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2025年10月19日日曜日

映画『ルルドの泉で』(2009年、オーストリア/フランス/ドイツ)をDVDで視聴(2025年10月19日)― 21世紀に生きる現代人にとっての「奇蹟」とは?

 


「ルルド」はフランスにあるカトリックの聖地。難病の治癒を願って、カトリック信徒たちが藁をもすがる思いで巡礼で訪れる土地である。

19世紀後半、この地で「マリア出現」を体験した少女ベルナデット(のちに聖女として列聖される)から聖地になった。




いまから30年以上前のことであるが、ノーベル医学賞を受賞したアレクシス・カレルの『ルルドへの旅』(稲垣良典訳、エンデルレ書店、1964)を強く薦められて読み、一読大いに感銘して以来、仏教徒のわたしもルルドには大いに関心を抱いてきた。

『ルルドへの旅』は、自然科学者の目の前で起こった「奇蹟」の意味を考察した著書だ。難病の少女が奇跡的に全快するさまを目撃したのである。自然科学では説明できない現象に対する、科学者としてのあるべき態度がそこに示されている。

最近、このルルドとカレルについて、とある日本人カトリック司祭と対話を続けていたので、せっかくの機会なので視聴することにした次第だ。




巡礼団に参加した、難病の多発性硬化症で手足を動かせず、介護者つきの車いすの生活を強いられてい30歳台と思われる若い女性クリスティーヌ。演じているのはフランス人女優のシルヴィー・テステゥ(Sylvie Testud)。そんな彼女に起こった「奇蹟」が引き起こすさまざまな反応。





若い女性としての「普通の生活」を取り戻し、「生きる喜び」をかみしめるクリスティーヌ

とはいえ、巡礼団の参加者たちのなかには、巡礼団に参加することで孤独感や虚無感を癒やすことのできた老人たちだけでなく、「なぜ彼女にだけ奇蹟が?」という疑問を発し、嫉妬や羨望の感情を引き起こす人たちもいる。




映画のなかで、黒服のカトリック司祭は、身体の癒しより心の癒しが大事だと説く。

だが、身体の癒しと心の癒しは、密接にかかわっている。「奇蹟」が起こる前の、告解の場でのクリスティーヌの真情の吐露にあるように、心の癒しだけでは充たされないものがあるのだ。

西洋世界においても、もはや心身二元論が成り立たないことが、目の前で実際に示されることになるわけだ。身体と精神は、相関関係にある。

全編つうじて静謐な進行の映画で、ときおりバッハがBGMとなるこの映画だが、最後のチャプターの巡礼団の「お別れ会」でお別れ会で歌われるデュエット曲「フェリチタ」(Felicità) がじつにいい。幸せを意味するイタリア語がタイトルの軽快なデュエット曲だ。




 



「奇蹟」をもたらしたものがなにであれ、たしかに「奇蹟」は起こったのであり、その「奇蹟」を起こったことを感謝し、その意味を深く考えながら、その後の人生を生き抜くことが大事なことなのだ。この態度は仏教的でもあるといってもいいかもしれない。

この映画は、21世紀に生きる現代人にとっての「奇蹟」の意味を考えるという意味でも、視聴する価値のある映画だと思う。

この映画をみて、ルルドの巡礼地で介護のボランティア活動をしているのが、マルタ騎士団(騎士修道会)の若い男女の会員たちであることを知った。この映画は、その意味では老若男女が登場する青春映画でもある。


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PS フランスにおけるカトリックは現在なお白人の世界

現代フランスを描いた映画だが、白人以外は登場しない。

フランスのカトリックが地方を中心とした白人層であることは当然として、ムスリムが登場しないのは当然として、アジア人もでてこないのは、現代フランスを描いていながら、ある意味では不思議な印象を感じないわけではない。

それが、現在フランスのカトリックが置かれている現状と考えるべきなのだろうか?

