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2024年3月27日水曜日

書評『テクノ・リバタリアン ー 世界を変える唯一の思想』(橘玲、文春新書、2024)ー 一握りの数学の天才たちの思考実験と実践がもたらしてきたもの、そして今後もたらしてくるもの



  本日(2024年3月20日)が発売予定になっている『テクノ・リバタリアン ー 世界を変える唯一の思想』(橘玲、文春新書、2024)を即日読了。面白い内容なので一気読みしてしまった。  

米国のシリコンバレーに集まってきた一握りの異人たち、つまり数学やコンピュータの天才たちの思考実験と実践がもたらしてきたもの、そして今後もたらしてくるものについて考察し、解説したものだ。 

橘玲氏の書き物はみな「身もふたもないハードファクト」について語っているが、「進化心理学」の知見などをベースに思考を行っているからだろう。 

副題にある「世界を変える唯一の思想」とは、テクノロジーが主導するリバタリアニズム」(technolibertarianism)のことだ。

英語による英米哲学の枠組みのなかにあるこの「リバタリアニズム」という思想は、腐るほど取り上げられている西洋哲学やフランス現代思想と違って、不思議なことに日本ではほとんど黙殺されている。日本人の感性には合わないためだろう。

内容をここで繰り返すつもりはないが、イーロン・マスクとピーター・ティールを「第1世代」とすれば、生成AI の Chat-GPT のサム・アルトマンやイーサリアムのヴィタリック・ブテリンなど「第2世代」との違いが興味深い。 

一見して衝撃的で、おどろおどろしい未来像を描いているような印象を与えるタイトルと内容紹介である。だが、テクノロジーがもたらした「(プラットフォームを握った)中央集権的支配と個人の共生」というモデルというか現実は、現在の日本でもすでに日常的に観察される、ほとんど常識的なものだとわたしには思われた。この世界では中間的存在はありえないのだ。

つまり、おのずからなるようになっているのである。もちろん、わたしはその後者の「個人」であるが、それはそれでいいではないか。

合理的にものを考えるわたしは、とくに「テクノリバタリアン」たちをうらやましいとも思わない。かれら成功者には、生存不安による強迫神経症がつきまとっているからだ。光あるところに影がある。
  
「テクノリバタリアン」たちが描く未来像には、当然のことながらポジとネガがある。幸か不幸か、実践の結果もたらされたものは、かならずしもかれらの夢想どおりにはなっていない。それを良いと思うか残念に思うかは、読者自身に判断がゆだねられる。 

結論としては、わたし的にはそれほど違和感のない現実であり、未来像であった。いたずらに恐れるような未来ではない、のではないかな、と。日本人は過剰に恐れていると、著者は思い込んでいるようだ。とはいえ、日本人すべてそうだということもあるまい。 

出典となる文献も逐一明記されているので、テクノロジーが導くリバタリアン思想の入門書として、読書案内として、よくできた本だと思う。 



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目 次
はじめに 世界を数学的に把握する者たち 
PART0 4つの政治思想を30分で理解する 
PART1 マスクとティール 
PART2 クリプト・アナキズム 
PART3 総督府功利主義 
PART4 ネクストジェネレーション 
PARTX 世界の根本法則と人類の未来 
あとがき 「自由」を恐れ、「合理性」を憎む日本人

著者プロフィール
橘 玲(たちばな あきら)
1959年生まれ。日本の男性作家。本名は非公開。 早稲田大学第一文学部卒業。元・宝島社の編集者で雑誌『宝島30』2代目編集長。日本経済新聞で連載を持っていた。海外投資を楽しむ会創設メンバーの一人。2006年『永遠の旅行者』が第19回山本周五郎賞候補となる。デビュー作は経済小説の『マネーロンダリング』。投資や経済に関するフィクション・ノンフィクションの両方を手がける。2010年以降は社会批評や人生論の著作も執筆している。(Wikipedia情報による)


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2022年10月31日月曜日

書評『「日本人」といううそ ― 武士道精神は日本を復活させるか』(山岸俊男、ちくま文庫、2015)― 武士道ではない。商人道こそ重要だ!

