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2016年5月30日月曜日

祝! ル・コルビュジエ設計の東京・上野の国立西洋美術館が念願の「世界遺産」登録が内定(2016年5月18日)


(ロダンの「カレーの市民」の背後に西洋美術館 筆者撮影)

ル・コルビュジエ設計の東京・上野の国立西洋美術館が、念願の世界遺産登録に向けて大きく前進した。ほぼ確定となったのだ。

このニュースが報道されたのは、2016年5月18日。一昨年の2014年に登録されて大きな話題となった富岡製糸場とは違って、コルビュジエって誰(?) という人も多いだろう。

だが、東京・上野の国立西洋美術館くらいなら知っている人も少なくないはずだ。独立行政法人となったいまも、ブランディングの観点から「国立」を名乗ることが許されている美術館だ。

今回の世界遺産登録は、世界に点在するコルビュジエの作品群を一括してまとめて申請したことが奏を効しとされている。日本の国立西洋美術館だけが登録されたのではない。フランスはもとより、ドイツやスイス、さらにはインドなどに点在する建築と一括しての登録である。

コルビジュエの建築が、フランスの息がかかっている「世界遺産」に登録されなかったのは不思議なこと。なぜなら、コルビジュエがフランス語圏の人であるだけでなく、国立西洋美術館もまた、きわめてフランス色の濃い施設であるからだ。

国立西洋美術館の常設展示の中核は、いわゆる「松方コレクション」であり、フランスでの収集品が中心の個人コレクションである。戦時中にフランスに差し押さえられていた松方コレクションが、差し押さえが解除されて日本に移動することになった際、その器として建設されたのが国立西洋美術館なのである。1959年(昭和34年)のことである。

美術館の前庭には彫刻家ロダンの作品群。冒頭に掲示した「カレーの市民」や「考える人」、ダンテにもとづく「地獄門」などの代表的な傑作がずらりと屋外展示されている。 美術館内の展示もすばらしいが、屋外展示もまたオープン性が強いのが特色なのだ。「フランスがまだ輝いて見えていた頃」を体現しているといってよいだろう。


(1階部分を柱でささえた開放的なピロティ構造が特色のひとつ 筆者撮影)

建築家の名前はコル「ビュ」ジエ」。これを誤ってコル「ビ」ジュエ」という人がいるが要注意! ビジネスパーソンでも、「シミュレーション」を誤って「シュミレーション」という人がいるのと同様、ちょっと恥ずかしいことですよ。

とはいえ、コルビュジエじたいがペンネームなので、『ル・コルビュジエ-終わりなき挑戦の日々-』(創元社、2006)の監修者で序文を書いている建築史家の藤森照信氏によれば、欧米の建築家のあいだではでは略してコルビュ、日本の建築家はコルと呼んでいるというそうだ。

本名は、シャルル=エドゥアール・ジャンヌレといい、スイスのジュラ山脈中のフランス語圏に生まれた人。ラ・ショー=ド=フォン(La Chaux-de-Fonds)というその町は、スイスの機械時計製造では代表的な都市で、世界的なメーカーのタグ・ホイアーなどが本社を置いている。コルビュジエの父も祖父も時計の絵付け師で、その先祖はフランス南西部から16世紀に逃れてきたプロテスタントなのだという。つまりはユグノーである。

ラ・ショー=ド=フォンの中央市街は、隣接するル・ロックルの中心市街とともに、「ラ・ショー=ド=フォンとル・ロックル、時計製造業の都市計画」という名で「世界遺産」に登録されれている(2009年)。

ラ・ショー=ド=フォンには、建築家として独立したコルビュジエの最初の作品がある。「白い家」という通称の両親のために建てられたジャンヌレ=ペレ邸があり、今回の「世界遺産」登録においてもリスト内のひとつとして筆頭にあげられている。たいへん名誉なことであろう。

コルビュジエ本人も、1900年に地元の美術工芸学校に進学し、時計職人としての彫金などを学んでいたということで、手仕事を重視する時計製造とは切っても切れない町なのだ。

だが、コルビュジエは基本的に独学で建築を学んだ人だ。この点に、安藤忠雄のような人も大いに魅せられたのだろう。ただし、馬鹿の一つ覚えのように「コンクリート打ちっ放し」ばかりなのは、思うがいかがなものかと・・・。発注者の問題でもありますが。

コルビュジエのスタイルは、「コンクリート打ち放し」が中心にある。このほか、国立西洋美術館がそうだが、ピロティー、スロープ、自然光を利用 した照明計画などもあげられるだろう。

構造的にみたらピロティには難があるような気もしないではないが、前回の東日本大震災も乗り切ったことだし、とくに大きな問題はないのだろう。


(東京文化会館の設計者について記されたプレート 筆者撮影)

コルビュジエは日本人建築家にも多大な影響を与えた人だ。西洋美術館じたい、前川國男など日本人直弟子の筆頭に立つが設計たちとともに設計したものであり、西洋美術館のはす向かいにある東京文化会館は、その前川國男によるものだ。

上野公園は、JR上野駅からのアプローチがコルビュジエ流の近代建築で迎えてくれるというわけなのだ。この事実を知ってから、あらためて西洋美術館や東京文化会館を建築物として鑑賞してみるといいだろう。

もちろん、建築物というものは外観だけでなく、そのなかに入って体感するものこそ大事なことは言うまでもない。


PS 2016年7月17日、トルコのイスタンブールで開かれた委員会で「世界文化遺産」に正式決定

じつは決定は一日遅れ。なんと正式決定されるはずだったその当日に、トルコでクーデターが勃発したからだ。結局、軍の一部による蜂起として一日で鎮圧されたが、委員会の開催そのものが中止になる恐れがあった。関係者はやきもきしたことだろう。いずれにせよ、「世界文化遺産」として正式決定されたことは、じつに喜ばしいことだ。(2016年7月18日 記す)






<関連サイト>

三度目の正直、上野沸く 西洋美術館 世界遺産へ (日本経済新聞、2016年5月18日)





<ブログ内関連記事>

ドニゼッティのオペラ 『ロベルト・デヴェリュー』(バイエルン国立歌劇場日本公演)にいってきた
・・「東京文化会館」は1961年の建築。設計は、前川國男建築設計事務所で、「建築業協会賞」第3回(1962年)を受賞しており、公共建築百選」にも選出されている。反対側にあるのが、今回「世界遺産」に登録が決定した国立西洋美術館。前川國男はコルビュジエの弟子である

今年2011年の世相をあらわす漢字は 「水」 に決まり-わたしが勝手に決めました(笑)
・・「ピロティ(Pilotis)といえば、世界遺産登録が試みられている建築家ル・コルビュジエで有名ですが、ベトナムやカンボジア、タイでは民家ではよく見られます。伝承されてきた知恵。国立西洋美術館はコンクリート打ちっぱなしのピロティ構造

「説教と笑い」について
・・モダニズム建築の代表的建築家・丹下健三が設計し、1964年に完成したコンクリート打ちっ放しの東京カテドラル聖マリア大聖堂の内部を体験

「日本近代建築の父アントニン・レーモンドを知っていますか-銀座の街並み・祈り-」にいってきた(2016年1月28日)-日本の教会建築と洋風建築に大きな影響を与えた知られざる建築家を知る
・・コルビュジエから盗作の抗議を受けているレーモンドは、日本では教会建築を多く手がけている

『連戦連敗』(安藤忠雄、東京大学出版会、2001) は、2010年度の「文化勲章」を授与された世界的建築家が、かつて学生たちに向けて語った珠玉のコトバの集成としての一冊でもある
・・安藤忠雄はコルビュジエの「コンクリート打ちっ放し」の系譜のなかにある

「ルイス・バラガン邸をたずねる」(ワタリウム美術館)(2009年12月27日)

「ルドルフ・シュタイナー展 天使の国」(ワタリウム美術館)にいってきた(2014年4月10日)-「黒板絵」と「建築」に表現された「思考するアート」
・・専門として建築を学んでないが独創的な建築物を設計

「信仰と商売の両立」の実践-”建築家” ヴォーリズ
・・専門として建築を学んでないが独創的な建築物を設計


コルビュジエの生まれたスイス

書評 『ブランド王国スイスの秘密』(磯山友幸、日経BP社、2006)-「欧州の小国スイス」から、「迷走する経済大国・日本」は何を教訓として読み取るべきか

「急がば回れ」-スイスをよりよく知るためには、地理的条件を踏まえたうえで歴史を知ることが何よりも重要だ
・・スイスの時計産業を支えたのがフランスから脱出した難民のユグノーであったことに触れている

