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2021年2月1日月曜日

ミャンマーで「クーデター」(2021年2月1日)-「民主化」が定着しつつあると思っていたのに、ふたたび逆戻りとなってしまうのか。軍政時代は、もう過去のものになったと思っていたのだが・・

(ANNのニュースよりキャプチャ 2021年2月1日)

本日(2021年2月1日)、ミャンマーのクーデターのニュースは衝撃的だった。アウンサンスーチー氏はじめ与党幹部が拘束、ミャンマー国軍が全権を掌握し、「非常事態宣言」を出したという。

「民主化」が定着しつつあると思っていたのに、ふたたび逆戻りとなってしまうのか。軍政時代は、もう過去のものになったと思っていたのだが・・

私が大学を卒業したのは1985年だが、その2年後の1988年にビルマ(当時はそう表現していた)で民主化が徹底弾圧され、クーデターによってふたたび軍政が敷かれてから「民主化」が開始されるまで20年もかかったのである。英国からの独立後も長く軍政が続いてきたミャンマーには、民主主義の歴史はきわめて短い。


(同上)


民主主義とは、なんともろいものか。そう言いたくはないのだが、ほんとうに残念でならない。

ほんとうに1年で「軍政」が終わって「民政移管」されるのか不透明だ。ミャンマー情勢を大いに懸念している。





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2014年5月31日土曜日

書評『西欧の植民地喪失と日本 ― オランダ領東インドの消滅と日本軍抑留所』(ルディ・カウスブルック、近藤紀子訳、草思社、1998)― オランダ人にとって東インド(=インドネシア)喪失とは何であったのか



原著のタイトル Het Oostindisch Kampsyndroom を直訳すると『蘭領東印度シンドローム』となるらしい。1992年にオランダで出版された570ページを超える大著だそうだ。

本書は、そのなかから、とくに日本に関連する14章を選んで、再編集した日本語版だ。『西欧の植民地喪失と日本 ー オランダ領東インドの消滅と日本軍抑留所』というタイトルは日本語版オリジナルである。

つい最近、この本の2年後に出版された『五十年ぶりの日本軍抑留所-バンドンへの旅-』(F・スプリンガー、近藤紀子訳、草思社、2000)という現代オランダ文学を読んだ。ともに、第二次大戦前のオランダ領東インド(=現在のインドネシア)に生まれ、その地で少年時代を過ごした著者の体験をベースにしたものだ。

2000年が日蘭交流400周年であったためだろう、オランダ関係の本が多数出版されているが、この本もその一冊である。わたしはこの本を出版後の1999年に読んでいるが(・・自分がもっている本にそう記録してあるのでトレースできる)、15年後の2014年にに再読して思うのは、内容についてほとんどなにも覚えていなかったという、わたしにとっては衝撃的な事実だ。

15年前は、インドネシア独立は日本のおかげだという考えに支配されていたためだろうか。どうも、この本をオランダ人による贖罪の書のように捉えていたのかもしれない。読みの浅さには恥じ入るばかりである。





■オランダの「反日」もまた「被害者意識」からくるもの

いわゆる「自虐史観」という表現が日本でつかわれるようになったのは冷戦構造崩壊後のようだが、本書にも自虐史観っぽい側面があることは否定できない。だが、ほんとうは「自虐」ではなく、「自省」なのだ。

オランダの世論を知る立場にはないからわからないが、冷戦構造が崩壊した1992年頃は、第二次世界大戦終了から約半世紀にあたる時期であり、同様にステレオタイプな通説を否定する議論が出始めたのかもしれない。

日本とは真逆の世論だが、オランダの世論は「植民地喪失」の原因となった日本による占領と4年間の軍政には全面的に否定的な立場が通説であったようだ。それほど「植民地喪失」という事実は、オランダ人にとっては受け入れがたいことだったようだ。満洲などの植民地を喪失した日本人とはまったく違うのである。

一言でいえば、オランダ社会には根強い「反日意識」が底流に存在するようだ。「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」というあれである。ただし、「反日」といっても中国や韓国のそれと大きく異なるのは、オランダは植民地だったのではなく、日本のせいで植民地を喪失したという身勝手な被害者意識である。 

昭和天皇が訪欧した際に、英国やオランダで厳しい出迎えを受けたことは、日本人に世の中の現実を知らしめてくれる衝撃的な事件であった。このことを覚えている人は、ある一定上の年代層だろうが、若い世代も、「事実」として価値判断抜きで知っておく必要がある。ロイヤルファミリーどうしの関係と一般市民の意識とはイコールではない。


■オランダと日本とのあいだのパーセプションギャップ

オランダについては、もっぱら「鎖国」時代の唯一の通商相手であることばかりが日本の教科書で強調され、戦後のオランダはチューリップと風車のイメージでしか一般には語られてこなかった。あとは画家ゴッホと浮世絵の関係などだろうか。「格闘技大国」オランダというイメージを持っている人もいるだろう。

ビジネス界では、日本にとって経済的にみればオランダよりもインドネシアのほうがはるかに重要であり、デヴィ・スカルノ夫人の存在を持ち出すまでもなく、日本とインドネシアの関係は切っても切れない関係であったことも、植民地からインドネシアを解放した日本軍は賞賛されこそすれ、非難される筋合いはない、というコンセンサスがあったのではないだろうか。

そんなこともあって、オランダにとって東インド(=インドネシア)という植民地を喪失したことの意味を、なかなか日本人は想像することができないようだ。どうも、日本人が満洲を喪失したのとは同列で論じることはできない、被害者意識やトラウマのようなものかオランダ社会には長く存在したようだ。

オランダが東インドに進出したのは16世紀から。ちょうどその頃、日本との貿易をつうじた関係が開始されたわけだが、オランダは東インド会社という半官半民の植民会社をつうじてジャワ島のバタヴィア(=現在のジャカルタ)を中心にして日本貿易を行っていたのである。だからオランダと東インドは、なんと4世紀以上わたる関係があったわけだ。