******

ルルドのベルナデットといえば、ジェニファー・ウォーンズ(Jeniffer Warnes)の Song of Bernadette をげておきたい。
 



<関連記事>

・・映画についての解説。プロットの説明もある(Wikipedia英語版)



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2023年3月3日金曜日

書評『フランスからお遍路にきました。』(マリー=エディット・ラヴァル、鈴木孝弥訳、イーストプレス、2016)― この本はほんとうにすばらしい!

 

お遍路に行きたいが、なかなか実行に踏み切れない。真剣に実行を考えてから、すでに20年以上たってしまった。 

四国八十八カ所すべてを歩いて回る「歩き遍路」には、最低でも40日間は必要だからだ。40日間というまとまった時間を確保するのは、そう簡単なことではない。そう気軽に始められるものではない。 

合理的に考えれば自動車をつかったり、何度にもわけて実行すればいいのだろう。だが、そんな気持ちにはとうていなれそうにない。最初から最後まで歩きとおしてこそ意味があるのだ、と強く思っている。 

先日ふとしたきっかけでお遍路が気になって『フランスからお遍路にきました。』(マリー=エディット・ラヴァル、鈴木孝弥訳、イーストプレス、2016)という本を読むことにした。日本語訳タイトルとカバーに惹かれて購入したものの、しばらく積ん読のままだった。       
     
このフランス人女性もまた、「歩き遍路」にこだわって八十八カ所を歩き通した人だ。お遍路に出たのは2013年、34歳のときである。カバーに「日本でわたしは生まれ変わった!」とある。
   
日本好きのフランス人による日本褒めの内容だろうなと、軽く考えて読み始めたのだが、まったくそんな内容ではなかった。 

おそらくカトリックであろう著者は、すでにフランスからスペインに至る「聖なる道」を歩くサンチャゴ・デ・コンポステーラ巡礼を経験し、そのうえで翌年に四国八十八カ所巡礼を実行したのである。日本語も話せないまま実行に踏み切った「歩き遍路」を、読者は著者と「同行二人」で追体験することになる。 

外的な身体的なアクティビティは、じつは内的な体験でもある。歩き続けることで、そしてさまざまな体験を積み重ねていくことで、同時並行的に内面では自己変容のプロセスが進行していくのだ。 

そう、この本は日々の行動と感想を記した旅行記であるだけでなく、スピリチュアル・ジャーニーの記録でもあるのだ。「日本でわたしは生まれ変わった!」というのは、そういうことなのである。それが読んでいて感動的なのである。 

サンチャゴ・デ・コンポステーラは、巡礼地という目的を達成するための直線的(リニア)な旅だが、四国八十八カ所巡礼においては、旅の終わりは始まりでもある。なぜなら円環(サークル、ループ)を描いているからだ。 体験者ならではの比較論が興味深い。

八十八カ所巡礼を終えたのち、著者は高野山に行っている。結願(けちがん)の報告を兼ねたこの高野山体験には、おなじように宿坊に宿泊し、朝のお勤めにも参加し、奥の院も礼拝した日本人のわたしも、大いに賛同するものを感じた。 

歩き遍路を実行した人は、日本でも現代では少数派である。実行した人は、記録に残しているかは別にして、それぞれ異なる体験をしているのであろう。この本の著者のような体験が、すべての人に起こるのかどうかはわからない。 

その意味では、四国八十八カ所巡礼をテーマにした旅行記としてではなく、スピリチュアル・ジャーニーとして読むべきであろう。フランスではベストセラーで、現在では文庫化もされているようだ。

フランス語のオリジナルのタイトルは、Comme une feuille de thé à Shikoku である。直訳すれば「四国ではお茶の一葉のように」となる。お茶は淹れ方によって、薄くもなれば濃くもなる。その意味することが、読者によって受け取り方が異なるであろうことを示唆している。  

