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2023年12月1日金曜日

キッシンジャーが100歳で死去(2023年11月30日)― 「巨星墜つ」といいたいところだが、激動の現代史を生き抜いたこの「怪物」が「媚中嫌日」であったことを日本人は記憶に刻みつけるべきだ

 (ジョン・ベルーシによるキッシンジャー博士の形態模写 SNLの動画をスクショ)


キッシンジャーが亡くなった。享年100歳。まさに大往生である。まずはご冥福を祈りたい。

「巨星墜つ」といいたいところだが、おどろくべき「知的怪物」であったというべきであろう。これは賞賛でもあり、否定的なニュアンスも込めている。

ヘンリー・キッシンジャー(1923~2023)は、ドイツ生まれ。ナチスが台頭するなか、1938年に両親とともに米国に移住している。ドイツ系ユダヤ人であった。大戦中はドイツ語能力が買われて、米軍のためにドイツ語通訳を行っている。

ハーバード大学教授を経て、共和党のニクソン政権とフォード政権で国務長官を歴任、リアリズム(現実主義)の政治理論にもとづいて米国の外交政策を主導した件については、のちほど触れることにする。

つい昨年(2022年)には、ロシアによるウクライナ侵攻で始まった「ウクライナ戦争」の「出口戦略」を示したことが記憶にあたらしい。なんと99歳(!)でダボス会議で発言しているのである。背中が曲がった背の低い老人は、魔法使いというか、妖怪(グノーム)を連想させるものがあった。

ウクライナは、領土を割譲してロシアと講和せよという提言が、ウクライナだけでなく、国際的に猛反発を食らっている。「現実主義」(リアリズム)の立場からの提言とはいえ、時期尚早に過ぎたというべきだろう。いや、その上から目線による内容が問題なのだ。

だが、この発言によって、米国だろうがロシアだろうが、「勢力均衡」の観点から、「大国」がすべてを決定するという思考方法の欠点が露呈したといっていいだろう。

「現実主義」とはいっても、内容的には「現実追認」にしか過ぎず、大国にとって都合のいい現実を「あるべき姿」とする、ある種の「イデオロギー」の産物に過ぎないのである。



■「中国共産党の代理人」としてのキッシンジャー

おそらく、今後数ヶ月にわたって、国際政治学の関係者たちが、礼賛をまじえた追悼文をつぎからつぎへと、こぞって発表することとだろう。

「勢力均衡論」(バランス・オブ・パワー Balance of power)の代表的理論家であり、「レアルポリティーク(Realpolitik:現実政治主義)の国際政治理論として。ニクソン政権の国務長官として、ベトナム戦争の終結に奔走したこともまた。

とはいえ、そのために長年にわたって敵対してきた中国共産党と手を結び、中華民国(=台湾)を切り捨てたことを記憶しておかねばならない。

ベトナム戦争終結目的で中国共産党の力を借りるため、1971年に「忍者外交」で日本の頭越しに中国を極秘訪問したことは、当時は小学生であったわたしですら知っているほど有名だった。

このニクソン=キッシンジャー外交に焦った日本の田中角栄首相が、1972年には米国を出し抜いて「日中国交回復」を実現している。キッシンジャーにとっては許しがたいことであったことは容易に想像がつく。

米国が中国共産党を正式に認め「米中国交回復」が実現たのは、カーター政権になってからのことで、なんと1979年であった。

ニクソンが「ウォーターゲート事件」で退任後も、フォード政権で国務長官を務めているが、退任後には「キッシンジャー・アソシエイツ」を設立している。各国の政治家とのあいだに構築した強力なコネをカネに変えるビジネスに乗り出したわけだ。

ところが、国際政治の専門家以外から見れば、キッシンジャーは「媚中嫌日」以外のなにものでもない。中国共産党との密接なキッシンジャーのビジネスは、まさに「中国共産党の代理人」としか言いようのないものでもあった。「政商」であったというべきだろう。

日本を嫌っていたことは、公然たる事実である。「嫌日」とはそのことだ。日本嫌いである。ドイツ出身のユダヤ系だけに、そもそも第二次世界大戦でドイツと同盟を組んだ日本を嫌っていたのかもしれない。


