「アタマの引き出し」は「雑学」ときわめて近い・・日本マクドナルド創業者・藤田田(ふじた・でん)に学ぶものとは?

◆「アタマの引き出し」つくりは "掛け算" だ : 「引き出し」 = Σ 「仕事」 × 「遊び」
◆酒は飲んでも飲まれるな! 本は読んでも読まれるな!◆ 
◆一に体験、二に読書、その体験を書いてみる、しゃべってみる!◆
◆「好きこそものの上手なれ!」◆

<旅先や出張先で本を読む。人を読む、モノを読む、自然を読む>
トについてのブログ
●「内向きバンザイ!」-「この国」日本こそ、もっとよく知ろう!●

■■ 「むかし富士山八号目の山小屋で働いていた」全5回 ■■
 総目次はここをクリック!
■■ 「成田山新勝寺 断食参籠(さんろう)修行(三泊四日)体験記 」全7回 ■■ 
 総目次はここをクリック!
■■ 「庄内平野と出羽三山への旅」 全12回+α - 「山伏修行体験塾」(二泊三日)を中心に ■■
 総目次はここをクリック!


「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!

「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!
ビジネス寄りでマネジメント関連の記事はこちら。その他の活動報告も。最新投稿は画像をクリック!



ご意見・ご感想・ご質問は ken@kensatoken.com にどうぞ。
お手数ですが、コピー&ペーストでお願いします。

© 2009~2026 禁無断転載!



ラベル 英米 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 英米 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2021年11月9日火曜日

いまさらながら渡部昇一にはまってしまった ― ベーコンが導きの糸となった2021年の夏の記録



渡部昇一といえば、ベストセラーでロングセラーの『知的生活の方法』で有名な評論家だ。

 晩年には頑迷固陋な保守のイメージがすっかり定着しており、渡部昇一のことは敬して遠ざけてきた。ところが、その渡部昇一氏の著作にはまってしまったのだ。今年2021年6月から8月にかけてのことだ。

渡部昇一が亡くなってから、すでに4年もたっているのにもかかわらず、である。 

きっかけはベーコンである。先月出版された『超訳ベーコン 未来をひらく言葉』のためフランシス・ベーコンについて検索して調べているうちに、渡部昇一氏による文章が目にとまった。ベーコンの『エッセイズ』を紹介した文章だ。 




渡部氏にとって、英文法開眼のキッカケがベーコンにあったという。渡部昇一氏は、もともと英文法の研究者だったのだ。 

そのむかし、渡部昇一氏訳の『英語のなかの歴史』(バターフィールド、中公文庫、1980)を高校時代に読んでいたので、英語が専門であることは知っていた。

そんなこともキッカケになって、ネットでいろいろ調べているうちに『英文法を知っていますか』(渡部昇一、文春新書、2003)という本の存在を知った。渡部昇一氏の専門は、「英文法の歴史」だったのだ。英語英文学の研究者は多いが、英文法、しかも「英文法」の「歴史」を専門に研究する人などあまりいるものではない。

さっそく取り寄せて移動の電車内で読んでみると、これがじつに面白い。知的好奇心を大いに満足させてくれる内容だ。とはいっても「英文法の歴史」など、ふつうは読みたいという人などいないだろう。

案の定この本も「長期品切れ重版未定」状態になっているが、英文法の確立は17世紀に入ってからのことで、しかも最初はフランス語をモデルにしたのだという。そんな、よく知らなかったことが書いてある専門を踏まえた啓蒙書として、知的好奇心が大いに刺激された。渡部昇一氏の専門は英文法の歴史だったのか、とあらためて納得した。

そんなわけで、『英文法を撫でる』(渡部昇一、PHP新書、1996)や、『秘術としての文法』(渡部昇一、講談社学術文庫、1988 初版単行本 1977)も取り寄せて読んでみた。

ついでに、『講談・英語の歴史』(渡部昇一、PHP新書、2001) 、『英語の語源』(渡部昇一、講談社現代新書、1977)、『英語の学び方』(渡部昇一/松本道弘、ワニのNEW新書、1998 初版1980)、『ことば・文化・教育-アングロ・サクソン文明の周辺』(渡部昇一、大修館書店、1982)も取り寄せて読んでみた。 

