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2022年12月17日土曜日

書評『記者襲撃 ― 赤報隊事件30年目の真実』(樋田毅、岩波書店、2018)― 朝日新聞記者の30年にわたる執念の取材で知る「統一教会」関与疑惑



『記者襲撃-赤報隊事件30年目の真実』(樋田毅、岩波書店、2018)を読んだ。ひさびさに迫真のノンフィクションを読んだ気分だ。(*)

(*)この本が増刷になった機会に入手し、読んで感想を書いたのは2022年9月18日のこと。アップするのが大幅に遅れたが、内容には手は加えていない。

「赤報隊事件」とは、いまから35年前の1987年の事件。朝日新聞阪神支局で記者が散弾銃によって殺傷されたテロ事件だ。言論機関を狙った卑劣な犯罪である。 

当時から右翼関係者による犯行だとされていたが、迷宮入りしたまま時効が過ぎ、現在に至るまで真相が明らかになっていない。 

だが、この本を読んだのは、赤報隊事件そのものに対する関心というよりも、この本では「α(アルファ)教団」という仮名で登場する新興宗教について、かなり核心に迫る取材記録が書かれているからだ。 

「α教団」が「統一教会」のことであることは、言うまでもない。「赤報隊事件」が発生した当時、朝日新聞社は関連の「朝日ジャーナル」で「霊感商法」批判の記事で統一教会バッシングを行っていたため狙われた可能性があった。だから捜査線上に上がっていたのだが・・。 

朝日新聞記者で、事件の取材チームのメンバーであった著者は、その後も30年以上にわたって取材を続けてきた。その執念のたまものというべき本書を読むと、いまメディアでバッシングの対象となっている統一教会と自民党の関係についても、より深いレベルで理解が可能となるだろう。 

安倍元首相の「国葬」前日の9月26日には、統一教会問題を長年にわたって追ってきたフリージャーナリストの鈴木エイト氏の著書『自民党の統一教会汚染 追跡3000日』(小学館)が発売される。楽しみである。その際には、本書もあわせて読むべきだろう。今月(2022年9月)になって本書が緊急増刷されたのはそのてめだろう。 

それにしても、日本社会の闇は深い。あまりにも深い。闇の一部が表面化してきたいまこそ、闇の解明だけでなく、再発防止のための施策が実現することを願うばかりだ。 


(画像をクリック!)


目 次 
まえがき
第一部 凶行
 第1章 供述調書
 第2章 犯行の経過
第二部 取材の核心部分Ⅰ
 第3章 新右翼とその周辺
 第4章 日本社会の右翼
第三部 取材の核心部分Ⅱ
 第5章 ある新興宗教の影
 第6章 深まる謎
第四部 波紋
 第7章 捜査と取材
 第8章 現在、過去、そして未来
あとがき
本書で参照した文献についての補足


著者プロフィール
樋田毅(ひだ・つよし)
ジャーナリスト。1952年生まれ。愛知県出身。県立旭丘高校卒業、早稲田大学第一文学部社会学科卒業。1978年、朝日新聞社に入社。高知支局、阪神支局を経て大阪社会部へ。大阪府警担当、朝日新聞襲撃事件取材班を経て、京都支局次長、地域報道部・社会部次長などを歴任。その後、和歌山総局長、朝日カルチャーセンター大阪本部長等を務めたのち、2012年から2017年まで大阪秘書役、同年12月退社。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)


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2016年5月23日月曜日

『日本会議の研究』(菅野完、扶桑社新書、2016)は、「いまこの国でひそかに進行していること」を「見える化」した必読の労作だ!


『日本会議の研究』(菅野完、扶桑社新書、2016)という本がある。ことし2016年4月末の新刊だ。「いまこの国でひそかに進行していること」を知りたい人は必ず読みべきだと強く推奨したい一冊だ。

当の「日本会議」から、出版直後に出版差し止め要請が出版社あてに提出されたらしい。このニュースが話題になって、その結果、売り切れ書店が続出しているらしい。わたしは出版日の前からアマゾンに予約を入れていたのだが、出版直後に在庫切れとなり、増刷され入手できるまでしばし待たされた。

そういう状況であるから増刷につぐ増刷の状況にあるのだが、書店で見つけたら即買うべし、アマゾンに在庫があるうちに即買うべし。悪いこと言わない。それだけの価値ある中身の濃いオリジナルな本なのだ。

帯のオモテには、「「右傾化」の淵源はどこなのか?「日本会議」とは何なのか?」、とある。

帯のウラには、「市民運動が嘲笑の対象にさえなった80年代以降の日本で、めげずに、愚直に、地道に、そして極めて民主的な、市民運動の王道を歩んできた「一群の人々」によって日本の民主主義は殺されるだろう--」、とある。

「一群の人々」とは、「日本会議」(にっぽんかいぎ)の中核をなす「プロ市民」の活動家たちのことだ。「特殊な思想をもった極右団体が宗教を利用して、宗教をテコにして政治を動かしてる」(著者)のである。

日本会議とは、1997年に設立された政策提言を目的とした国民運動団体のことである。神社神道や新宗教をはじめとした多数の宗教団体によって支えられているだけでなく、さらに日本全国の「草の根保守」のネットワークが広い裾野として下支えしているのだ。だが、そうした草の根の人たちと運動の中核にいる活動家をイコールに考えていいのか、と。

日本会議の中核メンバーたちの活動は、さかのぼれば70年安保の時代からはじまっている。大学キャンパスの左傾化と戦うという右派の立場からの運動が原点にある。左派リベラル派が自壊していくなか、日本会議が存在感を示すにいたった理由は、運動方針の首尾一貫性と、左派の市民活動の手法を忠実に換骨奪胎したことにある。

注目すべきなのは、「安倍政権が進める改憲路線と「日本会議」とその周辺が進める改憲運動は、見事に連動している」(著者)ということにある。

その「改憲」の中身だが、憲法9条改正よりも、むしろ「非常事態条項」と「家族保護条項」を盛り込むことを最大の目標としているという。「条項」の文言だけをみれば何が悪いのかという気がしないでもないだろうが、「条項」の内容が問題なのである。「非常事態条項」と「家族保護条項」にかんする問題点については、本書を読んで確認していただきたいと思う。

