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2010年12月5日日曜日

書評 『地雷処理という仕事-カンボジアの村の復興記-』(高山良二、ちくまプリマー新書、2010)-「現場」に徹底的にこだわった、地に足の着いた現地支援のあり方とは?




「現場」に徹底的にこだわった、地に足の着いた現地支援のあり方とは?

 1992年のカンボジアPKOに参加した陸上自衛官が、「人生の目的」を発見してしまったのは45歳のときであった。

 それから10年間、温め続けた夢を実現するため55歳で定年退職後、自衛隊関係者がつくった地雷処理の NPO の一員としてカンボジアに渡り、カンボジア語はおろか英語さえままならないまま、徒手空拳で事務所を立ち上げることから「第二の人生」の第一歩が始まった・・・

 この本は、あくまでも「現場」に徹底的にこだわりつづける著者が、地雷処理・不発弾処理のスペシャリストとしての専門性をフルに活かした海外現地支援活動を、地を這う虫の眼で記した記録である。

 著者が活動拠点に定めたのは、もともとポルポト派(=クメール・ルージュ)の支配地域だった村である。

 現地在住のただ一人の日本人である著者は、「現地」に仕事をつくるという目的から、住民から地雷処理の専門家を募集し、専門家としての訓練を行いながら地雷処理を行っている。
 現地の事情から、機械に頼れない手作業による地雷処理であり、しかも住民参加型である。この危険なミッションの遂行をプレイング・マネージャーとして指揮する著者は、地雷処理の専門能力と部下を統率するリーダーシップ経験をフルに活かして貢献している。

 どうしても援助というと、井戸を掘るなどの施設建設というハードに偏りがちであるが、そのハードを住民が自分たちでメンテナンスしていくためのソフトを教え込むことなしには、真の自立からはほど遠い
 そのためには、住民の意識改革をつうじた人づくり活動が必要であり、これがひいては現場主義の復興活動、平和構築活動となる

 「支援される側」が自分たちの問題として主体的に取り組まない限り、活動は一過性のものとして終わってしまい、けっして継続的なものにならない「支援する側」と「支援される側」、その双方に責任があり、その両者がともに働くのが「現場」である。あくまでも「現場」に徹することによって、その成功例がモデルケースとなり、拡がっていくという好循環が期待される。

 経営コンサルティングに従事している私にとっても、あらためて教えられることの多い本だった。
 
 中年になってから「人生の目的」を発見した著者の「第二の人生」は、しかしながらけっして平坦なものだったわけではないようだ。家族を説得してカンボジアに渡るまでの苦労、現地であたらしい事業を立ち上げる苦労と喜び、なかなか地雷処理の仕事ができなかったために経験したバーンアウトという精神疾患。こういったことを包み隠さず語る著者の姿勢には、多くの人が共感することだろう。

 海外における地域支援のあり方についての本としても、カンボジア関連の本としても、あるいはまた定年退職後の人生論としても、いろんな読み方の可能な本である。ぜひ一読をすすめたい。 


<初出情報>

■bk1書評「地に足の着いた、「現場」に徹底的にこだわった現地支援のあり方とは?」投稿掲載(2010年6月28日)
■amazon書評「地に足の着いた、「現場」に徹底的にこだわった現地支援のあり方とは?」投稿掲載(2010年6月28日)

*再録にあたって字句の一部を修正した。




目 次

カンボジアへ
活動の立上げ
不発弾処理に取り組む
バーンアウト
再びカンボジアへ
タサエン
デマイナー
村の自立を目指した地域復興
村の生活
事故
これまで・これから
未来へ・タサエン村から


著者プロフィール

高山良二(たかやま・りょうじ)

1947年生まれ、愛媛県出身。地雷処理専門家。1966年陸上自衛隊に入隊。1992年カンボジア PKO に参加。以来、カンボジアに特別な思いを抱く。2002年陸上自衛隊を定年退官と同時に、認定 NPO 法人日本地雷処理を支援する会(JMAS)に参加。1年の大半をカンボジアの地雷原の村で過ごし村人と共に地雷処理をする傍ら、村の自立を目指した地域復興にも奔走している。また東大寺で僧侶「補 権律師」の地位を得る。受賞歴として南海放送賞、国際ソロプチミスト日本財団国際奉仕賞、テレビ愛媛賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


<書評への付記>

 カンボジアの地雷については、なんといっても、戦場カメラマン市ノ瀬瀬泰三の 『地雷を踏んだらサヨウナラ』(講談社文庫、1985)を思い出す。ベトナム戦争従軍記である。
 市ノ瀬泰三の最期は、戦場カメラマン馬淵直城による 『わたしが見たポル・ポト-キリングフィールズを駆けぬけた青春-』(集英社、2006)に描かれている。
 カンボジアのみならず、東南アジア、とくにインドシナ半島現代史について知りたい人には、ともに強く薦めたい本である。

 地雷(mine)という兵器は「ばね」の耐荷重性を利用したきわめて単純で安価な兵器だが、とくに殺傷力の高い対人地雷はきわめて非人道的と言わざるをえない。
 対戦車地雷は戦車並の荷重がかからないと起爆しないが、対人地雷は子どもの体重でも起爆する、非戦闘員であるシビリアンも犠牲者になる、きわめて非人道的な殺傷兵器である。
 とくにカンボジアでは雨期の洪水で、対人地雷が居住地域に流れてくることがあるので危険である。
 対人地雷の被害者と、対人地雷廃絶に向けて先導して努力した故ダイアナ妃と日本の故小渕首相には、この場を借りて哀悼の意を表したい。



<ブログ内関連記事>

書評 『この国を出よ』(大前研一/柳井 正、小学館、2010)
・・まずは日本から一歩外にでてみることだ。

書評 『「独裁者」との交渉術』(明石 康、木村元彦=インタビュー・解説、集英社新書、2010)
・・カンボジアで国連事務総長特別代表として調停にあたった明石康氏の手記

シハヌーク前カンボジア国王逝去 享年89歳(2012年10月15日)-そしてまた東南アジアの歴史の生き証人が一人去った

カンボジアのかぼちゃ
・・カンボジアについての個人的随筆

本年度アカデミー賞6部門受賞作 『ハート・ロッカー』をみてきた-「現場の下士官と兵の視線」からみたイラク戦争
・・都市部における手作業による不発弾処理については、ハリウッド映画の『ハート・ロッカー』(2010年度アカデミー賞受賞作)で知ることができる。カンボジアの地雷処理は、イラクとは都市と農村の違いはあるが、基本的に軍のスペシャリストでなければできない、危険きわまりない仕事である。
    
(2014年11月2日 情報追加)




(2012年7月3日発売の拙著です)







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