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2021年2月2日火曜日

『エクス・マキナ』(2016年)などハリウッドのSF映画3本を視聴(2020年12月20日)-ほかに『アップグレード』(2019年)と『エリジウム』(2013年)

  
週末はひたすら映画を見るという週末を過ごしていた昨年2020年12月、いままで見てなかった映画をまとめて視聴することにしていた。 

SFを中心に3本見たのはいずれも amazon prime video の会員特典で無料で視聴した(2020年12月20日のこと)。

2000年以降のSF映画は、宇宙ものからAIものが主流になってきたようだ。はたして、AIの進化を人間は制御できるのか? 


まずは、『エクス・マキナ』(2016年、米国)。108分。近未来ものSF。この映画は面白かった。 

独占的市場シェアを占めるサーチエンジン会社のトップが、風光明媚な山中に秘密裏に設置した研究施設で開発を進めている人型ロボット。AIは人間の感情をもつかどうか、「チューリング・テスト」を行うために選抜された若手プログラマーが体験する、1週間で7回のセッションとその結末。

「シンギュラリティ」(=特異点)にかんする会話内容が、なかなかもって知的で刺激的。タイトルの「エクス・マキーナ」(ex machina)とはラテン語で「機械仕掛け」の意味。Deus ex machina(機械仕掛けの神)というフレーズでバロック演劇で使われていた。



つぎに、『アップグレード』(2019年、米国)。これも近未来ものSFといっていいだろう。バイオレンス・アクション・ホラー。99分。 

事故で脊髄を損傷した男性に埋め込まれたAIチップ。男性に語りかける内面の声はAIによるもの。最初は自分の意志で「制御」できたAIが、ある機会をきっかけに「自律性」を獲得し、「制御不能」な暴走状態となる。



最後に、『エリジウム』(2013年、米国)109分。これはある意味では古典的な宇宙ものSFの系譜にあるというべきか。さらにいえば、古代ローマや古代エジプトなど、奴隷制のあった古代国家スペクタクルものの系譜というべきか。

劣悪化する地球環境を避けるため、「上級市民」たちは地球外に設置された「エリジウム」(Elysium)という衛星(・・宇宙ステーションのコロニー)に移住することになる。ただし、モトローラの衛星通信の「イリジウム」(Iridium)と似ているが、つづりが違う。

「上級市民」と「下級市民」(=下層階級)は、住む場所が完全に区分されるユートピアというかディストピア状態。下級市民が暮らす地球では英語+スペイン語、上級市民が暮らすエリジウムでは英語+フランス語。この対比の「聞こえる化」は、米国市民ではない私には滑稽に響くが、米国の社会意識の反映ではあろう。



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2021年1月30日土曜日

書評『動物と機械から離れて-AIが変える世界と人間の未来』(菅付雅信、新潮社、2019)-久々に面白い本を読んだ気分になった。だが残念なことに最終章は・・・

 

久々に面白い本を読んだ気分になった。『動物と機械から離れて-AIが変える世界と人間の未来』(菅付雅信、新潮社、2019)という本だ。読んだのは比較的余裕ができた昨年2020年12月のことである。 

内容をかいつまんでいえば、国内外の人工知能(AI)開発の最前線の研究者たちにインタビューして回る旅。『WIRED日本版』の連載を1冊にまとめたものだ。この著者の前作『物欲なき世界』(平凡社、2015)が面白かったので期待して読んだが、今回も知的な期待に十分応えてくれる面白さだった。 


AI研究には「人間」とは何かという、そもそも論の問いが密接不可分

タイトルにある「動物と機械」というのは、その中間に位置するのが「人間」だという考えに基づいたものだ。AIの進化によって人間は「動物化」していくのか、それとも「機械化」していくのか

ある意味で哲学的な問いだが、これはAI研究には「人間」とは何かという、そもそも論の問いが密接不可分であることの反映である。第1章のタイトルが「AIとは何かを考えるとは、人間とは何かを考えること」であることに象徴的に表現されている。 

