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2022年10月31日月曜日

書評『「日本人」といううそ ― 武士道精神は日本を復活させるか』(山岸俊男、ちくま文庫、2015)― 武士道ではない。商人道こそ重要だ!

 

本の整理をしていたら、読みかけのままほったらかしにしていた本が出てきた。 

『「日本人」といううそ-武士道精神は日本を復活させるか』(山岸俊男、ちくま文庫、2015)という本。カバーのイラストには笑ってしまうが、タイトルもなかなか刺激的だ。 

なぜ読みかけのままほったらかしになっていたのか不明だ。自宅のなかだが、立ち読みしてたら面白いので、7年後の今回は今度は最後まで読んでしまった。 

著者は社会心理学の研究者。この文庫本の初版は2008年に出版されているようだが、たしかにこの頃、わたしはこの著者の本を『信頼の構造ーこころと社会の進化ゲーム』(東京大学出版会、1998)という専門書も含めてかなり読んでいる。 

心理学の実験をつうじて、「信頼」と「安心」が根本的に違うことを示したのが、著者の最大の功績だろう。信頼をベースにした社会と、安心に依存した社会の違い。この違いはきわめて大きい。 

著者の主張は、2000年代に入った日本は「安心社会」が崩壊したにもかかわらず、いまだ「信頼社会」への移行が進んでいないというもの。いまだに企業の不祥事が絶えない理由もそこにあると見る。 

詳しくは、ぜひ読んでみてほしいと思うが、「お家大事」意識の消えないコミットメント型の日本企業で不祥事が絶えないのに、「武士道精神」の強化で対応可能などといううのは、まったくの勘違いであるどころか、かえって事態を悪化させかねない。 

意外に聞こえるかもしれないが、江戸時代に確立した「武士道精神」とは、あくまでも「お家大事」の精神構造であって、お家を守るためには、外部には平気でウソをつけるというものだ。

江戸時代の武士は「役人」であった。 この武士道精神の対極にあるのが商人道。石田梅岩の「石門心学」に代表される「商人道」は、いわば「市場の論理」を体現したものであり、「統治の論理」を体現した「武士道精神」とは真逆の存在なのだ。商人にとっては、なによりも「信用」が大事なのである。 

という風に書くと、ちょっとむずかしく聞こえるかもしれないが、日本人がこの激変する世界のなかで、個人として、集団として生きるためにはどうしたらいいのか、文庫版の出版から7年、初版から14年たたいまでも、読む価値は大いにあるといえるだろう。読みやすくて、ためになる内容だ。 

「いまの世の中はなっておらん。むかしの武士は・・」などと「武士道」など持ち出してくる人間がいたら、そういう話を聞き流すためのマインドセットをもつことが必要。そのためにも、ぜひこの著者の本はあらためて読むべきであると思う。 

わたしも武士の末裔であるが、ビジネスパーソンである。したがって、当然のことながら「商人道」に軍配をあげる。 とはいえ、渋沢栄一に始まり、出光佐三で有名になった「士魂商才」という概念をどう考えるかという課題は残るのではないか?


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目 次
まえがき
第1章 「心がけ」では何も変わらない! 
第2章 「日本人らしさ」という幻想 
第3章 日本人の正体は「個人主義者」だった!? 
第4章 日本人は正直者か? 
第5章 なぜ、日本の企業は嘘をつくのか 
第6章 信じる者はトクをする? 
第7章 なぜ若者たちは空気を読むのか 
第8章 「臨界質量」が、いじめを解決する 
第9章 信頼社会の作り方 
第10章 武士道精神が日本のモラルを破壊する
あとがき
文庫版あとがき 

著者プロフィール
山岸俊男(やまぎし・としお)
社会心理学者。1948年名古屋市生まれ。2018年没。一橋大学社会学部、同大学大学院を経て、1981年ワシントン大学社会学博士。北海道大学助教授、ワシントン大学助教授、北海道大学大学院文学研究科教授を経て、一橋大学国際経営戦略研究科特任教授。2004年紫綬褒章受勲、2011年北海道大学名誉教授、2013年文化功労者。心と社会の関係について、総合的に研究を進めている。著書に、『信頼の構造』(東京大学出版会、日経・経済図書文化賞受賞)等多数。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものに加筆)


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2014年5月18日日曜日

会田雄次の『アーロン収容所』は、英国人とビルマ人(=ミャンマー人)とインド人を知るために絶対に読んでおきたい現代の古典である!



古典というのは、さまざまな読み方が可能だからこそ、長生きするものである。

わたしは『アーロン収容所』を「日本人論」としてだけでなく、英国人、ビルマ人(=ミャンマー)、インド人を知るための必読書として推奨したい。いや、絶対に読んでおきたい現代の古典と言っておく。

もともとは「中公新書」の発刊とともに1962年に出版されたものらしい。副題には「西欧ヒューマニズムの限界」とあり、現在でもひきつづきロングセラーとして増刷されつづけている。

わたしがうまれたのが奇しくも1962年なので、ちょうど同じ年ということになる。まさに半世紀を超えるロングセラー中のロングセラーなのである。文庫化されたのは1973年のことだ。文庫版からは「西欧ヒューマニズムの限界」という副題は外されている。