映画 『アルプス-天空の交響曲-』(2013、ドイツ)を見てきた(2015年5月28日)-360度のパノラマでみる「アルプス地理学」

「フェルディナント・ホドラー展」(国立西洋美術館)にいってきた(2014年11月11日)-知られざる「スイスの国民画家」と「近代舞踊」の関係について知る

書評 『からくり人形の夢-人間・機械・近代ヨーロッパ-』(竹下節子、岩波書店、2001)-「西洋からくり人形」にさぐるバロック時代の精神世界


フランスのプロテスタントであるユグノー

映画 『王妃マルゴ』(フランス・イタリア・ドイツ、1994)-「サン・バルテルミの虐殺」(1572年)前後の「宗教戦争」時代のフランスを描いた歴史ドラマ
・・アンリ4世は「ナントの勅令」によって
「ナントの勅令」は約一世紀後の1685年に太陽王ルイ14世によって廃止されてしまう。この結果、産業の担い手であったプロテスタント(=ユグノー)たちは、大挙して英国やスイス、プロイセンへと脱出




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2016年5月27日金曜日

オバマ大統領が米国の現職大統領として広島の原爆記念館を初めて訪問(2016年5月27日)-この日、歴史はつくられた

(NBC News のビデオ映像よりキャプチャした画像)

オバマ大統領が2016年5月27日、米国の現職大統領(Sitting US President)として広島の原爆記念館を初めて訪問した。まさに「歴史をつくった」できごとである。

残念ながらリアルタイムでの視聴はできなかったが、オバマ大統領の被爆地ヒロシマでの歴史的訪問と演説を動画で視聴し、全文を読むと、その格調の高さに感じるものがある。17分もあるスピーチを行うとは誰も予想していなかったのではないか。

アメリカの現職大統領による被爆地ヒロシマの訪問は、その歴史的意義の大きさは計り知れないものがある。謝罪しようがしまいが、ヒロシマに直接来たという事実そのものが大きい。原爆投下から71年、ようやく実現したのである。まずは第一歩が記されたのである。その一歩がたいへん困難なものだったのである。ゼロからイチがもっとも難しいプロセスだからだ。

献花と黙想によって哀悼の意を表明したオバマ大統領。もちろん謝罪はなかったが、この訪問じたいの全世界にむけての影響力はきわめて大きい「事実」を認めたうえで、「解釈」には必要以上には踏み込まない。これは成熟した大人の知恵ある賢明な態度というべきだ。しかも、たった10分とはいえ、原爆資料館も訪問したのである。自分の目で悲惨さを体感したことの意味は大きい。

オバマ大統領のスピーチのタイトルはこうなっている。Remarks by President Obama and Prime Minister Abe of Japan at Hiroshima Peace Memorial  オバマ大統領に併記して安部首相の名が記されている。原爆投下国である米国の大統領につづいて、被爆国である日本の首相もスピーチを行っている。日米和解のシンボルでもある。

ちなみに、今回の広島訪問は日本の伊勢志摩で開催された先進国首脳会議(=G7サミット)出席ついでという位置づけであったが、サミット出席前にはベトナムに立ち寄って関係強化を行っている。かつて泥沼の戦争を戦ったベトナムと米国もまた、和解への道をさらに一歩進めているのである。

オバマ大統領はスピーチのなかで hibakusha(ヒバクシャ=被爆者)という日本語を演説のなかで2回つかっている。この点での配慮についてもキチンと受け取るべきだ。この日本語が全世界の人が理解する日も遠くないだろう。

現実世界では核廃絶はまだまだ先の話だとはいえ、一般市民が巻き込まれる大量破壊兵器による被害が根絶されたほうがいいことは言うまでもない。今後の課題は、その理想実現のために、地味だが継続的な努力でり、なによりも意識を持ち続けることだ。自らの倫理的優位性を世界に納得させることが現代世界では意味をもつ。

日本語情報だけだとわかりにくいが、アメリカ大統領は米軍の最高指揮官でもある。世界最強の軍隊の最高指揮官が、原爆が投下され徹底的に破壊された広島を訪問してスピーチを行ったという事実に注目したい。最高指揮官としての大統領は、米国がもつ核ミサイルのボタンを押すことができるのである。

大量破壊兵器ではないが、アフガニスタンで再び勢力を拡大しているタリバンのナンバーワンの無人攻撃機ドローンによる殺害を最高指揮官として許可したのは、つい6日前の5月21日のことも念頭においておくべきだろう。さらにサミット終了後に広島入りする直前に米海兵隊岩国航空基地を訪問し、米軍将兵を激励している。

核攻撃のボタンを押せる最高指揮官が広島を訪問した、その意味をアタマのなかにしっかりと入れておく必要がある。大統領が移動するところはどこでも核ミサイル発射ボタンが押せるのである。当然のことながら、広島においてもそうなのだ。

オバマ大統領は反対意見のあるなかで、よくぞ決断し、実行したものだ。おおいに賞賛したい。「歴史をつくる」とはこういうことをいうのだろう。晴天のヒロシマで原爆ドームをバックにした映像が全世界に流れ、今後も再生され続けるのである。

大統領退任後は、ぜひジミー・カーター元大統領のような存在になっていただきたい。その心は、大統領退任後に、ほんとうの活動が始まるということだ。その際には再度ヒロシマへ、そして今回実現しなかったナガサキも訪問していただきたい。







<関連サイト>

Remarks by President Obama and Prime Minister Abe of Japan at Hiroshima Peace Memorial Hiroshima Peace Memorial Hiroshima, Japan May 27, 2016 
・・オバマ大統領のスピーチ全文

オバマ大統領「広島演説」は一大叙事詩だった 魂をゆさぶる、神がかり的なコミュ力 (岡本純子 :コミュニケーションストラテジスト、東洋経済オンライン、2016年5月30日)

Barack Obama pays his respects in Hiroshima - Hiroshima welcomes the first serving American president to visit the city since its destruction by atom bomb (The Economist、May 28th 2016)

ハーバード大教授が徹底解説!オバマ広島訪問の本当の理由サンドラ・サッチャー教授に聞く(ダイヤモンドオンライン、2016年6月3日)
・・「リーダーシップの観点から見ても、オバマ大統領は正しい決断をしたと思います。なぜなら彼は広島で3つの重要なメッセージを世界に伝えることができたからです。1つめは、原爆投下という歴史から学ぶこと、原爆の犠牲者や遺族に人間としての思いやりを示すことがいかに大切かということ。2つめが、アメリカは自国の行動について責任をとる国なのだ、ということ。そして、最後に、どの国にとっても、自国の歴史と向き合い、歴史から学ぶことは重要だ、ということです。」

オバマを男にした日本人の以心伝心、武士の情け 大統領演説を生かすも殺すもスピーチライター次第(JBPress、2016年6月7日)
・・「演説の草稿に際しては、彼は日本人が聞きたい事柄を在日米大使館経由で丹念に集めたらしい。演説の中に日本人の琴線に触れる表現を散りばめた」 「言葉では謝罪せずに謝罪を以心伝心で日本人に伝える。特に日本政府サイドから日本人は謝罪を必要としていないという言質を取っていたことも重要なポイントだった」「大統領とスピーチライターは、この難題を核兵器廃絶への願望に巧みにすり替えることで、受け手(日本国民)には米大統領の謝罪だ、と受け止めさせ、米国民に対しては、あくまでも謝罪ではなく、核兵器廃絶への決意だ、と受け止めさせた」 「その理論構成を貫くことで、オバマ大統領は残りの任期の間に何とか成就させたいレガシー(遺産)作りに成功したのだ」「この演説で、言及しなかった言葉自体が意味を持っている。つまり米国民の半数が言い続けている原爆投下によって戦争終結が早まったのだという正当論について一切触れなかったこと。そして誰が原爆を落としたのか、という原爆の原点についての言及がなかったことだ」

「原爆投下正しかった」米国人46% 若年層は「間違い」が多数 70年経て変化する意識 (Newsphere、2015年8月1日)

(2016年5月30日、6月3日、7日、12月14日 情報追加)







