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2019年7月2日火曜日

JBPress連載コラム第55回目は、「メコン川に映るべトナム、カンボジア、中国の“悪縁” -ベトナム南部のデルタ地帯はもともとカンボジアだった」(2019年7月2日公開)


JBPress連載コラム第55回目は、「メコン川に映るべトナム、カンボジア、中国の“悪縁” -ベトナム南部のデルタ地帯はもともとカンボジアだった」(2019年7月2日公開)
⇒ https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/56848

メコン川は、ヒマラヤ山脈のチベット高原からベトナム南部まで延長4425キロメートルにわたって流れる、世界第11位の大河。その「流域」には、流域には中国、ミャンマー、タイ、ラオス、カンボジア、ベトナムの6カ国が含まれる。 

今回のコラムでとりあげたのは、メコン川の河口域にあるメコンデルタ。カンボジアの首都プノンペンを頂点にした約5万平方キロメートルのデルタ(三角州)である。ベトナム南部とカンボジアが含まれる。 


メコンデルタの「ジャングルクルーズ」にて 筆者撮影

ベトナムとその隣国のカンボジアは、愛憎相半ばする関係にあるが、国境という人為的な枠組みでは理解できない複雑で錯綜とした関係が、メコン川の「流域」という視点からは見えてくるだろう。 

さらに華僑・華人という要素が加わってくるのが、東南アジアの歴史である。これに加えて、いま影響力を強めているのが超大国・中国という存在だ。 しかも、その影響は圧倒的なパワーによるものだ。

つづきは本文で  ⇒  https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/56848





<ブログ内関連記事>

JBPress連載コラム第54回目は、「発見に満ちている人工河川・利根川の“流域”-平時から身につけたい流域の視点と発想」(2019年6月18日公開)

『東南アジア紀行 上下』(梅棹忠夫、中公文庫、1979 単行本初版 1964) は、"移動図書館" 実行の成果!-梅棹式 "アタマの引き出し" の作り方の実践でもある

岩波写真文庫から1958年にでた梅棹忠夫監修の 『タイ』 と 『インドシナの旅』は、『東南アジア紀行』をブログ版としたようなものだ

■ベトナム関連

Vietnam - Tahiti - Paris (ベトナム - タヒチ - パリ)

ベトナムのカトリック教会

映画『夏至』(ベトナム/フランス、2000年)を18年後の「夏至」に見る-雨期のハノイの美しい映像

■カンボジア関連

シハヌーク前カンボジア国王逝去 享年89歳(2012年10月15日)-そしてまた東南アジアの歴史の生き証人が一人去った

今年2011年の世相をあらわす漢字は 「水」 に決まり-わたしが勝手に決めました(笑)


 
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2012年10月15日月曜日

シハヌーク前カンボジア国王逝去 享年89歳(2012年10月15日)― そしてまた東南アジアの歴史の生き証人が一人去った



けさ(2012年10月15日)のニュースで知ったシハヌーク前カンボジア国王逝去。享年89歳、ご冥福を祈ります。合掌。

すでに時の人ではなくなっていたとはいえ、アジア激動の時代の生きた証人がまた一人去ったという感慨は深い。

クメール・ルージュのポル・ポト(1928~1998)はすでに死して14年、そしてシハヌーク(1922~2012)も去ったカンボジア。

ともに宗主国の言語であるフランス語で西欧流の教育を受けた知識人でありながら、後半生は北京(=中国共産党)と密接なかかわりをもった二人であった。しかも両者が手を握った結果、大虐殺というキリング・フィールドがもたらされた事実は、けっしてぬぐい去ることのできない歴史の汚点である。

だが、二人は大きく明暗をわけることになった。シハヌークのほうが、よりしたたかであったというべきか。

注目すべきは、シハヌークが北京の病院で亡くなったということだ。シハヌークは中国にとってはいわば重要なカードの一枚だったわけである。しかも、シハヌークのボディガードは北朝鮮から派遣されていた。ここらへんの深い事情は、よくはわからないのだが、カンボジア国民からは「国父」として慕われながらも、結局のところ本人はカンボジア国民を信用しきっていなかったのかもしれない。

いまやカンボジアも内戦時代の記憶も遠ざかりつつある。なんせ、首都プノンペンにはイオンが出店するという時代だ。 (注:イオンモールは、2014年4月に開業 2014年7月24日記す)。




写真は、2008年時点に再訪した際の首都プノンペン。前国王夫妻の肖像と現シハモニ国王の肖像が並んで掲示されている。なお、シハモニ国王は、フランスでバレエダンサーとバレエ教師を務めていた人である。