高校時代に「推薦図書」の一冊であったので、わたしは文庫版で読んだ。1970年代後半のことである。

高校時代に読んだ本で、大きな影響を受けたものを三冊あげよと言われたら、この『アーロン収容所』、すでにこのブログでも紹介した『ソビエト帝国の崩壊』(小室直樹、カッパビジネス、1980)、それからまだブログでは取り上げていないが『ものの見方について』(笠信太郎、角川文庫、1957 単行本初版 1950)をあげるだろう(・・いま聞かれたらという仮定の質問なので、聞かれるたび多少の変更はありかもしれない)。

いずれも高校生でも読めるような平易な文章でありながら、鋭い観察と推論が全編を貫いているものだ。こういった本を高校時代に読んでおいたからこそ、社会科学的な「ものの見方」が知らず知らずのうちに培われたのかもしれない。

(文庫版カバーのウラ 1997年第24版のもの)

高校時代に『アーロン収容所』を読んだとき、自分自身がもっていた白人、とくに英国人にかんする固定観念が完全に崩されたのを覚えている。捕虜という屈辱的な立場に置かれながら、その立場からの観察力の鋭さと豊富さが読み物としても魅力的なのだ。

1970年代後半は、すでに「高度成長」期を経て日本経済が世界的に強くなっていたとはいえ、その経済が強いという一点を除いては先進国からは評価されていない時代であった。日本人もまだ肩肘張っているところがあったようにも思う。いまだ成熟していなかったということだ。

その意味では、梅棹忠夫の『文明の生態史観』と同様、敗戦後の日本人に「自信」を回復させ、「高度成長」に向けてのエートスを大いに後押しした内容だといえるだろう。英語版がそれぞれ不評であったのはそのためだ。

世界を支配しているのは西欧であり、いまでもまだそうだが、先進国首脳が一堂に会する「サミット」において「非西欧国家」はいまだ日本だけなのである。冷戦後のソ連崩壊後にはロシアが加わってG7がG8になったものの、先般のウクライナ問題(2014年)で抜けてふたたびG7に戻ってしまった。

1970年代当時にくらべたら、2014年の現在は、西欧諸国のさらなる衰退もあって、日本人がそこにいる違和感もなくなった(・・見慣れたからということもある)。

価値観の点からみても、経済が強くなっても異質の価値観の大国が出現していることも、日本がサミットに参加している違和感がなくなった理由であろう。


■『アーロン収容所再訪』(1975年)はビルマ再訪記

文庫版カバーのウラにも印刷されているように(・・上掲の写真)、『アーロン収容所』は基本的に「日本人論」として読まれてきたようだ。

そういう読み方以外にわたしが提案したいのは、英国人、ビルマ人(=ミャンマー)、インド人を知るための必読書という側面である。

まず著者を含めて、大東亜戦争敗戦の結果、捕虜となったは日本人である。日本と戦ったのは大英帝国であり捕虜収容所を管理するのは英国人である。英国の将兵には男性だけでなく、女性もいたことは著者だけでなく、読者にも驚きであった。

それだけではなく、大英帝国の軍隊には、当時まだ英国の植民地であったインド人の兵士がいただけでなく、ネパールの精鋭グルカ兵もおり、なんといっても大日本帝国と大英帝国が激突し、死闘を行ったのは、当時まだ英国の植民地であったビルマ(=ミャンマー)であったということだ。


(現在は原動機付き! 初訪問した1997年当時もまだ手漕きだった)


高校時代に『アーロン収容所』を読んだときは、どうしても英国の将兵と日本捕虜との関係の印象が強かったが、その後、1997年にはじめてミャンマーにを訪問したあと(だと思う)、『アーロン収容所再訪』(会田雄次、中公文庫、1988)という本を八重洲ブックセンター(東京)で見つけて読んだことが、『アーロン収容所』は英国関連本であり、ビルマ関連本なのだと思うキッカケになったと思う。


(『アーロン収容所再訪』文庫版1988年 カバーのウラ)



『アーロン収容所再訪』は、ビルマでの体験以来、いわゆる「ビルキチ」(=ビルマ大好き人間のこと)になった著者が、26年後の1974年に1週間だけビルマを再訪した旅の紀行文である。

当時は、「ビルマ式社会主義」の名のもと、ネ・ウイン独裁が続いていた時代であった。単行本の出版は1975年であり、日本は公害など「高度成長」の負の側面が顕在化していた頃である。そのコントラストがあざやかな紀行文なのだが、この本が1988年に文庫化されたのは、「ビルマ民主化」が挫折し、軍事政権の時代へと大転換した年であったためだろう。

1988年当時は、わたしもまさか20年以上も軍事独裁が続くとは思いもしなかったのだが・・・

長くなってしまったが、『アーロン収容所再訪』がビルマ再訪がそのテーマであったことで、『アーロン収容所』もまたビルマについての本であったことを思い出したわけである。

高校時代は、ビルマといえば『ビルマの竪琴』などの粗雑な知識しか持ち合わせていなかったため、それ以上の関心が薄かったのかもしれない。

ついでにいうと、1970年の大阪万博は小学生の頃にいったが、あまりもの混雑のため、入館できたのはビルマ館やソビエト館、そしてベルギー館など人気のない(・・失礼!)ものばかりだった。アポロ宇宙船が持ち帰った「月の石」を見るために、子どもながら疲弊してしまった記憶もある。

