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2022年2月1日火曜日

書評『「メイド・イン・イタリー」はなぜ強いのか? ― 世界を魅了する<意味>の戦略的デザイン』(安西洋之、晶文社、2020)―「2020年代のイタリアの中小企業」に学ぶべきこととは?

 

今年1月に日本公開された映画『ハウス・オブ・グッチ』を見てから、ふたたびイタリアの中小企業への関心が蘇ってきた。


かつて1990年代には「イタリアの中小企業」が大いに注目されたことがあった。『中小企業白書』でも「イタリアの中小企業」が取り上げられているのを読んだ記憶がある。 

ところが、2000年代以降には「世界の工場」となった中国企業との競争で敗れ去ったり、中国企業によってファミリービジネスが買収されているといった話題を耳にするようになった。グローバル資本主義が猛威を振るうなか、イタリアの中小企業の存在がメディアからかき消されてしまったのだ。 

そんなこともあって、自分のなかでは「イタリアの中小企業」への関心が薄れ去っていたのだが、ミラノ在住でデザイン戦略研究家である安西洋之氏の『「メイド・イン・イタリー」はなぜ強いのか?』を読んでみると、この印象が間違っていることを教えられる。 

なによりも、amazon には「MADE in ITALY ストア」が開設されているのだ。食とファッション、家具やインテリアなどの生活製品が中心だが、イタリアならではの機能とデザインを兼ね備えた製品が扱われている。  

安西氏のこの本によれば、もともとイタリアの amazon で始まった取り組みが、グループ内でヨコ展開され、全世界に共有されるようになったのだという。自前でDXできなければ、プラットフォームに乗っかって商売すればいい。中小企業ならではの取り組みだ。イタリアもまたおなじである。

「MADE in ITALY」が世界中で受け入れられているのは、安西氏の整理によれば「意味のイノベーション」と「アルティジャナーレ」によるものだという。 

わたし流に平たく言い換えれば、技術だけに頼らずにイノベーションを実行し、アタマで考えるだけでなく職人的に手を使って動かしてみる、ということだ。 

「意味のイノベーション」という概念は、やや難しく感じるかもしれない。 

機能はおなじ製品でも、それを取り巻くコンテクストが変われば、あらたな意味が見いだされる。忘れ去られていた意味が蘇ってくる。そんな「意味の読み替え」を指していると考えたらいいのだろう。それもまたイノベーションなのだ、と。機能はおなじでも、あらたに見いだした「意味」を、製品に付与して売り出すのである。 

アタマで考えるだけでなく職人的に手を使って動かしてみる、これはもともと日本人にとっては不得意な分野ではないはずだ。デジタル時代だからこそ、デジタルの恩恵は存分に受けながらも、機械にできない部分、すなわち手仕事を活かすべき部分を残すこと。これはひじょうに重要だ。 

また、イタリアの中小企業の製品開発においては、経営者個人の「思い」が濃厚に反映されるのだという。市場調査にもとづいた最大公約数的な量産品では、競争に勝てるはずがないのだ。 

だから、個人的な「好き」や自分が「美しいと感じるもの」にこだわるのである。広く浅くではなく、狭く深く掘る。 

たしかに、「オタク」発祥の地である日本では、個々人の日本人にかんしては消費者としてのこだわりが強いのに、製品開発ということになると、どうも市場規模が比較的大きな国なので、量産思考の安全策をとりがちの傾向がある。これでは、とがった製品は生まれてくるハズがないではないか。 

製品開発にあたっては、日本人はもっと自分にこだわったほうがいい。それは、生き方の問題でもある自分の人生そのものと、仕事以外の趣味や教養がかかわってくる問題だ。 

2020年2月に出版されたこの本は、新型コロナ感染症(COVID-19)が猛威を振るう以前のことであった。コロナ下の2年間で、中小企業の経営が大きな影響を被っているだけでなく、世界的に消費者のマインドも変化している。この日本でも、消費者のあいだで「手作り志向」が復活する傾向がみられるようになってきた。 

消費者のマインドが変われば、ビジネスの世界も当然のことながら変化を受けることになる。「手作り志向」がどう製品開発に反映していくのか、させていくか、自分自身の問題として考えつづけていきたい。 