本書の著者は元サラリーマン。「保守」を自認する著者にとってさえ奇異にうつる「日本会議」を、たんねんな調査であぶりだした。「ハーバー・ビジネス・オンライン」(・・じつに紛らわしい名前だ)の連載「草の根保守の蠢動(しゅんどう)」を書籍化したものである。わたしはこの連載を最初からすべて読んでいるが、書籍版のほうがはるかに読みやすいといっておこう。

出版社の扶桑社は「保守」の牙城のフジサンケイグループの出版社。著者もまた「保守」のスタンスであり、著者と出版元の姿勢を考慮にいれれば、本書に書かれている事がいかに奇異なことか理解できるはずだ。リベラル派の立場からの発言ではないのだ。

著者の基本認識は「はじめに」に記された文章に表現されている。

社会全体として右傾化したとはいいがたいにもかかわらず、政権担当者周辺と路上の跳ね返りどもだけが、急速に右傾化している・・・・。これはなんとも不思議だ。

この時代認識は、わたしも同感だ。ヘイトスピーチに代表される状況は異常としかいいようがないもので、およそ「保守」とは程遠いものだ。左派による偏向から正道あるいは中道に戻すための「正常化」は推進すべきだと考えているが、こんな「右傾化」には絶対に賛成できない。

著者は、サラリーマン時代には品質管理の責任者として仕事に従事していたと「はじめに」に記している。その際に身に着けた「偏り」や「ばらつき」を生む根本原因を突き詰める品質管の手法を応用したのだと「はじめに」で記している。「異様ともいえるバラツキのなさ」が日本会議に行き着いたというわかなのだ。その成果が、本書にまとめらた一年間の取材と研究内容である。

もういちど繰り返しておこう。「いまこの国でひそかに進行していること」を知りたい人は必ず読むべき本だ。

最後に、本書刊行後も連載がつづている「草の根保守の蠢動」に掲載された文章から著者のコトバを引用しておこう。

安倍首相がなぜそこまで改憲にこだわるのか、その改憲案の裏側にはどんな人々の思惑が蠢いているのか、ぜひ、書籍版『日本会議の研究』を手にして、確認して貰いたい。

だからこそ、いま読むべき本なのだ。





目 次

はじめに
第1章 日本会議とは何か
第2章 歴史
第3章 憲法
第4章 草の根
第5章 「一群の人々」
第6章 淵源
むすびにかえて
参考文献

著者プロフィール

菅野完(すがの・たもつ)
著述家。1974年、奈良県生まれ。一般企業のサラリーマンとして勤務するかたわら執筆活動を開始。退職後の2015年より主に政経分野の記事を雑誌やオンラインメディアに提供する活動を本格化させる。同年2月から扶桑社系webメディア「ハーバービジネスオンライン(http:hbol.jp)にてスタートした連載「草の根保守の蠢動」は大きな話題を呼び、本書刊行の元となった。著書に『保守の本分』(単著・noiehoie名義・扶桑社新書、2013)など。(出版社サイトに本書記載の情報を付加)





<関連サイト>

菅野完(noiehoie) | Facebook

連載「草の根保守の運動」(「ハーバー・ビジネス・オンライン」)
・・現在も連載は継続中。最新記事はこのサイトで。単行本化されていない対談はこのサイトで読むべし。以下は、宗教社会学者で國學院大學研究開発推進機構日本文化研究所の助教・塚田穂高(つかだほたか)氏との対談。『宗教と政治の転轍点-保守合同と政教一致の宗教社会学-』(花伝社、2015)の著者である。

⇒ なぜ宗教と政治は惹かれ合うのか?――シリーズ【草の根保守の蠢動】特別企画「宗教と政治の交わるところ」第一回

⇒ 素朴な「郷土愛」を利用される信者たち――シリーズ【草の根保守の蠢動】特別企画「宗教と政治の交わるところ 第二回






安倍政権を支える右翼組織「日本会議」の行動原理(上) 「日本会議の研究」著者・菅野完氏インタビュ-(2016年5月20日)
・・「発売日には、出版元の扶桑社に日本会議から出版差し止めの申し入れがあったことも明らかになり、さらに話題に火がついた。」そうだ。 マスコミが避けて触れようとしないテーマの本だ(・・たんなる怠慢かもしれないが)。
安倍政権を支える右翼組織「日本会議」の行動原理(下)「日本会議の研究」著者・菅野完氏インタビュー(2016年5月20日)
・・

政権に近い保守団体が出版停止を要求 話題の本「日本会議の研究」(BuzzFeed News、2016年5月4日)
・・「4月28日、出版社「扶桑社」にFAXで申入書が届いた。差出人は「日本会議事務総長 椛島有三」。扶桑社から出たばかりの菅野完さん著『日本会議の研究』の出版停止を求めるものだった。(・・中略・・) 申入書とは別に『日本会議の研究』に登場する人物から、代理人を通じて出版差し止めを求める法的文書が扶桑社に送られているという。BuzzFeed Newsの取材に対し、複数の関係者が認めた。」

対「全学連」の右派学生組織がルーツ宗政一体の運動で「改憲」に王手寸前 (菅野完、WEB RONZA、2016年5月18日)

憲法改正の先行き左右する「日本会議」の正体 彼らの運動はつい最近始まったものではない ( 幻冬舎plus 2016年5月5日)

「フジ系」扶桑社から「日本会議」批判本 話題の新書めぐる騒動に「保守の内ゲバ」説も (J-CAST、2016年5月10日)

話題書『日本会議の研究』に関係者激怒「トンデモ本ですよ」(NEWSポストセブン、2016年5月27日)
・・それだけ急所を突かれたということだろう

緊急事態条項の実態は「内閣独裁権条項」である 自民党草案の問題点を考える (木村草太、WEBRONZA、2016年3月14日)
・・「国会承認は事後でも良いとされていて、手続き的な歯止めはかなり緩い。これでは、内閣が緊急事態宣言が必要だと考えさえすれば、かなり恣意的に緊急事態宣言を出せることになってしまう・・中略・・他の先進国の憲法と比較して見えてくるのは、自民党草案の提案する緊急事態条項は、緊急時に独裁権を与えるに等しい内容だ」。 ワイマール憲法下のドイツ、ナチス党が悪用した「緊急事態条項」を想起せよ!

