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2016年5月23日月曜日

『日本会議の研究』(菅野完、扶桑社新書、2016)は、「いまこの国でひそかに進行していること」を「見える化」した必読の労作だ!


『日本会議の研究』(菅野完、扶桑社新書、2016)という本がある。ことし2016年4月末の新刊だ。「いまこの国でひそかに進行していること」を知りたい人は必ず読みべきだと強く推奨したい一冊だ。

当の「日本会議」から、出版直後に出版差し止め要請が出版社あてに提出されたらしい。このニュースが話題になって、その結果、売り切れ書店が続出しているらしい。わたしは出版日の前からアマゾンに予約を入れていたのだが、出版直後に在庫切れとなり、増刷され入手できるまでしばし待たされた。

そういう状況であるから増刷につぐ増刷の状況にあるのだが、書店で見つけたら即買うべし、アマゾンに在庫があるうちに即買うべし。悪いこと言わない。それだけの価値ある中身の濃いオリジナルな本なのだ。

帯のオモテには、「「右傾化」の淵源はどこなのか?「日本会議」とは何なのか?」、とある。

帯のウラには、「市民運動が嘲笑の対象にさえなった80年代以降の日本で、めげずに、愚直に、地道に、そして極めて民主的な、市民運動の王道を歩んできた「一群の人々」によって日本の民主主義は殺されるだろう--」、とある。

「一群の人々」とは、「日本会議」(にっぽんかいぎ)の中核をなす「プロ市民」の活動家たちのことだ。「特殊な思想をもった極右団体が宗教を利用して、宗教をテコにして政治を動かしてる」(著者)のである。

日本会議とは、1997年に設立された政策提言を目的とした国民運動団体のことである。神社神道や新宗教をはじめとした多数の宗教団体によって支えられているだけでなく、さらに日本全国の「草の根保守」のネットワークが広い裾野として下支えしているのだ。だが、そうした草の根の人たちと運動の中核にいる活動家をイコールに考えていいのか、と。

日本会議の中核メンバーたちの活動は、さかのぼれば70年安保の時代からはじまっている。大学キャンパスの左傾化と戦うという右派の立場からの運動が原点にある。左派リベラル派が自壊していくなか、日本会議が存在感を示すにいたった理由は、運動方針の首尾一貫性と、左派の市民活動の手法を忠実に換骨奪胎したことにある。

注目すべきなのは、「安倍政権が進める改憲路線と「日本会議」とその周辺が進める改憲運動は、見事に連動している」(著者)ということにある。

その「改憲」の中身だが、憲法9条改正よりも、むしろ「非常事態条項」と「家族保護条項」を盛り込むことを最大の目標としているという。「条項」の文言だけをみれば何が悪いのかという気がしないでもないだろうが、「条項」の内容が問題なのである。「非常事態条項」と「家族保護条項」にかんする問題点については、本書を読んで確認していただきたいと思う。

本書の著者は元サラリーマン。「保守」を自認する著者にとってさえ奇異にうつる「日本会議」を、たんねんな調査であぶりだした。「ハーバー・ビジネス・オンライン」(・・じつに紛らわしい名前だ)の連載「草の根保守の蠢動(しゅんどう)」を書籍化したものである。わたしはこの連載を最初からすべて読んでいるが、書籍版のほうがはるかに読みやすいといっておこう。

出版社の扶桑社は「保守」の牙城のフジサンケイグループの出版社。著者もまた「保守」のスタンスであり、著者と出版元の姿勢を考慮にいれれば、本書に書かれている事がいかに奇異なことか理解できるはずだ。リベラル派の立場からの発言ではないのだ。

著者の基本認識は「はじめに」に記された文章に表現されている。

社会全体として右傾化したとはいいがたいにもかかわらず、政権担当者周辺と路上の跳ね返りどもだけが、急速に右傾化している・・・・。これはなんとも不思議だ。

この時代認識は、わたしも同感だ。ヘイトスピーチに代表される状況は異常としかいいようがないもので、およそ「保守」とは程遠いものだ。左派による偏向から正道あるいは中道に戻すための「正常化」は推進すべきだと考えているが、こんな「右傾化」には絶対に賛成できない

著者は、サラリーマン時代には品質管理の責任者として仕事に従事していたと「はじめに」に記している。その際に身に着けた「偏り」や「ばらつき」を生む根本原因を突き詰める品質管の手法を応用したのだと「はじめに」で記している。「異様ともいえるバラツキのなさ」が日本会議に行き着いたというわかなのだ。その成果が、本書にまとめらた一年間の取材と研究内容である。

