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2021年6月25日金曜日

「元祖・知の巨人」立花隆氏の代表作『宇宙からの帰還』(1983年)にインスパイアされた日本人宇宙飛行士12人へのインタビュー『宇宙から帰ってきた日本人』(稲泉連、文藝春秋、2019)-2021年4月に亡くなった立花隆氏を悼む


「元祖・知の巨人」であった立花隆氏が亡くなったというニュースを知った。今年(2021年)4月30日に急性冠症候群でお亡くなりになったという。6月下旬になってようやく情報公開されるに至ったようだ。

すでにガンを患っており、そのこと自体をテーマとしてNHKの番組や書籍をつうじて知的に探求していた立花隆氏だが、知的好奇心の塊のような本人にとって、享年80歳はあまりにも短すぎたというべきだろう。ご冥福をお祈りします。合掌。

現在の日本は「知の巨人」がインフレ状態だが、これはもっぱら出版関係者のマーケティング戦略によって仕立て上げられたものに過ぎない。

とはいえ、文理の垣根を越えて旺盛な知識欲をフル回転させていた立花隆氏は別格であったというべきだろう。

晩年には「知の虚人」という揶揄や批判もあったが、それだけ巨大な存在だった証(あかし)である。


■立花隆氏の傑作ノンフィクション『宇宙からの帰還』

私は、立花隆のノンフィクション作品をすべて読んだわけではないが、個人的には『宇宙からの帰還』が立花隆の最高傑作であると思っている。

宇宙開発というきわめつきの理系のテーマでありながら、宇宙飛行士として宇宙から地球を見た草創期の人たちの精神の内面やライフストーリーに迫ったノンフィクション作品だ。

米国人宇宙飛行士12人へのインタビュー集であり、初版の単行本は1983年に出版されている。すでに40年近く前のことになる。


社会人になってからのことだが、この本を絶賛していた1年先輩にあたる同僚の話を聞いて興味を抱き、さっそく文庫版で読んでみた。そしてその内容に大いに感心したことがつよく記憶に残っている。この本はスゴイ、と。

中公文庫版(新版)の内容紹介を引用しておこう(*太字ゴチックは引用者=さとうによるもの)

宇宙から地球を見る。この極めて特異な体験をした人間の内面には、いかなる変化がもたらされるのか。十二名の宇宙飛行士の衝撃に満ちた内的体験を、卓越したインタビューにより鮮やかに描き出した著者の代表作。宇宙とは、地球とは、神とは、人間とは――。知的興奮と感動を呼ぶ、壮大な精神のドラマ。


このテーマの延長線上に『臨死体験』など、さまざまな人間の「内面世界」への探求がつづいていく。

いわゆる「宇宙」が「アウター・スペース」(=外的宇宙)であれば、精神世界は「インナー・スペース」(=内的宇宙)である。科学ジャーナリストでもあった立花氏の知的好奇心の対象として、精神科学の要素は最初から大きなものであった。

意外と知られてないが、むしろインナースペースである精神世界への関心のほうが立花氏の本質に近いのではないだろうか?

『田中角栄研究』でメジャーデビューしたためそればかりが強調されるが、文藝春秋社を2年で辞めて東大文学部に学士入学して哲学を学び直した立花氏、「神秘哲学」への関心の深い人であった。これは『神秘哲学』の著者でもあった『井筒俊彦全集』の月報でも語っていた。



『宇宙から帰ってきた日本人』は『宇宙からの帰還』へのオマージュ

さて、立花隆氏の『宇宙からの帰還』へのオマージュとして行われたのが、ジャーナリストの稲泉連氏による『宇宙から帰ってきた日本人-日本人宇宙飛行士全12人の証言』である。

『宇宙から帰ってきた日本人』に登場する日本人宇宙飛行士たちの多くが、『宇宙からの帰還』を読んでインスパイアされたと語っている。それほど『宇宙からの帰還』は後世への影響力の大きなノンフィクションだったのだ。そしていまなお読み継がれているロングセラーでもある。

『宇宙から帰ってきた日本人』を読んだのは2019年の年末に出版されてからすぐのことだが、翌年に始まったコロナ騒ぎのなかで大きな話題にならなかったのは残念なことだ。立花隆氏の逝去を機会に取り上げてみたいと思う。