安倍政権の黒幕!? 右派団体「日本会議」とは何か その起源から動員力の秘密まで(魚住 昭、現代ビジネス、 2016年6月5日)

日本最大の右派団体「日本会議」と安倍政権のただならぬ関係-なんと閣僚の8割が所属みんな、そこでつながっている(魚住 昭、現代ビジネス、 2015年7月2日)
・・「(憲法学者の)小林名誉教授「私は日本会議にはたくさん知人がいる。彼らに共通する思いは、第二次大戦での敗戦を受け入れがたい、だからその前の日本に戻したいということ。日本が明治憲法下で軍事5大国だったときのように、米国とともに世界に進軍したいという思いの人が集まっている。よく見ると、明治憲法下でエスタブリッシュメントだった人の子孫が多い。そう考えるとメイク・センス(理解できる)でしょ」

安倍政権の背後にいる右派団体「日本会議」のルーツ(魚住 昭、現代ビジネス、 2015年7月19日)

「戦後50年決議」をめぐる右派団体「日本会議」の暗躍そして戦後70年の今、彼らは何をしようとしているか?(魚住 昭、現代ビジネス、 2015年7月26日)
・・「私の見るところでは、彼らにとって憲法改正は戦前の大日本帝国の“栄光”を取り戻すための一里塚にすぎない。その先にどんな未来があるか。想像しただけで背筋が寒くなる。」

「日本会議は中身空っぽ」 異色の著述家・菅野完氏が解明 (日刊ゲンダイ、2016年6月6日)
・・インタビュー記事

日本会議産みの親「生長の家」が安倍政権と日本会議の右翼路線を徹底批判!  「日本会議の元信者たちは原理主義」(リテラ、2016年6月10日)

現代「保守」言説における救済の物語 (平野直子、SYNODOS、2016年7月11日)

著者インタビュー 『日本会議の研究』菅野完著(プレジデント、2016年11月23日

(2016年5月29日・31日、6月5日・11日、7月11日、11月24日 情報追加)


<ブログ内関連記事>

書評 『自民党憲法改正草案にダメ出し食らわす!』(小林節+伊藤真、合同出版、2013)-「主権在民」という理念を無視した自民党憲法草案に断固NOを!
・・「自民党憲法改正草案」の異常さが何に起因するか、『日本会議の研究』とあわせて読むべきだ

書評 『日本をダメにしたB層の研究』(適菜収、講談社+α文庫、2015)-徹底した「近代」批判の書は俯瞰的に左右両極を叩く
・・著者が徹底的に叩く「偽装保守」とは「偏狭な復古主義者」としての右派のことであるが、そのなかにはきわめて悪質なデマゴーグもいる。

「国境なき記者団」による「報道の自由度2015」にみる日本の自由度の低さに思うこと-いやな「空気」が充満する状況は数値として現れる
・・ジャーナリズムが機能不全状態にある現在の日本

書評 『官報複合体-権力と一体化する新聞の大罪-』(牧野 洋、講談社、2012)-「官報複合体」とは読んで字の如く「官報」そのものだ!

『報道災害【原発編】-事実を伝えないメディアの大罪-』 (上杉 隆/ 烏賀陽弘道、幻冬舎新書、2011)-「メディア幻想」は一日も早く捨てることだ!

「憂国忌」にはじめて参加してみた(2010年11月25日)
・・三島由紀夫をどう捉えるか

書評 『近代日本の右翼思想』(片山杜秀、講談社選書メチエ、2007)-「変革思想」としての「右翼思想」の変容とその終焉のストーリー
・・戦前のエリート主義的な右翼思想はもはや過去のもの

書評 『ネットと愛国』(安田浩一、講談社+α文庫、2015、単行本初版 2012)-取材者と取材対象の対話的インタラクションが、時代の「空気」を見事に描き出す
・・ネトウヨは保守とはまったく無縁の存在

(2016年9月18日 情報追加)




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2015年11月29日日曜日

書評『ネットと愛国』(安田浩一、講談社+α文庫、2015、単行本初版 2012)― 取材者と取材対象の対話的インタラクションが、時代の「空気」を見事に描き出す



『ネットと愛国』(安田浩一、講談社+α新書、2015)という本が面白い。読みでのある内容の濃いルポルタージュである。 「行動する保守」を自称する「在特会」と、その背後にある現在の日本のある種の「空気」を明らかにしようとしたものだ。

民族差別的な内容の、暴力的で聞くに耐えない「ヘイトスピーチ」を撒き散らす在特会である。はっきりいって「排外主義」で「偏狭なナショナリズム」の担い手である彼らの存在は、当然のことながら好ましいものではない。

だが、著者はアタマから一方的なレッテル張りをすることはなく、じっくりと取材対象者の話を聴くというスタンスを貫いている。取材者である著者と取材対象とのあいだのインタラクションは、たんなる取材を超えた「対話」の性格をもっているといえるかもしれない。

文庫版で500ページ近くあるが、最後まで興味深く読むことができるのは、取材対象者たちのナマの声が、取材者としての著者との対話で引き出されているからだ。取材対象者たちの本音を聞きだしながら、すこしづつ自分自身の認識を深めていこうとする姿勢。読者もまたそのプロセスのなかにいるのである。だから、読み進むにつれて多面的な理解が可能となっていく。

初版は2012年なので、扱われている状況は2011年現在のものが中心になっている。在特会はすでに最盛時の勢いを失っており(・・これは喜ばしいことだ)、その後の推移は長い「文庫版あとがき」に記されている。

現在では「ヘイトスピーチ」というコトバが市民権を得ているが、本書の初版当時はそうではなかったのだ。コトバが与えられれば、人はその事象を認識できるようになる。事象との距離を正確に把握し、その事象への対処も可能となる。

本書を通読しての、わたしなりの理解は、帰属すべきコミュニティを地域社会にも勤務先にも見出すことのできない、ネット世界に浮遊するデラシネ(=根こぎされた)の人々の、さまざまな特権をもつエリート層へのルサンチマン(=憎悪)を吸収することに成功したのが「在特会」に代表される団体なのだろう、と。リベラルな思想の持ち主は、概して官僚やマスコミなど高学歴者に多いのは事実だ。