もういちど繰り返しておこう。「いまこの国でひそかに進行していること」を知りたい人は必ず読むべき本だ。

最後に、本書刊行後も連載がつづている「草の根保守の蠢動」に掲載された文章から著者のコトバを引用しておこう。

安倍首相がなぜそこまで改憲にこだわるのか、その改憲案の裏側にはどんな人々の思惑が蠢いているのか、ぜひ、書籍版『日本会議の研究』を手にして、確認して貰いたい。

だからこそ、いま読むべき本なのだ。





目 次

はじめに
第1章 日本会議とは何か
第2章 歴史
第3章 憲法
第4章 草の根
第5章 「一群の人々」
第6章 淵源
むすびにかえて
参考文献

著者プロフィール

菅野完(すがの・たもつ)
著述家。1974年、奈良県生まれ。一般企業のサラリーマンとして勤務するかたわら執筆活動を開始。退職後の2015年より主に政経分野の記事を雑誌やオンラインメディアに提供する活動を本格化させる。同年2月から扶桑社系webメディア「ハーバービジネスオンライン(http:hbol.jp)にてスタートした連載「草の根保守の蠢動」は大きな話題を呼び、本書刊行の元となった。著書に『保守の本分』(単著・noiehoie名義・扶桑社新書、2013)など。(出版社サイトに本書記載の情報を付加)





<関連サイト>

菅野完(noiehoie) | Facebook

連載「草の根保守の運動」(「ハーバー・ビジネス・オンライン」)
・・現在も連載は継続中。最新記事はこのサイトで。単行本化されていない対談はこのサイトで読むべし。以下は、宗教社会学者で國學院大學研究開発推進機構日本文化研究所の助教・塚田穂高(つかだほたか)氏との対談。『宗教と政治の転轍点-保守合同と政教一致の宗教社会学-』(花伝社、2015)の著者である。

⇒ なぜ宗教と政治は惹かれ合うのか?――シリーズ【草の根保守の蠢動】特別企画「宗教と政治の交わるところ」第一回

⇒ 素朴な「郷土愛」を利用される信者たち――シリーズ【草の根保守の蠢動】特別企画「宗教と政治の交わるところ 第二回






安倍政権を支える右翼組織「日本会議」の行動原理(上) 「日本会議の研究」著者・菅野完氏インタビュ-(2016年5月20日)
・・「発売日には、出版元の扶桑社に日本会議から出版差し止めの申し入れがあったことも明らかになり、さらに話題に火がついた。」そうだ。 マスコミが避けて触れようとしないテーマの本だ(・・たんなる怠慢かもしれないが)。
安倍政権を支える右翼組織「日本会議」の行動原理(下)「日本会議の研究」著者・菅野完氏インタビュー(2016年5月20日)
・・

政権に近い保守団体が出版停止を要求 話題の本「日本会議の研究」(BuzzFeed News、2016年5月4日)
・・「4月28日、出版社「扶桑社」にFAXで申入書が届いた。差出人は「日本会議事務総長 椛島有三」。扶桑社から出たばかりの菅野完さん著『日本会議の研究』の出版停止を求めるものだった。(・・中略・・) 申入書とは別に『日本会議の研究』に登場する人物から、代理人を通じて出版差し止めを求める法的文書が扶桑社に送られているという。BuzzFeed Newsの取材に対し、複数の関係者が認めた。」

対「全学連」の右派学生組織がルーツ宗政一体の運動で「改憲」に王手寸前 (菅野完、WEB RONZA、2016年5月18日)

憲法改正の先行き左右する「日本会議」の正体 彼らの運動はつい最近始まったものではない ( 幻冬舎plus 2016年5月5日)

「フジ系」扶桑社から「日本会議」批判本 話題の新書めぐる騒動に「保守の内ゲバ」説も (J-CAST、2016年5月10日)

話題書『日本会議の研究』に関係者激怒「トンデモ本ですよ」(NEWSポストセブン、2016年5月27日)
・・それだけ急所を突かれたということだろう

緊急事態条項の実態は「内閣独裁権条項」である 自民党草案の問題点を考える (木村草太、WEBRONZA、2016年3月14日)
・・「国会承認は事後でも良いとされていて、手続き的な歯止めはかなり緩い。これでは、内閣が緊急事態宣言が必要だと考えさえすれば、かなり恣意的に緊急事態宣言を出せることになってしまう・・中略・・他の先進国の憲法と比較して見えてくるのは、自民党草案の提案する緊急事態条項は、緊急時に独裁権を与えるに等しい内容だ」。 ワイマール憲法下のドイツ、ナチス党が悪用した「緊急事態条項」を想起せよ!