逆にいえば、そういうスピリチュアルなテイストが好きではない人、スピリチュアルな志向をもたない人には向いていない本なのかもしれない。単なる旅行記ではないからだ。 


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目 次
序文 ベルナール・オリヴィエ(作家) 
旅立ちの前奏曲(プレリュード)《自由への脱出》 
第1章 《自由の鍵》 第1霊場~第23霊場(阿波(現:徳島県))― 発心の道場 
第2章 《軽やかさの鍵》 第24霊場~第39霊場(土佐(現:高知県))― 修行の道場
第3章 《この地の鍵》 第40霊場~第65五霊場(伊予(現:愛媛県))― 菩提の道場
第4章 《天国の鍵》 第66霊場~第88霊場(讃岐(現:香川県))― 涅槃の道場
第5章 《常にもっと先へ、常にもっと高く!》(Ultreia e sus eia!)
エピローグ《永遠の約束》 
日本語版に寄せて

著者プロフィール
マリー=エディット・ラヴァル(Marie-Edith Laval)
1979年生まれ。言語治療士。文学を学んだのち、言語療法(言語障害の改善、機能回復をはかるための治療法)、ソフロロジー(ストレス緩和、および心身や精神の安定と調和を得るための学問)の道に進む。また、子供や青少年にマインドフルネス瞑想も教えている。旅行家で『フランスからお遍路にきました。』が初の著作。パリ在住 (本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。

訳者プロフィール
鈴木孝弥(すずき・こうや)
1966年生まれ。音楽ライター、翻訳家。『ミュージック・マガジン』レゲエ・アルバム・レヴュワー。音楽や社会問題に関する編著訳書多数(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


<ブログ内関連記事>
 





・・「(歌詞にある)Avec Toi(=With Thou)とは、日本語でいえば、お遍路さんの笠に書かれた「同行二人」と同じ意味。カトリック世界と仏教世界の共通性

(2023年8月25日 情報追加)


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2013年7月25日木曜日

本日(2013年7月25日)は「聖ヤコブの日」-サンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼の道(El Camino de Santiago de Compostela)



昨日(2013年7月24日)現地時間の9時に発生したスペインの特急列車脱線事故がたいへん痛ましい。死者が77人、負傷者が100人以上の大事故となっています。(*26日現在では死者80人)。

以前にはマドリードでも通勤列車の爆破テロがありましたが、今回はテロではなかったようです。200km近い高速を出した特急列車が急カーブを曲がり切れずに脱線したと報道されてます。2005年の福知山線の脱線事故を思い出してしまいます・・・
http://www.asahi.com/international/update/0725/TKY201307250014.html

ところで、事故の起こったスペイン北部のサンティアゴ・デ・コンポステーラはカトリックの巡礼地。サンティアゴはスペイン語で聖ヤコブのことだそうで、ちょうど7月25日が聖ヤコブの日なので世界各地から巡礼者が集まってきていた最中の事故だったようです。

「聖ヤコブの日」(毎年7月25日)とは、エジプトで亡くなったイエスの使徒ヤコブの遺骸が、9世紀にスペイン北部で発見されてサンティアゴに移葬された日とされています。

いまから20年以上前の1991年のことですが、わたしもマドリードから列車でサンティアゴ・デ・コンポステーラを往復したことがあります。わたしが乗ったのは深夜にマドリードを出発して現地には早朝に着く列車でした。当時はまだ世界遺産にはなっていなかったと思います。

サンティアゴ・デ・コンポステーラは、9世紀から建築がはじまった美しいロマネスク様式の教会建築が現在まで保存されており、ひじょうに風情のあるところです。本来はフランスから「歩き巡礼」するのが正式なのですが、なかなか時間には恵まれないのでそれは実現していません。

上掲の写真はそのとき現地で購入したスペイン語のガイドブックと巡礼者をかたどった金属製の置物。中世においてはサンティアゴ巡礼者は、貝と瓢箪(ひょうたん)のついた杖をもつのが目印だったそうですね。