在日米軍は日本の防衛のためではなく、日本がふたたび軍事大国として台頭しないよう、日本という魔神を「ビン」のなかに閉じ込めて、在日米軍で「ふた」をしているのだ、というレトリックだ。

キッシンジャーという人物がいかなる類いの人間であったか、如実に示しているといえないか。

ただし、その後に民主党のカーター大統領のもとで国務長官をつとめたポーランド出身のブレジンスキーもまた日本嫌いであったことは、公平を期すために記しておく必要がある。



■キッシンジャーの「ドイツ語なまりの英語」

閑話休題。キッシンジャーといえば、天才コメディアンであったジョン・ベルーシによる物まねであろう。

キッシンジャーは米国の国務長官であったため、米国では「超」のつく有名人であった。

であるがゆえに、物まねの対象になっている。黒縁メガネでドイツ語なまりの英語をしゃべる男として、形態模写しやすかったからでもあろう。

ニューヨーク発のTV番組「サタデー・ナイト・ライブ」(SNL)の Baba Wawa at Large - SNL  である。

 


TVトークショーのホストであるババ・ワワ(Baba Wawa)が、ベルーシ演じる国務長官のキッシンジャーをインタビューするという設定のシチュエーション・コメディだ。1976年の作品である。

ババ・ワワ(Baba Wawa)とは、バーバラ・ウォルターズ(Barbara Walters)のことだ。英語の発音を極端にデフォルメすると前者のように聞こえなくもないということ。

バーバラ・ウォルターズといっても、もはや過去の人であろうが、当時は「超」のつく有名人であった。2022年に93歳で亡くなっているが、日本で訃報が報じられたかどうか定かではない。


(同上)


ドイツ生まれのユダヤ系で、米国移住は15歳のときだったキッシンジャーだが、その後40年近く米国で生きてきたにもかかわらず、ドイツ語なまりの英語をしゃべりつづけていた。

そのドイツ語なまりの英語が、天才コメディアンであったベルーシの物まねのネタになったというわけだ。

わざとなまった英語をしゃべっていたという説もあるが、ベルーシ演じるキッシンジャーは、「ドイツ語なまりでしゃべると、ユダヤ人であることを忘れるから」という話にして笑いをとっている。はたして真相はどうなのだろうか?

ちなみに、バーバラ・ウォルターズもロシアからのユダヤ系移民の娘。映画だけでなく新聞雑誌やTVなどメディアの世界も、米国ではユダヤ系が多い。


■「知的巨人」というよりも「知的怪物」

 100歳で死去というと、おなじくユダヤ系であったフランスの文化人類学者クロード・レヴィ=ストロースもそうだったな。レヴィ=ストロースは、2009年に100歳で亡くなっている。

ベルギー生まれでフランス語で思考したレヴィ=ストロースは、ブラジルでのフィールドワークをもとにした『悲しき熱帯』の著者として知られているが、『野生の思考』という著書で知られるように、かつて一世を風靡した「構造主義」の旗頭の一人であり、「知的巨人」であったといっても過言ではない。

ドイツ系ユダヤ人で英語圏で活動したキッシンジャーもまた「生涯現役」を貫いた「知的巨人」ではあった。だが、むしろ「知的怪物」であったと言うべきだろう。

キッシンジャーの功罪は、功績面もさることながら、米国も含めた国際社会に与えた罪が大きいということだ。

毀誉褒貶(きよほうへん)あいなかばするキッシンジャーについては、国際政治学者などによるポジショントーク的な礼賛一方の評価ではなく、バランスのとれた辛口の評価が必要である。

日本人の立場から見た、日本人のためのキッシンジャー伝を期待したい。




<関連サイト>

Henry Kissinger - Secrets of a superpower | DW Documentary(2009年製作のドキュメンタリー 90分)
・・ベトナム戦争中のキッシンジャーの数々の悪業を暴き、功罪両面から迫ったドキュメンタリー。キッシンジャーにもインタビューを行っている。DW(ドイッチェ・ヴェレ)のオリジナル作品


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2019年7月28日日曜日

書評『評伝 小室直樹 上・下』(村上篤直、ミネルヴァ書房、2018)― かつて小室直樹という桁外れの知的巨人がいた



小室直樹という桁外れのスケールの学者の「評伝」を読了した。『評伝 小室直樹 上-学問と酒と猫を愛した過激な天才』と『評伝 小室直樹 下-現実はやがて私に追いつくであろう』の2巻本である。