しかし、月日がたつのは早い。とはいえ、現在は過去の延長線上にある以上、過去の暗黒の歴史もまた、きちんと押さえておきたいものだ。

とくにベトナム戦争の正確な認識を抜きに、東南アジアを理解することはできない。そこに大きな影を落としているのがアメリカと中国である。そして旧宗主国としてのフランス。そして、隣国のベトナム。大東亜戦争において仏印進駐を実行した日本もまた。

だが、いまやプノンペンを走るクルマの大半は左ハンドルの韓国車ばかりだ。日本人としては、残念なことである。


PS なお、シアヌークという呼び方はフランス語風である。フランス語は h音を発音しないのでシアヌークとなるが、日本人であればシハヌークと発音すべきである。


(画像をクリック!)


<関連サイト>

シアヌークという男(徳岡孝夫、クオ・ヴァディス きみはどこへいくのか? 2012年11月13日付) (2013年1月25日 追加)


<ブログ内関連記事>

書評 『地雷処理という仕事-カンボジアの村の復興記-』(高山良二、ちくまプリマー新書、2010)

書評 『「独裁者」との交渉術』(明石 康、木村元彦=インタビュー・解説、集英社新書、2010)

カンボジアのかぼちゃ

『東南アジア紀行 上下』(梅棹忠夫、中公文庫、1979 単行本初版 1964) は、"移動図書館" 実行の成果!-梅棹式 "アタマの引き出し" の作り方の実践でもある

岩波写真文庫から1958年にでた梅棹忠夫監修の 『タイ』 と 『インドシナの旅』は、『東南アジア紀行』をブログ版としたようなものだ

「カンボジア投資セミナー」 (国際機関日本アセアンセンター)が、2011年6月2日(木)に開催 (入場無料)


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2012年1月22日日曜日

岩波写真文庫から1958年にでた梅棹忠夫監修の 『タイ』 と 『インドシナの旅』は、『東南アジア紀行』をブログ版としたようなものだ



岩波写真文庫から1958年にでた梅棹忠夫監修の 『タイ』 と 『インドシナの旅』は、『東南アジア紀行』のブログ版のようなものだ。つい最近、この2冊を古書として入手することができた。

現在でも文庫版で読める『東南アジア紀行 上下』には、残念ながら写真が文庫カバーのカラー写真2枚しかない。『東南アジア紀行 上下』(梅棹忠夫、中公文庫、1979 単行本初版 1964) は、"移動図書館" 実行の成果!-梅棹式 "アタマの引き出し" の作り方の実践でもある』 を参照。

梅棹忠夫と大阪市立大学による「東南アジア探検」で撮影された写真の一部は、昨年(2011年)出版された  『ひらめきをのがさない! 梅棹忠夫、世界の歩き方』(小長谷有紀・佐藤吉文=編集、勉誠出版、2011) に収録されているが、調査探検のあとに国民への報告の一環として行われた講演会以外では、この岩波写真文庫での公開が数少ない例外であったようだ。

 『タイ』は正式タイトルは『タイー学術調査-』(梅棹忠夫=監修、大阪市立大学東南アジア学術調査隊=写真、岩波書店、1958)、『インドシナの旅』は『インドシナの旅-カンボジア・ベトナム・ラオス-』(梅棹忠夫=監修、大阪市立大学東南アジア学術調査隊=写真、岩波書店、1958)である。

いずれも総頁数は64頁の小冊子で、最初のページから最後のページまでびっしりと写真が収録されている。

写真につけられた簡潔なキャプションは、現代でいえばブログの文章そのものといっていいだろか。逆に言うと、現在のブログ記事の構造そのものといっていいだろう。

フィールドワークで写真を撮影し、その場で文章で簡単なコメントを書いておく。写真の情報量はきわめて多いので、写真を撮影することじたいが情報生産である。それを知的生産にまでたかめる第一歩が、写真にコメントする作業である。

「思想はつかうべきものである。思想は論ずるためだけにあるのではない」(「アマチュア思想家宣言」『思想の科学』1954年)と主張し、カメラで写真を撮るように思想を論ずるべきだと説いた梅棹忠夫の「思想」の実践そのものといっていいだろう。




これは、タイの首都バンコク近郊のクリーク(水路)の写真とその説明文だが、観光用ではないこういったクリークが1958年にはまだ存在したわけだ。

文字としての記録はもちろん重要だが、たとえモノクロでサイズの小さな写真であっても、画像のもつ情報量は文字とはケタ違いである。いまから50年以上前の東南アジアを写真でみると、変化していないものと、まったく変化してしまっているものとがわかってじつに面白い。

出版社が違うから難しいかもしれないが、中公文庫版の『東南アジア紀行』と岩波写真文庫の『タイ』と『インドシナ』を再編集して一冊本にしたらさぞ面白かろうに、と思ってしまう。どなたか試みていただけないだろうか?