<関連サイト>

根強い「原爆投下は正しかった」論、反日感情を高める歴史書が大人気 <ベストセラーで読むアメリカ> (ウェッジ、森川聡一、2016年10月28日)
・・「大統領の本国アメリカでは原爆投下は正しかったと論じる歴史書が売れているのだ。筆者のビル・オライリーは「オライリー・ファクター」というテレビのニュース番組の司会者を務め、保守派の論客として人気を博する人物」 これが米国世論の現実だ

原爆投下正しかった」米国人46% 若年層は「間違い」が多数 70年経て変化する意識 (Newssphre、2015年8月1日)

(2016年10月28日 項目新設)
(2016年11月23日 情報追加)



<ブログ内関連記事>


書評 『田中角栄 封じられた資源戦略-石油、ウラン、そしてアメリカとの闘い-』(山岡淳一郎、草思社、2009)-「エネルギー自主独立路線」を貫こうとして敗れた田中角栄の闘い
・・「核廃絶(グローバル・ゼロ)に踏み切ったオバマ大統領のシナリオを書いたのが、資源エネルギー問題で田中角栄を追い詰めたキッシンジャーであることは、記憶しておかねばならない。共和党の国務長官を務めたキッシンジャーはいったい誰の利害のもとに動いているのか」


原爆関連

「原爆の日」-立場によって歴史観は異なって当然だ

書評 『原爆を投下するまで日本を降伏させるな-トルーマンとバーンズの陰謀-』(鳥居民、草思社、2005 文庫版 2011

書評 『原爆と検閲-アメリカ人記者たちが見た広島・長崎-』(繁沢敦子、中公新書、2010)

原爆記念日とローレンス・ヴァン・デル・ポストの『新月の夜』

『大本営参謀の情報戦記-情報なき国家の悲劇-』(堀 栄三、文藝春秋社、1989 文春文庫版 1996)で原爆投下「情報」について確認してみる

広島の原爆投下から66年-NHKスペシャル 「原爆投下 活かされなかった極秘情報」 をみて考える

書評 『アメリカに問う大東亜戦争の責任』(長谷川 煕、朝日新書、2007)-「勝者」すら「歴史の裁き」から逃れることはできない

東京大空襲から70年(2015年3月10日)-空爆は「無差別殺戮」である!

「夢の島」にはじめて上陸(2014年11月15日)-東京都江東区の「夢の島」に日本戦後史の縮図をみる
・・夢の島にある「第五福竜丸展示館」には、水爆被害にあった第五福竜丸が実物展示されている

書評 『原発と権力-戦後から辿る支配者の系譜-』(山岡淳一郎、ちくま新書、2011)-「敗戦国日本」の政治経済史が手に取るように見えてくる
・・自民党は第五福竜丸の水爆被害もその一つもキッカケとなった反原水爆運動と反米運動をいかに乗り切って原発政策を推進したのか


日米関係

書評 『黒船の世紀 上下-あの頃、アメリカは仮想敵国だった-』 (猪瀬直樹、中公文庫、2011 単行本初版 1993)-日露戦争を制した日本を待っていたのはバラ色の未来ではなかった・・・

書評 『戦争・天皇・国家-近代化150年を問い直す-』(猪瀬直樹・田原総一郎、角川新書、2015)-「日米関係150年」の歴史で考えなければ日本という国を理解することはできない

書評 『マンガ 最終戦争論-石原莞爾と宮沢賢治-』 (江川達也、PHPコミックス、2012)-元数学教師のマンガ家が描く二人の日蓮主義者の東北人を主人公にした日本近代史

「神やぶれたまふ」-日米戦争の本質は「宗教戦争」でもあったとする敗戦後の折口信夫の深い反省を考えてみる

『日本がアメリカを赦す日』(岸田秀、文春文庫、2004)-「原爆についての謝罪」があれば、お互いに誤解に充ち満ちたねじれた日米関係のとげの多くは解消するか?


スピーチ

書評 『小泉進次郎の話す力』(佐藤綾子、幻冬舎、2010)-トップに立つ人、人前でしゃべる必要のある人は必読。聞く人をその気にさせる技術とは?
・・「第3章 これがオバマの演説だ-「西洋型巻き込み演説」の真髄」を参照

(2016年5月31日、12月4日 情報追加)



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2016年5月24日火曜日

この木なんの木? ブラシノキ

(ブラシノキの花 筆者撮影)

いまこの時期に南国っぽい真紅の花を咲かせているのは「ブラシノキ」。花の形がブラシに似ているから「ブラシの木」なのだとか。

オーストラリア原産だそうだが、どうせなら日本名は「タワシノキ」でよかったのではと思うのだが・・・。 タワシであれブラシであれ、どちらも日本語として定着しているから問題ないのかな? ちなみにタワシは漢字で書けば束子(たばし)。もともとは明治時代になってからの新製品で、亀の子束子は登録商標です。

ブラシノキもまた、明治時代に渡来したそうで、キンポウジュともいうそうだ。漢字では金宝樹あるいは錦宝樹。その心は、長く伸びた雄しべの先が金色の玉のようだからだとか(・・写真参照)。

とはいえ、ブラシノキのほうが、庶民的な即物性というか、ベタではありますが、なるほど(!)なネーミングでありますね。わたしはこの花木の名前をいままで知りませんでしたが、ブラシノキというネーミングなら忘れることはなさそうです。

いまが旬の花木です。





<ブログ内関連記事>

「天使のトランペット」は、秋に咲く黄色で下向きのラッパ状の花

タチアオイは、トルコ原産の夏の花

朱色になる前の「ほおずき」はピーマンみたいだ!?-身の回りの「観察」から「直観 ⇒ 仮説 ⇒ 検証」のサイクルを回す生活習慣を身につけよう!




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2016年5月23日月曜日

『日本会議の研究』(菅野完、扶桑社新書、2016)は、「いまこの国でひそかに進行していること」を「見える化」した必読の労作だ!


『日本会議の研究』(菅野完、扶桑社新書、2016)という本がある。ことし2016年4月末の新刊だ。「いまこの国でひそかに進行していること」を知りたい人は必ず読みべきだと強く推奨したい一冊だ。

当の「日本会議」から、出版直後に出版差し止め要請が出版社あてに提出されたらしい。このニュースが話題になって、その結果、売り切れ書店が続出しているらしい。わたしは出版日の前からアマゾンに予約を入れていたのだが、出版直後に在庫切れとなり、増刷され入手できるまでしばし待たされた。

そういう状況であるから増刷につぐ増刷の状況にあるのだが、書店で見つけたら即買うべし、アマゾンに在庫があるうちに即買うべし。悪いこと言わない。それだけの価値ある中身の濃いオリジナルな本なのだ。

帯のオモテには、「「右傾化」の淵源はどこなのか?「日本会議」とは何なのか?」、とある。

帯のウラには、「市民運動が嘲笑の対象にさえなった80年代以降の日本で、めげずに、愚直に、地道に、そして極めて民主的な、市民運動の王道を歩んできた「一群の人々」によって日本の民主主義は殺されるだろう--」、とある。

「一群の人々」とは、「日本会議」(にっぽんかいぎ)の中核をなす「プロ市民」の活動家たちのことだ。「特殊な思想をもった極右団体が宗教を利用して、宗教をテコにして政治を動かしてる」(著者)のである。

日本会議とは、1997年に設立された政策提言を目的とした国民運動団体のことである。神社神道や新宗教をはじめとした多数の宗教団体によって支えられているだけでなく、さらに日本全国の「草の根保守」のネットワークが広い裾野として下支えしているのだ。だが、そうした草の根の人たちと運動の中核にいる活動家をイコールに考えていいのか、と。

日本会議の中核メンバーたちの活動は、さかのぼれば70年安保の時代からはじまっている。大学キャンパスの左傾化と戦うという右派の立場からの運動が原点にある。左派リベラル派が自壊していくなか、日本会議が存在感を示すにいたった理由は、運動方針の首尾一貫性と、左派の市民活動の手法を忠実に換骨奪胎したことにある。

注目すべきなのは、「安倍政権が進める改憲路線と「日本会議」とその周辺が進める改憲運動は、見事に連動している」(著者)ということにある。

その「改憲」の中身だが、憲法9条改正よりも、むしろ「非常事態条項」と「家族保護条項」を盛り込むことを最大の目標としているという。「条項」の文言だけをみれば何が悪いのかという気がしないでもないだろうが、「条項」の内容が問題なのである。「非常事態条項」と「家族保護条項」にかんする問題点については、本書を読んで確認していただきたいと思う。