著者は村上篤直氏。出版社は京都のミネルヴァ書房。 活字は大きく、文体も行替えの多い小室直樹の一般向け書籍風であるとはいえ、注を除いた総ページ数が上下2巻で1200ページ超という大著である。これまた桁外れだ。よくこんな本が出版できたものだ。 

小室直樹氏は、2010年に78歳で亡くなっている。それからすでに9年たつ。真っ当だが、やや過激な内容であった一般向け書籍の多くが絶版となっているが、晩年に出版された「原論もの」の単行本は、現在でもロングセラーであり続けている。 

高校時代に『ソビエト帝国の崩壊』(カッパビジネス、1980)を読んで以来、数学を基礎にして社会科学の全分野を網羅した、小室直樹という桁外れの学者の大きな影響を受けてきた。社会科学のすべての分野を自家薬籠中のもとして、快刀乱麻の如く現実を斬ってみせる、その鮮やかさはわかりやすく、しかもきわめて痛快だ。 

そして小室直樹氏自身、この1冊で運命が大転換してしまったようだ。学問と酒とネコ以外関心がないという奇人変人が、48歳を期にマスコミの寵児となってしまったからだ。それについては、本書の下巻の内容となる。 

『危機の構造』(ダイヤモンド社、1976)こそ、「アノミー論」に代表される、小室直樹氏の方法論について書かれた代表作ともいうべき本(*)なのだが、学者や研究者に注目されたこの本は、その世界を超えて一般に受け入れられることはなかった。

(*注:この投稿の<付録> これこそ名著! ぜひ復刊を望みたい を参照)

とはいえ、大学でのポストを獲得することはできなかった。規格外の怪物は、制度のなかに安住する大学人からは嫌われていたからだ。 

だが、ベストセラー作家となったことで、社会科学の分野でノーベル賞をとる!という誇大妄想気味な最初の志は全うできなかった。 

悔いなき人生だったのかどうかは、外部からは伺い知るよしもない。内面の葛藤が、心身をむしばんでいったのかもしれない。

貧乏だが意気軒昂の上巻とくらべて、下巻の内容は、なんだか痛々しいという印象を感ぜざるを得ない。『ソビエト帝国の崩壊』以降の一般読者にとっては、知りたい内容が満載で、その点では大いに満足することになる内容ではあるのだが。 

上下2巻のこの大著は労作である。よくぞここまで資料を収集し、関係をたずね回って調べ上げたものだなあ、と。その成果が惜しみなく投入されている大著。著者自身の人生にとって、一度も直接会ったことのない小室直樹という存在が、いかに大きなものになっていたのである。 


■小室直樹の方法論は「帰納法」ではなく徹底した「演繹法」

だが、ふつうこれくらいボリュームのある本を読了したときは、読みごたえありという感想をもつのだが、どうもそういう感じがわいてこない。それはなぜかについて考えていた。 

結論というわけではないが、一つは小室直樹氏の弟子筋にあたる人たちとは、自分があまりにもテイストが違いすぎるということにある。正直いって生理的に合わないということである。この人たちが祭り上げる存在としての小室直樹には距離を取りたくなる。 

もっと本質的なことは、小室直樹という大学者が、理論にしか関心をもっておらず、実証にはまったく関心がなかったという点が確認できたことにある。事実から出発する方法論ではないのだ。 

比較するのもおこがましいが、私自身とはまったく資質が違う。高校時代に「演繹法」と「帰納法」の違いについて知ったが、森羅万象すべてに関心のあった自分は、「帰納法」だなと確信した。現実から理論を引き出す方向性。 

ビジネスパーソンには人気のあった小室直樹氏だが、現実世界そのものであるビジネスの世界に、どっぷりと浸かっていた私のような人間とは資質が違いすぎることを感じてしまう。 小室直樹氏の業績が独創的かと言われれば、かならずしもそうでないと言わざるを得ないのは、方法論の性格に起因している。

小室直樹氏の方法論とは、理論を徹底的に鍛え上げて、その理論によるフレームワークで現実を解析するという絵に描いたような演繹法だ。 だから、「原論」的な書籍での切れ味はきわめて良い。スパっと切れるのは、雑多な現実を捨象してしまうからである。

