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2023年12月5日火曜日

書評『亜宗教 ― オカルト、スピリチュアル、疑似科学から陰謀論まで』(中村圭志、集英社インターナショナル新書、2023)― 「近現代に生まれた非科学的で宗教めいた信念や言説」を「亜宗教」と名付けた著者の切り口とスタンスが読ませる

 

『亜宗教ーオカルト、スピリチュアル、疑似科学から陰謀論まで』(中村圭志、集英社インターナショナル新書、2023は、ことし4月にでた本だが、最近その存在をはじめて知ってさっそく読んでみた。

これがじつに面白い。どうもこの手の本には「引き寄せ」られてしまう。しかも、著者の中村氏が2019年にだした『無神論』という本が面白かったのでなおさらだ。

本書の最終章では、欧米を中心に若い世代に拡大しているという「無神論」についても、今後の見通しについて考察している。



■「亜宗教」というコンセプトに著者の対象への取り組み方が現れている

「亜宗教」とは著者の造語である。学術用語ではないが、「近現代に生まれた非科学的で宗教めいた信念や言説」というのが著者による定義だ。

この「亜宗教」というコンセプトで、19世紀から2020年代の現在までに生まれては消えていった「オカルト・スピリチュアル・疑似科学・陰謀論」を取り上げている。

具体的にいえば、妖精写真、コックリさん、動物磁気(アニマル・マグネティズム)、千里眼、念写、モンキー裁判、UFO、ニューエイジ、エスパー、臨死体験、シンクロニシティ、爬虫類人、Qアノン、反ワクチンなどなどだ。こう書いていくだけで、なんだかワクワクしてくる(?)ではないか。

ここで意味をもつのは「亜宗教」という著者が考案したコンセプトだ。「亜宗教」の「亜」とは、亜種とか亜流、亜大陸などの接頭語の「亜」だ。

英語でいえば sub-conscious などの "sub-" である。カテゴリー的に劣後するものをさしている。sub-conscious は日本語では「無意識」と訳しているが、それではニュアンスが伝わってこない。「意識」の下にあるものがサブコンシャスである。

著者があえて「疑似宗教」ではなく、「亜宗教」としていることに注目したい。「疑似科学」のように「宗教まがい」として切り捨ててしまうのではなく、「宗教めいたもの」つまり「宗教のようなものだが、宗教そのものではない」という位置づけなのであろう。

「オカルト・スピリチュアル・疑似科学・陰謀論」はいずれも、信じている人にとっては「真実」であっても、そうでない人にとっては、「妄想」以外のなにものでもない

「科学」もまた「信仰」の対象となってしまいがちだ。いわゆる「科学信仰」であるが、環境問題や原発事故などによって「科学信仰」が揺らいでいることは、誰もが感じていることだろう。

こういう状態で「陰謀論」がはびこるのであるが、そもそも「科学」が「宗教」(とくにキリスト教)から生まれたことからわかるように、「科学」も「宗教」もともに人間の想像力が生み出したものであることは共通している。

19世紀以降に「近代科学」として確立する過程で、さまざまな「疑似科学」が登場しては消えていったのは、ある意味では当然なのだ。

とはいえ、積み上げ式の「科学的思考」と、一気に飛躍してしまう「疑似科学の発想」は、まったく異なる思考方法である。この区別はしっかりとつけなくてはならない

「亜宗教」として著者がくくっているもろもろについても同様である。冷静に一歩引いて眺めてみることが必要だ。



■「日米比較サブカル論」として読んでも面白い

本書は大きくわけて2部構成になっている。「第1部 西洋と日本の心霊ブーム 19 → 20世紀」と「第2部 アメリカ発の覚醒ブーム 20 → 21世紀」である。

20世紀以降は米国が発信源となって、英語圏を中心に世界中に拡散してきた。英国その他の英語圏である。

もちろん、日本もサブカルにかんしても米国の圧倒的影響下にあったわけだが、おなじ「亜宗教」だといっても、発信源である米国とそれを受容してきた日本とでは、受取り方に違いが見られるという指摘が面白い。