本書の著者は元サラリーマン。「保守」を自認する著者にとってさえ奇異にうつる「日本会議」を、たんねんな調査であぶりだした。「ハーバー・ビジネス・オンライン」(・・じつに紛らわしい名前だ)の連載「草の根保守の蠢動(しゅんどう)」を書籍化したものである。わたしはこの連載を最初からすべて読んでいるが、書籍版のほうがはるかに読みやすいといっておこう。

出版社の扶桑社は「保守」の牙城のフジサンケイグループの出版社。著者もまた「保守」のスタンスであり、著者と出版元の姿勢を考慮にいれれば、本書に書かれている事がいかに奇異なことか理解できるはずだ。リベラル派の立場からの発言ではないのだ。

著者の基本認識は「はじめに」に記された文章に表現されている。

社会全体として右傾化したとはいいがたいにもかかわらず、政権担当者周辺と路上の跳ね返りどもだけが、急速に右傾化している・・・・。これはなんとも不思議だ。

この時代認識は、わたしも同感だ。ヘイトスピーチに代表される状況は異常としかいいようがないもので、およそ「保守」とは程遠いものだ。左派による偏向から正道あるいは中道に戻すための「正常化」は推進すべきだと考えているが、こんな「右傾化」には絶対に賛成できない

著者は、サラリーマン時代には品質管理の責任者として仕事に従事していたと「はじめに」に記している。その際に身に着けた「偏り」や「ばらつき」を生む根本原因を突き詰める品質管の手法を応用したのだと「はじめに」で記している。「異様ともいえるバラツキのなさ」が日本会議に行き着いたというわかなのだ。その成果が、本書にまとめらた一年間の取材と研究内容である。

もういちど繰り返しておこう。「いまこの国でひそかに進行していること」を知りたい人は必ず読むべき本だ。

最後に、本書刊行後も連載がつづている「草の根保守の蠢動」に掲載された文章から著者のコトバを引用しておこう。

安倍首相がなぜそこまで改憲にこだわるのか、その改憲案の裏側にはどんな人々の思惑が蠢いているのか、ぜひ、書籍版『日本会議の研究』を手にして、確認して貰いたい。

だからこそ、いま読むべき本なのだ。





目 次

はじめに
第1章 日本会議とは何か
第2章 歴史
第3章 憲法
第4章 草の根
第5章 「一群の人々」
第6章 淵源
むすびにかえて
参考文献

著者プロフィール

菅野完(すがの・たもつ)
著述家。1974年、奈良県生まれ。一般企業のサラリーマンとして勤務するかたわら執筆活動を開始。退職後の2015年より主に政経分野の記事を雑誌やオンラインメディアに提供する活動を本格化させる。同年2月から扶桑社系webメディア「ハーバービジネスオンライン(http:hbol.jp)にてスタートした連載「草の根保守の蠢動」は大きな話題を呼び、本書刊行の元となった。著書に『保守の本分』(単著・noiehoie名義・扶桑社新書、2013)など。(出版社サイトに本書記載の情報を付加)





<関連サイト>

菅野完(noiehoie) | Facebook

連載「草の根保守の運動」(「ハーバー・ビジネス・オンライン」)
・・現在も連載は継続中。最新記事はこのサイトで。単行本化されていない対談はこのサイトで読むべし。以下は、宗教社会学者で國學院大學研究開発推進機構日本文化研究所の助教・塚田穂高(つかだほたか)氏との対談。『宗教と政治の転轍点-保守合同と政教一致の宗教社会学-』(花伝社、2015)の著者である。

⇒ なぜ宗教と政治は惹かれ合うのか?――シリーズ【草の根保守の蠢動】特別企画「宗教と政治の交わるところ」第一回

⇒ 素朴な「郷土愛」を利用される信者たち――シリーズ【草の根保守の蠢動】特別企画「宗教と政治の交わるところ 第二回






安倍政権を支える右翼組織「日本会議」の行動原理(上) 「日本会議の研究」著者・菅野完氏インタビュ-(2016年5月20日)
・・「発売日には、出版元の扶桑社に日本会議から出版差し止めの申し入れがあったことも明らかになり、さらに話題に火がついた。」そうだ。 マスコミが避けて触れようとしないテーマの本だ(・・たんなる怠慢かもしれないが)。
安倍政権を支える右翼組織「日本会議」の行動原理(下)「日本会議の研究」著者・菅野完氏インタビュー(2016年5月20日)
・・

政権に近い保守団体が出版停止を要求 話題の本「日本会議の研究」(BuzzFeed News、2016年5月4日)
・・「4月28日、出版社「扶桑社」にFAXで申入書が届いた。差出人は「日本会議事務総長 椛島有三」。扶桑社から出たばかりの菅野完さん著『日本会議の研究』の出版停止を求めるものだった。(・・中略・・) 申入書とは別に『日本会議の研究』に登場する人物から、代理人を通じて出版差し止めを求める法的文書が扶桑社に送られているという。BuzzFeed Newsの取材に対し、複数の関係者が認めた。」

対「全学連」の右派学生組織がルーツ宗政一体の運動で「改憲」に王手寸前 (菅野完、WEB RONZA、2016年5月18日)

憲法改正の先行き左右する「日本会議」の正体 彼らの運動はつい最近始まったものではない ( 幻冬舎plus 2016年5月5日)

「フジ系」扶桑社から「日本会議」批判本 話題の新書めぐる騒動に「保守の内ゲバ」説も (J-CAST、2016年5月10日)

話題書『日本会議の研究』に関係者激怒「トンデモ本ですよ」(NEWSポストセブン、2016年5月27日)
・・それだけ急所を突かれたということだろう

緊急事態条項の実態は「内閣独裁権条項」である 自民党草案の問題点を考える (木村草太、WEBRONZA、2016年3月14日)
・・「国会承認は事後でも良いとされていて、手続き的な歯止めはかなり緩い。これでは、内閣が緊急事態宣言が必要だと考えさえすれば、かなり恣意的に緊急事態宣言を出せることになってしまう・・中略・・他の先進国の憲法と比較して見えてくるのは、自民党草案の提案する緊急事態条項は、緊急時に独裁権を与えるに等しい内容だ」。 ワイマール憲法下のドイツ、ナチス党が悪用した「緊急事態条項」を想起せよ!

安倍政権の黒幕!? 右派団体「日本会議」とは何か その起源から動員力の秘密まで(魚住 昭、現代ビジネス、 2016年6月5日)

日本最大の右派団体「日本会議」と安倍政権のただならぬ関係-なんと閣僚の8割が所属みんな、そこでつながっている(魚住 昭、現代ビジネス、 2015年7月2日)
・・「(憲法学者の)小林名誉教授「私は日本会議にはたくさん知人がいる。彼らに共通する思いは、第二次大戦での敗戦を受け入れがたい、だからその前の日本に戻したいということ。日本が明治憲法下で軍事5大国だったときのように、米国とともに世界に進軍したいという思いの人が集まっている。よく見ると、明治憲法下でエスタブリッシュメントだった人の子孫が多い。そう考えるとメイク・センス(理解できる)でしょ」

安倍政権の背後にいる右派団体「日本会議」のルーツ(魚住 昭、現代ビジネス、 2015年7月19日)

「戦後50年決議」をめぐる右派団体「日本会議」の暗躍そして戦後70年の今、彼らは何をしようとしているか?(魚住 昭、現代ビジネス、 2015年7月26日)
・・「私の見るところでは、彼らにとって憲法改正は戦前の大日本帝国の“栄光”を取り戻すための一里塚にすぎない。その先にどんな未来があるか。想像しただけで背筋が寒くなる。」

「日本会議は中身空っぽ」 異色の著述家・菅野完氏が解明 (日刊ゲンダイ、2016年6月6日)
・・インタビュー記事

日本会議産みの親「生長の家」が安倍政権と日本会議の右翼路線を徹底批判!  「日本会議の元信者たちは原理主義」(リテラ、2016年6月10日)

現代「保守」言説における救済の物語 (平野直子、SYNODOS、2016年7月11日)

著者インタビュー 『日本会議の研究』菅野完著(プレジデント、2016年11月23日

(2016年5月29日・31日、6月5日・11日、7月11日、11月24日 情報追加)


<ブログ内関連記事>

書評 『自民党憲法改正草案にダメ出し食らわす!』(小林節+伊藤真、合同出版、2013)-「主権在民」という理念を無視した自民党憲法草案に断固NOを!
・・「自民党憲法改正草案」の異常さが何に起因するか、『日本会議の研究』とあわせて読むべきだ

書評 『日本をダメにしたB層の研究』(適菜収、講談社+α文庫、2015)-徹底した「近代」批判の書は俯瞰的に左右両極を叩く
・・著者が徹底的に叩く「偽装保守」とは「偏狭な復古主義者」としての右派のことであるが、そのなかにはきわめて悪質なデマゴーグもいる。

「国境なき記者団」による「報道の自由度2015」にみる日本の自由度の低さに思うこと-いやな「空気」が充満する状況は数値として現れる
・・ジャーナリズムが機能不全状態にある現在の日本

書評 『官報複合体-権力と一体化する新聞の大罪-』(牧野 洋、講談社、2012)-「官報複合体」とは読んで字の如く「官報」そのものだ!