ベーコンの『エッセイズ』は、渡部昇一氏のエッセイを読むと、その後の英文の模範になったことや、英語のつづりにかんしてはベーコンは慣用を重んずべきと主張したなども書かれている。なるほど、英語にかんしてもベーコンは「イギリス経験主義の祖」であったわけだ。まさに読むべき時に、自分の前に出現した一群の書籍群だったのだ。

またまたさらに、『日本語のこころ』(講談社現代新書、1974)を読んで、英語研究者だからこそ、日本語研究の専門家が気がつかない盲点を突くことができたことを知り、たいへん興味深く読んで、大いに納得した。

渡部昇一氏のじつに幅広い評論活動が、読書と体験に支えられた問題意識と旺盛な知識欲にあったことを知り、すっかりはまってしまったのである。このような知的考察と蓄積があってこそ、評論活動が可能になったのだ、と。



■ドイツに限定された「なんでも見てやろう」

さらに、英文法の歴史を研究するためにドイツに留学した記録である『ドイツ留学記 上下』(講談社現代新書、1980)にも手を出した。

たいへん意外で不思議なことに、英文法の研究は英国ではなく、もともとドイツがその中心だったのである! 

『ドイツ参謀本部』(中公文庫、1986)は、文庫化されてすぐに読んでいたが、なぜ渡部昇一氏がドイツについて書くのか、その背景がいまようやくわかった。英文法研究のためにドイツに留学してドイツ語を習得し、ドイツ語で博士論文を執筆したのである。 




 『ドイツ留学記 上 雲と森の青春遍歴』は、1950年代に西ドイツのミュンンスター大学に留学して、大東亜戦争中の勤労動員によって奪われた青春を取り戻すかのように、ドイツのじつに幅広い層の人に会い、ありとあらゆるものを自分の眼で見て、直接体験した記録である。小田実の1970年代のベストセラー『なんでも見てやろう』のドイツ版といっていいかもしれない。  

『ドイツ留学期 下 このキリスト教なる国』は、キリスト教を軸にするとドイツがよく見えてくるという内容だ。「留学記」と銘打たれているが、内容的には「考察編」というべきだろう。知的好奇心を刺激する内容で、こちらもじつに面白い。

北部が中心のプロテスタントと、南部が中心のカトリックとの違いが、生活や思考にも反映していることが、観察と実体験にもとづいて詳細に記述されている。もっと早くこの本を読んでおけばよかった、と思う。

ちなみに、上智大学にあこがれて進学した渡部昇一氏は、在学中に洗礼を受けてカトリックになっている。留学先であったミュンンスターは、カトリック地域にある。 

渡部昇一氏が留学した時代の1950年代の西ドイツは、「敗戦後」の新生ドイツとはいえ、いまだ「戦前のドイツ」が社会のあちこちに濃厚に残っていた時代であった。現在のドイツは大幅に変化して「古き良き時代」は完全に一掃されてしまったのは、「1968年革命」が断絶を生み出したためだ。その意味では、じつに貴重な記録になっているのである。

さらに、『語源でひもとく西洋思想史』(海竜社、2020 初版2009)や『アングロサクソンと日本人』(新潮選書、1987)を読み、渡部昇一氏の訳になる自己啓発書の『自分の時間 1日24時間をどう生きるか』(アーノルド・ベネット、三笠書房、1994)も読んだ。



■ついに 『知的生活の方法』まで手を出すことに

そしてついに、『知的生活の方法』(講談社現代新書、1976)にまで手を出してしまったが、この本は、まったく読んだことがなかったのだ。

タイトルはもちろんよく知っていたが、ベストセラーになっていた『知的生活の方法』を読まなかったのは、いろいろ理由がある。

「芥川龍之介を読んで痴漢になった少年」(笑)や、ベーコンの「知は力なり」を実践して家を巨富を手にしたサラリーマン」(笑)などという表現が書かれていると、いまは亡き親友から耳にしていたわたしは、この本をバカにしていたのだ。この固定観念がが約40年以上にもわたって続いてきたというわけなのだ。