稲泉氏が12人の日本人宇宙飛行士と語った内容については「目次」をみるとよい。

1. この宇宙で最も美しい夜明け―秋山豊寛の見た「危機に瀕する地球」 
2. 圧倒的な断絶―向井千秋の「重力文化圏」、金井宣茂と古川聡の「新世代」宇宙体験
3. 地球は生きている―山崎直子と毛利衛が語る全地球という惑星観
4. 地球上空400キロメートル―大西卓哉と「90分・地球一周の旅」 
5. 「国民国家」から「惑星地球」へ―油井亀美也が考える「人類が地球へ行く意味」 
6. EVA:船外活動体験―星出彰彦と野口聡一の見た「底のない闇」 
7. 宇宙・生命・無限―土井隆雄の「有人宇宙学」 
エピローグ 宇宙に4度行った男・若田光一かく語りき


日本人としてはじめて地球の外に出たのは、当時TBS記者の秋山豊寛氏であった。冷戦崩壊前のソ連時代のことである。1989年から1990年にかけてのことであった。

すでに4度も宇宙に滞在し、日本人としては最長の宇宙滞在記録をもつJAXA(宇宙航空研究開発機構)所属の若田光一氏まで、日本人宇宙飛行士の体験と知識の蓄積はかなり進んでいる。


『宇宙からの帰還』の米国人宇宙飛行士たちとの違い

『宇宙からの帰還』に話を戻してみよう。

いまでも記憶につよく残っているのは、地球を出てから宇宙から株式投資を続けていた宇宙飛行士のことだ。いかにもアメリカ人らしいな、と思ったものだ。

だが、もっとも強い印象を受けたのは、宇宙からの帰還後に宗教意識が覚醒してキリスト教の伝道師になった元宇宙飛行士の話だ。

だが、『宇宙から帰ってきた日本人』を読む限りでは、日本では宇宙体験をしてから「伝道師」になったケースはないようだ。

真珠湾攻撃に参加した総隊長の淵田美津雄氏が、敗戦後にキリスト教に入信して伝道師として戦勝国・米国を回った話はあるが、日本人宇宙飛行士にはその手の事例はないようだ。伝道師は伝道師でも、「科学の伝道師」として活躍されている方は毛利衛氏を筆頭に多いのだが・・。

キリスト教という一神教と日本の多神教世界との違いだろうか。「近代科学」がキリスト教の内側から生み出されたものであることが、日本人には常識となっていないためか。

いずれにせよ、宇宙開発の草創期の米国人宇宙飛行士たちの体験と、それからすでに半世紀以上もたつ現在の日本人宇宙飛行士たちとのあいだ知識の蓄積は、想像以上に大きいと考えるべきなのだろう。


■宇宙旅行が宇宙飛行士以外にも開かれる時代の意識

一度は宇宙から地球を眺めてみたいという気持ちは、だれもが一度はもったことがあるはずだ。「地球は青かった」というソ連時代の宇宙飛行士ガガーリンの述懐が、いまなお語られるのはそのためだ。

だが、現在でもそれを実現できる人はほんの一握りに過ぎない。きわめて強い意志と重力に耐えられる健康状態と体力、そしてチャンスをものにできた幸運な人にだけ開かれた「狭き門」である。

とはいえ、すでに米国ではNASAではなく、民間ハイテク企業が宇宙開発の大きな役割を果たすようになってきている。

この7月にはブルーオリジン社で宇宙に飛び出そうとしているアマゾン創業経営者のジェフ・ベゾス氏を先頭に、その後のはスペースXのイーロン・マスク氏(テスラモーターズの創業経営者でもある)、英国のリチャード・ブランソン氏のバージン・ギャラクティック社がそれに続くことになる。(*2021年7月2日現在の情報では、ベゾス氏の7月20日に先駆けてリチャード・ブランソン氏が7月11日に宇宙に出るようだ。男の子的競争心かな(笑))

もちろん、純粋な知的好奇心以外の要素も働いていることは否定できないが、億単位のカネを出せば宇宙に出ることは可能になってきた時代なのだ。

きわめて高度な専門レベルの教育を受けた科学者たちとは違う一般人たちが、宇宙に飛び出そうとしているのである。あらたな時代が始まろうとしているのである。

こうした一般人の「宇宙体験」と「意識の変容」については、今後つぎつぎと語られることになっていくことであろう。まだまだ現時点では、宇宙への旅が当たり前とはなっていない状況だから、面白い話が聞けるのではないかと期待している。




<関連サイト>

・・生前に親交のあった方々からのお別れのメッセージ





(2021年7月22日 情報追加)


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