「アタマの引き出し」は「雑学」ときわめて近い・・日本マクドナルド創業者・藤田田(ふじた・でん)に学ぶものとは?

◆「アタマの引き出し」つくりは "掛け算" だ : 「引き出し」 = Σ 「仕事」 × 「遊び」
◆酒は飲んでも飲まれるな! 本は読んでも読まれるな!◆ 
◆一に体験、二に読書、その体験を書いてみる、しゃべってみる!◆
◆「好きこそものの上手なれ!」◆

<旅先や出張先で本を読む。人を読む、モノを読む、自然を読む>
トについてのブログ
●「内向きバンザイ!」-「この国」日本こそ、もっとよく知ろう!●

■■ 「むかし富士山八号目の山小屋で働いていた」全5回 ■■
 総目次はここをクリック!
■■ 「成田山新勝寺 断食参籠(さんろう)修行(三泊四日)体験記 」全7回 ■■ 
 総目次はここをクリック!
■■ 「庄内平野と出羽三山への旅」 全12回+α - 「山伏修行体験塾」(二泊三日)を中心に ■■
 総目次はここをクリック!


「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!

「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!
ビジネス寄りでマネジメント関連の記事はこちら。その他の活動報告も。最新投稿は画像をクリック!



ご意見・ご感想・ご質問 ken@kensatoken.com にどうぞ。
お手数ですが、コピー&ペーストでお願いします。

© 2009~2026 禁無断転載!



ラベル 天理教 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 天理教 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2024年3月7日木曜日

書評『松下幸之助の死生観 ― 成功の根源を探る』(川上恒雄、PHP研究所、2024)― 「使命感」の根底にあった宗教的な「死生観」 




2024年2月に出版されたばかりの『松下幸之助の死生観 ー 成功の根源を探る』(川上恒雄、PHP研究所、2024を読了。 著者は、PHP理念経営研究センターの首席研究員。

PHPは、松下幸之助が敗戦後の1946年に創設したシンクタンクである。「PHP」とは、「Peace and Happiness through Prosperity」(=繁栄によって平和と幸福を)の頭文字をとったものだ。「物心両面の繁栄により、平和と幸福を実現していく」という松下幸之助の理念が託されている。

松下幸之助の「経営理念」には、さまざまな宗教の影響があったことはよく知られている。

使命を自覚した「命知元年」(1932年)のきっかけが天理教本部の見学であったことは、比較的知られていることだろう。天理教の「現世肯定」という理念に共感するものもあったようだ。 

だが、使命感の根底には松下幸之助自身の「死生観」があり、だからこそさまざまな宗教が説く教えを耳で聴いて、自分自身の考えを確立していったのであろう、というのが著者の見解だ。 

本書で重点的に取り上げられているのは、「生長の家」と「真言宗」である。前者は「第3章 宗教的背景を探るー「生長の家」のケースを手がかりに」で、後者は「第4章 死生観はどのようにして涵養されたか」で取り上げられている。 

その「死生観」は、長生きはできないであろうと覚悟していたほど病弱であった、そんな幸之助自身の実存に起因するものであったことが、「第2章 不健康またけっこう ー 病と幸之助」を読むと実感される。 

特効薬のなかった時代に肺尖カタル(=結核の初期症状)に苦しみ、26歳までに両親やきょうだいがみな死んでいるだけでなく、本人も最後まで完治することがなかったようだ。

さらに、経営者という精神的な重圧から、生涯にわたって不眠症に悩まされていたことなど、睡眠薬を手放せない人生であった。 

そんな松下幸之助は「物心一如」を理念として打ち出していた。先にもみたように、PHPの理念に結実したものである。松下幸之助の影響を受けていた稲盛和夫の「物心両面の幸福」と似ている。

だが、両者の霊魂感には違いがあるようだ。おなじく米国発の「ニューソート」(New Thohght)系の「生長の家」の影響を受けているものの、稲盛和夫は個別の「魂」を前提にしている。「仕事をつうじて魂を磨け」というフレーズにそれが表現されている。 