「臨死体験」に現れるイメージの違いに、それが端的に表れている。地獄を否定し、天国だけを考えるという点でキリスト教に否定的でありながらも、キリスト教的なイメージが登場するのが米国の臨死体験である。これに対して、日本では「三途の川」など民衆仏教的なイメージがでてくる。

キリスト教文化と神仏習合的な日本文化との違いであろう。これは「爬虫類人間」という「妄想」で知ることもできる。

日本人的には「爬虫類人間」と言われても、「はあちゅうるい? はあ?」という反応しかでてこないだろう。「爬虫類系の顔」というのはあるが、「爬虫類人間」とはねえ?(笑)

ところが、著者によれば、英語圏で生まれた「爬虫類人間」の背景には、ヘビやドラゴンなど「爬虫類」には、キリスト教文化の影響が見えるのだという。

旧約聖書の『創世記』でイブをそそのかしてアダムを誘惑させたのがヘビであり、英語で爬虫類を意味する reptile(レプタイル)は「卑劣漢」などネガティブな意味をもっている。 日本ではヘビは畏怖すべきであり、古代から神として信仰の対象であった。この違いはきわめて大きい。

「ニューエイジ的」な「精神世界」と「スピリチュアル」が、米国では「左派的」な存在であるのに対し、日本ではもともとの土俗的な神道的世界観が融合して「右派的」になりやすい傾向がある。これもまた日米の文化の違いが反映した「ねじれ現象」である。

とはいえ、米国社会も右と左に分断されているように見えながら、オカルトという側面では混交し、融合しつつあるという指摘(P.271)は重要だ。

「ニューエイジ的」な「精神世界」と「スピリチュアル」は、そもそもメインストリームへの異議申し立てという側面があったが、「ニューエイジ」に対する反感と逆襲である「宗教保守」もまた、ともに陰謀論的な性格を帯びやすいという点で共通している。

日本でいえばオウム真理教など、まさに絵に描いたような展開をたどって自滅していったことを想起すべきであろう。



■「亜宗教」に対しては、柔軟な姿勢と同時に懐疑的な姿勢は失わないことが大事

好奇心全開で対象にアクセスするが、柔軟な姿勢と同時に懐疑的な姿勢は失わない。そんな微妙な立ち位置が本書を最後まで楽しく読ませる1冊にしている。

本文もさることながら、フキダシともいうべき( )内の著者の独白的なコメントが面白い。事実関係の説明からスタンスを取った著者自身の思いには、大いにうなづくものも多い。

われわれ読者もまた、そんな著者の姿勢を共有すべきであろう。「亜宗教」に分類されたもろもろについて、いちがいに頭ごなしに否定するのではなく、知的にアプローチするのである。「神秘主義」に対する著者の対応もまた反論が多いだろうが、そういう見方もあるだろうなと受け止めてみる。

知的にアプローチするとは、一呼吸おいてスタンスを取り、冷静に観察することである。一時的な熱狂や、ルサンチマン的な憎悪にとらわれてしまわないことが大事なのだ。

『亜宗教 ー オカルト、スピリチュアル、疑似科学から陰謀論まで』は、そんな絶妙な距離感の取り方を教えてくれる本でもある。なによりも豊富な事例で読みでのある本になっている。