社会変動の理論を打ち出そうと奮闘した小室直樹氏の生涯だが、演繹法には限界があることが明らかになっているのが、21世紀の現在の状況である。前提そのものが崩れつつある現状では、小室直樹氏の方法論にはムリがあると、感じないわけないわけにはいかないのである。合理的思考法の限界か。小室直樹の「亜流」が精彩を欠くのはそのためだ。

だが、繰り返しになるが、憲法や宗教、数学など『日本人のための●●』がタイトルがついた「原論もの」は、まだしばらくは生命を保ち続けるだろう。これほど明解に「原理」そのものを説明してくれる解説書は、ほかに例がないからだ。演繹法の強みである。

フレームワークで理解することの意味がそこにある。こういった形の書籍を残せた理由は下巻で語られている。配偶者となった元編集者の貢献は大きい。


■合理主義を支えた非合理な熱情

個人的には、本書の最大の貢献は、京大から阪大にかけての学問形成期の小室直樹氏の、学問とは別の天皇主義者としての側面についての解明だと思う。敗戦後にいっさい転向しなかった人生である。生き方である。 

それは、数理経済学者の市村真一氏の門下として、経済学という学問だけでなく、皇国史観の平泉澄(ひらいずみ・きよし)が主催する寮生として過ごした年月のことだ。この側面を理解することによって、合理を貫いた姿勢の背後にある非合理な熱情がなにであったかを知ることができるのである。 

『日本教の社会学』(1981年)の共著者となったのは山本七平だが、2人のあいだで共通の認識の核となっている、江戸時代の儒者で思想家の山崎闇斎(やまざき・あんさい)に始まる「崎門(きもん)の学」、その系譜にある浅見絅斎(あさみ・けいさい)という存在。 

「日本こそ中華(=世界の中心)である」という天皇中心の神国思想が生まれ、下級武士を中心とした倒幕勢力の原動力の核心となったこと、しかし明治維新後はほとんど顧みられなくなったという事実。なぜ、崎門の学であり、浅見絅斎なのか、これは、小室直樹氏の前半生について知らなければわからないことなのである。 

合理を貫き、理論を徹底的に鍛え上げることを基本方針とした小室直樹氏だが、数日にわたる断食によってアタマをクリアにし、直観が降りてくるのを待つという方法論もまた、エピソードとして本書の随所にでてくる。過度の断食と過度の飲酒が、命を縮めたことは否定しようない。 

書き出していくときりがないが、この大著は、資料集として大いに価値がある。充実した索引、年譜と著作目録、これが本書のキモだ。 小室直樹に惚れ込んで、小室直樹にかんするものすべてを収集してしまいたいという情熱とライフワークの一里塚である。

著者のような人がいたことは、故人にとっては幸せなことであったと言うべきであろう。



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上巻 目次 

はしがき 
第1章 柳津国民学校-征夷大将軍になりたい 
第2章 会津中学校-敗戦、ケンカ三昧の日々 
第3章 会津高校-俺はノーベル賞をとる 
第4章 京都大学 -燃える“ファシスト "小室と“反戦・平和"弁論部 
第5章 軍事科学研究会と平泉学派-烈々たる憂国の真情 
第6章 大阪大学大学院経済学研究科-日本伏龍 小室直樹 
第7章 米国留学、栄光と挫折-サムエルソンを成敗する!  
第8章 東京大学大学院法学政治学研究科-社会科学の方法論的統合をめざして 
第9章 田無寮-学問と酒と猫と 
第10章 社会指標の研究-福祉水準をどう測定するか 
第11章 小室ゼミの誕生と発展-君は頭がいいなぁ、素晴らしい! 
第12章 一般評論へ-日本一の頭脳、44歳、独身、6畳1間暮らし 
第13章 小室ゼミの拡大-橋爪大三郎の奮闘 
第14章 瀕死の小室-すべては良い論文を書くために 
第15章 出生の謎-父はマルクス、母はフロイト 
注 
あとがき 
小室直樹試論-なぜ小室直樹はソ連崩壊を預言できたか 
小室直樹著作目録 
人名・事項・猫名索引 