日本による軍政はたった4年であり、400年に及ぶ日蘭関係のなかの、たった1%に満たない期間であったが、日本側とオランダ側ではまったく異なるとらえ方がされている。

日本人は健忘症の傾向があるとはいえ、その後の敗戦と復興のどさくさで、日本国民はそれどころではなかったことが第一にあげられよう。

オランダもまた、第二次大戦中はドイツに占領され、国土が荒廃したことは日本と同じであったのだが・・・。


■著者ルディ・カウスブルック氏の立ち位置と「自省」という行為

本書の著者ルディ・カウスブルック氏は、1929年にオランダ領東インドに生まれ、少年時代には日本軍の民間人抑留所で厳しい抑留生活を送った人である。

同じような立場にあった人たちが、第二次大戦後の植民地喪失後のオランダで、日本を糾弾する言論活動を続けていたなか、さまざまな資料とみずからの体験をもとに、オランダ人にとっての植民地、植民地の住民であったインドネシア人、そして日本について、冷静な反省を行った記録である。だから、「自虐」ではなく、「自省」の記録なのである。それは知的でかつ、誠実な行為といえよう。

この「自省」という行為は「理性」に基づくものであり、決まり文句とステレオタイプな見解に真っ向から反論することである。だが、それを活字として世に問うことは、さすがにヨーロッパであるとはいえ、かなりの勇気をともなうものであったに違いない。あの自由なオランダですら、ある種の「空気」が支配する社会であることが本書の記述からうかがわれるのだ。

著者の記述にみられるように、同じ事実であっても、インドネシア国民から見れば「独立」だが、オランダから見れば「喪失」であるという、立場によってまったく異なる意味である。

そして日本はたった4年間の軍政であったとはいえ、被統治者であったインドネシア人の民族意識を高め、結果としてオランダによる植民地の終わりを早めたことは否定できない。日本の敗戦後オランダは戻ってきてふたたび圧政を敷いたが、ほどなくして植民地からの撤退を余儀なくされることになる。日本占領時代に、オランダへの帰属意識は一掃されていたからである。

著者の立場は、いわば「複眼的」といってよいものであろう。いや、日本語の『きけわだつみの声』にまで目を通し、内容について言及する姿勢からうかがわれるのは、「複眼的視点」を超えた「三点測量」(トライアンギュレーション)とでもいうべき視点が感じられる。

日本人でもこのような三点測量(トライアンギュレーション)で見ることのできる人は、そう多くはあるまい。なによりも日本人に求められのは、相手の立場に立ったイマジネーションであるとつよく思うのである。


(原著カバーは著者が収容されたスマトラ島の収容所)


■オランダのオランダ人と植民地のオランダ人は同じか?

オランダ人植民者たちが東インドの現地人に対してとった過酷な態度。こういう態度で接してからこそ、独立運動を誘発し、日本軍による占領によって独立への流れが加速したことは否定でのできない事実である。

本書の記述によれば、1929年にはオランダの現地人への過酷な態度はアメリカから非難を受けているし、欧州の植民地帝国であった英国もフランスも、この時点においては、「道徳的」とはほど遠い状況であったが、オランダより植民地経営は巧妙であったようだ。

大英帝国の「分割統治策」は現在でも「負の遺産」として大きな禍根となっているが、それでも植民地経営においては、きわめて有効なものであったことは否定できない事実ではある。なによりも証拠に、ごく一部の国を除いては、旧英国植民地はほとんどが英連邦に加盟している。

本書には言及はないが、南アフリカの支配者であるブール人(=ボーア人、アフリカーナー)もまたオランダ系であったことを想起すべきかもしれない、そう考えることに意味があるのではないか。以下の記述を読んでみてほしい。

そして非ヨーロッパ世界にかんするかぎり、プロテスタンティズムの与えた影響はあまりないか、あっても望ましくないものであった。というのもプロテスタンティズムの予定説は、選民思想と結びついて、ヨーロッパ人以外を「人間」として認めない方向に向かったからである。・・(中略)・・北米大陸のインディアンの場合に明らかなように、プロテスタントは彼らを人間として認めず、殺戮、殲滅をもって恥じないどころか、それを神の摂理の名のもとに正当化したのである。地球上で最後まで公式にアパルトヘイト(人種隔離)政策を維持しつづけたのがオランダ系カルヴァン派の子孫の建国した南アフリカ共和国であったのは、偶然ではない。(『宗教改革とその時代(世界史リブレット)』(小泉徹、山川出版社、1996) P.85~86 より引用 太字ゴチックは引用者=さとう)


昨年アパルトヘイト廃止の闘志であったネルソン・マンデラ元大統領がお亡くなりになったが、アパルトヘイトはなんと1991年(!)まで撤廃されなかったのである。

もちろんオランダ系移民が建国した共和国であった南アフリカの状況と、オランダ王国の直轄領となったオランダ領東インドを同列で論じることに無理はあるかもしれないが、植民者の現地人への態度はある程度まで似たようなものがあったと言っても過言ではないように思う。

オランダ領東インドの末期から、日本による軍政を経てインドネシア独立に至るまでの歴史については、『インドネシ民族意識の形成(歴史学叢書)』(永積昭、東京大学出版局、1980)という知られざる(?)名著がある。ぜひ機会があれば読んでいただきたいと思う。

フランス人は『ラマン』や『インドシナ』といった映画で植民地時代のベトナムをノスタルジックに語る映画を作成してきた。大英帝国崩壊後の英国人も、大英帝国消滅という「受け入れたくない現実」を受け入れるために苦闘してきたことは、比較的知られているようだ。

