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2009年12月24日木曜日

書評『グローバル・ジハード』(松本光弘、講談社、2008)-対テロリズム実務参考書であり、「ネットワーク組織論」としても読み応えあり


対テロリズムの最前線にいる担当責任者による、ピカイチの実務参考書

 テロ組織アルカーイダによる「ジハード」についての分析とその対策実践書である。

 タイトルも装丁も地味な本である。しかも著者は現役の警察庁公安課長。しかし、決して侮ってはいけない。類書のなかではピカイチといっていい内容だ。

 なぜなら、対テロリズムの最前線にいる担当責任者の認識を文章のかたちで表現したものだからだ。そう、これは実務参考書なのだ。

 グローバルに展開するアルカーイダの組織を分析するにあたって、最新の「ネットワーク組織論」を十分に咀嚼(そしゃく)した上で、従来のテロ組織とはまったく異なる、21世紀型テロリズムとの対決の方法論を思索した内容が一書として結実した。アルカーイダには中心も、明確な指揮命令系統も存在しないのだ。自律分散型なのである。

 著者はアラビア語は解さないが、英語その他による参考文献を広く渉猟(しょうりょう)して目を通し、また各国の対テロ責任者との対話と議論をつうじて、日本では第一級の認識をもつにいたっている。

 このため、イスラーム世界に過剰に肩入れする傾向のある、日本のイスラーム研究者の論調に引きずられることなく、冷静な立場に徹することができている。「敵を知り、己を知らば・・」を地でいくものであろう。

 本書は、イスラーム過激派によるテロ活動との思想戦の実態についての現況報告であるとともに、インテリジェンスとは何かについての実践書である。遠い国の話ではなく、まさにいまこの国のなかで実際に発生している話なのである。  

 対テロ実務書としてでなく、「ネットワーク組織論」としても読み応えのある内容となっていることも付記しておこう。

 もっと広く知られていい好著である。


<初出情報>

■bk1書評「対テロリズムの最前線にいる担当責任者による、ピカイチの実務参考書」投稿掲載(2009年12月21日)





目 次

第1部 ジハード主義の思想と行動
 ジハード主義思想の形成
 ジハード主義思想の展開
 ジハード主義者の世界観
第2部 グローバル・ジハードの姿
 アルカイダとグローバル・ジハード運動
 アルカイダの姿
 グローバル・ジハードへの参入
第3部 グローバル・ジハードとの闘い
 テロ・グループの組織形態
 テロを防ぐための手法
 グローバル・ジハードと闘うために


著者プロフィール

松本光弘(まつもと・みつひろ)

1961年生まれ。東京大学法学部卒、ハーバード大学公共政策学修士(MPP)。1983年、警察庁入庁。都道府県警察、本庁の他、在英大使館、防衛庁にも勤務。警察庁国際テロリズム対策課長などを経て、2008年より警察庁公安課長(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。なお、2011年時点では、福島県警の警視長として被災地で陣頭指揮をとっている。


PS タイトルを改題したうえ、全面改定された新版が新書版として出版されている。『イスラム聖戦テロの脅威-日本はジハード主義と闘えるのか-』 (講談社+α新書、2015)。ご参考まで。(2017年3月13日 記す)


<書評への付記>

 一年前に出版された本であり、読んでから時間がたっているが、あえてこの時期に書評を書いたのは、日本人にテロに対する慢心が見られるのではないか、と思うからである。

 たしかにアルカーイダも、ビンラディンも、ザワヒリも、ここのところなりを潜めている。

 しかし、オバマ大統領が意志決定した、アフガニスタンへの3万人の地上部隊増派計画が実行に移されると、日米軍事同盟のもと、日本も単なる文民支援ではすまされないだろう。インド洋の給油活動に徹していれば、そんなことはしなくてもよかったはずなのだが・・・

 もし自衛隊の派遣となれば、いくらアフガンの地域住民のためになることをしたとしても、民主党の小沢幹事長がいかに天皇陛下をないがしろにし、中国に使節団を率いて朝貢しようとも、米国政府の傀儡(かいらい)と見なされ、イスラーム過激派勢力からは攻撃対象になることは間違いない。

 現在、アフガニスタンのみならず、隣接するパキスタンが国家崩壊の瀬戸際にあることを考えれば、テロは過ぎ去った恐怖ではない。最近勢いを取り戻しているタリバーンがアルカーイダのビンラディンと参謀のザワヒリをかくまっていることは常識である。

 いたずらに恐れたり、いわれなき差別はいけないが、用心することに越したことはない。

 あとは、この本の著者である松本氏のようなテロ対策実務に精通した知性派の警察官僚を信頼するしかないだろう。日本のイスラーム研究者の言説に引きずられない松本氏の態度には、安全確保の責任感を十二分に感じ取ることができる。

 なお、アルカーイダは従来のテロ組織とはまったく異なる。明確な指揮命令系統も存在しない組織である。著者は「ネットワーク組織論」を十分に咀嚼(そしゃく)した上で議論を展開している。

 「ネットワーク組織」のケーススタディとしても読むことも可能な本である。


<さらなる付記>

 こんなことを書いたらさっそく米国ミシガン州で25日、ナイジェリア人テロリストによる旅客機爆破未遂事件が発生している。FBIのリストに載っていながら、セキュリティチェックを通過して搭乗できたうえ、さらには機内に爆弾を持ち込んでいた(!)ということはいったい何なのだ?

