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2024年8月31日土曜日

アメリカ建国250年を目前にしたいま、あえてトクヴィルの古典的名著『アメリカのデモクラシー』(1835年/1840年)を読んでみた(2024年8月)

 

先日のことだが、アレクシ・ドゥ・トクヴィルの『アメリカのデモクラシー』を読了した。1ヶ月ほど前のことになる。部分的な引用はよく目にするが、全体を通しで読んだことがなかったのだ。

「読まなくては・・」という投稿を SNS の ことしの7月にFB にしてから、ちまちまと読み続けて1ヶ月かかったわけだ。読み飛ばすわけにはいかない重要なことが書かれているからだ。

購入してから10年以上も積ん読のままになっていたが、さすがに「2024年米国大統領選」が接戦状況となって、急速に面白くなってきたこの機会に読んでしまわないと、つぎはまた4年後(!)になってしまうからね。 

自分で口に出して宣言(?)して、自分で自分を追い込みでもしない限り、こういう古典的著作はなかなか読まないものだ。 




■なぜフランス革命後に生まれた若きフランス貴族がアメリカを視察したのか?

さて、岩波文庫版で4冊ある『アメリカのデモクラシー』だが、「第一巻」(上・下)と「第二巻」(上・下)で構成されている。原著にかんしては、前者は1835年の出版で、後者は1840年の出版である。 

「フランス革命」後に生まれた若き貴族であるアレクシ・ドゥ・トクヴィル(1805~1859)は、法学を修めたのち共和制の政府のもとで判事となる


(トクヴィルが45歳のときの肖像画 Wikipediaより)


1830年の「7月革命」でルイ・フィリップの王政が始まってから、公務員として新体制への宣誓を余儀なくされる。内心ではそれがいやだったが、なんとか口実をつくってアメリカ調査旅行を実現させた。

アメリカの監獄制度の調査旅行を企画したのである。公務での海外出張の許可を得て、盟友とともにアメリカに渡って9ヶ月にわたって精力的に視察を行った。1830年のことだ。 

その公務による海外出張の副産物が、1835年に出版された『アメリカのデモクラシー』(De La Démocratie en Amérique)なのである。当然のことながら原文はフランス語である。

もちろん、公務出張なので「アメリカの監獄制度」の調査報告書も如才なく提出しているとのことだ。 

とはいえ、本来は副産物であった『アメリカのデモクラシー』こそ、トクヴィルがほんとうは書きたかったもので、「第一巻」は一気呵成に数ヶ月で書き上げたという。 だからこそ、読んでいて若き著者の情熱や意気込みが感じとることができるわけだ。

『アメリカのデモクラシー』はフランスではベストセラーになり、その後、英語にも翻訳されることになる。 

内容にかんしては、古典的名著なのでこまごまと紹介する意味はないだろう。わたしなりに簡単に感想を書いておきたい。 


■法実務家による「アメリカのデモクラシー」の制度面の分析

1835年に出版された「第一巻」を一貫しているのは、「アメリカのデモクラシー」の制度面にかんする分析が、法律実務家の立場から、実地の観察と文献をもとに詳細に行われていることである。 

「共和制で連邦国家」というのが「アメリカという国のかたち」(constitution)であり、これが1776年の建国から13年後の1889年に制定された「アメリカ合衆国憲法」(Constitution of the United States)に規定されている。 

この点にかんしては、トクヴィルの時代からすでに200年近い追い現在、建国からまもなく250年になるアメリカだが、環境変化に応じて「修正条項」(Amedments)が追加されているとはいえ、「憲法」つまり「国のかたち」(Constitution)にはいっさい変更はない。根幹部分に変化はないのである。これはきわめて例外的なことかもしれない。

日本では State を「州」と訳すのでわかりにくいが、 State は「国家」を意味することばである。だから、United States とは「連合国家」であり、「合衆国」というよりも「合州国」と訳したほうが実態に近い

異なる表現をつかえば、 Federation(連邦)となる。 個々の State と Federation の関係は、日本人にはなかなかわかりにくいかもしれない。明治維新後の「中央集権」体制のもとにある、日本の都道府県と中央政府の関係とは違うのである。1776年の建国以来、米国においては State と Federation のコンフリクトは小さくない。

