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2024年9月20日金曜日

「岩倉使節団」の記録である『米欧回覧実記』で「南北戦争」終結から7年後のアメリカ社会を知る

 

調べ物のために、ひさびさに『米欧回覧実記』を引っ張り出してきて、パラパラやっている。

『米欧回覧実記』は、1871年(明治3年)から1年10ヶ月にわたって米国と欧州を訪問し、実地検分を行った「岩倉使節団」の公式記録である。執筆を担当したのは、佐賀藩出身の久米邦武。  

正式なタイトルは『特命全権大使 米欧回覧実記』である。「岩倉使節団」の「特命全権大使」が500円札の岩倉具視だったからそうなっているわけだ。 

「副使」は、木戸孝允、大久保利通、伊藤博文に山口尚芳。和服でチョンマゲに革という(!)という、いちど見たら絶対に忘れない岩倉具視を中心にした集合写真で有名だ。 


(左から木戸孝允、山口尚芳、岩倉具視、伊藤博文、大久保利通 Wikipediaより)


主目的であった「条約改正交渉」は不成功に終わったが、西洋近代文明のエッセンスを調査しつくした「岩倉使節団」の歴史的意義はきわめて大きい。 

『米欧回覧実記』は、なによりも豊富に挿入されたリアルな銅版画がビジュアル的に見ていて楽しい。 


(華盛頓の合衆国国会堂ほか 岩波文庫版より)


描かれているのは名所旧跡や自然だけでなく、鉄道や学校や工場などもある。使節団は手分けして精力的に訪問しており、貪欲なまでに知識を吸収しようとした明治人の意気込みが感じられる。「何でもみてやろう」の明治維新版というべきか。 

『米欧回覧実記』は全部で5巻のうち、第1巻が米国にあてられている。第2巻は英国、第3巻から第5巻までが欧州大陸の大国と小国である。 

使節団は、東回りでまず西海岸のサンフランシスコから上陸し、大陸を横断して東海岸へ移動、米国だけで9ヶ月を過ごしている。英国は4ヶ月、残りの大陸諸国は9ヶ月である。 

「岩倉使節団」について調べているうちに、使節団がワシントンにあるハワード大学(Howard University)も訪問していることを英文資料で知った。黒人のハーバードとよばれる名門校で、2024年大統領選に出馬している民主党の大統領候補カマラ・ハリス氏も卒業生の一人である。 

参考までに「第11巻 華盛頓府ノ記 上」の記述を引用しておこう。(*岩波文庫版の第1巻 P.213) 1872年2月17日(旧暦)のことである。ちなみに日本が太陽暦に切り替わったのは、1872年11月9日のことである。 


○一二時三十分ヨリ、更ニ黒人学校ニ至ル、先年南北ノ戦ハ、黒人ノ軛(くびき)ヲトクノ論ヨリ、モツレテ大戦争トナリ、4年ノ間血ヲ流セシニ、遂ニ平定シ、始メテ黒人モ他ト同ク自主ヲ得タレトモ、従来牛馬ノ如ク苦役シ、人間交際ヲ知ラヌ、椎魯(ついろ)ノ民ニシテ、今ニナリテモ白皙(はくせき)人ハ、自然之ト歯スルヲ恥ル風ナリ、故ニ黒人ノ公学校ヲ興シ、白人同様ニ教育ヲ受ケシムレトモ、猶其校ヲ異ニセリ、(・・・後略・・・) 


1977年出版された岩波文庫版は、こんな風に「漢字カナまじり文」でじつに読みにくい。40年以上前に購入しながら、現在にいたるまで通読していないのはそのためだ(・・単なる怠惰というべきか)。 

だが幸いなことに、慶應義塾大学出版会から現代語訳が出版されており、しかも2008年には新書サイズの普及版もでているので、大いに助かっている。しかも、注釈つきで、原文の間違いも指摘されているのはありがたい。別巻の索引は役に立つ。 

先日、ようやくトクヴィルの『アメリカのデモクラシー』(1832年)を通読したのだが、わが日本の『米欧回覧実記』(1877年)は、その40年後のアメリカ社会の生きた記録となっている。

岩倉使節団が訪れたのは「明治維新」(1868年)から3年後、「南北戦争」の終結(1865年)からから7年後のことであった。ようや米国社会が落ちつきはじめた頃であり、当時の米国大統領はグラント、南北戦争で北軍を勝利に導いた将軍であった。 