下巻 目次  
はしがき 
第16章 おそるべし,カッパ・ビジネス-俺はマスコミに殺される 
第17章 ‟旧約" の時代と ‟新約" の時代-奔走する担当編集者たち 
第18章 田中角栄-検事を殺せッ!  
第19章 対話-危惧、矜持、疑問、痴態、怒号、憧れ、感動 
第20章 小室ゼミの終焉-最高のティーチャー 
第21章 スナック・ドン-野良でも、血統書つきでも、猫は猫 
第22章 日本近代化と天皇-方法論学者(メソドロジスト)の本領発揮 
第23章 誰も書けなかった韓国-‟新約" 編集者たちの活躍 
第24章 昭和天皇-神であり、英雄である 
第25章 結婚-おれの嫁、覚えててくれ 
第26章 死、訣別、そして再会-寄る年波に抗えず 
第27章 『原論』の時代-いい本は、最低限10回は読みなさい 
第28章 晩年-人生は短い 
第29章 会津彷徨-ある会津藩士の記録 
第30章 没後-学恩に報いる道 
注 
あとがきにかえて-私にとっての小室直樹とは 
小室直樹略年譜 
人名・事項・猫名索引




<付録> これこそ名著! ぜひ復刊を望みたい

 『危機の構造ー日本社会崩壊のモデル-』(小室直樹、ダイヤモンド社、1976)が、取り上げられている。このたび上下2巻の評伝を出版した村上篤直氏へのインタビュー記事。 この記事を読んでFBに投稿した内容(2018年11月3日)を、ブログに転載する。

(以下引用) 

坪井賢一(以下、坪井) 
 村上さんが小室先生の著作や理論のなかで最も重要だと思うものは何ですか? 
村上篤直(以下、村上) 
 著書としては、ダイヤモンド社から1976年に出た初の単著『危機の構造』ですね。これはダイヤモンド社に気を遣って言っているわけではなく(笑)、日本の名著100冊に必ず入れるべき作品だと本当に思っています。その後の小室先生の著作は、ある意味では『危機の構造』で語ったことの繰り返しとさえ言えると思います。日本の社会というのは戦前と戦後で変わっていない。機能集団である会社が共同体化してしまい、その矛盾が日本社会の危機の構造である、と実に見事に納得のいく説明をされている。そこで用いられ、日本の構造的無規範、無連帯を分析した「アノミー」の理論は今でも十分に通用するものです。 




まさに村上氏が言うように、『危機の構造』は小室直樹の原点でありエッセンスである。私が読み込んだのは1982年の「増補」版だが(写真)、本当に何度も何度も繰り返し読み込んだ本だ。「増補」されたのは「第8章 私の新戦争論ー合理的、論理的側面」。 

小室直樹自身は、「増補 あとがき」(1982年)でこう述べている。「私が力説したかったのは、日本人の社会科学的な思考の致命的な欠落である」。これが、小室直樹が一生かけて主張し続けたことであったのだが、はたして日本人は社会科学的思考が身についたといえるのだろうか??? 

内容的にはやや難しい点もあるが(・・なんといっても、数学から経済学、法学、社会学までずべて制覇した天才学者だ)、ダイヤモンド社には、ぜひ新装復刊を望みたい(*)。


*2022年8月に「新装版」として復刊されたことを記しておく。 (2024年4月22日 記す)


(画像をクリック!)


目  次 
第1章 戦後デモクラシーの認識 
第2章 日本型行動原理の系譜 
第3章 歴史と日本人思考―ジャーナリズム批判 
第4章 「経済」と「経済学」 
第5章 危機の構造 
第6章 ツケを回す思想 
第7章 社会科学の解体 
第8章 私の新戦争論





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2010年12月26日日曜日

『ソビエト帝国の崩壊』の登場から30年、1991年のソ連崩壊から20年目の本日、この場を借りて今年逝去された小室直樹氏の死をあらためて悼む(2010年12月26日)




 本日(2010年12月26日)は、ソ連が崩壊してから20年目になる。ソ連が崩壊したのは、1991年12月25日だから正確にいうとまる 19年ということになる。

 小室直樹の『ソビエト帝国の崩壊 ― 瀕死のクマが世界であがく』(光文社カッパビジネス、1980)という衝撃的な内容の本が出版されたのは、ソ連崩壊の11年前。出版されてから本年でなんと 30年になる。