目 次
序章 宗教と科学の混ざりもの
第1部 西洋と日本の心霊ブーム 19 → 20世紀 
 第1章 19~20世紀初頭の心霊主義
  コラム① 心霊の使い手たち
 第2章 コックリさんと井上円了の『妖怪学講義』
  コラム② 井上円了と『妖怪学講義』
 第3章 動物磁気、骨相学、催眠術――19世紀の(疑似)科学
  コラム③ 動物磁気、骨相学、同種療法、水療法
 第4章 明治末の千里眼ブームと新宗教の動向
  コラム④ 大本とその周辺ー出口ナオ、出口王仁三郎、浅野和三郎、谷口雅春  
 補章 伝統宗教のマジカル思考
第2部 アメリカ発の覚醒ブーム 20 → 21世紀
 第5章 ファンダメンタリストとモンキー裁判
  コラム⑤ ファンダメンタリストとペンテコステ運動
 第6章 UFOの時代――空飛ぶ円盤から異星人による誘拐まで
  コラム⑥ L.フェスティンガー『予言がはずれるとき』
 第7章 ニューエイジ、カスタネダ、オウム真理教事件
  コラム⑦ 真逆を行った2人のユダヤ人ーラム・ダスとウディ・アレン
 第8章 科学か疑似科学か?――ESP、共時性から臨死体験まで
  コラム⑧ 神秘思想を比較する?ー井筒俊彦『コスモスとアンチコスモス』
終章 陰謀論か無神論か? 宗教と亜宗教のゆくえ 
参考文献


著者プロフィール
中村圭志(なかむら・けいし) 
宗教研究者。翻訳家。1958年、北海道生まれ。東京大学大学院人文科学研究科博士課程満期退学(宗教学・宗教史学)。昭和女子大学非常勤講師。単著に『信じない人のための〈宗教〉講義』(みすず書房)、『教養としての宗教入門』『聖書、コーラン、仏典』『宗教図像学入門』(いずれも中公新書)、『教養として学んでおきたい5大宗教』『教養として学んでおきたい聖書』(ともにマイナビ新書)ほか多数。


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2023年9月16日土曜日

書評『西洋人の「無神論」 日本人の「無宗教」』(中村圭司、ディスカヴァー携書、2019)― 「一神教世界」の「無神論」を知れば、日本人の「無宗教」の意味が見えてくる



『西洋人の「無神論」 日本人の「無宗教」』(中村圭司、ディスカヴァー携書、2019)を読むと、日本人が「無神論」なるものをまったく理解していなかった、いやいまでもほとんど理解していないことがわかる。

「無神論」と「無宗教」はまったく異なるものだ。多くの日本人が自分のことをそうであると思い、軽々とクチにする「無宗教」は、じつのところ「無神論」ではない。両者は似て非なるものなのだ。

本書は、宗教学者が「無神論」なるものに本格的に取り組んだめずらしい本である。「無神論」について知り、それについて考えることで、日本人の「無宗教」の意味が浮き彫りになってくる。

出版されてすぐに読んだ本だが、ブログにアップ機会を失していた。4年後のいま、あらためて書き直してアップすることにしたい。


■海外では「無宗教」は禁句という「常識」

1979年は「一神教」のイスラームが前面に登場してきた年として記憶すべきである。

わたし自身は、1979年の「イラン・イスラーム革命」と「メッカのカーバ神殿占拠事件」、そして「無神論」国家・ソ連による「アフガン侵攻」について、あくまでもニュースではあるが高校2年のときにリアルタイムで見てきた。

そういうわけで「一神教」のイスラームだけでなく、「宗教」に対しては先行世代よりも、はるかに深い関心を抱いてきた。

「神は存在するのか?」と疑問に思っていた高校時代のわたしは、神が人間を創ったのではなく、人間が神(という概念)を創ったのであるが、神(=絶対者)という存在を設定すると、説明が可能になることが多い、という結論に達した。拙いながらも自分のアタマで考えた結論である。

とはいえ、間違っても自分のことを「無宗教者」や「無神論者」などと語ったことはいっさいない。自分のことを「無神論者」などと思ったこともない。もちろん普段から神社仏閣をお詣りし、苦しいときには神頼みする、ごくごくふつうの日本人である(笑)

海外生活の「常識」として「無宗教」など絶対にクチにするな、とくにイスラーム圏においては死を招きかねないぞ! そう言いくるめられ、海外に旅立った日本人は少なくないはずだ。自分もまたそうである。

社会人になってから、はじめての海外出張でマレーシアに渡航した際も、KL(=クアラルンプール)空港から乗車したタクシーで、さっそく運転手から宗教を聞かれるという体験をしている。30年以上前のことだ。マレーシアは人口の7割がイスラーム教徒である。現在は国家としてイスラーム化を推進している。

