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2021年9月21日火曜日

書評『アースダイバー 神社編』(中沢新一、講談社、2021)ー 日本人の深層意識の底に潜る知的エンターテインメント

 

 『アースダイバー 神社編』(中沢新一、講談社、2021)を読了。東京の古層を縄文時代までさかのぼり潜って探索した『アースダイバー』(2005年)の最新作。この間にでた他の2冊は読んでないが、本書はさらにあらたな境地を開拓したという印象がある。  

あくまでも仮説の域をでない想像力の産物とはいえ、温暖期に進行「縄文海進期」の地形を見ることで、東京(とその周辺の関東地方)の縄文人の心性に迫った意欲作が「アースダイバー」だった。 

現在につながる神社が、ほぼすべて縄文時代には陸地だった場所にあるという指摘は刺激的だった。聖地の場所は、時代が変わっても移動しないのだ、と。地層学的なアナロジーで太古の歴史に迫るというアプローチである。 

『アースダイバー 神社編』では、日本の固有信仰形態である神道を3つの層が重なり合って形成されているという考えにたって、アースダーバーを行っている。 

それは古い順からいって、「縄文古層」「弥生中層」「新層」である。言うまでもなく「新層」がいちばんうえに覆い被さっているが、場所によっては「弥生中層」が露出していることもあり、例はすくないが「縄文古層」が地面に現れていることもある。 


(「日本の神社の古層学」P.31より)


「縄文古層」の代表例が、諏訪大社、出雲大社、大神神社(三輪神社)であり、狩猟採集民であった縄文人の自然観・世界観が生き残っているのだと。

つまり自分たちのことを自然界のなかの一構成要素とみなし、増やすと志向しない志向しな 循環型のサステイナブルな生き方を1万年以上つづけていたのが日本列島の先住民である縄文人。ご神体としてのヘビ。

「弥生中層」は、その後に南方から国家による統制を嫌って逃れてきた「海民」たちの信仰。

縄文人も海民の末裔であったが、弥生人(=倭人)は縄文人を上回る海民性を発揮していた。稲作と潜水漁労という技術を携えて日本列島にやってきた半農半漁を生業とする弥生人たちは、時間をかけてゆっくりと縄文人と融合していく。

増やすことを農業によって実践する弥生人は、太陽神信仰をもたらした。母子という見える神々と父である太陽神の三元論構造。山と海。天(あま)と海(あま)。 

そして「新層」とは、国家統一をなしとげたヤマト政権が、朝鮮半島経由で北東アジアからもたらされた垂直軸的な王権神話によって改変された太陽神信仰。もともと父であった太陽神が、アマテラスとして女性に転換される。大化の改新以降、このあらたな「新層」が日本列島を覆い尽くすようになった。 

ざっと要約すればこんなかんじになるが、実地踏査を踏まえた文献調査がイマジネーションによって、読ませるストーリーに仕立て上げられている。牽強付会という感もなくはないし、あくまでも仮説の域をでないが、なるほどと納得させられる思いがして、楽しませてくれる知的エンターテインメントになっている。 

さまざまな要素がてんこ盛りの内容だが、「もともと日本人は海民である」というのが本書を一貫したテーマである。たとえ内陸に住んでいようと、海から河川づたいに内陸に遡行して定住するに至った人びとなのである。沿岸に定住した人びとは言うまでもない。 


日本人にまとわりつく存在不安は、海民としての太古の記憶に由来すると考えるべきなのだ。火山列島で地震列島の日本全体が、ある意味では地球に浮かんだ船のようなものだ。揺れる地面、揺れる船のようなものという感覚が日本人の深層意識にある。

毀誉褒貶の強い中沢氏だが、もう70歳の大台に入っている。「日本人の海民性」は、叔父にあたる歴史家・網野善彦氏のテーマでもあったこのテーマをさらに深めてほしいと思う。

民俗学の父たちである柳田國男や折口信夫がその代表的な例であるが、日本人は、だれもが海の向こう側にある遠い世界にルーツを求めている。それを知りたいという強い欲求をもっているからだ。 



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目 次 
プロローグ 犬の聖地 
第1部 聖地の三つの層
 第1章 人間の聖地
 第2章 縄文原論
 第3章 倭人の神道
第2部 縄文系神社
 第4章 大日霊貴神社(鹿角大日堂)
 第5章 諏訪神社
 第6章 三輪神社
 第7章 出雲大社
第3部 海民系神社
 第8章 対馬神道
 第9章 アヅミ族の足跡
 第10章 伊勢湾の海民たち
エピローグ 伊勢神宮と新層の誕生
参考文献
あとがき