日本でいえば四国巡礼の歩き遍路の「同行二人」の笠と杖のようなものですね。中世のサンティアゴ巡礼では、行き倒れてそのまま死ぬ人も少なくなったようです。五体投地で尺取り虫のように進むチベットのカイラス山巡礼よりかは体力的にはラクなはずなのですが・・・。

サンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼は近世になってからはすっかり衰退してしまったようで、むかし読んだゲーテの『イタリア紀行』のなかに、乞食のような巡礼者を見かけたシーンがでてきたのを覚えています。18世紀末のことです。

今回の悲惨な大事故をうけて、ことしの「聖ヤコブの日」関連行事はすべて中止になったようです。お亡くなりになられた方のご冥福をお祈りいたします。

サンティアゴ・デ・コンポステーラには、またぜひ行ってみたいです。今度は巡礼の道を歩いてみたい。








<関連サイト>

サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路(wikipedia日本語版)


<ブログ内関連記事>

スペインと近代カトリック

エル・グレコ展(東京都美術館)にいってきた(2013年2月26日)-これほどの規模の回顧展は日本ではしばらく開催されることはないだろう

ひさびさに倉敷の大原美術館でエル・グレコの「受胎告知」に対面(2012年10月31日)


■中世から初期近代のカトリック世界

「祈り、かつ働け」(ora et labora)

「説教と笑い」について

クレド(Credo)とは

本日12月6日は「聖ニコラウスの日」

「マリーアントワネットと東洋の貴婦人-キリスト教文化をつうじた東西の出会い-」(東洋文庫ミュージアム)にいってきた-カトリック殉教劇における細川ガラシャ


現代カトリック世界

書評 『聖母マリア崇拝の謎-「見えない宗教」の人類学-』(山形孝夫、河出ブックス、2010)

書評 『マザー・テレサCEO-驚くべきリーダーシップの原則-』(ルーマ・ボース & ルー・ファウスト、近藤邦雄訳、集英社、2012)-ミッション・ビジョン・バリューが重要だ!

映画 『シスタースマイル ドミニクの歌』 Soeur Sourire を見てきた

書評 『修道院の断食-あなたの人生を豊かにする神秘の7日間-』(ベルンハルト・ミュラー著、ペーター・ゼーヴァルト編、島田道子訳、創元社、2011)


ヒョウタン

「世界のヒョウタン展-人類の原器-」(国立科学博物館)にいってきた(2015年12月2日)-アフリカが起源のヒョウタンは人類の移動とともに世界に拡がった

(2016年4月4日 情報追加)




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2013年4月18日木曜日

「1日で巡るお遍路さん in 丸の内」に参加してきた-四国八十八か所霊場ご本尊の77年ぶりの「出開帳」(2013年4月18日)



「1日で巡るお遍路さん in 丸の内」というイベントに参加してみた。四国八十八ヶ所を一日、いや一時間くらいで一気に回ってしまおうというお気軽イベントである。

いまは亡き祖父が徳島生まれで四国にも少なからぬ「縁」のあるわたしは、20歳代の頃からぜひやってみたいと思いながら、またなんども計画をつくってみたものの、歩き遍路では最短でも40日以上はかかるため現在に至るまで断行しないで終わってしまっている。

このままでは生きているうちに一度もお遍路できずに終わってしまうかもしれないと思うと、まあこういうインスタントなお遍路でもいいのかなと思って参加してみた次第だ。

インスタントすぎてそれではお遍路したことにならないという反論もあるだろうが、チベットでもマニ車を回せばお経を読んだことになるというプラクティスもあるので、それほどおかしなことでもあるまい。

主催者のJTBによる案内文を以下に掲載しておこう。旅行会社が聖地巡礼をテーマにはじまったのは洋の東西を問わず共通である。

「77年ぶりに88か所本尊出開帳」 今日、老若男女を問わず静かなブームとなっている四国八十八ヶ所巡り。弘法大師"空海"の足跡を訪ね、寺院を巡るお遍路の旅がこの度、東京・丸の内の新ランドマーク JPタワーにやってきます。本展では、なんと77年ぶりに88体のご本尊(日本を代表する仏師松本明慶作の出開帳本尊)を一堂に出開帳。つまり東京・丸の内にて、1日で四国八十八ヶ所を巡ることと同様の体験をしていただけます。その他にも巡礼用品や四国物産の販売も併催予定。何度も巡礼の旅に出ていらっしゃる方はもちろん、巡礼の旅に出たくてもなかなか出られないという方も、この春、丸の内で貴重なお遍路体験をしませんか?