「自律性」とは? 「知能」とは? 「意識」とは? 「感情」とは?・・・こういった本質的な問いを避けて通れないのがAI開発の研究であり、あるいはAI研究をつうじて、こういった問いに迫ろうとしているのである。 


■AI研究者を訪ね歩いた旅の結論は・・

AI研究の世界的な中心は米国と中国であり、著者もまた米国西海岸のシリコンバレーと中国広東省の深圳を訪れて、さまざまな研究者や思想家たちと問答を行っている。

興味深いのは、米中の影に隠れて知られざるロシアの研究状況について1章を割いていることだ。ふだんあまり意識することがないだけに貴重な内容となっている。モスクワ郊外の研究開発都市スコルコヴォ’Skolkovo Innovation Center)である。ロシアの場合は、研究開発における政治との距離感がポイントだ。 

旅の成果である結論、第11章の「シンギュラリティは来ないが、ケインズの予言は当たる」に記されており、その結論は、常識的に考えて、まあそうだろうなというものとなっている。

ここでいう「ケインズの予言」とは、1930年の時点でなされた「100年以内に経済的な問題は解決する」という予言のことだ。2020年にパンデミックが発生したが、ペースが墜ちたとしても、ある程度までその通りとなるだろう。

シンギュラリティ(特異点)とは、2045年にはAIの能力が人間の知能を上回るという発明家カールワイルによる予測だ。著者とともに、第1章から第10章まで読んでいけば、「シンギュラリティは来ない」という結論になるだろう。これはある意味では「常識」的な見解といえよう。 

この本が興味深いのは、結論そのものよりも、さまざまな専門家の発言をじかに引用して掲載していることだ。立場によって真逆の発言もあって、AIをめぐる議論がまだまだ百家争鳴状態であることがよくわかる。その発言の1つ1つが知的な刺激を与えてくれるのだ。 


■だが残念なことに最終章は・・・

ところが、たいへん残念なことに最終章となる第12章「未来の幸福、未来の市民」では、これまでの議論とうって変わって、とたんに陳腐でつまらないものとなってしまう。「20世紀型発想のユートピア論」でしかないのである。帯に推薦文を寄せている水野和夫氏とおなじ発想だ。「朱に交われば赤くなる」ということだろう、おなじような傾向をもつお仲間たちが集まるのだろう。

シンギュラリティが来るか来ないかということは別にして、ユートピアを語るならいっそのこと、カーツワイルの『ポスト・ヒューマン』で展開された「シンギュラリティ」(特異点)のほうがはるかに面白い。オリジナルな思想だからだろう。だから、「20世紀のリベラル派」が大好きな「市民社会論」など、いまこの時点で持ち出す感性の鈍さが私には理解できないのだ。処方箋としてはまったくもって失格である。 

まあ、そういう残念な終わり方をする本であるが、第11章まではひじょうに面白い内容になっているので、繰り返しになるが、読む価値は大いにある本だといっていいだろう。 





目 次
まえがき
第1章 AIとは何かを考えることは、人間とは何かを考えること
第2章 「自律性」という広大な未知を探索する
第3章 世界最大のテック都市、深圳はAIに未来を託す
第4章 「わたし」よりも「わたし」を知っている機械
第5章 社会の複雑さに人間が追いつかず、AIが追いつこうとする
第6章 ロシアのシリコンヴァレーが示すAI競争という新たな冷戦
第7章 「意識とは何か」を考える意識
第8章 シリコンヴァレーの未来信者たちとその反動
第9章 仕事の代替は古くて新しい問題である
第10章 人間は素晴らしく、だらしなく動物である
第11章 シンギュラリティは来ないが、ケインズの予言は当たる
第12章 未来の幸福、未来の市民
あとがき
参考文献一覧