ビルマ館は、龍の形をした建物であった。わたしにとってビルマ(=ミャンマー)は、1970年以来の「縁」ということになる。



■英国人、ビルマ人(=ミャンマー人)、インド人を知るための必読書

『アーロン収容所』を英国関連本であり、ビルマ関連本として読むとはどういうことか、具体的に著者自身の文章を引用しながら見ていってみよう。

その前に確認しておくべきことがある。著者は、日本が降伏後に捕虜になったので、戦闘中に戦争捕虜になったわけではない。捕虜収容所においての処遇には違いがあったらしい。

この作業のとき、私は奇妙な一群を見た。・・(中略)・・ 戦時中の捕虜、投降者たちである。それは、捕虜(キャプチャード)、または戦争捕虜(プリズナー・オブ・ウォー)、(戦犯者 クライムド ではない)として私たち降伏軍人(サレンダー・パーソネル)または非武装解除人(ディスアームド・ミリタリー・パーソネル)から区別され、中央監獄に収容されている人々であった。(P.72)

この事実はかなり重要なので、会田雄次の回想は、あくまでも「降伏軍人」(サレンダー・パーソネル)または「非武装解除人」(ディスアームド・ミリタリー・パーソネル)の立場からのものであったことを理解する必要がある。

まずは、英国人にかんする観察からみておこう。

彼女たち(=英軍の女性兵士)からすれば、植民地人や有色人はあきらかに「人間」ではないのである。それは家畜にひとしいものだから、それに対し人間に対するような感覚を持つ必要はないのだ。どうもそうとしか思えない。・・(中略)・・ もっとも私自身はあまり気にならなくなった。だがおそろしいことに、そのときはビルマ人やインド人とおなじように、イギリス人にはなにか別種の、特別の支配者であるような気分の支配する世界にとけこんでいたのである。(P.50)

1945年当時、いまだ大英帝国が植民地帝国であった時代のことであるから、現在ではさすがにここまではないだろう。だが歴史的ドキュメントとしての意味はある。

ヨーロッパ人には、いったん自分がとった重大な行動の責任は、どんなことがあってもなくならないとする考え方がある。また一度やりだしたことは都合が悪くなっても、いや悪いと思っても断じて曲げない方が立派で男らしいのだという考え方も、私たちの想像以上に強く広く根を張っているようである。(P.77~78)

この点にかんしてはヨーロッパ人もアメリカ人も同じではないだろうか。日本人の変わり身が早いこともまた変化はないようだが。

英軍の階級は社会秩序をそのまま反映しているといえる。とくに士官と下士官・兵との間には、これでも同じイギリス人かと思われるほどの差がある。士官はいわばホワイト・カラーであり、下士官・兵は労働者である。下士官・兵にもホワイト・カラーが少しはいるが、それは幹部候補生としてのそれではなく、下積み的な事務屋である。このこと自体は別に不思議ではない。近代国家のなかで日本だけが特殊なのである。・・(中略)・・ そのことはさておき、このような士官と下士官・兵の差、とくにその体格の隔絶といってよい決定的な相違は眼を見張らすほどのものであった。(P.111~112)

これは重要な指摘である。やや崩れたとはいえ、いまでも階級意識が強く残る英国はそのままあてはまるのではないか。労働者階級と中流階級、アッパーミドル、貴族はまったく異なるカテゴリーであり、相互に階級間移動はない。

文章や時の誤りは、ただそれだけのことだからよかったが、私たちを驚かせたばかりではなく大いに迷惑をこうむったのは、かれらの計算力である。・・(中略)・・ 三ケタの数を三回足したりすると大変である。何回やっても答えがちがうのには私たちの方が驚いてしまう。なかには「ヘーイ、ジャニイ」と私たちを呼びつけるのがいる。計算しろというのである。一回で計算してみせると、しきりに首をひねっている。・・(中略)・・イギリス兵のこういう能力の低さというものは私たちの想像の外である。私たちのうけた初等義務教育のゆきとどいていること、それもかなりの程度が高いもんであることは大いに誇りにしてもよいことではなかろうか。(P.116~118)

この点は、大学時代に富士山八合目でアルバイトしているときに多数かかわることになった米軍兵士とまったく同じである。とにかく単純計算ができないのだ! 

1945年当時の英軍兵士も、1982年当時の米軍兵士もまったく同じである。もちろん、日本人の計算能力は1962年当時とくらべると落ちているだろうが、それでも概して世界的には高い方だろう。

さて、ここから先は、英軍とともに行動してきたグルカ兵とインド兵についてみておこう。英国のグルカ兵は1997年の「香港返還」によって大幅に規模が縮小されたが、現在でもブルネイに駐屯している。ブルネイの旧宗主国は英国である。

私たちの看視兵にははじめの間ネパールのグルカ兵があてられていたが、半年ほどたってインド兵に代わった。グルカ兵は馬鹿正直で勇敢で規律正しく剛健愚直の見本みたいなもので、戦争中も第一線に立ち日本軍をさんざん苦しめた。看視兵としてもイギリス人にはまったく忠犬といった格好だった。(P.124)  戦闘中の敵歩兵の主力はかれらだった。さんざん悩まされた相手に終戦後はじめてお目にかかる。英軍など戦闘中見たことはないからあまり対面ばえがしなかったが、グルカ兵に出会ったときはまったくギクりとした。決戦場へもう一度つれだされたような妙な感じである。(P.33)

グルカ兵も、ビルマ人からはあまり好かれていなかったが、私たちには愛想のいいインド兵はビルマ人からは徹底的に嫌われていた。(P.130)