ところが、じっさいにこの本を読むと、自分もまた「知的生活」を実現していることを確認する結果となった。たしかに、日本の夏の猛暑は、知的生活には最悪の状況である。『超訳ベーコン』の作業は、この猛暑に苦しめられたのだ。 なんと、消耗しきった体力が完全に回復するには、暑さが遠のくまで2ヶ月もかかってしまった。こんなことはかつてなかったことだ。

先にふれた親友から『知的生活の方法』の話を聞いたのは、1980年代前半のことだった。すでにベストセラーでロングセラー化していたが、出版から数年しかたっていなかったことになる。

1980年代は「一橋なら英語ができる」がゆらぎはじめた頃だ。社会に出てからも、「一橋なら英語できるよね」と言われることもしばしばあったが、「英語といえば上智」というブランドが形成されつつあった。 

英語好きなこともあって、高校時代には上智大学のピーター・ミルワード氏のものは多く読んでいたが、おなじ上智の渡部昇一氏のものは読んでことがなかったのは、なぜかよくわからない。社会人になってからは、「欠陥翻訳」を叩いて有名になった上智大学の別宮貞徳氏の本は何冊も読んでいたが、なぜか渡部昇一の本は読まずじまいだったのだ。 

さて、渡部昇一にはまってしまったわたしだが、読んで大いに感心したのは、いずれも渡部氏の30歳台から50歳台にかけての著作だ。 硬軟とりまぜた話題に、意外と柔軟な姿勢に驚いている。天性の啓蒙家というべきだろうか。いわゆる「教養主義」ではない。

本職の「英文法史」と関連のものをもっと読んでおけばよかったと思うとともに、あらたな発見を喜ぶ気持ちもある。 

言語学プロパーの論文やエッセイを読むと、政治観では対極にありそうな社会言語学者・田中克彦氏との共通点も見えてくる。渡部氏には「母語」という発想は皆無で、おそらく「母国語」という発想が保守思想の核になっていると思われるが、「民族語」の重視そのものは、ドイツの保守的な言語学者ヴァイスゲルバーの影響を受けている点が共通しているのである。

しかも、自分の歴史観は、渡部昇一氏の歴史観とかなり近いことがわかった。「英国保守主義」の伝統の上に立つ渡部昇一氏は、もともと穏健な発想の持ち主であることがわかる。

渡部氏の「英国保守主義」は、よくあるようなエドマンド・バークによるものというよりも、18世紀前半の世界初の首相となったウォルポール時代にあるような印象を受ける。その時代があったからこそ、哲学者で歴史家のヒュームなどがでてくる素地ができあがったのだということもわかってくる。晩年の頑迷固陋ぶり(?)は、老年ゆえの衰えがもたらしたものだというべきかもしれない。

何ごとであっても「食わず嫌い」はいかんな、と思う今日この頃である。 




■(付録)「英文法」と「英文法の歴史」についての渡部昇一氏の発言の趣旨(備忘録としての読書メモ)

渡部昇一氏の「英文法史」にかんする著作を読んで、いま愕然とした思いに囚われている(2021年6月に記したメモ)

国家意志で言語規範を上から強制したフランス語。民間事業である辞書の出版事業をつうじてデファクトな規範を確立した英語。渡部氏は、「購入をつうじた国民投票」と表現しているが、ビジネスパーソンならデファクトというところだろう。

アングロサクソン的な性格は、17世紀以降に形成され確立していったことがわかる。渡部氏は、17世紀イングランドの「国学」という表現をつかっている。「ゲルマン狂徒」(germanphile)という訳語は面白い。イングランド人の(ラテンに対抗しての)ゲルマン重視は、とくにドイツ出身のハノーファー朝時代には主流になったという。転換を余儀なくされたのは第一次世界大戦に突入してからであり、ハノーヴァー朝からウィンザー朝に改名。

スコットランド人にとって、イングランドの英語を身につけることの社会的意味。なぜスコットランド人の英語は規範的なのか、アダム・スミスもヒュームも、英語を意識的に身につけたことの重要性。現在に至るまで、スコットランドが辞書製作の主導となってきた背景にも共通するものがあったこと。

英国は「慣習」、フランスは「理性」と一般に捉えられているが、こと「国語の確立」という点にかんしては違った。フランスは宮廷内言語の「慣習」を規範化したのに対し、それに該当する宮廷語をもたなかった英国は「理性」によって行ったのである。だが、最終的に民間事業としての辞書出版が主導したことで「慣習」が勝利して、「イギリス経験主義」が確立していくことになる。18世紀前半に世界ではじめての首相となったウォルポールの時代に「経験主義」が確立。