著者プロフィール
菅付雅信(すがつけ・まさのぶ)
編集者/株式会社グーテンベルクオーケストラ代表取締役。1964年宮崎県生まれ。『月刊カドカワ』『カット』『エスクァイア日本版』編集部を経て独立。『コンポジット』『インビテーション』『エココロ』の編集長を務め、出版物の編集から内外クライアントのプランニングやコンサルティングを手がける。アートブック出版社ユナイテッドヴァガボンズの代表も務める。下北沢B&Bで「編集スパルタ塾」を主宰(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)


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2018年4月7日土曜日

書評『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』(新井紀子、東洋経済新報社、2018)ー 教育関係者、人材育成関係者は必読。読むことを強く薦めたい



 『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』(新井紀子、東洋経済新報社、2018)を読んだ。新井氏の新刊を待ち望んでいたからだ。AIとは人工知能(Artificial Intelligence)の略だが、この本では「人工知能技術」に限定して使用されている。

この本は、とくに学校教育の関係者や企業の人材育成関係者は必読だ。つまらないビジネス書を読んでいるヒマがあったら、この本をじっくり読んだほうがはるかにためになると断言していいい。 



帯のオモテには「人工知能はすでにMARCH合格レベル」と書かれている。MARCHとは私大の頭文字を並べたものだ。 

これは著者が主幹となって実施してきた「東ロボ」(=ロボットは東大に合格するのか。)というAI技術関連のプロジェクト「全国読解力調査」(RST)プロジェクトの結果を要約したものだ。つまりこのレベルの大学では、簡単にAIに代替されてしまうということ。悲観的な近未来像である。 

帯のウラ(写真)には、AIにまつわる神話と幻想をことごとく否定する文言が並んでいる。AIは神ではなく、人類を滅ぼすこともなく、シンギュラリティ(=人工知能が人間の脳を凌駕する特異点)も到来しない。 



なぜなら、コンピュータは文字通り計算機でありそれ以上のものではないこと、数学の言語である「論理」と「確率」と「統計」で表現できる事象以上のこと、すなわち「意味」は解析できないからだ。しかも、機械と生物は異なる存在だ。人間の脳は生物である。 

だが、これで安心してはいけない。逆にいえば、数学の言語で表現できることはAIが効率的に遂行してしまうのである。つまりAIに代替されてしまうということ。「意味」にかかわり、「推論」を必要とする分野以外は、機械のほうがはるかに人間に勝る。もはや大学卒業資格が職業生活において差異化の要素にはならないのである。 

「全国読解力調査」(RST)プロジェクトの結果こそ、真剣に受け止めるべき内容だ。つまり、中学卒業時点までに習得される「読解力」が、その後の人生を大きく分けるのである。 

「読解力」とは「国語力」と言い換えてもいいだろう。文章の「意味」が正確に理解できなければ「教科書」が読めないのであり、英語も数学も理解できないことを意味している。就職してからマニュアルや手順書も読んで理解できないのである。プログラムも組めないのである。 

日本語もできないのに、英語ができるはずがない、すべての基礎は日本語がきちんと理解できて使用できることだと、私は繰り返し主張してきたが、この認識は企業の人材育成現場だけではなく、教育現場でも危機意識が共有されてきたようだ。高度人材の育成もさることながら、底上げに注力しないと日本は完全にダメになる。 

その意味では、本書の主張は全面的に賛成であり、心強い援軍となる。ぜひ読むことを薦めたいのはそのためだ。 

著者の新井紀子氏は国立情報学研究所勤務の数学者。しかし単なる数学者ではなく、数学を広く社会に位置づけて考えることのできる人だ。数学のもつ特性と限界を心得ている人である。 