フランス革命後の混乱する政治状況のなか、デモクラシーのあるべき姿とその限界を1830年代初頭のアメリカに見たフランス貴族の政治思想家トクヴィル。 


ともに外国人の目でアメリカ社会を観察した『アメリカのデモクラシー』と『米欧回覧実記』は、日本では「南北戦争」とよばれる大規模な「内戦」(The Civil War:1861~1865)の「ビフォア&アフター」として読むことも可能だな、と、気がついた。 

今後も『米欧回覧実記』を最初から最後まで通読することは、なさそうな気がするが、レファレンスとしては大いに活用していきたいと思っている。もちろん、現代語訳版はできれば通読したいとは思っているのだが・・・ 


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2024年7月15日月曜日

書評『アメリカは内戦に向かうのか』(バーバラ・F・ウォルター、井坂康志訳、東洋経済新報社、2023)― 「民主主義」が休息に弱体化しつつあるアメリカは内戦の瀬戸際にある

 

昨日(2024年7月14日 現地は13日午後6時過ぎ)、大統領選挙遊説中で選挙集会で演説していたトランプ元大統領が狙撃され、右耳の上部を負傷し流血するという事件が発生した。暗殺未遂事件である。  

あと1~2センチずれていたら、弾丸はアタマを貫通し即死していただろう。プロンプトの原稿を見るために少し首を傾けたから軽傷で済んだのだ。トランプ氏は、じつに強運の人物である。 奇跡的としかいいようがない。

ここで仮定(What-if)について考えなくてはならない。もし仮に、トランプ氏が狙撃によって即死し、しかも狙撃犯が「有色人種」だったら・・・

内戦の引き金になっていた可能性は高い。歴史が変わった瞬間となった可能性は否定できない。その意味においても、胸をなでおろすしかない。 


(8月5日付けのTIME誌の表紙に決定した「決定的写真」)


いまこそ、この本を読むタイミングがやってきたと思い、『アメリカは内戦に向かうのか』(バーバラ・F・ウォルター、井坂康志訳、東洋経済新報社、2023)を読むことにした。 

原題は、How Civil War Start : And How To Stop Them である。「内戦」(Civil war)はいかにして起こるのか、そしていかにして回避するのかをテーマに研究している国際安全保障の専門家による警鐘本である。  

「アメリカの内戦」を想起させるような日本語タイトルだが、全体で8章のうち、アメリカに焦点を絞って論じているのは、第6章から最後の8章までである。前半は、第二次大戦後に世界各地で発生してきた「内戦」について記述している。 


■民主主義の弱体化、あるいは専制体制のほころびが問題である

本書のキーコンセプトは「アノクラシー」(anocracy)である。アノクラシーとは聞き慣れないコトバだが、民主主義と専制体制の中間領域のことを指している政治学用語だ*。中文では「無支配体制」と訳されている。

*  「アノクラシー」(Anocracy)については、英語は当然のことだが、wikipedia項目に日本語版がないには日本人の問題意識が低いことを意味しているのだろうか。「無支配體制」と題して中文繁体字があるのは、台湾では関心が高いことを意味しているのだろう。


内戦にかんするデータ分析の結果、わかってきたことは、意外なことに一般常識に反するものかもしれない。 

民主主義が健全に機能しているときだけでなく、専制体制が確立している状態でも内戦は発生しないのである。

民主主義が弱体化し、あるいは専制体制にほころびが見えてくると、内戦の可能性が高まってくるのだ。それがアノクラシーである。

ティトー死後のユーゴスラヴィアも、サッダーム・フセイン体制崩壊後のイラクも、国軍によるクーデター後のミャンマーも、いずれもアノクラシーに陥った結果、激しい内戦状態となっている。先進国の人間にとっても、けっして他人事と考えないほうがいい。 


(米国で2024年4月に公開された映画『Civil War』(シビル・ウォー=内戦))





■内戦の引き金になるのは「分断」よりも「派閥」

また、著者は「分断」そのものが問題だとはしていない。むしろ問題なのは「派閥」(faction)の存在だ。 ただし、こここでいう「派閥」は、日本の自民党の派閥を連想してはいけない。

選挙によって多数派が支配する民主主義体制のもとでは、少数派とくに土着の存在だが少数派に転落してしまった人たちの希望が打ち砕かれたとき、暴力的に問題を解決する方向に向かいやすい。 

転落した少数派が民兵(ミリシア)を組織し、過激化して暴力的にテロやゲリラ戦に打って出るとき、内乱や内戦に発展していく。 外国勢力を呼び込んだとき、その可能性が高まることは言うまでもない。