キリスト教国の米国でも平気のように宗教を聞かれたこともある。もちろん間髪を入れずに即座に「ブディスト」(=仏教徒)であると回答している。こう答えておけば、熱心な信者ではなくても、まったく問題はない。安心されるのである。

イスラーム圏でも、キリスト教圏でも、信仰をもたない人間は、まともな人間とみなされないのである。このことは、なんどでも繰り返し強調しておこう。だからこそ、「無神論者」であることは、ある意味では確信犯的なのである。それだけの覚悟が求められるのだ。

とはいえ、日本仏教と神道の関係などめんどうくさいので、そこまで詳細な説明はしない。「比較宗教学」を学んだことのない一般人には、なにをどう説明しようが、どうせ理解できるはずがないからだ。

ちなみに、この点にかんしては、タイやミャンマーにおいても日本と似たような状況であることを、実際に住んでみて確認した。これらの上座仏教圏においても、仏教と土着の信仰が共存、あるいは融合しているのである。


■米国では「無神論」が増大中!?

本書によれば急速に「無神論」が増大中だという。これは驚きだ。

「エヴァンジェリカル」と総称される「キリスト教原理主義」(=ファンダメンタリズム)の存在が大きい米国という認識をもっていたからだ。

ところが本書では、代表的な「無神論者」(atheist)として、キリスト教世界からクリストファー・ヒチンズ、さらにはイスラーム国家のイランから脱出してカナダに移住した元ムスリムのアーミン・ナヴァビが紹介されている。

前者については、まあそういう人は、ホーキンス博士を始めとした知識人を中心に、いてもおかしくはないだろうと思うが、かつてイスラーム教徒だった人間が「無神論者」になった例など聞いたこともなかった。自分のなかに固定観念があったのだろう。

しかし、いずれにせよ「無神論」は基本的に「一神教世界」の話であることが、本書で確認することができる。キリスト教もイスラームもともに一神教である。

宗教学者である著者は、「第4章 無神論のロジック」で、多神教世界から生まれた一神教の「ヤハウェの3つの性格」を、「創造の神」「奇跡の神」「規律の神」に分解して、それぞれ「無神論」との関係を考察している。「無神論」は「一神教」の神のもつそれぞれの要素の否定という形で表現される。

「無神論」自体がひとつの「宗教」になっているという揶揄や批判もあるそうだが、たしかにそうだろう。「無神論者」の一神教の神を否定するロジックとパッションは、正直いって多神教世界の住人であるわたしには、アタマでは理解できても、心情的に共感は感じないのが正直なところだ。

著者によれば、無神論者は、現在のところ、「多神教世界」の神否定にはあまり関心がないようだ。もしそのような批判をしたところで、のれんに腕押しといったところだろう。そうである以上、無神論が日本の知的風土のなかで話題になることもあるまい。

共産主義という宗教体制における「無神論」をかかげたソ連についての言及がないのが不思議だが(・・ソ連のアフガン侵攻がイスラーム世界で激しい反発を招いたのはそのためだ)、西の一神教世界の「無神論」と東の多神教世界の「無宗教」について考えるために大いに参考になる議論である。


■日本人の「無宗教」とは?

これまでも「日本人は無宗教か?」という問いは、それこそ腐るほどされてきた。

統計データでは「無宗教」とアンケートに回答した結果がでるにもかかわらず、お守りをみにつけたり、年始には初詣、お盆や春分や秋分には墓参りする日本人。日本人にとっても、それは大いなる「謎」であったのだ。

ただ単に宗教に「無関心」であるか、あるいは「スピリチュアル」であっても、特定の「宗教」や「宗派」に所属していないだけのことなのだ。慣習としてやっていることであり、逆にいうと、やらないとなんだか気持ちが悪いというとらえ方だろう。

まあ、わたしなら山本七平にならって、それが「日本教」なんだよと言ってしまえばいいのではないか、と思ってしまうが。あるいは経済思想研究者で民俗学者の住谷一彦のように  》Das Japantum《 と社会科学風に決めてみるか。