とくに、ベトナム戦争によって破壊される前のインドシナ三国、高度成長で消えてしまうまえのタイの写真はきわめて貴重である。

50年前の名残をさがせばまったくないわけではないものの、やはりいったん消えてしまうと二度ともどっってくることはない。

昔の東南アジアを直接知っているわけではないのでノスタルジーではないのだが、このモノクロ写真はモノクロであるがゆえに、そういった感想を抱かせるものがある。



<ブログ内関連記事>

『東南アジア紀行 上下』(梅棹忠夫、中公文庫、1979 単行本初版 1964) は、"移動図書館" 実行の成果!-梅棹式 "アタマの引き出し" の作り方の実践でもある』
・・表紙カバーの写真2枚を掲示しておいた

書評 『ひらめきをのがさない! 梅棹忠夫、世界の歩き方』(小長谷有紀・佐藤吉文=編集、勉誠出版、2011)・・東南アジア関連の写真も

書評 『梅棹忠夫-知的先覚者の軌跡-』(特別展「ウメサオタダオ展」実行委員会=編集、小長谷有紀=責任編集、千里文化財団、2011)・・東南アジア関連の写真も

書評 『梅棹忠夫 語る』(小山修三 聞き手、日経プレミアシリーズ、2010)

書評 『梅棹忠夫のことば wisdom for the future』(小長谷有紀=編、河出書房新社、2011)

書評 『梅棹忠夫-地球時代の知の巨人-(KAWADE夢ムック 文藝別冊)』(河出書房新社、2011)

書評 『梅棹忠夫-知的先覚者の軌跡-』(特別展「ウメサオタダオ展」実行委員会=編集、小長谷有紀=責任編集、千里文化財団、2011)

梅棹忠夫の幻の名著 『世界の歴史 25 人類の未来』 (河出書房、未刊) の目次をみながら考える

書評 『まだ夜は明けぬか』(梅棹忠夫、講談社文庫、1994)-「困難は克服するためにある」と説いた科学者の体験と観察の記録

『東南アジア紀行 上下』(梅棹忠夫、中公文庫、1979 単行本初版 1964) は、"移動図書館" 実行の成果!-梅棹式 "アタマの引き出し" の作り方の実践でもある

書評 『回想のモンゴル』(梅棹忠夫、中公文庫、2011 初版 1991)-ウメサオタダオの原点はモンゴルにあった!

梅棹忠夫の「日本語論」をよむ (1) -くもん選書からでた「日本語論三部作」(1987~88)は、『知的生産の技術』(1969)で黙殺されている第7章とあわせ読むべきだ

梅棹忠夫の「日本語論」をよむ (2) - 『日本語の将来-ローマ字表記で国際化を-』(NHKブックス、2004)

企画展「ウメサオタダオ展-未来を探検する知の道具-」(東京会場)にいってきた-日本科学未来館で 「地球時代の知の巨人」を身近に感じてみよう!


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2012年1月20日金曜日

『東南アジアを学ぼう ―「メコン圏」入門』(柿崎一郎、ちくまプリマー新書、2011)で、メコン川流域5カ国のいまを陸路と水路を使って「虫の眼」でたどってみよう!

■大河メコン川流域の5カ国のいまを描いた入門書

本書は、陸路と水路で知る「メコン圏」、すなわち大河メコン川流域の5カ国のいまを描いた入門書である。

「メコン圏」に属するのは、メコン下流からさかのぼれば、ベトナム、カンボジア、タイ、ラオス、ミャンマー、そして中国である。つまるところ東南アジアの大陸部のことだ。

ちょっと古い表現をつかえば、インドシナ半島よりやや広い地域をさしている。いわゆるインドシナ諸国にタイとミャンマーと中国を加えた地域になる。

『東南アジアを学ぼう ―「メコン圏」入門』(柿崎一郎、ちくまプリマー新書、2011)は、おそらく出版社の意向で「東南アジア」がタイトルとしては全面にでたのだろうが、実際は「メコン圏」のみを扱ったものだ。

地続きではあるが、マレー半島のマレーシアとシンガポール、それに地域大国であるイノドンシアはいっさい登場しないので注意していただきたい。

タイが専門で鉄道ファンでもある著者は、鉄道が走っている場所は鉄道で、鉄道がない場所は高速バスで、メコン側は水路でと、さまざまな交通手段をつかって陸路を案内してくれる。