 高校二年のとき父親の蔵書だったものを、何度も何度も繰り返し読んだが、この本は現在の私を形成するうえで、きわめて大きな意味をもった本のなかでも、最重要な一冊といえる。

 小室直樹氏は2010年9月4日に77歳でお亡くなりになっていたことは後から知った。まだまだ旺盛な知的腕力による活動を期待していたのだが。
 今年は、梅棹忠夫氏など、知的世界の巨星がいくつも墜ちたが、小室直樹氏もまた、その諸著作が私の血肉になってきたこともあり、直接師事したことがないとはいえ、私にとっては残念でならない。

 今回は、今年惜しくも亡くなった小室直樹の一般書デビュー作『ソビエト帝国の崩壊』を振り返りながら、ソ連邦崩壊について考えて見たいと思う。


 『ソビエト帝国の崩壊』の出版当時は、ソ連が崩壊するなど荒唐無稽だとみなされていたが、実際に小室直樹の「予言」どおり、11年後の1991年には崩壊した。
 本書は、その後出版された膨大な数の小室直樹の一般書のなかでも最高の一冊であると、私はいまでも思っている。

 出版の前年、第二次石油ショックの原因となった「イラン・イスラーム革命」、その後のメッカのカーバ神殿占拠事件が起こった1979年の年末に始まった、ソ連のアフガニスタン侵攻作戦、これがよもやソ連の命取りになったとは、ソ連自身も考えもしなかったことだろう。

 私はその頃いつも聞いていた FEN(米軍極東ネットワーク)のラジオニュースで聞いて驚いたことを覚えている。Soviet troops invaded Afghanistan. というのが、米軍放送のアナウンサーの第一声であった。米国はジミー・カーターが大統領であった時代である。

 このアフガン侵攻が、ソ連にとっての泥沼のベトナム戦争となり、国力を疲弊しただけでなく国民全体のモラールダウンを招いていったことは、ソ連が崩壊してから明らかになった。

 またこのアフガン戦争に、米国の支援を受けて参加したムジャヒディーンたちが、後にアルカーイダを形成し、米国自身に刃(やいば)を向くことになるとは米国自身も考えもしなかったことだろう。アフガンは米国にとって「第二のベトナム戦争」になりつつある。まさに「禍福はあざなえる縄のごとし」である。


 『ソビエト帝国の崩壊』の内容については、ソ連に属していた各共和国のソ連邦からの離脱可能性が、ソ連憲法において法的に認められていること、天上の権力と地上の権力が皇帝に集中していた点において、ソ連がビザンツ帝国の末裔であることなど、その後の私のものの考え方の基本を作ってくれた本の一冊である。
 
 実際に、ソ連が崩壊してしまってからは、書店の店頭から姿を消してしまって久しいが、できれば復刻して、社会科学における仮説に基づく予測を現実に起こった結果で検証するケーススタディーとして、大いに研究するべきだと思う。

 ここまで大胆な予測(・・予言?)を的中させた学者、しかもアカデミズムのワクには納まりきらなかったホンモノの学者は、戦後日本ではあまり多くない。

 世界的に見ても先駆的といえるだろう。フランスのソ連研究者エレーヌ・ダンコースのソ連崩壊ものよりも時期的には早かったのではないか。




 『ソビエト帝国の崩壊』の初版カッパビジネス版の裏表紙には、山本七平の「推薦のことば」が掲載されていたと記憶しているが、たしか「これほど学問が好きで仕方がないという人は珍しい」といった趣旨のことが書かれていた。(* 確認したところ実際にそう記されていた)。

 以後、私は山本七平による小室直樹の評価を基準に、世の全ての学者判断することとしている。そのテーマがほんとうに好きで好きで研究しているといった「学者バカ」はとくに大学には少ないと思う。

 私が最初に就職した金融系コンサルファームはシンクタンク部門と一緒になっていたが、三度の飯よりも学問が好きというような人はほぼ皆無に近かったように思う。シンクタンク研究員というものも、しょせんサラリーマンに過ぎないようだ。