だが、オランダからはそういう映画は日本に来ないし、オランダが植民地を喪失して「小国」となったという事実すら日本人の常識とはなっていないようだ。

植民地消失がそのまま衰退につながらなかった日本だが(・・なんせ「戦後」に人口が5,000万も増えて、人口規模が1.5倍になったのだ!)、さすがに少子化により人口減少が顕在化し、国民一般に衰退が感じられるようになってきている。

縮小する母国の現実をいかに受け入れるか、オランダの事例もまた日本人にとっては研究に値するものではないかと、2014年のいま感じるようになっている。

重要なことはバランスのとれた「ものの見方」。夜郎自大にならず、卑屈にも自虐的にもならず、「事実」を「事実」として受け取り、とるべきアクションを冷静に検討し、そして行動に移すという、冷めた知性をにもとづいた言動を行っていきたいものだ。


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目 次

序文-憂いと哀れみ
オランダ領東インドの日本化
無人地帯の予言者
沈思一千年の美
きけわだつみのこえ
決まり文句と暗示
山の人間
あるギリシャ悲劇
デリの大地
鮫
太平洋のポンペイ
ボーフェン-ディグルの十五年間
神々の黄昏-オランダ領東インドの没落
日本茶に塩入れて
訳者あとがき
原註および訳註
参考文献
関連年表


著者プロフィール

ルディ・カウスブルック(Rudy Kousbroek)オランダの著名な評論家、エッセイイスト。コラムニスト。哲学博士。1929年、旧蘭領東インド(現インドネシア)生まれ。1942年オランダ軍降伏により、スマトラ島の日本軍民間人抑留所に収容される。1946年オランダに引き揚げる。アムステルダム大学で数学・物理学を専攻。同時に有名な文学運動 "五十年代派" に参加。パリに移る(1950~1990年)。1953年、処女短編「南回帰線時代を葬る」を発表。1968年、エッセイ集『パリ1968年革命について』。1975年、全作品によって、オランダの最高の文学大賞であるP.C.ホーフツ賞を受賞。1995年には『蘭領東印度シンドローム』(本訳書)、さらに自伝的エッセイ『再び生国の土を踏んで』はベストセラーに。その他、哲学的エッセイな多数の作品がある。(カバー記載の情報より)。

訳者プロフィール

近藤紀子(こんどう・のりこ)
翻訳家。1941年、山梨県生まれ。1963年、東京外国語大学インドネシア語科卒業。六四年オランダ政府給費生としてライデン大学に留学。オランダ近代文学を専攻する。以来ライデン市に在住、紀子ドゥ・フローメン(De Vroomen)の名前で日本文学の紹介につとめる。翻訳書に大江健三郎『みずから我が涙をぬぐいたまう日』『芽むしり仔撃ち』『万延元年のフットボール』、大岡信『遊星の寝返りの下で』、安部公房『短編集』、オランダ語から日本語への訳書として『西欧の植民地喪失と日本』(草思社刊)、著書として『連句・夏の日』『大江源三郎・文学の世界』などがある。(カバー記載の情報から)。



<ブログ内関連記事>

■オランダ領東インドと日本

書評 『五十年ぶりの日本軍抑留所-バンドンへの旅-』(F・スプリンガー、近藤紀子訳、草思社、2000 原著出版 1993)-現代オランダ人にとってのインドネシア、そして植民地時代のオランダ領東インド
・・『西欧の植民地喪失と日本-オランダ領東インドの消滅と日本軍抑留所-』の2年後に日本で翻訳出版された。ともに健忘症の日本人への警鐘と受け取りたい。重要なことはバランスのとれた「ものの見方」。夜郎自大にならず、卑屈にも自虐的にもならず・・

『戦場のメリークリスマス』(1983年)の原作は 『影の獄にて』(ローレンス・ヴァン・デル・ポスト)という小説-追悼 大島渚監督
・・日本占領時代のジャワ島の捕虜収容所が舞台

スローガンには気をつけろ!-ゼークト将軍の警告(1929年)
・・「第二次大戦中、軍属として海軍に徴用され、インドネシアのジャカルタで通訳官として海軍に勤務していた鶴見俊輔」の「お守りことば」というフレーズを紹介してある


■オランダと植民地

「無憂」という事-バンコクの「アソーク」という駅名からインドと仏教を「引き出し」てみる
・・熱帯植物園で有名なインドネシアのボゴールは、オランダ植民者にとっての「夏の避暑地」として建設されバウテンゾルグ(無憂)と命名された

書評 『ニシンが築いた国オランダ-海の技術史を読む-』(田口一夫、成山堂書店、2002)-風土と技術の観点から「海洋国家オランダ」成立のメカニズムを探求
・・オランダにとっての東インドとは?

なぜ「経営現地化」が必要か?-欧米の多国籍企業の歴史に学ぶ
・・・グローバルビジネスの原型である「オランダ東インド会社」についての記述あり  「「植民地」における企業経営の経験が非常に大きいと思われます。 英領インドにおける英国の東インド会社(East India Company)、蘭領東インド(=現在のインドネシア)におけるオランダの東インド会社が典型的な事例です。英国とオランダの双方に本社のある、エネルギーのロイヤル・ダッチ・シェル(Royal Dutch Shell)や、食品のユニリバー(Unilever)のような英蘭系グローバル企業は、その最右翼というべきでしょう。 要は、限られた駐在員ですべてをこなすのは不可能なので、「二重支配体制」を創り上げたのです」


■17世紀以降のオランダ

「フェルメールからのラブレター展」にいってみた(東京・渋谷 Bunkamuraミュージアム)-17世紀オランダは世界経済の一つの中心となり文字を書くのが流行だった
・・フェルメールとスピノザをつなぐものは光学レンズであった

書評 『チューリップ・バブル-人間を狂わせた花の物語』(マイク・ダッシュ、明石三世訳、文春文庫、2000)-バブルは過ぎ去った過去の物語ではない!
・・17世紀オランダの「バブル経済」