安倍政権の黒幕!? 右派団体「日本会議」とは何か その起源から動員力の秘密まで(魚住 昭、現代ビジネス、 2016年6月5日)

日本最大の右派団体「日本会議」と安倍政権のただならぬ関係-なんと閣僚の8割が所属みんな、そこでつながっている(魚住 昭、現代ビジネス、 2015年7月2日)
・・「(憲法学者の)小林名誉教授「私は日本会議にはたくさん知人がいる。彼らに共通する思いは、第二次大戦での敗戦を受け入れがたい、だからその前の日本に戻したいということ。日本が明治憲法下で軍事5大国だったときのように、米国とともに世界に進軍したいという思いの人が集まっている。よく見ると、明治憲法下でエスタブリッシュメントだった人の子孫が多い。そう考えるとメイク・センス(理解できる)でしょ」

安倍政権の背後にいる右派団体「日本会議」のルーツ(魚住 昭、現代ビジネス、 2015年7月19日)

「戦後50年決議」をめぐる右派団体「日本会議」の暗躍そして戦後70年の今、彼らは何をしようとしているか?(魚住 昭、現代ビジネス、 2015年7月26日)
・・「私の見るところでは、彼らにとって憲法改正は戦前の大日本帝国の“栄光”を取り戻すための一里塚にすぎない。その先にどんな未来があるか。想像しただけで背筋が寒くなる。」

「日本会議は中身空っぽ」 異色の著述家・菅野完氏が解明 (日刊ゲンダイ、2016年6月6日)
・・インタビュー記事

日本会議産みの親「生長の家」が安倍政権と日本会議の右翼路線を徹底批判!  「日本会議の元信者たちは原理主義」(リテラ、2016年6月10日)

現代「保守」言説における救済の物語 (平野直子、SYNODOS、2016年7月11日)

著者インタビュー 『日本会議の研究』菅野完著(プレジデント、2016年11月23日

(2016年5月29日・31日、6月5日・11日、7月11日、11月24日 情報追加)


<ブログ内関連記事>

書評 『自民党憲法改正草案にダメ出し食らわす!』(小林節+伊藤真、合同出版、2013)-「主権在民」という理念を無視した自民党憲法草案に断固NOを!
・・「自民党憲法改正草案」の異常さが何に起因するか、『日本会議の研究』とあわせて読むべきだ

書評 『日本をダメにしたB層の研究』(適菜収、講談社+α文庫、2015)-徹底した「近代」批判の書は俯瞰的に左右両極を叩く
・・著者が徹底的に叩く「偽装保守」とは「偏狭な復古主義者」としての右派のことであるが、そのなかにはきわめて悪質なデマゴーグもいる。

「国境なき記者団」による「報道の自由度2015」にみる日本の自由度の低さに思うこと-いやな「空気」が充満する状況は数値として現れる
・・ジャーナリズムが機能不全状態にある現在の日本

書評 『官報複合体-権力と一体化する新聞の大罪-』(牧野 洋、講談社、2012)-「官報複合体」とは読んで字の如く「官報」そのものだ!

『報道災害【原発編】-事実を伝えないメディアの大罪-』 (上杉 隆/ 烏賀陽弘道、幻冬舎新書、2011)-「メディア幻想」は一日も早く捨てることだ!

「憂国忌」にはじめて参加してみた(2010年11月25日)
・・三島由紀夫をどう捉えるか

書評 『近代日本の右翼思想』(片山杜秀、講談社選書メチエ、2007)-「変革思想」としての「右翼思想」の変容とその終焉のストーリー
・・戦前のエリート主義的な右翼思想はもはや過去のもの

書評 『ネットと愛国』(安田浩一、講談社+α文庫、2015、単行本初版 2012)-取材者と取材対象の対話的インタラクションが、時代の「空気」を見事に描き出す
・・ネトウヨは保守とはまったく無縁の存在

(2016年9月18日 情報追加)




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2015年11月29日日曜日

書評『ネットと愛国』(安田浩一、講談社+α文庫、2015、単行本初版 2012)― 取材者と取材対象の対話的インタラクションが、時代の「空気」を見事に描き出す



『ネットと愛国』(安田浩一、講談社+α新書、2015)という本が面白い。読みでのある内容の濃いルポルタージュである。 「行動する保守」を自称する「在特会」と、その背後にある現在の日本のある種の「空気」を明らかにしようとしたものだ。

民族差別的な内容の、暴力的で聞くに耐えない「ヘイトスピーチ」を撒き散らす在特会である。はっきりいって「排外主義」で「偏狭なナショナリズム」の担い手である彼らの存在は、当然のことながら好ましいものではない。