ところが、松下幸之助は、人間は生きているあいだは個別の存在だが、死ねば個別性はなくなると考えていた。 

「生命力」は「宇宙の根源の力」から分かれでて個別の人間として生まれ、そしてまた「宇宙の根源」に帰っていく。つまり、一からでて一に帰るのである。霊魂は不滅だが、霊魂の個別性は否定する。 

これは「一にして多」であり、「多であり一」という、日本の伝統的な宗教観念であり、学校教育を受けなかった松下幸之助にとって、納得のいく考えだったのではないだろうかという著者の指摘には納得がいく。 

そしてこれは、真言宗が前提とする『華厳経』の考え方にも近い。だからこそ、2年間にわたって生活を共にし、生涯にわたって影響を受けつづけて真言宗の僧侶・加藤大観の存在に注目するべきなのだろう。高野山との関係もそうであり、そもそも幸之助の出生地である和歌山は真言宗が強い地帯である。 

帯にもあるように、本書を読んだことで、「素直な心」「自然の理法」「生成発展」という松下幸之助の哲学の根本は、その「宗教的な死生観」を知ることで大いに納得のいくものとなった。 

現在にいたるまで、松下幸之助の著作が根強く読み継がれているのは、日本人が一般に抱いている死生観と共通するものがあるからなのだろう。

経営論をはるかに超えた、みずからの経験をベースにした「生き方」を説いたものだからなのだ。 

その意味では、すでに現世の人ではないとはいえ、松下幸之助は稲盛和夫とともに、今後も長く日本人の心のなかに生き続けることになろう。


画像をクリック!

 

目 次
イントロダクション 
第1章 「運命」を生かす ー 人知を超えた「理法」の存在 
第2章 「不健康またけっこう」ー 病と幸之助 
第3章 宗教的背景を探る ー「生長の家」のケースを手がかりに 
第4章 死生観はどのようにして涵養されたか 
第5章 「期待される人間像」議論への参画 
補論 幸之助の「商道」が生み出された時代背景 
あとがき
 
著者プロフィール
川上恒雄(かわかみ・つねお)
1991年一橋大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。1997年同社退社後、南山大学宗教文化研究所研究員、京都大学経営管理大学院京セラ経営哲学寄附講座非常勤助教などを経て、2008年PHP研究所入社。2019年より同社PHP理念経営研究センター首席研究員。ランカスター大学宗教学博士(Ph.D)。エセックス大学社会学修士(M.A.)。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)



<ブログ内関連記事>







・・イノベーションが生まれるメカニズムを企業人が『華厳経』的に解釈してみる試み。「創出」のキーワードは「直観」と「自他未分離」、仏教的にいえば「無分別」となる。ブッダの悟りを表現した『華厳経』の表現「海印三昧、一時炳現」は、同時にいっさいの事象があきらかになることを意味している。

・・鈴木大拙や西田幾多郎が哲学や思想の分野で行ったことは、「一即多、多即一」の『華厳経』的な大乗仏教の日本的展開がベースにある

(2024年3月11日 情報追加)


(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどう
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!







end

2024年2月25日日曜日

書評『天理教 ― 神憑りから新宗教へ』(八幡書店、2009)―「宗教発生」のプロセスとメカニズムのケーススタディ

 


現在ではあまり話題になることもない天理教だが、戦前は急成長をとげた「新宗教」であった。戦後でいえば創価学会などを想起すればいいだろう。それほどかつては勢いがあったのだ。

「新宗教」とは、幕末以降に発生した宗教のことをさす。本書は、天理教について、発端となった神憑(がか)りから、いかにして宗教組織として成長し、確立していくまでのプロセスを詳細に分析したものだ。

天理教の場合、比較的資料が多く残されているので取り上げたという。つまり「宗教発生」のプロセスとメカニズムを知るためのケーススタディとしての位置づけにあるわけだ。 

「開祖」とよばれる人物が存在するだけでは、宗教となることはない。これはブッダと仏教、キリストとキリスト教の関係もおなじである。宗教以外の企業組織であっても、また同様である。 

天理教の場合も、幕末に中山みきという女性に神が降ったことが発端となったが、信者たち(それも男性)が存在しなければ宗教に脱皮することなく、迫害されなければアイデンティティも明確化せず、公認を求めての組織化も起こらなかったであろう。 