書評 『学問の春-<知と遊び>の10講義-』(山口昌男、平凡社新書、2009)-最後の著作は若い学生たちに直接語りかけた名講義
・・「1920年代から1930年代にかけて全盛期を迎えたオランダのライデン学派という知的サークルのなかから生まれてきたのが『ホモ・ルーデンス』(ホイジンガ)という比較文化論の傑作。山口昌男がフィールドワークの地として選んだインドネシアの島々は、かつてオランダの植民地であり、戦時中は日本に占領されていたことも語られる。その意味では、中心であるジャワではない、辺境のインドネシアについて知ることもできる内容である。ブル島、アンボン島、フローレス島・・・。さきに独立した東チモール以外はほとんどだれも知ることない島ばかりだ」


■日本にとってのオランダ

幕末の佐倉藩は「西の長崎、東の佐倉」といわれた蘭学の中心地であった-城下町佐倉を歩き回る ③
・・蘭学とオランダ語書籍がなぜ佐倉に集積しているのか?

書評 『オランダ風説書-「鎖国」日本に語られた「世界」-』(松方冬子、中公新書、2010)-本書の隠れたテーマは17世紀から19世紀までの「東南アジア」


■ヨーロッパによる植民地支配

コンラッド『闇の奥』(Heart of Darkness)より、「仕事」について・・・そして「地獄の黙示録」、旧「ベルギー領コンゴ」(ザイール)
・・ベルギー領コンゴという「闇の奥」

会田雄次の『アーロン収容所』は、英国人とビルマ人(=ミャンマー人)とインド人を知るために絶対に読んでおきたい現代の古典である!
・・英国人を代表とする西欧人(=白人)のアジア人に対する蔑視が鮮明に表現された名著


■「ものの見方」

書評 『知的複眼思考法-誰でも持っている創造力のスイッチ-』(苅谷剛彦、講談社+α文庫、2002 単行本初版 1996)

書評 『座右の日本』(プラープダー・ユン、吉岡憲彦訳、タイフーン・ブックス・ジャパン、2008)-タイ人がみた日本、さらに米国という比較軸が加わった三点測量的な視点の面白さ

書評 『国際メディア情報戦』(高木 徹、講談社現代新書、2014)-「現代の総力戦」は「情報発信力」で自らの倫理的優位性を世界に納得させることにある
・・欧州諸国は植民地支配について謝罪はいっさいする姿勢は見せないとはいえ、それ以外の点にかんしては「倫理的優位性」を示すことが国際社会における生き残りの条件であることを示している


■その他-本論との関係で

「われわれは社会科学の学徒です」-『きけわだつみのこえ 第二集』に収録された商大生の手紙から


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2014年5月23日金曜日

タイで8年ぶりにクーデター(2014年5月22日)-今後の推移を考えるには、まずは前回2006年の「9.19クーデター」のおさらいから始めるのが第一歩だ

(翌日2014年5月23日早朝のタイTVは通常番組ではなく軍の布告)

仏歴2557年(西暦2014年)5月22日、ついにタイ国軍はクーデターに踏み切った。二日前の5月20日に「戒厳令」が布告されていたので「想定内」といえば「想定内」ではあったが、すこし早い動きだったなという感想だ。

タイ現代史で何回目になるのか? すくなくとも21世紀になってからは2回目のクーデーター。前回の「9.19クーデター」(2006年9月19日)から8年ぶりということになる。

クーデターが問題の根本解決につながるとは思わないが、二進(にっち)も三進(さっち)もいかない膠着状況が半年も続いていたので、ほかに取るべき手段がなかったというのが大方の認識だろう。「民主主義の機能不全」は、誰の目にも明らかであった。

タイのクーデターは、基本的に無血クーデターである。ある意味では、強制的なシャットダウンである。選挙によらない「政権交代」なのである。軍事政権樹立が目的ではなく、広い意味の政治シャッフルの一環である。

前回のクーデターは、わたし自身についていえば、その前の週にタイに出張してから帰国したばかりだったので虚を突かれたのは正直なところだ。前々回から15年ぶりで、「もはやクーデターはあるまい」と、関係者はみなタカをくくっていたのだ。

だが、今回は8年ぶり。これくらいのインターバルだと「またクーデターか・・」という感想をもつことになる。「ミラーの法則」によれば「7±2」が人間の記憶限界とされている。人間の時間感覚からいうと7年前後は記憶の範囲内とことになるのだろう。まだ記憶に新しいということだ。

(国軍司令官によるクーデター布告(2014年5月22日)の録画)

クーデターに踏み切ったタイ国軍は National Peace and Order Maintaining Council(NPOMC:国家平和秩序維持評議会)を設置し全権を掌握、内閣を解散し、国家平和秩序維持評議会(NPMOC)議長に就任したプラユット国軍司令官が首相代行を兼任、治安維持に全面的に乗り出している。

一言でいえば「軍政」ということだ。まずはメディアを支配下において情報統制を行い、5人以上の政治集会を禁止し、デモ隊を排除した上で、夜10時から翌朝5時までの「夜間外出禁止令」(curfew)を布告。まずは秩序回復と治安維持が最大の課題である。

これからやるべきことは、おおよその見当はつく。

前回のクーデターはじつに十数年ぶりのものだったので、1991年クーデターまでさかのぼるよりも、直近の2006年クーデターの「おさらい」から始めるのが早道だろう。

もちろん、8年前とは状況が異なり、軍服を着ているとはいえ異なるプレイヤーである。なによりもいまタイが置かれている状況が異なる以上、今後の見通しは前回と同じということはありえないことは承知の上だ。外部環境は8年前より悪化している。