デラシネとルサンチマン、ともにフランス語だが、この2つの単語ほど、かれらの深層意識でうごめく不安感を表現しているとはいえないだろうか? 未来を奪われた者たちは、攻撃対象つまり敵の存在を発見したとき、はじめて否定的な形であるがアイデンティティを取り戻し、かれらをつなぎとめる観念的な攻撃対象への憎悪心が求心力となって集団を形成するのだ。

暴力的で差別的言動。排外主義という偏狭なナショナリズム。在特会は、本来の意味における保守ではなく、従来型の右派でもない。あくまでもハンドルネームによる参加に示されているように、ネット世界のリアル世界への展開であって、リアル世界に根をもつものではない。だから暴力的な言動が可能なのだ。なにかに憑依されたかのように、無意識のうちに暴力的な別人格を演じているのだろう。

「在特会」そのものは2015年現在ではすでに勢いを失ったが、その背後にある「いやな空気」の存在に目を向けなくてはならない。「在特会」的なものの土壌を形成しているネトウヨ、さらにはリアル社会にも広範に存在する不安をもつ一般人がつくりだす空気。本書は、特別な団体に属する特殊な人たちのことを扱ったように見えながら、現在の日本社会そのものを扱った内容の本なのだ。
  
閉塞感が解消したとはいえず、不安感がさらに増しつつある現在の日本社会。冷静に現状を見つめるためにも、ぜひ読むことをすすめたい良質なルポルタージュである。



 


目 次

プロローグ
1 在特会の誕生-過激な "市民団体" 率いる謎のリーダー・桜井誠の半生
2 会員の素顔と本音-ごくごく普通の若者たちは、なぜレイシストに豹変するのか
3 犯罪というパフォーマンス-ついに逮捕者を出した「京都朝鮮学校妨害」「徳島県教組乱入」事件の真相
4 「反在日」組織のルーツ-「行動する保守」「新興ネット右翼」勢力の面々
5 「在日特権」の正体-「在日コリアン=特権階級」は本当か?
6 離反する大人たち-暴走を続ける在特会に、かつての理解者や民族派を失望し、そして去っていく
7 リーダーの豹変と虚実-身内を取材したことで激怒した桜井は私に牙を向け始めた…
8 広がる標的-反原発、パチンコ、フジテレビ…気に入らなければすべて「反日勢力」
9 在特会に加わる理由-疑似家族、承認欲求、人と人同士のつながり…みんな "何か" を求めている
エピローグ
文庫版 あとがき
解説 それでも希望はある(鴻上尚史)


著者プロフィール

安田浩一(やすだ・こういち)
1964年静岡県生まれ。「週刊宝石」「サンデー毎日」記者を経て2001年よりフリーに。事件、労働問題などを中心に取材・執筆活動を続ける。2012年『ネットと愛国 在特会の「闇」を追いかけて』(講談社)で第34回講談社ノンフィクション賞受賞。2015年には「ルポ 外国人『隷属』労働者」(「G2][講談社]掲載)で第46回大宅壮一ノンフィクション賞(雑誌部門)を受賞した。著書に『ルポ 差別と貧困の外国人労働者』(光文社)、『ヘイトスピーチ 「愛国者」たちの憎悪と暴力』(文藝春秋)、『ネット私刑』(扶桑社)ほか。(出版社サイトより)


<ブログ内関連記事>

■ナショナリズム-その二面性

書評 『ナショナリズム-名著でたどる日本思想入門-』(浅羽通明、ちくま文庫、2013 新書版初版 2004)-バランスのとれた「日本ナショナリズム」入門

『単一民族神話の起源-「日本人」の自画像の系譜-』(小熊英二、新曜社、1995)は、「偏狭なナショナリズム」が勢いを増しつつあるこんな時代だからこそ読むべき本だ
・・戦前の「革新」は右翼、戦後は「左翼」。そしていまは右翼か??

『日本会議の研究』(菅野完、扶桑社新書、2016)は、「いまこの国でひそかに進行していること」を「見える化」した必読の労作だ!


■街頭というリアル世界に飛び出したネトウヨ

「日本のいちばん長い日」(1945年8月15日)に思ったこと(2009年8月15日)
・・この日、九段下の交差点で遭遇したデモは「在特会」のものだったのだろうか? いまから6年前の2009年に書いたわたしの文章をここに再録しておこう。

「近隣諸国による、近年激しい応酬がなされてきた靖国神社問題にかんする感情的反発が核となった、いわゆる「ネット右翼」のオフ会のような雰囲気であるが、本人たちはかなり真剣に取り組んでいるようだ。参加しているのは大半が若者である。
 排外主義を主張する内容は、あまりにも偏狭すぎてまったく賛同できないが、日本国内でこれほどエキサイトしているデモ集会の現場にでくわしたのは久々である。野次馬として至近距離で見ていたが、警察とはある意味なれ合いの関係にある街宣車型の旧来型右翼とはまったく異なる印象を受ける。
 秋葉原の歩行者天国での無差別殺人事件もそうだったが、とくに若者のあいだで、なにかものすごく閉塞感が強く、抑圧され鬱屈した「空気」が、見えない深層で淀んでいるように感じられるのが、現在の日本の状況である。
 今月末に総選挙が実施されるが、選挙演説なんか聞くよりも、こういった少数派ではあるが、極端な思想の持ち主の示威行動の現場を観察する方が、深層で進行している本当の変化について考えるためのいい機会になると考えてよいのではないか。
 彼らの言動はひとことでいってしまえば、きわめて「内向きなナショナリズム」の発現である。海外生活において日本人のアイデンティティを自覚するタイプの「健全な外向型のナショナリズム」ではない、「不健全な、病的な、内向型のナショナリズム」だ。(2009年8月15日の感想)


■ユートピアと革命幻想の終焉

「東京オリンピック」(2020年)が、56年前の「東京オリンピック」(1964年)と根本的に異なること
・・貧困に起因するルサンチマンが描かれたマンガだが、そこにあるのは単なる憎悪ではなく、ある種のユートピア的世直し願望がある。革命幻想の一種であろうか?