だが、著者はアタマから一方的なレッテル張りをすることはなく、じっくりと取材対象者の話を聴くというスタンスを貫いている。取材者である著者と取材対象とのあいだのインタラクションは、たんなる取材を超えた「対話」の性格をもっているといえるかもしれない。

文庫版で500ページ近くあるが、最後まで興味深く読むことができるのは、取材対象者たちのナマの声が、取材者としての著者との対話で引き出されているからだ。取材対象者たちの本音を聞きだしながら、すこしづつ自分自身の認識を深めていこうとする姿勢。読者もまたそのプロセスのなかにいるのである。だから、読み進むにつれて多面的な理解が可能となっていく。

初版は2012年なので、扱われている状況は2011年現在のものが中心になっている。在特会はすでに最盛時の勢いを失っており(・・これは喜ばしいことだ)、その後の推移は長い「文庫版あとがき」に記されている。

現在では「ヘイトスピーチ」というコトバが市民権を得ているが、本書の初版当時はそうではなかったのだ。コトバが与えられれば、人はその事象を認識できるようになる。事象との距離を正確に把握し、その事象への対処も可能となる。

本書を通読しての、わたしなりの理解は、帰属すべきコミュニティを地域社会にも勤務先にも見出すことのできない、ネット世界に浮遊するデラシネ(=根こぎされた)の人々の、さまざまな特権をもつエリート層へのルサンチマン(=憎悪)を吸収することに成功したのが「在特会」に代表される団体なのだろう、と。リベラルな思想の持ち主は、概して官僚やマスコミなど高学歴者に多いのは事実だ。

デラシネとルサンチマン、ともにフランス語だが、この2つの単語ほど、かれらの深層意識でうごめく不安感を表現しているとはいえないだろうか? 未来を奪われた者たちは、攻撃対象つまり敵の存在を発見したとき、はじめて否定的な形であるがアイデンティティを取り戻し、かれらをつなぎとめる観念的な攻撃対象への憎悪心が求心力となって集団を形成するのだ。

暴力的で差別的言動。排外主義という偏狭なナショナリズム。在特会は、本来の意味における保守ではなく、従来型の右派でもない。あくまでもハンドルネームによる参加に示されているように、ネット世界のリアル世界への展開であって、リアル世界に根をもつものではない。だから暴力的な言動が可能なのだ。なにかに憑依されたかのように、無意識のうちに暴力的な別人格を演じているのだろう。

「在特会」そのものは2015年現在ではすでに勢いを失ったが、その背後にある「いやな空気」の存在に目を向けなくてはならない。「在特会」的なものの土壌を形成しているネトウヨ、さらにはリアル社会にも広範に存在する不安をもつ一般人がつくりだす空気。本書は、特別な団体に属する特殊な人たちのことを扱ったように見えながら、現在の日本社会そのものを扱った内容の本なのだ。
  
閉塞感が解消したとはいえず、不安感がさらに増しつつある現在の日本社会。冷静に現状を見つめるためにも、ぜひ読むことをすすめたい良質なルポルタージュである。



 


目 次

プロローグ
1 在特会の誕生-過激な "市民団体" 率いる謎のリーダー・桜井誠の半生
2 会員の素顔と本音-ごくごく普通の若者たちは、なぜレイシストに豹変するのか
3 犯罪というパフォーマンス-ついに逮捕者を出した「京都朝鮮学校妨害」「徳島県教組乱入」事件の真相
4 「反在日」組織のルーツ-「行動する保守」「新興ネット右翼」勢力の面々
5 「在日特権」の正体-「在日コリアン=特権階級」は本当か?
6 離反する大人たち-暴走を続ける在特会に、かつての理解者や民族派を失望し、そして去っていく
7 リーダーの豹変と虚実-身内を取材したことで激怒した桜井は私に牙を向け始めた…
8 広がる標的-反原発、パチンコ、フジテレビ…気に入らなければすべて「反日勢力」
9 在特会に加わる理由-疑似家族、承認欲求、人と人同士のつながり…みんな "何か" を求めている
エピローグ
文庫版 あとがき
解説 それでも希望はある(鴻上尚史)


著者プロフィール

安田浩一(やすだ・こういち)
1964年静岡県生まれ。「週刊宝石」「サンデー毎日」記者を経て2001年よりフリーに。事件、労働問題などを中心に取材・執筆活動を続ける。2012年『ネットと愛国 在特会の「闇」を追いかけて』(講談社)で第34回講談社ノンフィクション賞受賞。2015年には「ルポ 外国人『隷属』労働者」(「G2][講談社]掲載)で第46回大宅壮一ノンフィクション賞(雑誌部門)を受賞した。著書に『ルポ 差別と貧困の外国人労働者』(光文社)、『ヘイトスピーチ 「愛国者」たちの憎悪と暴力』(文藝春秋)、『ネット私刑』(扶桑社)ほか。(出版社サイトより)