この地域の基本は、東西南北に走る縦貫道の存在。「東西回廊」と「南北回廊」が、メコン圏を貫く交通路である(・・下図を参照)。

「南北回廊」は、南はバンコクから北は中国の昆明(クンミン)にさかのぼって、東はベトナムのハイフォン(海防)にいたるルート。タイ、ラオス、中国、ベトナムの四カ国を横切るルートである。

「東西回廊」は、東はベトナムのダナンから、西はミャンマーのモーラミャインまで東西を貫くルート。ベトナム、ラオス、タイ、ミャンマーの四カ国を横切るルートである。

本書で「南回廊」となっているのは、下図では「第二東西回廊」とされているもの。ベトナムのヴンタウ(・・ホーチミンのさらに下流河口)から、カンボジアをへてバンコクまで至るルートである。




わたしも、鉄道や高速バス、あるいは空路や経済ミッションなどの機会をつうじて走ったことがあるが、日本で想像するような快適なハイウェイとはほど遠いのが実態だ。

しかし、道がつながったということはきわめて大きな意味をもつ。とくに大河メコン川を、はしけではなく、そのままクルマで走って通過できるということは、まさに革命であろう。

メコン川は南北で人々を結びつけると同時に、東西では分断していたからだ。



■「戦場から市場へ」と提唱されてから20年

帯には、「戦場から市場へ-「変化」と「活気」にあふれるメコン圏を見にいこう」ともある。

「戦場から市場へ」というのは、フランスの植民地であったインドシナを舞台にした二次にわたるベトナム戦争が終結し、「戦場」となったインドシナを「市場」に変えようと提唱した、1991年当時のタイの首相チャートチャーイのフレーズである。

このフレーズが提唱されてからすでに20年、当時はタイの通貨であるバーツが支配する「タイ・バーツ圏」が「メコン圏」を支配するのではと予想されていたが、現在では中国の人民元が着実に支配力を強めている。地続きのラオスだけでなく、3年前にはカンボジアの市場でも人民元をみた。

このように、ベトナム戦争が終結し、カンボジア紛争も終結して20年以上たつこの地域は、開発経済学の観点から GMS(=Greater Mekong Region:メコン圏)という概念がつくられ、「東西回廊」と「南北回廊」の構想とその実現によって、地域市場としての成長が期待されつつつつある。


■中国(シナ)でもインドでもないインドシナ!

「中国、インドの次はココ!」と帯のキャッチコピーにはあるが、わたしとしては「中国、インドじゃなくてココ!」と言っておきたいものだ(笑)。

インドシナという表現でわかるように、この地域はインドとシナ(=中国)の二代文明が出会い、浸透している地域である。

基本は、タイ、ミャンマー、ラオス、カンボジアで支配的な上座仏教。すなわちインド文明の延長線上にある。これにヒンドゥー教の王権概念が支配原理となった地域だ。現在では、王制が残っているのはタイとカンボジアだけだが。

日本、朝鮮とならぶ中華文明の一つであるベトナムは、儒教・道教、それに大乗仏教という、わたしの表現では「中華文明の三点セット」が支配する地域である。現在では地理的概念としての東南アジアの一国と認識され、ASEANにも加盟している。「メコン圏」としての認識が高まれば、ベトナムはさらに中国からの遠心力が働くこととなるだろう。

地域大国としてのタイ、それに対抗すべく着々とチカラをつけつつあるベトナム。この二国が「メコン圏」のメジャープレイヤーだが、ますますプレゼンスを強めているのが中国である。中国との関係を抜きに「メコン圏」について語ることはできない。ここはまた、日本と中国の影響力行使競争の場でもある。

本をだしにして「メコン圏」について書いてみたが、ビジネスだけでなく、地域全体を知るという観点からの入門書として、大学生以上が読むと思い白い本になっているというべきだろう。

ぜひみなさんも機会があれば、空路でメガ都市とメガ都市のあいだ、メガ都市とリゾート地のあいだを跳ぶだけでなく、地を這うような旅も経験していただきたいものだと思う。タイはもう面白くなくなってきたので、ラオスあたりが面白いでしょう。

若ければバックパッカーの旅もまたよし、ということで。


(画像をクリック!)