後者の Federation中心 の立場を代表する「連邦主義者」が、アレクサンダー・ハミルトンやマディソンに代表される論客たちで、かれらが精力的に執筆した『ザ・フェデラリスト』である。ちなみに、明治憲法の生みの親である伊藤博文は、英語版の『アメリカのデモクラシー』と『フェデラリスト』(こちらはもちろん英語)をつねに座右において熟読していたという。*

*津田梅子は、米国留学した6歳の時点から伊藤博文の物心両面にわたる庇護を受けてきたが、ハルビンでの暗殺後に書いた追悼文(英語)で、米国から帰国後のことであるが、トクヴィルの英語訳を示されて読むとよい、とサジェスチョンを受けたと回想している。




だからこそ、State と Federation の関係について詳細に記述しているトクヴィルの『アメリカのデモクラシー』は、いまなお読む意味があるといえる。

一般市民の日々の暮らしに密接にかかわる地方自治は、「州」レベルの領域であり、さらにいえば「タウン」という小単位まで降りてこないといけない。

「連邦」レベルの話は、外交や軍事、そして徴税にかかわるものだ。 日本でもよく知られているFBI(=Federal Bureau of Investigation)は、あくまでも連邦レベルの法執行機関である。

徴税は連邦政府の所管事項であるが、「付加価値税」(≓ 消費税)は個々の「州」レベルの話であり、州ごとに税率が異なるのである。*

*わたしはニューヨーク州に住んでいたが、ニューヨーク市の税率は、ニューヨーク州のその他の地域よりも高く設定されていた。 

トクヴィルは、アメリカで「相続税」が導入されていることを特筆している。

世襲制への対抗措置としての相続税は、現在の日本人には当たり前すぎて読み飛ばしてしまうだろうが、タイ王国のようにいまだに相続税が導入されていない国や、香港のようにいったん導入されたがその後廃止された地域があることを知っていれば、トクヴィルの驚きも理解されようというものだ。

このほか、読んでいてわたしが強い印象を受けたのは、「アメリカのデモクラシー」を草の根レベルで支えているのが「陪審制」(jury system)の存在であり、とくに「民事での陪審制」のもつ意味が大きいという指摘だ。 

その心はなにかというと、一般市民の義務である「陪審員」として裁判に参加することが、権利と義務の関係を知り、デモクラシーがいかに機能しているかを学ぶことになるからだ。それも身近なテーマである「民事」であればなおさら、ということになる。 


「デモクラシー」はアメリカ人の生活と思想にいかなる影響を与えているか?

1840年に出版された「第二巻」は、「第一巻」とは違って、「アメリカのデモクラシー」がアメリカ人の生活と思想にいかなる影響を与えているかについて、個別のテーマごとに考察が行われているが、さすがに現在では当てはまらない話も多い。 

1830年代当時、州の数は34に増えていたが、大規模な内戦となった「南北戦争」(1861~1865)の前の話であり、しかも20世紀にアメリカも参戦した2つの「世界大戦」の前であり、さらには本土がはじめて攻撃された2001年の「9・11」の前の話であるからだ。

とはいえ、なかなか鋭い考察だなと思われる事項もあった。 たとえば、「なぜアメリカはビジネス文明なのか」についての分析や、「アメリカ女性の自立性」など興味深いテーマもある。 

なかでも、「デモクラシー体制の軍隊はなぜ緒戦では弱いが、戦争が長引くと強くなっていくか」についての分析など、なるほどとうならされるものがある。トクヴィルの時代からすれば、はるか後世のことであるが、第二次世界大戦における「日米戦争」の推移を見れば、大いに納得がいくものだ。

トクヴィルについては、「デモクラシー」についての思想家で「社会学の元祖」の一人という扱いがなされているが、まずなによりもアメリカ理解のための基礎文献として読むのが、もっとも素直な読み方だと思う。 

もちろん、トクヴィル以後の200年で何が変わったのか、何が変わっていないのかについて、考える材料として捉えることが必要である。 

書けば長々となってしまうので、ここらへんでやめておくが、下手な解説書を読むより、いきなり本編に取り組んだほうがいいと思う。 

というのは、古典とされている本は、時間の試練を経ても生き残っているから古典なのである。それをどう読むかは読者次第であり、著者との対話をつうじて得るものが個々人で異なるのは、当然といえば当然なのだ。 