目 次
序章 意味を問う「メイド・イン・イタリー」 
第1部 「メイド・イン・イタリー」を再定義する
 第1章 「意味のイノベーション」という戦略的デザイン
 第2章 「アルティジャナーレ」が語ること
 第3章 世界における「メイド・イン・イタリー」の存在感
 *コラム1 「カシミアの帝王」はなぜ哲学書を読むのか? 
第2部 衣食住にみる「メイド・イン・イタリー」
 第4章 イタリアファッション産業の底力--紳士服とテキスタイル
 第5章 食のグローバルとローカル--プロセッコとスローフード
 第6章 日常空間を彩るモノたち--ファツィオリとモレスキン 
 *コラム2 審美眼は継承されるのか?
第3部 「メイド・イン・イタリー」のこれから
 第7章 スタートアップ企業は何を考えるか?--「テクノロジー」から「意味」へのシフト
 第8章 アルティジャーノ2.0--デジタルとモノのあいだで
 第9章 幼児教育が鍛える審美性--レッジョ・エミリア教育
 第10章 EUで磨かれる「メイド・イン・イタリー」--セラミックを介した文化交流
 *コラム3 三つ子の手遊び、百まで
終章 日本のビジネスパーソンが「メイド・イン・イタリー」から学べること
おわりにかえて

著者プロフィール
安西洋之(あんざい・ひろゆき)
モバイルクルーズ株式会社代表取締役。De-Tales Ltd.ディレクター。 日本の自動車メーカーで欧州自動車メーカーへのエンジンなどのOEM供給ビジネスを担当後、独立。1990年よりミラノと東京を拠点としたビジネスプランナーとして欧州とアジアの企業間提携の提案、商品企画や販売戦略等に多数参画している。また、2009年より海外市場攻略に役立つ異文化理解アプローチ「ローカリゼーションマップ」を考案して執筆・講演活動も行ってきたが、2017年にロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン』の監修に関与して以降、「ローカリゼーションマップと「意味のイノベーション」の融合を探索中。 
著書に、『世界の伸びている中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』、『イタリアで、福島は。』(以上、クロスメディア・パブリッシング)、『ヨーロッパの目、日本の目』(日本評論社)。共著に、『デザインの次に来るもの』(クロスメディア・パブリッシング)、『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか?』(日経BP社)。監修に、ベルガンティ『突破するデザイン』(日経BP社)。(amazonの書籍ページより)
 

<関連サイト>

・・「食品、インテリア、服・ファッション小物、ビューティなどのカテゴリーにおいて、イタリアの企業や職人によって生み出されたさまざまな商品をご紹介します。下記のカテゴリーより伝統的なイタリアの製法を堪能できる厳選された商品をご覧ください。 Amazonおよびイタリア貿易促進機構(Italian Trade Agency)は、イタリア製品の海外販売を支援しています。」

Explore a range of products made by Italian companies and artisans in Food, Home, Apparel and Beauty. Each item has been carefully selected for exemplifying traditional Italian manufacturing produce. Get started by browsing our categories below and discover the full range.

Qui potrai trovare prodotti realizzati in Italia rappresentativi del Made in Italy. Sfoglia le categorie in evidenza e le sezioni regionali che trovi di seguito per scoprire le tipicità del nostro territorio. Se vuoi sfogliare l’intera gamma di prodotti segnalati come Made in Italy dai nostri venditori puoi partire dalla barra di ricerca di questa pagina


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2022年1月29日土曜日

映画「ハウス・オブ・グッチ」の原作『ザ・ハウス・オブ・グッチ』(サラ・ゲイ・フォーディン、実川元子訳、講談社、2004)を読んでみた

 
先日(2022年1月17日)、日本で公開されて視聴してきた映画『ハウス・オブ・グッチ』の原作を読了。さすがに一気読みというわけにはいかず、1週間かけて読み終えた。 

原作のタイトルは、『ザ・ハウス・オブ・グッチ』(サラ・ゲイ・フォーディン、実川元子訳、講談社、2004)。購入したのは、1990年代に業務としてブランドマネジメントにかかわっていた経験をもっているからだが、読まないまま年月が過ぎ去っていた。せっかくの機会なので映画を見たあとに読んでみるとにした。  

著者は米国人ジャーナリストで、グッチをはじめとするファッションブランドビジネスと経済関連の記事を書いている人だという。なるほど、単行本で400ページを超えるノンフィクションだが、ビジネス関係者にも読ませるだけの内容と面白さがある。原著のタイトルは The House of Gucci: A Sensational Story of Murder, Madness, Glamour, and Greed である。