「77年ぶりに88か所本尊出開帳」、ですか! 77年前というと 1936年(昭和11年)か。そんなこともあったのかという気持ちになる。「日本を代表する仏師松本明慶作の出開帳本尊」ということは、それ以降につくられたあたらしい仏像ということだ。

「四国霊場開創1200年記念催事」ということだが、その数字がピタっと正確なのかどうかわたしにはわからない。でも1200年というのは、弘法大師空海の時代であるからそのとおりなのだろう。

まずは、「開催概要」について掲載しておこう。「同行二人」(どうぎょう・ににん)である。弘法大師と二人で巡礼する。


■名  称: 四国霊場開創1200年記念催事 「1日で巡るお遍路さんin丸の内」
http://www.jtb.co.jp/chiikikoryu/regional/ohenro/index.asp■主  催: 株式会社JTB中部、四国八十八ヶ所霊場会
■協  力: 東日本先達会
■協  賛: 四国ツーリズム創造機構
会  期: 2013年4月18日 (木) ~ 25日 (木)  会期8日間時  間: 9:00 ~ 21:00 ※時間指定制(3時間観覧)第1部 09:00-12:00 第2部 12:00-15:00
第3部 15:00-18:00 第4部 18:00-21:00
  ※各部定員700名様限定
■会  場: JPタワー【 ホール & カンファレンス (4Fフロア) & 東京シティアイ (B1フロア) 】 東京都千代田区丸の内二丁目7番2号
■入 場 料: 有料制 ※中学生以下無料
        前売券(1名様) ¥2,000(税込)
        当日券(1名様) ¥2,300(税込)
■チケット:販売方法
1.インターネット販売<JTBエンタメチケット/チケットぴあ>
2.チケット専用コールセンターでの電話販売<JTBエンタメチケット/チケットぴあ>
3.JTB店頭・JTB総合提携店での販売
4.チケットぴあ店頭での販売
5.コンビニエンス・ストアでの販売


「出開帳」というのは江戸時代にはよく行われていたそうで、成田山新勝寺の出開帳が・・・で何度も開かれていたそうだが、門外不出の秘仏を出張展示するといったものである。

写真撮影禁止ということなので一枚も撮影していないので、どんな感じかは千代田区観光協会の関連サイトをご覧いただきたい。

簡単に回れるというのだが、88体の仏像に手をあわせて真言を唱える(・・仏像にそばに書いてあるのを読むだけだが)、それでもかなりの量がある。やはりマニ車を回して終わりというようなインスタントなものではない。


(完了者に授与される「結願之証」 ただし無記名)

会場を一巡すると、出口の外で「四国八十八ヶ所霊場 お砂踏み 結願之証」という証書をもらったが、にもかかわらず、その瞬間のことだが、やはり歩いて回らなければダメだなという気持ちがわき上がってきた。つまり精神的にも肉体的にも物足りないということだ。

狭いスペースであるからよけいそう感じるのだろうが、自分のペースで歩けないのももどかしい。
体力のあるうちに、やはり一部分でもいいから歩くべきだなと痛感。もうちょっと会場が広ければ、違う感想をもったかもしれないが・・・

会場に展示されていた写真パネルにもあったが、外人さん(!)でもお遍路しておるのだから、いわんや日本人をや、である。

じつはお遍路をしてみたいとつよく思ったのは、いまから20年くらい前、アメリカに留学していたときのことだ。一緒にプロジェクトをやっていたエンジニアの白人系アメリカ人から、彼の弟が四国アイランドで巡礼(pilgrim)しているという話を聞いた。その頃はもちろん、お遍路というコトバは知っていたが、じっさいに歩いている人の話を聞いたのは初めだった。外地ではじめて日本を知るという事例でもある。