まあ、そういう話は別にして、そんな日本人としての生き方について考えるためにも、「一神教世界における無神論」についてくわしく考察した本書は有益である。本書は「無神論」について論じながら、「宗教」現象そのものの解説にもなっている。


   
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目 次
はじめに
第1章 無神論-世界の新たなトレンド?
 1. 「宗教なし」「神なし」が世界で急伸!
 2. 『ダ・ヴィンチ・コード』騒動に見る現代欧米の宗教事情
 3. 宗教家による情報汚染-ファンダメンタリスト VS ドーキンス
 4. クリストファー・ヒチンズとアーミン・ナヴァビ
第2章 盛り上がる無神論ツイッター
 1. 神様って変?
 2. 信仰は不道徳?
 3. 議論を起こせ!
第3章 無神論と無宗教を理解するための宗教史
 1. 多神教から一神教へ
 2. 仏教-神頼みから悟りの修行へ
第4章 無神論のロジック
 1. ヤハウェの三つの性格
 2. “創造の神”
 3. “奇跡の神”
 4. “規律の神”
 5. 究極のロジック
第5章 西洋人の無神論 日本人の無宗教


著者プロフィール
中村圭志(なかむら・けいし)
1958年北海道小樽市生まれ。北海道大学文学部卒業、東京大学大学院人文科学研究科博士課程満期退学(宗教学・宗教史学)。宗教学者、昭和女子大学非常勤講師。 著書は『図解 世界5大宗教全史』(ディスカヴァー・トエンティワン)、『教養としての宗教入門』『聖書、コーラン、仏典』(中公新書)ほか多数。 (本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)

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2023年3月3日金曜日

書評『フランスからお遍路にきました。』(マリー=エディット・ラヴァル、鈴木孝弥訳、イーストプレス、2016)― この本はほんとうにすばらしい!

 

お遍路に行きたいが、なかなか実行に踏み切れない。真剣に実行を考えてから、すでに20年以上たってしまった。 

四国八十八カ所すべてを歩いて回る「歩き遍路」には、最低でも40日間は必要だからだ。40日間というまとまった時間を確保するのは、そう簡単なことではない。そう気軽に始められるものではない。 

合理的に考えれば自動車をつかったり、何度にもわけて実行すればいいのだろう。だが、そんな気持ちにはとうていなれそうにない。最初から最後まで歩きとおしてこそ意味があるのだ、と強く思っている。 

先日ふとしたきっかけでお遍路が気になって『フランスからお遍路にきました。』(マリー=エディット・ラヴァル、鈴木孝弥訳、イーストプレス、2016)という本を読むことにした。日本語訳タイトルとカバーに惹かれて購入したものの、しばらく積ん読のままだった。       
     
このフランス人女性もまた、「歩き遍路」にこだわって八十八カ所を歩き通した人だ。お遍路に出たのは2013年、34歳のときである。カバーに「日本でわたしは生まれ変わった!」とある。
   
日本好きのフランス人による日本褒めの内容だろうなと、軽く考えて読み始めたのだが、まったくそんな内容ではなかった。 

おそらくカトリックであろう著者は、すでにフランスからスペインに至る「聖なる道」を歩くサンチャゴ・デ・コンポステーラ巡礼を経験し、そのうえで翌年に四国八十八カ所巡礼を実行したのである。日本語も話せないまま実行に踏み切った「歩き遍路」を、読者は著者と「同行二人」で追体験することになる。 

外的な身体的なアクティビティは、じつは内的な体験でもある。歩き続けることで、そしてさまざまな体験を積み重ねていくことで、同時並行的に内面では自己変容のプロセスが進行していくのだ。 

そう、この本は日々の行動と感想を記した旅行記であるだけでなく、スピリチュアル・ジャーニーの記録でもあるのだ。「日本でわたしは生まれ変わった!」というのは、そういうことなのである。それが読んでいて感動的なのである。 

