キッシンジャーが亡くなった。享年100歳。まさに大往生である。まずはご冥福を祈りたい。
「巨星墜つ」といいたいところだが、おどろくべき「知的怪物」であったというべきであろう。これは賞賛でもあり、否定的なニュアンスも込めている。
ヘンリー・キッシンジャー(1923~2023)は、ドイツ生まれ。ナチスが台頭するなか、1938年に両親とともに米国に移住している。ドイツ系ユダヤ人であった。大戦中はドイツ語能力が買われて、米軍のためにドイツ語通訳を行っている。
ハーバード大学教授を経て、共和党のニクソン政権とフォード政権で国務長官を歴任、リアリズム(現実主義)の政治理論にもとづいて米国の外交政策を主導した件については、のちほど触れることにする。
つい昨年(2022年)には、ロシアによるウクライナ侵攻で始まった「ウクライナ戦争」の「出口戦略」を示したことが記憶にあたらしい。なんと99歳(!)でダボス会議で発言しているのである。背中が曲がった背の低い老人は、魔法使いというか、妖怪(グノーム)を連想させるものがあった。
ウクライナは、領土を割譲してロシアと講和せよという提言が、ウクライナだけでなく、国際的に猛反発を食らっている。「現実主義」(リアリズム)の立場からの提言とはいえ、時期尚早に過ぎたというべきだろう。いや、その上から目線による内容が問題なのだ。
だが、この発言によって、米国だろうがロシアだろうが、「勢力均衡」の観点から、「大国」がすべてを決定するという思考方法の欠点が露呈したといっていいだろう。
「現実主義」とはいっても、内容的には「現実追認」にしか過ぎず、大国にとって都合のいい現実を「あるべき姿」とする、ある種の「イデオロギー」の産物に過ぎないのである。
■「中国共産党の代理人」としてのキッシンジャー
おそらく、今後数ヶ月にわたって、国際政治学の関係者たちが、礼賛をまじえた追悼文をつぎからつぎへと、こぞって発表することとだろう。
「勢力均衡論」(バランス・オブ・パワー Balance of power)の代表的理論家であり、「レアルポリティーク(Realpolitik:現実政治主義)の国際政治理論として。ニクソン政権の国務長官として、ベトナム戦争の終結に奔走したこともまた。
とはいえ、そのために長年にわたって敵対してきた中国共産党と手を結び、中華民国(=台湾)を切り捨てたことを記憶しておかねばならない。
ベトナム戦争終結目的で中国共産党の力を借りるため、1971年に「忍者外交」で日本の頭越しに中国を極秘訪問したことは、当時は小学生であったわたしですら知っているほど有名だった。
このニクソン=キッシンジャー外交に焦った日本の田中角栄首相が、1972年には米国を出し抜いて「日中国交回復」を実現している。キッシンジャーにとっては許しがたいことであったことは容易に想像がつく。
米国が中国共産党を正式に認め「米中国交回復」が実現たのは、カーター政権になってからのことで、なんと1979年であった。
ニクソンが「ウォーターゲート事件」で退任後も、フォード政権で国務長官を務めているが、退任後には「キッシンジャー・アソシエイツ」を設立している。各国の政治家とのあいだに構築した強力なコネをカネに変えるビジネスに乗り出したわけだ。
ところが、国際政治の専門家以外から見れば、キッシンジャーは「媚中嫌日」以外のなにものでもない。中国共産党との密接なキッシンジャーのビジネスは、まさに「中国共産党の代理人」としか言いようのないものでもあった。「政商」であったというべきだろう。
日本を嫌っていたことは、公然たる事実である。「嫌日」とはそのことだ。日本嫌いである。ドイツ出身のユダヤ系だけに、そもそも第二次世界大戦でドイツと同盟を組んだ日本を嫌っていたのかもしれない。
とくに、「ビンのふた」論をもって、米軍が日本に駐留する理由を中国共産党に説明していたことを日本人は知るべきだ。
在日米軍は日本の防衛のためではなく、日本がふたたび軍事大国として台頭しないよう、日本という魔神を「ビン」のなかに閉じ込めて、在日米軍で「ふた」をしているのだ、というレトリックだ。