インドの兵制がどうなっているのか知らないが、大きくは宗教各派の信者別、地方別、カースト別に隊が異なっている。ほかに理由があるかもしれないが、いずれにしても他隊のものには大変不人情である。(P.132)

この当時はまだインドは英国の植民地でいまだ独立していなかったので、このようなマインドセットがあらわれていたのであろう。いわゆる植民地根性に近いものがある。

また、英領ビルマはもともと行政的には英領インドへの補給基地という位置づけでその一部であったので、植民地時代に大量にインド人が入植してきていたことも、ビルマ人の対インド人観を形成しているようである。

このほか重要な指摘も多々あるのだが、あまりにも多いのでインド人にかんしては引用はこれでやめておく。

最後にビルマ人について引用を行っておこう。きわめて根本的なものである。


ビルマの仏教は、ただこの国が僧侶の天下であり僧侶も又真面目であるというだけでなく、その精神が人びとのなかにこのように生きているということである。・・(中略)・・仏教の精神が本当に広く一般にしみこんでいたとすると、あとでいろいろ述べるビルマ人の行為は、この精神と関係あるように思える。(P.162)

こういったビルマ人に接することによって、著者もまた「ビルキチ」の一人となったのである。「ビルキチ」とは「ビルマきちがい」の略である。現在ならミャンマーおたく略して「ミャンたく」かしらん?

わたしがはじめてミャンマーに渡航した1997年、そのときはミャンマー投資ブーム期待のあった頃で、関西空港からヤンゴンまで全日空の直行便が飛んでいたのだが(・・近年また復活)、ガラガラの機内にいたのは「ビルキチ」とおぼしき日本人の老人ばかりであった。現在では生きていれば100歳近いので、「ビルキチ」生存者はもうほとんどいないだろう。

いまミャンマーに熱中している日本人には「ビルキチ」など無縁だろうが、こういう歴史もあったのだよ、と書き留めておきたいのである。相思相愛の関係だが、それは細々としたものであった。





■京都の知的風土から生まれ、さらに影響を与えたもの

『アーロン収容所』の著者・会田雄次氏の略歴を文庫版から引用しておこう。一部わたしが補足しておく。

1916年(大正5年)京都に生まれる。京都帝国大学史学科を卒業して、1943年(昭和18年)に応収、ビルマ戦線に送られ、戦後2年間、英軍捕虜としてラングーン(・・現在のヤンゴン)に抑留された。帰国後、神戸大学助教授をへて、京都大学教授(人文科学研究所)。専攻はイタリア・ルネサンス史。・・(以下略)・・

そう、会田氏もまた京都の知的風土のなかにいた人である。京都生まれの京都育ちの、ほんまもんの京都人である。

生態学者の梅棹忠夫や政治学者の高坂正堯(こうさか・まさたか)などもそうであったが、会田雄次もまた「京大派知識人」の一人でもあったわけであり、左派が幅をきかせてい「戦後知識人」のなかでは異色の存在であった。

しかもマキャヴェッリなどの研究者でもあった。イタリア・ルネサンス関連の会田雄次の本を読んだことはないのだが・・・(・・読んだのは塩野七生ばかり)。

いま書きながら重要なことを思い出した。『アーロン収容所』が一人称の「体験記」であることの積極的な意味についてである。著者は「まえがき」でこう書いている。

最後に一言お断りを。この本に書いたことは、できるだけ客観性を持たすためなるべく伝聞を避け、私自身の体験を主にした。「私」という言葉がすこし出すぎたようだけれども、そういう次第でご諒承いただければ幸いである。

高校時代、この一節の意味についてかなり考えたことを覚えている。「客観性」と「主観性」の関係についてであるが、客観性を担保するために主観的に書くという発想が、当時はなかなか飲み込めなかったのだ。理科系特有の「客観性信仰」のようなものだろうか(・・当時はまだ「理系」進学のつもりだった)。

だが、この一節の意味をアタマのなかで何度も何度も反芻(はんすう)するうちに、やっと納得することができたのである。それは「体験」と「伝聞」の違い、言い換えれば「一次情報」と「二次情報」の違いである。

さらに大学時代、現象学を学んで以後は、完全な「客観性」などあり得ないもので、しょせん「間主観性」(inter-subjectivity)に過ぎないのだという考えに達することができた。一次情報を語る「一人称としての私」は主観的であるが、主観性を離れた一次情報など存在し得ない。

これは認知科学の問題であり、量子力学における「観測問題」にもかかわってくるテーマなのである。観測者という「一人称としての私」にかかわる問題だ。

こういった基本的なことを考える出発点が、わたしにとっては高校時代に読んだ『アーロン収容所』だったわけだ。

先にあげた三冊の本のうち、『ソビエト帝国の崩壊』の著者・小室直樹は京大理学部数学科卒(・・博士号は東大から)、『ものの見方について』の著者・笠信太郎は朝日新聞論説委員であったが東京商大卒(・・専攻は西洋文明史)である。『アーロン収容所』の著者・会田雄次は言うまでもなく京大卒である。

こうやって振り返ると、わたし自身、無意識のうちに京都帝大(=京大)と東京商大(=一橋大学)の二つの流れに大きな影響を受けて知的形成してきたのだなあと、あらためて感じるのである。

観念論に傾斜しない現実主義、ある種の日本型プラグマティズムが貫いているといってよかろうか。戦後の知的社会を支配した、「左派の啓蒙思想」としての東大型思考とは異なる流れであったわけだが、現実主義やプラグマティズムはアメリカの専売特許ではなく、一般庶民の世界では当たり前といえば当たり前の「常識」的世界観である。