『アメリカのデモクラシー』は、2020年代の現在でも読む価値はある。そう確信した次第だ。 

岩波文庫版は、意外と日本語訳の訳文も読みやすいので、アメリカを制度面から理解するために、「第一巻」くらいは、ぜひ読んでおくといいと思う。ただし、日本語版に索引がないのが、玉に瑕なのので、自分で線引きするなり、付箋をつけたりするしかない。


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目 次
第一巻(1835年)
 序文
 第一部
  第1章 北アメリカの地形
  第2章 出発点について、またそれがイギリス系アメリカ人の将来に対してもつ重要性について
  第3章 イギリス系アメリカ人の社会状態
  第4章 アメリカの人民主権原理について
  第5章 連邦政府について語る前に個々の州の事情を研究する必要性
  第6章 合衆国の政治裁判について
  第7章 連邦憲法について
 第二部
  第1章 合衆国では人民が統治するとまさしく言える事情
  第2章 合衆国の政党について
  第3章 合衆国における出版の自由について
  第4章 合衆国の政治的結社について
  第5章 アメリカの民主政治について
  第6章 アメリカ社会が民主政治から引き出す真の利益は何か
  第7章 合衆国における多数の全能とその帰結について
  第8章 合衆国で多数の暴政を和らげているものについて
  第9章 合衆国で民主的共和制の維持に役立っている主な原因について
  第10章 合衆国の国土に住む3つの人種の現状と予想されるその将来にかんする若干の考察

第二巻(1840年)
 序言
 第一部 デモクラシーが合衆国における知的活動に及ぼす影響
  第1章~第21章(*詳細は省略)
 第二部 デモクラシーがアメリカ人の感情に及ぼす影響
  第1章~第20章(*詳細は省略)
 第三部 デモクラシーが固有の意味の習俗に及ぼす影響
  第1章~第26章(*詳細は省略)
 第四部 民主的な観念と感情が政治社会に及ぼす影響について
  第1章~第7章(*詳細は省略)
  第8章 主題の概観


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・・フランス人のトクヴィルが渡米したのは1830年代前半。その100年の1930年代の米国でウィーン出身の社会生態学者ドラッカーが考察したこと

・・「この映画のもう一人の主人公である「合衆国憲法」、とくに「権利章典」ともいわれる「合衆国憲法修正10カ条」(1791年制定)が大きな存在感を示す。合衆国憲法には、「人権」について定めた「権利章典」が欠けていたので、「修正」(Ammendments)という形で付加された。(・・・中略・・・)
「銃規制」については、一般市民による銃器所有を正当化する根拠となるのが「合衆国憲法修正第2条」である。つまり「銃器の所持と携帯」は「武装権」であり「自衛権」であり、米国人の認識においては「人権」なのである。「基本的人権」なのである。
(・・・中略・・・)そしてこの映画は、いきなり「修正第5条」から始まる。主人公がロビー活動において非合法な手段を用いて倫理違反を行ったのではないかという件にかんする上院の公聴会で、主人公は委員長の質問のすべてについて「修正第5条」をたてに証言を拒む。」

・・「スノーデン氏自身、「合衆国憲法」への思い入れが強く、とくに「憲法修正第4条」の「不当な逮捕・捜索・押収の禁止、安易な礼状発行の禁止」へのこだわりが、NSAによる通信監視の実態を暴露する動機になったようだ。」

・・「軍法会議であっても「陪審制」である。ただし、陪審員が現役の海兵隊将校たちであることは、軍法会議ならではといえよう。」



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2024年7月15日月曜日

書評『アメリカは内戦に向かうのか』(バーバラ・F・ウォルター、井坂康志訳、東洋経済新報社、2023)― 「民主主義」が休息に弱体化しつつあるアメリカは内戦の瀬戸際にある

 

昨日(2024年7月14日 現地は13日午後6時過ぎ)、大統領選挙遊説中で選挙集会で演説していたトランプ元大統領が狙撃され、右耳の上部を負傷し流血するという事件が発生した。暗殺未遂事件である。  