著者による問題提起は、真剣に受け止めて欲しいと思う。


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目 次
  
はじめに-私の未来予想図 
第1章 MARCHに合格-AIはライバル 
 AIとシンギュラリティ 
 偏差値57.1 
 AI進化の歴史 
 YOLOの衝撃-画像認識の最先端 
 ワトソンの活躍 
 東ロボくんの戦略 
 AIが仕事を奪う
第2章 桜散る-シンギュラリティはSF 
 読解力と常識の壁-詰め込み教育の失敗 
 意味を理解しないAI 
 Siriは賢者か? 
 奇妙なピアノ曲 
 機械翻訳 
 シンギュラリティは到来しない
第3章 教科書が読めない-全国読解力調査 
 人間は「AIにできない仕事」ができるか? 
 数学ができないのか、問題文を理解していないのか?-大学生数学基本調査 
 全国2万5000人の基礎的読解力を調査 
 3人に1人が、簡単な文章が読めない 
 偏差値と読解力
第4章 最悪のシナリオ 
 AIに分断されるホワイトカラー 
 企業が消えていく 
 そして、AI世界恐慌がやってくる
おわりに


著者プロフィール
 

新井紀子(あらい・のりこ)
国立情報学研究所教授、同社会共有知研究センター長。一般社団法人「教育のための科学研究所」代表理事・所長。東京都出身。一橋大学法学部およびイリノイ大学数学科卒業、イリノイ大学5年一貫制大学院数学研究科単位取得退学(ABD)。東京工業大学より博士(理学)を取得。専門は数理論理学。2011年より人工知能プロジェクト「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトディレクタを務める。2016年より読解力を診断する「リーディングスキルテスト」の研究開発を主導(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


<関連サイト>

個性は主張する vo.19 国立情報学研究所情報社会相関研究系 教授 新井紀子氏
・・新井紀子氏のインタビュー記事が、一橋大学の広報誌HQに掲載されている。「数学が大の苦手だと思っていた。大学入試を終えたとき裏庭で数学の教科書をきれいさっぱり燃やしてしまった」とある。「数学ギライが数学の道に進むようになったキッカケは、松坂和夫先生との出会いでした。ようやく数学から解放されると喜んでいたのに、一橋大学では数学が必修。打ちのめされる思いでイヤイヤ出席した授業でしたが、松坂先生の講義は数学の神髄は「計算・答」を是とする学校数学に非ずとはっきり悟らせてくれたのです。そうだ数学には筋道というストーリーがあるんだと知ったときは、目の前がパッと開ける思いでした」


<ブログ内関連記事>

書評 『コンピュータが仕事を奪う』(新井紀子、日本経済新聞出版社、2010)-現代社会になぜ数学が不可欠かを説明してくれる本

書評 『2045年問題-コンピュータが人間を超える日-』(松田卓也、廣済堂新書、2013)-「特異点」を超えるとコンピュータの行く末を人間が予測できなくなる?

英語よりも日本語をキチンと教育してもらいたい!-「英語至上主義」と訣別し、人的資源の有効活用策を考えるべし


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2014年8月9日土曜日

書評『謎のチェス指し人形「ターク」』(トム・スタンデージ、服部桂訳、NTT出版、2011)-18世紀後半のオートマトンにコンピュータとロボットの原型をさぐる「知の考古学」



17世紀以降、日本だけでなく西欧でも娯楽目的の「からくり人形」が流行した。いわゆる「西洋からくり人形」であるが、正確にはオートマトンという。自動人形または自動機械のことである。流行は日本でも西欧でも19世紀半ばまで続いた

機構そのものにプログラムを内蔵させたオートマトンは、完全に自動化されているものも、手動式にものもあったが、機械言語によって動く現在のコンピュータとロボットの前身と位置づけられている。

オートマトンの歴史のなかで18世紀の終わりに登場したのが、本書の主人公、謎のチェス指し人形「ターク」である。ターク(Turk)といはトルコ人のことだ。

啓蒙専制君主であった女帝マリア・テレジア統治下ののハプスブルク帝国で、上級官吏であったヴォルフガング・フォン・ケンペレンが1770年に「発明」したのであった。当時のハプスブルク帝国では、隣接するオスマントルコ帝国の風俗が流行していたらしい。