サンチャゴ・デ・コンポステーラは、巡礼地という目的を達成するための直線的(リニア)な旅だが、四国八十八カ所巡礼においては、旅の終わりは始まりでもある。なぜなら円環(サークル、ループ)を描いているからだ。 体験者ならではの比較論が興味深い。

八十八カ所巡礼を終えたのち、著者は高野山に行っている。結願(けちがん)の報告を兼ねたこの高野山体験には、おなじように宿坊に宿泊し、朝のお勤めにも参加し、奥の院も礼拝した日本人のわたしも、大いに賛同するものを感じた。 

歩き遍路を実行した人は、日本でも現代では少数派である。実行した人は、記録に残しているかは別にして、それぞれ異なる体験をしているのであろう。この本の著者のような体験が、すべての人に起こるのかどうかはわからない。 

その意味では、四国八十八カ所巡礼をテーマにした旅行記としてではなく、スピリチュアル・ジャーニーとして読むべきであろう。フランスではベストセラーで、現在では文庫化もされているようだ。

フランス語のオリジナルのタイトルは、Comme une feuille de thé à Shikoku である。直訳すれば「四国ではお茶の一葉のように」となる。お茶は淹れ方によって、薄くもなれば濃くもなる。その意味することが、読者によって受け取り方が異なるであろうことを示唆している。  

逆にいえば、そういうスピリチュアルなテイストが好きではない人、スピリチュアルな志向をもたない人には向いていない本なのかもしれない。単なる旅行記ではないからだ。 


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目 次
序文 ベルナール・オリヴィエ(作家) 
旅立ちの前奏曲(プレリュード)《自由への脱出》 
第1章 《自由の鍵》 第1霊場~第23霊場(阿波(現:徳島県))― 発心の道場 
第2章 《軽やかさの鍵》 第24霊場~第39霊場(土佐(現:高知県))― 修行の道場
第3章 《この地の鍵》 第40霊場~第65五霊場(伊予(現:愛媛県))― 菩提の道場
第4章 《天国の鍵》 第66霊場~第88霊場(讃岐(現:香川県))― 涅槃の道場
第5章 《常にもっと先へ、常にもっと高く!》(Ultreia e sus eia!)
エピローグ《永遠の約束》 
日本語版に寄せて

著者プロフィール
マリー=エディット・ラヴァル(Marie-Edith Laval)
1979年生まれ。言語治療士。文学を学んだのち、言語療法(言語障害の改善、機能回復をはかるための治療法)、ソフロロジー(ストレス緩和、および心身や精神の安定と調和を得るための学問)の道に進む。また、子供や青少年にマインドフルネス瞑想も教えている。旅行家で『フランスからお遍路にきました。』が初の著作。パリ在住 (本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。

訳者プロフィール
鈴木孝弥(すずき・こうや)
1966年生まれ。音楽ライター、翻訳家。『ミュージック・マガジン』レゲエ・アルバム・レヴュワー。音楽や社会問題に関する編著訳書多数(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


<ブログ内関連記事>
 





・・「(歌詞にある)Avec Toi(=With Thou)とは、日本語でいえば、お遍路さんの笠に書かれた「同行二人」と同じ意味。カトリック世界と仏教世界の共通性

(2023年8月25日 情報追加)


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2022年7月24日日曜日

書評『エルヴィス  '68 カムバック・スペシャル』(前田絢子、青土社、2022)― アメリカ社会にとって「1968年」とはどういう年だったのか?