あと1~2センチずれていたら、弾丸はアタマを貫通し即死していただろう。プロンプトの原稿を見るために少し首を傾けたから軽傷で済んだのだ。トランプ氏は、じつに強運の人物である。 奇跡的としかいいようがない。

ここで仮定(What-if)について考えなくてはならない。もし仮に、トランプ氏が狙撃によって即死し、しかも狙撃犯が「有色人種」だったら・・・

内戦の引き金になっていた可能性は高い。歴史が変わった瞬間となった可能性は否定できない。その意味においても、胸をなでおろすしかない。 


(8月5日付けのTIME誌の表紙に決定した「決定的写真」)


いまこそ、この本を読むタイミングがやってきたと思い、『アメリカは内戦に向かうのか』(バーバラ・F・ウォルター、井坂康志訳、東洋経済新報社、2023)を読むことにした。 

原題は、How Civil War Start : And How To Stop Them である。「内戦」(Civil war)はいかにして起こるのか、そしていかにして回避するのかをテーマに研究している国際安全保障の専門家による警鐘本である。  

「アメリカの内戦」を想起させるような日本語タイトルだが、全体で8章のうち、アメリカに焦点を絞って論じているのは、第6章から最後の8章までである。前半は、第二次大戦後に世界各地で発生してきた「内戦」について記述している。 


■民主主義の弱体化、あるいは専制体制のほころびが問題である

本書のキーコンセプトは「アノクラシー」(anocracy)である。アノクラシーとは聞き慣れないコトバだが、民主主義と専制体制の中間領域のことを指している政治学用語だ*。中文では「無支配体制」と訳されている。

*  「アノクラシー」(Anocracy)については、英語は当然のことだが、wikipedia項目に日本語版がないには日本人の問題意識が低いことを意味しているのだろうか。「無支配體制」と題して中文繁体字があるのは、台湾では関心が高いことを意味しているのだろう。


内戦にかんするデータ分析の結果、わかってきたことは、意外なことに一般常識に反するものかもしれない。 

民主主義が健全に機能しているときだけでなく、専制体制が確立している状態でも内戦は発生しないのである。

民主主義が弱体化し、あるいは専制体制にほころびが見えてくると、内戦の可能性が高まってくるのだ。それがアノクラシーである。

ティトー死後のユーゴスラヴィアも、サッダーム・フセイン体制崩壊後のイラクも、国軍によるクーデター後のミャンマーも、いずれもアノクラシーに陥った結果、激しい内戦状態となっている。先進国の人間にとっても、けっして他人事と考えないほうがいい。 


(米国で2024年4月に公開された映画『Civil War』(シビル・ウォー=内戦))





■内戦の引き金になるのは「分断」よりも「派閥」

また、著者は「分断」そのものが問題だとはしていない。むしろ問題なのは「派閥」(faction)の存在だ。 ただし、こここでいう「派閥」は、日本の自民党の派閥を連想してはいけない。

選挙によって多数派が支配する民主主義体制のもとでは、少数派とくに土着の存在だが少数派に転落してしまった人たちの希望が打ち砕かれたとき、暴力的に問題を解決する方向に向かいやすい。 

転落した少数派が民兵(ミリシア)を組織し、過激化して暴力的にテロやゲリラ戦に打って出るとき、内乱や内戦に発展していく。 外国勢力を呼び込んだとき、その可能性が高まることは言うまでもない。

日本語のタイトルに「南北戦争」がでてくるので誤解しやすいが、「南北戦争」はアメリカでは The Civil War という。大文字で始まる「内戦」のことだ。 

「南北戦争」すなわち「1860年代前半の内戦」(The Civil War)では地理的に南北が分断されたが、現在の分断は地理的な分断ではない

現在の「分断」は、「1960年代の公民権運動」(Civil Rights Movement)以来の分断状況だと著者は認識しているが、先にも見たように分断そのものが内戦に発展するわけではないとしている。 

現在アメリカで希望を打ち砕かれた少数派とは、白人貧困層である。白人至上主義者たちが組織する民兵が暴力的なテロやゲリラ戦に打って出たとき、内戦の危険性が一気に高まることになる。 