17世紀半ばのイングランドは、ピューリタン革命によって誕生した共和制の時代には宮廷そのものが廃止されていたこと、17世紀末の「名誉革命」後の約1世紀は、ドイツ出身の英語が不得意な国王が君臨していた。このため「宮廷語」が模範とはなりえなかったのである。

戦前の日本の学校英語教育では、英会話の機会は稀だったと思うが、規範文法は行きすぎる ほど規範的であり、教室では英文の名文暗誦が行なわれ、英作文は入試でも重視されていた。

その伝統は昭和60年頃までは不動であったが、構造言語学やフリーズ教育法の導入と共に、教師の側に規範的英文法を教える自信が失われ、生徒の多くも文法を我慢して学ぶ気をなくして恥じることがなくなった。かのコベットも文法をマスターするには最低数カ月の我慢と忍耐 が必要だと教えている*。

*コベットの『若い人たちへの人生アドバイス』(三笠書房、1995)参照。原本は Advice to Young Men, And (Incidentally) to Young Women by William Cobbett 1830)。英文法を身につけて的確な英文が書けるようになったことで、農民階層からはいあがってジャーナリト、そして国会議員へと社会的上昇を実現することができた。コベットがさしているのは「規範文法」としての英文法である。


個人的な事情について記しておくが、幸いなことに、昭和56年(1981年)に高校を卒業した私は、高校時代にみっちり英文法の勉強をしていたので、英文読解や英作文の基礎は十分に形成されている。

米国の大学院時代、ライティングセンターで英文添削を頼んでみたら「これは自分で書いたのか?」と聞かれた。一瞬その意味がわからなかったが、誰かに書いてもらったのではない英文だと褒められたわけだと気がついた

論文添削の仕事をした際に、引用英文がまったく日本語になっていないことに愕然とした思いを抱いた。的確な日本語になっていないということは、英文が読めていないということである。そんな状態で博士号を目指すとは言語道断ではないか!
 
だからこそ、渡部昇一氏が主張する文法重視、語彙重視の英語学習には全面的に賛成である。この件については『英語教育大論争 』(平泉 渉/渡部昇一、文春文庫、1995)における渡部昇一氏の主張に軍配が上がるというべきだ。この本は一部読んでいる。



<ブログ内関連記事>


・・「東部の名門でしっかりと猛勉強をしてきたアメリカ人の友人たちも、大学の勉強ぜんたいをとおして自分が得た最大のものは、言葉を使う能力を高度に身につけ、大学を出てからもずっと勉強をつづけていくための強固な土台をそれによって自分のものにしたことだ、とこたえてくれる。出世したり成功をおさめたり、トップにたつエリートになったりしたければ、アメリカで生きる場合まず最初にやらなくてはいけないのは、言葉の勉強なのだ。」



(2026年2月22日 情報追加)


(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!)

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!)


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!








end

2021年10月31日日曜日

映画『モーリタニアン 黒塗りの記録』(2021年、英米)を初日の初回に見てきた(2021年10月29日)-「9・11テロ」の容疑者をめぐる「基本的人権」がテーマの法廷サスペンス

 

2001年の「9・11テロ」がらみでグアンタナモ収容所に合計14年間も(!)拘束されていたモーリタニアン(=モーリタニア人)の獄中手記を映画化したものだ。原作の手記は2015年に出版され、世界的ベストセラーになったという。 

映画の冒頭に This is a true story. とあるので、脚色は最小限に抑えられているのだろう。だが、それでもノンフィクション系のエンターテインメントとしてすぐれた作品になっているのは、事実のもつ重みのなせるわざであろう。 

モーリタニア人容疑者の弁護を業務外のプロボノ(pro bono)で引き受けた「人権弁護士」を演じた米国人ジョディー・フォスターだけでなく、容疑者を立件し起訴するタスクフォースの責任者となった「米海兵隊検察官」を演じた英国人カンパ-バッチの演技力はすばらしい。難しいテーマを扱っているが、最後まで引き込む力がこの映画にある。 