『報道災害【原発編】-事実を伝えないメディアの大罪-』 (上杉 隆/ 烏賀陽弘道、幻冬舎新書、2011)-「メディア幻想」は一日も早く捨てることだ!

「憂国忌」にはじめて参加してみた(2010年11月25日)
・・三島由紀夫をどう捉えるか

書評 『近代日本の右翼思想』(片山杜秀、講談社選書メチエ、2007)-「変革思想」としての「右翼思想」の変容とその終焉のストーリー
・・戦前のエリート主義的な右翼思想はもはや過去のもの

書評 『ネットと愛国』(安田浩一、講談社+α文庫、2015、単行本初版 2012)-取材者と取材対象の対話的インタラクションが、時代の「空気」を見事に描き出す
・・ネトウヨは保守とはまったく無縁の存在

(2016年9月18日 情報追加)




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2016年5月22日日曜日

「縄文多空間 船橋市飛ノ台史跡公園博物館」(船橋市海神)にはじめていってみた(2016年5月21日)-海辺の小高い丘に居住していた縄文人たちの痕跡。7000年前の「縄文早期」に思いをめぐらす



「船橋市飛ノ台史跡公園博物館」(船橋市海神)にはじめていってみた(2016年5月21日)。船橋市に住んでいながら、縄文遺跡があることに最近まで知らなかったのだが、なんと7000年前(!)の居住跡と出土品の展示があるというなら、そりゃあ見に行かねばなるまい。

縄文遺跡というものは、縄文人は日本列島の先住民であったわけだから、考えてみれば北は北海道から南は沖縄まで、日本全国いたるところにあるものだが、そうはいっても自分の居住する地域の近くにも縄文遺跡があるというのはうれしいことではないか! 歴史のロマンとかなんとかというやつでなく、痕跡がすこししか残っていないからこそ、想像力をいたく刺激されるのだ。

さて、「船橋市飛ノ台史跡」とは、千葉県船橋市海神にある縄文時代早期の縄文遺跡のことだ。最初に発見されたのは1932年(昭和7年)、日本で初めて炉穴(ろあな)が見つかったことで注目されたらしい。

(住居跡と炉穴群 公園内の遺跡 筆者撮影)

炉穴(ろあな)とは、住居の外に近接して設けられた煮炊きを行う窯(かま)のようなものである。縄文中期以降は住居の中に移動するが、縄文早期には住居の外にあったのだ。飛ノ台遺跡の発見以降、このタイプのものは「炉穴式」とされるようになった。

この遺跡があるのは船橋市海神。海神(かいじん)という地名からわかるように、船橋は現在でも東京湾では有数の漁港で、海とはきわめて縁の深い土地柄である。

博物館に展示されている「縄文海進」を示した地形図によれば、地球温暖期の縄文早期には、この遺跡のすぐそばまで海があったようだ。この遺跡は海抜15mの小高い丘の上にあるから、海進の影響を受けなかったわけだ。

(貝塚はこんな形で出土 公園内に保存された遺跡 筆者撮影)

この遺跡の目玉は、先にも触れた炉穴(ろあな)を除けば、なんといっても貝塚(かいづか)だろう。

貝塚には貝殻以外にも魚の骨や獣の骨が捨てられて堆積しており、当時の縄文人の食生活を知ることができる。赤貝の一種のハイガイ、ハマグリ、マガキなどの貝類のほか、スズキやクロダイなどの魚類、ウサギやシカやイノシシなどの獣肉、そして木の実や木の芽などの植物。

(博物館のパンフレットより)


じつに豊富な海の幸と山の幸である! しかも、炉穴では縄文土器で火を使った煮炊きもされていたわけで、現代人からみても、素材にかんしては、かなりぜいたくな食生活を送っていたと想像されるのだ。

海辺の小高い丘という地の利を考えれば当然といえば当然だが、いまもむかしも東京湾は豊富な水産資源に恵まれており、現在でも船橋はアサリのほか、外来種のホンビノス貝などが有名である。スズキにかんしては水揚げ高日本一である。

(遺跡からみた博物館 筆者撮影)

このほか、縄文土器や装身具などについては、この遺跡以外でもよく知られたことなので省略するが、縄文犬について触れておきたい。

縄文犬は日本犬の原型であるが、この遺跡の発掘からわかったのは、縄文人たちはイヌを大事に扱っていたという事実だ。脚の骨を折った老犬を丁重に葬っていることから明らかになった。

ほんと縄文時代というのは、知的好奇心を刺激される存在だ。なんといっても日本列島の先住民というだけでなく、現代に生きる日本人の DNA にも、程度の違いはあるにせよ、かれらの DNA が間違いなく継承されているからだ。現代の日本人は先住民の縄文人と、渡来人の弥生人の混血である。

博物館の入場料は大人が100円(子どもは50円 月曜定休)。来場者は学習目的の児童が多いのだろうが、近くに住んでいる人なら大人でも訪れるべきだろう。

縄文時代は現在1億5千年までさかのぼるとされているが、7000年前でも「縄文早期」なのだ。そんな時代から人が住んでいたという事実を確かめるために。




<関連サイト>

飛ノ台史跡公園博物館(船橋市ホームページ内)

千葉県博物館協会「船橋市飛ノ台史跡公園博物館」
・・「飛ノ台貝塚は、約7千年前の縄文時代早期の遺跡として古くから知られていた。また、飛ノ台貝塚は海と山の両方の幸に恵まれた最高の環境に立地しており、 当時は、周辺の遺跡に先駆けて定住生活を始めていたことが過去の発掘調査において確かめられている。 その後数回にわたり大規模な発掘調査が行われ、平成5年には合葬人骨も発見され、全国的にも注目された。
現在までに住居跡25軒(竪穴住居跡21軒、小竪穴4軒)、 炉穴およそ430基、貝塚約40ヶ所が発見されている。」


<ブログ内関連記事>

書評 『日本人は爆発しなければならない-復刻増補 日本列島文化論-』(対話 岡本太郎・泉 靖一、ミュゼ、2000)
・・「縄文美術」の発見者である岡本太郎の日本文化論

秋が深まり「どんぐり」の季節に

書評 『アースダイバー』(中沢新一、講談社、2005)-東京という土地の歴史を縄文時代からの堆積として重層的に読み解く試み
・・ただし、この本でベースとなっている「縄文海進」については、鵜呑みにしないほうがいいだろう

船橋漁港の「水神祭」に行ってきた(2010年4月3日)

「下野牧」の跡をたずねて(東葉健康ウォーク)に参加-習志野大地はかつて野馬の放牧地であった
・・時代はずっとくだって鎌倉時代から江戸時代にかけての話




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クローバーはシロツメグサである-白い花が咲くこの季節、その意味がわかる


5月はクローバーの白い花が咲く季節。クローバーもまた、花が咲くことでその存在が目に入ってくる。

白い花が咲いているのをみると、クローバー=シロツメグサ、なんだなと確認することになる。「四葉のクローバー」という幸運のシンボルがすっかり定着している現在の日本では、クローバーといったほうがとおりがよいのだが、日本語としてはシロツメグサというべきなのだ。

シロツメグサは漢字で書けば「白詰草」となる。wikipediaによれば、「詰め草の名称は1846年 (弘化3年)にオランダから献上されたガラス製品の包装に緩衝材として詰められていたことに由来する」、とある。

花びらが爪切りで切った爪のようだから「白爪草」だというのだと思い込んでいたが、そうではないようだ。だが、上記の記述からは、詰め物として花もいっしょに入っていたのかどうかまではわからないが・・・。

いずれにせよクローバー=シロツメグサは、日本の在来種ではなく、ヨーロッパ原産の牧草である。クローバーというと、なんとなく北海道っぽい印象があるのはそのためだ。

ふだんはクローバー(clover)としていても、白い花の咲くこの季節にはシロツメグサという日本名を思い起こしたいものだ。





<ブログ内関連記事>

四つ葉のクローバーを生まれてはじめて発見!