著者は、その兆候は1990年代から顕在化してきたという。そして、2013年以降アメリカは「アノクラシー」化しているのだ、と。 民主主義が急速に弱体化しつつあるのだ。

アメリカでは、JFKやリンカーンなど過去4人の大統領が暗殺されている。今回のトランプ氏の暗殺未遂の前にも、レーガン大統領が狙撃され負傷している。 ところが驚くべきことに、日本では憲政史上7人も首相が暗殺されているのだ。

戦後は、1970年代の極左テロがあったものの、内戦もクーデターもなかった日本だが、1995年にはオウム真理教による政府転覆計画が未遂に終わっている。

つい2年前には、安倍元首相が暗殺されている。 けっしてアメリカの状況を対岸の火事と考えるべきではない。内戦を引き起こす理由がなにか、認識していかなくてはならない、

また、なぜアパルトヘイト体制末期の南アフリカで内戦が回避できたのか、その理由について考えることも重要だ。


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目 次
日本語版へのメッセージ 
序章 今、内戦の時代が始まろうとしている 
第1章 アノクラシー 魔の中間地帯 
第2章 暴動の発火点 
第3章 「格下げ」がもたらす悪夢 
第4章 希望が死ぬとき 
第5章 暴動増幅装置 SNSの罠 
第6章 足元に忍び寄る不吉な影 
第7章 内戦 真実の姿 
第8章 内戦を阻むために今なすべきこと 
原注 

著者プロフィール
バーバラ・F. ウォルター(Barbara F. Walter) 
カリフォルニア大学サンディエゴ校政治学教授。シカゴ大学政治学M.A. および Ph.D. 取得。国際安全保障の権威であり、内戦、非通常型暴力、交渉と紛争に重点を置いている。本書は、『フィナンシャル・タイムズ』『サンデー・タイムズ』『エスクァイア』の2022年ベストブックに選ばれている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


(Is America at Risk of a Civil War?  National Press Foundation 2022年10月11日アップ)


<関連サイト>


(2024年7月24日 項目新設)


<ブログ内関連記事>

・・「憲法に規定された理念先行国家と実際のズレ」が「性と暴力の特異性」として顕在化している

・・「社会の底辺層で、出口なしの状態で鬱屈している男たちのルサンチマンを解放するクラブ、それがファイト・クラブだ。(・・・中略・・・) 物欲を否定したシンプルな世界への指向性。たしかに、これは21世紀以降の若者の意識の動きを先取りしたものであるかもしれない。描かれているのは暴力的世界であり、ある種の暴力革命への指向性でもあるのだが。」






(2024年7月27日 情報追加)


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2024年6月28日金曜日

民主主義が危機的状況にあると語られるいまこそ、「アメリカン・デモクラシー」を理解するためにトクヴィルの『アメリカのデモクラシー』を読まなくてならないと思う今日この頃(2024年6月28日)

 

世界中の民主主義国で民主主義が危機的状況にあると語られることが多くなっている。その震源地とされるのがトランプのアメリカだ。 

むかし中学生の頃だったろうか、語呂合わせで英単語を覚えたとき、民主主義を意味する「デモクラシー」(democracy)は「でも暮らしいい」と覚えたものだ(笑) だからこそ、デモクラシーの理念と実態は維持しなくてはならない。

それはさておき、もともとギリシア語の「デモス」(=人民)と「クラシア」(=権力)の合成語であることからもわかるように、民主主義は愚民主義に堕してしまう危険を秘めている。実際に1930年代にナチス支配を生み出したワイマール共和国という前例がある。 





90分の大統領選ディベートを最初から視聴したが、バイデンの老人ぶりが際だった印象が強い。4年後のアメリカを指導しているバイデンを想像するのは難しい。もちろん、トランプの発言と内容には問題も多いが、力強さは感じられた「見た目は9割」である。




最終的にどちらが勝つことになろうと、大統領選における投票権をもたない日本国民は蚊帳の外ではあるが、民主主義国だけでなく、世界全体に与える影響はきわめつきに大きいので、注視せざるをえないのである。 

そんな「アメリカン・デモクラシー」であるが、1776年の独立革命から半世紀をへた1830年、調査旅行でアメリカを訪問し、詳細なレポートを製作したフランス人がいる。