「ターク」は第一級のチェスプレイヤーとして数々の名人を打ち負かし、ナポレオンと対戦し、ロシアの女帝エカチェリーナなど当時のセレブたちをを驚かせたらしい。同時代に生きたフランクリンやゲーテも記録に残しているくらいだ。

本書は、英国のテクノロジーライターで作家が、「ターク」誕生以来の歴史をノンフィクションとしてたどり、「ターク」が引き起こしたセンセーションと、「ターク」の謎を解こうと挑戦した人々、「ターク」の存在に刺激を受けて自動機械やコンピュータの原型を開発したエンジニアたちを描いた技術史をベースにした「知の考古学」である。ポピュラーサイエンスものだが、推理小説のような知的エンターテインメントといっていいだろう。

原著は、The Life and Times of The Famous Eighteenth-Century Chess-Palying Machine, by Tom Standage, 2002 である。直訳すれば、『かの有名な18世紀のチェス指しマシンの生涯とその時代』で、2002年の出版である。どうも21世紀に入ってからの数年に、この手の作品が多いことに気がつく。


調べればどこにでも書いてあることだからネタバレにはならないと思うが、「ターク」は実際のところ、自動機械ではなかったのである。よくいって半自動機械であったというべきだろう。機械は機械であったが、人間がオペレートしていたのである。もちろん「ターク」じたいには、チェスを指す知能は備えていなかった。

原著のカバーには、ロボットアームのような「ターク」のアームが駒を握っているイラストが描かれている。21世紀の現在も、宇宙船でのロボットアームをつかった各種の作業も宇宙船内で乗員がオペレートしているものであることを考えれば、それじたい非難(?)すべきものとは思われない。

「ターク」が出現した18世紀の終わりから19世紀にかけての時期は、ちょうど英国で「産業革命」(Industrial Revolution)が起こった時期にあたる。

大陸ではもっぱら娯楽用であったオートマトンだが、英国では「ターク」の存在が刺激となって自動機械の開発がさかんに行われるようになったらしい。牧師のカートライトの自動織機の発明もその一つである。娯楽用機械の存在が、実用目的の自動機械の開発意欲を誘発したわけである。 

おなじく同時代の英国の数学者バベッジもまた「ターク」の存在に刺激を受け、機械式汎用コンピュータの原型「階差機関」を構想している。機械装置で論理的な推論と演算ができると考えたのであったが、バベッジのコンピュータは彼が生きているうちに実現はしなかった。バベッジは「コンピュータの父」とされている。

「ターク」の生涯は、娯楽用オートマトンの流行が終わった19世紀半ばにはいったん終えることになるが、20世紀になってから人工知能研究の進展によってふたたび「ターク」は想起されることになる。IBMが開発したディープ・ブルーとチェスの世界チャンピオンとの対戦である。まさに「ターク」の再現であったというべきだろう。日本でもコンピュータ将棋の開発はつづいている。

だが、著者もいうように、ディープ・ブルーにおいてすら完全に自動機械が実現したのではないといっていいのかもしれない。なぜなら、人工知能といえどもコンピューターの背後にはプログラムする人間がいるからだ。オペレーターは完全自動化可能でも、プログラムそのものを完全に自動化することははたして可能なのかどうか。

人工知能による完全自動機械というエンジニアの「夢」は、いまだに実現することはない「夢想」にとどまっているが、もしそれが実現したあかつきには、人間は完全に不要になってしまうかもしれない。その日は遠い将来ではないと主張する人もいるが、特化した機能では人間の知能を凌駕するコンピュータやロボットが実現しても、人間の総合的な知能を凌駕するのはそう簡単な事ではないような気もする。

公式の技術史には登場しないが、間接的にきわめて多くの刺激を与えてきた「ターク」というチェス指し人形の存在。娯楽機器が実用開発を刺激するという点においては、18世紀も21世紀も変わらないようだ。