どくだみの花が咲いたよ 白い白い花が咲いたよ




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2016年5月20日金曜日

どくだみの花が咲いたよ 白い白い花が咲いたよ


どちらかといって日陰のじめじめしたところに生えている「どくだみ」。

文字通り日陰者の存在ではありますが、生薬や漢方薬としてはおなじみの「どくだみ」。「どくだみ茶」なんてものもありますね(・・わたしは飲んだことはありませんが)。

そんな「どくだみ」ですが、一年に一回は、白くて可憐な花を咲かせます。近くでよくみると、大きさはまったく違いますが、ミズバショウに似ているような気もします。

(ドクダミの花の拡大写真)

ところが、ドクダミとミズバショウはまったく異なる種類に属する植物です。ドクダミは、ドクダミ科ドクダミ属。ミズバショウは、サトイモ科ミズバショウ属。花の形は似てますが、それ以外は大きく異なります。

ドクダミの白い花が目に付くようになるのは5月。この白い花を見ると、わたしはいつも「どくだみの花」をアタマのなかでくちずさみます。

どくだみの花が咲いたよ
 白い白い花が咲いたよ 

作詞:北原白秋で作曲:山田耕筰の名曲「からたちの花」の替え歌です(笑) 「どくだみの花」なんていうと、演歌みたいな感じがしなくもないですが、不思議なことに、意外とこの曲にはしっくりします。

「白い花」であることは、「どくだみ」も「からたち」も同じですが、それ以外はだいぶ違いますね。とはいうものの、たまには足元に目を向けて白い可憐な花を楽しんでみるてのもよろしいかも。こんな季節でもないと、ドクダミの存在には気がつかないかもしれませんからね。

(ドクダミとサクラソウ、そしてクローバーなどなど)

面白いことに、ドクダミとサクラソウ(=桜草)は生息地域がかぶっています。

可憐なピンク色したサクラソウが咲いてますが、このあとドクダミの白い花が咲きはじめます。サクラソウは人が植えたものでしょうが、ドクダミは自生。競合というか、共生というか、異色の組み合わせというべきでしょうか。とくにドクダミとサクラソウがコンパニオン・プランツというわけでもなさそうですが・・・

それにしても思うのは、いたるところに自生しているドクダミは、生命力に富んだ、たくましい植物であるということ。そのたくましさが民間薬としてのパワーの源泉なのかもしれません。




<関連サイト>



<ブログ内関連記事>

まだ5月なのに咲き乱れる昼顔

コクリコの生命力はタンポポ並だ

タンポポの花をよく見たことがありますか?-春の自然観察

「コンパニオン・プランツ」のすすめ-『Soil Mates』 という家庭園芸書の絵本を紹介



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2016年5月15日日曜日

まだ5月なのに咲き乱れる昼顔


まだ5月のなのに、朝から昼顔が咲いている。昼顔というと、8月の浜辺に咲いているハマヒルガオを想起するのだが、ここ数年(?)、初夏の5月は初夏というよりも真夏日が多いので狂い咲きしているのだろうか。

栽培品種の朝顔とは違って、野生種の昼顔はじつにたくましい。朝から咲いているが、昼を過ぎてもかんたんにしおれてしまうことはない。

アサガオ(朝顔)は、ヒルガオ科サツマイモ属である。めったに花が咲くことはないが、サツマイモの花はヒルガオに似ているのだ。これはアタマにいれておきたいこと。ちなみにジャガイモはナス科の植物。おなじイモでも、サツマイモとジャガイモは違う品種である。

昼顔というとフランス映画の『昼顔』を想起する。前衛映画家のルイス・ブニュエル監督によるもので、主演はカトリーヌ・ドヌーヴ。1967年の製作なので、すでに50年前(!)である。昼顔はフランス語で Belle de Jour 、いわゆる「源氏名」として使用されたもの。人妻としての貞淑な「夜の顔」に対して、夫には隠して客をとる「昼の顔」が違うことを暗示したものだ。

じっさいの昼顔はたくましい野生種なので、映画の『昼顔』とは、ちょっと違うような気もするのだが・・・。いや、そういうべきかもしれない。






<ブログ内関連記事>

朝顔 Morning glory

コクリコの生命力はタンポポ並だ

タンポポの花をよく見たことがありますか?-春の自然観察




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2016年5月11日水曜日

映画 『レヴェナント 蘇りし者』(2015年、米国)をみてきた(2016年5月10日)-実在の人物ヒュー・グラスが憑依したかのような、鬼気迫るディカプリオ執念の演技


映画 『レヴェナント 蘇りし者』(2015年、米国)をTOHOシネマズで見てきた。先住民(ネイティブ・アメリカン)とのあいだに生まれた最愛の息子を目の前で殺された主人公の復讐劇であり、そのために生き抜く決意をした主人公の過酷なサバイバルを描いた大作である。

最初は見るつもりはなかったのだ。主演のディカプリオが5回目のチャレンジでやっとアカデミー男優賞受賞という朗報(!)もあって見ることにしたのだが、見て損はなかったといっていい。

だが、正直いって、もう一回見たいという気持ちには、なかなかならない。というのも、最初から最後まで見続けるためには、体力と精神力の両方を必要とするからだ。内容だけでなく、映像も、坂本龍一による音楽もまた重いのだ。

最近の映画にしては、上映時間の158分というのはかなり長い。人間の通常の忍耐限界が120分前後であるから(・・たいていの映画はその範囲に収まるように編集されている)、その1.3倍近い息が詰まるような時間を、ひたすらディカプリオの鬼気迫る演技を、最後の最後まで追いかけるわけだ。

「レヴェナント」(revenant)は、もともとフランス語。再帰動詞 revenir(=再び来る、戻る) の名詞形。つまり戻ってきた者、蘇った者という意味である。一度死んだはずなのに、あの世から生き返ったというニュアンスがある。日本版のタイトルが「蘇りし者」という古風な表現になっているのは、あまり英語としては使用されることがないためだろう。

主人公ヒュー・グラス(Hugh Glass)は実在の人物である。舞台は西部開拓時代のアメリカ。時代は1820年代。独立戦争によって建国してから、まだ半世紀もたっていない。だが、西部開拓といっても、映画をつうじてわれわれがよく知っている幌馬車とカウボーイと保安官の西部劇ではない。西部劇以前の時代である。毛皮獲得が目的で狩猟と交易が行われた時代である。ちなみに西海岸のサンフランシスコの「ゴールドラッシュ」は1848年のことだ。

北西部のミズーリ川上流域の森のなかで狩猟を行うアメリカ人狩猟者たち、かれらを雇っている探検隊(という名目で毛皮を買い集める商人)。

予定の数量も集まり、いざ出発という間際になって、探検隊にとっては非友好的な部族の先住民の襲撃を受け、命からがら逃げ延びる狩猟者たち。生き残ったのは、主人公親子を含め、ごく一部の隊員のみだった。かれらの逃避行のなかで悲劇がおこる。そして、そこから「蘇りし者」による復讐とサバイバルの物語が始まる。

(巨大クマに襲われるヒュー・グラス wikipediaより)

主人公は、なんと巨大熊グリズリーとの格闘の末、大怪我を追って動けない状態となる。しかし、世話をするために残った2人の仲間に裏切られ、一切合財を奪われたうえに置き去りにされただけでなく、先住民女性とのあいだに生まれた最愛の息子まで殺害されるという悲劇にあう。そこから主人公の執念の復讐劇がはじまる。