目 次        
序章 メコン圏とは?  
第1章 南北回廊(ハイフォン〜昆明〜バンコク)  
1. 紅河沿いの鉄道(ハイフォン〜昆明)
2. 山峡を貫く高速道路(昆明〜景洪)
3. メコンの川下りと新たな陸路(景洪〜チエンセーン・チエンコーン)
4. タイ族の南下ルート(チュエンセーン・チェンコーン〜バンコク)
第2章 東西回廊(モーラミャイン〜ダナン)   
1. タイを横切る道(モーラミャイン〜コーンケン)
2. 分断の川メコン(コーンケン〜サワンナケート)
3. アンナン山脈越えのルート(サワンナケート〜ドンハ) 
4. ハイヴァン峠を越えて(ドンハ〜ダナン)
第3章 南回廊(ヴンタウ〜バンコク)           
1. メコン・デルタをさかのぼって(ヴンタウ〜プノンペン)
2. 疲弊した鉄路(プノンペン〜バッドムボーン)
3. かつての国際鉄道(バッドムボーン〜バンコク)
4. 新たな海岸沿いのルート(プノンペン〜バンコク)
終章 メコン圏から見えること   
あとがき
参考にした主な本など

著者プロフィール   
柿崎一郎(かきざき・いちろう)         

1971年静岡県生まれ。東京外国語大学大学院地域文化研究科博士後期課程修了。博士(学術)。横浜市立大学国際総合科学部准教授。タイを中心とするメコン川流域の交通網の発展や、バンコクの都市交通の整備に関する研究を進める。著書に、『タイ経済と鉄道-1885~1935年』(日本経済評論社、大平正芳記念賞受賞)などがある(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。





<ブログ内関連記事>

『東南アジア紀行 上下』(梅棹忠夫、中公文庫、1979 単行本初版 1964) は、"移動図書館" 実行の成果!-梅棹式 "アタマの引き出し" の作り方の実践でもある

タイのあれこれ (15) タイのお茶と中国国民党の残党
・・ゴールデン・トライアングルの秘史

ベトナムのカトリック教会

書評 『地雷処理という仕事-カンボジアの村の復興記-』(高山良二、ちくまプリマー新書、2010)

カンボジアのかぼちゃ

『龍と蛇<ナーガ>-権威の象徴と豊かな水の神-』(那谷敏郎、大村次郷=写真、集英社、2000)-龍も蛇もじつは同じナーガである


P.S. ちなみにこの投稿で850本目の記事となりました。今年2012年内に1,000本目指します。なお、姉妹編の佐藤けんいち公式ブログとあわせると、1,055本書いたことになります。


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2010年12月5日日曜日

書評『地雷処理という仕事-カンボジアの村の復興記-』(高山良二、ちくまプリマー新書、2010)-「現場」に徹底的にこだわった、地に足の着いた現地支援のあり方とは?




■「現場」に徹底的にこだわった、地に足の着いた現地支援のあり方とは?■

 1992年のカンボジアPKOに参加した陸上自衛官が、「人生の目的」を発見してしまったのは45歳のときであった。

 それから10年間、温め続けた夢を実現するため55歳で定年退職後、自衛隊関係者がつくった地雷処理の NPO の一員としてカンボジアに渡り、カンボジア語はおろか英語さえままならないまま、徒手空拳で事務所を立ち上げることから「第二の人生」の第一歩が始まった・・・

 この本は、あくまでも「現場」に徹底的にこだわりつづける著者が、地雷処理・不発弾処理のスペシャリストとしての専門性をフルに活かした海外現地支援活動を、地を這う虫の眼で記した記録である。

 著者が活動拠点に定めたのは、もともとポルポト派(=クメール・ルージュ)の支配地域だった村である。

 現地在住のただ一人の日本人である著者は、「現地」に仕事をつくるという目的から、住民から地雷処理の専門家を募集し、専門家としての訓練を行いながら地雷処理を行っている。
 現地の事情から、機械に頼れない手作業による地雷処理であり、しかも住民参加型である。この危険なミッションの遂行をプレイング・マネージャーとして指揮する著者は、地雷処理の専門能力と部下を統率するリーダーシップ経験をフルに活かして貢献している。

 どうしても援助というと、井戸を掘るなどの施設建設というハードに偏りがちであるが、そのハードを住民が自分たちでメンテナンスしていくためのソフトを教え込むことなしには、真の自立からはほど遠い。
 そのためには、住民の意識改革をつうじた人づくり活動が必要であり、これがひいては現場主義の復興活動、平和構築活動となる。

 「支援される側」が自分たちの問題として主体的に取り組まない限り、活動は一過性のものとして終わってしまい、けっして継続的なものにならない。「支援する側」と「支援される側」、その双方に責任があり、その両者がともに働くのが「現場」である。あくまでも「現場」に徹することによって、その成功例がモデルケースとなり、拡がっていくという好循環が期待される。