そのために参考になるのが、『現代タイ動向 2006-2008』(日本タイ協会編、めこん、2008)。400ページをこえるこの本が出版されたのは、15年ぶりのクーデターがいかに「想定外」であったことを示している。


「軍政」が「民政移管」するまでにやるべきことは決まっている。まずは、戒厳司令部が全権掌握して「現行憲法」を停止(サスペンド)し「暫定憲法」を公表、次の段階の「暫定政権」に移行してから「新憲法草案」を発表し国民投票(レファレンダム)にかけるという流れだ。前回2006年のクーデター後はそういう流れだった。

もちろん「民政移管」すれば総選挙が行われることになるので、「新憲法」においては支配層にとって有利な条件となるように選挙法関連を中心に憲法改正されることになる。日本のように「憲法改正」というだけで騒ぎ立てる「硬性憲法」の国とは違い、タイは「軟性憲法」の国である。

今回は、政治混乱が続いているために来年度の予算も成立していないという異常事態におけるクーデターであり、一日も早く予算を成立させることが喫緊の課題である。

参考のために『現代タイ動向 2006-2008』(日本タイ協会編、めこん、2008)の「目次」を掲載しておこう。わたし自身は、まさにこの期間にタイにいたので、現地でさまざまな体験と観察を行うことができたので、なんだか懐かしい感じもするのだが・・。


目 次
まえがき (赤木攻)
●政治
タイの政治情勢をめぐる主な動き(2006~2008年)
第1章 9.19クーデタ
 1. これからどうなるタイの政治
 2. タイの政変とその余波、現場からの報告
 3. 現地レポート: 9.19クーデタ
第2章 タイ政治とタックシン現象
 1. タイのクーデタ: 経済発展と民主化の時間差
 2. タックシン現象:ポピュリズム
 3. 「9.19クーデタ」が示したタイ政治社会の問題点
 4. 現地レポート: タックシン勢力の排除
第3章 暫定憲法と新憲法の制定
 1. タイの憲法の特質
 2. 新憲法草案の確定と今後の展望
 3. 仏歴2550年(西暦2007年)タイ王国憲法について
第4章 国民投票、総選挙、親タックシン政権
 1. 現地レポート: 国民投票後のタイ
 2. 総選挙と連立政権成立
 3. 総選挙後のタイの政治社会:「王権」をめぐって
 4. 第一次サマック内閣主要閣僚プロファイル
 5. かかあ天下? ソムチャーイ政権
●経済・社会・文化
第5章 豊かになったタイ
 1. 対社会の変容
 2. タイの経済政策と2006年9月クーデタ
 3. バンコクの都市鉄道
 4. タイのエネルギー事情 
第6章 変わったタイと変わらぬタイ
 1. タイの日本観は変わったか
 2. タイで進む少子高齢化
 3. タイにおけるロングステイ日本人
 4. 新しいタイ史の提唱
 5. 「タイの歴史」の諸問題
仏暦2549年タイ王国憲法(暫定版)
仏暦2550年タイ王国憲法
あとがき


前回のクーデターにおいては、さすがに欧米世論からの批判が激しく、当時まだ「民主化」に踏み切るはるか前のミャンマー軍事独裁政権と同一視さえされかねない状況であったので、「民政移管」はスケジュールどおりの実行が行われた。今回はさらにスピードアップする必要に迫られるだろう。

今回も欧米メディアでは、いわゆる「アラブの春」のなかで実現した「エジプト革命」後の民主化が、クーデターでつぶされたことを対比するような論調がすでに行われている。エジプトの流血クーデターとタイの無血クーデターとは内容はまったく異なるのだが、クーデター(coup)や軍事政権(military junta)といったコトバには、欧米世論は過剰反応する傾向がある。

タイ国軍としては「民政移管」後の総選挙のことを考えれば、悩ましいところだろう。「投票」行動を通じての「民意」は、「多数決原理」という「数の論理」で実現するので、ふたたび同じ問題が蒸し返される可能性が高いからだ。クーデターが問題の根本解決にならないとはそういう意味だ。

そういえば思い出したが、新憲法草案作成にあたっては、さまざまな業界団体や圧力団体がロビー活動を展開することになる。たとえば、タイの仏教団体が「仏教国教化」を実現するべく新憲法に条文として盛り込めという運動をしていたが、幸か不幸か(?)、2006年クーデターの戒厳司令官はムスリムであったためか(どうかはわからないが)、結果としては斥けられた。仏教国タイであるが、仏教は国教ではないのだ。

クーデター後のパターン自体は前回と共通したものがあるだろうが、2014年現在の情勢は2006年とは同じではない。今回のクーデター後の状況がどう推移していくか要注視である。国軍にとっては同盟国の米国を中心とする国際世論を意識しながら時間との戦いとなる。

「現地」は伝言ゲームによって不確かな情報が拡散する状況だろうが、「現地」から離れているとかえって俯瞰的に情勢を把握できるものだ。この記事はそういう意味として捉えていただきたい。ディテールにこだわりすぎると全体像が見えなくなってしまう危険もある。

前回2006年のクーデターとなにが共通し、なにが違うのか、それを考える出発点となれば幸いである。

(2014年5月23日 記す)



(追記) 国王陛下が2014年クーデターを承認(2014年5月25日)

HM the King acknowledges military coup( Date : 25 พฤษภาคม 2557=2014年5月25日)

BANGKOK, 25 May 2014 (NNT) – His Majesty King Bhumibol Adulyadej has acknowledged the power seizure by the military led by General Prayuth Chan-ocha.