「ユートピア」は挫折する運命にある-「未来」に魅力なく、「過去」も美化できない時代を生きるということ
・・「1970年から数年のうちに、近代の「理想主義」は死んだのである。理想主義者にとってのユートピアは死んだのである。」

書評 『革新幻想の戦後史』(竹内洋、中央公論新社、2011)-教育社会学者が「自分史」として語る「革新幻想」時代の「戦後日本」論
・・右派がつねに攻撃する左派リベラルだが、じつはとうの昔に死んでいるのである


■「求心力」となる敵対心と憎しみ

自分のアタマで考え抜いて、自分のコトバで語るということ-『エリック・ホッファー自伝-構想された真実-』(中本義彦訳、作品社、2002)
・・「魅力や引力といったポジティブなものだけでなく、怒りや憎しみといったネガティブなファクターが人々の気持ちを一つに結び合わせる求心力となりうることに思いが及んだ。Love & Hate という表現があるように、愛憎はオモテとウラの関係にある」

■ロストジェネレーション

書評 『失われた場を探して-ロストジェネレーションの社会学-』(メアリー・ブリントン、池村千秋訳、NTT出版、2008)-ロスジェネ世代が置かれた状況を社会学的に分析
・・「サービス経済化によって、中下位レベルの普通科高校卒の男子は、特定のスキルをもたないのでアルバイトなど非正規社員しか道がなく、「ワーキングプア」になる可能性が高い。女子と違って男子は、まだこういう状況を生き抜く術を身につけていない」

書評 『現代日本の転機-「自由」と「安定」のジレンマ-』(高原基彰、NHKブックス、2009)-冷静に現実をみつめるために必要な、社会学者が整理したこの30数年間の日本現代史


■ネットと「世間」

書評 『「空気」と「世間」』(鴻上尚史、講談社現代新書、2009)-日本人を無意識のうちに支配する「見えざる2つのチカラ」。日本人は 「空気」 と 「世間」 にどう対応して生きるべきか?

ネット空間における世論形成と「世間」について少し考えてみた

書評 『私とは何か-「個人」から「分人」へ-』(平野啓一郎、講談社現代新書、2012)-「全人格」ではなく「分割可能な人格」(=分人)で考えればラクになる
・・無意識のうちに別人格を演じているのが人間という存在だ

(2016年6月29日 情報追加)


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2015年2月20日金曜日

『単一民族神話の起源 ―「日本人」の自画像の系譜』(小熊英二、新曜社、1995)は、「偏狭なナショナリズム」が勢いを増しつつあるこんな時代だからこそ読むべき本だ



『単一民族神話の起源-「日本人」の自画像の系譜-』(小熊英二、新曜社、1995)は、すでに出版されて20年になるが、「偏狭なナショナリズム」が勢いを増しつつあるこんな時代だからこそ読むべき本だ。

これからの日本は、移民受け入れも含めて「人口減少問題」に対処していかねばならないのだが、ヘイトスピーチに代表されるような、「単一民族神話」にもとづいた「偏狭なナショナリズム」がその動きを阻害しかねないことを、わたしはつよく懸念している。

わたしはこの本を東京駅前の八重洲ブックセンターの店頭でみかけて、高くて分厚いハードカバーだが買い求めてすぐに読んだ。1997年のことだ。その時点ですでに第5刷となっている。

小熊英二氏は、どちらかといえばリベラル派ということにカテゴライズされるのではないかと思うが、そういう分類じたいきわめて恣意的なものであることが、この本を読むとわかるようになるはずだ。

「革新」といえば、「戦後」は「革新政党」というフレーズにみられるように左翼だが、戦前は「革新官僚」や「革新将校」などのフレーズにみられるように、右翼こそ革新だったことが本書を読むとよくわかる。

「戦前」は「外向きに開いていったナショナリズム」の時代、「戦後」は「内向きの閉じたナショナリズム」の時代。植民地を抱えていた大日本「帝国」としての「戦前」は多民族国家が常識であったのに対し、植民地を失って縮小した「島国」としての「戦後」は単一民族国家が常識となったのである。

だから、「戦後」になってから日本共産党は民族独立を主張(!)したわけだし、その延長線上にあって、現在の喫緊(きっきん)の問題である尖閣諸島については、奇妙なことに自民党と同じスタンスに立っている。

敗戦によって日本は植民地をすべて失い縮小し、左右が反転したのであった。敗戦前の日本は「日本国」ではなく「大日本帝国」だったのである。植民地を保有する「帝国」だったのだ。だから、多民族によって構成される「帝国」は当時の常識だったわけだ。

「戦後」の状況だけをみて決めつけ的なレッテル張りをすることが、いかにナンセンスなことか。

「戦前」の保守政治家たちは、価値観多様化という現実を認めたがらない「偏狭な復古主義者」たちとは違うのである。現代の日本人の多くが思っている「戦前」と、実際の「戦前」はイコールではないのである。

そんな感想を抱いたのがこの大著である。本書の内容は、一言でいえば「脱神話化」がテーマである。「日本人は単一民族」という「戦後」の言説が、いかに「神話」に過ぎないかを実証したものだ。

そのための方法は歴史学と社会学のアプローチの融合であり、とにかく膨大な量の資料を収集し、予断を排して資料そのものに即して語らせるという手法をとっている。事実関係の分析と整理にかんしては圧倒されるの一言だ。

まさに「へえ!」の連続が、その時代の知識人たちの引用発言によってくつがえされるのだから、ある意味では反論のしようがない。「事実をもって事実を語らしめよ」というオーソドックスな歴史学の手法を思想史にもちこんだといえよう。

だからこそ、400ページを越える著書だが、できれば最初から最後まで読みとおすことによって、自分なりの感想をもつことが重要だろう。読み進めることが、さまざまな「発見」につながり、自分の「常識」が裏切られていくという得難い感覚を著者と共有することができるだろう。


 
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目 次

序章
 問いの設定
 「単一民族神話」の定義
 社会学と歴史学
第一部 「開国」の思想 
 第1章 日本民族論の発生-モース・シーボルト・小野梓ほか
 第2章 内地雑居論争-田口卯吉・井上哲次郎
 第3章 国体論とキリスト教-穂積八束・加藤弘之・内村鑑三・高山樗牛ほか
 第4章 人類学者たち-坪井正五郎ほか
 第5章 日鮮同祖論-久米邦武・竹越与三郎・山路愛山・徳富蘇峰・大隈重信ほか
 第6章 日韓併合
第二部 「帝国」の思想 
 第7章 「差別解消」の歴史学-喜田貞吉
 第8章 国体論への再編成-国体論者の民族論
 第9章 民族自決と境界-鳥居龍三・北一輝・国定教科書ほか
 第10章 日本民族白人説-ギリシア起源説・ユダヤ起源説ほか
 第11章 「血の帰一」-高群逸枝
第三部 「島国」の思想 
 第12章 島国民俗学の誕生-柳田国男
 第13章 皇民化対優生学-朝鮮総督府・日本民族衛生協会・厚生研究所ほか
 第14章 記紀神話の蘇生-白鳥庫吉・津田左右吉
 第15章 「血」から「風土」へ-和辻哲郎
 第16章 帝国の崩壊-大川周明・津田裁判ほか
 第17章 神話の定着-象徴天皇制論・明石原人説ほか
結論
 社会学における同化主義と人種主義
 「日本人」概念について
 近接地域・同人種内の接触
 家族制度の反映
 保守系論者の単一民族論批判
 神話からの脱却
注
あとがき
索引