日本語のタイトルに「南北戦争」がでてくるので誤解しやすいが、「南北戦争」はアメリカでは The Civil War という。大文字で始まる「内戦」のことだ。 

「南北戦争」すなわち「1860年代前半の内戦」(The Civil War)では地理的に南北が分断されたが、現在の分断は地理的な分断ではない

現在の「分断」は、「1960年代の公民権運動」(Civil Rights Movement)以来の分断状況だと著者は認識しているが、先にも見たように分断そのものが内戦に発展するわけではないとしている。 

現在アメリカで希望を打ち砕かれた少数派とは、白人貧困層である。白人至上主義者たちが組織する民兵が暴力的なテロやゲリラ戦に打って出たとき、内戦の危険性が一気に高まることになる。 

著者は、その兆候は1990年代から顕在化してきたという。そして、2013年以降アメリカは「アノクラシー」化しているのだ、と。 民主主義が急速に弱体化しつつあるのだ。

アメリカでは、JFKやリンカーンなど過去4人の大統領が暗殺されている。今回のトランプ氏の暗殺未遂の前にも、レーガン大統領が狙撃され負傷している。 ところが驚くべきことに、日本では憲政史上7人も首相が暗殺されているのだ。

戦後は、1970年代の極左テロがあったものの、内戦もクーデターもなかった日本だが、1995年にはオウム真理教による政府転覆計画が未遂に終わっている。

つい2年前には、安倍元首相が暗殺されている。 けっしてアメリカの状況を対岸の火事と考えるべきではない。内戦を引き起こす理由がなにか、認識していかなくてはならない、

また、なぜアパルトヘイト体制末期の南アフリカで内戦が回避できたのか、その理由について考えることも重要だ。


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目 次
日本語版へのメッセージ 
序章 今、内戦の時代が始まろうとしている 
第1章 アノクラシー 魔の中間地帯 
第2章 暴動の発火点 
第3章 「格下げ」がもたらす悪夢 
第4章 希望が死ぬとき 
第5章 暴動増幅装置 SNSの罠 
第6章 足元に忍び寄る不吉な影 
第7章 内戦 真実の姿 
第8章 内戦を阻むために今なすべきこと 
原注 

著者プロフィール
バーバラ・F. ウォルター(Barbara F. Walter) 
カリフォルニア大学サンディエゴ校政治学教授。シカゴ大学政治学M.A. および Ph.D. 取得。国際安全保障の権威であり、内戦、非通常型暴力、交渉と紛争に重点を置いている。本書は、『フィナンシャル・タイムズ』『サンデー・タイムズ』『エスクァイア』の2022年ベストブックに選ばれている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


(Is America at Risk of a Civil War?  National Press Foundation 2022年10月11日アップ)


<関連サイト>


(2024年7月24日 項目新設)


<ブログ内関連記事>

・・「憲法に規定された理念先行国家と実際のズレ」が「性と暴力の特異性」として顕在化している

・・「社会の底辺層で、出口なしの状態で鬱屈している男たちのルサンチマンを解放するクラブ、それがファイト・クラブだ。(・・・中略・・・) 物欲を否定したシンプルな世界への指向性。たしかに、これは21世紀以降の若者の意識の動きを先取りしたものであるかもしれない。描かれているのは暴力的世界であり、ある種の暴力革命への指向性でもあるのだが。」






(2024年7月27日 情報追加)


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2022年7月25日月曜日

ジェームズ・M・バーダマン氏の「ディープサウスもの」を読む ― 南部出身のアメリカ人の視点で書かれたアメリカ南部



「アメリカ南部」関連の本をまとめて読んだ。あらためて南部テネシー州出身のエルヴィス・プレスリーについて、幅広いコンテクストで考えてみたいと思ったからだ。 

ジェームズ・M・バーダマンという人がいる。早稲田大学で教鞭をとられていたようだが、南部のなかでも「深南部」とよばれる「ディープサウス」のテネシー州に生まれ育った人だ。

名字のつづりは Vadaman だから、ほんとうはヴァーダマンとすべきなのだろう。だが、本人がバーダマンで通しているので、この表記に従うことにする。




その人の本を5冊まとめて読んだ。 読んだ順番では以下のようになる。 


『ふたつのアメリカ史ー南部から見た真実のアメリカ 改訂版』(ジェームズ・M・バーダマン、東京書籍、2003) 
『アメリカ南部ー大国の内なる異境』(ジェームズ・M・バーダマン、森本豊富訳、講談社現代新書、1995) 
『ロックを生んだアメリカ南部ールーツ・ミュージックの文化的背景』(ジェームズ・M・バーダマン/村田薫、NHKブックス、2006) 
『ミシシッピ=アメリカを生んだ大河』(ジェームズ・M・バーダマン、井出野浩貴訳、講談社選書メチエ、2005) 
『わが心のディープサウス』(ジェームズ・M・バーダマン=文、スティーブ・ガードナー=写真、森本豊富訳、河出書房新社、2004) 