中山みきも、神憑りする霊能者として一代限りで終わった可能性も高い。『霊能一代』で取り上げられた砂澤たまゑもそうであり、そんな例はごまんとある。現代も同様である。

霊的カリスマはそのまま血縁関係で継承されることはない。むしろ、天理教のように霊能者の神憑りから宗教教団に発展したケースは例外的と考えるべきなのだ。 


■「戦前の天理教」と「戦後の天理教」には教義に変化がある

本書は『天理教』と題されているが、天理教の入門書ではない。

天理教の教義や伝説や神話を覆ったベールを一枚一枚はがしながら綿密に要素分解し、その成立の経緯を明らかにしようと試みた研究成果である。叙述も淡々としていて、最初から最後まで宗教学者としての冷静な態度が一貫している。 

本書の指摘で重要なのは、天理教の歴史を「戦前」と「戦後」でわけて考えていることだ。

「新宗教」ゆえ、警察からの干渉や一般人からの誹謗中傷など、さまざまな迫害を回避するため、ある種の妥協を行って神道系の宗教組織として確立、日露戦争後の大正時代に「大衆時代」に入った急成長している。当時36歳だった松下幸之助が目を見張ったのは、300万人規模となっていた「戦前の天理教」である。最盛期には500万人まで拡大したという。 

そして「戦後の天理教」においては、教義が「近代化」されていることが指摘されている。

東大の宗教学科で宗教学者・姉崎正治のもとで学んだ二代目真柱(しんばしら)が、イエズス会に代表されるカトリックをモデルに布教戦略を構築したが、成功したとは言いがたい。現在は公称200万人規模という。すでに成長期に入って「家の宗教」となって久しいのである。 

著者の島田氏による、宗教学者・村上重良氏に対する批判も大いに納得のいくものだ。

天理教理解を方向づけた村上氏だが、1960年代から1970年代の知識階層が多く抱いていた左翼的風潮のもと、共産党関係者の村上氏は「戦前の天理教」を天皇制に対する「反権力の象徴」と位置づけていた。ところが、その村上氏の解釈が実際とは大きく乖離していたことが本書で明らかにされている。

大学学部時代に「宗教社会学」を専攻しようかと考えたこともあるわたしも、1980年代以降に村上氏の著書をつうじて天理教だけでなく、大本教もふくめた「新宗教」全般を理解していた。村上氏ほど、宗教や新宗教を網羅的かつ個別具体的に研究した人はいないだろう。

だから、その意味でも、本書を読んだことは大いに有益なことであった。 


■現在では「一神教」的な天理教だが、もともと「神仏習合」的風土から誕生した

島田裕巳氏は、オウム事件で大学を追われてからは、在野の宗教学者として、ほぼ毎月1冊のペースで出版しつづけている。

なかには粗製濫造(?・・失礼!)に近いものもあるが、本格的な研究である本書『天理教』は、長いあいだ日の目をみなかったという。天理教がマスコミの旬のテーマになることがないからだ。 

最終的に、古神道とオカルトを中心にした、知る人ぞ知る八幡書店から出版されることになったが、内容的にはオカルトとはまったく無縁である。 

しかも、分析結果として、天理教は古神道の系統ではなく、もともと中山みきが熱心に信仰していた「浄土宗」や、さらに公認をもとめてその傘下に入った「吉田神道」の影響が強いとしている。

仏教の「転輪王」(てんりんおう)が、天理教の「天理王命」(てんりおうのみこと)に転化した可能性があるという指摘には、納得させられるものがある。

もともと神仏習合的要素が濃厚だったのだ。啓示(おつげ)によって登場したという、一神教的要素が前面にでてきたのは、戦後の教義近代化にあるという。 キリスト教などの一神教のほうが近代的だとみなされたこともあるようだ。

そういった意味では、読者の想定を裏切る内容の本となっているのかもしれない。もちろん、あくまでも天理教の信者ではない、外部の専門研究者による理解であることは言うまでもない。それが信者にとっての見解と異なっているとしても、それは当然の話である。 

「宗教発生」のプロセスとそのメカニズムのケーススタディとして本書を読めば、その他の宗教組織、あるいは宗教以外の組織全般について理解するヒントにもなるだろう。伝説がいかにつくられるのか、ナラティブ分析としても有益だ。 

なお、ダイジェスト版ともいうべき内容は、本書出版の前にでた『日本の10大新宗教』(幻冬舎新書、2007)の「1 天理教」で読むことができることを付け加えておこう。 


画像をクリック!