ファミリービジネスによるブランドビジネスが、金融自由化の波のなか、グローバルビジネス化するなかで資本市場との関係が強くなり、資本の論理で再編されポートフォリオ化されていったのは、1990年代から2000年代にかけてのことだ。

その代表的な存在がフランスの高級ブランドグループ LVMH(ルイ・ヴィトン・モエ・ヘネシー)であり、グッチもまたその流れのなかで LVMH と熾烈な競争を行うことになる。 

だが、これは原著出版の2000年に至るまでの話で、グッチ一族がグッチの所有と経営から離れて以降のことだ。あらたな経営者となったドメニコ・デ・ソーレと天才デザイナーのトム・フォードによるグッチ・ブランドの劇的な再生後の話である。2人とも映画の終わりのほうに登場する。 

  
米国で教育を受けたイタリア人弁護士の経営者と、米国人デザイナーによる、たぐいまれな経営チームが、古都フィレンツェに発するイタリアのファミリービジネスからの脱却に功を奏したわけだ。だから、単行本の帯はトム・フォードに言及しているのであろう。ちなみにこの2人は、2004年に退任している。

この事実は、ファミリー最後の経営者となったマウリツィオが、ビジョン構築能力と人を惹きつけてその気にさせるすぐれた能力をもちながらも、数字にもとづいた経営感覚を欠いており、そのための右腕となるべき「ナンバー2」を育てられなかった器量の狭さを裏書きしている。著者の分析は大いに納得させられるものがある。


この本は、そこに至るまでのフィレンツェにおけるグッチ創設から、ファミリービジネスとしての発展、そして経営主導権を握るためのファミリー内部の激しい抗争、そして創業者の孫で三代目のマウリツィオ・グッチが射殺されるまでが、全体の2/3を占めている。映画化されたのは、この部分である。 

この原作を読むと、映画版はレディ・ガガ演じるマウリツィオの妻で野心家のパトリツィアを軸にしたストーリとしてシナリオが作成され、事実関係が単純化されているだけでなく、かなり改変されていることがわかる。

原作にあって興味深いのは、グッチと日本との関係が消費者としてだけでなく、資金難に陥っていたマウリツィオに資金提供したのが、日本に亡命して実業家となったイタリア人極右活動家であったことだ。

なるほど、映画の最初に Inspired by the true story. と明記されているわけだ。日本語でいえば「実話に着想を得た」ということになろう。つまり、事実関係を押さえた原作のノンフィクションと映画は別物と考えたほうがいいということになる。 

映画を見てグッチ家のファミリービジネス破綻の道筋に関心をもった人は、原作も読んでその詳しい背景や事実を追ってみるのも意味あることだろう。映画も原作も、それぞれ興味深く面白い作品であった。

なお、品切れになっていた原作本は、今回の映画公開にあたって上下2冊でハヤカワ文庫から文庫化された。 




目 次
1. それは死から始まった
2. グッチ帝国
3. グッチ、アメリカに進出する
4. 若きグッチたちの反乱
5. 激化する家族のライバル争い
6. パオロの反撃
7. 勝者と敗者
8. マウリツィオ指揮権を握る
9. パートナー交替
10. アメリカ人たち
11. 裁かれる日
12. 二つの別れ
13. 借金の山
14. 贅沢な暮らし
15. 天国と地獄
16. グッチ再生
17. 逮捕
18. 裁判
19. 乗っ取り
20. エピローグ
訳者あとがき

著者プロフィール
フォーデン,サラ・ゲイ(Forden, Sara Gay)
ファッション・ジャーナリスト。『ウィメンズ・ウェア・デイリー』の特派記者を経て、イタリアの雑誌『ルナ』の編集長をつとめる。ミラノ在住(2004年の単行本出版当時の情報) 
Sara Gay Forden covered the Italian fashion industry from Milan for more than 15 years, chronicling the explosion of labels including Gucci, Armani, Versace, Prada and Ferragamo from family ateliers into mega brands. She is now based in Washington, D.C. with Bloomberg News, leading a team that covers lobbying and the challenges faced by big technology companies such as Amazon, Facebook and Google.(2021年版ペーパーバックの情報から) 
近年はワシントンDCに拠点を移して、ブルームバーグ・ニュースで GAFA 関連ニュースを追うチームを率いている、ようだ。