出版された際に購入したものの読んでなかった本や、あらたに取り寄せて読んだ本もある。どうやら、現在ではいずれも品切れのようだ。 すばらしい内容の本ばかりなので(・・ただし、似たテーマなのでそれぞれ重複はある)、残念なことだ。


■南部の視点に立ったオルタナティブ・ヒストリー

このななかから、これはとくにすばらしいという本を2冊ピックアップしておこう。 





どうしても西海岸も東海岸も含めて「北部」の視点でみがちだが、19世紀半ばの「南北戦争」(The Civil War:内戦)で「敗者」となった「南部」の視点で見ると、異なるアメリカが浮かび上がってくるのを知ることになる。 

日本人は、ヤンキー(yankee)とは、北部人のことであることを、しっかりとアタマに刻み込んでおかねばならない。 

アメリカで「負け組」となったのは、先住民だけでなく南部もまたそうだったのである。その南部において、さらに苦難の道を強いられたのが黒人であることは言うまでもない。 

長きにわたって発展から取り残されてきた南部だが、1929年の「大恐慌」後の「ニューディール政策」がキッカケになって、発展の道を進んでいくことになる。現在では、南部への人口移動も起こっており、ずいぶん状況は変化しつつある。 

大東亜戦争によって「敗者」となった日本と、なんだか似ているような気がしないでもない。そんな「敗者」の視点から南部を見る必要もあると思う。


目 次
序 
1 <植民地アメリカ>への道 
2 ふたつの国家
3 南北戦争
4 新しい南部
5 アメリカの「平等」
6 現在の南部・北部
7 南部人と北部人
註 参考文献  あとがき


■アメリカ音楽の大半は南部から生まれた





ルイジアナ州ニューオーリンズ生まれのジャズ
、おなじくミシシッピ川流域のデルタ地帯から生まれた黒人音楽のR&B(=リズム&ブルース)教会音楽のゴスペル(・・黒人教会のものだけでなく、白人教会のゴスペルもある)、そしてアパラチア山脈から生まれた白人音楽のカントリー。 

R&Bとゴスペルに起源をもつのがロックンロールだ。エルヴィス・プレスリーは、まさに豊穣な黒人音楽の土壌との接点から生まれてきたのである。 

シカゴを舞台にしたコメディ映画で音楽映画でもある『ブルーズ・ブラザーズ』(1980年)は、まさにそのコンピレーションといってもいい。シカゴが黒人音楽の一つの中心であることの意味も、わかってくる。

シカゴは、ミシシッピ川の上流域に近い大都市だ。この点にかんしては『ミシシッピ=アメリカを生んだ大河』を読むとよくわかる。20世紀前半の黒人の南部から北部への大移動(=グレート・マイグレーション)は、ミシシッピ川を北上するのルートであった。

このように、アメリカ音楽のルーツが、ほぼディープサウスやアパラチア山脈に集中していることが説得力をもって記述されている。


目 次 
プロローグ すべてはふたりのキングから生まれた
第1章 黒人音楽はエルヴィスの中に焦点を結んだ
第2章 ブルースマンの悲痛な叫び ー ミシシッピー・デルタの混淆から
第3章 都市をゆりかごに生まれたジャズ ー ニューオリンズの坩堝から
第4章 ゴスペル 魂の高揚 ー 信仰と教会、そしてアフリカの匂い
第5章 カントリーの故郷はどこか ー オールドアメリカへの郷愁
エピローグ 都市という荒野で歌うディラン
参考文献一覧   参考CD、DVD選   
あとがき


今回とりあげた2冊は、とくにすばらしい内容なので、ぜひ文庫版などの形で復刊すべきだろう。日本人のアメリカ認識を大いに拡大してくれることになるはずだ。 

わたし自身は、西海岸のカリフォルニア州北部と東海岸のニューヨーク州で暮らしたことはあるが、南部とくにディープサウスは、ニューオーリンズやアトランタなど、旅行や出張などの機会に訪れたに過ぎない。

ちなみに映画『JFK』は、舞台がニューオーリンズであることは先日はじめて知った。 ニューオーリンズは、ハリケーン・カトリーナ(2005年)で壊滅的打撃を受けたことは記憶にあたらしい。どこまで復興したのだろうか・・・。 


***

PS 2022年のミシシッピ川は、洪水どころか干上がってしまっているらしい。水位が大幅に下がって、沈没船が姿を見せたりしていると報道されている。世界中で水不足が懸念されている事態だが、こんなことは想像もされなかったことだ。(2022年11月13日 記す)



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