この映画は、「基本的人権」がメインテーマだといっていい。さすが17世紀に「人身保護令」(habeas corpus)を生み出した英米法の基本原理である「法の支配」(the rule of law)の世界観が反映した作品だ。

キーワードの「人身保護令」(habeas corpus:英語だと「ヘイビアス・コーパス」は、17世紀半ばに英国(イングランド)で成立した原則だ。拘束された容疑者をめぐっての人権擁護はここから始まっているのだ。この原則は、米国憲法にも引き継がれている。

だが、はたしてこの原則がモーリタニア人容疑者に適用されているのかどうか、それが問題なのだ。

「グアンタナモ収容所」は、なぜかキューバにある「グアンタナモ米海軍基地」に設置されている。20世紀初頭に米国がキューバから「永久租借」したため、革命後もキューバに米国の基地が存在し、また「租借地」であるがゆえに米国からも「治外法権的な存在」になっているのだ。 

このグアンタナモ収容所に「9・11」関連のテロリスト容疑者たちが拘禁され、虐待によって自供を強いられていた事実が明るみになり、オバマ大統領が閉鎖命令を出した記憶は新しい。だが現在に至るまで閉鎖されていない。

「米国にとっての闇」のような存在が、グアンタナモ収容所なのだ。 


「拷問による自白」というと、「治安維持法」時代(1925年~1945年)の日本を想起するが、権威主義国家の中国だけでなく、米国でもまた依然として人権蹂躙が行われているのが実態なのだ。 

だが、米国が中国と根本的に異なるのは、政府の不正や不当行為を暴き批判するジャーナリストや弁護士の存在である。そして、「拷問による自白」は米国憲法違反だと抗命する検察官の良心。米国の民主主義が危機的な状況にあるとはいえ、それでも米国のほうがはるかにマシなのはその点だ。そんな感想をこの映画を見ていてあらためて持つのである。 

ノンフィクション系の法廷サスペンスとしてすばらしいだけでなく、「人権問題」という大きなテーマに正面から立ち向かった映画として見るべきだといえよう。



***

蛇足だが、映画を見るまで、モーリタニアをモーリシャスと勘違いしていたことに気がついた。いやはや、なんとも(^^; 

モーリタニアもモーリシャスも、ともに海に面したフランスの植民地であったが、モーリタニアは大西洋に面したアフリカ北西部の砂漠の国。イスラームのスンニ派が国教。

だから、モーリタニア人と「9・11テロ」の主犯格であったアルカーイダとの接点が留学先のドイツで生まれたのであった。 これは映画を見てからの後付けの知識なり。


<関連サイト>

「周囲が地雷だらけで脱走が不可能な上、マスメディアにも実態が見えない海外基地、さらにはキューバ国内でもアメリカ合衆国内でもない、国内法でも国際法でもない軍法のみが適用される治外法権区域・・またアメリカ同時多発テロ以降は、中東などからのテロリズム容疑者の尋問と収容を、この基地でおこなった。その背景は、アメリカ合衆国憲法下では被疑者の人権を保障しているため、租借条約上、米国が完全な管轄権を持ち、かつ米国の主権下ではない「灰色地帯」を利用することをもくろんだものと考えられている」

The Mauritanian https://en.wikipedia.org/wiki/The_Mauritanian を読んでおくこと、実在の人物についての記述が参考になる。


<ブログ内関連記事>









(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!)

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!)


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!








end

2018年4月18日水曜日

書評『戦争を始めるのは誰か ー 歴史修正主義の真実』(渡辺惣樹、文春新書、2017)- サブタイトルから受ける印象で敬遠せずにぜひ読むべき真っ当な内容の現代史


買ったまま積ん読にしていた『戦争を始めるのは誰か-歴史修正主義の真実-』(渡辺惣樹、文春新書、2017)を読んだ。読みながら思ったが、この本は読む価値が大いにある。 

「歴史修正主義」とか「真実」なんてコトバが表題にあるだけで胡散臭い感じがプンプンして敬遠したくなるのが正直なところだが、虚心坦懐にこの本を読んでみると、意外と(?)きわめて真っ当な内容であることに気づく。 