クーデタから三日目となったが、前回よりも「国王によるクーデター承認」が遅れた理由は定かではない(2014年5月25日 記す)。





(付録) ■軍による「情報統制」について

クーデタ布告後、タイ国内は軍による「メディア統制」されており、夜10時から翌朝5時までの「夜間外出禁止令」もでている(2014年5月23日現在)。

(国家平和秩序維持評議会(NPOMC)報道官による発表が時折入る)

2006年の「9.19クーデター」から「民政移管」されるまでのあいだ、「インターネットの情報統制」も行われていたことを記しておきたい。



とくにアジアでは、中国、ベトナム、北朝鮮といった「社会主義国」だけでなく、ミャンマーでも、タイ、シンガポールでも同様である。
たとえば、2006年クーデター後のタイ王国。民政移管までの期間、軍事政権下の暫定政権において「インターネットの情報統制」が行われていた。

これを現地で実体験していたので、2008年に本書が出版されたとき、大いに知的好奇心を刺激されて購入したのである。クーデター前にタイ政府に協力したことのある日本人の専門家から、タイのインターネット情報統制の仕組みについて話を聞いていたので、ピンときたというわけだ。仕組みは、アラブ諸国と同じである。ツリー構造ネットワークによって、タイ国外との情報の出入り口は一元化されている。

タイの軍政当局は、ある特定のキーワードをリストアップして、無差別にフィルタリングをかけていた(・・現在も程度の違いはあれ、フィルタリングはかけているようだ)。このため、問題ないのに表示できないサイトがでてきてクレームをつけても、問答無用で退けられたというウワサを聞いている。真偽のほどは確かではない。軍政当局はフィルタリング対象のリストは、当然のことながら公開していなかった。
民政移管までの重要な政治課題であった「憲法改正」を、国民投票(レファレンダム)において僅差でかろうじて乗り切ったのち、軍政下の暫定政権は、かけこみで「治安維持法」を成立させている。
タイでは、YouTube が遮断されていたことも記憶に新しいだろう。一般に「自由の国」と目されているタイも、一皮むけばこのような「情報統制国家」としての本質が現れてくる。

タイでは現在でもプリント・メディアに発禁措置が取られることが多々ある。主に海外雑誌についてであるので、輸入禁止という措置である。The Economist が何度か輸入禁止になっている。

タイを例に出したが、中国はいうまでもなく、ベトナムや北朝鮮といった「社会主義国」だけでなく、シンガポール、ミャンマー・・など、どの国も似たり寄ったりであろう。違いがあるとすれば、程度の差だけである。


前回の2006年のクーデターと今回2014年クーデターの違いは、この間に facebook や twitter といった SNS が普及したことだ。はたして今回はどうのような「情報統制」が行われることになるのか? これも注視すべきことだろう。「エジプト革命」も、SNSが煽ったことは間違いないので、いかに情報をコントロールするかは軍にとってもきわめてむずかしいタスクとなる。

技術的にインターネットにおけるアクセス統制は可能だが、どこまでやるかは当局次第である。そこに当局の意志決定に大きな影響を与えるのは「世論」というものの存在だ。今回のクーデターの実行自体、世論の動向を見据えてのものであったと考えられる。

(2014年5月23日 記す)

(National News Bureau of Thailand サイト掲載の NPOMC のバナー)


(追記) National Peace and Order Maintaining Council(NPOMC:国家平和秩序維持評議会)によるプロバイダーへの協力要請

Internet providers to refrain from messages which may incite violence (Date : 23 พฤษภาคม 2557=2014年5月23日)
BANGKOK, 23 May 2014 (NNT) - The National Peace and Order Maintaining Council (POMC) has made a request to all internet providers, who have their own network, to report to the Office of The National Broadcasting and Telecommunications Commission (NBTC). Many internet providing entrepreneurs have already cooperated and reported to the office; 76 companies have shown up out of 108 companies.
All internet providing companies are requested to broadcast only accurate information. Moreover all companies must refrain from messages which could incite the public to cause violence in the Kingdom or affect national security. 

(追記) SNSの通常的使用には問題なし。ただし国家平和秩序維持評議会に反する内容などについては制限しフィルタリングをかける
NBTC confirms normal usage of Facebook, Line, and YouTube but with limits (Date : 23 พฤษภาคม 2557=2014年5月23日)
BANGKOK, 22 May 2014 (NNT) -The National Broadcasting and Telecommunications Commission (NBTC) confirms that Facebook, Line, and YouTube can still be used as normal, but contents which go against The National Peace and Order Maintaining Council (POMC) will be individually filtered. 
NBTC Secretary General Thakorn Tantasit revealed that NBTC received a letter from the POMC to oversee the contents of the Internet through 108 internet service providers who have received a service license from the NBTC to follow POMC Announcement No. 17, regarding the publishing of contents on the Internet to the public; the contents must contain the truth and shall not be distorted to cause any misunderstanding or conflict that could affect peace and order within the country. The NBTC will further send a notification to all 108 Internet providers for their acknowledgement.
For Social Media websites such as Facebook, Line, and YouTube, the NBTC reaffirms that they can be used as normal, but with restrictions on any content that goes against a POMC order. Meanwhile, Internet Protocol Television (IPTV) or any system through which television services are delivered using the Internet, will not be accessible.

下線を引いた箇所に注目。SNSの使用は可能だが制限付きデフィルタリングをかけると明言している。ただし、具体的にいかなるコトバがフィルタリングされるかについの言及はない。


(追記) 国家の安全とソーシャルメディアを正しく使用していないウェブサイトを閉鎖

ICT Min pulls plug on over 200 websites for provoking unrest (Date : 27 พฤษภาคม 2557=2014年5月27日)
BANGKOK, 27 May 2014 (NNT) – The Ministry of Information and Communication Technology (ICT) has so far closed more than 200 websites that are deemed to be a threat to national security and continues to closely monitor against misuse of social media.
The ICT Ministry has also drawn up the national internet gateway project, to be supervised by TOT and CAT Telecom, as a long-term measure to eradicate provocative online materials. The new project is believed to facilitate the inspection of suspicious websites and the blocking of viewers’ access to prohibited contents.
In addition, the ICT Ministry has requested cooperation from all internet service providers in reporting any discovery of websites defying the order of the NCPO. Public members who have any knowledge of such violation are also encouraged to contribute to the effort by contacting the ministry via telephone or email.