著者プロフィール

小熊英二(おぐま・えいじ)
1962年、東京生まれ。1987年、東京大学農学部卒業。出版社勤務を経て、1998年、東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻博士課程修了。現在、慶應義塾大学総合政策学部教授。著書は、『単一民族神話の起源』や『“日本人”の境界』『<民主>と<愛国>』など多数。



PS ヘビー級の重厚な著書をつぎつぎに出版する著者

修士論文が単行本化されるというのも珍しいが、この本の後に出た本もいずれも重量級(・・神の本としては文字通り重い!)のものばかり。書くほうもすごいが。読むヒトもすごいといえばすごい。

『「日本人」の境界-沖縄・アイヌ・台湾・朝鮮 植民地支配から復帰運動まで-』(新曜社、1998)、『<民主>と<愛国>-戦後日本のナショナリズムと公共性-』(新曜社、2002)は、いまだに読んでいない。『1968 <上> 若者たちの叛乱とその背景』(新曜社、2009)と『1968<下>叛乱の終焉とその遺産』(新曜社、2009)となると、もはやとどまることのない。よく出版社も出版を決意したものだとすら思う。

『"癒し"のナショナリズム-草の根保守運動の実証研究-』(小熊英二・上野陽子、慶應義塾大学出版会、2003)は、まさに「つくる会」が話題であったときに読んだが、これもすぐれた研究。

『対話の回路-小熊英二対談集-』(小熊英二、新曜社、2005)が、『単一民族神話の起源-「日本人」の自画像の系譜-』にはじまる三部作(・・いずれもすごいボリュームだ)にまつわる話題で「対話」を行っている。読みでのある、中身の濃い対話集である。こんも対話集を読むと、方法論がよlく理解できる。

 『インド日記-牛とコンピュータの国から-』(小熊英二、新曜社、2000)については、このブログに書評を書いているのでご参照いただきたい。



<ブログ内関連記事>

『移住・移民の世界地図』(ラッセル・キング、竹沢尚一郎・稲葉奈々子・高畑幸共訳、丸善出版,2011)で、グローバルな「人口移動」を空間的に把握する


■近代とナショナリズム

書評 『ナショナリズム-名著でたどる日本思想入門-』(浅羽通明、ちくま文庫、2013 新書版初版 2004)-バランスのとれた「日本ナショナリズム」入門
・・「第6章 民族独立行動隊、前へ!-革命のナショナリズム 小熊英二『<民主>と<愛国>』で取り上げられている


■戦前の革新であった右派と戦後の革新であった左派、そしてその後

書評 『近代日本の右翼思想』(片山杜秀、講談社選書メチエ、2007)-「変革思想」としての「右翼思想」の変容とその終焉のストーリー

書評 『革新幻想の戦後史』(竹内洋、中央公論新社、2011)-教育社会学者が「自分史」として語る「革新幻想」時代の「戦後日本」論

書評 『オウム真理教の精神史-ロマン主義・全体主義・原理主義-』(大田俊寛、春秋社、2011)-「近代の闇」は20世紀末の日本でオウム真理教というカルト集団に流れ込んだ

「ユートピア」は挫折する運命にある-「未来」に魅力なく、「過去」も美化できない時代を生きるということ


■大日本帝国の範囲

書評 『民俗学・台湾・国際連盟-柳田國男と新渡戸稲造-』(佐谷眞木人、講談社選書メチエ、2015)-「民俗学」誕生の背景にあった柳田國男における新渡戸稲造の思想への共鳴と継承、そして発展的解消


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2014年4月23日水曜日

(書評再録) 『ムッソリーニ イタリア人の物語』(ロマノ・ヴルピッタ、中公叢書、2000)― いまだ日本人に「見えていないイタリア」がある!



ムッソリーニを独裁政治家としての後半生よりも、ファシスト党が政権を取るにいたるまでに重点をおいて描いた戦後日本ではほぼ始めてのムッソリーニ伝。(日本語による執筆)

思想家として、雄弁家として、政治家としてのムッソリーニ像はきわめて新鮮である。ファシズモにある種の「エラン・ヴィタール」(ベルグソンのいわゆる「跳躍する生」)を感じてきたイタリア人によるこのムッソリーニ伝は、統一国家となって以後の近代イタリア史についての、知られざる側面も伝えてくれる。

現在のイタリアで、いまだムッソリーニ人気が衰えない理由もわかるような気がする。

戦後の日本では、ネオリアリスモのイタリア映画を通じて、どちらかというと左翼的な、労働運動的なイタリア像がまずあり、これがバブル期にはイタ飯ブームによる「生活を楽しむ」イタリア人のイメージに変わっていったのだが、本書はわれわれには見えていないイタリアがあることを示してくれる点において貴重である。

われわれ自身、日本が実に多様な要素によって成り立っていることを知っていながら、他国については一面的にしか見ていない事実がある。

複眼的思考が要求される。


(初出情報 2001年3月28日 bk1に投稿掲載 原文のまま)


目 次

序章 ムッソリーニというイタリア人
第1章 鍛冶屋の息子
第2章 放浪と反抗の時代
第3章 ローマへの道
第4章 全体国家の形成
第5章 女性遍歴
第6章 試練としての戦争
第7章 幻の共和国
終章 ムッソリーニの神話 ムッソリーニ関連年譜
参考文献
後記
人名索引

著者プロフィール

ロマノ・ヴルピッタ(Romano Vulpitta)
1939年、ローマに生まれる。1961年(昭和36年)ローマ大学法学部卒。東京大学に留学後、1964年イタリア外務省入省。駐韓イタリア大使館二等書記官、駐日イタリア大使館二等書記官、後に一等書記官を務める。1972~1975年、ナポリ東洋大学院原題日本文学の担当教授。1975年、欧州共同体委員会駐日代表部次席代表。京都産業大学経営学部教授(ヨーロッパ企業論、日欧比較文化論)を31年間つとめ2009年退官、現在は名誉教授。著書に『不敗の条件-保田與重郎と世界の思潮-』。(奥付の著者紹介文とネット上の情報から筆者編集)。





PS 2017年8月7日に「ちくま学芸文庫」より文庫化で復刊!