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2022年1月18日火曜日

映画『ハウス・オブ・グッチ』(House of GUCCI)を見てきた(2022年1月17日)ー グローバルビジネス化するファミリービジネスが資本の論理によって終焉していく愛憎ドラマ

 
 急に予定が空いたので、映画『ハウス・オブ・グッチ』(House of GUCCI)を見てきた。2021年製作の米国映画。リドリー・スコット監督の作品。

イタリアはミラノ発のファッション・ブランドのグッチ一族のファミリービジネスが、グローバルビジネス化するなか、異分子の侵入と資本の論理によってファミリー支配が終焉していく、1978年に始まる20年弱の愛憎劇。 

さすが巨匠リドリー・スコット監督の作品だけに、濃度の濃い愛憎劇と犯罪ものに仕立て上げられて大いに満足。158分が短く感じられた。昨年2021年に日本公開された『最後の決闘裁判』とあわせて、おなじ年に大作を2つも完成させる力量とエネルギーには脱帽だ。 


それにしても、主演のレディー・ガガの演技は見応えがある。グッチ家の御曹司を落として結婚に持ち込んだ女性、パワフルで上昇志向が強く、自分の欲望に忠実なアクの強い女性になりきって演じきっているからだ。イタリア系米国人のレディー・ガガのはまり役だろう。まんまイタリアのオバチャンそのもの。イタリアのオバチャンは、ほんま大阪のオバチャンそっくりやなあ、と(笑) 

セリフはすべて英語だが、発音はイタリア風アクセントでイタリアっぽさを演出。使用されているBGMの大半は、ヴェルディの『リゴレット』などイタリアオペラの名曲を使用。ファミリーをめぐる悲喜劇。そして悲劇的な結末。 


ただし、映画の内容は事実そのものではないようだ。映画の冒頭に inspired by the true story. と銘記してある。御曹司マウリツィオの妻であった当の本人のパトリツィアが、映画での描かれ方に、異議を申し立てているからだろう。この点は原作で確認してみたいところだ。 

職人の国イタリアの中小企業は、ファミリービジネスの成功例として日本でも大いに注目されていたことがあった。だが、その後、グローバル経済化で資本の論理に敗北していったケースが少なくない。グッチもまたそうだ。いまやグッチにはグッチ家の関係者は誰もいない。 

映画の最初で、いきなり御曹司の伯父さんを演じたアル・パチーノの日本語のセリフがでてくるのも驚きだ。1978年当時はバブル前夜。日本人がブランド品のお得意様だった時代でもある。まさに隔世の感でありますなあ・・。 

この映画は、エンタテインメント作品として楽しむのはもちろん、ファミリービジネスのあり方を考えるケーススタディとして見る。世襲という事業承継と株式による支配という、そのものずばりのテーマに注目する必要があるからだ。そんな見方があってもいいだろう。 




PS マウリツィオ・グッチが事業継承した1978年のイタリア社会

極左集団の「赤い旅団」による「モロ元首相誘拐事件」は、1978年のイタリアを震撼させた事件。また、1969年には極右による「フォンターナ広場爆弾事件」という大規模テロも発生している。イタリアの1970年代は「鉛の時代」と呼ばれている。きらびやかなブランド・ビジネスの世界と極左テロが同時に存在した1970年代イタリア。ちなみに、新旧世代間格差を描いたルキノ・ヴィスコンティの『家族の肖像』は、1974年の製作・公開である。


・・1978年の「モーロ元首相誘拐事件」をテーマにしたマルコ・ベロッキオ監督による『夜よ、こんにちは』(Buongiorno notte、2003年)についても言及。日独伊で極左テロが吹き荒れたが、イタリアだけが極左テロの終焉が長引いた


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・・合気道の合気会本部もまた男子直系相続で現在3代目

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2010年11月18日木曜日

書評『跡取り娘の経営学 (NB online books)』(白河桃子、日経BP社、2008)-「跡取り娘」たちが背負う日本の中小企業の未来




「跡取り娘」たちが背負う日本の中小企業の未来。彼女たちから元気をもらいたい

 日本全国の法人数は、国税庁のデータによれば約280万社、法人の数だけ社長がいると考えれば、そのうちの約1割を占めるのが女性経営者である。

 女性経営者のなかには、最近よく脚光を浴びているベンチャーの創業経営者もいるが、その多くはスモールビジネスの所有者であろう。

 また、配偶者の死によって事業を継いだオーナー経営者の未亡人や、父親の後を継いで経営者になったものもいる。本書に取り上げられた「跡取り娘」とは、この最後のタイプのことだ。