冷戦終結後も時代を超えてロングセラーとして生き残った理由は、ここにもあるというわけだ。

まだ読んでいない人は、ぜひ虚心坦懐に読んでみることをすすめたい。もちろん半世紀前のものだから、ところどころ突っ込みを入れながら読むことは必要だ。


 
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<関連サイト>

『アーロン収容所-西欧ヒューマニズムの限界-』(中央公論新社のサイト)



<ブログ内関連記事>

■ミャンマー(=ビルマ)関連

三度目のミャンマー、三度目の正直 (5) われビルマにて大日本帝国に遭遇せり (インレー湖 ④)
・・日本軍占領下のビルマで発行されたルピー軍票に書かれた大日本帝国の文字

「三度目のミャンマー、三度目の正直」 総目次 および ミャンマー関連の参考文献案内

「ミャンマー再遊記」(2009年6月) 総目次

ミャンマーで日本向けオフショア開発が有望な理由-それは日本語能力にある
・・二つの言語は、語順が同じなのだ


■大英帝国と植民地ビルマ、東南アジア

書評 『大英帝国衰亡史』(中西輝政、PHP文庫、2004 初版単行本 1997)-「下り坂の衰退過程」にある日本をどうマネジメントしていくか「考えるヒント」を与えてくれる本
・・中西教授も京大出身

『戦場のメリークリスマス』(1983年)の原作は 『影の獄にて』(ローレンス・ヴァン・デル・ポスト)という小説-追悼 大島渚監督
・・原作は南アフリカ出身の英国陸軍コマンド部隊大佐、ジャワ島の日本軍捕虜収容所を舞台にした日英の相克と奇妙な友情の物語。大島渚監督も京都出身で京大卒

原爆記念日とローレンス・ヴァン・デル・ポストの『新月の夜』
・・原爆投下による日本降伏によって捕虜収容所から生きて出ることができたと考える著者の回想録

「タイガーバーム」創業者の「タイガー・カー」(改造車)
・・大英帝国ネットワークとタイガーバーム。英領ビルマのラングーン(=ヤンゴン)に生まれた客家(ハッカ)の胡文虎はシンガポールでビジネスを成功させた


■白人と非白人の非対称的な関係

書評 『「肌色」の憂鬱-近代日本の人種体験-』(眞嶋亜有、中公叢書、2014)-「近代日本」のエリート男性たちが隠してきた「人種の壁」にまつわる心情とは

書評 『驕れる白人と闘うための日本近代史』(松原久子、田中敏訳、文春文庫、2008 単行本初版 2005)-ドイツ人読者にむけて書かれた日本近代史は日本人にとっても有益な内容


■京都の「知的風土」-現実主義とプラグマティズム

梅棹忠夫の『文明の生態史観』は日本人必読の現代の古典である!
・・京都生まれの京都育ちの生態学者

書評 『海洋国家日本の構想』(高坂正堯、中公クラシックス、2008)-国家ビジョンが不透明ないまこそ読むべき「現実主義者」による日本外交論
・・京都生まれの京都育ちの政治学者

書評 『封建制の文明史観-近代化をもたらした歴史の遺産-』(今谷明、PHP新書、2008)-「封建制」があったからこそ日本は近代化した!
・・京都生まれの京都育ちの歴史家による封建制度論

書評 『知的生産な生き方-京大・鎌田流 ロールモデルを求めて-』(鎌田浩毅、東洋経済新報社、2009)-京都の知的風土のなかから生まれてきた、ワンランク上の「知的生産な生き方」
・・東京出身の京大名物教授

書評 『革新幻想の戦後史』(竹内洋、中央公論新社、2011)-教育社会学者が「自分史」として語る「革新幻想」時代の「戦後日本」論
・・佐渡島生まれで京大卒の京大教授が書いた「戦後日本」の知識人世界。「戦後」というのがいかに異様な時代であったかがよくわかる本

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2013年3月16日土曜日

書評『ドアの向こうのカルト ― 9歳から35歳まで過ごした、エホバの証人の記録』(佐藤典雅、河出書房新社、2013)― 閉鎖的な小集団で過ごした25年の人生とその決別の記録



『ドアの向こうのカルト ー 9歳から35歳まで過ごした、エホバの証人の記録』(佐藤典雅、河出書房新社、2013)は、体験者にしか書けないインサイド・レポートである。

東京ガールズコレクションを手掛けたプロデューサーが、入信した母親に引きずられる形で信者となって生きてきた25年間を回想した手記である。一人称の語りによるノンフィクションのような印象をもった。

評論家が書いたものではない、告発するジャーナリストが書いたものではない、研究者が書いたものでもない。そのなかに25年間、すなわち四半世紀もの長きにわたって、しかも人間成長期の9歳から35歳までを過ごした人が書いたものである。ひとつひとつの記述の迫真性、説得力が違う。

「エホバの証人」は「ものみの塔」と言われることもある。かれら自身の認識においてはキリスト教のようだが、わたしはキリスト教ではないと思っていた。おそらく大半の人はカルトとみなしていることだろう。

著者はみずから25年間を過ごしたエホバの証人の信者としての人生を否定してしまうわけではない。すでに「解約」した現時点から振り返って、その意味を記憶のなかにある具体的な事実に即して解明しようとしている。