著者プロフィール
中沢新一(なかざわ・しんいち)
思想家、人類学者。京都大学特任教授、千葉工大日本文化再生研究センター所長、秋田公立美術大学客員教授。1950年山梨県生まれ。東京大学大学院人文科学研究科博士課程満期退学。著書多数(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)


<ブログ内関連記事>


・・「古代日本人が、海の彼方から漂う舟でやってきたという事実にまつわる集団記憶。著者の表現を借りれば、「波に揺られ、行方もさだまらない長い航海の旅の間に培われたであろう、日本人の不安のよるべない存在感覚」(P.212)。歴史以前の集団的無意識の領域にかつわるものであるといってよい。板戸一枚下は地獄、という存在不安。」

・・「読んでいてひじょうにうれしく思ったのは、知的自伝を語りながら、レヴィストロースの少年時代からの、地質学と考古学への深い関心が歴史学的思考の基礎にあることを知ったことだ。この歴史学認識は、わたしも共有しているものであり、地層に歴史を読む込む発想をもっていたことにあらためて驚きと感嘆を感じるのである。時間と空間にかんする認識こそが、歴史学と民族学(=文化人類学)の融合を実り豊かなものとする。」





(2021年9月22日 情報追加)


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2012年6月1日金曜日

書評『東京スカイツリーと東京タワー 「鬼門の塔」と「裏鬼門の塔」』(細野透、建築資料研究社、2011)ー この二つの塔は「対(つい)の関係」にあるのだ!

東京タワーはなぜ後世に残さなければならないのか?

東京スカイツリーが完成したいま、東京タワーの運命はどうなってしまうのだろうか? 

このように心配している人も少なくないと思う。このようにいうわたしもまたその一人である。

電波塔としての役割は、634メートルと世界一高いスカイツリーで十分なのではないか? 

333メートルの東京タワーは周囲に高層ビルが多くて電波障害の影響を受けている以上、もはやその使命は終えたのではないか? 

このような機能主義と合理主義だけでものを語る人が一方では多いのではないかという懸念を抱いているからだ。もしその議論がとおってしまうと、東京タワーはいずれ解体されてしまうかもしれない・・・。ああ。

リリー・フランキーの小説 『東京タワー-オカンとボクと、ときどきオトン』を原作にした映画を、海外出張で移動する国際線の機内でみたが、なぜか感動して涙があふれてくるのを止めることができなかった。子どもの頃から見慣れてきた東京タワー、いまでもスカイツリーより東京タワーのほうが好きだ。いまの自宅からは東京スカイツリーが見えるのだが、港区にいくたびにそう思う。

この本の著者である細野透氏は、工学博士で一級建築士の資格をもつ建築&住宅ジャーナリストである。

東京タワーをなんとか後世に残しておきたいというつよい思いが、本書で展開される謎解きに時間をかけて挑戦させ、ついには東京タワーと東京スカイツリーにまつわる「物語」を導き出すことに成功した。

建築と都市設計を、東京=江戸という土地の歴史を「地霊」(ゲニウス・ロキ)の視点から、物語を呼び出させたのである。ゲニウス・ロキ(genius loci)とはラテン語土地にまつわる精霊というべきか。ドイツ語なら Erdgeist というべきものである。

本書で展開される謎解きの内容とその結論である物語については、すべての人が納得いくことはないだろう。しかし、それは違うと否定するだけのものを持ち合わせている人も少ないのではないだろうか。


わたし自身も、100%納得しているわけではないのだが、著者が建築関係の友人たちに物語を語ったときの反応が沈黙であるというのも、わからなくはない。

建築と都市設計というものは、合理主義一点ばりでは成立しないからだ。建築には施主と入居者、そして建築家という、感情をもつ人間の思いがからまってくるからだ。

しかも、人間だけではない。重層的な歴史をもつ土地そのものがかかわってくるのだ。

なぜ、特定のある建築物では不幸がつづくのか、あるいは逆に幸運がもたらされるのか、自然科学による説明にはどうしても限界があることに、多くの人は異論ないだろう。

これには風水や家相といった説明もかかわってくる。とくに日本で発達した「鬼門」と「裏鬼門」という考えが、著者の謎解きと「物語」発見には重要な意味をもっているのだ。

平将門、太田道灌、徳川家康、天海、明治天皇、西郷隆盛、昭和天皇・・・・。そのいずれもが東京=江戸という土地の歴史に大きくかかわった人たちだが、とりわけ重要なのが平将門である。