著者のいう「歴史修正主義」とは、世間一般で使用されている否定的ニュアンスのものとは違う。「米英両国の外交に過ちはなかったのか、あったとすれば何が問題だったのか、それを真摯に探ろうとする歴史観」のことだ。

具体的には、第二次世界大戦の米英を中心とした「連合国」の立場を正当化するために、事実関係を都合良く取捨選択してつくられたストーリーに異議申し立てをする立場のことだ。端的にいえば、日本を戦争に追いやった日本嫌いで中国好きのフランクリン・D・ルーズベルト(FDR)の真相を明らかにし、日米戦争が本来は不必要な戦いであったことを明らかにすることにある。

著者は、けっして 「枢軸国」のドイツや日本が正しかったのだと主張しているわけではない。ヒトラーやスターリンが正しかったのだなどと主張しているわけではない。あくまでも虚心坦懐に事実関係を検証していく立場である。この点は強調しておく必要がある。 

帯のオモテには、「チャーチルとルーズベルトがいなければ第二次世界大戦は起こらなかった!」とある。 この本を読むと、とくにフランクリン・D・ルーズベルト(略してFDR)が諸悪の根源であったことが納得される。ニューディール政策の失敗を糊塗するため戦争による景気刺激を欲しており、欧州の戦争への介入機会を探っていたことは、日本人の常識とすべきだろう。

欧州問題にはかかわらないというワシントン以来の国是である「孤立主義」から逸脱し、「介入主義」を推進した張本人がFDRであり、そしてその先行者がおなじく民主党の第一次世界大戦への米国の介入を推進したウッドロウ・ウィルソンであることがよくわかる。 日本では理想主義者として礼賛されがちな二人だが、ともにプロテスタント牧師の子ども、善悪で白黒をつけたがる独善的思想の持ち主で、ともに人種差別主義者であった。

チャーチルについては、つい最近も2017年に英国で製作された『ウィンストン・チャーチル』という映画が日本公開されており、関心が再び高まっているものと思う。大恐慌(1929年)で大きな借金を抱えることになったことは映画にも出てくるが、ナチスが台頭したことが、反ナチス・反ドイツを主張していたチャーチルを政治の表舞台に「復活」させたことも事実である。チャーチルもまたFDRと同様、「好戦的」であったことは否定できない事実だ。 



日本で使用されている「世界史の教科書」で教えられてきた「米国政府の基本見解に基づく公式見解」とは違うかもしれないが、あくまでもドイツのポーランド侵攻(1938年)の時点で、第二次世界大戦の根本原因が何であったかを探った内容の本である。じっさい読んでみての感想は、かなりの程度、納得のいくものであった。 

世の中の出来事というものは、後付けの理屈で整理されるほど簡単な図式で割り切れるものではない。複雑な要素がからみあっているのであり、その時、その時の指導者たちの思惑が、意志決定の正しさや間違いも含めて複雑にからみあって、「流れ」が出来上がっていくものだ。 

この本が出版されたのは2017年1月で、その当時のわたくしは拙著『ビジネスパーソンのための近現代史の読み方』の執筆に専念しており、この本を読むヒマはなかった。 だが、本書で展開されている基本的な見解にかんしては著者の渡辺氏とは共有しているものが多々あることがわかって、大いに心強い思いをしている。(上掲の写真の、帯のウラに記された箇条書きの文言を参照)。 

単行本のようにボリュームも内容もある本だが、関心のある人にはぜひ読むことを勧めたい。






目 次     
はじめに 
第1章 第一次世界大戦の真実 
第2章 第一次世界大戦後の歴史解釈に勝利した歴史修正主義 
第3章 ドイツ再建とアメリカ国際法務事務所の台頭 
第4章 ルーズベルト政権の誕生と対ソ宥和外交の始まり 
第5章 イギリスの思惑とヒトラー 
第6章 ヒトラーの攻勢とルーズベルト、チェンバレン、そしてチャーチル 
第7章 ヒトラーのギャンブル
おわりに
人名索引


著者プロフィール    
渡辺惣樹(わたなべ・そうき)
日米近現代史研究家。1954年生まれ。静岡県下田市出身。東京大学経済学部卒業。カナダ・バンクーバー在住。英米史料をもとに開国以降の日米関係を新たな視点から研究。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)