 

本の整理をしていたら、読みかけのままほったらかしにしていた本が出てきた。 

『「日本人」といううそ-武士道精神は日本を復活させるか』(山岸俊男、ちくま文庫、2015)という本。カバーのイラストには笑ってしまうが、タイトルもなかなか刺激的だ。 

なぜ読みかけのままほったらかしになっていたのか不明だ。自宅のなかだが、立ち読みしてたら面白いので、7年後の今回は今度は最後まで読んでしまった。 

著者は社会心理学の研究者。この文庫本の初版は2008年に出版されているようだが、たしかにこの頃、わたしはこの著者の本を『信頼の構造ーこころと社会の進化ゲーム』(東京大学出版会、1998)という専門書も含めてかなり読んでいる。 

心理学の実験をつうじて、「信頼」と「安心」が根本的に違うことを示したのが、著者の最大の功績だろう。信頼をベースにした社会と、安心に依存した社会の違い。この違いはきわめて大きい。 

著者の主張は、2000年代に入った日本は「安心社会」が崩壊したにもかかわらず、いまだ「信頼社会」への移行が進んでいないというもの。いまだに企業の不祥事が絶えない理由もそこにあると見る。 

詳しくは、ぜひ読んでみてほしいと思うが、「お家大事」意識の消えないコミットメント型の日本企業で不祥事が絶えないのに、「武士道精神」の強化で対応可能などといううのは、まったくの勘違いであるどころか、かえって事態を悪化させかねない。 

意外に聞こえるかもしれないが、江戸時代に確立した「武士道精神」とは、あくまでも「お家大事」の精神構造であって、お家を守るためには、外部には平気でウソをつけるというものだ。

江戸時代の武士は「役人」であった。 この武士道精神の対極にあるのが商人道。石田梅岩の「石門心学」に代表される「商人道」は、いわば「市場の論理」を体現したものであり、「統治の論理」を体現した「武士道精神」とは真逆の存在なのだ。商人にとっては、なによりも「信用」が大事なのである。 

という風に書くと、ちょっとむずかしく聞こえるかもしれないが、日本人がこの激変する世界のなかで、個人として、集団として生きるためにはどうしたらいいのか、文庫版の出版から7年、初版から14年たたいまでも、読む価値は大いにあるといえるだろう。読みやすくて、ためになる内容だ。 

「いまの世の中はなっておらん。むかしの武士は・・」などと「武士道」など持ち出してくる人間がいたら、そういう話を聞き流すためのマインドセットをもつことが必要。そのためにも、ぜひこの著者の本はあらためて読むべきであると思う。 

わたしも武士の末裔であるが、ビジネスパーソンである。したがって、当然のことながら「商人道」に軍配をあげる。 とはいえ、渋沢栄一に始まり、出光佐三で有名になった「士魂商才」という概念をどう考えるかという課題は残るのではないか?


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目 次
まえがき
第1章 「心がけ」では何も変わらない! 
第2章 「日本人らしさ」という幻想 
第3章 日本人の正体は「個人主義者」だった!? 
第4章 日本人は正直者か? 
第5章 なぜ、日本の企業は嘘をつくのか 
第6章 信じる者はトクをする? 
第7章 なぜ若者たちは空気を読むのか 
第8章 「臨界質量」が、いじめを解決する 
第9章 信頼社会の作り方 
第10章 武士道精神が日本のモラルを破壊する
あとがき
文庫版あとがき 

著者プロフィール
山岸俊男(やまぎし・としお)
社会心理学者。1948年名古屋市生まれ。2018年没。一橋大学社会学部、同大学大学院を経て、1981年ワシントン大学社会学博士。北海道大学助教授、ワシントン大学助教授、北海道大学大学院文学研究科教授を経て、一橋大学国際経営戦略研究科特任教授。2004年紫綬褒章受勲、2011年北海道大学名誉教授、2013年文化功労者。心と社会の関係について、総合的に研究を進めている。著書に、『信頼の構造』(東京大学出版会、日経・経済図書文化賞受賞)等多数。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものに加筆)


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2021年10月2日土曜日

書評『冤罪と人類 ー 道徳感情はなぜ人を誤らせるのか』(管賀江留郎、ハヤカワNF文庫、2021)―『ドグラ・マグラ』に匹敵する21世紀の怪著!