<ブログ内関連記事>

ナショナリズム-その二面性

書評 『ナショナリズム-名著でたどる日本思想入門-』(浅羽通明、ちくま文庫、2013 新書版初版 2004)-バランスのとれた「日本ナショナリズム」入門

『単一民族神話の起源-「日本人」の自画像の系譜-』(小熊英二、新曜社、1995)は、「偏狭なナショナリズム」が勢いを増しつつあるこんな時代だからこそ読むべき本だ
・・戦前の「革新」は右翼、戦後は「左翼」。そしていまは右翼か??

『日本会議の研究』(菅野完、扶桑社新書、2016)は、「いまこの国でひそかに進行していること」を「見える化」した必読の労作だ!


街頭というリアル世界に飛び出したネトウヨ

「日本のいちばん長い日」(1945年8月15日)に思ったこと(2009年8月15日)
・・この日、九段下の交差点で遭遇したデモは「在特会」のものだったのだろうか? いまから6年前の2009年に書いたわたしの文章をここに再録しておこう。

「近隣諸国による、近年激しい応酬がなされてきた靖国神社問題にかんする感情的反発が核となった、いわゆる「ネット右翼」のオフ会のような雰囲気であるが、本人たちはかなり真剣に取り組んでいるようだ。参加しているのは大半が若者である。
 排外主義を主張する内容は、あまりにも偏狭すぎてまったく賛同できないが、日本国内でこれほどエキサイトしているデモ集会の現場にでくわしたのは久々である。野次馬として至近距離で見ていたが、警察とはある意味なれ合いの関係にある街宣車型の旧来型右翼とはまったく異なる印象を受ける。
 秋葉原の歩行者天国での無差別殺人事件もそうだったが、とくに若者のあいだで、なにかものすごく閉塞感が強く、抑圧され鬱屈した「空気」が、見えない深層で淀んでいるように感じられるのが、現在の日本の状況である。
 今月末に総選挙が実施されるが、選挙演説なんか聞くよりも、こういった少数派ではあるが、極端な思想の持ち主の示威行動の現場を観察する方が、深層で進行している本当の変化について考えるためのいい機会になると考えてよいのではないか。
 彼らの言動はひとことでいってしまえば、きわめて「内向きなナショナリズム」の発現である。海外生活において日本人のアイデンティティを自覚するタイプの「健全な外向型のナショナリズム」ではない、「不健全な、病的な、内向型のナショナリズム」だ。(2009年8月15日の感想)


■ユートピアと革命幻想の終焉

「東京オリンピック」(2020年)が、56年前の「東京オリンピック」(1964年)と根本的に異なること
・・貧困に起因するルサンチマンが描かれたマンガだが、そこにあるのは単なる憎悪ではなく、ある種のユートピア的世直し願望がある。革命幻想の一種であろうか?

「ユートピア」は挫折する運命にある-「未来」に魅力なく、「過去」も美化できない時代を生きるということ
・・「1970年から数年のうちに、近代の「理想主義」は死んだのである。理想主義者にとってのユートピアは死んだのである。」

書評 『革新幻想の戦後史』(竹内洋、中央公論新社、2011)-教育社会学者が「自分史」として語る「革新幻想」時代の「戦後日本」論
・・右派がつねに攻撃する左派リベラルだが、じつはとうの昔に死んでいるのである


■「求心力」となる敵対心と憎しみ

自分のアタマで考え抜いて、自分のコトバで語るということ-『エリック・ホッファー自伝-構想された真実-』(中本義彦訳、作品社、2002)
・・「魅力や引力といったポジティブなものだけでなく、怒りや憎しみといったネガティブなファクターが人々の気持ちを一つに結び合わせる求心力となりうることに思いが及んだ。Love & Hate という表現があるように、愛憎はオモテとウラの関係にある」

ロストジェネレーション

書評 『失われた場を探して-ロストジェネレーションの社会学-』(メアリー・ブリントン、池村千秋訳、NTT出版、2008)-ロスジェネ世代が置かれた状況を社会学的に分析
・・「サービス経済化によって、中下位レベルの普通科高校卒の男子は、特定のスキルをもたないのでアルバイトなど非正規社員しか道がなく、「ワーキングプア」になる可能性が高い。女子と違って男子は、まだこういう状況を生き抜く術を身につけていない」

書評 『現代日本の転機-「自由」と「安定」のジレンマ-』(高原基彰、NHKブックス、2009)-冷静に現実をみつめるために必要な、社会学者が整理したこの30数年間の日本現代史


ネットと「世間」

書評 『「空気」と「世間」』(鴻上尚史、講談社現代新書、2009)-日本人を無意識のうちに支配する「見えざる2つのチカラ」。日本人は 「空気」 と 「世間」 にどう対応して生きるべきか?