<ブログ内関連記事>

2017年5月19日に5年ぶりに新著を出版します-『ビジネスパーソンのための近現代史の読み方』(佐藤けんいち、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2017)

「第一次世界大戦」の勃発(1914年7月28日)から100年-この「世界大戦」でグローバル規模のシステミック・リスクが顕在化

「サラエボ事件」(1914年6月28日)から100年-この事件をきっかけに未曾有の「世界大戦」が欧州を激変させることになった

『「経済人」の終わり』(ドラッカー、原著 1939)は、「近代」の行き詰まりが生み出した「全体主義の起源」を「社会生態学」の立場から分析した社会科学の古典

書評 『未完のファシズム-「持たざる国」日本の運命-』(片山杜秀、新潮選書、2012)-陸軍軍人たちの合理的思考が行き着いた先の「逆説」とは

映画 『ヒトラーに屈しなかった国王』(2016年、ノルウェー)を見てきた(2017年12月22日)-立憲君主制のあるべき姿を身をもって示した国王の苦悩と決断の3日間

書評 『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』(加藤陽子、朝日出版社、2009)-「対話型授業」を日本近現代史でやってのけた本書は、「ハーバード白熱授業」よりもはるかに面白い!

書評 『マンガ 最終戦争論-石原莞爾と宮沢賢治-』 (江川達也、PHPコミックス、2012)-元数学教師のマンガ家が描く二人の日蓮主義者の東北人を主人公にした日本近代史

「Dデイ」(1944年6月6日)から70年-『史上最大の作戦』であった「ノルマンディ上陸作戦」


(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!)

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!)


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!








end

2015年7月6日月曜日

書評『ペルシャ湾の軍艦旗 ― 海上自衛隊掃海部隊の記録』(碇 義朗、光人社NF文庫、2015)―「国際貢献」の第一歩は湾岸戦争終了後の1991年に始まった



いま国会では安全保障法制関連で、ペルシャ湾の有事の際には掃海部隊を派遣するとか、しないとかいうことが論点の一つになっていると報道されている(2015年7月現在)。
   
あいもかわらぬ法律をめぐる「神学論争」が繰り返されているわけだが、自衛隊の海外派遣の実態を知らないことには議論のしようもないのではないか? すくなくとも国民は事実関係を知るべきだろう。
  
そのためには、『ペルシャ湾の軍艦旗  ―  海上自衛隊掃海部隊の記録』(碇義朗、光人社NF文庫、2015)という本を読むのがいい。1991年に勃発したの「湾岸戦争」後に、ペルシャ湾に派遣された海上自衛隊掃海部隊の188日間にわたる活動をとりあげたノンフィクションである。単行本初版は2005年に出版されている。
  
この本を読めば、たとえ戦争状態が終結していても、機雷除去という任務が危険であるだけではない。その危険な任務を一人の犠牲者を出すことなく遂行した海上自衛隊員たちのおかげで、「カネだけ出してヒトを出さない」と、国際的な非難を受けて悔しい思いをした日本の評判が完全に逆転したことの詳細を知ることができるのだ。

掃海部隊を海外派遣し、見える形で成果をあげたことで、日本による「国際貢献」は高く評価されたのである。苦労して現場におもむき、「現場で汗をかく」ことによって。

そもそも日本からペルシャ湾までは、海路ではじつに遠い。この航路は、エネルギー源としての石油を湾岸諸国に依存する日本にとっては、死活的な意味をもつシーレーンでもある。

太平洋からインド洋をへてペルシャ湾まで向かうわけだが、まずはフィリピンにおける米国の海軍基地に寄港し、その後は旧大英帝国の軍港であるシンガポール、ペナン(マレーシア)、コロンボ(スリランカ)、カラチ(パキスタン)をへて湾岸へといたる約1ヶ月の航海。機雷除去という性格上、掃海艇は 500トン程度の木造船(!)なので、大型タンカーなどとは違うのである。

このノンフィクションは、関係者への綿密な取材にもとづいて引き出した具体的な証言と、掃海部隊の活動の実務にかんするディテールの具体的な描写が中心なので読んでいて臨場感が大いにある。

なかでも興味深く読んだのは、隊員たちが疲労してくるとスタミナ食のステーキなど洋食ではなく、あっさりした日本食をほしがるというくだりだ。いくら食の西欧化が行われても、長年の習慣は変わらないということ。苛酷な任務に従事する自衛隊隊員であってすらそうなのだ。
   