 小室直樹はもともと数学を専攻していたが、経済学を森嶋通夫、政治学を丸山真男、経済史を大塚久雄、人類学を中根千枝、法社会学を川島武宜と、当代一流のホンモノの学者から一対一で教えを請い、そのすべてを自家薬籠中のものとした大学者である。

 大学時代の前期課程時代、小平キャンパスに招かれて講演をした小室直樹を、私は見たことがある。「田中角栄を殺すな!」とテレビで絶叫して、テレビからは永久に干されたあとのことである。

 そのときたしか、女性をめぐってスペイン人(?)と喧嘩して前歯を折ったことがあるとか言ってたようなことを、いま思い出した。事の真偽と私の記憶が正しいかどうかは、なんともいえないが。

 このエピソードは、アジア人をバカにする不良英国人にたまりかねて、大英博物館のなかで殴った南方熊楠を思い出す。

 
 『ソビエト帝国の崩壊』は、もともと生物学志向だった私が、大学で社会科学を専攻することにしたキッカケの一つといえるかもしれない。

 小室直樹の本としては、このほか『危機の構造』(ダイヤモンド社、1982)をあげておきたい。この本もまた、社会科学とはなんぞやを知るための必読書であり、私の血肉となった本である。現状では、あまりにも古書価が高すぎるので、ぜひ復刻していただきたい。

 在野の立場から、ホンモノの学問を探究して、一般国民向けに講じてやまなかった小室直樹氏。
 いまこの場を借りて、あらためてご冥福を祈るとともに、長年にわたる感謝の意を表したいと思う。合掌。


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<ブログ内「小室直樹」関連記事>

 小室直樹については、これまで以下の文章で取り上げているので、該当箇所を再録しておこう。2010年現在でも、十分に通用する骨太の議論を、狭いアカデミズムの世界向けではなく、広く一般国民に向けて書いていただいたことは、日本人として心から深く感謝しなくてはならない。


書評 『日本教の社会学』(山本七平/小室直樹、ビジネス社、2016 単行本初版 1981)-「日本教」というキーワードで日本社会をあざやかに分析した濃密かつ濃厚で骨太な議論
・・1980年代の日本の論壇で大きな影響力をもった骨太の思想家・山本七平と知の超人・小室直樹の共同作業。1981年の著作が2016年にようやく復刊

最近ふたたび復活した世界的大数学者・岡潔(おか・きよし)を文庫本で読んで、数学について考えてみる
・・「具体的な処方箋としては、私は数学者から出発した小室直樹の本を読むべしと答えておこう。とくに『数学嫌いな人のための数学-数学原論-』(小室直樹、東洋経済新報社、2001)、痛快なタイトルの 『超常識の方法-頭のゴミを取れる数学発想の使い方-(知的サラリーマン・シリーズ)』(小室直樹、祥伝社NONブック、1981)。ともに新刊では入手できないのが問題だが。ほかにも「数学ブーム」のおかげでいろいろ本がでているので、自分にあったものを見つけたらいいと思う。私も、小室直樹と同様、幾何学的思考と数学的思考が、学問のすべての基礎だと信じて疑わない」

ひさびさに宋文洲さんの話をライブで聞いてきた!
・・「中国人の個人主義の本質を知りたければ、『小室直樹の中国原論』(小室直樹、徳間書房、1996)が必読書である。中国人の人間集団は、個人を中心に幇(パン)、情誼(チンイー)、関係(グワンシ)、知り合い(友人)という「同心円構造」の「多重世界」である。幇(パン)から順番に、関係の度合いが薄くなってゆく。幇の内側は絶対の世界、幇の外側は相対の世界。そして地縁を越えた血縁集団としての「宗族」(そうぞく)が存在する。この幇と宗族の二つが、中国人の人間関係を理解するカギである、と小室直樹は結論している。幇の外、宗族の外の人間は、中国人であってもソト側の人、日本人のいう外人といっても構わないような存在であるが、宗族でなくても情誼(チンイー)、関係(グワンシ)、知り合いとなれば、ウチ側の人間となる」