ネット空間における世論形成と「世間」について少し考えてみた

書評 『私とは何か-「個人」から「分人」へ-』(平野啓一郎、講談社現代新書、2012)-「全人格」ではなく「分割可能な人格」(=分人)で考えればラクになる
・・無意識のうちに別人格を演じているのが人間という存在だ

(2016年6月29日 情報追加)


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2009年8月24日月曜日

オーストリア極右政治家の「国葬」?


                         
 韓国の金大中・元大統領の国葬が、昨日(2009年8月23日)に行われた。

 私の世代ではキム・デジュンというよりも、東京九段下での拉致事件のからみもあって「きんだいちゅう」といいたいところだが、韓国では Kim Dae Jung の頭文字をとって DJ と愛称で呼ばれていたらしい。

 韓国史上、国葬は朴正煕(ぼく・せいき、パク・チョンヒ)大統領が執務中に暗殺されて以来というが、この二人は思想信条の違いは超えて、国葬に値する人物であったことは、韓国からみれば外国人である私にもまったく異論はない。

 前者がKCIAを指揮して後者の拉致を実行させた人、後者は拉致事件の被害者として死刑寸前までいった民主化リーダー。日本の国家主権を踏みにじった「金大中事件」は決して記憶の彼方にある事件ではない。

 パク・チョンヒもキム・デジュンも、日本の植民地時代に日本語教育を受けた世代であることも共通している。慶尚北道(キョンサンプクド)出身で、日本の陸軍士官学校を卒業した満洲国軍中尉・高木正雄(1917-1979)と、韓国南部の全羅南道(チョルラナンド)出身のカトリック信徒の民主政治家・豊田大中(1925-2009)。

 日本経験と、日本語経験にはもちろん違いがあるが、キム・デジュンの死をもって「日本語世代」がついに終わったのだな、という強い感慨を覚える。まさに、昭和も遠くなりにけり、だ。

 いずれにせよ、キム・デジュンという超大物政治家の国葬における弔問外交が、南北対話再会のための雪解けとなったことは喜ぶべき事である。


極右政治家ヨルク・ハイダーの「国葬」(2008年10月18日)

 ところで、フランスのオピニオン紙「ル・モンド」(Le Monde)に日本語版があるのはご存じだろうか。

 久々にウェブサイトをみていたら、最新号に非常に面白い記事が翻訳掲載されていることに気がついた。題して「ハイダーを「国葬」したオーストリアの土壌」。

 ヨルク・ハイダー(Jörg Haider)とは、オーストリアの極右政治家かつてからナチス礼賛をおこなってきたイケメン政治家である。

(ヨルク・ハイダー wikipediaより)

 酩酊状態で、スポーツカーのスピード出し過ぎで事故死したことは日本でも報道されていたが、その後のことはいままで全く知らなかった。詳しくは記事を読んでいただけばよいが、なぜオーストリアに極右政治家がいて、しかも国民的人気をはくしていたのか、いろいろ考えさせられることも多い。

 この記事にもあるように、遠い極東の日本はもとより、同じ西欧のフランスでもオーストリア関連のニュースはあまり話題にならないようだ。たしかに、実の娘を地下室に監禁し、強姦し続けた男の猟期的な事件とか、そういった特殊なニュースしか取り上げられていないが、これは日本だけではなかったのだな。


フランスからみたドイツ語圏

 フランスからみると、大国ドイツ以外のドイツ語圏というのは、どうやら何か理解しにくい地域であるようだ。

 戦後西ドイツはフランスと共同歩調をとることによって、復興欧州での地位回復を図ってきた歴史がある。高校生レベルでの交換留学制度があり、両国民の相互理解は非常に進んでいる。これはもう十数年まえのことだが、旅先のシュトラースブルク(・・フランスではストラスブール)で、同じ部屋をシェアしたドイツ青年自身から直接聞いたことのある話だ。この背景には共通語としての英語(・・欧州の場合はイギリス英語)の存在も寄与している。

 ドイツ語圏でもオーストリアのような小国は、フランスとはドイツとのあいだにあるような親密な交流はないのかもしれない。

 欧州共同体(EU:European Union)に属しているとはいえ、内部の差異は思ったよりも大きいようだ。何よりもフランス語圏とドイツ語圏とでは流通するニュースにも大きな違いがある。