 人口減少傾向にともなう国内マーケットの縮小は、日本国内で事業活動を行う企業には等しくかかわってくる事業環境に大変化だが、とくに少子化の影響が大きく影響しているのが中小オーナー企業経営である。

 端的にいえば、後継者問題がネックになって廃業する中小企業が後を絶たないのだ。跡取り息子がいない、息子たちがいても事業を継ぎたくない、社内にも後継者が見つからない。こういった声はかつてから存在してきたが、このところ急速に顕在化してきている。

 そこに登場してきたのが本書でその一部が紹介された「跡取り娘」たちなのだ。娘たち自身が、中小オーナー企業の跡取りとして経営にあたっている。

 江戸時代以来、日本の商家では、息子がいてもあえて事業を継がせずに、娘婿をとって事業継承させることが行われてきた。しかしここでいう「跡取り娘」は、従来からある娘婿による跡取りではなく、経営者でもある父親の背中を見て育った娘たち自身が、跡取りとして、「看板」(ブランド)を背負い始めということだ。

 たとえ配偶者がいても、経営者として事業継承したのはあくまでも「跡取り娘」であって婿殿ではない。事業家の娘たちによる、新しい時代の中小オーナー企業経営の波が現れてきたのかもしれない。

 本書に取り上げられた「跡取り娘」たちは以下のとおりだ。目次に沿って掲載しておこう。肩書きは出版当時のもの(敬称略)。

第1章 産業再生跡取り娘
 ●ホッピービバレッジ 取締役副社長 石渡美奈(飲料製造販売)
 ●日本電鍍工業 代表取締役 伊藤麻美(金属メッキ加工)
 ●黄木コーポレーション 代表取締役 黄木綾子(老舗和風旅館)
第2章 跡取り娘のしなやか仕事術
 ●曙 代表取締役社長 細野佳代(和菓子製造販売)
 ●浅野屋 代表取締役社長 浅野まき(パン製造販売)
第3章 伝統文化の守り手として
 ●かめびし 常務取締役 岡田香佳苗(粉末醤油製造販売)
 ●清香園 盆栽家 山田香織(盆栽業)
 ●伊勢由 常務取締役 千谷美恵(呉服屋)
第4章 職人ニッポンの跡取り娘
 ●(株)タナカ シェフパティシエ 田中千尋(カフェ)
 ●京都・丹山酒造 清酒製造部 長谷川渚(酒造業)
 ●亀岡商会 常務取締役 亀岡幸子(ビル経営)
 ●伊藤ウロコ 専務取締役 伊藤嘉奈子(業務用長靴専門店)

 娘が後を継ぐというのは、意外というかやはりというか、オーナー経営者である父親にとっても、実はなかなかそう簡単にすんなりと決められるものではないようだ。

 ほんとうは継いで欲しいのだが、可愛い娘には苦労させたくないし、女性としての幸せも掴んで欲しい、そういった複雑な親心を知ってか知らずか、自分が継がなければ誰が守っていくのかという心意気に燃えた娘たちが後を継いでいるというわけなのだ。なかには、成功しているキャリアを捨ててまで家業を継いだ娘たちもいる。

 本書で紹介された12人のインタビューを行った著者が、最後に7項目にわたって「跡取り娘力」をまとめているので紹介しておこう。「バブル力」、「わがまま力」、「コミュニケーション力」、「「ムダ」力」、「姉妹力、婿取り力」、「よそ者力」、「「品格」美人力」。

 ここに見られるのは、仕事と遊びをつうじて家業以外の世界を幅広く知っている視野の広さや、経営者にとっては不可欠なコミュニケーション能力など、「跡取り娘」たちが、知らず知らずのうちに身につけていたチカラが、経営を継承するにあたっても大きく働いていることだ。