アレクシー・ド・トクヴィルである。フランス革命後に生きたフランス貴族として、先行する民主主義国アメリカを研究したのであった。 

アメリカを知るための必読書とされるのが、トクヴィルの『アメリカのデモクラシー』である。1835年に第1部、1840年に第2部がフランスで出版されている。  

この本は、さまざまな分析に引用されるので断片的に読んではいるが、わたしもまた、まとまった形では読んだことがない。「読まれざる古典」といえようか。 

とはいえ、日々の出来事を追っていくだけでは見えてこないものがある。気合い入れて読まなくてはならないと思って10年前に購入したのだが、そのまま積ん読化して、いまだに通読していない岩波文庫版の4冊本。 

そろそろ、腰を据えて読まなくてはならないと思っているきょうこの頃だ。 


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2023年8月10日木曜日

書評『政治はケンカだ 明石市長の12年』(泉房穂、聞き手=鮫島浩、講談社、2023)ー 「民主主義」はけっして死んだわけでない。政治改革は国政レベルではなく、草の根の地方からの再生が可能だ!

 
『政治はケンカだ 明石市長の12年』(泉房穂、聞き手=鮫島浩、講談社、2023)。 いまもっとも「熱い男」が元明石市長の泉房穂氏。

暴言発言でバッシングされたものの、証臣民からの絶大な支持を受けて再選、3期12年にわたる明石市長の職を終えてからは、Twitter(現在はX)や YouTube など、ネットを中心に露出も増えている。

帯にあるように「議会、政党、宗教団体、市役所職員、マスコミ・・・」と戦ってきた12年を熱く語る。 

YouTube で関西弁のマシンガントークによるナマの声を視聴することは可能だが、あらためて活字になった内容を読むと、元明石市長の戦いの内容とその原点がよく理解できる。 音声メディアと活字メディアの違いである。編集を経た活字の力は大いにある。

マスコミや知識階層の人間は、やたら「民主主義の危機」とか「民主主義が死につつある」とか、まことしやかに口にしたがるが、民主主義はけっして死んだわけでない。政治改革は国政レベルではなく、草の根の地方からの再生が可能である。 そのことを実感させてくれる。

そのことを身を以て立証してきた元明石市長の戦いを陰ながら、心から応援したい。 




著者プロフィール
泉房穂(いずみ・ふさほ)
1963年、兵庫県明石市二見町生まれ。県立明石西高校、東京大学教育学部卒業。NHK、テレビ朝日でディレクターを務めた後、石井紘基氏の秘書を経て、1997年に弁護士資格を取得。2003年に民主党から出馬し衆議院議員に。2011年5月から2023年4月まで明石市長。「5つの無料化」に代表される子ども施策のほか、高齢者・障害者福祉などにも注力し、市の人口、出生数、税収をそれぞれ伸ばして「明石モデル」と注目された。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


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2023年4月10日月曜日

「民主主義国家」を守るため投票にいく(2023年4月9日)ー 「権威主義国家」が世界を支配するのを阻止しなくてはならない


世界はいま「民主主義国家」と「権威主義国家」の2つに分断されつつある。 

わが母国の日本は「民主主義国家」である。それは言うまでもないことだ。 とはいえ、現在の「選挙制度」に問題があることは重々承知している。 

とくに人口弱者となっている若年層にとって、大いに不利な制度になっていることは、『22世紀の民主主義』における成田悠輔氏の指摘を待つまでもない。 

だからわたしは、若い人たちに有利になるような政策を掲げた、若い候補者に投票することにしている。それは中高年の義務というべきであろう。ささやかながら「利他行為」だと思っている。 

誰に投票したかは言わないが、とにかく投票はしてきた。 本日のように「風薫る5月」のような陽気だといいが、雨降りだと足は重くなる。いい加減にネット投票を実現していただきたい。 

そんな政策を掲げて、情熱をもって実行しようという候補者はおらんのか?