 経営コンサルティングに従事している私にとっても、あらためて教えられることの多い本だった。
 
 中年になってから「人生の目的」を発見した著者の「第二の人生」は、しかしながらけっして平坦なものだったわけではないようだ。家族を説得してカンボジアに渡るまでの苦労、現地であたらしい事業を立ち上げる苦労と喜び、なかなか地雷処理の仕事ができなかったために経験したバーンアウトという精神疾患。こういったことを包み隠さず語る著者の姿勢には、多くの人が共感することだろう。

 海外における地域支援のあり方についての本としても、カンボジア関連の本としても、あるいはまた定年退職後の人生論としても、いろんな読み方の可能な本である。ぜひ一読をすすめたい。 


<初出情報>

■bk1書評「地に足の着いた、「現場」に徹底的にこだわった現地支援のあり方とは?」投稿掲載(2010年6月28日)
■amazon書評「地に足の着いた、「現場」に徹底的にこだわった現地支援のあり方とは?」投稿掲載(2010年6月28日)

*再録にあたって字句の一部を修正した。




目 次

カンボジアへ
活動の立上げ
不発弾処理に取り組む
バーンアウト
再びカンボジアへ
タサエン
デマイナー
村の自立を目指した地域復興
村の生活
事故
これまで・これから
未来へ・タサエン村から


著者プロフィール

高山良二(たかやま・りょうじ)

1947年生まれ、愛媛県出身。地雷処理専門家。1966年陸上自衛隊に入隊。1992年カンボジア PKO に参加。以来、カンボジアに特別な思いを抱く。2002年陸上自衛隊を定年退官と同時に、認定 NPO 法人日本地雷処理を支援する会(JMAS)に参加。1年の大半をカンボジアの地雷原の村で過ごし村人と共に地雷処理をする傍ら、村の自立を目指した地域復興にも奔走している。また東大寺で僧侶「補 権律師」の地位を得る。受賞歴として南海放送賞、国際ソロプチミスト日本財団国際奉仕賞、テレビ愛媛賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


<書評への付記>

 カンボジアの地雷については、なんといっても、戦場カメラマン市ノ瀬瀬泰三の 『地雷を踏んだらサヨウナラ』(講談社文庫、1985)を思い出す。ベトナム戦争従軍記である。
 市ノ瀬泰三の最期は、戦場カメラマン馬淵直城による 『わたしが見たポル・ポト-キリングフィールズを駆けぬけた青春-』(集英社、2006)に描かれている。
 カンボジアのみならず、東南アジア、とくにインドシナ半島現代史について知りたい人には、ともに強く薦めたい本である。

 地雷(mine)という兵器は「ばね」の耐荷重性を利用したきわめて単純で安価な兵器だが、とくに殺傷力の高い対人地雷はきわめて非人道的と言わざるをえない。
 対戦車地雷は戦車並の荷重がかからないと起爆しないが、対人地雷は子どもの体重でも起爆する、非戦闘員であるシビリアンも犠牲者になる、きわめて非人道的な殺傷兵器である。
 とくにカンボジアでは雨期の洪水で、対人地雷が居住地域に流れてくることがあるので危険である。
 対人地雷の被害者と、対人地雷廃絶に向けて先導して努力した故ダイアナ妃と日本の故小渕首相には、この場を借りて哀悼の意を表したい。



<ブログ内関連記事>

書評 『この国を出よ』(大前研一/柳井 正、小学館、2010)
・・まずは日本から一歩外にでてみることだ。

書評 『「独裁者」との交渉術』(明石 康、木村元彦=インタビュー・解説、集英社新書、2010)
・・カンボジアで国連事務総長特別代表として調停にあたった明石康氏の手記

シハヌーク前カンボジア国王逝去 享年89歳(2012年10月15日)-そしてまた東南アジアの歴史の生き証人が一人去った

カンボジアのかぼちゃ
・・カンボジアについての個人的随筆

本年度アカデミー賞6部門受賞作 『ハート・ロッカー』をみてきた-「現場の下士官と兵の視線」からみたイラク戦争
・・都市部における手作業による不発弾処理については、ハリウッド映画の『ハート・ロッカー』(2010年度アカデミー賞受賞作)で知ることができる。カンボジアの地雷処理は、イラクとは都市と農村の違いはあるが、基本的に軍のスペシャリストでなければできない、危険きわまりない仕事である。
    
(2014年11月2日 情報追加)




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2010年10月24日日曜日

バンコクで「かぼちゃプリン」を食べる





 今回の出張は、バンコクでの宿泊は BTSオンヌット駅の近くだったが、たまたま駅改札口をでたところで店を開いている甘いもの屋の売店で「かぼちゃプリン」を売っているのを見つけたので、さっそく買って帰り、ホテルの冷蔵庫で冷やして食べてみた。