コンピュータやロボット開発の動機を考えるうえで、オートマトンの歴史を知っておくと意味があるといっていいだろう。その意味では「ターク」の存在はじつに興味深い。

英国の良質なポピュラーサイエンスものとしておすすめの一冊である。




目 次

まえがき
第1章 クイーンズ・ギャンビット
第2章 タークのオープニングの動き
第3章 最も魅惑的な仕掛け
第4章 独創的な装置と見えない力
第5章 言葉と理性の夢
第6章 想像力の冒険
第7章 皇帝と王子
第8章 知性の領域
第9章 アメリカの木製の戦士
第10章 終盤戦
第11章 タークの秘密
第12章 ターク対ディープ・ブルー
謝辞
原注
参考文献
訳者解説
オートマトン計算機の歩み(年表)
索引


著者プロフィール
トム・スタンデージ(Tom Standge)
1969年生まれ。ジャーナリスト・作家。英『エコノミスト』誌テクノロジー担当ライター。 著書に『世界を変えた6つの飲み物』(インターシフト)などがある。

訳者プロフィール
服部桂(はっとり・かつら)
1951年生まれ。元・朝日新聞社科学部記者。 著書に『メディアの予言者』(廣済堂出版)、『人工生命の世界』(オーム社)などが、訳書に『デジタル・マクルーハン』『パソコン創世 第3の神話』(ともにNTT出版)などがある。


<ブログ内関連記事>

書評 『からくり人形の夢-人間・機械・近代ヨーロッパ-』(竹下節子、岩波書店、2001)-「西洋からくり人形」にさぐるバロック時代の精神世界

書評 『ロボットとは何か-人の心を写す鏡-』(石黒浩、講談社現代新書、2009)-「人間とは何か」、「自分とは何か」というロボット工学者の哲学的な問い

書評 『ロボット新世紀』(シリル・フィエヴェ、本多力訳、文庫クセジュ、2003)-ロボット大国ではないフランスのジャーナリストが簡潔にまとめたロボット開発の見取り図

書評 『ねじとねじ回し-この千年で最高の発明をめぐる物語-』(ヴィトルト・リプチンスキ、春日井晶子訳、ハヤカワ文庫NF、2010 単行本初版 2003)-「たかがねじ、されどねじ」-ねじとねじ回しの博物誌
・・「(ヨーロッパでは)「紳士にとって旋盤を回すことは、婦人にとっての刺繍のようなもので、18世紀の終わりまで趣味として人気を保っていた」(第5章)」ことを同時にアタマのなかにいれておくとよい

『西洋事物起原 全4巻』(ヨハン・ベックマン、特許庁技術史研究会訳、岩波文庫、1999~2000)は、暇つぶしにパラパラとやると雑学に強くなれる本
・・ベックマンは「ターク」目撃者でもある

書評 『グラハム・ベル空白の12日間の謎-今明かされる電話誕生の秘話-』(セス・シュルマン、吉田三知世訳、日経BP社、2010)

電気をつかわないシンプルな機械(マシン)は美しい-手動式ポンプをひさびさに発見して思うこと
・・自動人形もエネルギー源に電気を使用しない機械である

ファラデー『ロウソクの科学』の 「クリスマス講演」から150年、子どもが科学精神をもつことの重要性について考えてみる
・・ポピュラーサイエンスという英国の伝統

「史上空前規模の論文捏造事件」(2002年)に科学社会の構造的問題をさぐった 『論文捏造』(村松 秀、中公新書ラクレ、2006)は、「STAP細胞事件」(2014年)について考える手助けになる
・・21世紀人おいても科学雑誌の分野では英国と米国の存在が双璧


書評 『2045年問題-コンピュータが人間を超える日-』(松田卓也、廣済堂新書、2013)-「特異点」を超えるとコンピュータの行く末を人間が予測できなくなる?