この映画に一貫して貫いているのは、一言でいって執念、である。復讐に向けての執念、目的を達するために生き続けなくてはいけない。壮絶なサバイバルと復讐。復讐のためのサバイバル。

しかもこの作品には、主人公を演じるディカプリオのオスカー(=アカデミー主演賞)獲得にむけての執念もある、。あたかも主人公グラスがディカプリオに憑依しているかのような迫力がある。

見るのにエネルギーを要する映画だが、サバイバル映画としては必見といえよう。集団やチームによるサバイバルではない。主人公は、たった一人でサバイバルし復讐を実行するのだ。強靭な精神力と体力の持ち主にのみ可能なサバイバルである。

知られざるアメリカ西部開拓史としても見ることができる映画である。見る価値はおおいにあるといえよう。






映画の時代背景について(参考)

北米における毛皮交易については、『毛皮と人間の歴史』(西村三郎、紀伊国屋書店、2003)『毛皮と皮革の文明史-世界フロンティアと略奪のシステム-』(下山晃、ミネルヴァ書房、2005)という本にくわしく解説されている。とくに前者の西村氏の遺作は、著者がもともとが生物学者であっただけに、理系的な筋の通った、すっきりして興味深い読み物となっている。

欧州大陸が乱獲で狩りつくされた結果、さらに毛皮を求めたヨーロッパ人。東はロシアからさらにシベリアへ、西は「新大陸」の北米大陸で探検を行いながら、クロテンの狩猟を行い、徹底的に狩りつくしてしまうロシアのシベリア開発も、北米の西部開発も、その動機は高級毛皮を求めての貪欲な狩猟が主導したということは、意外と知られていないようだ。

映画『レヴェナント』では背景説明がいっさいないが、主人公グラスにように、先住民の女性のあいだに子どもをつくった入植者は少なくなかったらしい。かれらの子どもは「白いインディアン」と呼ばれて、狩猟の探検行においておおいに活躍したという。双方のコトバと習慣を理解できたからだ。

この映画でも先住民は誇り高き存在として描かれている。けっして「インディアン」(Indian=インド人)などという蔑称は使用されず、あくまでも部族名で呼ばれる主人公も現地語をしゃべる設定となっており、現地語のセリフには英語の字幕が入る。むかしの西部劇とはまったく違うといっていい。

時代考証も正確に行われているようだ。一端をあげれば、ライフルも先込め式である。弾丸は銃の先から装てんする方式だ。1820年代ではこのタイプがまだ一般的であった。

ミズーリ川といえば「シェナンドー」(Shenandoah)というアメリカ民謡を想起する。先住民の族長の娘を歌った美しい旋律の民謡だ。この歌の旋律をアタマのなかで響かせながら、この時代のアメリカ史を考えてみるのも、アメリカ理解の一助となるだろう。





<関連サイト>

映画 『レヴェナント 蘇りし者』 公式サイト(日本語)


『レヴェナント:蘇えりし者』坂本龍一が語る映画音楽という仕事 「映画音楽にルールはないんです」 (AOL News、2016年5月9日)

北アメリカの毛皮交易(wikipedia日本語版)





<ブログ内関連記事>

書評 『ぼくは猟師になった』(千松信也、リトルモア、2008)-「自給自足」を目指す「猟師」という生き方は究極のアウトドアライフ
・・毛皮が目的ではないが、罠猟師の作法についての説明が詳しい

『歴史のなかの鉄炮伝来-種子島から戊辰戦争まで-』(国立歴史民俗学博物館、2006)は、鉄砲伝来以降の歴史を知るうえでじつに貴重なレファレンス資料集である

アンクル・サムはニューヨーク州トロイの人であった-トロイよいとこ一度はおいで!
・トロイの対岸のオルバニーは、オランダ植民地時代には毛皮交易の中心地としておおいに栄えた場所。ニューネーデルラントと呼ばれていた地域で、オルバニーにはオラニエ砦というものがあったそうだ。ハドソン川を北にややさかのぼったコーホーズでハドソン川とモーホーク川は分岐する。モーホークはいうまでもなく先住民の部族名である。ハドソン川の河口はマンハッタン。現在のニューヨークはかつてはニューアムステルダムであった。オランダ西インド会社が関与していた。オランダ人が撤退したあとは、フランス人と英国人が中心となる。

アメリカ独立記念日(7月4日)

本日(2011年7月4日) は「アメリカ独立記念日」(Independence Day)-独立から 235年のアメリカは、もはや若くない!?




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2016年5月5日木曜日

映画 『スポットライト』(2015年、米国)をみてきた(2016年5月5日)-カトリック司祭による児童の性的虐待スキャンダルを追うジャーナリズム魂、ローカルコミュニティに根ざす地方紙の葛藤


映画 『スポットライト』(2015年、米国)を TOHOシネマズで見てきた。東海岸の地方都市ボストンを舞台にした、ローカルコミュニティに根ざした地方紙の取材をめぐる葛藤を描いた力作だ。

「スポットライト」というのは、地方紙ボストングローブの特集ページのこと。ローカルコミュニティで起こっている問題を取り上げて調査報道を行う記者たちのチームが担当している。

新聞の読者層の半数以上を占めるのがカトリック教徒。そのカトリック教会そのものにかかわるのが、司祭(・・すべて男性)による児童(・・基本的に男児が大多数)の性的虐待スキャンダルだ。長年にわたって隠蔽されつづけてきた問題である。多数におよぶ被害者たちやその家族たちは、「見えない圧力」によって黙秘を余儀なくされつづけてきたのである。寝た子を起こすな、と。

この問題を積極的に取り上げるべきだと主張したのが、この地方紙を買収したメディア企業から送られてきた新任の編集長。意外なことに、新聞本来の役割を果たすことで部数増加を図るべきだというまっとうな主張を行う。だからこそ、カトリック教会のスキャンダルを追求すべきだ、と。
   
だが、新聞経営の基盤である読者層と、彼らが属するローカルコミュニティの大多数の意に反して真相にかんする取材を行い、記事にすることはジャーナリズムの精神の根幹にかかわる難題だが、言うは安く行うは難し。この課題を、新任の編集長のもと、地元出身者が大半の記者たちのチームが乗り越えたのがこの映画であり、物語のあらましである。

映画の冒頭に Based on actual events. と表示されるので限りなく実話に近いのであろう。舞台設定は2001年から翌年にかけて。ちょうどニューヨークの「9.11」が発生した時期の前後にあたる。


わたしがこの映画を見たいと思っていたのは、「ジャーナリズム魂」のドラマもさることながら、日本のメディアではあまり報道されることのない、カトリック司祭による児童の性的虐待がもうひとつの重要なテーマだからだ。
   
生涯独身と禁欲が義務であるカトリック司祭の本質そのものにかかわるものであるが、児童の性的虐待にかんする告発は、現在でも全世界であとをたたない。明治時代になってから、さっさと妻帯禁止を放棄した日本仏教でとの大きな違いである。ただし、ここで日本仏教がすぐれていると主張するつもりはない。

現代スペインを代表する映画監督のペドロ・アドモドバルの自伝的作品に『バッド・エデュケーション』(2004年)という作品があるが、カトリック国スペインの神学校におけるカトリック司祭による自動の性的虐待がモチーフとなっている。

このように、この問題はアメリカにとどまらず、全世界的な問題なのだが、カトリック人口の少ない日本では、なぜかあまり明るみになることはきわめて少ない。例外は、少年時代をカトリック系の孤児院で過ごした、小説家の花村萬月氏による自伝的作品くらいだろうか。これまた小さなコミュニティゆえの問題であろう。

そもそも保守的な傾向のあるカトリックだが、ボストンのような都市でも、「見えない圧力」が存在するということだ。「見えない圧力」や「見えない縛り」は、日本の「世間」のようなものだといってもいいのではなかろうか。

(原作の『スポットライト 世紀のスクープ-カトリック教会の大罪-』日本語版)

映画 『偽りなき者』(2012、デンマーク)は、舞台がデンマークの地方の小都市だが、似たようなテーマを描いている。

地方においては共同体はキリスト教(・・デンマークはカトリックではなくプロテスタント国)の教会を中心に形成されており、教会に参列する人はほとんどみなが顔見知りである。狭い共同体のなかでは、いやがおうでも顔を合わせざるを得ない。映画 『偽りなき者』の主人公は、「幼児の性的虐待者」という濡れ衣を着せられるが、狭いローカル・コミュニティの「世間」のなか辛酸をなめることになる。