目 次
序章 宗教の発生
第1章 啓示
第2章 呪術の園
第3章 神の正体
第4章 御苦労
第5章 神の死と再生
終章 創造された一神教
注 
主要参考文献 
あとがき 
索引

著者プロフィール
島田裕巳 (しまだ・ひろみ) 
1953年東京生まれ。東京大学文学部宗教学宗教史学専修課程卒業、東京大学大学院人文科学研究課博士課程修了。放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員を歴任。現在は作家、宗教学者、東京女子大学非常勤講師。 
学生時代に宗教学者の柳川啓一に師事し、とくに通過儀礼(イニシエーション)の観点から宗教現象を分析することに関心をもつ。大学在学中にヤマギシ会の運動に参加し、大学院に進学した後も、緑のふるさと運動にかかわる。雑誌『80年代』の立ち上げにも参加する。 大学院では、コミューン運動の研究を行い、医療と宗教との関係についても関心をもつ。放送教育開発センターの時代には、放送教育、遠隔教育の研究にも従事する。日本女子大学では宗教学を教える。 
大学退職後は著述に専念、主な著書に、『創価学会』(新潮新書)、『日本の10大新宗教』、『葬式は、要らない』、『浄土真宗はなぜ日本でいちばん多いのか』(幻冬舎新書)などがある。(著者の公式サイトより)




<ブログ内関連記事>


・・「特筆すべきは、天理教の内側にいた宗教哲学者・諸井慶徳(もろい・よしのり)の再発見・・・。偶然の機会によって(若松氏が)古書店で出会ったという諸井慶徳の著作は、しかるべき人に発見された、しかるべき本であったといえよう。この知られざる宗教哲学者とその主著への言及が本書をより深く、より豊かなものにしてくれた。諸井慶徳と井筒俊彦の接点はなかったようであるが・・。」



・・「神道系新宗教への親近感、霊性の観点からみた女性の男性に対する優位性など、折口信夫の思想のラディカルな性格」


(2024年3月2日 情報追加)


(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどう
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!







end

2024年2月24日土曜日

書評『命知と天理 ― 青年実業家・松下幸之助は何を見たのか?』(住原則也、道友社、2020)―「青年実業家」は急成長する宗教組織から貪欲に学んでいた

 

『命知と天理 ー 青年実業家・松下幸之助は何を見たのか?』(住原則也、道友社、2020)という本を読んだ。期待どおり、松下幸之助にかんする長年の疑問に答えてくれる本であった。


■創業から14年後に「真の使命」を知った松下幸之助

松下幸之助は、1932年(昭和7年)5月5日をもって「命知元年」としている。会社創業の14年後のことである。

「命知」とは、「使命を知る」という意味でつかわれている。漢字熟語なら本来は「知命」とすべきであろう。とはいえ、松下幸之助は「命知」という表現で松下電器製作所(現在のパナソニック)がその「使命」を知り、その真の誕生であるとした。

そして、いわゆる「水道哲学」を前面に打ち出したのである。「水道哲学」とは、蛇口をひねれば水がでるように、適正価格で製品を大量に供給することで、世の中から貧困をなくしていこうという経営哲学のことである。現在でいえば限りなくNPO的な経営理念といえる。

そのきっかけが、取引先の知人に熱心に誘われて奈良県の天理教本部を見学したこと、そして大いに思うことがあり、目が開かれたことであった。ここまでは、比較的知られている話であろう。


■「青年実業家」は天理教本部で何を見たのか?

32歳の松下幸之助は1932年3月某日(・・正確な日付は不明)、なんと10時間(!)にわたって天理教の本部を知人の説明を聞きながらくまなく見学したのだという。大阪から片道1時間とはいえ、約半日を天理教本部の見学に費やしたのである。

そのとき松下幸之助は、天理教信者たちの熱心なはたらきに何を見たのか? 何を感じたのか? 何を学んだのか?  