 これは、Google News の各国語バージョンで検証してみたらすぐにわかることだ。フランスの旧植民地のアフリカの情報はフランス語圏では流通しても、ドイツ語圏では流通しない。国境をはさんで隣り合った地域でも、フランスのTV番組とドイツのTV番組ではだいぶ内容が違う。


ハプスブルク帝国の崩壊と小国オーストリアの誕生

 かつてのハプスブルク帝国(=オーストリア・ハンガリー二重帝国)も第一次世界大戦後に崩壊、帝国の版図内にあった中欧諸国が次々と独立していった結果、オーストリア(ドイツ語では Österreich: エスターライヒ=東方の帝国)という小国になってしまった。

 私はウィーンが好きで何度もいっているが、オーストリアでそれ以外の地方というと、ウィーンから日帰りでいける範囲しかいったことがない。ドナウ川をさかのぼったメルクにある美しいバロック修道院と、ザルツブルクくらいだ。

 ザルツブルクはウィーンからいくよりも、南ドイツのミュンヘンからのほうが近い。数年前にミュンヘンのオクトーバーフェストとザルツブルク、インスブルックを回る旅行を計画したが中止。それ以前には、ウィーン西駅からハンガリーのブダペストへ二回、ウィーン南駅からスロヴェニアのリュブリャーナへ一回、鉄道でオーストリアを陸路横断したくらいである。

 ひとことでいってしまえば、ハプスブルク帝国の帝都であったウィーンとそれ以外の地域はまったく異なる、ということである。アルプスの北側に位置するオーストリアは、ある意味スイスに似て風光明媚だが、住んでいる人間はかなり保守的な農民が中心ということのようである。ウィーンはそのなかに浮かぶ例外的な国際都市ということになる。




 ドイツ映画 『野ばら』(Der Schönste Tag meines Lebens:我が生涯で最も美しかった時、1957年 映画の一部に描かれたウィーン少年合唱団、ハリウッド映画『サウンド・オブ・ミュージック』(The Sound of Music、1965)の世界は実はそんなところだろう。

Michael Ande & Wiener Sängerknaben - Ave Maria 1957

 『サウンド・オブ・ミュージック』は、第二次大戦中、ナチス第三帝国に占領されたオーストリアで抵抗運動を行う退役海軍大佐(!)が家族をつれて命からがら脱出するという内容の映画で、撮影場所と成ったザルツブルクと英国人女優ジュリー・アンドルース本人が歌うオスカー・ハマースタイン二世の親しみやすく美しいメロディが素晴らしい。


 まあ、日本人だけではなく、世界的にもオーストリアのイメージは、ウィーン以外は風光明媚なチロル地方、というのがごく一般的なイメージなようだ。

The Sound of Music | #TBT Trailer | 20th Century FOX

 ところが、地元のオーストリアではこの映画は不評だ、というのを以前何かで読んだことがある。


ドイツ語圏におけるドイツとオーストリアの関係

 オーストリアとドイツの関係は一筋縄ではいかないようで、1872年「ドイツ統一」の際も、プロイセン王国の宰相ビスマルクは、オーストリア(ハプスブルク帝国)を除外した「小ドイツ主義」によってドイツ帝国を建設する道を選択した。ハプスブルク帝国が、ドイツ民族以外のスラブ民族やハンガリー民族など多数の異民族を含んでいたためである。

 このため、ナチスドイツによるオーストリア併合(1938年)は、オーストリアでは歓迎された(!)ことは、当時のドキュメントフィルムには、オープンカーで凱旋するヒトラー総統をウィーン市民が熱狂的に歓迎する姿が映像として残されており、一目瞭然である(映像は各種ある )。




 神聖ローマ帝国の領土を継承することによって、ドイツ帝国に次ぐ、ドイツ第三帝国が完成したのだというのだろう。

 このような国で、『サウンド・オブ・ミュージック』のような反ナチス映画が諸手をあげて歓迎されるはずがない。国家が選択した国際社会での生き残り戦略と、一般市民の歴史認識にはズレが存在するからだ。

 したがって、オーストリアがナチスの被害者だと主張するのにはムリがある。

 第二次大戦後は、スイスと同じく永世中立国という選択を行い、国際的にはポジティブなイメージを振りまいてきたオーストリアも、ワルトハイム元国連事務総長がかつてナチスの突撃隊(SA)に属していたと暴露されてスキャンダル発生以降、国際的には疑問符のつく存在となっている。