 日本でいう「かぼちゃプリン」(パンプキンプリン)は、かぼちゃ風味のプリンのことだが、東南アジアの「かぼちゃプリン」は、日本でいえば「坊ちゃんかぼちゃ」くらいの大きさの小さめのかぼちゃの種を取り除き、中をくりぬいて、あひるの卵で作ったプリンを流し込んでフタをしてから蒸した東南アジアならではのスイーツである。

 かぼちゃプリンはカンボジアでもタイでもごくごくありふれたスイーツだが、なんといってもかぼちゃの皮ごと食べられる、きわめてナチュラルで素朴な味わいがうれしい。

 坊ちゃんかぼちゃの 1/3 サイズで B40、日本円でいえば100円もしない。タイでは、社員食堂(キャンティーン)や、フードコートにもおいてある、ごくごくフツーの一品デザートである。

 タイ料理は、食事はピリ辛、いや激辛だが、デザートはひたすら甘い。
 このコントラストがいいのである。

 もちろん、この「かぼちゃプリン」、坊ちゃんかぼちゃの 1/3 サイズでも、けっこうお腹が一杯になる。

 甘いもの好きな人は、一度は試して欲しいものだ。




PS 写真の順番を入れ替えた(2014年2月4日)。



<ブログ内関連記事>

カンボジアのかぼちゃ
・・カンボジアの「かぼちゃプリン」についても触れている。

ケルト起源のハロウィーン-いずれはクリスマスのように完全に 「日本化」 していくのだろうか?

タイのホテルの朝食はオールシーズン「フルーツ三点セット」-タイのあれこれ(番外編)

『タイ食材図鑑』(アライドコーポレーション、2012)-タイ料理をつくって食べる人は必携の図鑑。もちろん、食べるだけの人も見て読んで楽しい図鑑

「タイのあれこれ」 全26回+番外編 (随時増補中)

(2014年2月4日 情報追加)






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2009年10月31日土曜日

カンボジアのかぼちゃ




(カンボジアの首都プノンペンの市場にて)

 きょうはハロウィーンである。

 近年では日本でもオレンジ色のパンプキンが季節の飾り物として、あちこちで目にするようになったいる。巨大なお化けパンプキンさえスーパーマーケットの野菜売り場に展示してあったりもする。コスプレ姿の人たちも今夜は仮装行列で街中に繰り出すのだろう。

 ハロウィーンの決まり文句は trick or treat、子供たちが口にする「お菓子ください、じゃないといたずらしちゃうぞ」、という意味のようだが、もともとどういう意味だったのかはわからない。


■ハロウィーンとは?
 
 ハロウィーン(Halloween) は、11月1日のカトリックの祝祭日、万聖節(=諸聖人の日 All Saints' Day)の前日(=イブ)に行われる伝統行事である。

 英語圏では、諸聖人の日の旧称が、"All Hallows" なので、Halloween とよばれるようになったらしい。もともとは先住民であるケルト人の民俗暦が、キリスト教と習合して誕生したもののようだ。復活祭などと同じである。

 ただし、アングロ・サクソン系諸国で主に行われる行事であって、カトリック地域ですべて祝われるわけではない。由来からしてみたら、そもそもきわめて"異教"的要素の強い祝祭である。完全にキリスト教化されていないまま今日に至る、ということだろう。日本でも10月は神無月で、すべての神々は出雲に集まるということになっている。

 万聖節は、欧州ではフランス、ベルギー、ドイツといったカトリック国では休日となる。なお、ドイツは本日10月31日は「宗教改革記念日」で11月1日は「万聖節」、北部のプロテスタントと南部のカトリック、という具合にうまく棲み分けがなされている。

 万聖節は、アジアでは唯一フィリピンのみが休日となる。アジアのカトリック大国である。フィリピンでは、スペイン語のまま Todos los Santos という。All Saint's Day より、os で語尾で韻を踏んでいるので語呂がいい。

 万聖節には、家族みんなでお墓参りにいく。日本のお彼岸のようなものなのだろうか。フィリピン出張を入れる前にカレンダーを調べてはじめてこの周辺が休みになってしまうことを知ったのだった。


■ハロウィーン雑感

 そういえば、かなり前の話だが、米国留学中の日本人少年が米国南部のルイジアナ州で射殺された事件があったなあ。たしか服部君という名前ではなかったか。

 ハロウィーンである家を訪問したら、不法侵入とみなした住人がピストルを構えて Freeze! と叫んだのを Please と聞き間違えて、そのまま玄関にむけて歩き続けたら、いきなり発砲されたという事件だ。日本人の英語聞き取り能力にまつわる悲劇的な話である。