エホバの証人の擁護者からみたら、まさに「サタン」の仕業ということになるだろうし、否定的な人からみたら物足りないかもしれない。

だが、たとえ自分の人生の奥底からほとばしり出てくるものを抑圧してきたのがエホバの証人という教団であるとしても、それを全否定しては、それこそ人格崩壊をもたらしかねないし、賢明な処世とはいえない。著者が「リセット」したうえで、この手記を書くことを決意したのはぞのためだろう。

本書には、エホバの証人とマルチ商法が酷似していることに、当時はまだエホバの証人の信者だった著者が驚愕するシーンがでてくる。なんとなくそう感じている人も少なくないだろうが、さすがにエホバの証人のインサイダーであった人の話だけに説得力がある。

わたしはこのレポートを、閉鎖的な社会集団の事例研究として読んでいた。狭い社会集団は閉鎖的であるがゆえにマイノリティ(少数派)であるが、またそうであるがゆえにネットワークでつながっている同じ世界の住人とはきわめて親密な人間関係を築くことができるという逆説がある。ただし、そのネットワークは外部との接触をもたないネットワークであるのが問題ではあるのだが。

閉鎖的な組織や小集団といえば、まず想起するのはオウム真理教だろう。そして連合赤軍。新左翼の党派性の行き着いた先である。シベリア抑留者がそうであるし、さらにいえば帝国陸軍や旧東ドイツ国民、いまなおつづく北朝鮮もそのカテゴリーに含めていいかもしれない。エホバの証人が「王国」という表現をつかっているのは、ひじょうに示唆的・・・・である。

閉鎖的な社会集団は、「敵」の存在を明確化することによって、内部の結束と正統性をつくりだす。エホバの証人においては、それは「サタン」である。エホバとサタンの二項対立によって、すべて説明する二元論である。これは強弱の違いはあれ、キリスト教のなかにビルトインされたマニ教的世界観である。

世界観とは、ものの見方を規定するフレーム(枠組み)のことだ。エホバの証人ではこのほか、背教者(=アンチ・キリスト)を蛇蝎のごとく嫌い、教団外部の一般人のことを「世の人」と表現しているようだ。笑ってしまうのは、オウム真理教の事件についてのエホバの証人の反応である。カルト的な小集団のなかにいると、自分たち自身のことを相対的に把握することはできなくなってしまうようだ。

①絶対性、②純粋性、③選民性、そして④布教性、この4つを著者はエホバの証人の特性といっているが、最後の布教性がエホバの証人にはきわめてつよくあらわれている。

これに日本人に多くみられるリゴリズム的なまじめさが加わると、きわめて抑圧的に働くようになる。著者の記述によれば、アメリカの会衆(コングレゲーション)においては、日本よりもかなりリラックスしたものであるという。アメリカ人との比較から、日本人の特性が浮かび上がる。

閉鎖的な社会集団の特性としては、思考停止状態、組織への依存症、クリエイティビティ欲求の抑圧、感覚の鈍磨などをあげることもできよう。世界終末の日であるハルマゲドンを待つだけの受動的な生き方になりがちなことも指摘されている。どうせ世界が滅びるのであれば、頑張っても仕方ないではないか」という態度である。

面白いのは、これはとくに日本人の場合なのだろうが、たいていは女性から入信し、その子どもが巻き込まれ、最後に配偶者もというパタンが日本人の場合は多いようだ。著者の場合もそうだが、とくに海外駐在員の妻(・・いわゆる「駐妻」)は現地での就労ビザがないので、することがなく精神的に満たされない。物質的な欲望に飽き足りないと、その一つの方向性として宗教に向かうう傾向もなくはないようだが、それがたまたまカルトであるということなのだ。

わたしはこの本を読んでいて後半になってくると、おなじようにキリスト教系の閉鎖的な社会集団であるアーミッシュを思い出した。資本主義のオルタナティブ (1)-集団生活を前提にしたアーミッシュの「シンプルライフ」についてを参照していただきたい。シンプルな生き方にあこがれる人も少なくないだろうが、ものをあまり考えないシンプルマインド状態となってしまうと、それは無知蒙昧の一歩手前といっても言い過ぎではない。

多かれ少なかれ、どんな人でもある特定の価値観のもとに生きているわけである。生きてきた軌跡そのものであり、それは経験と知識によって形成されているものだ。

その価値観を相対化できるかどうかが、自由にモノを考えることができるかどうかの分かれ道になる。その意味では、自分のアタマで考え、自分で行動するとはどういうことかについても考えさせてくれる本である。

ページ数も多くてやや重い内容であるが、ぜひ読むことをすすめたい。


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目 次

はじめに-35年前の8ミリビデオ
第1章 カルト生活の幕開け
第2章 自己アイデンティティの上書
第3章 信者としての自覚の芽生え
第4章 信者としてのアイデンティティ
第5章 激動の活動時代
第6章 芽生える疑問
第7章 アイデンティティとの闘い
第8章 脱宗教洗脳
第9章 ミッション・インポッシブル―親族洗脳解約
第10章 死と再生-人生バージョン2.0
おわりに
推薦図書



著者プロフィール  

佐藤典雅(さとう・のりまさ)
株式会社1400グラム代表取締役。ロス在住。1971年広島県生まれ。少年期の大半をアメリカで過ごし、ハワイの高校を卒業。グラフィックデザイナーとしてキャリアを開始させる。医療業界でのコンサル営業、BSデジタル放送局を経てヤフーに入社。2005年にブランディング社に入り、LAセレブ、東京ガールズコレクション、キットソン等のプロデュースを行う。2010年に独立し事業戦略のコンサルを手掛けて現在に至る(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。