PS 翌日、選挙結果で投票した候補が当選したことを知った。めでたし、めでたし。


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2022年11月23日水曜日

書評 『22世紀の民主主義ー選挙はアルゴリズムになり、政治家はネコになる』(SBI新書、2022)ー きわめて真っ当な議論であり、しかも穏当な結論だ

 
ことし2022年の7月頃だが、経済学とデータ科学の境界領域を専門にしているイエール大学の成田裕輔氏が語る内容が本質をついており、しかもかなり特異なキャラとあいまって面白いので、出演番組を YouTube で見まくっていた。 

その際に購入しておいて『22世紀の民主主義』(SBI新書、2022)を、11月になってからようやく通読してみた。7月に amazon で購入したした際にはまだ2刷だったが、現在(2022年11月)の時点では、なんと20万部超えのベストセラーだという。

副題は「選挙はアルゴリズムになり、政治家はネコになる」。これだけ見ると、ふざけた印象がなくもないが、発想は健全であり内容はじつにまっとうだ。 

21世紀になってから顕著になってきたのが、資本主義と乖離していく民主主義であり、劣化して機能不全状態の民主主義である。経済成長と民主主義のあいだには相関関係がないだけでなく、因果関係もないことがデータ分析によってわかってしまったのだ。

本書では、まずは理路整然と現在の民主主義の診断を踏まえて選挙制度の本質を分析し、テクノロジーがもたらした激変する環境のなかで、民主主義制度の根幹とされてきた選挙制度の代替となる仕組みを考察している。 

その結論を1行でいってしまえば「選挙はアルゴリズムになり、政治家はネコになる」となるわけだが、最初から読んでみると、論を進めるにあたって国内外の豊富な事例が集められており、それを読むだけでも興味深い。もちろん、本質的な議論が展開されており読み応えがある。 

わたしもそうだが、そもそもリアルの政治にはそれほど関心はないし、生臭い政治家の世界にはほとんどなんの共感も感じないので、成田氏の分析と提言には大いに賛同する。

面倒くさいことがきらいなのは人間の性(さが)なので、機械にできることには機械にやってもらえばいい機械が行うのは入力と出力であり、その機械を動かすのがアルゴリズムである。そのアルゴリズムがブラックボックス化していなければいいいのである。

そもそも、複雑化する一方の社会では、それこそ無数のイシューが発生するわけであり、人間である政治家がすべてのイシュー理解し、それらに対応することなど不可能なのであり、したがってそう化投げれば、選挙によって政治家を選ぶという現行の制度にはムリがあるのは当然だ。どんなイシューであれ、是々非々で対応するのが筋というものだろう。

 成田氏も、結論として「政治家はネコでよい」といっているだけで、「アルゴリズムですべてが完結する」とまでは言ってない。その意味では、穏当な見解だというべきではないか。一読の価値はある本である。 



目 次
A. はじめに断言したいこと 
B. 要約 
C. はじめに言い訳しておきたいこと 
第1章 故障 
第2章 闘争 
 政治家をいじる
 メディアをいじる 
 選挙をいじる
 UI/UX(ユーザーインターフェース)をいじる 
第3章 逃走 
第4章 構想 
 選挙なしの民主主義に向けて 
 民主主義とはデータの変換である 
 アルゴリズムで民主主義を自動化する 
 不完全な萌芽 
 政治家不要論 
おわりに:異常を普通に 
脚注

著者プロフィール
成田裕輔(なりた・ゆうすけ)
夜はアメリカでイェール大学助教授、昼は日本で半熟仮想株式会社代表。専門は、データ・アルゴリズム・ポエムを使ったビジネスと公共政策の想像とデザイン。ウェブビジネスから教育・医療政策まで幅広い社会課題解決に取り組み、企業や自治体と共同研究・事業を行う。混沌とした表現スタイルを求めて、報道・討論・バラエティ・お笑いなど多様なテレビ・YouTube番組の企画や出演にも関わる。1986年生まれ。東京大学卒業(最優等卒業論文に与えられる大内兵衛賞受賞)、マサチューセッツ工科大学(MIT)にてPh.D.取得。一橋大学客員准教授、スタンフォード大学客員助教授、東京大学招聘研究員、独立行政法人経済産業研究所客員研究員などを兼歴任。内閣総理大臣賞・オープンイノベーション大賞・MITテクノロジーレビュー Innovators under 35 Japan、KDDI Foundation Award 貢献賞など受賞。(amazon著者紹介に加筆)


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