 日本ブランド再生の担い手でもある「跡取り娘」たち。ぜひ一読して、彼女たちから少しでも元気をもらいたいものだ。


<初出情報>

■bk1書評「「跡取り娘」たちが背負う日本の中小企業の未来。彼女たちから元気をもらいたい」投稿掲載(2010年11月17日)
■amazon書評「「跡取り娘」たちが背負う日本の中小企業の未来。彼女たちから元気をもらいたい」投稿掲載(2010年11月17日)



著者プロフィール

白河桃子(しらかわ・とうこ)

東京生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。少子化ジャーナリスト&ライター。『AERA』『日経ビジネスアソシエ』『プレジデント』、ほか女性誌に未婚、晩婚、少子化や恋愛、女性インタビュー等の記事を執筆。「丸の内OLのための少子化講座」主宰(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)



<書評への付記>

 目を日本から転じて東南アジアをみれば、華僑華人系のビジネスでは、娘が事業の全てあるいは一部を継ぐことはけっして珍しいことではない。

 たとえば、今年(2010年)8月に放映された NHKスペシャル「灼熱アジア 第1回 タイ“脱日入亜”日本企業の試練」でも大々的に取り上げられたサミットグループ、番組では登場場面は少なかったが、会長のソンポーン氏は創業経営者の未亡人だが、経営手腕を存分に発揮してタイでも有数の製造メーカーに育てあげた。
 また、タイ最大の富豪は象印のビール、ビア・チャーンを製造販売するタイ・ビヴァレッジの社長であるが、その娘は現在、グループの資産管理会社の社長を務めている

 これは、台湾でも香港でもシンガポールでも、タイでもマレーシアでも華人世界では当たり前となっている。

 また、欧米のビジネス界でも、男性雑誌のプレイボーイは創業社長の娘が継ぎ、国際的メディアグループでもマードックの娘が継ぐ可能性が高いといわれている。

 要は、能力があれば男女に関係なく後継者に指名するということだ。この点にかんしては、成功している起業家は実にシビアな選択を行っているというべきだろう。

 この点においては、日本はまだまだ発展途上国だ。だが、見方によっては、今後も「跡取り娘」が増えていくものと期待もされるわけであり、大いに期待したいものである。

 本書は「NBオンライン」での連載をまとめて一冊にしたもので、私は連載中から読んでいた。本書自体も出版されてすぐに読んだが、出版から2年後の現在にあえて紹介するのは、その価値があるからである。


<関連サイト>

「跡取り娘」の経営戦略・・本書のもとになった、「NBオンライン」の連載。NB とは日経ビジネスの略

町工場の“星”として活躍する女性経営者 諏訪貴子さん(ダイヤ精機株式会社代表取締役社長 )~「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2013」大賞受賞日本の製造業を支える町工場で数々の経営改革を断行中小製造業の“星”としてものづくりを次世代につなぐ(日経WOMANオンライン 2013年11月25日)

跡取り娘が家業救う 広い視野と経験、経営に生きる (日本経済新聞 2014年1月11日)


「本物の社長を連れてこい」と言われた日 日本電鍍工業社長 伊藤麻美さん(第1回) (インタビュアー:清野由美 日経ビジネスオンライン 2014年1月23日)
歯の神経が潰れるほど食いしばった日々 日本電鍍工業社長 伊藤麻美さん(第2回) (日経ビジネスオンライン 2014年1月30日)
社員と生き残るために「海外に出ない」 日本電鍍工業社長 伊藤麻美さん(第3回) (日経ビジネスオンライン 2014年2月6日)
「子供は放っておけば育つ」とあなたも思いますか 日本電鍍工業社長 伊藤麻美さん(第4回) (日経ビジネスオンライン 2014年2月13日)

・・本書でとりあげられた女性経営者を別のインタビュアーが話を引き出す

シリーズ 星野佳路と考えるファミリービジネス 
「家族経営」が日本を支えている (星野佳路、日経ビジネスオンライン、2014年2月13日)

「私がやります」 帰ってきた跡取り娘 東横イン 黒田麻衣子社長(前編) (日経トップリーダー、2016年12月8日)
跡取り娘、救世主になる 東横イン 黒田麻衣子社長(後編) (日経トップリーダー、2016年12月9日)

(2016年12月9日 情報追加)


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「世襲」という 「事業承継」 はけっして容易ではない-それは「権力」をめぐる「覚悟」と「納得」と「信頼」の問題だ!