 

『冤罪と人類-道徳感情はなぜ人を誤らせるのか』(管賀江留郎、ハヤカワNF文庫、2021)という700ページ弱の大著を、先週末の2日間で読み切った。まさにノンフィクションの「怪著」である。  

「二股事件」(1950年)という、戦後日本で多発した少年犯罪がらみの「冤罪事件」(のち無罪判決)の一つを詳細を調べていくうちに、管賀江留郎(かんがえるろう)というペンネームの著者は、「冤罪」の本質が、人類の認知構造そのものに由来することを確信するに至る。 

関連者(被害者、被告、刑事、鑑識、検察、弁護士、裁判官、政治家・・)として登場する多数の人物について、膨大な資料をもとにプロファイリングを行う著者の執念。その成果が、詳細に記述されるが、まさに探偵小説を読むように、次から次へとページをめくりたくなる。 

戦前から戦中をへて敗戦後にいたる日本社会、日本の官僚機構、日本の政治について、「図式的な理解」による「常識」がいかに間違っているかを検証していく記述は圧巻だ。とくに戦時中の日本社会についてそういえる。日本近現代史の読み替えも必要となろう。「神は細部に宿る」というではないか。ミクロの視点でマクロを書き換えるわけだ。 

あまりにも多岐にわたる話題に、迷宮のなかで先の見通しを失いそうになりながらも最後まで読ませることになるのは、テーマが「人間の本性」そのものにかかわるものだからだ。日本人少年が被告となった冤罪事件が、人類進化と人類史という壮大なテーマに収れんしていくのだ。 

「冤罪」というものは、人間の認知行動の歪み、つまり「認知バイアス」がもたらすのが結論である。 人間は、現実をありのままに見ないのである。見たいものしか見ていないのだ。人類が進化のプロセスで身につけた脳の特性といってよい。

その「認知バイアス」をすこしでも解消するための解決策がアダム・スミスのいう「公平な観察者」(impartial spectator)である。著者は、『国富論』の著者アダム・スミスのもうひとつの大著『道徳感情論』(The Theory of Moral Sentiments)について詳しく取り上げており、その意味では、この大著は『道徳感情論』の手引き書にもなっている。 

途中まで読んでいて、そのむかし熱中して読んだ夢野久作の大著にして怪著『ドグラ・マグラ』を想起していた。人間の脳が生み出す妄想をテーマにした迷宮のような探偵小説だ。もちろん『冤罪と人類』とは内容的には異なるが、なんだか似ているような気がしてならなかったのである。 

本書で取り上げられたテーマは、あまりにもテーマが多岐にわたっているが、大きなテーマだけでなく、それに収れんしていく小さなテーマのひとつひとつが知的好奇心を刺激する。読むなら、ぜひ最初から最後まで読むことを薦めたい。 


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目 次
序 捻転迷宮の入口 1 衝撃の書に導かれ未知への扉が開け放たれる 
2 <拷問王>と呼ばれた怪物刑事の誕生とその実像 
3 日本初のプロファイラーが<浜松事件>に挑戦する 
4 錯誤の連続が解決した<浜松事件>の驚くべき真犯人 
5 内務省と司法省の闘争が紅林刑事を英雄に祭り上げた 
6 <浜松事件>の犯人から見た事件経過と犯人の父 
7 天才分析官は何故<浜松事件>を解決できなかったのか 
8 <二俣事件>など数々の冤罪を生んだ戦後警察の実態 
9 清瀬一郎の憲法改正論と紅林警部補の意外な関係 
10 古畑種基博士の正しい科学が冤罪を増幅させた 
11 史上唯一の正しい訓練を受けた最高裁判事たち 
12 山崎刑事の推理と人情、紅林警部の栄光と破滅 
13 進化によって生まれた道徳感情が冤罪の根源だった 
14 「死んでも残るアホーだからだ」山崎兵八の遺言 
単行本あとがき 
文庫版あとがき 
解説 精密な世界模型たる迷宮(ラビリンス)/宮崎哲弥 
参考文献


著者プロフィール
管賀江留郎(かんが・えるろう)
少年犯罪データベース主宰。書庫に籠もって、ただひたすらに古い文献を読み続ける日々を送っている。著書に『戦前の少年犯罪』。




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