第二次世界大戦(=大東亜戦争)の手記やノンフィクションは無数にあるが、日本が戦争に巻き込まれることのなかった「戦後」の自衛隊の活動を描いたものは意外と少ない。その意味でも、この本で1991年の掃海部隊派遣を振り返ってみる意味は大いにあると思う。

さらにこの本のなかでは、第一次世界大戦当時、日英同盟の関係から地中海に派遣され大活躍した帝国海軍の知られざる戦記についても触れられている。
   
ペルシャ湾もまた「現場」である。掃海除去は、専門技能にもとづく「実務」である。なにごとも「現場」視点で考えたいものではないか。

その「現場」を担っているのは、みずから志願して海上自衛隊に入隊したモラールの高い将兵たちである。徴兵制では実現不可能なプロフェッショナルの塊というべきであろう。

(2015年7月17日 加筆)


(画像をクリック!)


目 次
序 パイオニアの姿(元海上幕僚長、統合幕僚会議議長、海将 佐久間一)
プロローグ 戦後日本復興の道を開いた掃海隊
第1章 派遣前夜
第2章 遙かなり、ペルシャ湾
第3章 始まった機雷との戦い
第4章 誇り高き人々
第5章 最難関 MDA‐10
第6章  国益に叶う
第7章  マザー、オアシス、ファザー
第8章 凱旋
エピローグ ペルシャ湾以後、動き出した新しい日本の自衛隊
参考ならびに引用文献
あとがき
海上自衛隊ペルシャ湾掃海部隊 乗員名簿


著者プロフィール

碇 義朗(いかり・よしろう)
1925年、鹿児島生まれ、東京都立航空工業学校卒。陸軍航空技術研究所をへて、戦後、横浜工業専門学校(現横浜国立大学)卒。航空、自動車、鉄道などメカニズムと人間のかかわり合いをテーマにドキュメントを発表。航空ジャーナリスト協会会員。横浜ペンクラブ会員。自動車技術会会員。カナダ・カーマン名誉市民(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<ブログ内関連記事>

書評 『「夢の超特急」、走る!-新幹線を作った男たち-』(碇 義朗、文春文庫、2007 単行本初版 1993)-新幹線開発という巨大プロジェクトの全体像を人物中心に描いた傑作ノンフィクション
・・本書の著者による技術関連物語。これは面白いノンフィクション!

「マリンフェスタ 2015 in FUNABASHI」 に行ってきた(2015年5月20日)-海上自衛隊の「掃海艦つしま」にはじめて乗船
・・「掃海艦つしま」は1991年に進水した旧型の掃海艦で、2011年には、日本のエネルギー安全保障にとって死活的な意味をもつペルシア湾にも派遣された実績をもつ

水木しげるの「戦記物マンガ」を読む(2010年8月15日)
・・将校ではなく一兵卒の立場から描かれた作品はきわめて貴重


■海上自衛隊と米海軍の関係

「日米親善ベース歴史ツアー」に参加して米海軍横須賀基地内を見学してきた(2014年6月21日)-旧帝国海軍の「近代化遺産」と「日本におけるアメリカ」をさぐる

「YOKOSUKA軍港めぐり」クルーズに参加(2013年7月18日)-軍港クルーズと徒歩でアメリカを感じる横須賀をプチ旅行

書評 『集団的自衛権の行使』(里永尚太郎、内外出版、2013)-「推進派」の立場からするバランスのとれた記述


■「海洋国家・日本」

書評 『海洋国家日本の構想』(高坂正堯、中公クラシックス、2008)-国家ビジョンが不透明ないまこそ読むべき「現実主義者」による日本外交論
・・「海洋国家」日本にとっての日米安保体制の意味

マンガ 『沈黙の艦隊』(かわぐちかいじ、講談社漫画文庫、1998) 全16巻 を一気読み

海軍と肉じゃがの深い関係-海軍と料理にかんする「海軍グルメ本」を3冊紹介
・・腹が減っては戦は出来ぬ!

(2015年7月15日、2017年5月14日 情報追加)


(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!)

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!)

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!)


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどう
ぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!







end