 陪審裁判では正当防衛として無罪になっている。事件の起こったルイジアナ州はフランス系移民の多いところで、フランス文学の『マノン・レスコー』の舞台でもあるし、フランス映画の『アデルの恋の物語』の舞台でもある。米国がフランスから買い取った領土である。

 しかし、ルイジアナ州は湿地帯が広がる地帯で、男たちの趣味はワニ狩りとかいう荒っぽい世界でもある。マチスモというラテン気質が残存しているのだろう。

 州都のニューオーリンズはもともとフランス語でヌーヴェル・オルレアンである。しかし現在では、カナダのケベック州とは違って フランス語は使用されていない。

 ハローウィーン・・・こういう風習が日本に定着することは正直いって好まないなあ。もちろんその背景には、クリスマスやバレンタイン・デーのように、商業主義が見え隠れして、あまり好きになれないんだよねえ。

 英語を小学校からやるなんて愚策が浸透すると、どうせお遊び英語しかやらないだろうから、ハロウィーンなんて格好の教材(?)となるのだろう。そしてまた一つ米国の風俗がさらに日本に定着していくのか。


■日本のカボチャはパンプキンではない!

 でも、本当は日本のかぼちゃは米語では pumpkin じゃないんだそうだ。squash というらしい。

 ということはつまり、ハロウィーンのパンプキンと、煮物のかぼちゃはそもそも別物なわけだ。

 私にとっては、かぼちゃ は かぼちゃ。あくまでもカンボジア伝来のアジアの野菜。

(羽をむしりとったニワトリとカボチャが一緒に売られている)

 かぼちゃは基本的に煮付けて食べるのだ、と思っている。ほくほくしたクリかぼちゃは実にうまい。

南瓜(なんきん)ともいうが、かぼちゃといったほうが、カンボジア(・・正確にいうとカンプチア)から伝来したことが明確になるので、このネーミングが好きだ。

 ポルトガル語の「Cambodia abóbora」(カンボジャ・アボボラ、「カンボジアのウリ」の意)から来ているらしい。
♪お寺の和尚さんが かぼちゃのタネを蒔きました
 芽が出て膨らんで 花が咲いて ジャンケンポン

 先日、ある会合でハロウィーンのかぼちゃが話題になったときに、最近の子供は秋祭りよりもハロウィーンなんだねーなんて会話の最中、ほぼ同世代なのに、この遊びを知らないという人がいるので驚いた。

 北海道出身の彼女は本当にまったく知らなかったようで、これは世代差というよりも地域差なのだろうか。♪日本列島、狭いようで広い~


■かぼちゃプリンは東南アジアで最高のスイーツ


 ちなみに、私が東南アジア・スイーツで一番好きなのは、かぼちゃプリン。


 小型のかぼちゃの中身をくりぬいて、牛乳とアヒルの卵と砂糖をまぜたミックスを漉し、再びかぼちゃに詰めて、蒸したスイーツである。かぼちゃの果肉とプリンを一緒に食べることになり、本当においしいのだ。

 タイでもあちこちで売られているが、カンボジアのプノンペンで食べた"かぼちゃプリン"は最高においしかった。

 そう、なんといっても、かぼちゃはカンボジア、である!!

               

PS 読みやすくするために改行を増やし、小見出しをつけた。写真を大判にした。本文には手を入れていない。また<ブログ内関連記事>を追加した。 (2014年1月26日 記す)。



<ブログ内関連記事>

バンコクで「かぼちゃプリン」を食べる

ケルト起源のハロウィーン-いずれはクリスマスのように完全に 「日本化」 していくのだろうか?

書評 『地雷処理という仕事-カンボジアの村の復興記-』(高山良二、ちくまプリマー新書、2010)

書評 『「独裁者」との交渉術』(明石 康、木村元彦=インタビュー・解説、集英社新書、2010)
・・カンボジアで国連事務総長特別代表として調停にあたった明石康氏の手記

『東南アジアを学ぼう-「メコン圏」入門-』(柿崎一郎、ちくまプリマー新書、2011)で、メコン川流域5カ国のいまを陸路と水路を使って「虫の眼」でたどってみよう!

『東南アジア紀行 上下』(梅棹忠夫、中公文庫、1979 単行本初版 1964) は、"移動図書館" 実行の成果!-梅棹式 "アタマの引き出し" の作り方の実践でもある

(2014年1月26日 情報として追加)


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