書評 『日本の血脈』(石井妙子、文春文庫、2013)-「血脈」には明治維新以来の日本近代史が凝縮

書評 『ホッピーで HAPPY ! -ヤンチャ娘が跡取り社長になるまで-』(石渡美奈、文春文庫、2010 単行本初版 2007)

書評 『仕事ができる人の心得』(小山昇、阪急コミュニケーションズ、2001)

書評 『挫折力-一流になれる50の思考・行動術-』(冨山和彦、PHPビジネス新書、2011)

書評 『富の王国 ロスチャイルド』(池内 紀、東洋経済新報社、2008)-エッセイストでドイツ文学者による『物語 ロスチャイルド家の歴史』

(2014年2月13日 項目新設)




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2010年2月14日日曜日

バレンタイン・デーに本の贈り物 『大正十五年のバレンタイン-日本でチョコレートをつくった V.F.モロゾフ物語-』(川又一英、PHP、1984)




 ロシア革命による亡命者モロゾフ(MOROZOFF)一家の、日本での苦闘と定着の物語。

 この一家は、副題にいい尽くされているように、1926年(大正15年)神戸ではじめてチョコレートを作って販売した。事業創業(起業)と商標権喪失にともなう再創業、そして再建の物語でもある。
 
 このファミリーの歴史がいかに波瀾万丈で、苦闘の連続であったかといえば、ハルビンに脱出した後、日本を経由して親戚を頼って米国のシアトルに渡ったが生活を再建できず、再び日本に戻って東京でやり直そうとしたが関東大震災の発生で横浜に上陸は不可能、仕方なく神戸に上陸し、ここで腹を括って人生の再建に取り組んだことにあらわれている。

 所持金は全部で3,000円、当時は月給100円でそれなりの裕福な暮らしができたようなので、現在に換算すればかなりの額ではあるが、そのままでは一家の生計で食いつぶしてしまう。その前になんとか所持金を元手に、確実にカネになる事業に踏み込まなくてはならない。

 一家の家長である「無国籍の亡命者」フョードルにとっては、雇用してくれる先などあるわけがないのだから、起業はまさに死活問題であったわけだ。

 横浜と並んで、日本ではもっとも早く洋風化が始まった神戸であるが、ここで目をつけたのが洋菓子、なかでも高級チョコレートの製造と販売であった。当時の日本では、チョコレートといえば駄菓子程度のものしかなく、ここに商機ありと見てとったのだが、これが正解だったわけだ。

 そして1926年(大正15年)に開業、ハルビンからロシア人の洋菓子職人を呼び寄せ、息子のワレンティンには15歳で菓子職人の道を選ばせた。後ろ盾も国籍もない異国の地で始めた洋菓子の製造販売は軌道にのり、神戸だけでなく東京にも販路を拡大し、日本での定着は成功したかにみえた。

 しかし、異国の地での苦労はそれでは終わらない。なんと、事業拡大のための設備投資の資金調達のため増資し、共同経営者となった人から裏切られ、商標権をめぐる訴訟に敗れた結果、ブランドであったファミリーネームの「モロゾフ」が使えなくなり、1941年「コスモポリタン」(Cosmopolitan)という名前で再出発することとなった。商標の重要性について身をもって知ることとなったわけである。したがって、現在のモロゾフ製菓と創業者であるモロゾフ一家の関係はない。

 この経緯については、本書で詳しく語られているが、日本語が不自由で無国籍者のモロゾフとの契約をうまく利用し、契約を楯にとって創業家を事業から追い出したといっても、いい過ぎではないだろう。

 法治国家である以上、契約書記載事項をめぐる訴訟の結果であるから仕方がないといえば仕方がないのだが、しかし信頼していたパートナーから裏切られたことは、どれだけ創業者一家には精神的にもダメージになったことだろうか。

 とはいえ、他方では全面的に支援してくれた人たちもいたわけである。戦後の再建ももちろん顧客を含めた支持者たちのおかげであったことはいうまでもない。

 セ・ラ・ヴィ、人生というものはこういうものか。チョコレートの味は甘く、人生の味は苦い。そんな気持ちにもさせられるモロゾフ一家の物語である。

 1984年に出版されたこの物語は、戦後のモロゾフ商標をめぐる別の訴訟(・・酒類における商標権)での勝訴で終わっているのだが、権利を守っただけでなく、ファミリーネームとそれにまつわる名誉を守ることができたのであった。