(追記) 下記の記事が「情報統制」にかんして参考となる

ビッグデータ分析で、中国政府による検閲の中身が明らかに ゲイリー・キング米ハーバード大学教授に聞く (日経ビジネスオンライン 2014年2月4日)
・・中国政府によって削除される前に入手した膨大なネット書きこみ情報を「ビッグデータ」の手法で解析することにより、検閲手法と方針が明らかになった!
「分かったことは、中国政府が監視しているのは、とにかく「団体行動」であるということです。人を扇動したり、抗議行動に駆り立てたり、政府以外の人間が他人をコントロールしようとする発言は即刻検閲されます。・・(中略)・・中国政府は恐らく、特定の話題に関するソーシャルメディアを監視していて、特定の話題が盛り上がる様子を眺め、突然投稿者たちが1つの方向で議論を始めて明らかに「炎上」した時に動くようです。団体行動を実行に移しそうな炎上の仕方が見られると、すべての炎上した投稿を削除してしまうのでしょう。それが、政府寄りだろうが、反政府寄りだろうが、関係ない。団体行動の芽が見えたらとにかく取り締まる」
 
   
(追記) SNS時代のデモのコントロールはきわめて困難

アングル:タイ軍政にソーシャルメディアで抗戦、市民らデモ継続 (ロイター、2014年5月26日)
・・「ソーシャルメディアの力に直面するのは今回が初めてで、それによって情勢が一変することになる可能性がある。・・(中略)・・政治デモというより、通りすがりを装い突如集まる「フラッシュモブ」のように発生する都市部の抗議活動には、手をこまねいている。・・(中略)・・デモ隊は参加者の数を絞り、集会場所も拡散させて、暴力的な攻撃を受けないよう警戒している。こうしたデモに軍も疲弊しているようだ」


(追記) 戒厳令が解除(2015年4月1日)

タイが10カ月ぶりに戒厳令解除、軍事政権は権限維持(ロイター、2015年4月2日)
・・・「[バンコク 1日 ロイター] - タイ軍事政権は1日、10カ月ぶりに戒厳令を解除したと発表した。これに先立ち、プミポン国王がこれを承認した。 軍事政権は戒厳令を解除する代わりに暫定憲法第44条を適用し、プラユット首相は広範な権限を維持するとしている」  観光客減少で経済に与える影響が無視できないものになっていたためだという。しかし、暫定政権終了のメドは現在のところたっていない。(2015年4月2日 記す)


<関連サイト>

National Peace and Order Maintaining Council Announcement 1/2014
・・POMC(平和秩序維持国家委員会)布告第一号(Announcement on 22 May 2014) NNT: National News Bureau of Thailand より

タイ:国軍による全権掌握宣言(政変)に伴う注意喚起 (外務省 海外安全情報 2014年5月23日)

National Peace and Order Maintaining Council (wikipedia英語版)

タイ軍事クーデター (2014年)  (wikipedia日本語版)

2014 Thai coup d'état (wikipedia英語版)

MCOT1 (タイの政府系TV局)

Thailand’s coup The path to the throne A sudden move by the army brings only near-term calm (The Economist, May 24th 2014)
・・タイではたびたび輸入禁止がでている英国の The Economist誌の最新記事。この記事も日本語メディアでは活字になりにくい微妙な問題に正面から切り込んだ内容である。「不敬罪」に該当する内容である。日本語訳は、タイのクーデター:国座に至る道のり(JBpress、2014年5月26日)を参照



*写真の左の本は『クーデターの政治学-政治の天才の国 タイ-』(岡崎久彦・藤井昭彦・横田順子、中公新書、1993)。「1991年クーデター」後にでた本。右は「2006年クーデター」後にでた本(本文で解説)。将来予測のためには、過去を「おさらい」することがまずは第一歩。



(参考資料) National Peace and Order Maintaining Council Announcement 1/2014
http://thainews.prd.go.th/centerweb/newsen/NewsDetail?NT01_NewsID=WNPOL5705220010016
Date : 22 พฤษภาคม 2557

National Peace and Order Maintaining Council Announcement 1/2014
Subject : To control the national administration

Severe incidents in Bangkok and many other areas nationwide, have caused loss of innocent lives, people have been wounded and there has been a loss of assets. The situation seems to escalate with ever more conflicts and it is affecting national security, lives and assets of the public.

In order to restore the situation,the National Peace and Order Maintaining Council (POMC) which consists of the Royal Thai Army, Royal Thai Armed Forces Headquarters, Royal Thai Navy, Royal Thai Air Force and Royal Thai Police must proceed to control the national administration from 22nd May 2014 from 16.30 onward.

However, Thai people are requested to continue their lives and work as usual, as well as all government offices and officials.

Military officials, police officers, volunteers and other government officials who are armed with weapons are strictly prohibited from moving their troops and weapons unless they receive an order from Head of POMC only.