<関連サイト>

『ドアの向こうのカルト』著者インタビュー ベンチャー企業もカルト!? 元「エホバの証人」ビジネスパーソンが語る“社会の中の洗脳”



PS. 文庫化

『カルト脱出記 ー エホバの証人元信者が語る25年間の記録』 (河出文庫)と改題したうえで2017年1月に文庫化された。(2017年2月10日 記す)


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<ブログ内関連記事>

資本主義のオルタナティブ (1)-集団生活を前提にしたアーミッシュの「シンプルライフ」について
・・「Devil's Playground(日本未公開)という映画がある。 http://www.youtube.com/watch?v=n518iLqRekM&feature=fvst  ロバート・レッドフォードが主催するサンダンス映画祭で、オフィシャル・セレクションとなったドキュメンタリー映画である。製作公開は2003年。『目撃者-刑事ジョンブック』とは異なる視角から、アーミシュの若者たちの人生選択の姿を描いた、すぐれたドキュメンタリーとなっている。10代後半の男女は、今後もアーミシュとして生きるか否かという、人生の選択を意志決定する前に、「完全な自由」を与えられることになる。こうして若者たちは連日パーティーにふけり、酒やドラッグに浸り、やりたい放題、好き放題の生活をしばらく送るのだが、大半の者がだんだんと「無制限の自由」に虚しさを感じて、アーミッシュのコミュニティーに戻る道を選択していく・・・。Devil's Playground とはアーミッシュが、彼らのコミュニティのソト側の世界を表現したコトバである」。

エホバの証人の場合は、本書の記述によれば、アーミッシュのような巧みな仕組みはないようだ。教団の歴史の長さも関係するのだろう。もちろん、電気を否定するアーミッシュはインターネットに接触する機会もないのだろうが。

書評 『「空気」と「世間」』(鴻上尚史、講談社現代新書、2009)-日本人を無意識のうちに支配する「見えざる2つのチカラ」。日本人は 「空気」 と 「世間」 にどう対応して生きるべきか?

書評 『オウム真理教の精神史-ロマン主義・全体主義・原理主義-』(大田俊寛、春秋社、2011)-「近代の闇」は20世紀末の日本でオウム真理教というカルト集団に流れ込んだ

書評 『現代オカルトの根源-霊性進化論の光と闇-』(大田俊寛、ちくま新書、2013)-宗教と科学とのあいだの亀裂を埋めつづけてきた「妄想の系譜」


マンガ 『レッド 1969~1972』(山本直樹、講談社、2007~2014年現在継続中)で読む、挫折期の「運動体組織」における「個と組織」のコンフリクト
・・閉鎖的組織が生み出す悲劇はカルトに共通する

(2014年1月16日、2015年7月25日 情報追加)


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2010年6月6日日曜日

書評 『普通の家族がいちばん怖い ― 崩壊するお正月、暴走するクリスマス』(岩村暢子、新潮文庫、2010 単行本初版 2007) ― これが国際競争力を失い大きく劣化しつつある日本人がつくられている舞台裏だ




■国際競争力を失い、大きく劣化しつつある日本人がつくられている舞台裏を見よ!■

 「嫌なものを読まされたなあ」、という感じが最初から最後までつきまとった。

 自分の自由意思で読みながらなんだ、という感がなくもないが、同時に読んでいるうちに、「いや、こういうものかもしれないなあ」という気持ちに変化していく自分を見いだした。単行本は読んでいないので、この文庫版ではじめて読んでみての感想だ。

 いかに否認しようが、怒りを感じようが、これがいまの日本の家庭の現実なのだ。生活習慣が大きく変貌した現在の日本では、お正月が衰退するのも仕方がないし、クリスマスのほうが盛り上げやすいのは否定できない。

 この調査からあぶり出されてきたのは、30歳台から40歳台にかけての主婦たちのホンネである。

 自由意思と個人主義をはき違えた「甘えの構造」。快楽原則に基づき、ひたすら不快で苦痛なこと、つまり嫌なことを回避する行動特性。現実を見ないよう、考えないようにして家族を偽装する日々。

 しかしこうした女性たちを責めたところで問題が解決されるわけでもない。専業主婦とは、その多くが人生に意味を見いだせない、寂しい女性たちのように思われるからだ。

 大きく変化したように見える日本の家庭だが、30歳台から40歳台にかけての主婦たちの行動を規制しているのが、あいもかわらず日本的な「世間」であることにも、一方では驚かされる。まわりがやっているからやる、まわりにあわせないのが怖い。ここにあるのは、「個」の存在しない「世間」そのものである。

 この本を読んで強く思ったのは、日本人は個人主義を完全にはき違えている、という事実だ。

 この本に登場する主婦たちは、多くの者が自由意思などとクチにしているが、日本人の家庭にあるのは、「個人主義」ではなく、「孤人主義」である。責任をともなわない「個」は「孤」でしかない。すでに集団主義でもなく、個人主義でもない日本人。内向きの孤人主義者の集団。

 また子どもに対して、コトバで説明し、説得することを回避している多くの主婦たち。これでは子どもたちが一体どうやって、グローバル化のなかで生きてゆけるというのだろうか? 日本を一歩出れば、コトバでの戦いが当たり前の光景だというのに・・・。