社会人になっていちばんはじめの就職先が、将門首塚のある大手町であったこともまた、わたしがこの「物語」に引きつけられる点である。平将門を祀る神田明神に属する将門首塚には、これまでなんどお参りしたか覚えていない。

将門の怒りに触れたのかどうかわからないが、首塚のある一角のうらにあったビルのオーナーは転々としている。かつて長くそのビルのオーナーであった日本長期信用銀行は、首塚に背を向けて日比谷に去ったあと、時を経ずして破綻して国有化される憂き目にあった。

これをただ単に「都市伝説」と言い切ってしまっていいのかどうか、わたしのは判断しかねるものがある。これもまたゲニウス・ロキ(地霊)がかかわる話なのであろうか。

本書は、建築史家・鈴木博之の『東京の地霊(ゲニウス・ロキ)』(ちくま学芸文庫、2009 初版 1990)と、中沢新一の 『アースダイバー』(講談社、2005)の系譜につらなるものだと著者はいう。この両者に関心のある人は、読んでみる価値があるといっていい。

東京タワーと東京スカイツリーを「対(つい)の構造物」として見る物語には、平将門伝説が密接にからんでいるのである。このヒントだけを書きしておくこととしたい。

あとは実際に手にとって読んでみることをおすすめしたい。




目 次


はじめに
第一部 首都と鬼門と「聖なる森」
-第一章 鬼門とは何か
-第二章 江戸の鬼門対策
-第三章 鬼門と明治維新
第二部 丹下健三の「不思議な回り道」
-第四章 世界の「タンゲ」一代記
-第五章 富士山に魅せられた建築家
-第六章 西郷隆盛像の大きな目
-第七章 東京都庁舎を巡る『点と線』)
第三部 東京スカイツリーと東京タワー
-第八章 鬼門の塔、裏鬼門の塔
-第九章 将門の塔
-第十章 凌雲閣の悲劇
-第十一章 『作庭記』の予言
-第十二章 桔梗の塔
エピローグ
おわりに
関連年表
主要参考文献

著者プロフィール  

細野 透(ほその・とおる)
建築&住宅ジャーナリスト。建築専門誌『日経アーキテクチュア』編集長などを経て、2006年からフリーランスで活動。東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<ブログ内関連記事>

書評 『アースダイバー』(中沢新一、講談社、2005)-東京という土地の歴史を縄文時代からの堆積として重層的に読み解く試み』

「駐日欧州委員会代表部新ビル建設に伴う"地鎮祭"」 (情報)
・・ゲニウス・ロキ(地霊)について触れておいた。施主が欧州関連ですら日本である以上、地鎮祭をおこなって土地の霊にあいさつをしなければならない

地層は土地の歴史を「見える化」する-現在はつねに直近の過去の上にある

成田山新勝寺「断食参籠(さんろう)修行」(三泊四日)体験記 (5) 断食二日目-祇園会が始まる前夜
・・「新「勝」寺の「勝つ」は、朝敵とされた平将門調伏が出発点なのだ。この点、神田明神とは正反対のポジションに立つわけなので、むかし大手町に勤務していたとき、三井物産ビルと長銀(当時)ビルの狭間にひっそりとたたずむ将門首塚にはよくお参りをしていた私にとっては、ちょっと複雑な気持ちなのだが・・・」

成田山新勝寺「断食参籠(さんろう)修行」(三泊四日)体験記 (6) 断食三日目は、成田山祇園会の山車と市川海老蔵丈夫妻の結婚奉告参詣
・・「『真言祖師行状記』(伊原照蓮、成田山選書、1998)で、成田山開山の祖師・寛朝大僧正の話を読む。朝敵となった平将門の乱を鎮定するため、鎮護国家の役割をになった真言僧が不動尊を勧請して調伏に成功、しかし京に戻らずに、成田の地にいついて成田不動尊を建立したのであると」

建設中の東京スカイツリー(墨田区押上)を千葉県船橋市から真西の方向に見る (2010年10月17日)

市川文学散歩 ③-国府台(こうのだい)城跡から江戸川の対岸を見る

「幾たびか辛酸を歴て志始めて堅し」(西郷南洲)


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