皇紀2670年の「紀元節」に、暦(カレンダー)について考えてみる
・・「元外交官の法学者・色摩力夫(しかま・りきを)がよく使っていた「出生の秘密」(status nascens)というライプニッツのコトバがあるように、その紀元に何をもってくるか、その紀元の本質が何であるか、によってその後の「歴史」はすべて決定されてくるのである。色摩力夫は自衛隊の「出生の秘密」が自衛隊という軍事組織の性格を規定している、という文脈でこのコトバを使用している。『国民のための戦争と平和の法-国連と PKO の問題点-』(小室直樹/色摩力夫、総合法令、1993)P.145 などを参照」

(2017年10月28日 情報追加)


P.S. この投稿で、ちょうど本年度 365本目となった。5日前倒しで「ほぼ毎日更新中!!」を達成できたことになる。これもまた、小さいながらも「目標達成」であり、「達成感」を感じている。

PS2 あらたに写真一枚を追加した。『ソビエト帝国の崩壊』のカバー表裏である。 (2014年2月4日)

PS3 小室直樹の全体像を描いた骨太の評伝『評伝 小室直樹 上下』(村上篤直、ミネルヴァ書房、2018)が出版されている。生前には一度も会うことがなかったが、フリークともいうべき弁護士が書いた評伝だ。まずこれを越える評伝が出ることは当分ないだろう。(2021年2月25日 記す)




<ブログ内関連記事>

書評 『評伝 小室直樹 上下』(村上篤直、ミネルヴァ書房、2018)-かつて小室直樹という桁外れの知的巨人がいた
・・小室直樹の全体像を描いた骨太の評伝。生前には一度も会うことがなかったが、フリークともいうべき弁護士が書いた評伝だ。まずこれを越える評伝が出ることは当分ないだろう。

書評 『グーグル秘録-完全なる破壊-』(ケン・オーレッタ、土方奈美訳、文藝春秋、2010)-単なる一企業の存在を超えて社会変革に向けて突き進むグーグルとはいったい何か?
・・ソ連でユダヤ系の数学者の家に生まれて、崩壊前のソ連から米国に家族と移住したセルゲイ・ブリンはグーグルの創業経営者の一人である

資本主義のオルタナティブ (3) -『完全なる証明-100万ドルを拒否した天才数学者-』(マーシャ・ガッセン、青木 薫訳、文藝春秋、2009) の主人公であるユダヤ系ロシア人数学者ペレリマン
・・ソ連に生まれ育った数学者だが、米国に移住したブリン・ファミリーとはまたく異なる道を選択したグリゴーリー・ペレリマン

書評 『ソ連史』(松戸清裕、ちくま新書、2011)-ソ連崩壊から20年! なぜ実験国家ソ連は失敗したのか?

「チェルノブイリ原発事故」から 25年のきょう(2011年4月26日)、アンドレイ・タルコスフキー監督最後の作品 『サクリファイス』(1986)を回想する

『チェルノブイリ極秘-隠された事故報告-』(アラ・ヤロシンスカヤ、和田あき子訳、平凡社、1994)の原著が出版されたのは1992年-ソ連が崩壊したからこそ真相が明らかになった!

自動小銃AK47の発明者カラシニコフ死す-「ソ連史」そのもののような開発者の人生と「製品」、そしてその「拡散」がもたらした負の側面

書評 『「シベリアに独立を!」-諸民族の祖国(パトリ)をとりもどす-』(田中克彦、岩波現代全書、2013)-ナショナリズムとパトリオティズムの違いに敏感になることが重要だ
・・小室直樹の指摘どおり「連邦」から離脱した旧ソ連諸国はソ連憲法のたまものであった

マンガ 『沈黙の艦隊』(かわぐちかいじ、講談社漫画文庫、1998) 全16巻 を一気読み
・・冷戦時代、日本の「仮想敵国」はソ連であった

『レッド・オクトーバーを追え!』のトム・クランシーが死去(2013年10月2日)-いまから21年前にMBAを取得したRPIの卒業スピーチはトム・クランシーだった
・・ソ連の原子力潜水艦を追え!

書評 『バチカン近現代史-ローマ教皇たちの「近代」との格闘-』(松本佐保、中公新書、2013)-「近代」がすでに終わっている現在、あらためてバチカン生き残りの意味を考える
・・「反共」の立場からソ連崩壊と東欧革命に影響力を行使したバチカン

(2013年10月31日、2013年12月25日、2014年8月20日、2021年2月25日 情報追加)


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