As for the diplomatic corps, Consulates, International organizations and foreign residents, POMC gives an assurance of your safety and protection. Moreover, POMC affirms that the relationship between Thailand and other countries remains the same as with the former government. POMC adheres to fidelity to protect and maintain the Royal Institution, which is the spiritual center of all Thais.
Announcement on 22 May 2014



(付録) ■「多数決原理」がもたらす「民主主義の機能不全」は先進国でも

ついに表面化した潜在的労働力不足-改めて考える人口問題(2)(小峰隆夫、日経ビジネスオンライン、2014年5月28日)
・・「そして第5の課題は、民主主義が機能不全に陥ることだ。人口オーナスになると、有権者に占める勤労者の比率が低下し、高齢者の比率が高くなるので、高齢者寄りの政策が実行されやすくなる。いわゆる「シルバー民主主義」である。人口オーナスの下では社会保障経費が増大し、大きな財政負担となるのだが、シルバー民主主義は、その財政再建や社会保障制度改革を阻害することになる。 このシルバー民主主義も、まさに現在進行中の大問題である」  
・・先進国を前に「中進国」のまま終わる可能性の高いタイには、すでに「人口オーナス」(・・人口ボーナスの反対概念)による「少子高齢化問題」が始まっている
・・「one man, one vote」(一人一票)に基づく「多数決原理」が民主主義の機能不全を招いている点は、タイやエジプトだけでなく、先進国でも「世代間格差」として顕在化しつつある


(その後の状況)

変革進めるタイ軍政(上) (化学工業日報、2014年8月15日)
変革進めるタイ軍政(下) (化学工業日報、2014年8月15日)
・・現在のところ、予想通りの経済立て直しに専念する軍政。この国は軍政による「規律」しか安定をもたらすことができないのかと考えざるをえない。

(2014年8月16日 記す)


(その後の状況)

タイ軍政トップのプラユット氏、暫定首相に (AFP、2014年8月21日)
・・「軍政下にあるタイの国民立法議会(National Legislative Assembly、定数197)は21日、軍政トップのプラユット・チャンオーチャー(Prayut Chan-O-Cha)陸軍司令官を暫定首相に指名した。首相に立候補したのはプラユット氏1人だった。 5月22日のクーデターで全権を掌握したプラユット氏は、賛成191、棄権3、欠席3で首相に指名された。正式な就任にはタイのプミポン・アドゥンヤデート(Bhumibol Adulyadej)国王の承認が必要だが、この手続きは単に儀礼的なものとみられている」

想定通りのシナリオ、ということだ。とくにコメントはない。

(2014年8月22日 記す)


「タイ王室」にも波及? 進む「タクシン派」切り崩し(樋泉克夫、BLOGOS、新潮社フォーサイト2014年12月12日より転載)

(2014年12月13日 情報追加)


<ブログ内関連記事>

■タイの政治状況

『国際シンポジウム 混迷続くタイ政治:その先に何が待っているのか』("Thailand’s Turbulent Politics: Peering Ahead")に参加(2014年3月27日)

書評 『赤 vs 黄-タイのアイデンティティ・クライシス-』(ニック・ノスティック、めこん、2012)-分断されたタイの政治状況の臨場感ある現場取材記録

書評 『バンコク燃ゆ-タックシンと「タイ式」民主主義-』(柴田直治、めこん、2010)-「タイ式」民主主義の機能不全と今後の行方

書評 『クーデターとタイ政治-日本大使の1035日-』(小林秀明、ゆまに書房、2010)-クーデター前後の目まぐるしく動いたタイ現代政治の一側面を描いた日本大使のメモワール

書評 『タイ-中進国の模索-』(末廣 昭、岩波新書、2009)
・・タクシン政権誕生以後の現在のタイをしるうえでの必読書

合掌ポーズの「ワイ」はクセになる-タイのあれこれ(番外編)

「バンコク騒乱」について-アジアビジネスにおける「クライシス・マネジメント」(危機管理)の重要性

「バンコク騒乱」から1周年(2011年5月19日)-書評 『イサーン-目撃したバンコク解放区-』(三留理男、毎日新聞社、2010) 

来日中のタクシン元首相の講演会(2011年8月23日)に参加してきた

「タイのあれこれ」 全26回+番外編 (随時増補中)


■国際メディア情報と現地情報のズレ

書評 『国際メディア情報戦』(高木 徹、講談社現代新書、2014)-「現代の総力戦」は「情報発信力」で自らの倫理的優位性を世界に納得させることにある

書評 『エジプト革命-軍とムスリム同胞団、そして若者たち-』(鈴木恵美、中公新書、2013)-「革命」から3年、その意味を内在的に理解するために ・・欧米メディアではタイの「無血クーデター」とエジプトの「流血クーデター」を同一視するコメントもある。最近はラテンアメリカでもトルコでもクーデターがないので仕方ないとはいえる。両者には共通する面もあるが、異なる性格もある。エジプトとタイで共通する点とは、「国軍に寄せる国民の信頼が高いことを、著者は「伝統化しつつある、軍部への「委託」」と表現している。若者たちが中心になって行った反ムルシー大統領デモの後押しを受け、二度目の「実質的なクーデター」で国軍が中心の座に戻った。これにより、迷走をつづけていたエジプト社会が結果としてようやく安定軌道に戻ることになる」、である。ただし、今回の2014年クーデターでタイ社会が「結果としてようやく安定軌道に戻ることになる」かどうかは不透明である


■「軍政」が機能するのはタイは官僚制がしっかりしているから

書評 『泰緬鉄道-機密文書が明かすアジア太平洋戦争-』(吉川利治、雄山閣、2011 初版: 1994 同文館)-タイ側の機密公文書から明らかにされた「泰緬鉄道」の全貌

書評 『同盟国タイと駐屯日本軍-「大東亜戦争」期の知られざる国際関係-』(吉川利治、雄山閣、2010)-密接な日タイ関係の原点は「大東亜戦争」期にある
・・植民地経験をもたないタイは、「近代化」に踏み切って以降、日本と同様に官僚制が定着しており、日本以上に文書主義が徹底しているため、日本が敗戦の際に廃棄した公文書がタイ側の公文書館に保存されているので研究が可能となった


■とくにビジネスパーソンには必須のマインドセット

書評 『誰も語らなかったアジアの見えないリスク-痛い目に遭う前に読む本-』(越 純一郎=編著、日刊工業新聞、2012)-「アウェイ」でのビジネスはチャンスも大きいがリスクも高い!

(2014年5月27日 情報追加)


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(2012年7月3日発売の拙著です)







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