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2014年8月7日木曜日

書評『ロボット新世紀』(シリル・フィエヴェ、本多力訳、文庫クセジュ、2003)-ロボット大国ではないフランスのジャーナリストが簡潔にまとめたロボット開発の見取り図


『ロボット新世紀』というタイトルになっているのは、21世紀初頭の2003年に出版されたからだろう。原著は、2002年にフランスで出版された Les robo(レ・ロボ=ロボット) という、じつにそっけないタイトルの本である。

「文庫クセジュ」は、フランスの岩波新書のようなものだ。サイズからいって文庫ではなく新書であるだけでなく、自然・人文・社会の科学全般にわたる百科全書的な知のライブラリーの日本語版である。「クセジュ」は、16世紀のモンテーニュの名言 Que sais je ?(わたしは何を知っているというのか?)という反語的表現からきている。

全般的にその分野の碩学が、簡潔なページ数に学識を詰め込んだかつてのスタイルと異なり、最近のものは読みやすくて理解しやすいものが多くなった印象を受ける。これは翻訳レベルの向上だけでなく、フランス語の本じたいがそういう傾向にあるのだろう。知の軽薄化というよりも、それが本来の「一般読者向け啓蒙書」のあり方ではないか。英語圏の影響だろう。

じつはこの本は、買ってからすでに11年もたっているのだが、ずっと本棚の奥で眠っていたこの本を「再発見」してパラパラと読んでいたら面白いので、あっという間に最後まで読んでしまった。

日進月歩のロボット分野のことだから、原著出版から12年もたてば、もうはるかかなたの昔のような気がしなくもない。だが、押さえるべきところは押さえているので過不足はない。最新事例を入れ替えれば、2014年時点でも読む意味はないとはいえない。

ロボット前史からはじまり、ロボット開発の方向性を分類している。「目次」を見ていただければわかると思うが、現在のロボット開発の方向性はほぼ網羅されている。

フランス人のコンピュータエンジニアでジャーナリストの著者が、フランス人向けにフランス語で書いた本だが、でてくる事例の大半は日本とアメリカである。この両国がロボット分野では世界の二大大国なのである。とはいえ、日本人が書いたのでもアメリカ人が書いたものでもないので、第三者が俯瞰的に見ている公平な視点が感じられる。



読んでいて思うのは、現在でも圧倒的に中心に位置づけられる産業ロボットを除けば、ヒューマノイドという二足歩行の人間型ロボット開発に注力してきたのが日本だが、どうも日本人には「ロボット性善説」があるようだ。人間の生活空間における人間とロボットの共生というテーマである。たしかに著者がいうように、文化的な影響が無意識のうちに働いているのだろう。

だが、アメリカにかんしてはかならずしもそうではない。アメリカは軍事以外でもさまざまな用途のロボット開発が行われてきているが、あくまでも「道具」として位置づけている印象を受ける。いってみれば「ロボット性悪説」とでもいうべきか。ヨーロッパもそうだが、アメリカでも開発者の動機の背後には、哲学や思想が背景にある印象を受ける。人間機械や人造人間である。

本質においてコンピュータであるロボットは、ますます「自律性」を明確にしつつある。コンピュータに自律性とモビリティが加わると自立型のロボットになる。フランス人の目からみると、アメリカのロボット開発にある種の懸念をもっていることがわかる。

「第4章 特殊探査ロボット」では、「自律性」を備えたロボットの出現によって、アシモフのロボット三原則の尊重がますます難しくなるであろう事が指摘されている。

特殊探査ロボットのカテゴリーには、戦争、観測、偵察、探索などの目的が含まれるが、もっとも裾野が広く投資額が膨大であり、目的性や道具性が明確なこの分野では、自律性をもったロボットが制御不能になった場合の What-if (もし~なら)にかんするイマジネーションが必要となってくるはずだ。「性悪説」が不可欠なのである。