会場で「お遍路」をはじめる前に、僧侶から説明とお清めがある。お清めは塗るお香と聖水のふりかけの二つだが、その塗るお香のことを「塗香」(ずこう)というのだそうだ。その粉末のお香を左手の手のひらに受けて両手ですり合わせ、手の甲や手首に刷り込み、両手のひらを開いて全身を清めたことにする。密教系ならではのようだが、はじめて体験した。

ところがこのお香の匂いにはその後、閉口することになる。カレー粉のような匂いがこびりついて取れず、終日つきまとっていたのだ。そのまま帰宅したのであれば問題はなかったかもしれないが・・・

いろいろ感想を書いてみたが、やはり四国八十八か所は歩き遍路すべきという気持ちになっただけでも、このイベントに参加した意味はあったかもしれない。

     ***************************************************

閑話休題(=それはさておき)、イベントの会場の改築なったJPタワー(旧東京郵便局)がまたすごいものであった(下の写真)。


(JPタワー内部 吹き抜け型の商業ゾーン)

こんなにつぎからつぎへと東京では再開発で商業施設が建設されているが、はたして採算とれるのだろうかとも思ってしまう。まあ、東京駅舎の再建とあわせての丸の内再開発計画の一環だろうから勝算はあるのだろう。

むかし百貨店や商業施設の需要調査と採算計画(・・いわゆるFS:フィージビリティ・スタディのこと)の仕事をさんざんやったのでそんなことを思ってしまうのだが、「供給が需要をつくりだす」という、いわゆるセーの法則というものもある。あらたな需要を世界規模でつくりだすということを意図しているのであろう。なんといっても世界を代表する国際都市東京の表玄関が丸の内である。

JPタワーには東京大学総合博物館の常設展示「インターメディアテク」もできていた。特別展示として、古生物時代の標本や化石が展示されていた。標本や化石はすでに生命はないが、かつて生命をもっていた物体の残存物である。

八十八ヶ所の霊場をもつ四国は、それゆえに「死国」ともいわれることがある。JPタワーには、商業施設という「生」と霊場という「死」の世界の同居したわけだ。現世における欲望、来世における欲望。エロスとタナトス。

生と死はつねに隣り合わせにあるということを体感するには、いいイベントであったというべきかもしれない。


<関連サイト>

1日で巡るお遍路さんin丸の内(JTB)

四国八十八ヶ所霊場 公式サイト




インターメディアテク (東京丸の内に2013年3月21日にオープンした東京大学の学術文化総合ミュージアム)


<ブログ内関連記事>


書評 『聖地の想像力-なぜ人は聖地をめざすのか-』(植島啓司、集英社新書、2000)

庄内平野と出羽三山への旅 (10) 松尾芭蕉にとって出羽三山巡礼は 『奥の細道』 の旅の主目的であった

「企画展 成田へ-江戸の旅・近代の旅-(鉄道歴史展示室 東京・汐留 )にいってみた

「空海と密教美術展」(東京国立博物館 平成館) にいってきた

「東京大学総合研究博物館小石川分館」と「小石川植物園」を散策






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2009年5月9日土曜日

善光寺御開帳 2009 体験記




 今年は7年に一回の御開帳の年にあたる。ということで私も、時間的な余裕があるので(もちろんそれだけが理由ではないが・・)、さる4月23日にでかけてみた。御開帳の期間は5月末までだが、連休がものすごく混むであろうことが予想されていたためだ。