 
 本書の内容に付け加えると、「コスモポリタン」は、このブログで紹介したメリー・チョコレート・カムパニーと並んで、日本でバレンタイン・デーにチョコレートを贈る習慣をはじめたといわれている。「恵方巻き」なんて、関西出身なのにウチではやったことがない!-「創られた伝統」についての考察-参照。

 1983年の出版当時60歳台であった店主のワレンティン(Valentine)は、英語で言えばバレンタインである。日本に定住してからも終生「無国籍」のままだったという。彼は祖国の帝政ロシアに強い愛着をもち、ソ連の国籍も取得せず、また日本国籍も取らなかった。国籍変更によって名前を日本風に変えるのは祖国とのつながりを断ってしまう行為に思えたからだという。

 「無国籍」状態がいかに大変なことかは、台湾人家庭に生まれだが1972年の日中国交回復により親の方針で国籍放棄した結果無籍であった陳天璽が無国籍』(新潮社、2005)で詳述しているが、不便きわまりないものであるだけでなく、アイデンティティに直結する問題であることがわかる。

 神戸は本書の出版後、阪神大震災によって壊滅的打撃を受けたが、洋菓子産業は復興後の神戸で元気な産業の一つとなっていることは、洋菓子の経営学-「神戸スウィーツ」に学ぶ地場産業育成の戦略-』(森元伸枝、加護野忠男=解説、プレジデント社、2009)で扱われている。「経営学」と名乗るような内容の本ではないが、職人養成と独立の仕組みについては面白い記述のある本である。

 しかし、「コスモポリタン」は2006年に業績不振を理由に自主廃業したという。近代的な経営を志向して成功した「モロゾフ製菓」と大きく分かれた運命。これは経営上のものであるから、「コスモポリタン」の経営方針と経営能力の問題といっていいだろう。時代の変化について行けなかったのだろうか。

 神戸では同じく白系ロシア人亡命者の創業になる「ゴンチャロフ製菓」があるが、こちらは現在でも健在である。

 白系ロシア人といえばこのほか、野球選手として巨人でピッチャーであった V.スタルヒンについては、娘のナターシャ・スタルヒンが白球に栄光と夢をのせて-わが父V.スタルヒン物語-』(ベースボールマガジン社、1979)で描いているがこの本は絶版。また、バレエ教師として数々の日本人バレリーナを育成したエリアナ・パブロワという人もいる。瀕死の白鳥-亡命者エリアナ・パブロバの生涯-』(大野芳、新潮社、1999)にまとめられている。

 異国で人生を再建せざるを得なくなった人たちの物語は、絶望的な状況のなかでも道を切り開いていった人たちの物語であり、読めば勇気がわいてくる。


 なお、大正十五年のバレンタイン-日本でチョコレートをつくった V.F.モロゾフ物語-は、文庫化されることもなく、絶版のままである。ぜひ何らかの形で復刊を期待したい。できれば文庫版として。後日談を含めて再刊ということは期待できないのだろうか・・・

 しかし、早稲田文学部露文科出身の作家、ロシアものや正教ものの作品を多数執筆した著者の川又一英はすでに亡くなっている。ニッカウヰスキーの創業者・竹鶴政孝の生涯を描いたヒゲのウヰスキー誕生す』(新潮社、1982)は文庫化されたが、こちらも品切れ状態なのは実に残念。

 悪書は良書を駆逐する。良書の命は短し、か。






◆復刊ドットコムにて投票を!
復刊リクエスト投票 No.49299 大正十五年の聖バレンタイン-日本でチョコレートをつくったV・F・モロゾフ物語


◆ついでにこの本も紹介。
 ウチの社長は外国人-成功起業家10人のサムライ精神-』(大宮知信、祥伝社新書、2005)
 カンボジア難民含めて総勢10人の起業家が取り上げられている。いつの時代でも異国でがんばる外国人たちがいるのだ。さまざまな人生があり、さまざまなスタイルの起業がある。
 さらに日本と日本人の心理的バリアが小さくなれば、もっと外国人が来日して起業して雇用を作りだしてくれるだろう。外国にでていって起業する日本人もいれば、外国からやってきて日本で起業する外国人もいる。
 出入りの多い、風通しのよい日本であることもまた、日本の将来を明るくすることであろう。







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