 ナイジェリアは北部がムスリム地域、南部がキリスト教地域となっており、南北間の宗教対立が収まらない。容疑者は北部出身のようだ。

 日本からの米国便では搭乗時のチェックが大幅に強化されるということだが、何もテロは米国だけで発生するのではない。東南アジアでもロシアでも中国でも、もちろん日本でも起こりうることだ。

 一般人にとってテロに巻き込まれるのは不可抗力に近いが、テロに遭遇するという確率はゼロではない、ということはつねに心しておく必要があろう。(2009年12月26日記)


<そしてついに・・・>

 2011年5月2日、米国のオバマ大統領は、アルカーイダのオサマ・ビン・ラディンを殺害したと正式に発表した。
 海軍特殊部隊(Navy Seals)による突撃で、パキスタン国内にあるオサマ・ビン・ラディンのアジトを急襲、降伏勧告を無視したため銃撃戦のすえ射殺したとのことだ。また、遺体は奪取されることや、殉教地となることを怖れて土葬せず、イスラームの儀式にしたがって水葬したという。用意周到な作戦である。
 「オサマはその死によって、その名前と物語はバラク・オバマのそれと永久に関連づけられる」と、アルジャズィーラの番組の副題にあった。オサマとオバマ、不幸な巡り合わせである。
 間違いなく報復のための無差別テロの連鎖が続くことだろう。「ネットワーク型組織」のアルカーイダのことだから、上部の指示とは関係なく、テロリストが勝手に動き出す。
 「目には目を、歯には歯を」という一神教世界の「原理原則」は、日本人には受け入れがたいものがる。あらたな問題の発生につながることを懸念するばかりだ・・・
(2011年5月3日 記す)


<しかし認識をあらたにしなくては・・・>

アルカイダ復活 西側は「勝利」の認識を新たにせよ The Economist (日経ビジネスオンライン 2013年10月4日)
・・「アルジェリア人質拘束事件」(2013年1月)においては日本人技術者も多くが犠牲になった。つい最近はケニアの首都ナイロビでもショッピングモールが占拠される事件が発生した。「自律分散型組織」であるアルカーイダは、たとえオサマ・ビンラディンが殺害されても消えることはなく増殖を続けている。



<関連サイト>

Gauging the Jihadist Movement, Part 1: The Goals of the Jihadists (Security Weekly THURSDAY, DECEMBER 19, 2013 Stratfor)
・・一般公開記事

復活するアルカイダ -テロへ向かう世界の若者たち- (NHKクローズアップ現代、2014年4月24日放送)
・・「オサマ・ビンラディン容疑者などの指導者を相次いで殺害し、アメリカが「弱体化させた」と誇示してきた国際テロ組織アルカイダ。しかし今、シリア内戦の混乱に乗じ、勢いを盛り返している。その代表格が「イラクとシリアのイスラム国」。イラク西部とシリア北部の一帯を制圧し、イスラム国家の樹立を一方的に宣言した。さらに「イスラム国」は欧米各国で多数の若者を勧誘し、戦闘員として中東に誘い込んでいる。こうした若者が帰国後、欧米諸国を狙ったテロの先兵になるとの危機感も強まっている。「アルカイダの復活」の実態と新たな国際テロの脅威を伝える」(放送内容)

状況は変化しつつある。ヨーロッパの白人がイスラームに改宗したうえで、アルカカーイダの戦闘員として破綻国家に赴いているだけでなく、かれらがヨーロッパに帰還してテロの先兵となる危険が増大しているのだ!



<ブログ内関連記事>

映画 『ゼロ・ダーク・サーティ』をみてきた-アカデミー賞は残念ながら逃したが、実話に基づいたオリジナルなストーリーがすばらしい
・・オサマ・ビンラディン殺害作戦を描いた映画

自動小銃AK47の発明者カラシニコフ死す-「ソ連史」そのもののような開発者の人生と「製品」、そしてその「拡散」がもたらした負の側面
・・AK47を「密造」するアフガニスタンに隣接するパキスタン国内のパシュトゥン族の村のルポが興味深い

映画 『ルート・アイリッシュ』(2011年製作)を見てきた-近代世界の終焉と「傭兵」の復活について考える ②
・・イラクにおける英国の民間兵士のテロリストとの戦い

映画 『キャプテン・フィリップス』(米国、2013)をみてきた-海賊問題は、「いま、そこにある危機」なのだ!
・・「破綻国家」ソマリアを牛耳るアルカーイダに強いられて海賊となった元漁民たちと民間コンテナ船の船長との攻防戦

映画 『ローン・サバイバー』(2013年、アメリカ)を初日にみてきた(2014年3月21日)-戦争映画の歴史に、またあらたな名作が加わった
・・アフガニスタンでの対アルカーイダ掃討作戦。米海軍特殊部隊ネイビー・シールズが1962年に創設されて以来、最悪の惨事となった「レッド・ウィング作戦」(Operation Redwing)をもとにしたもの

書評 『国際メディア情報戦』(高木 徹、講談社現代新書、2014)-「現代の総力戦」は「情報発信力」で自らの倫理的優位性を世界に納得させることにある
・・「第3章 21世紀最大のメディアスター-ビンラディン」「第4章 アメリカの逆襲-対テロ戦争」「第5章 さまようビンラディンの亡霊-次世代アルカイダ」を参照。アルカーイダとの「情報戦」は今後も続く

(2014年4月26日 情報追加)



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