『ムッソリーニ-一イタリア人の物語-』のタイトルのまま「ちくま学芸文庫」より2017年8月7日に文庫化されました。たいへんうれしいことであります。ぜひ文庫版でお読みいただきたいと思います。(2017年8月11日 記す)


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<書評への付記> (2014年4月23日)

2001年に執筆した書評を「再録」したが、あらたに関連事項を書き加えておきたい。


ムッソリーニに関する本は日本語でも何点か出版されているので読んでいるが、『ムッソリーニ-一イタリア人の物語-』は独自の立ち位置から執筆されている。

まずは、イタリア人が日本語で書きおろしたという点。そして、愛憎を越えてイタリア人の関心の的でありつづけたムッソリーニを描いている点。

ムッソリーニは、「統一国家イタリア」の栄光と挫折を一身に背負った人物であった。明治維新が1868年、ドイツ統一が1872年、イタリア統一(リソルジメント)は日本とドイツに先駆けて1860年に達成している。ほぼ同一時期に国家統一を成し遂げ、近代国家として歩み始めたのである。

ファシズムとは、もともとのイタリア語のファッショからきたコトバである。古代ローマにさかのぼることができる。ファッショとは藁束のこと。藁を束ねるという意味を比喩的につかって、バラバラになりがちな国民を束ねるという意味に転用したのがファシズム(・・イタリア語ではファシズモ)である。

イタリアのファシズムとドイツのナチズムは別物である。そもそもこの陽気なムッソリーニと陰気なヒトラーは最初は折り合いが悪くお互い嫌いあっていたのだが、手を結ばざるを得なくなったのである。イタリアが戦争に敗れたのち、ナチスドイツがイタリアを占領したことで、ユダヤ人迫害という悲劇が起こった。

『ムッソリーニ-一イタリア人の物語-』のような良書が文庫化されることもなく埋もれてしまっているのは、じつに惜しいことだ。

ムッソリーニの孫娘がイタリアの国会議員に当選したときに世界的なニュースになったことを思い出すが、イタリアにも右派が存在することはアタマのなかに入れておきたい。現在の右派はムッソリーニのファシズモというよりも、いわゆる「新右翼」と呼ばれる排外主義的な性格をもったものであるが。

著者にはもう「一冊、『不敗の条件-保田與重郎と世界の思潮-』(中公叢書、1995)という本があって、こちらも日本語で執筆されている。わたしは日本人であるが、この本によって、はじめて日本浪漫派の保田與重郎について知った『ムッソリーニ』に先だって書かれた本書は、ぜひ一緒に読むべき本である。

『不敗の条件』は、イタリアのファシズム思想を踏まえたうえでの、精神の同質性を保田與重郎に見出した著書による共感に満ち溢れた本。

ヴルピッタ氏の日本語による言論活動によって、日本人が知らない日本、日本人が知らないイタリアについて紹介していただいた。ここにあらためて感謝したい。

目 次

緒言 みやこの身余堂と大和の桜井-保田與重郎の二つの文化
第1章 保田與重郎との出会い-文化と世代の溝を超えて
第2章 古典の読解に於ける東と西-保田與重郎とエズラ・パウンドの場合
第3章 歴史の超克に於ける東と西-保田與重郎とミルチャ・エリアーデの場合
第4章 保田與重郎の「日本」-日本イデオロギーはありうるか
第5章 敗北と不敗-文人としての保田與重郎
結語 義仲寺のこと-保田與重郎の将来
後記
参考・引用文献一覧
関連年表



<関連サイト>

保田與重郎文庫(新学社)
・・ヴルピッタ氏も編集に関与した文庫版選集

続・言いたい放だい 2008年10月18日放送 (YouTube)
・・前衛芸術家でパフォーマンス・アーチストの秋山祐徳太子が小説家の田中小実昌から教わったという「イタリア・ファシスト党歌」を披露している。三島由紀夫も「ヒトラーよりもムッソリーニのほうが好き」だというエピソードが披露され、ムッソーリニ談義が西部邁(にしべすすむ)と文芸評論家の富岡幸一郎とのあいだで繰り広げられている(4分40秒以後)
⇒ 「西部邁(にしべすすむ)ゼミナール」と秋山祐徳太子 も参照

イタリア ファシスト党歌 ジョヴィネッツァ (Giovinezza)
・・「青春」(Giovinezaa)というほがらかで明るい曲



<補論> ムッソリーニより人気のあったダヌンツィオ

最終的にムッソリーニが「ローマ進軍」によって国民の喝采を受け、総統(ドゥーチェ)としてイタリアを率いることになったが、当時ムッソリーニより人気のあったのが耽美派の詩人ダヌンツィオ(1863~1938)である。

詩人であり小説家であり劇作家でもあった。かつては日本でもそうとう読まれたらしいが、いまでは日本では知る人も少ないだろう。

ほとんど忘れられているが、『罪なき者』という小説はヴィスコンティ監督の『イノセント』という映画の原作なので、間接的にダヌンツィオに接することはできる。

ダヌンツィオは文学者であったが愛国者であり、第一次世界大戦には志願して従軍、戦闘機パイロットとしてみずから操縦桿を握り、飛行中の事故で右目を失っている。まさに行動派文学者の名誉の負傷である。

大戦終了後は、みずから司令官となって私設武装集団を率いて「未回収のイタリア」であったフィウーメ占領を行い、お騒がせ者として世界的に有名になっている。

『ダヌンツィオの楽園-戦場を夢見た詩人-』(田之倉稔、白水社、2003)という本が、『ムッソリーニ-一イタリア人の物語-』(ロマノ・ヴルピッタ、中公叢書、2000)出版後にでていた。これも現在は長期品切れのようだが、ソ連崩壊後の2000年代前半は、さまざまな面で歴史見直しが行われたのだろうか。