 牛にひかれて善光寺参り、これで1984年以来、通算3回目の参拝である。前回の御開帳の時は、時間的余裕はあったのだが、なんとなくやり過ごしてしまった。したがって今回が御開帳初体験となった。
 善光寺は宗派には関係ないが、とはいえ天台宗と浄土宗が中心になって管理運営している。つい最近天台宗の総本山である比叡山にいったばかりなので(浄土宗の宗祖法然上人はもちろん比叡山で修業)、なにやら仏縁を感じるばかりである。 

 まず「回向柱(えこうばしら)」という巨大な一本木から作った卒塔婆にまず触れるのだが、これが平日とはいえ30分くらいの待ち時間があった。回向柱と御本寺は糸で結ばれており、この柱にふれることで極楽往生が可能となる(*写真に写っている腕時計のついた手は、右手で撮影した私の左手)。

 御本尊は「前立(まえだち)本尊」という。7年に一度だけの御開帳だが、この御本尊事態が複製で、ホンモノは秘仏として誰も目にすることがないというのもまた驚きだ。内陣はやや暗いのだが、平安時代にとくにあらゆる階層の人間に強い願望のあった極楽浄土が表現されている。

 今回何よりも強く宗教的な(あるいはスピリチュアルなといってもいいか・・)感覚を覚えたのは、「お戒壇(かいだん)巡り」であった。
 御本尊の真下の真っ暗な回廊をめぐるのだが、この回廊は全長45メートルもあるという。
 回廊は、これが本当に真っ暗で、5メートルも進むとまったく何も見えない暗闇となるのだ。御開帳の最中ということもあり。、数珠つなぎといっていいほど人が戒壇めぐりをするので、いったん中に入ったら怖くなっても後ろがつかえているので引き返すこともできない。まさに inch by inch で、壁を手で触りながら手探りで前に進むしかないのだ。
 腰のあたりを右手で手探りで探りながらだいぶ進むと、突然手に「極楽の錠前」を探り当て、思わずしっかりとつかむことになる。この時はうれしさのあまり、無意識のうちに右手につかんだ鉄製の重い錠前を二度も、三度も上下に振ってガチャン、ガチャンと音を鳴らしている自分に気づくことになる。この感激は体験した者にしかわからないだろう。これによって極楽往生は完全に約束されたのだ、救われたという実感をもつ瞬間(Moment of Truth)である。これで安心して残りの人生を生きていくことができる!
 そしてしばらく壁づたいに進むと、ほのかに光が差し込んでくる。闇に差し込む一条の光、まさに浄土の光である!中世の人間はまちがいなくこう感じたはずである。
 これは胎内めぐりであり、その意味で生と死の象徴ともいえるだろう。一度死んで暗いトンネルをくぐったあと再び蘇る。いわば生と死のイニシエーション体験なのである。

 さて、善光寺参りの後はもちろん門前で信州そばを食べる。ざるそばがうまいなあ。低カロリーでなおよし。

 参道を長野駅に戻る途中に西光寺というお寺がある。かるかや山という名前のとおり、説教節の刈萱ゆかりのお寺である。「月に村雲 花に風 散りて儚(はかな)き 世の習い・・・(以下略)」の刈萱である。善光寺は比叡山と密接な関係があるが、刈萱を通じて高野山ともつながりがある。刈萱の主人公である石童丸は高野山で修業している。日本というのは、現代人には見えなくなってしまったが、こうした神仏のネットワークでつながった国なのである。

 善光寺が南向きに建てられていることはご存じだろうか?これは別所温泉の北向観音の存在を知ると意味をもってくる。善光寺は南向きで来世の幸せを、北向観音は北向きで現世の幸せを祈る。こういう形でこの二つは対になっており、片方だけでは片詣りになってしまうという。

 今回は別所温泉に宿をとり、二日目に善光寺を参拝するという日程とした。善光寺参りのあとは北向観音に参り、信州の鎌倉と呼ばれる別所温泉で精進落としをし、おいしい料理をいただき、温泉で癒される。
 今回はこういう旅なのであった。


<関連サイト>

善光寺お戒壇めぐり(善光寺の公式サイト)






(2012年7月3日発売の拙著です)







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