 オーストリア国内の認識と国際社会の認識のズレがこういうところにあらわれているのであろう。

 その土地の人間の認識と、映画など各種メディアをつうじて知る外部の人間のあいだには大きな認識ギャップが存在するのである。


ナチス時代の「過去」をめぐる歴史認識のズレ

 歴史認識にかんしてはなおさらだろう。

 ドイツ語圏といっても、過去の歴史への対応は、旧西ドイツ、旧東ドイツ、スイス、オーストリアでは大きく異なるようである。

 また、旧ハプスブルク帝国領の中欧諸国は現在でも中高年以上は英語よりもドイツ語が得意なドイツ語圏だが、ドイツに占領されたチェコ(スロヴァキア)やポーランドといったスラブ民族と、二度の対戦においてドイツと軍事同盟を結んだハンガリーとでは、かなりの温度差があるようだ。

 どこの国であれ、歴史認識をめぐる問題は難しい。歴史とは過去の問題ではなく、現在の、そして未来に直結した問題であるからだ。

 安直にドイツがモデルだなどといわないほうがよいのではないか? 広くドイツ語圏とはいわずとも、東西再統一後のドイツにおいてすら歴史認識をめぐっては必ずしも一致しているわけではない。ましてや・・・



PS 読みやすくするために改行を増やし、あらたに小見出しを加えた。ただし、内容にはいっさい手は加えていない。なお、「ブログ内関連記事」の項目を新設した。(2015年2月8日 記す)     






PS オーストリア総選挙で中道右派が勝利(2017年10月16日)

オーストリア総選挙で中道右派の国民党が過半数は取れなかったが、得票率で第一党となった。党首はなんと31歳のゼバスティアン・クルツ氏。極右のハイダー氏もそうであったが、オーストリア国民はドイツ国民とは違って、イケメン政治家が好きなようだ。

(ゼバスティアン・クルツ氏 wikipediaより)

さらに、第二党には極右政党の自由党。この両者が連立を組んで右派連合が結成されると予想されているが、このブログ記事を読んだ人なら、なんら違和感を感じないだろう。ドイツのメルケル政権が中心となって進めたEUの難民受け入れ政策への反発がこういう結果をもたらしたのである。

なお、あらたにハイダー氏とクルツ氏の写真を挿入し、その他の画像を拡大版とした。すでに視聴不可能となっている動画は削除し、あらたなものに入れ替えた。基本的に本文には手は入れていない。

(2017年10月16日 記す)


<関連サイト>

ハイダーを「国葬」したオーストリアの土壌 (ピエール・ドーム特派員(Pierre Daum) ジャーナリスト、訳:日本語版編集部)
・・「ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2009年7月号」


<ブログ内関連記事>

オーストリアとウィーン

書評 『ヒトラーのウィーン』(中島義道、新潮社、2012)-独裁者ヒトラーにとっての「ウィーン愛憎」

書評 『向う岸からの世界史-一つの四八年革命史論-』(良知力、ちくま学芸文庫、1993 単行本初版 1978)-「社会史」研究における記念碑的名著 ・・失敗に終わった「1848年革命」をウィーンを舞台に描く

書評 『知の巨人ドラッカー自伝』(ピーター・F.ドラッカー、牧野 洋訳・解説、日経ビジネス人文庫、2009 単行本初版 2005)
・・1909年ウィーンに生まれたドラッカーは、第一次大戦に敗戦し帝国が崩壊した都市ウィーンの状況に嫌気がさして17歳のとき(1926年)、商都ハンブルクに移っている

書評 『レッドブルはなぜ世界で52億本も売れるのか-爆発的な成長を遂げた驚異の逆張り戦略-』(ヴォルフガング・ヒュアヴェーガー、長谷川圭訳、日経BP社、2013)-タイの 「ローカル製品」 を 「グローバルブランド」に育て上げたストーリー ・・レッドブルの本社はオーストリアのザルツブルク近郊にある

戦後ドイツの歴史認識

・・ドイツの日本人学校の校長による歴史教育のレポート

・・旧西ドイツと旧東ドイツの歴史認識のズレ


■ファシズム・右派・極右

・・リアルタイムでファシズムを観察していたドラッカーは、イタリアのファシズムとドイツのナチズムが別物であることを的確に見抜いていた

(書評再録) 『ムッソリーニ-一イタリア人の物語-』(ロマノ・ヴルピッタ、中公叢書、2000)-いまだに「見えていないイタリア」がある!




フランス人のドイツ観

・・「ドイツは、普遍主義的なヨーロッパ的態度を取ることができないのです。・・(中略)・・ドイツは、巨大なドイツ語系スイスのようなものだと、言っているのです」(トッド)

(2015年2月8日 項目新設)
(2016年12月4日 情報追加)




(2017年5月18日発売の新著です)


(2012年7月3日発売の拙著です)







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