 

2022年7月に公開された映画『エルヴィス』のなかでもハイライトというべきなのが、「エルヴィス '68 カムバック・スペシャル」として知られるTVのワンマンショーだ。

1968年12月3日に全米で放送されたこのショーは、なんと全米視聴率 42%、瞬間視聴率 72%(!)を記録したという。現在では、国営放送が中心の権威主義国家以外では考えられないような数字だ。 それほど注目を集めたのは、7年間にわたって映画以外ではエルヴィスの出演がなかったからだ。 

そんな「エルヴィス '68 カムバック・スペシャル」が誕生した背景と舞台裏を、関係者へのインタビューをまじえて描き出したのが、ことし4月にでた『エルヴィス '68 カムバック・スペシャル』(前田絢子、青土社、2022)だ。  

『エルヴィス雑学ノートーキング・オブ・ロックンロールを読み解く』(ダイヤモンド社、1996)『エルヴィスー最後のアメリカン・ヒーロ』(角川選書、2007)とあわせてアメリカ文化研究者・前田絢子氏の「エルヴィス三部作」といっていいだろう。 




アメリカにとって1968年とは、ベトナム戦争が泥沼化し、ベトナム反戦運動と公民権運動が活発化するなか、キング牧師が暗殺され、1964年に暗殺された JFKの弟ロバート・ケネディも暗殺された年でもあった。 

「エルヴィス '68 カムバック・スペシャル」の企画が進むなか、エルヴィス自身も激しい衝撃を受けたのである。 キング牧師を心の底から尊敬し、ケネディ大統領の死を痛んでいたからだ。

ロックンロールは、黒人音楽のリズム&ブルースとゴスペルを主要な源泉としてエルヴィスによって生みだされただけでなく、南部に生まれ育ちながらも、人種的偏見をいっさいもたなかったエルヴィス。 


(Elvis Presley - If I Can Dream ('68 Comeback Special)


そんな状況のなかで生み出された If I Can Dream が、メッセージの送り手としてのエルヴィスにとって、メッセージの受け手としてのアメリ社会にとってどんな意味をもっていたのか、その意味が明らかにされる。 

内容的には、前著2冊と重なる部分が多いが、「エルヴィス '68 カムバック・スペシャル」の企画を進めた人たちの人間関係や人間模様を知ることができるだけでなく、ロックンロールが生まれた1954年のアメリカ南部、そして1968年以降のアメリカ社会の激変について知ることができる内容になっている。 

1968年は、同時進行的に先進諸国で「学生反乱」が勃発した年だ。比較的状況の似ていた欧州と日本とは、やや若干異なるアメリカの状況について考えるためには、「エルヴィス '68 カムバック・スペシャル」が、そのための一つの材料になることであろう。

もちろん、エルヴィスその人をより深く理解するためにも。 


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目 次
プロローグ 伝説のテレビ番組
第1章 メイキング・オブ・カムバック・スペシャルー番組制作を支えた人々
第2章 撮影の日々を追いかけるー1968年6月
第3章 トム・パーカーをめぐってー大佐と番組制作者たちのかけ引き
第4章 エルヴィスの生まれた場所ーミシシッピの小さな村から
第5章 テュペロ時代ーエルヴィス、音楽に目覚める
第6章 エルヴィス・クレイズの爆発ーこんなにすごい光景は見たことがない! 
第7章 大地のリズム、メンフィスに轟くービール・ストリートから聞こえる音 
第8章 ゴスペル・メドレーにこめられたものー宗教歌に育てられ、見送られたエルヴィス
第9章  “If I Can Dream” ― 分断されたアメリカ社会に捧げる祈り
エピローグ エルヴィスが社会を動かしたーその声は今日の BLM 運動に
参考文献
あとがき


著者プロフィール
前田絢子(まえだ。あやこ)
東京都生まれ。フェリス女学院大学名誉教授。専門は現代アメリカ文学・文化、とくにアメリカ南部研究。早稲田大学文学部卒業。同大学院文学研究科博士課程修了。フェリス女学院大学文学部教授として教鞭を執った。日本におけるエルヴィス・プレスリーの研究家としても知られ、1998年にミシシッピ大学で開催されたエルヴィス・プレスリー世界会議にゲスト・スピーカーとして招かれている。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)


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・・I have a dream で有名な黒人解放運動の指導者キング牧師は1963年にエルヴィスの故郷メンフィスで暗殺。享年39歳。エルヴィスは、公式にキング牧師に哀悼の意を示すことはできなかった。1968年カムバック曲  If I Can Dream を想起せよ!

(2024年3月21日 情報追加)


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