キッシンジャーという人物がいかなる類いの人間であったか、如実に示しているといえないか。
ただし、その後に民主党のカーター大統領のもとで国務長官をつとめたポーランド出身のブレジンスキーもまた日本嫌いであったことは、公平を期すために記しておく必要がある。
■キッシンジャーの「ドイツ語なまりの英語」
閑話休題。キッシンジャーといえば、天才コメディアンであったジョン・ベルーシによる物まねであろう。
キッシンジャーは米国の国務長官であったため、米国では「超」のつく有名人であった。
であるがゆえに、物まねの対象になっている。黒縁メガネでドイツ語なまりの英語をしゃべる男として、形態模写しやすかったからでもあろう。
ニューヨーク発のTV番組「サタデー・ナイト・ライブ」(SNL)の Baba Wawa at Large - SNL である。
TVトークショーのホストであるババ・ワワ(Baba Wawa)が、ベルーシ演じる国務長官のキッシンジャーをインタビューするという設定のシチュエーション・コメディだ。1976年の作品である。
ババ・ワワ(Baba Wawa)とは、バーバラ・ウォルターズ(Barbara Walters)のことだ。英語の発音を極端にデフォルメすると前者のように聞こえなくもないということ。
バーバラ・ウォルターズといっても、もはや過去の人であろうが、当時は「超」のつく有名人であった。2022年に93歳で亡くなっているが、日本で訃報が報じられたかどうか定かではない。
(同上)
ドイツ生まれのユダヤ系で、米国移住は15歳のときだったキッシンジャーだが、その後40年近く米国で生きてきたにもかかわらず、ドイツ語なまりの英語をしゃべりつづけていた。
そのドイツ語なまりの英語が、天才コメディアンであったベルーシの物まねのネタになったというわけだ。
わざとなまった英語をしゃべっていたという説もあるが、ベルーシ演じるキッシンジャーは、「ドイツ語なまりでしゃべると、ユダヤ人であることを忘れるから」という話にして笑いをとっている。はたして真相はどうなのだろうか?
ちなみに、バーバラ・ウォルターズもロシアからのユダヤ系移民の娘。映画だけでなく新聞雑誌やTVなどメディアの世界も、米国ではユダヤ系が多い。
■「知的巨人」というよりも「知的怪物」
100歳で死去というと、おなじくユダヤ系であったフランスの文化人類学者クロード・レヴィ=ストロースもそうだったな。レヴィ=ストロースは、2009年に100歳で亡くなっている。
ベルギー生まれでフランス語で思考したレヴィ=ストロースは、ブラジルでのフィールドワークをもとにした『悲しき熱帯』の著者として知られているが、『野生の思考』という著書で知られるように、かつて一世を風靡した「構造主義」の旗頭の一人であり、「知的巨人」であったといっても過言ではない。
ドイツ系ユダヤ人で英語圏で活動したキッシンジャーもまた「生涯現役」を貫いた「知的巨人」ではあった。だが、むしろ「知的怪物」であったと言うべきだろう。
キッシンジャーの功罪は、功績面もさることながら、米国も含めた国際社会に与えた罪が大きいということだ。
毀誉褒貶(きよほうへん)あいなかばするキッシンジャーについては、国際政治学者などによるポジショントーク的な礼賛一方の評価ではなく、バランスのとれた辛口の評価が必要である。
日本人の立場から見た、日本人のためのキッシンジャー伝を期待したい。
<関連サイト>
Henry Kissinger - Secrets of a superpower | DW Documentary(2009年製作のドキュメンタリー 90分)
・・ベトナム戦争中のキッシンジャーの数々の悪業を暴き、功罪両面から迫ったドキュメンタリー。キッシンジャーにもインタビューを行っている。DW(ドイッチェ・ヴェレ)のオリジナル作品
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