人工知能そのものにはページはあまり割いていないが、「ロボットが知能的であるとは?」という問いを最後に行っている。こういう問いは西欧人ならではという気もする。

著者は、人間型ロボットであるヒューマノイドが感情面まで備えたように見えるのは、人間型ロボットだけでなくペットの動物に対しても、人間はどうしても擬人化して感情移入しがちだからだとする。ロボットに知能があるのは、人間がそのように設計しているからだ、と。2002年当時でも、2014年現在でも、この見解はそのとおりだろう。

だが、著者は未来にかんしては断定的な結論は出すことなく、アメリカの発明家で人工知能研究の第一人者カーツワイルの「特異点」にかんするビジョンも含めて、さまざまなロボット開発者や人工知能開発者の議論を紹介している。ここでもその大半がアメリカ人と日本人の見解になるのだが、その違いが興味深い

先日(2014年6月)、日本のソフトバンクが人間の自然言語を理解する人間型ロボット Pepper を発表したが、プロトタイプはフランスのベンチャー企業 Aldebaran Robotics のものだという。日本企業でもアメリカ企業でもなく、フランス企業と提携したというのが興味深い。個別企業との提携だが、ロボット開発思想にフランス的なものがあるのかどうか。

「クセジュ」は写真も図版もいっさいない、文章だけのそっけないつくりの本だ。日本語版もそうである。フランスの「クセジュ」は、同じタイトルの本を、著者を替えて定期的にアップデートしているが、つぎのエディションではホンダでもソニーでもなく、ソフトバンクの取り組みが全面にでてくるのかもしれない。




目 次

はじめに
第1章 ロボットの歴史
 Ⅰ ロボットという言葉の進化と方向
 Ⅱ 映画とサイエンス・フィクション
 Ⅲ 最初のロボット
第2章 産業用ロボット
 Ⅰ 敏感でダイナミックな市場
 Ⅱ 目的が異なるさまざまなロボット
 Ⅲ 外科手術支援ロボット
第3章 家庭用ロボット
 Ⅰ 純粋に仕事が目的のロボット
 Ⅱ 高級なオモチャ
 Ⅲ アイボ、家庭用ロボット、すべてをこなすパートナー
 Ⅳ ロボット泥棒にご用心
 Ⅴ パーソナルロボットのオペレーションシステム
第4章 特殊探査ロボット
 Ⅰ 戦争と秩序の維持
 Ⅱ 探索ロボット
 Ⅲ 闘争するロボット
第5章 人間型ロボット
 Ⅰ ヒューマノイド型ロボット、なにを目ざすのか?
 Ⅱ 歩くロボット、アシモ
 Ⅲ ソニーの夢ロボット
 Ⅳ HRP、日本の未来のスター
 Ⅵ アメリカのコグが道筋を示す
 Ⅶ 「社会化」する機械、注目されるキズメット
第6章 ロボットの未来
 Ⅰ いくつかの大きな傾向
 Ⅱ 問題の人工知能
 Ⅲ 未来を予測する
おわりに
 Ⅰ 多様性の支配
 Ⅱ 曲がり角
 Ⅲ 意識するロボットか? あるいは一緒に存在するロボットか?
訳者あとがき
参考文献/ウェブリスト



著者プロフィール
シリル・フィエヴェ(Cyril Fiévet)
1967年生まれ。コンピュータエンジニアでジャーナリスト.1991年、トゥールーズの国立電子情報高等学院を卒業。1994年までパリのオルガ・コンセイユというコンサルタント会社に情報システムエンジニアとして勤務したあと独立。現在、ウェブサイトを利用したコンピュータ、ロボット、ナノテクノロジーなどの先端科学技術を専門とするジャーナリスト、フリーランスライターとして活躍。(訳者あとがきより)

訳者プロフィール
本多力( ほんだ・つとむ)
1977年東京工業大学大学院博士課程修了。国内外の大学研究所等をへて現在日本原子力研究所勤務。富士山火山洞窟学研究会理事、日本洞窟学会評議員(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



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