近では「スマートパワー」というコンセプトで、ハードパワーとソフトパワーを融合してスマート(=賢く)に使うことが重要だと主張している。

「孫子の兵法」ではないが、「戦わずして勝つ」のが最高である。そのためのインテリジェンスなのだ。





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