本書は、その詳細について、天理教の「内側」から考察を行ったものだ。出版元の道友社は天理教の出版社である。

著者の住原氏は、天理大学教授で経営人類学を専門とし、経営理念などの研究を行っている研究者である。天理教の信者であるかどうかは分からない。

戦前の松下電器と天理教組織の類似点と相違点を詳細に分析している。この内容が、わたしの長年の疑問に答えてくれるものであった。とはいえ、なにぶんにも当時の関係者はすべて物故しており、資料の制約があり、推論に頼ることが多いとしている。 あくまでも、そういう前提のもとに読むべきであろう。

当時の松下電器は、数々の危機を乗り越えて発展途上にあったとはいえ、従業員規模は1,200人あまり。これに対して、急成長のさなかにあった天理教は信者が300万人(!)という大組織であった。 

信者たちは、どうしてみな嬉々として無料奉仕ではたらいているのか? どうやったらそんな巨大な組織を動かすことができるのか? それはもう、青年実業家にとっては驚きの連続であったことだろう。 


■天理教本部の見学後、松下幸之助は独立採算の「事業部制」を構築した

とはいえ、そこから先が、当時36歳の松下幸之助が並の経営者とは違うところであったのだ。

貪欲にも異分野である宗教組織のあり方から学び、それを大胆にも企業経営に取り入れて応用したのである。

天理教が独立採算の組織形態をとっていることをヒントに(・・ただし、これはあくまで推測)、独立採算の「事業部制」を構築したのである。そして、組織としてのベクトル統一を図るための求心力となりうる「使命」の明確化を行っている。

90年前の当時は、現在のように「経営学」は理論化も体系化もされておらず(・・ドラッカーがマネジメントを体系化したのは第2次大戦後のことだ)、経営にかんする有用な知識もメディアをつうじて流通していなかったのである。

松下幸之助は、みずからの体験をもとに実践的な経営知を確立したのである。「経営の神様」の原点がそこにある。 

もともと身体が弱く、宗教的な感受性の強い人だったようだが、松下幸之助は、まさに希有な資質の持ち主であったというべきだろう。

以上、ざっと簡単に本書の内容について見てきたが、じつに面白い本であった。長年の疑問が大いに氷解する内容であった。


■できる経営者は異分野からも貪欲に学ぶ

わたしもそうだが、松下電器(=パナソニック)にとっても、天理教にとっても「外側の人」である人は、読むと得るものが少なくないはずだ。

企業経営におけるミッション(=使命)とパーパス(=志)、組織論について考えるうえでも、参考になる点が少なくない。 

本書は天理教の出版社からでた本だが、天理教について詳しくない人にも理解できるよう、一般書としてくどいほど丁寧に解説している。 

松下幸之助と天理教に関心のある人は、食わず嫌いすることなく読むことを薦めたい。 


画像をクリック!



目 次
はじめに 
第1章 天理教と松下電器の「類似」 
第2章 起業から昭和7年までの松下電器 ―「通念」に基づく経営の時代 
第3章 初めて親里(おやさと)を歩く(午前) 
第4章 教祖中山みきの足跡と初期教団の歩み 
第5章 初めて親里を歩く(午後) 
第6章 戦後の展開に見る「類似性」 
第7章 松下電器の経営理念の独自性を考える 
おわりに

著者プロフィール
住原則也(すみはら・のりや)
1957年生まれ。神戸大学文学部卒業。ニューヨーク大学大学院博士課程修了(文化人類学博士、Ph.D)。天理大学国際学部教授。国立民族学博物館共同研究員、Anthropology of Japan in Japan学会長(2012~2018)、公益財団法人松下社会科学振興財団理事(2010~2019)など歴任。著書に、『グローバル化のなかの宗教』(編著、世界思想社)、『経営理念』(共編著、PHP)、『経営と宗教』(編著、東方出版)など。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。




<ブログ内関連記事>










(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!

(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!

 (2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!

(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!

(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!

(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!

(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどう
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!







end