機会があれば、ぜひ一読することをすすめたい。




ダヌンツィオといえば三島由紀夫であろう。三島由紀夫がダヌンツィオをなぞった(?)ように、行動する文学者として最期をまっとうしたのはけっして偶然ではない。

じっさい、三島由紀夫がダヌンツィオ好きだったことも覚えておくといいだろう。ムッソリーニも好きだったらしい。陰気なヒトラーではなく、陽気な知識人ムッソリーニを好んでいたこともまた。

三島由紀夫がダヌンツィオ好きだった点については、作家・筒井康隆の『ダンヌンツィオに夢中』(中央公論社、1989)が面白い。文庫版が1996年に出版されているが、こちらも長期品切れ状態のようで残念だが、三島由紀夫論としてもダヌンツィオ論としても一読をすすめたい一冊である。(ただし、この本はダヌンツィオ論だけではない評論集)。




「ダンヌンツィオに夢中」で検索したら、「生誕150周年記念展「ダンヌンツィオに夢中だった頃」という企画展が京大総合博物館で開催されていたことを知った。開催期間は、2014年01月22日~2014年3月9日とある。

つい最近のことではないか! 残念!! ぜひ東京でも開催してくれるとありがたいのだが・・・





<参考>

『現代イタリアの極右勢力-第二次世界大戦後のイタリアにおける急進右翼-』(フランコ・フェラレージ、高橋進訳、大阪経済法科大学出版部、2003)という研究書も日本語に翻訳されている。極左テロだけでなく極右テロも頻発していることは、NHKの特集番組でヴェネツィアの事例が取り上げられていたのを見た記憶があるのだが、番組名を思い出せないのが残念だ。



<ブログ内関連記事>


「憂国忌」にはじめて参加してみた(2010年11月25日)
・・ヴルピッタ氏は発起人の一人として名を連ねている


■日本で活躍したイタリア人

イエズス会士ヴァリニャーノの布教戦略-異文化への「創造的適応」
・・金融ビジネスマンとして長く日本にかかわったイタリア人ヴィットリオ・ヴォルピ氏の著書2冊の紹介

■イタリア関連

アッシジのフランチェスコ 総目次 (1)~(5)
・・アッシジのフランチェスコという存在は現在のイタリアでもひじょうに大きい

賢者が語るのを聴け!-歴史小説家・塩野七生の『マキアヴェッリ語録』より
・・イタリアで作家活動をつづけている塩野七生のイタリアもの

「人間の本質は学びにある」-モンテッソーリ教育について考えてみる
・・マリア・モンテッソーリは医学博士で幼児教育の専門家として世界的に著名

書評 『プリーモ・レーヴィ-アウシュヴィッツを考えぬいた作家-』(竹山博英、言叢社、2011)-トリーノに生まれ育ち、そこで死んだユダヤ系作家の生涯を日本語訳者がたどった評伝
・・ファシズム下のイタリアにおいてはユダヤ人迫害はなかったが、ムッソリーニ失脚後、ドイツ軍に占領されたイタリアではユダヤ人が絶滅収容所に送り込まれることになる。作家プリーモ・レーヴィは数少ない生き残り。レーヴィ自身は反ファシストのレジスタンス運動にかかわって逮捕され、そこでユダヤ人とわかったため、その他のイタリア人とは運命を異にすることになる

ドニゼッティのオペラ 『ロベルト・デヴェリュー』(バイエルン国立歌劇場日本公演)にいってきた

20年ぶりのオペラ『アイーダ』

三宅一生に特注したスティーブ・ジョブズのタートルネックはイタリアでは 「甘い生活」(dolce vita)?!
・・首都ローマを舞台にした戦後イタリアを代表するフェリーニ監督の映画


*須賀敦子については、拙著『人生を変えるアタマの引き出しの増やし方』(こう書房、2012)のなかではすこし触れているが、まだこのブログに記事を書かないまま現在に至っている。カトリック左派という立ち位置が、かならずしもイタリアでも多数派ではないことは日本人読者は知っておくべきだと思う。



■戦前のファシズムと戦後社会

『「経済人」の終わり』(ドラッカー、原著 1939)は、「近代」の行き詰まりが生み出した「全体主義の起源」を「社会生態学」の立場から分析した社会科学の古典
・・リアルタイムでファシズムを観察していたドラッカーは、イタリアのファシズムとドイツのナチズムが別物であることを的確に見抜いていた

書評 『バチカン近現代史-ローマ教皇たちの「近代」との格闘-』(松本佐保、中公新書、2013)-「近代」がすでに終わっている現在、あらためてバチカン生き残りの意味を考える
・・「第4章 ムッソリーニ、ヒトラーへの傾斜-バチカン市国成立と第二次世界大戦」を参照。ムッソリーニと結んだラテラノ条約(1929年)によってバチカン市国が独立した主権国家として確立

「憂国忌」にはじめて参加してみた(2010年11月25日)
・・ムッソリーニやダヌンチオが好きだった三島由紀夫

書評 『未完のファシズム-「持たざる国」日本の運命-』(片山杜秀、新潮選書、2012)-陸軍軍人たちの合理的思考が行き着いた先の「逆説」とは
・・ファシズムに徹しきれなかった点は、日本はイタリアでもドイツでもなかった

書評 『自爆する若者たち-人口学が警告する驚愕の未来-』(グナル・ハインゾーン、猪俣和夫訳、新潮選書、2008)-25歳以下の過剰な男子が生み出す「ユース・バルジ」問題で世界を読み解く 
・・「ユース・バルジ」という「人口爆発」による若年層男子の行き場の無さがファシズムにつながったと説く著者の見解は、なによりも「青春」を礼賛したムッソリーニを考えると納得がいく

映画 『バーダー・マインホフ-理想の果てに-』を見て考えたこと
・・「イタリアで1978年におきた、極左暴力集団「赤い旅団」によるモロ首相誘拐監禁殺害事件は、イタリア現代史では「鉛の時代」とよばれた時期にあたるものだが、2003年には、マルコ・ベロッキオ監督による『夜よ、こんにちは』(Buongiorno notte)が製作されている。日本では2006年に公開された」

(2014年6月17日 情報追加)


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