保守的な地方のコミュニティに存在する「世間」の「空気」を変えるのは、俗に「若者、ばか者、よそ者」だといわれることがあるが、とくに「よそ者」の存在が大きな意味をもつ。

映画 『スポットライト』では、新任の編集長がユダヤ系で、偏屈者の弁護士がアルメニア系だという設定に注目するべきだ。彼らは偶然だろうがともに独身で(・・k族重視のカトリックの価値観に反する)、アメリカ社会におけるエスニック・マイノリティである。 地方都市からみたアメリカを理解するひとつのカギにもなる。

「ジャーナリズム魂」や「児童の性的虐待」といったテーマにとどまらず、いろんな角度から見ることのできる興味深い映画だ。よくできた重厚な映画である。見る価値はおおいにある。






<関連サイト>

映画 『スポットライト』(2015年、米国) (公式サイト 日本版)

映画『スポットライト 世紀のスクープ』予告編 (日本語字幕)


<ブログ内関連記事>

世界最大の組織カトリック教会の総本山バチカンが抱える闇

書評 『バチカン株式会社-金融市場を動かす神の汚れた手-』(ジャンルイージ・ヌッツィ、竹下・ルッジェリ アンナ監訳、花本知子/鈴木真由美訳、柏書房、2010)


カトリック関連

「免罪符」は、ほんとうは「免罪符」じゃない!?

600年ぶりのローマ法王と巨大組織の後継者選びについて-21世紀の「神の代理人」は激務である
・・「清濁併せ呑む」という姿勢がなければ、とても巨大組織の運営などできまい

「説教と笑い」について
・・日本のカトリック司祭叙任式に出席した際のリポートも

クレド(Credo)とは
・・「信徒信経」について


「世間」的なるものは日本以外にも存在

映画 『偽りなき者』(2012、デンマーク)を 渋谷の Bunkamura ル・シネマ)で見てきた-映画にみるデンマークの「空気」と「世間」
・・「地方においては共同体はキリスト教の教会を中心に形成されており、教会に参列する人はほとんどみなが顔見知りである。狭い共同体のなかでは、いやがおうでも顔を合わせざるを得ない。」 このなかに存在するのが「見えない世間」。この映画の主人公は「幼児の性的虐待者」という濡れ衣を着せらるが、勇気を持って逃げずに踏みとどまる

書評 『「空気」と「世間」』(鴻上尚史、講談社現代新書、2009)-日本人を無意識のうちに支配する「見えざる2つのチカラ」。日本人は 「空気」 と 「世間」 にどう対応して生きるべきか?


ジャーナリズムのあり方

書評 『官報複合体-権力と一体化する新聞の大罪-』(牧野 洋、講談社、2012)-「官報複合体」とは読んで字の如く「官報」そのものだ!


■アルメニア民族

ブランデーで有名なアルメニアはコーカサスのキリスト教国-「2014年ソチ冬季オリンピック」を機会に知っておこう!

映画 『消えた声が、その名を呼ぶ』(2014年、独仏伊露・カナダ・ポーランド・トルコ)をみてきた(2015年12月27日)-トルコ人監督が100年前のアルメニア人虐殺をテーマに描いたこの映画は、形を変えていまなお発生し続ける悲劇へと目を向けさせる ・・世界中に離散したアルメニア民族の運命


アメリカ社会とエスニシティ

エスニシティからアメリカ社会を読み解く-フェイスブック創業者ザッカーバーグというユダヤ系米国人と中国系米国人のカップルが写った一枚の結婚写真から


ボストンという都市

書評 『アメリカ「知日派」の起源-明治の留学生交流譚-』(塩崎智、平凡社選書、2001)-幕末・明治・アメリカと「三生」を経た日本人アメリカ留学生たちとボストン上流階級との交流

「特別展 ボストン美術館 日本美術の至宝」(東京国立博物館 平成館)にいってきた
・・幕末から明治にかけての日本との縁の深いボストンは、当時は国際貿易で栄えた都市であった。だから世界の名品が収集され、資産として保有されているのである

岡倉天心の世界的影響力-人を動かすコトバのチカラについて-
・・岡倉天心はボストン美術館に招聘され東洋美術部門の主任を務めていた

シリコンバレーだけが創造性のゆりかごではない!-月刊誌 「クーリエ・ジャポン COURRiER Japon」 (講談社)2012年1月号の創刊6周年記念特集 「未来はMITで創られる」 が面白い



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2016年5月2日月曜日

「企画展 万年筆の生活誌」(国立歴史民俗博物館)に行ってきた(2016年5月1日)-国産万年筆に木地師のろくろ技術と伝統工芸の蒔絵技術が結晶


「企画展 万年筆の生活誌」(国立歴史民俗博物館)に行ってきた(2016年5月1日)。舶来の万年筆が近代の日本人にとってもった意味を、モノをつうじてみた「生活誌」として捉えた企画展だ。
  
近代以前の日本人はいうまでもなく筆で墨書していたわけだが、明治時代になってから舶来の文房具として万年筆が導入されることになる。江戸時代には携行用の文房具として筆と墨壺を組み合わせた矢立(やたて)があったわけだが、万年筆にとってかわられたわけだ。

万年筆は英語では fountain pen であり、直訳すれば「泉筆」。だが、それを「万年筆」という印象的なネーミングで日本語化したからこそ、日本人に長く愛されてきたということもあるのだろう。

万年筆は輸入品が中心で、いまでもドイツのモンブランなどが中心だが、国産化も進展した。わたしにとって関心があるのは、国産万年筆の製造にかんする側面だ。この点にかんしては、おおいに得るものがあったので、以下、企画展で得た知識をご紹介しよう。

まずは、万年筆の製造にかんしては、日本古来からつづく木地師(きじし)の轆轤(ろくろ)をつかった製造技術が応用されたという点。轆轤は、回転させることによって陶器など造形する器械として現在でも使用されているが、もともとは山中でお椀や盆、こけし人形などの製作を行うために使用されてきたものだ。

木地師の祖として守り神として崇拝されてきたのが惟喬親王(これたかのみこ)。天皇の第一王子として生まれたが皇位を継げなかった惟喬親王は、実在の人物でありながらさまざまな伝説を帯びた存在である。『伊勢物語』には、主人公とおぼしき在原業平が、雪深い山の庵(いおり)に惟喬親王を訪れる話がある。

そのため轆轤をつかう職人の木地師がつくる「親王講」には、昭和時代まで万年筆つくりの職人も参加していたという。民俗学のテーマとして、ひじょうに興味深い話である。

そして、万年筆の装飾としては、日本を代表する伝統工芸の蒔絵が施されるようになる。蒔絵とは漆器に金粉を使って模様を描いたもので、高級工芸品といて江戸時代にはオランダ東インド会社をつうじてヨーロッパにも輸出されていた。マリー=アントワネットが蒔絵の一大コレクションをもっていたことも知られている。

蒔絵で装飾された「蒔絵万年筆」もまた、高級贈答品として世界で高く評価されてきた。今回の企画展でも蒔絵万年筆が展示されており、おおいに楽しませていただいた。

この企画展は、どちらかというと、日本人にとっての万年筆がもった意味を、もっぱら使う側に焦点をあてたものだが、販売と流通、製造と輸出、そして贈り物などさまざまな側面から取り上げている。

日常生活で万年筆をつかうことはほとんどないが、近代日本と万年筆というテーマは歴史として押さえておくべきものだと思った次第だ。






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『伊勢物語』を21世紀に読む意味

「マリーアントワネットと東洋の貴婦人-キリスト教文化をつうじた東西の出会い-」(東洋文庫ミュージアム)にいってきた-カトリック殉教劇における細川ガラシャ ・・日本の蒔絵をこよなく愛していたマリー=アントワネット。この趣味は母親のハプスブルク帝国の女帝マリア・テレジアゆずりのものであった

『歴史のなかの鉄炮伝来-種子島から戊辰戦争まで-』(国立歴史民俗学博物館、2006)は、鉄砲伝来以降の歴史を知るうえでじつに貴重なレファレンス資料集である

国立歴史民俗博物館は常設展示が面白い!-城下町佐倉を歩き回る ①
・・国立歴史民俗博物館の魅力




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