 コトバによる論理的思考とはほど遠い日本人。多くの日本人から、国際的な競争力が急速に減退しているのは当然の帰結というべきだろう。

 日本企業もまたマーケティング活動をつうじて、こうした動きを促進しているわけだから、ほぼすべての日本人の大人が同罪であるといわねばならない。一部の地方での風習でしかなかった「恵方巻き」が普及したメカニズムについては、いろいろと考えさせられるものがあった。企業サイドと受容サイドがシンクロした結果なのである。

 いくら正論を吐いたところで、多くの日本人が大きく劣化しているのは否定できない事実だ。この現実を見据えたうえで、処方箋を書いて行動に移していかなくてはならないのだが、日本人の劣化を食い止めるためには、かなりハードな方法しかないだろうという気もする。それこそ見たくない、考えたくないような方法によって。
 
 それは、読者一人一人が考えなければならない課題である。その前に、まず本書を投げ出さずに最後まで読み切ってほしいと思う。


<初出情報>

■bk1書評「国際競争力を失い、大きく劣化しつつある日本人がつくられている舞台裏を見よ!」投稿掲載2010年4月22日




<書評への付記>

 書評としては長くなりすぎたので、投稿する際には大幅にカットして短くした。

 以下、カットした部分を再録しておこう。


 「見たくない現実」を見せられたとき、「否認 ⇒ 怒り ⇒ 取引 ⇒ 抑うつ ⇒受容」 という一連のプロセスがある。キューブラー=ロスが『死ぬ瞬間』で示した「死ぬということを受容するプロセス」からきているが、この本にかかれた「現実」については、否認から受容までのプロセスを、私自身体験することになった。

 いかに否認しようが、怒りを感じようが、まさにこれがいまの日本の家庭の現実なのだ。

 生活習慣が大きく変貌した現在の日本では、お正月が衰退するのも仕方がないし、クリスマスのほうが盛り上げやすいのは否定できない。

 調査対象者の属性、世帯収入が600万以上から800万円以下(26.9%)と800万円以上と1,000万円以下(22.9%)が中心になっており、標準よりやや高所得者層の専業主婦にあるようだ。つまり調査対象者は、居場所が職場にはない女性たちである。 

 調査手法もありきたりの定量調査手法であるアンケート調査ではなく、家族の食卓の写真を提出してもらい、質問票に記入してもらったうえで、ディープ・インタビューを行うとい定性的な手法であることが大きい。写真記録に現れた事実は、クチから出る発言との矛楯をさらけ出すからだ。犯罪捜査にも似た、執拗な調査方法である、といえようか。

 「家庭でのしつけ」というものがほぼ完全に死滅し、一切合切を外部化し、他人のせいに押しつける現在の状況、モンスターペアレンツ現象の背景が何であるのかについても、本書をよめば間接的に知ることができる。

 こういう家庭に育った子どもたちが、いままさに社会人として労働市場に参入してきたわけなのだが、「就活」というハードリアリティで苦戦し、そしてまた会社に入ってから大きなリアリティショックを感じることだろう。会社に入ってから意識変容があるのか、いかに価値観に変化が現れるのか、大いに関心がある。「シュガー社員」現象の背景も、本書をよめば間接的に知ることができる。

 また、子どもたち自身が、こうした親をどう見ているのか、ホンネを探ってみたいものだ。著者もエピローグでは「子どもの目線」について少し言及しているが、案外と醒めたものの見方をしているのではないか。

 母親を「反面教師」にしている可能性も・・。あるいまた・・・



<ブログ内関連記事>

「恵方巻き」なんて、関西出身なのにウチではやったことがない!-「創られた伝統」についての考察-


■日本では「習俗化」したキリスト教

書評 『日本人とキリスト教』(井上章一、角川ソフィア文庫、2013 初版 2001)-「トンデモ」系の「偽史」をとおしてみる日本人のキリスト教観

書評 『「結婚式教会」の誕生』(五十嵐太郎、春秋社、2007)-日本的宗教観念と商業主義が生み出した建築物に映し出された戦後大衆社会のファンタジー
・・キリスト教的なるものという西洋への憧れは依然として日本女性のなかにポジティブなイメージとして健在

書評 『ミッション・スクール-あこがれの園-』(佐藤八寿子、中公新書、2006)-キリスト教的なるものに憧れる日本人の心性とミッションスクールのイメージ

書評 『日本人は爆発しなければならない-復刻増補 日本列島文化論-』(対話 岡本太郎・泉 靖一、ミュゼ、2000)
・・抜書きしておいた「日本におけるキリスト教の不振」にはぜひ目を通していただきたい。文化人類学者・泉靖一氏の見解に説得力がある

バレンタイン・デーに本の贈り物 『大正十五年のバレンタイン-日本でチョコレートをつくった V.F.モロゾフ物語-』(川又一英、PHP、1984)

ケルト起源のハロウィーン-いずれはクリスマスのように完全に 「日本化」 していくのだろうか?


■「言語技術」が日本人を真に国際化させる

書評 『外国語を身につけるための日本語レッスン』(三森ゆりか、白水社、2003)

書評 『「言語技術」が日本のサッカーを変える』(田嶋幸三、光文社新書、2007)

コトバのチカラ-『オシムの言葉-フィールドの向こうに人生が見える-』(木村元彦、集英社インターナショナル、2005)より


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